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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

湖は、どうやって できるの?

桧原湖は140年前、琵琶湖の前身は400万年前から ── 湖は、どんな道すじでできるのか

湖はどのようにしてできるのか ── 堰止湖・構造湖・カルデラ湖・潟湖・河跡湖の比較

分野:自然

桧原湖ひばらこは、およそ 140年前の 1888年に できた 湖です[1]。いっぽう 琵琶湖びわこの はじまりは、400万年から 500万年も 前と いわれます[2]。同じ 湖でも、年れいが 2万ばい いじょうも ちがうのです。

湖は、どうやって できるのでしょう。大きく 5つの 道が あります。川を せきとめる、地面が しずむ、火山の くぼみに 水が たまる、海の 一部が 切りはなされる、川の あとが のこる、です。日本の 湖を 見ながら、5つの 道と、湖の さいごまで わかります。

桧原湖は、1888年(明治21年)の磐梯山の噴火のあとにできた湖で、年齢は約140年です[1]。いっぽう琵琶湖の前身は、約400万〜500万年前にさかのぼるとされます[2]。年齢にすると、2万倍以上の開きがあります(筆者の計算)。

湖は、どうやってできるのでしょうか。水が逃げずにたまり続ける「くぼみ」ができると、湖になります。そのくぼみのでき方を、ここでは日本の湖を例に大きく5つに分けて見ます。川をせき止める、地面が沈む、火山のくぼみに水がたまる、海の一部が切り離される、川の跡が残る、です。日本の湖を比べながら、それぞれの道すじと、湖の終わり方まで分かります。

1888年(明治21年)の磐梯山の噴火で、泥流が桧原川をせき止めてできた桧原湖は、年齢が約140年である[1]。一方、琵琶湖の前身は約400万〜500万年前に三重県の伊賀上野付近で生まれたとされ[2]、年齢の開きは2万倍を超える(筆者の計算)。

湖は、同じ「水たまり」でも、でき方がまるで違う。湖は、くぼみと、その水を逃がさない条件がそろった場所にできる。そのそろい方を、ここでは日本の湖を例に大きく5つに分けて見る。実際には複数が重なることも多い[10]。日本の実例でその違いを比べ、湖がいずれ浅くなっていくという見方まで分かる。

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1. 140年前に できた 桧原湖ひばらこは、なにが 川を ふさいだの?

1. 約140年前に生まれた桧原湖は、何が川をふさいだのか

1. 川をせき止める湖 ── 桧原湖の泥流、中禅寺湖の溶岩

1888年、磐梯山ばんだいさんが 噴火ふんかしました。そのとき 流れ出た 泥どろの 流れが、近くの 川を ふさぎました[1]。ふさがれた 川の 上に 水が たまって、桧原湖ひばらこが できたのです。

広さは およそ 10.8へいほうキロメートル。できてから 140年ほどの、とても わかい 湖です。

中禅寺湖ちゅうぜんじこは、ふさいだ ものが ちがいます。男体山の 溶岩ようがんが 大谷川を せきとめて できたと いわれます[3]。広さは 桧原湖ひばらこと 同じ くらいです。

川を ふさぐのは、火山が 出した ものだけでは ありません。地すべりや 山くずれが 川を ふさぐ ことも あると いわれます[10]。

では、川を ふさぐ ものが なくても、湖は できるのでしょうか。つぎは、日本いちばん 大きな 湖の 話です。

1888年(明治21年)、磐梯山が噴火し、流れ出た泥流が桧原川をせき止めました。上流側に水がたまってできたのが桧原湖で、面積は約10.8km²です[1]。近くの小野川湖と秋元湖も、同じ噴火でできた湖として知られます[4]。できてから約140年。湖としては、とても若い存在です。

中禅寺湖は、男体山の溶岩が大谷川をせき止めてできた湖とされます[3]。面積は辞典により約11.5〜11.9km²で、桧原湖とほぼ同じ広さです。川をふさいだものは泥流と溶岩で違いますが、「ふさがれた川の上流に水がたまる」点は同じです。こうしてできる湖を堰止湖(せきとめこ)といいます[4]。

川をふさぐのは火山の噴出物だけではありません。地すべりや山崩れでも、堰止湖はできます[10]。

では、川をふさぐものが見当たらない湖は、どうやってできたのでしょうか。日本一大きな琵琶湖で考えます。

桧原湖は、1888年(明治21年)の磐梯山の噴火で流れ出た泥流が、長瀬川の支流の桧原川をせき止めてできた。面積は約10.8km²である[1]。小野川湖・秋元湖も同じ噴火でできた堰止湖(せきとめこ)に数えられる[4]。できた年が明治21年と分かっているので、湖の年齢を数字で書ける。

中禅寺湖も堰止湖だが、せき止めたものが違う。男体山の溶岩が大谷川をせき止めたとされ[3]、湖面標高は約1269m、面積は辞典により約11.5〜11.9km²と幅がある。この幅は、測った範囲や時点の違いによるもので、どれかが間違いとは限らない。桧原湖(約10.8km²)とほぼ同じ規模でありながら、ふさいだものは泥流と溶岩で異なる。

堰止湖は、地殻変動や火山による土石流などで川がせき止められ、できた凹地に水がたまった湖と説明される[4]。原因は火山に限られない。地すべりや山崩れも同じ働きをする[10]。川をふさぐには、土砂や溶岩がまとまった量で動く必要がある。

では、川をふさぐものがなくても湖ができる場合、くぼみは何が用意するのか。

2. 琵琶湖びわこは、地面が しずんで できたの?

2. 川をふさぐものがない琵琶湖は、なぜ湖になったのか

2. 構造湖 ── 地殻の動きが「くぼみ」そのものをつくる

琵琶湖びわこは、川を ふさいで できた 湖では ありません。地面の 動きで できた 大きな くぼみに、水が たまった 湖です[2]。地面が ずれて、しずんだ ところ、と 考えると わかりやすいです。

広さは およそ 670へいほうキロメートル。桧原湖ひばらこの 60ばい いじょうです。いちばん 深い ところは、北がわで およそ 104メートルです。

しかも、琵琶湖びわこは 今の 場所で 生まれた わけでは ないと いわれます。はじまりは、400万〜500万年ほど 前、三重県の 伊賀上野いがうえのの あたりに できた 古い 湖です。それが すこしずつ 北へ うつって、今の 場所に なったと されます[2]。

世界には、もっと 深い 湖も あります。バイカル湖は、地面が われて 落ちこんだ ところに できた 湖で、世界いちばん 深いと いわれます。深さは 1600メートルを こえます[5]。

地面が 動いて くぼみを 作る 話は、火山でも 起きます。つぎは、火山が 作った くぼみに 水が たまった 湖です。

琵琶湖には、川をふさいだ溶岩も泥流も見当たりません。滋賀県の中央にある琵琶湖は、地殻の変動でできたくぼみに水がたまった構造湖(断層陥没湖)です[2]。日本の大きな湖にはカルデラ湖が多く、琵琶湖はそれとは別の型とされます。

面積は約670km²で、桧原湖の約62倍です(筆者の計算)。深さは北湖で最大約104m、南湖で最大約8mと、同じ湖の中でも約13倍の差があります[2]。

しかも、琵琶湖は今の場所で生まれたのではないといわれます。前身の古琵琶湖は、約400万〜500万年前に三重県の伊賀上野付近で生まれ、北へ移りながら今の位置に至ったとされます[2]。約43万年前に、今の北湖に近い湖になったとする見方もあります。400万年前は「湖のはじまり」、約43万年前は「今の北湖の形」で、別の出来事です。

地面が割れて落ちこむ型は、世界にもあります。バイカル湖は、正断層の活動でできた地溝に生まれた断層湖で、世界一深い湖とされます。最大水深は資料により約1620〜1741mです[5]。

では、火山がくぼみそのものをつくると、湖はどうなるのでしょうか。

琵琶湖は、川をせき止める障害物がなくても湖になる例である。地殻の変動で生じた構造盆地に水がたまった構造湖で、断層で落ちこんだ断層陥没湖とも呼ばれる[2]。堰止湖が「流れる水を後からふさぐ」型なのに対し、構造湖は「ふさぐ前に、くぼみの方が先にできる」型だと言える。

規模は面積約670km²(北湖約618km²・南湖約51km²)。北湖の最大水深は約104m、南湖は約8mである[2]。桧原湖の面積(約10.8km²)に対して約62倍にあたる(筆者の計算)。

年齢にも特徴がある。琵琶湖の前身の古琵琶湖は、約500万〜400万年前に三重県の伊賀上野付近に生まれ、北へ移動して現在の位置に至ったとされる。これを「湖の起源」とすれば、約43万年前に現在の北湖に近い湖になったとする見方は、別の出来事を指す[2]。年代は辞典や資料で幅があり、どの時点を「湖の誕生」と数えるかで、琵琶湖の年齢は変わる。

海外にも同じ型がある。バイカル湖は、古第三紀末期に始まる正断層活動による地溝に生じた断層湖で、約2500万年前に海溝が陸封されて淡水化したと考えられている。最大水深は辞典により約1620〜1741mとばらつく[5]。ただし、湖の成因は一つとは限らず、いくつかの原因が重なることが多い[10]。

では、火山が「ふさぐ」のではなく「くぼみをつくる」場合は、何が違うのか。

3. 火山の くぼみに 水が たまると、どんな 湖に なるの?

3. 火山がくぼみをつくると、どんな湖になるのか

3. カルデラ湖 ── 屈斜路湖と摩周湖、「川の出入りがない湖」

火山の 大きな くぼみに 水が たまった 湖を、カルデラ湖と いいます。川を ふさいだ 湖とは ちがい、火山が くぼみそのものを 作ります。

屈斜路湖くっしゃろこは、広さが およそ 80へいほうキロメートル。カルデラ湖として 日本いちばん 大きいと される 湖です[6]。湖の 中に ある 島は、溶岩ようがんが もり上がって できた 溶岩ようがんドームと いわれます。

摩周湖ましゅうこも、カルデラに 水が たまって できたと 考えられて います[7]。いちばん 深い ところは 211.4メートル。そして、湖に 入る 川も、出て いく 川も ありません。

1931年には、水の すきとおり ぐあいを 見る 透明度とうめいどが 41.6メートルで、世界いちばんと されました。25メートルの プールの 1.7ばいほどです。近年は 30メートル いかに さがって います[7]。

ここまでは、山の 中の 湖でした。では、海の すぐ そばに ある 湖は、どう できたのでしょう。

同じ火山の湖でも、型は2つに分かれます。中禅寺湖のように、火山の噴出物が川をふさいでできるのが堰止湖です。いっぽう、火山の大きなくぼみ(カルデラ)に水がたまったのが、カルデラ湖です[10]。

屈斜路湖は、屈斜路カルデラの底にできたカルデラ湖で、面積は約79〜80km²です[6]。国土交通省の資料では「日本最大のカルデラ湖」とされています。琵琶湖の約8分の1(筆者の計算)ですが、カルデラ湖としては最大です。湖の中の島は、溶岩ドームとされます。

摩周湖も、頂上付近にできたカルデラに水がたまった湖と考えられています。最大深度は211.4mで、出入りする川がありません。透明度は1931年に41.6mで世界一とされ、近年は30m以下に下がっています[7]。

火山が絡む湖は、ここまでです。では、海に近い湖は、どうやってできたのでしょうか。

火山に関わる湖でも、くぼみの用意のしかたで型が分かれる。堰止湖は、火山の噴出物が川をふさいで水をためる型。カルデラ湖は、火山活動で生じた大きな凹地そのものに水がたまる型である[10]。同じ火山の湖でも、「何がくぼみをつくったのか」で区別できる。

屈斜路湖は、屈斜路カルデラの底にできたカルデラ湖である。面積は資料により79.3〜79.7km²(約80km²)で、湖中の島は溶岩ドームとされる[6]。「日本最大」という呼び方は資料で異なり、国土交通省の資料はカルデラ湖として日本最大とし、辞典類は日本最大の火口原湖と記す。条件を付けずに「日本最大の湖」と言うことはできない。琵琶湖(約670km²)の約8分の1(筆者の計算)である。

摩周湖は、頂上付近に生じたカルデラに水がたまったと考えられる湖で、最大深度は211.4m、出入りする川がない[7]。透明度は1931年に41.6mで世界一とされたが、近年は30m以下に低下している[7]。数字が動く湖であり、「世界一」は過去の測定値として読む必要がある。

では、山の湖ではなく、海に面した湖はどのようにしてできるのか。

4. 海の そばの 湖は、もとは 海だったの?

4. 霞ヶ浦とサロマ湖は、もとは海の一部だったのか

4. 海跡湖と潟湖 ── 出口を土砂や砂州がふさぐ

霞ヶ浦かすみがうらは、日本で 琵琶湖びわこの 次に 大きい 湖で、広さは およそ 168へいほうキロメートルです[8]。でも、もとは 海の 入り江いりえでした。

そこへ 利根川とねがわが 運んで きた 土や 砂すなが、入り江いりえの 出口に つもって、出口を ふさぎました。海から 切りはなされた 水が、湖に なったのです[8]。およその 深さは 3.4〜4メートルと、広いのに あさい 湖です。

北海道の サロマ湖も、海と つながって いた 場所です。長さ およそ 30キロメートル、はばが 200〜700メートルの 細長い 砂州さすが、海と 湖の あいだに よこたわって います[9]。400メートルの トラックを 75かい まわる 長さです。

むかしは、冬に 砂すなが 運ばれて きて、海への 出口が ふさがって いました。1929年に、砂州さすの まん中あたりを ほって、海との 通り道を 作りました[9]。

海が 切りはなされた 湖は、海の 水が 入るので、ふつうの 湖より 塩分えんぶんが 多めで、あさい ものが 多いと いわれます[10]。つぎは、川が 自分で 作る 湖です。

霞ヶ浦は、琵琶湖に次ぐ日本で2番目の面積(約167.6km²)の湖です[8]。ところが、もとは入り江でした。利根川が運んだ土砂が三角州をつくり、入り江の出口をふさいで湖になった海跡湖です。琵琶湖の約4分の1の広さ(筆者の計算)なのに、平均水深は約3.4〜4.0mと浅い湖です。

サロマ湖は、延長約30km・幅200〜700mの砂州が、内湾と外海を隔てている潟湖(かたこ)です[9]。400mのトラック75周ぶんの長さです(筆者の計算)。かつては毎冬の流砂で湖と海の出口が閉じられ、1929年に砂州の中央部を掘って開口しました。

潟湖は、沿岸流の力でできた砂州や砂嘴によって、海の一部が切り離されて湖になったものです。海水が入るため、塩分が比較的多く、浅いのが特徴です[10]。

ここまで、湖をつくるのは、地面と火山と海でした。では、川そのものがつくる湖はあるのでしょうか。

霞ヶ浦は、もとは入り江で、利根川が運んだ土砂で三角州がつくられ、その三角州が出口をふさいで湖になった海跡湖である[8]。面積は日本で琵琶湖に次ぐ約167.6km²。琵琶湖の約4分の1(筆者の計算)だが、平均水深は西浦で約4.0m(資料により3.4m)と浅い。広さのわりに浅いことは、もとが海の入り江だったことと合わせて覚えやすい。

サロマ湖は、延長約30km・幅200〜700mの砂州が内湾と外海を隔てる潟湖である[9]。面積は資料により約146.9〜151.9km²とばらつくが、北海道最大、日本3位とされる。かつては毎冬の流砂で出口が閉じられていたが、1929年に砂州の中央部を掘削して開口した。潟湖は、自然に出口が閉じることがあるうえ、人が出口を開けて今の形になった例もある。

この型は、沿岸流の力で形成された砂州や砂嘴によって、海の一部が切り離されて湖沼化したものである。海水が入るため塩分が比較的多く、浅い[10]。なお、「海跡湖」と「潟湖」は、資料によって呼び分けや範囲が異なる。同じ湖でも、三角州(霞ヶ浦)が出口をふさぐのか、砂州(サロマ湖)がふさぐのかで、分けて説明されることが多い。

ここまでの湖は、地面・火山・海が用意したくぼみに水がたまった。川そのものが、湖をつくることはないのか。

5. 川が 曲がりくねると、どうして 湖が のこるの?

5. 流れていた川が、なぜ三日月の形の湖になるのか

5. 河跡湖(三日月湖)── 洪水が川の流れ道を切る

平らな 土地を ゆっくり 流れる 川は、くねくねと 曲がりながら 流れます。曲がりが ひどく なると、川の 曲がりの 根もとが 近づいて いきます。

大雨で 洪水こうずいに なると、水が 曲がりの 根もとを 切って、近道を 流れる ように なる ことが あります[11]。

とりのこされた 古い 川の すじには、水が たまります。それが、三日月の 形の 湖、三日月湖です。昔の 川の すがたが、そのまま 湖に なって のこったのです。

川が 作った 湖なので、川の すぐ 近くに あります。では、湖は いつまで 湖の まま なのでしょうか。

平野をゆったり流れる川は、蛇行しながら流れます。曲がりが強まると、洪水のときに、曲がりの根もとが切れて、川が近道を流れるようになることがあります。取り残された古い流路は放棄され、そこに三日月形の湖ができます[11]。これが三日月湖(河跡湖)です。

三日月湖は、川そのものが一度流れた跡です。ほかの湖のように「くぼみに水がたまった」のではなく、「流れていた川が、流れるのをやめた」ことでできます。

では、湖は一度できたら、ずっと湖のままなのでしょうか。

平野を流れる川は蛇行し、曲がりの基部が著しく屈曲すると、洪水時に切断されて流路が短絡する。それまでの流路は放棄され、三日月状の湖が生じる[11]。これが河跡湖(かせきこ)、いわゆる三日月湖である。

この型の特徴は、くぼみが「先に」あるのではなく、川が「後から」残していく点である。堰止湖が「川をふさいで水をためる」のに対し、河跡湖は川自身の流路変更が原因になる。したがって、蛇行する川の周りに、同じ型の湖が並ぶことがある。たとえば国土交通省の資料では、石狩川は典型的な自由蛇行を示し、三日月湖が多いとされる[12]。

河跡湖は、川が流れを変えれば生まれる。では、湖は一度できたら、永遠に湖のままなのか。

6. 湖は、ずっと 同じ すがたで あるの?

6. 湖は、いつまで湖でいられるのか

6. 湖の一生 ── 土砂の堆積による浅化と、それを測る目

川や 雨は、土や 砂すなを 湖へ 運びます。草や 木の はも、水の そこに しずみます。それが 少しずつ つもって、湖は あさく なって いきます[10]。

あさく なった 湖は、やがて ぬまに なり、さらに 草原に なる、という 考え方が あります。ただし、これは 天気も 地面の 動きも かわらない と 考えた ときの 話です。すべての 湖が そう なる わけでは ありません[10]。

国土地理院は、1955年から、日本の 湖の そこの 形などを 調べて きました[13]。湖の すがたを、ずっと 見つづけて いるのです。

140年の 桧原湖ひばらこも、400万年の 琵琶湖びわこも、できた 道すじは ちがいます。これからの かわり方も、湖ごとに ちがうかも しれません。

川や雨が運んだ土砂や、生きものの死がいなどの有機物は、湖の底にたまります。そのため湖は、しだいに浅くなります。浅くなった湖は沼になり、最後は草原になる、という変遷の見方があります[10]。

ただし、これは気候や地殻変動がない場合の想定で、すべての湖がそうなるわけではありません。地面が動けば、新しいくぼみができることもあります。

国土地理院は、1955(昭和30)年から湖沼の湖底地形・底質・水生植物の分布などを調べ、1万分の1の湖沼図などにまとめてきました[13]。2014年以降は湖底地形のみの調査です。湖の形を同じ方法で測り続ければ、湖が変わるかどうかも比べられます。

140年の湖と、400万年の湖。今の姿は、でき方も、年齢も、これからも、湖ごとに違います。

湖は、流入する土砂や有機物の堆積により、しだいに浅くなる。この変遷では、湖は富栄養湖や腐植栄養湖に変化し、沼や沼沢を経て、最後は草原になる、と説明される[10]。ただしこれは、気候や地殻変動がない場合の想定モデルであり、すべての湖がこの経路をたどるとは限らない。実際に何年で湖が草原になるかは、湖ごとの土砂の入り方や地面の動きしだいである。

こうした変化は、数十年から数百年の単位の測量で見えてくる。国土地理院は1955(昭和30)年から、湖沼の湖底地形・底質・水生植物の分布などを調査し、1万分の1の湖沼図などにまとめてきた。2014年以降は、湖底地形のみに絞った調査になっている[13]。湖の「今の形」を同じ方法で記録しておくことが、将来の変化を読む前提になる。

ここまでの5つの型を比べると、湖の違いは、くぼみを用意する主役の違いである。溶岩や泥流(堰止湖)、地殻の動き(構造湖)、火山のくぼみ(カルデラ湖)、砂州や三角州(潟湖・海跡湖)、川自身(河跡湖)。ただし、湖の成因は複雑で、複数が重なることが多い[10]。分類は理解の手がかりであり、湖を一つの型に押しこめるための枠ではない。

では、これらを自分で確かめるには、どうすればよいか。

7. 地図帳で、湖の でき方を 考えて みよう

7. 砂と地図帳で、湖のでき方を確かめる

7. 確かめる道すじ ── 砂で川をせき止める、地図で川の出入りを読む

やってみよう①。ぬれても よい ところで、バケツに 砂すなを もります。コップの 水を、砂すなの 山の 上から 細く 流して、川の すじを 作ります。つぎに、川すじの とちゅうを 砂すなで ふさぎます。水が 上に たまって、小さな 湖が できます。ふさぐ 場所を かえると、湖の 形は どう かわるでしょう。

やってみよう②。家の 地図帳で、湖を 3つ さがします。たとえば 琵琶湖びわこ、霞ヶ浦かすみがうら、サロマ湖です。川が 入って いるか、出て いるか、海に 近いかを 見ます。でき方を 予想して みましょう。

国土地理院の 湖沼調査こしょうちょうさの ページには、湖の そこの 形を はかる 仕事が 書かれて います[13]。

やってみよう①:バケツか洗面器に砂を盛り、コップの水を山の上から細く流して、川すじをつくります。次に、川すじの途中を砂でふさぎます。ふさぐ位置や高さを変えると、湖の形や深さが変わります。水がこぼれてもよい風呂場や庭で、大人と一緒に行ってください。

やってみよう②:家の地図帳で、琵琶湖・霞ヶ浦・サロマ湖を探し、川の出入りと海との近さを見ます。川が入る湖、出る湖、海に近い湖を比べると、でき方を予想する手がかりになります。

もっと詳しく知りたい人は、国土地理院の湖沼調査のページ(出典[13])が入口になります。湖ごとの面積や深さは辞典類(出典[1]〜[9])にまとまっています。

確かめる方法を2つ挙げる。①バケツなどに砂を盛り、コップの水を細く流して川すじをつくる。川すじの途中を砂でふさぐと、上流側に水がたまる。堰止湖の縮小模型である。ただし、実際の堰止湖は、土石流や溶岩の量や形が複雑であり、砂の模型は大まかなイメージをつかむための道具にすぎない。水がこぼれてもよい場所で、大人と一緒に行う。

②家の地図帳で、湖を数個選び、川の出入りの有無や、海との近さ、周囲の山の様子を見る。川の出入りがない湖(摩周湖)、海に近い湖(霞ヶ浦・サロマ湖)、川沿いの小さな湖(三日月湖)などを比べ、でき方を予想する。ただし、地図から分かるのは位置関係までであり、成因は地質の資料と合わせて確かめる必要がある。

資料の入口として、国土地理院の湖沼調査の概要(出典[13])と、辞典類(出典[1]〜[11])が読みやすい。辞典の間で面積や深さの数値が異なる場合があるため、数字は幅で受け取り、複数の資料を見比べるとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:辞典類(コトバンクに収録された日本大百科全書・デジタル大辞泉・最新地学事典など)、産業技術総合研究所、国土交通省、国土地理院の資料を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. コトバンク「桧原湖」(日本大百科全書)。https://kotobank.jp/word/%E6%A1%A7%E5%8E%9F%E6%B9%96 (1888年の泥流による堰止、面積)
  2. コトバンク「琵琶湖」(デジタル大辞泉・日本大百科全書・最新地学事典)。https://kotobank.jp/word/%E7%90%B5%E7%90%B6%E6%B9%96-142011 (構造湖としての成り立ち、面積・水深、古琵琶湖の年代)
  3. コトバンク「中禅寺湖」(デジタル大辞泉・日本歴史地名大系)。https://kotobank.jp/word/%E4%B8%AD%E7%A6%85%E5%AF%BA%E6%B9%96 (男体山の溶岩による堰止湖、面積)
  4. 産業技術総合研究所 地質ニュース。https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/07_10_01.pdf (堰止湖の説明と実例)
  5. コトバンク「バイカル湖」(日本大百科全書・デジタル大辞泉)。https://kotobank.jp/word/%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%AB%E6%B9%96 (断層湖、世界一深い湖、最大水深の幅)
  6. コトバンク「屈斜路湖」(デジタル大辞泉・日本歴史地名大系ほか)。https://kotobank.jp/word/%E5%B1%88%E6%96%9C%E8%B7%AF%E6%B9%96 (カルデラ湖としての成り立ち、面積。国土交通省資料の記述は)
  7. コトバンク「摩周湖」(デジタル大辞泉・世界大百科事典)。https://kotobank.jp/word/%E6%91%A9%E5%91%A8%E6%B9%96 (カルデラ湖、最大深度、出入りする川がないこと、透明度)
  8. コトバンク「霞ヶ浦」(日本大百科全書・デジタル大辞泉・地学事典)。https://kotobank.jp/word/%E9%9C%9E%E3%83%B6%E6%B5%A6 (入り江が湖になった成り立ち、面積・水深)
  9. コトバンク「サロマ湖」(世界大百科事典・マイペディア)。https://kotobank.jp/word/%E3%82%B5%E3%83%AD%E3%83%9E%E6%B9%96 (砂州と潟湖、1929年の開口、面積の幅)
  10. コトバンク「湖沼」(日本大百科全書ほか)。https://kotobank.jp/word/%E6%B9%96%E6%B2%BC-64789 (湖のでき方の分類、潟湖の説明、湖の変遷の見方)
  11. コトバンク「三日月湖」(最新地学事典)。https://kotobank.jp/word/%E4%B8%89%E6%97%A5%E6%9C%88%E6%B9%96 (三日月湖ができる過程)
  12. 国土交通省 関東地方整備局の資料。https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000024307.pdf (石狩川に三日月湖が多いという記述)
  13. 国土地理院「湖沼調査の概要」。https://www.gsi.go.jp/kankyochiri/koshouchousa.html (湖沼調査の開始年と調査内容)

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