1. ちかいのに、どうして とまれないの?
1. 水星に着くだけなら簡単なのに、周回するのはなぜ難しいのか
1. 水星に着くだけなら難しくないのに、周回に入るのはなぜ難しいのか
たとえで かんがえて みましょう。じてんしゃで ながい さかを おりて きて、いきおいよく かどを まがろうと すると、ふくらんで しまいます。はやすぎると、かんたんには まがれません。
水星は たいようの すぐ そばを まわって います。たいようの ちからは つよくて、とおくから やって きた 探査機は、どんどん はやく なります。そのまま だと、水星の そばを ひゅっと とおりすぎて しまいます。
むかし、1970ねんだいに 水星へ ちかづいた マリナー10ごうは、そのように とおりすぎました。まわりつづける ためには、まず ゆっくりに ならなければ なりません。
ただし くるまのように ブレーキを かける ほうほうは あまり ありません。水星には くうきが ほとんど ないので、ほかの ほしで つかう「くうきの ブレーキ」も つかえないのです。
水星は太陽のすぐ近くを回っています。遠くから来た探査機は、太陽の重力に引かれて、水星に近づくほど速くなります。そのまま水星のそばを通ると、速すぎて、探査機のエンジンで止めようとしても足りず、通り過ぎてしまいます。
実際に、1970年代に水星へ近づいたマリナー10号は、水星の周りを回らず、通り過ぎながら、表面の半分に届かない範囲を撮影しました[7]。MESSENGERが2008年1月に近づいたとき、水星に着いた探査機としては2機目でした。
金星や火星には、薄い大気をブレーキに使う方法があります。ところが水星の大気はとても薄く、その方法は使えません[7]。エンジンで減速するしかなく、その分の燃料も積まなければなりません。
この速さをどう落としたのでしょうか。
水星は太陽に近く、太陽の重力が強いため、外側から来た探査機は水星の軌道に近づくほど速度が増す。探査機の側から見れば、水星のそばを通る時点の相対速度が大きすぎると、搭載したエンジンで止めきれず、周回軌道に入れないまま通り過ぎる。マリナー10号が1970年代に近づいたときがその例で、水星の周りを回ることなく、通過しながら表面の半分に届かない範囲を撮影した[7]。MESSENGERが2008年1月に水星へ近づいたのは、水星に着いた探査機として2機目にあたる。
金星や火星なら、薄い大気に探査機を軽くかすめさせて減速する方法(エアロキャプチャやエアロブレーキ)がある。しかし水星の大気はそれが使えないほど薄い[7]。ブレーキはエンジンだけになり、その燃料も一緒に運ぶ必要が生じる。
ここで問題は二重になる。速度を落とすには燃料が要るが、燃料を積めば機体が重くなり、打ち上げのロケットにも負担がかかる。そこでMESSENGERの計画者たちは、水星に着いてから使う燃料を、着く前に減らす道を選んだ。ではその道とは何だったのか。
2. たくさんの まわりみちで、どうやって ゆっくりに なるの?
2. 6回の「すれちがい」で、速さを少しずつ落とす
2. 地球1回・金星2回・水星3回のフライバイは、減速にどう効いたのか
こたえは、ほかの ほしの そばを とおって、ほしの ちからを かりる ことです。ほしの そばを とおる ことを「フライバイ」と いいます。
探査機は、ちきゅうに 1かい、金星に 2かい、水星に 3かい、あわせて 6かい ほしの そばを とおりました。そのたびに、たいようの まわりを すこしずつ とおまわり しながら、スピードを ととのえて いきました。
ぜんぶで たいようを 15しゅう して、みちのりは およそ 79おくキロメートルです。たいようと ちきゅうの きょりの、53ばいほどに なります。
「フライバイは はやくするだけでなく、ゆっくりにも つかえる」という かんがえは、アメリカの けんきゅうしゃ チェン・ワン・イェンさんが しめしたのが もとに なった、と つたえられて います。
答えは、ほかの惑星のそばを通って、その重力を借りることです。惑星のそばを通り過ぎる飛び方をフライバイといいます。通り方を選べば、探査機を速くすることも、遅くすることもできます。
MESSENGERの航路は、地球で1回(2005年8月)、金星で2回(2006年10月と2007年6月)、水星で3回(2008年1月、2008年10月、2009年9月)のフライバイをして、2011年3月に周回へ入る計画でした。太陽を15周、全部で約79億kmです[1]。地球と太陽の距離(約1億5000万km)の約53倍にあたります。
フライバイを減速に使えるという発想の土台には、NASAのジェット推進研究所の軌道研究者チェン・ワン・イェンが1985年ごろに示した考えがある、と紹介されています[8]。ただし年や人名は二次資料なので、「とされる」にとどめます。
数えまちがいに注意が要ります。フライバイは全部で6回で、周回に入る瞬間は7回目のすれちがいではありません。水星の周りに入ったのは、水星の3回のフライバイのあとです。
推進剤を節約する方法として選ばれたのが、惑星の重力を利用したフライバイの連続である。航路は、地球1回(2005年8月)、金星2回(2006年10月・2007年6月)、水星3回(2008年1月・2008年10月・2009年9月)で、その後の2011年3月に周回へ入る計画だった。総距離は約79億km、太陽を15周する[1]。地球と太陽の距離(約1億5000万km)で割ると約53倍で、水星まで直行するよりはるかに長い。実際の日付は、地球2005年8月2日、金星2006年10月24日と2007年6月5日、水星2008年1月14日・同年10月6日・2009年9月29日で、水星への最接近高度は200km前後だった[7]。
フライバイは、探査機を加速するだけでなく減速にも使える。この発想の土台として、NASAジェット推進研究所のチェン・ワン・イェンが1985年ごろの軌道検討で示した考えが挙げられることがある[8]。ただしこの年号と人名は二次資料にしかなく、断定はしない。
注意したいのは、フライバイが計6回で、周回投入は7回目の接近ではない点である。水星の3回のフライバイのあとに、改めてメインエンジンを使った周回投入の噴射が行われた。なお、各回のフライバイで相対速度がどれだけ下がったかの数値は、ここで使った資料には載っていないので、書かない。
回り道を重ねても、最後の一押しは自分のエンジンに頼る。その量が、探査機の設計そのものを決めた。
3. とおまわり しても、なぜ 燃料を たくさん つんで いったの?
3. 打ち上げ時の重さの半分強が燃料だった:最後の15分の噴射
3. 打ち上げ質量の半分強を推進剤が占めた理由と、周回投入の15分
とおまわりを しても、さいごの ブレーキは、じぶんの エンジンで かけます。そのために 探査機は、うちあげの とき、おもさの はんぶん いじょうを 燃料に して いました。1100キログラムの うち、およそ 600キログラムです。
2011ねん 3がつ 17にち、アメリカの ひがしがわの じこくで よる 8じ 45ふんごろ、メインエンジンが 15ふんほど うごきました。水星に ちかづく はやさを、1びょうあたり 862メートルぶん、おとしたのです。
これは じそくに すると 3100キロメートルほどです。しかも、この ブレーキだけで、うちあげの ときの 燃料の 31パーセントを つかいました。
その よる、「水星の まわりに はいれた」と しらせが とどきました。水星の まわりを まわった さいしょの 探査機です。
それでも最後の減速は、自分のエンジンで行います。そのため打ち上げ時の約1,100kgのうち、約600kgが燃料でした。半分強です。取材記事では、NASAの探査機の中で燃料の割合が2番目に大きい(約52%、1位はカッシーニの約56%)と紹介されています[8]。
周回に入るための噴射は、2011年3月17日の米東部夏時間で午後8時45分ごろ(世界時では3月18日0時45分ごろ)に始まり、メインエンジンが約15分間働きました。減速した速さは約862m/sで、時速になおすと約3,100kmです。この噴射で、打ち上げ時の推進剤(燃料)の31%を使いました[2]。
噴射のあと、残りは当初の使える推進剤の9.5%に届かない見込みと発表されていました[2]。
その夜のうちに成功が確認され、MESSENGERは水星の周りを回った最初の探査機になりました。水星に最も近い所の高度は約200km、1周は約12時間です[3]。
回り道を重ねても、最後の減速は探査機自身のエンジンで行う必要がある。そのため打ち上げ質量約1,100kgのうち、約600kgが推進剤だった。取材記事ではNASAの探査機の中で推進剤の割合が2番目に大きいとされ、約52%という数字が紹介されている(1位はカッシーニの約56%)[8]。
周回投入の噴射は、米東部夏時間2011年3月17日の午後8時45分ごろ(世界時では3月18日0時45分ごろ)に始まり、メインエンジンが約15分間働いた。減速量は約862m/sで、時速に換算すると約3,100km。これだけで打ち上げ時の推進剤の31%を使い、噴射後の残りは、当初の使える推進剤の9.5%未満になる見込みと発表されていた[2]。日付は、米東部時間・世界時・日本時間でずれるため、どの時刻かを明記しておく。
その夜のうちに成功が確認され、MESSENGERは水星を周回した最初の探査機になった。軌道は水星に最も近い所で高度約200km、周期約12時間。観測機器の点検を経て、4月4日に科学観測が始まった[3]。点検の日付は、資料により1日ずれることがある。
この最後の噴射が、フライバイによる事前の減速と対になっていることは、数字からも見える。事前に減速していなければ、必要な減速量はもっと大きく、積むべき推進剤はさらに増えたはずだが、その差を具体的に示す数値は今回の資料にない。到着後の問題は、燃料だけでなく熱だった。
4. たいようの そばで、探査機は あつく ならなかったの?
4. 地面が450℃を超える星のそばで、機体を守った大きな日よけ
4. 450℃を超える星のそばで、セラミック布の日よけはどう機体を守る設計だったか
水星は たいようの すぐ そばなので、いちばん あつい ところは 450ど いじょうに なります。ふつうの きかいは、こわれて しまいます。
そこで 探査機には、セラミックの ぬのでできた、たかさ 2.5メートル、はば 2メートルほどの ひよけが ついて いました。ひよけを たいように むけて、きかいを かげに いれる ためです。
ちじょうでは、この ひよけを 350どほどに やく しけんも しました。なつの ひに かさの かげに はいる ような ものですが、あつさは けたちがいです。
水星の最も熱い地表は、450℃を超えます。普通の機械は耐えられません。そこでMESSENGERには、セラミックの布でできた日よけが付いていました。大きさは高さ約2.5m、幅約2mです[4]。
この日よけは、打ち上げ前の地上試験で約350℃に焼かれて、耐えられるかどうか確かめられました[4]。使う時は、日よけを太陽に向けて、その陰に機体を入れます。表面温度の値は資料によって幅があるため、ここでは試験の値だけを挙げます。
夏の日、日傘をさすと、傘の下は涼しく感じます。日よけはその大がかりな版ですが、水星では、太陽に向ける側が試験で焼かれる温度、陰の側は機械が耐えられる温度、というふうに、同じ探査機の中で大きな温度差を作る必要がありました。
水星の最も熱い地表は450℃を超える。MESSENGERはセラミック布の日よけ(高さ約2.5m、幅約2m)を太陽側に向け、その陰に機体と観測機器を入れる設計だった。地上試験では、この日よけを約350℃で焼いて性能を確かめた[4]。
日よけ表面の温度は、資料によって310℃や370℃と幅がある。ここでは出典がはっきりしている試験の約350℃だけを書く。
確実に言えるのは、熱の問題が、燃料の問題と同じく「長く生き残る」ための設計条件だったことだ。燃料が尽きるか、熱で壊れるかのどちらでも、観測は止まる。MESSENGERはその両方を越えて、周回を始めた。では、その周回で何が分かったのか。
5. まわって みて、水星で なにが みつかったの?
5. 日の当たらない北極のくぼみで、氷の証拠が見つかった
5. 周回して初めて見つかった、水星の北極の氷と全球の地図
あつい はずの 水星に、氷が あるかもしれない。2012ねん、探査機の しらべで、そんな しょうこが でました。
きた の きょくの ちかくには、たいようの ひかりが ぜんぜん あたらない、ふかい くぼみが あります。そこに 水の こおりが ある しょうこが、3つの ちがう しらべ方で みつかりました。
2013ねん 3がつ 6にちには、水星ぜんたいの ちずが できあがりました。水星を 1しゅう するたびに、すこしずつ しらべた あつみです。
2015ねん 4がつ 30にち、燃料が ほとんど なくなった 探査機は、水星に ぶつかって、しごとを おえました。
周回が始まると、水星の北極の近くの、一年中ずっと日が当たらないくぼみ(クレーターの底)が調べられました。2012年11月、そこに水の氷がある証拠が、3つの別々の調べ方で示されたと発表されました。中性子分光計という機器で見つかった水素、レーザー高度計で測った表面の反射、そして地形をもとにした熱の計算です[5]。
氷の上に、10〜20cmほどの暗い物質がかぶさっている所があることも分かりました。有機物ではないかという提案がありますが、確定していません[5]。
2013年3月6日には、水星全体の地図づくりが達成されました[7]。主要ミッションの1年のあと、2回延長され、2015年4月24日の最後の軌道修正でヘリウムガスをほとんど使い切り、4月30日に水星に衝突して運用を終えました[6]。
周回が始まると、水星の北極付近の、常に日の当たらないクレーターの底が調べられた。2012年11月の発表では、そこに水の氷がある証拠が3つの独立した調べ方で示された。中性子分光計で見つかった水素、レーザー高度計による表面の反射、そして地形にもとづく熱モデルである[5]。
氷の上に、水素の少ない10〜20cmほどの暗い層がかぶさる所があり、有機物の可能性が提案されているが、確定していない[5]。氷の総量について報道される大きな数字は推定で、APLのページにはなく、ここでは書かない。
2013年3月6日には、水星全体の地図が完成した[7]。MESSENGERは主要ミッション1年のあと2回延長され、2015年4月24日の最後の軌道修正でヘリウムガスをほぼ使い切った。そして4月30日に水星に衝突して運用を終えた[6]。周回の始まりから終わりまで、推進剤の残りは運用期間を左右する大きな条件だった。
以上の流れをまとめると、「速すぎる」という壁を、遠回りと燃料の半分強という犠牲で越え、熱を日よけでしのぎ、周回して初めて極の氷と地図が手に入った、という筋になる。
6. じぶんでも しらべて みたく なったら
6. 速さと日かげを、自分の身の回りで確かめてみる
6. 数字を自分で換算し、一次資料を開いてみる
きょう できる こと
はれた ひに、そとで ひなたに 手を かざして、あたたかさを かんじて みましょう。つぎに、かさの かげに 手を いれて くらべます。かげだと すこし ひんやり します。たいように めを むけては いけません。
しらべる とき
おうちの ひとと いっしょに、「MESSENGER」や「水星 たんさき」で ほんや ずかんを さがして みましょう。
今日できること
電卓があれば、862m/sに3600をかけて1000で割ってみてください。時速で約3,100kmになります。新幹線(時速約300km)の10倍ほどです。自分で計算すると、数字の大きさが実感できます。
晴れた日に、日なたと日傘の陰で手のひらをかざして比べるのも、日よけの考え方に近い体験です。太陽は直接見ないでください。
資料を読むなら
MESSENGERを運用した米国ジョンズ・ホプキンス大学応用物理研究所(APL)の発表が、出典欄にあります[1][2]。英語ですが、日付や数字を確かめられます。
今日できること
862m/sを時速に直すと、862×3600÷1000で約3,103kmになる。新幹線の約10倍で、この速度の変化を、燃料31%と引き換えに作り出したことになる。
資料を読むなら
MESSENGERを運用した米国ジョンズ・ホプキンス大学応用物理研究所(APL)の発表[1][2][4][5][6]が一次資料である。フライバイ各回の減速量など、本記事で触れなかった数値は、APLの航路設計の資料を読むとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- JHU/APL, MESSENGER Launches(2004年8月3日). https://www.jhuapl.edu/news/news-releases/040803-mercury-bound-messenger-launches-cape-canaveral (打ち上げと航路)
- JHU/APL, MESSENGER Primed for Mercury Orbit(2011年3月15日). https://www.jhuapl.edu/news/news-releases/110315-messenger-primed-mercury-orbit (周回投入の噴射)
- Universe Today, Success! MESSENGER First Spacecraft to Orbit Mercury. https://www.universetoday.com/articles/success-messenger-first-spacecraft-to-orbit-mercury (周回の成功と軌道)
- JHU/APL, MESSENGER Ships to the Cape(2004年3月). https://www.jhuapl.edu/news/news-releases/040309-messenger-ships-to-the-cape (日よけの大きさと試験)
- JHU/APL, MESSENGER Finds New Evidence for Water Ice at Mercury's Poles(2012年11月29日). https://www.jhuapl.edu/news/news-releases/121129-messenger-finds-new-evidence-water-ice-mercurys-poles (極の氷の証拠)
- JHU/APL, NASA Celebrates MESSENGER Mission Prior to Surface Impact(2015年4月). https://www.jhuapl.edu/news/news-releases/150416-nasa-celebrates-messenger-mission-prior-surface-impact-mercury (運用の終わり)
- Wikipedia: MESSENGER. https://en.wikipedia.org/wiki/MESSENGER (フライバイの日付・マリナー10号・地図)
- Inverse, Mercury MESSENGER anniversary. https://inverse.com/science/mercury-messenger-anniversary (燃料の割合とイェンの発想)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。