1. れんげは、なんの ために そだてたの?
1. 春の花畑は、田んぼの肥料づくりだった
1. 花畑に見える田んぼは、何のための畑だったのか
れんげは、まめの なかまの 草です。中国から きた 草で、えど 時代には もう つくられて いた きろくが あります[9]。
人が れんげを うえた わけは、いくつか あります。ひりょうに する。牛や 馬の えさに する。みつばちの みつを とる。花を たのしむ。そんな ねらいで もちこまれた と、国の しりょうに あります[2]。
田んぼでは、いねを かりとった あとの あいている 田んぼに れんげを そだてて、ひりょうに しました[1]。花ばたけに 見える ところは、じつは ひりょうを つくる はたけだった のです。
でも、草を 土に いれた だけで、どうして ひりょうに なるのでしょう。ひみつは、根っこに ありました。
れんげは、ゲンゲやレンゲソウとも呼ばれるマメ科の草で、原産は中国です。京都府立植物園は、かつては水田の裏作などに緑肥として栽培されたが、近年は栽培面積が減っていると説明しています[1]。緑肥とは、収穫するためではなく、土に混ぜて肥料にするために育てる植物のことです。
日本に入ってきた時期は、国立環境研究所の資料で、19世紀の中ごろ以前とされ、1709年の記録があります。持ちこまれた目的は、緑肥、家畜の飼料、ミツバチの蜜源、観賞でした[2]。農研機構の報告にも、江戸時代にはすでに栽培が記録され、各地で地方ごとの品種ができたとあります[9]。
島根県の自然観察のページは、肥料や牧草として多く植えられた結果、今では山奥にまで入りこんでいると書いています[3]。人が育てた草が、田んぼの外へも広がったわけです。
では、草を土にすき込むだけで、なぜ肥料になるのでしょう。答えは、根にあります。
京都府立植物園は、ゲンゲを中国の暖帯・亜熱帯に分布するマメ科の草とし、かつては水田の裏作などに緑肥として栽培されたが、近年は栽培面積が減ったと説明する[1]。緑肥とは、収穫せずに土へ混ぜて肥料にするために育てる植物をいう。ただし、草の分類語は資料で割れる(京都は越年草、島根は一年草[3])。このメモでは「秋に芽を出して春に咲く」とだけ書く。
日本での歴史は、記録の古さが手がかりになる。国立環境研究所の侵入生物データベースは、導入を19世紀中ごろ以前とし、1709年の記録があると記す。持ちこんだ目的は、緑肥・飼料・蜜源・観賞だった[2]。1709年の記録の中身はこの記載からは分からないが、農研機構のジーンバンクの報告は、江戸時代に栽培が記録され、各地で地方品種ができたと述べる[9]。島根県の自然観察ガイドは、肥料や牧草として多く植えられたため、今は山奥にまで入りこんでいると書く[3]。
つまり、人が目的をもって広げた植物が、田んぼの裏作という役割を長く担ってきた。では、草を土に混ぜるだけで、なぜ肥料になるのか。その鍵は根の中にある。
2. 根っこの こぶは、なにを して いるの?
2. 根のこぶにすむ細菌が、空気から肥料の元をつくる
2. 根粒菌と窒素固定 ── 空気の窒素が植物の体になるまで
まめの なかまの 根には、小さな こぶが できます。この こぶの 中には、「こんりゅうきん」と いう、とても ちいさな いきものが すんで います[4]。
こんりゅうきんは、空気の 中の ちっそを、草が つかえる かたちに かえて、草に わたします。かわりに、草が 日光で つくった えいようを もらいます[4]。たがいに たすけあって いるのです。
たとえば、こぶは 「空気から ひりょうを つくる ちいさな おみせ」です。おみせの 人は、草から ごはんを もらって はたらきます。ただし ほんとうは、おみせの 人も 草も いきもので、こうじょうの きかいとは ちがいます。
この ちっそが たまった れんげを 土に いれれば、つぎに そだてる いねの ひりょうに なります。では、れんげは いつ そだち、いつ 土に いれられるのでしょう。
マメ科の植物の根には、根粒菌という土の中の細菌がすみつき、こぶ(根粒)をつくります。根粒菌は、空気中の窒素を植物が使える形に変えて渡し、そのかわりに、植物が光合成でつくった炭水化物をもらいます[4]。植物にとっては、空気という尽きない倉庫から窒素を運んでもらえる関係です。
この働きは、お互いに助け合う「共生」です。ただし、倉庫と配達員のようにきれいな分業ではなく、根粒菌も植物も生きもので、相手に栄養をもらいながら生きています。
同じ百科事典は、根粒菌の窒素を固定する効率は、窒素を固定する細菌の中でもっとも高いと説明しています[4]。れんげの根のこぶでも、同じ仕組みが働いていると考えられます。
こうして窒素をためこんだれんげを土にすき込むと、あとから育てる稲の肥料になります。福島県の試験では、実際にこの効果が数字に表れました[5]。ただ、その話の前に、れんげがいつ芽を出し、いつ花を咲かせるのかを見ておきます。
根粒菌(こんりゅうきん)は、マメ科植物の根に共生してこぶ(根粒)をつくる土壌細菌で、空気中の窒素を固定してアミノ酸などの形で植物へ供給する。その代わりに、植物が光合成でつくった炭水化物を得ている[4]。窒素そのものは空気にいくらでもあるのに、ふつうの植物は空気から直接は使えない。根粒菌がその橋渡しをするため、マメ科は窒素の少ない土でも育ちやすい、という説明がよく見られる。
固定の効率について、世界大百科事典は、根粒菌の窒素固定は窒素固定細菌の中でもっとも効率が高いと述べる[4]。ただしこれは根粒菌一般についての記述で、れんげ固有の測定値ではない。れんげの田でどれだけの窒素が稲に届くかは、次章以降の試験の数字で見ていく。
では、この窒素は実際に稲へ届くのか。福島県相馬市の試験を見る前に、れんげの一年の時間割を確かめておく。
3. れんげは、いつ めを だして、いつ さくの?
3. 秋に芽を出し、春に咲く。一年のスケジュール
3. 埼玉の試験で見る一年の流れ ── 10月まき、4月すき込み、5月に種が熟す地域も
れんげは、あきに たねを まいて そだてます。さいたま県の しけんでは、10月の なかごろに たねを まきました[6]。たねは、1000平方メートルに 4キログラムです。
たねから めが でた れんげは、ふゆを こして、はるに 花を さかせます。あたたかい 土地では、4月の はじめごろから さきはじめ、5月には たねが みのります[8]。
さいたま県の しけんでは、4月の おわりに 土に いれました。そのとき、れんげは 1メートル四方で 6キログラムも ありました[6]。5キログラムの お米ぶくろより おもい、ぎっしりした 草の 山です。
花が さく じきは、土地に よって ずれます。じゃあ、花が さいた あと、土に いれる 日を すこし おくらせると、どうなるでしょう。
れんげは、秋に種をまくと芽を出し、冬を越して春に花を咲かせます。埼玉県鴻巣市の2024〜25年の試験では、10月中旬に10aあたり4kgの種をまき、4月下旬に土にすき込みました[6]。10aは1000平方メートルですから、1平方メートルあたり4gの種をまいた計算です。
すき込みの直前、4月末の生草重は10aあたり6tでした[6]。1平方メートルあたりに直すと6kgです。5kgの米袋より重い草が、田んぼの1平方メートルごとに育っていたことになります。
花の時期は、場所によってずれます。暖かい地域では4月上旬から咲き始め、5月には種が実ります[8]。岡山県南部では、5月上旬〜中旬に花の盛り(開花期)、5月下旬にさやと種が黒くなって熟す時期(黄熟期)、6月上旬に枯れる時期(枯熟期)を迎えます[7]。
埼玉の試験は、花がまだ咲いている時期にすき込みました。もし、その日を少しだけ遅らせたら、れんげはどうなるのでしょう。
れんげは秋に芽を出し、冬を越して春に咲く。埼玉県鴻巣市の2024〜25年の試験は、10月中旬に10aあたり4kgを播種し、4月下旬にすき込んだ[6]。10a=1000m²なので、播種量は1m²あたり4gになる。すき込み直前の4月末の生草重は6t/10aで、1m²あたりでは6000kg÷1000m²=6kgだ[6]。
別の資料によれば、開花の時期は場所で違う。暖地では4月上旬から咲き始め、5月には種が登熟する[8]。岡山県南部では、5月上旬〜中旬が開花期、5月下旬が黄熟期(さやと種が黒変して成熟する)、6月上旬が枯熟期とされる[7]。埼玉のすき込み(4月下旬)は、岡山でいう開花期より前の、花の盛りになる手前にあたる。ただし、2県の試験は場所も年も条件も違うため、日付を直接比べることはできない。
ここで疑問が出る。すき込みを数週間遅らせて、種が熟すのを待つとどうなるのか。岡山県の試験が、その答えを数字で示している。
4. たねが 黒く なるまで まつと、どうなるの?
4. すき込みを遅らせると、翌年もれんげが生える
4. すき込み時期と自然発芽 ── 黄熟期まで待つと何が起きるか
れんげの 花が おわると、草は かれて、たねの はいった さやが やぶれ、たねが 土に おちます[8]。たねが 黒く なって できあがる ころ(5月の おわりごろ)です[7]。
おかやま県の しけんでは、この たねが 黒く なる ころまで まって から 土に いれて みました。すると、おちた たねが、いね かりの ころに めを だしました[7]。
この 田んぼでは、つぎの 年からは、たねを まかなくても れんげを ひりょうに つかえる、と しけんの ほうこくに あります[7]。たねを かうお金も、はぶけます。
はんたいに、花の さかりに 土に いれると、おちる たねが ほとんど ないので、めも ほとんど でません[7]。
れんげは、虫に 花ふんを はこんで もらう 花なので、たねを ふやすのは たいへんです[8]。おかやま県の しけんの ように、田んぼに おちた たねを そのまま めばえさせる やりかたなら、たねを あつめる てまが いりません。
なら、れんげを たくさん いれれば、お米も かならず ふえるのでしょうか。
岡山県の試験によると、すき込みを花の盛りから、種が黒くなる黄熟期以降に遅らせると、田んぼに落ちた種が稲を収穫するころに芽を出します。そのため、落ちた種から生えたれんげを育てれば、2年目以降は種をまかなくても、稲作の緑肥に使えるとされています[7]。反対に、花の盛りにすき込んだ場合は、自然に生える芽はごく少ないという結果でした[7]。
これは、れんげの花が終わると草が枯れ、さやが破れて種が落ちる性質をうまく使った方法です[8]。種を畑から集める作業は、実は大変です。れんげは虫が花粉を運ぶ虫媒花なので、種を増やすのに手間がかかり、種を集める適期は、花がまだ少し残っている1〜2週間ほどしかないと報告されています[8]。
黄熟期にすき込んだ田では、翌年5月の生草重が10aあたり1,500〜3,000kgでした。窒素の含有率を0.5%と仮定すると、窒素は7.5〜15kgに当たる、という推定です[7]。含有率は仮定した数字で、測った値ではありません。
種を買わなくても毎年生えるなら、いいことずくめに見えます。では、れんげを入れれば、米は必ずよくとれるのでしょうか。
岡山県農林水産総合センターの研究成果は、すき込みを開花期から黄熟期以降に遅らせると、圃場に落ちた種子が水稲の収穫期に自然発芽し、2年目以降はレンゲの種子を播種しなくても緑肥として使えると述べる[7]。開花期のすき込みでは、自然発芽はごく少ない。理由は、種が熟す前に土の中へ埋めてしまい、落ちる種が少ないからだと読める。この点は資料に直接の説明はなく、筆者の読みである。
この方法がなぜ意味をもつか。れんげは虫媒花で、種子の増殖が大変だからだ。暖地では4月上旬から咲き、5月に種が熟すが、花が終わると草は枯れ、さやが破れて種が落ちる。そのため種を集める適期は、花が一部残る1〜2週間に限られる[8]。田んぼに落として自然に増やす方法は、この手間を省く。岡山の資料は、普及の問題として種子代の高さを挙げており[7]、種を毎年買わずにすむ利点は大きい。
黄熟期にすき込んだ田の、翌年5月の生草重は1,500〜3,000kg/10aだった。窒素含有率を0.5%と仮定すると、1500×0.005=7.5kg、3000×0.005=15kgで、7.5〜15kg/10aの窒素に相当する(推定)[7]。0.5%は仮定値で、実測ではない。また、同じ6tでも、埼玉は4月末、岡山の自然発芽は翌年5月と、時期も場所も違うため、数字を直接比べて優劣を言うことはできない。
種代もかからず、毎年生えるなら理想的に見える。だが、れんげを入れれば稲は必ずよくとれるのか。福島県と埼玉県の試験は、一見ちがう答えを出している。
5. れんげを いれれば、お米は たくさん とれるの?
5. れんげを入れれば、米は必ずよくとれるのか
5. 稲の窒素吸収は約2倍、それでも米の収量は低かった ── 福島と埼玉の試験
ふくしま県の しけんでは、れんげを 土に いれた 田んぼの いねは、ちっそを、ほかの 田んぼの、およそ 2ばい すいあげました[5]。れんげの ちからは、たしかに ありました。
でも、ちっそが おおすぎると、いねが たおれやすく なります。そのため、お米の とれる りょうは、ひくい 年が おおかった そうです[5]。
いっぽう、さいたま県の しけんでは、れんげを いれた 田んぼで、お米が ふつうの 田んぼの 124%(100に たいして 124)とれました[6]。
2つの けっかは、ぎゃくに なりました。れんげの ききめは、とし や 場所で おおきく かわる、と ふくしまの しりょうも のべて います[5]。
ほかにも、気を つける ことが あります。水はけの わるい 田んぼでは 水が たまりすぎないように、そして いねの わらが あつく つもると、めが でにくく なる ことも あります[7]。れんげ作りは、田んぼごとの ようすを 見ながらの しごと なのです。
福島県相馬市の試験(1998〜2004年)では、れんげをすき込んだ田で、稲の窒素吸収量が、対照の田の約2倍になりました。毎年0.6kg/a前後の増加です。れんげの窒素が稲に届いている、ということです[5]。
ところが、窒素が多すぎて稲が倒れやすくなり、収量はおおむね低くなりました。効果は年や地域で大きく変わると、この報告は述べています[5]。
一方、埼玉県鴻巣市の2024〜25年の試験では、れんげ区の米の収量は10aあたり501kgで、れんげを使わない慣行区の124%でした[6]。501÷1.24で、慣行区はおよそ404kgになります。この数字は1か所・1年の結果です。
福島では低収、埼玉では増収と、結果は逆でした。「れんげを入れれば米がよくとれる」と言い切れないのは、このためです。窒素が足りるだけでなく、多すぎることもあるからです。
このほか、岡山県の資料は、排水の悪い田では過湿に注意が必要なこと、収穫時の切りわらが厚く積もると発芽や生育が抑えられることを挙げています[7]。れんげは便利な緑肥ですが、田んぼごとの状態を見ながら使う草なのです。
それなのに、なぜ田んぼの花畑は減っていったのでしょう。
福島県農業試験場相馬支場の試験(1998〜2004年)では、レンゲをすき込んだ区の稲の窒素吸収量は、年ごとの変動は大きいが、毎年0.6kg/a前後増え、おおむね対照区の約2倍になった[5]。根粒菌が固定した窒素が、すき込みを経て稲に吸収されたことを示す数字だ。
ところが、窒素が多すぎて稲が倒れやすくなり、収量はおおむね低かった。そのため報告は、効果は年や地域で大きく変わると述べる[5]。「窒素が増えれば収量も増える」という単純な関係は成り立たない。
これと対照的なのが、埼玉県鴻巣市の2024〜25年の試験だ。10月中旬に10aあたり4kgを播種し、4月下旬にすき込んだ区の米の収量は501kg/10aで、慣行区の124%(501÷1.24で約404kg/10a)だった[6]。福島と埼玉では、結果が逆になっている。ただし埼玉は1か所・1年の結果にすぎない。
福島と埼玉のちがいがなぜ生じたかは、これらの資料には書かれておらず、本メモも原因を断定しない。示せるのは、効果が場所と年で揺れるという点までだ。実際の栽培では、岡山県の資料が述べる、種子代が高いこと、排水の悪い田では過湿に注意が要ること、収穫時の切りわらが厚く堆積すると発芽や生育が抑えられることも、普及の壁になる[7]。
効果が安定しないだけでなく、手間も費用もかかる。そうした条件が重なった結果、れんげは田んぼから減っていったのか。栽培が減った理由を、報告から確かめる。
6. どうして れんげばたけは へったの?
6. 花畑が減った理由は、田んぼの暮らしの変化にあった
6. 栽培が減った事情 ── 化成肥料・早期移植・耕運機
むかしは、どこの 田んぼにも れんげが ありました。でも、いまは すくなく なりました。
1989年の ほうこくは、3つの わけを あげて います。1つめは、ひりょうが 化学ひりょう(かせいひりょう)に かわった こと。2つめは、いねを うえる じきが はやく なった こと。3つめは、田んぼを たがやす 牛や 馬が、きかいに かわった ことです[8]。
いねを うえる じきが はやくなると、れんげが さいて、たねが みのる まえに、土に いれる ことに なります[9]。たねが おちないので、らいねんは はえて きません。
そこで、れんげが きえて しまう まえに、たねを あつめた 人たちが いました[9]。ところごとに ちがった れんげも、のこそうと したのです。
いまは、むらおこしや、みつばちの みつの ために、また れんげを そだてる うごきも あると、ほうこくに 書かれました[8]。れんげは、人の くらしの かわりかたと いっしょに、へったり ふえたり して きた 草なのです。
1989年の農業生物資源の報告は、れんげの栽培が減った理由を3つ挙げています。窒素肥料が化成肥料になったこと、稲の早期稚苗植えが広まったこと、田を耕す牛や馬が耕運機に替わったことです[8]。肥料は買えるようになり、牛馬の餌としての役目もなくなって、れんげは育てる理由を失っていきました。
稲の早期移植は、れんげの種にとって深刻でした。農研機構のジーンバンク報告は、1960年代に稲を早く植える方法が広まったため、種が十分に熟す前にすき込まれ、れんげがあぜ道や休耕地にだけ残るようになったと述べています[9]。前の章で見たとおり、種が熟す前にすき込むと、翌年は生えてきません。
そこで、消えてしまう前に、各地の種を集める活動が行われました[9]。江戸時代から作られてきた地方ごとの品種も、すでに見られなくなっていたからです[8]。
一方で、1989年の報告は、村おこしや養蜂家の蜜源としてれんげを再び育てる動きが出ていることにも触れています[8]。田んぼの肥料としての役目は薄れても、花畑としての役割は、形を変えて続いているようです。
1989年の植物遺伝資源探索収集報告は、栽培減少の理由として、窒素肥料が化成肥料になったこと、水田の稲作で早期稚苗植が普及したこと、役畜の牛馬が耕耘機に替わって飼料・肥料作物としての必要が減ったことを挙げ、地域ごとの品種も見られなくなったとする[8]。化成肥料は窒素源として代替でき、牛馬は飼料の需要を支えていた。その二つが同時に消えたことが、栽培の意味を弱めたと考えられる(この因果は筆者の整理で、報告は理由を並べて述べている)。
稲の早期移植は、れんげの種子生産に直接作用した。農研機構ジーンバンクの報告(英文要旨)は、1960年代の早期移植がゲンゲの種子の成熟を妨げ、あぜや休耕地にだけ残る状態になったため、消失する前に収集したと述べる[9]。前章の岡山の試験では、開花期にすき込んだ場合の自然発芽はごく少なかった。稲を早く植えるほど、れんげの種が熟す前にすき込む必要が生じる。
こうして、田んぼで種を落としながら増えていたれんげの循環は途切れ、あぜや休耕地に残るだけになった。収集された種は、各地の品種を残す手がかりになる。
ただし、衰退一色ではない。同じ1989年の報告は、村おこしや養蜂家の蜜源としての利用に、復活の兆しがあると記す[8]。鴻巣市の試験のように、近年も米づくりでの活用が試されている[6]。肥料から、蜜源や景観、そして新しい栽培法の試験へと、れんげの役割は移っている。
7. たたみ 1まいぶんの れんげは、どのくらい おもい?
7. れんげ畑を「畳1枚」に縮めて、重さで感じてみる
7. 出口 ── 10aあたりの数字を畳1枚に縮め、原典へ
10a(1000へいほうメートル)の 数字は、おおきすぎて ぴんと きません。たたみ 1まい(1.6へいほうメートルくらい)に ちぢめて みましょう。
れんげの おもさは 1へいほうメートルで 6キログラム。たたみ 1まいなら、10キログラムくらいです。2リットルの ペットボトル 5本ぶんの 水が、ちょうど それくらいです。おもたいので、おうちの人と いっしょに、もちあげるか、たいじゅうけいに のせて みましょう。
たねは、1へいほうメートルで 4グラム。たたみ 1まいなら 6〜7グラム、1円玉 7まいぶんくらいです。こんなに すこしの たねが、これだけの 草に なります。
ただし、これは さいたま県の しけんの 数字です。れんげは、いきた 草なので、水を たくさん ふくんで おもく、場所や 年で かわります。
10aあたりの数字は、大きすぎて実感がわきません。畳1枚(約1.6平方メートル)に縮めてみましょう。埼玉県の試験の、すき込み前の生草6kg/平方メートルは、畳1枚で約10kgです。2リットルのペットボトル5本分の重さです。重いので、家の人と一緒に、体重計で測ってみてください。
種の量は、1平方メートルあたり4gですから、畳1枚で約6.4g、1円玉(1g)6〜7枚分です。これだけの種から、10kgもの草が育ちます。ただし、これは1か所の試験の数字で、水分を含んだ生の重さです。年や場所でも変わります。
さらに調べるなら、岡山県農林水産総合センターの研究成果にある「自然発芽」の図表と、農研機構ジーンバンクの報告が手がかりです。種を落として増える草を、人がどう使ってきたかが読めます[7][9]。
10aあたりの数字は、大きすぎて実感がわかない。1m²あたりに直し、さらに畳1枚(約1.6m²)に縮めると、感覚がつかみやすい。埼玉の試験の生草重6kg/m²は、畳1枚で6×1.6=9.6kg、約10kgだ。播種量4g/m²は、畳1枚で6.4g、1円玉(1g)で6〜7枚ぶんに当たる[6]。2リットルのペットボトル5本(約10kg)を家の体重計で量れば、重さの感覚が確かめられる。ただし生草重は水分を含む重さで、乾いた草の重さではない。
資料を読むなら、種を落として増える仕組みと窒素量の推定は岡山県農林水産総合センターの研究成果[7]、窒素吸収と低収の結果は東北農業研究の相馬の報告[5]、減少の事情と種の収集は農研機構のジーンバンク報告と1989年の探索収集報告[9][8]が一次に近い。日本語で読めるのは、岡山・福島・埼玉の資料である。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:府県の農業試験場・研究機関の報告、農研機構の資料、国立環境研究所のデータベース、百科事典を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- 京都府立植物園「みごろ情報(ゲンゲ)」。https://www.pref.kyoto.jp/plant/migoro/20230414.html (原産・水田の裏作の緑肥として栽培され、近年減っていることについて)
- 国立環境研究所 侵入生物データベース「ゲンゲ」。https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/80930e.html (導入の時期と目的について)
- 島根県 自然観察(植物解説)。https://www.pref.shimane.lg.jp/infra/nature/shizen/shimane/sizennkansatu/syokubutu_kaisetu/ke.html (肥料や牧草として植えられ、広がったことについて)
- コトバンク「根粒菌」(デジタル大辞泉・世界大百科事典)。https://kotobank.jp/word/根粒菌-506801 (根粒菌の共生と窒素固定の効率について)
- 福島県農試相馬支場「相馬のレンゲ施用水田」東北農業研究58号。https://www.naro.go.jp/org/tarc/to-noken/DB/DATA/058/058-035.pdf (稲の窒素吸収量と収量の結果について)
- 埼玉県 鴻巣市のレンゲ米(令和7年度試験)。https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/251334/01_saitama_rengemai.pdf (種まき・すき込みの時期、生草重、米の収量について)
- 岡山県農林水産総合センター 研究成果「レンゲの自然発芽」。https://www.pref.okayama.jp/uploaded/life/1052113_10192457_misc.pdf (開花期・黄熟期、すき込み時期と自然発芽、栽培上の注意について)
- 中嶋・奥村「レンゲの収集」植物遺伝資源探索収集報告(1989)。https://www.gene.affrc.go.jp/dl/pdf/publications/plant-exp_1989(6)_p41.pdf (開花・種の実り、種集めの適期、栽培が減った理由と復活の兆しについて)
- 農業生物資源ジーンバンク事業報告「ゲンゲ」(農研機構リポジトリ)。https://repository.naro.go.jp/records/6904 (江戸時代の栽培記録と、早期移植による減少、種の収集について)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
- 中学生向けの題名を、日常の疑問が先に来る形に見直した。
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