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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

弥生時代やよいじだいの ひと 4にんの ほねを しらべたら、2にんは ほとんど 縄文じょうもんの ひとの なかま、2にんは 大陸たいりくの そせんも もって いた

弥生人4人のゲノム、2人はほぼ縄文系で、2人は大陸系の祖先とも混じっていた

西北九州の弥生人4人のうち2人はほぼ縄文系、2人は大陸系との混合を示す:日本人の混じり方をゲノムから読む

分野:歴史・文化

やよいじだいの きゅうしゅうの にしきたで しらべられた 4にんの うち、2にんは 縄文じょうもんの ひとの いでんしに ほとんど ちかく、2にんは 大陸たいりくから きた ひとの いでんしとも まざって いました。ひとが ごそっと いれかわったのでは なく、すこしずつ まざったのでしょうか。この ノートで わかります。

弥生時代の九州の西北部で見つかった4人の骨のゲノムでは、2人はほぼ縄文系のまま、あとの2人は大陸系の祖先とも混じっていました。同じ弥生時代の人でも、祖先のつながり方がちがったのです。縄文の人びとは、大陸から来た人びとと入れかわったのでしょうか。それとも混じり合ったのでしょうか。古代ゲノムと現代人のゲノムの研究から、混じり方の道すじが分かります。

長崎県の弥生人4人の全ゲノムを調べた研究では、2人はほぼ縄文系のままで、2人は縄文系と大陸系が混じっていた[6]。つまり、混じり合いの途中の姿が、同じ地域の弥生人のなかに見えている可能性がある。縄文人は渡来した人びとに置きかわったのか、混じったのか。混じったのなら、いつ、どんな順で、どれくらいか。古代ゲノムと現代人のゲノムの研究から、その答えがどこまで分かっているかが分かる。

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1. 縄文じょうもんの ひとの いでんしは、いまの 日本人に どれくらい のこって いるの?

1. 縄文系の祖先は、いまの日本人にどれくらい受けつがれているのか

1. 二重構造モデルは何を言い、現代日本人の縄文系の割合はどれくらいか

みんなの からだを つくる もとに なって いるのが、遺伝子いでんしです。その なかには、むかしの 縄文じょうもんの ひとたちと おなじ ものが、すこし まざって いると いわれて います。

ほんしゅうの ひとでは、へいきんで 10ぶんの 1ぐらいが 縄文じょうもんの ひとの もの、のこりは 弥生時代やよいじだいより あとの ひとたちの ものだと、国立科学はくぶつかんの かんちょうさんが はなして います。ただし、この 数は しらべ方で すこし かわります。

では、縄文じょうもんの ひとたちは、大陸たいりくから きた ひとと ごそっと いれかわったのでしょうか。

みなさんの体のつくりの元になる遺伝子には、縄文時代に暮らしていた人びとと同じものが、少しだけ受けつがれているといわれます。国立科学博物館の館長は、本州の日本人では平均でおよそ10%が縄文人由来、のこりの約90%が弥生時代以降に入ってきた人びと由来だと説明しています[7]。

この数字は、研究や計算の方法で変わります。2021年の国際研究では、現代の日本人にふくまれる縄文系の成分は平均9.31%と推定されました。縄文人から現代人への遺伝子の流れは、8.9〜11.5%という幅でも示されています[2]。つまり「縄文人由来は何%」と、ひとつに決めて言い切れるものではありません。

では、縄文の人びとは、大陸から来た人びとと入れかわったのでしょうか。それとも混じり合ったのでしょうか。

日本人の成り立ちについて長く使われてきた説明が、1991年に埴原和郎が示した「二重構造モデル」である。後期旧石器時代に日本列島へ入った集団の子孫が縄文人で、そこへ弥生時代から古墳時代にかけて北東アジア起源の渡来人が混じり、現代の日本人になったという考えだ。混じり方の進み具合には、地域差があるとされる[1]。

では、縄文系は今どれだけ残っているのか。国立科学博物館の篠田謙一館長は、本州の日本人は平均でおよそ10%が縄文人由来、約90%が弥生時代以降の遺伝子だと述べている[7]。2021年に報告された論文では、現代日本人の縄文成分はADMIXTURE解析で平均9.31%、縄文から現代日本人への遺伝子の流れは8.9〜11.5%と推定された[2]。解析の方法で幅が出るため、「縄文人由来は○%」と一つに固定する書き方は避けたい。

数字が分かっても、それだけでは混じり方は分からない。ある時期に大勢が入れかわったのか、長い時間をかけて少しずつ混じったのか。結果の割合は同じでも、道すじはまったく別でありうる。

2. しらべた 4にんの なかに、縄文じょうもんの ひとに ちかい ひとと、大陸たいりくの そせんも もつ ひとが いたの?

2. 西北九州の4人のうち、縄文系の祖先だけに近い人と、大陸系の祖先ももつ人がいた

2. 弥生人4人のゲノムは、混合が一度の置きかわりでなかったことを示唆する

ヒントが あるのは、弥生時代やよいじだいの きゅうしゅうの にしきたです。そこで みつかった 4にんの ほねから、けんきゅうの ひとたちが いでんしの じょうほうを よみとりました。

2にんは、ほとんど 縄文じょうもんの ひとの いでんしだけ。のこりの 2にんは、縄文じょうもんの そせんと 大陸たいりくの そせんの りょうほうが ありました。

ひとが ごそっと いれかわったのなら、縄文じょうもんに ちかい ひとは みつかりにくい はずです。でも この 4にんの なかには、縄文じょうもんの とくちょうが ほとんど のこる ひとも、りょうほうが みられる ひとも いました。

長崎県の壱岐と平戸で見つかった、弥生時代の4人のゲノムが詳しく読まれました。結果は、2人がほぼ縄文系のままで大陸系の混じりが見られず、のこりの2人は縄文系と大陸系の混じりを示すものでした[6]。

もし弥生時代のはじめに大陸から来た人びとがいっせいに入れかわったのなら、ほぼ縄文系の人は見つかりにくいはずです。ところが、調べた4人には、ほぼ縄文系の人も、混じった人もいました。年代は約2400年前と約2300年前で少しずれるため、「いっしょに暮らしていた」とまでは言えません。研究は、混じりが一度の大きな移動ではなく、徐々に進んだことを示唆するとしています。

ただし、調べられたのは4人だけです。弥生人全体の姿に広げることはできません。この4人は、混じり方の道すじを考える手がかりのひとつです。

では、混じり合いはいつごろ起きたのでしょうか。

混じり方が「一度の置きかわり」でなく「徐々に進んだ過程」だったのなら、近い時代・地域に、混じりの進み具合がちがう人がいた可能性がある。実際に、西北九州の弥生人4人(壱岐の勝本、平戸の根獅子)の全ゲノムを調べた研究は、2人がほぼ縄文系で大陸系の混合が見られず、2人が縄文系と大陸系の混合を示したと報告している[6]。個体の年代は、混合を示した壱岐の1人が約2,441年前、縄文系の平戸の人が約2,300年前などで、ずれがあり、同じ時期に暮らしていたとまでは言えない。研究は混じりが一度の大移動ではなく徐々に進んだことを示唆している。

ここで注意が要るのは、サンプル数が4である点だ。この結果は、弥生時代の九州の一地域の4人についての話であり、弥生人全体の混じり方を代表するとは言えない。それでも「ほぼ縄文系の人が、混合を示す人と近い時代・地域にいた」という4人の結果は、「縄文人が渡来人に置きかわった」という単純な図とは合わない。

では、混じり合いはいつごろ起きたと推定されているのか。

3. まざったのは、いつごろなの?

3. 混じり合いが起きたのは、いつごろか

3. 混合の時期は、世代数からどう推定されたか

2020年に、あいちけんの いかわづか貝づかで みつかった 縄文じょうもんの ひとの ほねから、はじめて ぜんぶの いでんしが よみとられました。この ひとは、いまから 2500ねんぐらい まえの ひとです。

この けんきゅうは、縄文じょうもんの ひとと 大陸たいりくの ひとが まざった じきを、60〜77せだい まえと けいさんしました。1せだいを 29ねんと すると、1700〜2200ねんぐらい まえです。

ただし この 数は、ひとつの しらべ方での すいていです。きゅうしゅうの 4にんを しらべた べつの けんきゅうでは、2400ねんぐらい まえの ひとの ようすから、おそくとも 2600ねんぐらい まえには まざって いたかも しれないと かんがえて います。「ここだ」と きまった ねんでは ありません。

2020年、愛知県の伊川津貝塚で見つかった縄文人の骨から、縄文人の全ゲノムがはじめて報告されました。約2500年前の人です。この研究は、縄文系と大陸の東アジア系の混じり合いを約60〜77世代前と推定しました。1世代を29年とすると、約1700〜2200年前にあたります[3]。

前の章の九州の4人を調べた研究では、約2400年前の人のゲノムから、遅くとも約2600年前までに混じりが始まっていた可能性が示されています[6]。対象の集団も方法もちがうので、数字は単純に比べられません。ひとつの年を決めるより、「弥生時代を中心に、長い時間をかけて進んだ」と考えるほうが実態に近いようです。

ここまでは「縄文系」と「大陸系」の2つの流れの話でした。けれど、研究が進むと、3つ目の流れが見えてきました。

混じりの時期は、どう測るのか。2020年に伊川津貝塚(愛知県)の縄文人IK002(約2500年前)の全ゲノムが初めて報告され、その解析で、縄文系と大陸の東アジア系の混合は約60〜77世代前と推定された。1世代を29年とすれば約1700〜2200年前となる(60×29=1740、77×29=2233)[3]。

一方、前章の西北九州の4人を調べた研究は、約2,441年前の個体から、遅くとも約2,600年前までに混合が始まっていた可能性を推定している[6]。伊川津の推定とは対象集団も手法も別で、差はそのちがいで生じうる。時期の推定は世代時間などの仮定にも左右されるため、「何年前」を一点に決めるより、幅をもった範囲として読むほうが適切だ。

ここまでは縄文系と大陸系の「2つ」の混じり合いとして話してきた。しかし古代ゲノムを増やすと、この図では説明しきれない流れが見つかった。

4. ふたつの ながれでは なく、みっつ めの ながれも あったの?

4. 「縄文と弥生」の2つではなく、3つの祖先が見えてきた

4. 古墳時代の流入と、3系統モデル

2021ねんの けんきゅうは、むかしの ほねの いでんしを くらべて、いまの 日本人の そせんに 3つの ながれを みつけました。縄文じょうもんの ひとと、弥生時代やよいじだいに こめを つくる ひとと、さらに あとの 古墳時代こふんじだいの 大陸たいりくの ひとの、3つの ながれが あったと いうのです。

いまの 日本人は、この 3つの ながれが まざって できたと、2021ねんの けんきゅうは かんがえて います。

2021年に発表された国際研究は、縄文人や古墳時代の人などの古代ゲノムを解析しました。この研究によると、現代の日本人は3つの祖先をもっています。縄文系、弥生時代に稲作とともに入ってきた北東アジア系、そして古墳時代に入ってきた東アジア系です[2]。

研究者たちが「思いがけなかった」としたのが、古墳時代の東アジア系の流れです。弥生時代だけでなく、その後にも大陸から人の流れがあったということです。縄文系の祖先は、約2万〜1万5千年前に大陸の集団から分かれ、数千年にわたって有効集団サイズが約1000と小さかったとされます[2]。

2024年の理化学研究所などの研究も、約3,000人の現代人ゲノムから3つの系統を示しました[4]。現代人の側から見ても、3つの流れが見えたのです。

「縄文人と弥生人」の2系統では説明できない流れは、古代ゲノムの解析で見えてきた。2021年の論文は、縄文人や古墳時代の人などの古代ゲノムを解析し、現代日本人は縄文系、弥生時代に稲作とともに入った北東アジア系、古墳時代に入った東アジア系という3つの祖先をもつとした[2]。古墳時代の東アジア系の流入は、研究者が「想定外」として報告した点だ。同じ論文によれば、縄文系統は約2万〜1万5千年前に大陸の集団から分かれ、有効集団サイズは数千年にわたって約1000だったという。

現代人のデータからも同様の結論が出た。2024年に理化学研究所などが、Biobank Japanの3,256人の全ゲノムを解析し、日本人は縄文系・東アジア系(中国由来と理解される)・北東アジア系の3系統に分けられるとした[4]。古代ゲノムと現代人ゲノムという別々の材料から、3系統という近い姿が出てきたことになる。

3つの流れがあるとすれば、地域によって混じり方が変わっても不思議はない。実際に割合は地域でちがう。

5. 縄文じょうもんの ひとの いでんしの わりあいが、ちいきで ちがうのは どうして?

5. 縄文系の割合に地域差があるのは、なぜか

5. 地域差を人口規模から説明するモデルと、その限界

2024年の けんきゅうでは、縄文じょうもんの ひとの いでんしの わりあいが、沖縄おきなわで 28.5%、東北で 19%ぐらい、西日本で 12%ぐらいと されました。ちいきに よって ちがうのです。

なぜ ちがうのか。ある けんきゅうの かんがえ方は、こうです。むかし、縄文じょうもんの ひとが おおかった 東北や 九州きゅうしゅうでは、あとから きた ひとが ふえても わりあいは そんなに 大きく ならない。ひとが すくなかった 近きや 四国しこくでは、あとから きた ひとの わりあいが 大きく なった、と いうものです。

これは「そう かんがえると 合う」と いう モデルで、きまった こたえでは ありません。

2024年の理化学研究所などの研究では、縄文系の割合は沖縄で約28.5%、東北日本で約19%、西日本で約12%とされました[4]。数字は地域の区切り方で少し変わります。ほかの報道では東北が18.9%、関西が13.4%とされた例もあります。

この差を説明するモデルのひとつが、2023年の研究です。縄文時代後期の人口が東北や九州で大きく、近畿や四国で小さかったため、大陸から来た人びとの割合は人口の小さい近畿・四国で相対的に大きくなった、というものです[5]。

このモデルは「そう考えると説明できる」というもので、確定した事実ではありません。割合のちがいは、どちらが優れているということでもなく、人びとの歴史の道すじのちがいが残った跡です。

縄文系の割合は地域で一様ではない。2024年の理研などの解析では、縄文系の比率は沖縄で約28.5%、東北日本で約19%、西日本で約12%だった[4]。これらは地域区分による概数で、報道では東北18.9%、関西13.4%という値も出ている。

この勾配を人口規模から説明しようとしたのが、Watanabe & Ohashi(2023, iScience)だ。縄文人由来とみられる208,648のSNPを使い、縄文系の混ざる割合が都道府県で異なることを示した。そのうえで、縄文時代後期の人口が東北・九州で大きく近畿・四国で小さかったため、大陸から来た人びとの相対的な割合は人口の小さい近畿・四国で大きくなった、というモデルを提案した[5]。

これはあくまで「そうだったとすれば説明できる」というモデルであり、確定した事実ではない。縄文系の割合の差は、人びとの歴史の道すじの差を映したもので、優劣を意味するものではない。

6. じぶんでも しらべて みたく なったら

6. 自分でも調べてみたくなったら

6. 自分でも調べてみたくなったら

きょう できる こと

しろい かみに 日本の かたちを かいて、沖縄おきなわ・東北・西日本の ばしょに、28.5、19、12の 数を かきましょう。どうして ちがうのか、じぶんの よそうを 1つ かいて おきます。モデルと くらべて みると おもしろいです。

しらべる とき

よそうと モデルを くらべたら、おうちの ひとと「どうして だろう」と はなして みましょう。

今日できること

白い紙に日本列島の形をかき、沖縄・東北・西日本に28.5、19、12という数字を書きこみます。なぜちがうのか、自分の予想を1つ書いてから、この記事のモデルと比べてみます。予想がちがっても、研究者も複数の説明を比べている途中です。

資料を読むなら

理化学研究所の研究成果のページ[4]や、JSTサイエンスポータルの記事[7]で、日本人の成り立ちの研究を読めます。

自分で確かめる道すじ

同じ縄文系の割合でも、9.31%、8.9〜11.5%、約10%と、出典によって幅がある。なぜ少しずつちがうのかを、解析方法や対象の側から考えてみるとよい。地域差は別の問題として、沖縄・東北・西日本の値(28.5、19、12%)を紙に書き、自分の予想とモデルを比べるのもよい。

原典にあたる

理化学研究所の研究成果ページ[4]は日本語で読める。Cooke et al.(2021)[2]、Gakuhari et al.(2020)[3]、Watanabe & Ohashi(2023)[5]は英語の論文で、PubMed Centralで全文を読める。図と方法の節を見ると、割合や時期がどんな仮定で出ているかが分かる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

研究の数字は、方法や地域区分で幅があります。一次資料(論文・研究機関の発表)を中心に使いました。

  1. Weblio「二重構造モデル」 https://www.weblio.jp/content/dual+structure+model (1991年の埴原和郎の説の概要。二次資料)
  2. Cooke et al. 2021, Science Advances https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8448447 (3つの祖先・縄文成分の推定)
  3. Gakuhari et al. 2020, Communications Biology https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7447786 (伊川津貝塚の縄文人ゲノムと混合時期)
  4. 理化学研究所 研究成果(2024年4月) https://www.riken.jp/en/news_pubs/research_news/pr/2024/20240418_2/index.html (Biobank Japanの現代人ゲノムと3系統・地域別の縄文系の割合)
  5. Watanabe & Ohashi 2023, iScience https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9984562 (地域差を人口規模から説明するモデル)
  6. 西北九州の弥生人のゲノムを調べた研究(PubMed Central掲載) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12873284 (4人の結果と混合の始まりの時期)
  7. JSTサイエンスポータル(2024年7月) https://scienceportal.jst.go.jp/stories/20240724_e01/ (本州の日本人の縄文人由来の平均的な割合)

なおした ところ

更新履歴

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