1. 「分」と「秒」は、もともと 時計の ことば?
1. 「分」と「秒」は、時計より先に角度で使われていた
1. 時刻より先に、角度が60ずつ分けられた
1分は 60秒です。では、「60に しよう」と きめたのは だれでしょう。じつは、きめた 人は、はっきり 分かって いません。
分かって いるのは、ながれです。大むかし、メソポタミアという ところで、60を ひとまとまりに する 数え方が つかわれて いました。「60しんほう」と いいます[1]。
それから ずっと あと、150ねんごろ、天文の 学者 プトレマイオスが 本の 中で、角度の 1度を 60に わけ、そのまた 60分の1も 作りました[4]。
この 小さな 部分が、のちの「分」と「秒」の ことばに つながります。どちらも、もとは 時間では なく、角度の ことでした。
では、そもそも、どうして 60なので しょうか。
決めた一人は、分からない
「1分を60秒にしよう」と決めた人や年は、資料からは分かりません。分かっているのは、60を単位にする数え方が、とても古くからあったことです。紀元前3000年から2000年ごろ、シュメールで使われ、そのあとを継いだバビロニアでも使われました[1]。
先に分けられたのは、時間でなく角度
紀元150年ごろ、プトレマイオスは『アルマゲスト』で、1度を60に分け、それをさらに60に分けました。この「分」と「秒」は、時計の時刻ではなく、角度や弧の分け方です[4]。時間の分・秒の話は、角度のあとに出てきます。
では、60という数は、なぜ選ばれたのでしょうか。
1分=60秒の刻みを、特定の人物や年に結びつけることは、資料からはできない。確かなのは、60進法が紀元前3000年から2000年ごろのシュメールで使われ、バビロニアが受けついだことである[1]。バビロニア人は、シュメール人やアッカド人から受けついだ考え方に、位取りの表記を加えた。これは数の体系での最大の業績とされるが、「60を発明した」とは書けない[2]。
一方、「分」「秒」の語が現れるのは、時刻より角度の分割のほうが早い。プトレマイオスは『アルマゲスト』(紀元150年ごろ)で、1度を60に、さらにそれを60に分けた[4]。ラテン語の pars minuta prima(第1の小さな部分)と pars minuta secunda(第2の小さな部分)が、英語の minute と second のもとである[6]。つまり、「分」「秒」は時間の単位名として生まれたのではなく、角度の細分の序数だった。
では、60進法そのものは、なぜ60だったのか。
2. 60は、どうして えらばれたの?
2. 60が選ばれた理由は、実は分かっていない
2. 60が選ばれた理由:便利さと、手の数え方の説
60には、べんりな ところが あります。1から 6まで、どの 数でも わりきれる いちばん 小さい 数です[3]。
たとえば、60分を 2つに わけても、3つでも、4つでも、5つでも、6つでも、はんぱが 出ません。ピザを かんがえると 分かりやすいかも しれません。
でも、「べんりだから 60に した」と 言いきる ことは できません。60を えらんだ わけは、分かって いないのです[1]。
手の ゆびを つかった せつも あります。かた手の ゆびの ふしは 12 あります。もう かた手の 5本の ゆびで、その 12を かぞえると、60に なります[2]。
ためしに、60を かぞえて みたくなりますね。
1から6まで、全部で割り切れる
60は、1から6までのどの数でも割り切れる、いちばん小さい数です。約数が多いので、半分、3分の1、4分の1、5分の1、6分の1がどれも整数になり、分数を簡単にできます[3]。時間を分ける単位として、便利な数なのは確かです。
「便利だから選んだ」とは言えない
ただし、資料はそこから先を言い切っていません。シュメール人が60進法を使った理由は分かっていません[1]。数学史のサイト MacTutor は、いくつかの説を紹介しています。片手の指の関節12個を、もう片方の手の5本の指で数えると60になる、という説。12進法で数える人々と5進法で数える人々が合流した、という説です[2]。
同じサイトの執筆者は、誰かが意図して60を選んだという説明には慎重です。60は、数え方が重なって残ったものかもしれません。では、その60が、どうして1日の時間と結びついたのでしょうか。
60は1から6までのすべての数で割り切れる最小の数で、約数が多いため、分数を整数の比で扱いやすい[3]。この性質が、60進法が長く使われた一因だったとは考えられる。だが、「便利だから選ばれた」と因果を書くことはできない。シュメール人が60進法を用いた理由は、分かっていないからである[1]。
MacTutor は、数え方に関する説を二つ挙げる。片手の指の関節(12)を、もう片手の5本の指で数え上げて60になる説。12で数える民族と5で数える民族が合流した説である。同じ資料の執筆者は、誰かが意図して底を選んだという説明には慎重である[2]。いずれも仮説であり、決定的な証拠は示されていない。
約数の多さは、選ばれた理由ではなく、残った理由かもしれない。では、60進法の流れは、どうして時計の1日24時間とつながるのか。そこには、60とは別の数、12が関わっていた。
3. 1日が 24時間なのは、なぜ?
3. 1日の24時間は、昼12と夜12から来た
3. 24時間の出どころ:昼夜の12分割と、長さが変わる「1時間」
1日が 24時間なのは、60とは べつの わけが あります。昔の エジプトでは、ひるの 時間を 12こに わけました。日時計を つかったのです。夜の 時間は、星や 水時計を つかって、これも 12こに わけました[4]。
12 たす 12で、24です。
でも、むかしの 1時間は、今と ちがいました。夏は ひるが 長いので、ひるの 1時間も 長くなりました。冬は みじかく なりました[5]。
この やり方は、きかいの 時計が 出て くるまで つかわれて いたと されます[5]。
では、いつ、1時間の 長さが いつも おなじに なったのでしょう。
昼を12、夜を12に分けた
古代エジプトでは、日時計で昼を12に分け、星や水時計で夜を12に分けたとされます。昼と夜で12ずつ、合わせて24です[4]。今の「1日24時間」の形は、この昼夜12ずつの分け方とつながっています。
夏の1時間は、冬の1時間より長かった
ところが、昼と夜を12ずつに分けると、季節によって昼の長さが変わるので、1時間の長さも変わります。夏は昼の1時間が長く、冬は短くなりました。こうした「季節で長さが変わる時間」は、機械時計が現れるまで使われていました[5]。
1時間の長さがいつも同じになったのは、紀元前2世紀ごろのヒッパルコスにさかのぼる、とされます。ただし、「おそらく」という書き方の資料です[5]。次の疑問は、こうなります。1時間を、いつ60分に分けたのでしょうか。
古代エジプトでは、昼を日時計で12に、夜を星や水時計で12に分け、昼夜それぞれ12、合計24の区分を得た[4]。この方式の特徴は、昼夜の長さが季節で変わるため、1時間の長さも変わる点である。夏は昼の1時間が長く、冬は短い。このような「不定時法」は、機械時計が現れるまで使われた[5]。
では、いつ1時間が等しい長さになったのか。1日を24の等しい時間に分ける考えは、紀元前2世紀ごろのニカイアのヒッパルコスにさかのぼる可能性が高いとされるが、資料の書き方は「おそらく最初」であり、断定はできない[5]。
注意したいのは、24と60の関係である。24は昼夜の12分割から来た数で、60進法から来た数ではない。つまり、1日の中には、12由来の「24」と、60進法由来の「60」が、別々の筋で重なっている。では、1時間はいつ60に分けられたのか。
4. 時計の はりに「分」が できたのは いつ?
4. 1時間が60分になり、時計に分針が付くまで
4. 1時間の60分割:中世の天文学者から、1577年の分針まで
1時間を 60ずつの 数え方で こまかく わけた、はやい れいの ひとつは、1000ねんごろの 学者 アル=ビールーニーと されます。1時間を 分や 秒に、60ずつで わけた、と せつめいされて います[6]。
でも、このころの 時計に、分を さす はりは ありません。時計に 分の はりが ついたのは、1577ねんの ことです。とけい作りの ビュルギが、天文学者 ティコ・ブラーエの ために 作りました[6]。
分の はりが もちはこべる 時計に 入るのは、ひげぜんまいという ばねが 発明された あとの ことです[6]。
中世の天文学者が、1時間を60分に
1時間を60進法で分と秒に分けた、早い例の一つは、1000年ごろのアル=ビールーニーだとされます。1時間を60進法で、分や秒などに細かく分けたと説明されています[6]。ただし、「最初」という書き方は英語版の百科事典のもので、早い例の一つと見るのが安全です。
分針は、1577年に天文学者のために
時計の針に目を向けると、分針の歴史はもっと新しくなります。1577年、時計職人のヨスト・ビュルギが、天文学者ティコ・ブラーエのために、分針の付いた時計を作ったとされます[6]。星を測る人のための時計に、先に分針が付いたのです。分針が携帯用の時計に入ったのは、ひげぜんまいが発明されたあとでした[6]。
角度で使われた60進法が、星を見る人々の手で時間にも使われていった、と読むことはできます。ただし、バビロニアから時計まで直接つながった証拠の連鎖は、資料に示されていません。
こうして時間は、24、60、60という入れ子になりました。これをつくり直そうとした人たちがいます。
1時間を60進法で分と秒に分けた最初の例の一つとして、1000年ごろのアル=ビールーニーが挙げられる。1時間を60進法で、分や秒などに細かく分けた、と説明される。ただし、英語版の記事は「最初」と書くが、二次資料の記述なので、「早い例の一つ」と読むのが妥当である[6]。
日常の時計に分や秒が表れるのは、16世紀末である。1577年、ヨスト・ビュルギが、天文学者ティコ・ブラーエのために、分針の付いた時計を作った。分針が携帯時計に入るのは、ひげぜんまいの発明後である[6]。分針の付いた時計が、星を観測する天文学者のために作られたことは、角度の分と時間の分の縁を思わせる。
とはいえ、60進法が角度の分割を経て時間にも及んだ、という筋は、資料に基づく整理であり、バビロニアから1分=60秒への直接の因果が示されているわけではない。語の面では、角度の「第1・第2の小さな部分」が、そのまま時間の分・秒の名になった、とは言えても、その過程の細部は資料から読み取れない。
こうして1日は、24時間×60分×60秒、つまり86400秒という入れ子になった。この入れ子は、ある時期に、10進法へ置きかえられかけたことがある。
5. 10の 時計は、どうして つづかなかった?
5. 10進法の時計は、どうして定着しなかったのか
5. フランス革命期の十進時間:置きかえが定着しなかった例
1793ねん、フランスで、10の まとまりの 時計が 作られました。1日を 10時間、1時間を 100分、1分を 100秒に わけたのです[8]。
この 時計の 1分は、今の 時計の 1分より 長く、およそ 86秒です。1秒は、およそ 0.86秒で、すこし みじかく なります。
でも、人々には ふひょうでした。1795ねんには、つかう ことが ぎむでは なくなりました[8]。
数え方を かえるのは、とても 大へんな ことでした。
1日を10時間にした新しい時計
フランス革命のさなか、1793年11月24日に、十進時間が始まりました。1日を10時間、1時間を100分、1分を100秒とする、10の倍数だけでそろえた時間です[8]。
ふつうの秒との長さを比べる
計算すると、十進時間の1秒は、今の秒の約0.864倍です。1日=86400秒を、10×100×100=10万で割って出しました。1分は約86.4秒になります。つまり、数字はそろっても、今の時間とは別物です。
しかし、この時間は不評で、1795年4月7日に義務ではなくなりました[8]。10進法のほうが数えやすいはずなのに、60進の時間は残りました。理由を資料は述べていませんが、時計も暮らしも、すでに24や60に合わせてできていたからだと考えることはできます。
今の「秒」は、60とは関係のない方法で決まっています。
フランス革命期の1793年11月24日、十進時間が始まった。1日を10時間、1時間を100分、1分を100秒に分ける方式である[8]。1日の総秒数は、60進では24×60×60=86400、十進時間では10×100×100=100000である。したがって、十進時間の1秒は約0.864の通常秒に当たり、1分は約86.4秒に当たる。数のそろいは良くなっても、秒の長さそのものが変わるため、暮らしの側にも調整が必要になる。
この方式は不評で、1795年4月7日に義務ではなくなった[8]。1年半ほどで終わったことになる。なぜ定着しなかったのかは、資料の範囲では述べられていない。ここでは、60進の時間が「10進に置きかえられかけ、定着しなかった例」を確かめるにとどめる。
数の便利さだけでは、すでに社会に埋め込まれた単位は置きかわらないことが、この例から読める。一方で、秒の長さを決めるものは、時代とともに別の方向へ動いた。
6. 今の「1秒」は、なにで きまって いるの?
6. 今の1秒を決めているのは、60でも天体でもない
6. 秒の定義の変遷:1日の86400分の1から、セシウム原子へ
むかしの 1秒は、1日の 長さを 86400こに わけた 1つ分でした。1日は 24時間、1時間は 60分、1分は 60秒ですから、24×60×60で 86400です[7]。
ところが、地球の まわる はやさは、いつも おなじでは ないと わかりました。そこで、1960ねんに、地球が 太陽の まわりを 1しゅうする 長さを もとに した きめ方に なりました。さらに、1967年から1968年に、セシウムという 原子を もとに した きめ方に かわりました[7]。
いまの 1秒の 長さは、原子の ふるえで きまって います。60で わる という やくそくは、その あとの 話です。
天文の 角度から はじまった 数え方が、いまは 原子の 時計に つながって いるのです。
1日の86400分の1だった秒
1960年より前、1秒は「平均太陽日の86400分の1」でした。1日=24時間×60分×60秒=86400秒だからです[7]。つまり、1日を24・60・60に割った結果が、秒の長さを決めていました。
地球の回り方が一定ではなかった
ところが、地球の自転は一定ではないと分かりました。そこで、1960年には太陽年を基準にする定義、1967年から1968年にはセシウム133原子の特定の遷移を基準にする定義に変わりました[7]。
いまの秒の長さは、原子の性質で決まります。「60」は、その秒を60個集めて1分と呼ぶ約束として残っているだけです。星を見る人の角度の分け方が、いまは原子時計につながっていると言えます。
1960年より前、秒は「平均太陽日の86400分の1」だった。86400は24×60×60であり、60進の入れ子がそのまま秒の長さを決めていた[7]。ところが、地球の自転が一定でないと分かり、1960年に太陽年を基準にする定義へ、1967年から1968年にセシウム133原子の基底状態の超微細構造の遷移周波数を基準にする定義へ変わった[7]。
この変遷で見落としやすいのは、60の位置づけである。現在の秒の長さは、原子の遷移周波数という物理量で決まり、60で割るという約束とは独立している。60を使うのは、秒を集めて分や時間にする側の約束にすぎない。
つまり、角度の分割から始まった60進法の名前と数が、時計に入り、さらに原子の時計の上に乗っている。60が選ばれた理由は、今も分かっていない。
7. 60を、手で かぞえて みよう
7. 指の関節で、60まで数えてみる
7. 手で60を数える:説を試し、原典に当たる
かた手の ゆびの ふしを、おや指で かぞえて みましょう。人さし指から 小指まで、1本に 3つずつ、ぜんぶで 12 あります。
もう かた手で、5本の ゆびを 1本ずつ おります。かた手が 12 かぞえ終わるたびに、もう かた手の ゆびを 1本 おると、5本 おったとき、60に なります。
これは、60の 数え方だった かもしれない、という せつの ひとつです。ほんとうに そうだったかは、まだ 分かって いません。
時計の 文字ばんの 1めもりは、何度でしょう。1まわりは 360度です。60めもりで わると、1めもりは 6度です。
手で数えて、60を確かめる
片手の人さし指から小指までの4本には、指の関節が3つずつ、合わせて12あります。親指でそれを順に指さして、12まで数えます。12数えるたびに、もう片方の手の指を1本折ると、5本折ったところで60です。
この数え方で60まで数えやすいことは、実際にやると実感できます。ただし、これは説の一つで、本当にそう数えていたかは分かっていません。
時計の文字盤を、角度で読む
アナログ時計の文字盤の一周を360度とし、分の目盛りを60個と数えると、360÷60=6なので、1目盛りは6度です。分針は1分で6度、秒針は1秒で6度進みます。時計の文字盤には、角度と時間が重なっていることが見えます。
自分で確かめる方法を二つ挙げる。一つは、手による60の数え方である。片手の指の関節12個を親指でたどり、もう片手の指を5本折って60に達する。MacTutor が紹介する仮説の再現だが、実際にバビロニアの人々がそう数えたことの証明にはならない[2]。
もう一つは、アナログ時計の文字盤を見る方法である。一周360度を60目盛りで割ると1目盛りは6度で、分針は1分に6度、秒針は1秒に6度進む。角度の「小さい部分」が時間の目盛りとして同居していることが、文字盤の上で確かめられる。
原典としては、MacTutor の Babylonian numerals(バビロニアの数字)が60進法と数え方の説、BIPM の The second(SI の歴史)が秒の定義の変遷を扱っている。どちらも英語だが、本記事の主張の根拠を直接確かめられる。1分を60秒とした「最初の人」は、今も特定されていない。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。年・人名・名称は、資料によって細部が異なることがあります。
- Wikipedia「60進法」 https://ja.wikipedia.org/wiki/60%E9%80%B2%E6%B3%95 (60進法の使用時期、理由は不明であること。二次資料)
- MacTutor, Babylonian numerals https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/HistTopics/Babylonian_numerals/ (バビロニアの数と指の関節の説)
- Wikipedia, Sexagesimal https://en.wikipedia.org/wiki/Sexagesimal (60の約数と分数の扱いやすさ。二次資料)
- Scientific American, Experts: time division of days, hours, minutes https://www.scientificamerican.com/article/experts-time-division-days-hours-minutes (エジプトの昼夜12分割、プトレマイオスの角度の分割)
- Wikipedia, Hour https://en.wikipedia.org/wiki/Hour (季節で長さが変わる時間、等しい1時間。二次資料)
- Wikipedia, Minute https://en.wikipedia.org/wiki/Minute (語源、アル=ビールーニー、1577年の分針。二次資料)
- BIPM, History of the SI: the second https://www.bipm.org/en/history-si/second (秒の定義の変遷。国際機関の資料)
- Mental Floss, Decimal time: how the French made a 10-hour day https://www.mentalfloss.com/history/decimal-time-how-french-made-10-hour-day (フランスの十進時間。二次資料)
なおした ところ
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