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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ネアンデルタール人は、どこへ いったの?

ネアンデルタール人は集団として消えたのに、なぜ遺伝子が私たちに約2%残っているのか

ネアンデルタール人はなぜ消えたのか ── 現生人類と共に暮らした数千年と、現代人に残る約2%

分野:歴史・文化

アフリカいがいの ところに すむ 人の からだには、ネアンデルタール人の 遺伝子いでんしが 2%ほど ある と いわれて います[4]。ネアンデルタール人は、みんなで いなく なりましたが、いでんしの 一ぶは わたしたちの なかに のこって いるのです。

どうして ネアンデルタール人は、いなく なったのでしょう。いっぺんに きえたのか、ばしょごとに ちがったのか、その ようすが わかります。

ヨーロッパの石器の遺跡から、ネアンデルタール人の姿は約4万年前までに見られなくなります。ところが、アフリカ以外に祖先を持つ現代人のゲノム(遺伝子の全体)には、その人たちに由来する部分が約2%あると報告されています[4]。

集団としては消えたのに、なぜ遺伝子の一部が私たちに残っているのでしょうか。いつ、どんなふうに姿を消したのか、争いがなくても消えうるのかが分かります。

アフリカ以外に祖先を持つ現代人のゲノムの約2%は、ネアンデルタール人に由来するとされる[4]。絶滅したはずの集団の一部が、現代人の中に残っていることになる。

では、いつ、どんな経過で姿を消したのか。争いがなくても消えうるのか。放射性炭素年代の再測定、ゲノム解析、人口のシミュレーションという3種類の研究から、確かなことと仮説を分けて読むと分かる。

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1. わたしたちの いでんしに、ネアンデルタール人の ぶぶんが あるの?

1. 集団は消えても、遺伝子の一部は私たちに受け継がれている

1. 現代人ゲノムに残るネアンデルタール由来の約2%

2010ねん、ネアンデルタール人の ほねから とった いでんしが しらべられました。そして、ヨーロッパから アジアに すむ 人の いでんしの 2%ほどが、ネアンデルタール人から きた ものだと わかりました[4]。

いでんしを 100こぶんの ながい ひもだと すると、2こぶんほどが ネアンデルタール人から きた ぶぶん、という かんじです。人が まざって いる わけでは ありません。ただし これは アフリカいがいの 人の はなしです。

むかし、ネアンデルタール人と わたしたちの ごせんぞが であって、なかまが うまれた のでしょう。では ネアンデルタール人は、どんな 人たちだったのでしょうか。

2010年、ネアンデルタール人の骨から取り出したDNAの解読結果が発表されました。ヨーロッパからアジアに住む現代人のゲノムの約2%が、ネアンデルタール人に由来するというものです[4]。「約2%」は、ゲノムの文字列100文字のうち2文字ほどがその由来、という感覚です。初期の見積もりは1〜4%と幅がありました。

その後の解析で、混じり方は一度きりではなかった可能性が出てきました。2018年の研究では、東アジアの人とヨーロッパの人それぞれと複数回交わったと考えるとデータがよく説明でき、東アジアの人のほうがヨーロッパの人より、ネアンデルタール由来の割合が12〜20%高いとされました[5]。これは「2%が14〜24%になる」のではなく、2%のおよそ1.1〜1.2倍、つまり2.2〜2.4%前後という意味です。

では、このネアンデルタール人は、どんな人たちだったのでしょうか。

2010年に公表されたネアンデルタール人ゲノムは、ヨーロッパで約4万年前に生きた3人の女性の骨から得られた。これと比べた2010年の初期解析で、アフリカ以外の現代人(ヨーロッパからアジアの人)のゲノムの最大約2%がネアンデルタール由来とされた[4]。初期の推定幅は1〜4%だが、一般には約2%と言われる。

その後、混ざり方の細部が見えてきた。2018年の解析では、東アジア人とヨーロッパ人それぞれとの複数回の交雑でパターンがよく説明でき、東アジア人は割合が12〜20%高いと報告された[5]。これは相対差であり、2%を足して14〜24%になるわけではない。2%を基準にすると2.2〜2.4%前後である。

ドイツのラニスで見つかった約4万5000年前の骨片のゲノムでは、ネアンデルタール人との混合は約4万9000〜4万5000年前の比較的短い期間の出来事とされた[6]。さらに2014年の研究は、現代人に残る部分に偏りがあると指摘した。毛や皮膚のケラチンに関わる遺伝子では多く、男性の生殖能力に関わる領域やX染色体では少なかった[10]。現代人に残ったネアンデルタール由来の遺伝子は、どの領域でも同じ割合ではない。

消えたはずの集団が一部だけ残っているとすれば、いなくなった理由を考える前に、まず彼らが「劣っていたから消えた」のかを疑ってみる必要がある。

2. ネアンデルタール人は、かしこく なかったの?

2. 頭が悪かったから消えた、という話は本当か

2. 脳の大きさと石器 ── 「劣っていたから絶滅した」を疑う

ネアンデルタール人は、4まん年から 40まん年ほど まえに、ヨーロッパから アジアの なかほどまで すんで いました[1]。

のうの おおきさは、わたしたちと おなじくらいか、もっと 大きい ことも ありました。からだが がっしり して いたからです[1]。

石を うまく われば、うすくて するどい かけらが とれます。ネアンデルタール人は、そんな かけらを つかった どうぐを つくって いました[1]。

のうの 大きさは、かしこさそのものでは ありません。でも、「ばかだから きえた」と きめつける ことは できなさそうです。

ネアンデルタール人は、約40万〜4万年前に、ヨーロッパから西アジア、中央アジアにかけて暮らしていました[1]。脳の大きさは私たちと同じくらいで、体ががっしりしていたぶん、私たちより大きいこともありました[1]。

道具も手の込んだものでした。あらかじめ形を整えた石の塊から、薄い石片をはがし取って使う方法で、「ムステリアン」とよばれる石器の文化を作っていました[1]。石を割る前に「どこから、どんな形で割るか」を考えておく作り方です。

もちろん、脳が大きいことは「頭がよかった」と同じ意味ではありません。ただ、少なくとも「単純な道具しか使えなかったから消えた」という筋書きは、この資料からは支えられません。それなら、いつ、どんなふうに消えたのでしょうか。

ネアンデルタール人は約40万〜4万年前に、ヨーロッパから西南アジア〜中央アジアに住んでいた[1]。スミソニアン博物館の整理では、脳の大きさは現代人と同程度で、頑丈な体格に比例して大きい場合も多かった[1]。ただし、脳容量は知的能力の直接の尺度ではないので、「頭がよかった」とまでは言い切れない。

石器の技術は、あらかじめ整えた石核から薄い石片を剥がして道具にする、ムステリアン石器に代表される[1]。石片を取る前に石核を整えておく作り方である。

これらを合わせると、「脳が小さく、道具が単純だったから絶滅した」という説明は、少なくともこの資料群からは支えにくい。優劣で説明できないなら、時間の面から考える必要がある。ネアンデルタール人が最後に石器を作ったのはいつで、その終わりは各地でそろっていたのだろうか。

3. いっせいに いなく なったの?

3. 消えたのは「ある日突然」ではなく、地域ごとに時期がずれていた

3. 最後の石器の年代 ── 現生人類と共に暮らした数千年と、炭素14測定の落とし穴

むかしの ほねや どうぐが、いつの ものか しらべる ほうほうが あります。2014ねん、ロシアから スペインまでの 40ほどの いせきで、200ほどの ものを しらべなおした 人たちが います[2]。

ネアンデルタール人の 石の どうぐが おわったのは、4まん1000ねんから 3まん9000ねんまえ ごろと わかりました[2]。

しかも、ばしょに よって、わたしたちの ごせんぞと 同じ ところに すんでいた じかんが、数千ねんも ありました[3]。「ある日 とつぜん、いなく なった」のでは なさそうです。

では、なぜ いなく なって いったのでしょうか。

2014年、オックスフォード大学のヒガムたちは、ロシアからスペインまでの約40か所の遺跡から、約200点の試料を放射性炭素年代測定でもう一度調べました。その結果、ムステリアン石器が終わった時期は、約4万1030〜3万9260年前と推定されました[2]。

この測定は意外とむずかしいものです。5万年前に近い古い試料ほど、少しでも新しい炭素が混ざると年代が大きくずれます。そこで研究チームは、骨のコラーゲンを精製して汚れを取りのぞく方法を使い、混入をできるだけ防いだと説明しています[2]。

もう1つの結果は、ネアンデルタール人と現生人類がヨーロッパで重なって暮らした期間が、地域により数千年あったことです。報道では、最長で4900年とも5400年とも書かれ、数字に差があるため、ここでは「数千年」にとどめます[3]。地域によって石器が見られなくなる時期がずれていたため、「ある日いっせいに」ではなかったと考えられます。

では、ネアンデルタール人が姿を消した原因は、何だったのでしょうか。

ネアンデルタール人は、いつ消えたのか。この問いは、放射性炭素年代測定の精度に左右される。5万年前に近い古い試料では、わずかな新しい炭素の混入が年代を大きく若く見せるためである。そのため、2014年のヒガムらの研究は、骨のコラーゲンを精製する限外ろ過で汚染を避けたうえで、ロシアからスペインまでの約40遺跡・約200点を測り直した[2]。

結果、ムステリアン石器の終わりは約4万1030〜3万9260年前と推定された[2]。「4万年前に一斉に消えた」わけではない。終わりの時期は地域ごとにずれ、現生人類との重なりは地域により数千年あったと報告された。報道によって4900年、5400年と数字が異なり[3]、確実なのは「数千年」という桁までである。

この結果は、現生人類が短期間で入れかわった、という単純な説明とは合わない。数千年も共存した後に消えたなら、原因は「出会った」ことそのものより、集団の側の条件にあるかもしれない。人口が小さい集団は、争いがなくても消えやすい。この仮説が次の章の問いである。

4. たたかわなくても、へって しまうことが ある?

4. 争いがなくても、少ない人数だけで消えうる

4. 小さな人口と相手探し ── 争いなしでも消えうるシミュレーション

ネアンデルタール人は、わたしたちの ごせんぞと 出会う まえから、人数が とても 少なかった かもしれません。1万人 いかだったと いう けいさんも あります[7]。

人数が 少ないと、なかまの あいてが 見つかりにくく なります。うまれる 子どもの 数や、なくなる 人の 数も、ぐうぜんで ふえたり へったり します。そう した だけでも、ながい 時間の あいだには、いなく なる きけんが 高かったと、コンピューターの けいさんで しめされました[7]。

わたしたちの ごせんぞが「ただ そこに いた だけ」でも、あいてさがしや いどうが しにくく なり、数が へる ことが あると いう すじがきも あります[7]。ただし これは、けいさんで しめされた「ありえる はなし」です。

オランダのライデン大学などの研究チームは、ネアンデルタール人の集団は現生人類に出会う前から小さく、おそらく1万人以下だったと見積もりました。そのうえで、近親交配、相手を見つける難しさ、出生や死亡のランダムなゆらぎだけでも、長い時間では絶滅する危険がかなり高かったと、モデルで示しました[7]。

面白いのは、このモデルで「アリー効果」が絶滅の要因として出てきた点です。アリー効果とは、個体が少なすぎて相手に出会いにくくなり、かえって子が増えにくくなる現象で、初期の人口が最大で約1000人の集団なら絶滅が起こりうるという計算でした[8]。

さらに、争いがなくても同じことが起こりえます。現生人類の集団が近くにいるだけで、ネアンデルタール人が相手を探し、仲間と交わり、移動する機会が減ったかもしれないという筋書きです[7]。日本語で紹介された別の研究も、消滅は偶発的な出来事で説明でき、現生人類の優位性や環境の圧力が必ずしも要らないと示しています[9]。

ただし、これは「人数の少なさだけで絶滅した」という証明ではありません。「それだけでも起こりえた」と示すモデルです。

ライデン大学などの2019年の研究(Vaesenら、PLOS ONE)は、帰無仮説の形で問いを立てた。ネアンデルタール人が人類と出会う前から小さく(おそらく1万人以下)、近親交配・相手探しの難しさ・出生と死亡のランダムな変動だけで、長い時間のうちに絶滅する危険はかなり高かったか、という問いである[7]。

このモデルでは、繁殖に関わるアリー効果(個体が少なすぎて繁殖しにくくなる現象)により、初期人口が最大約1000人の集団で絶滅が起こりうるとされた[8]。「血が濃くなること」だけでなく、「出会いにくくなること」も絶滅の要因になりうるという結果である。

研究者は、争いのない共存でも、現生人類の集団が近くにいるだけでネアンデルタール人の相手探し・交配・移動の機会が減る、という筋書きを示した[7]。別に、日本語で紹介された浮動に基づく置換モデルは、消滅が偶発的な出来事で説明でき、現生人類の優位性や環境圧を必ずしも必要としないと示唆した[9]。

ただし、いずれもモデルの示す可能性であって、実際の原因の証明ではない。ここまでの研究を並べたとき、「なぜ消えたのか」に1つの答えが出ているのだろうか。

5. けっきょく、りゆうは ひとつなの?

5. 消えた理由は1つに決まっていない ── 共に暮らした数千年と遺伝子が示すこと

5. 複数の仮説と、現時点で言えること

ここまでを まとめると、ネアンデルタール人は、いっぺんには きえず、ばしょごとに きえる ときが ずれて いました。かんきょうの へんかや、人数の 少なさなど、いろいろな ことが かんがえられて いて、ひとつには きまって いません。

そして ぜんぶ きえた わけでは ありません。いまも アフリカいがいの 人の いでんしの なかに、2%ほど のこって います[4]。

ここまで見てきたことを並べると、ネアンデルタール人が姿を消す時期は地域ごとにずれ、現生人類と数千年重なった地域もありました。理由としては、環境の変化、現生人類との競争や交雑、小さな人口によるゆらぎなどが考えられていて、1つには決まっていません。

争いや優劣だけで説明するより、いくつかの要因が重なったと見るほうが、数千年の共存と、現代人に残る約2%の両方に合います。ただ、環境の変化や病気が主な原因だったとする根拠は、今回の資料では強く支えられません。

消えたのは「集団としての姿」であって、遺伝子の一部は私たちの中で続いています。

現時点で言えることは、次のように整理できる。ネアンデルタール人の石器が見られなくなる時期は地域ごとにずれ[2]、現生人類と数千年重なって暮らした地域もあり[3]、その間に交雑して、一部が現代人のゲノムに残った[4]。

原因には、環境の変化、ホモ・サピエンスとの競争や交雑など複数の仮説があり、1つには決まっていない。小さな人口がもたらす偶然の絶滅を示すモデル[7]や、浮動に基づく置換モデル[9]では、環境要因や選択的優位性がなくても置換が起こりうると示唆された。一方、気候変動説や病気説は、この記事で使った資料では強く支えられないため、主役にしなかった。

「絶滅」と「遺伝子の継承」が両立する、という点が、この問いの扱いにくさであり面白さでもある。「消えた」という一語は、集団としての姿が失われたことを指し、ゲノムの一部は私たちの中で続いている。

6. 4まん年を、ろうかに ならべて みよう

6. 4万年分の年表を、廊下にのばしてみる

6. 共に暮らした数千年の長さを体感する ── 年表づくりと資料

1ねんを 1ミリに すると、4まん年は 40メートルです。ひろい 場しょで、ものさしと ひもを つかって、ならべて みましょう。

ネアンデルタール人と わたしたちの ごせんぞが 同じ ところに いた 数千ねんは、5メートル ほどに なります。ひとの 一生が 80ねんなら、8センチです。

みんなで たしかめて みると、「いっぺんに きえた」のでは なかった ことが、すこし わかる かもしれません。ひもを つかうときは、人や ものに ぶつからない ところで してください。

1年を1ミリにすると、4万年は40メートルになります。家の中で1メートルの長さを定規やひもで作り、その40倍がどれほど長いか、廊下や部屋の広さと比べて考えてみましょう。ネアンデルタール人と現生人類が重なった数千年は、5メートルほどです。人の一生を80年とすると、8センチにあたります。

こうして並べると、「数千年の共存」の長さが、人の一生とは別の単位だと分かります。歴史の教科書の1000年が1メートルほどだと思うと、感じ方も変わります。

もっと調べたくなったら、日本の科学博物館や大学博物館の展示で、ムステリアン石器のレプリカや復元模型を探すのもよい方法です。公式サイトの展示紹介を読むと、本物の石器がどう割られているかの見どころが分かります。

重なりの長さを実感する簡単な方法は、年表を物差しの長さにすることである。1年を1ミリにすれば、4万年は40メートル、重なりの数千年は数メートルになる。巻き尺とひもがあれば、廊下や公園で再現できる。一生を80年とすると8センチで、「数千年の共存」の大きさが分かる。

資料の読み方としては、スミソニアン博物館の種のページ(出典[1])、ヒガムらの年代測定の紹介([2][3])、ライデン大学の発表([7])の3つから始めると、年代・特徴・仮説の3点がそろう。日本語で読めるNature Asiaの紹介([5][6][9])も、混ざり方の見つかり方を知る手がかりになる。

そのうえで考えたいのは、「優劣」ではなく「数と出会い」で消滅を説明するモデルが、他の資料や化石の年代と照らして、どこまで支えられるかという点である。自分で読んで確かめる余地が残っている。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文の数字・主張は、次の資料で確かめました。年代や数値は研究や報道によって幅があるため、本文では幅や「約」をつけて書いています。

  1. Smithsonian National Museum of Natural History, Human Origins Program「Homo neanderthalensis」 https://humanorigins.si.edu/evidence/human-fossils/species/homo-neanderthalensis (分布・脳・石器)
  2. Science News「Neanderthals Coexisted with Humans」(Higham ら, Nature 2014 の紹介) https://www.sci.news/othersciences/anthropology/science-neanderthals-coexisted-humans-02111.html (年代測定・汚染対策)
  3. EARTH Magazine「Dating the demise of the Neanderthals」 https://www.earthmagazine.org/article/dating-demise-neanderthals/ (重なりの期間)
  4. NHGRI「2010 Release: Complete Neanderthal Genome Sequenced」 https://www.genome.gov/27539119/2010-release-complete-neanderthal-genome-sequenced/ (ゲノムの約2%)
  5. Nature Asia「ネアンデルタール人と現生人類の交雑」 https://www.natureasia.com/ja-jp/life-sci/research/12791 (複数回の交雑)
  6. Nature Asia「ラニスなどの初期現代人ゲノム」 https://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/15120 (混合の時期)
  7. Leiden University「No humans needed: Neanderthals possibly responsible for their own extinction」 https://www.universiteitleiden.nl/en/news/2019/11/no-humans-needed-neanderthals-possibly-responsible-for-their-own-extinction (小さな人口・共存の筋書き)
  8. Science News「Neanderthal extinction, inbreeding, smallness of populations」 https://www.sci.news/othersciences/anthropology/neanderthal-extinction-inbreeding-smallness-populations-07852.html (アリー効果)
  9. Nature Asia「ネアンデルタール人置換の浮動モデル」 https://www.natureasia.com/ja-jp/life-sci/research/12249 (偶発的な消滅のモデル)
  10. Sankararaman ら, Nature 507 (2014) の書誌 https://ideas.repec.org/a/nat/nature/v507y2014i7492d10.1038_nature12961.html (残った遺伝子の偏り)

なおした ところ

更新履歴

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