1. 天気予報の「昼前」は、何時から?
1. 天気予報の「昼前」は、朝の9時から始まる
1. 気象庁の時間用語 ── 「昼前」「昼頃」「昼すぎ」の幅のちがい
天気予報で、「昼前は 雨が ふるでしょう」と 聞いた ことは ありますか。
気象庁では、昼前は 午前9時ごろから 12時ごろまでの ことです[1]。9時は、まだ 朝の うちだと 思う 人も いますね。
12時ごろから 15時ごろまでは「昼すぎ」、15時ごろから 18時ごろまでは「夕方」と いいます[1]。
では、まん中の「昼ごろ」は どうでしょう。これは 11時ごろから 13時ごろまでの、2時間です。正午の 前と 後ろを 1時間ずつ あわせた 長さです[1]。
同じ「昼」の 字でも、使う ことばに よって 長さが ちがいます。では、じしょでは「昼」を どう 説明して いるのでしょう。
天気予報で「昼前は雨が降るでしょう」と聞いたことはあるでしょうか。気象庁が府県天気予報で使う時間の言葉では、朝は6時ごろから9時ごろ、昼前は9時ごろから12時ごろ、昼過ぎは12時ごろから15時ごろ、夕方は15時ごろから18時ごろです[1]。朝ごはんを食べたあとの9時でも、予報の言葉では「昼前」に入ります。
もう一つ「昼頃」という言葉があります。こちらは正午の前後1時間ずつを合わせた2時間ほど、つまり11時ごろから13時ごろです[1]。昼前と昼過ぎは3時間ずつなので、「昼頃」はそれより短く、正午のまわりにしぼった言い方になります。「日中」は9時ごろから18時ごろまでで、9時間もあります[1]。
同じ「昼」の字でも、2時間のものもあれば、3時間のものもあり、「日中」なら9時間にまで広がります。そもそも「昼」とは、何を指す言葉なのでしょうか。辞書を引いてみます。
気象庁の「時に関する用語」は、府県天気予報で使う時間帯を決めている。朝は6時頃〜9時頃、昼前は9時頃〜12時頃、昼過ぎは12時頃〜15時頃、夕方は15時頃〜18時頃である[1]。午前9時を朝のうちと感じる人もいるが、予報用語の上では「昼前」に入る。
一方、「昼頃」は正午の前後それぞれ1時間を合わせた2時間くらい(11時頃〜13時頃)で、3時間幅の昼前・昼過ぎとは別の言葉だ。「日中」は9時頃から18時頃までと、さらに広く9時間ある[1]。そのため、予報で「昼頃に雨」と聞けば11時〜13時、「昼前に雨」なら9時〜12時を想像することになり、どちらも「昼」を含むのに、時間の幅は2時間と3時間で違う。しかも「昼頃」は、昼前の終わりと昼過ぎの初めにまたがっている。
では、「昼」という言葉そのものは、もともと何を指すのか。まず辞書の説明から確かめる。
2. じしょには、「昼」の いみが 3つ ある
2. 辞書の「昼」には、三つの意味がある
2. 辞書の語義と「午」── 時間帯・時刻・食事
じしょで「昼」を ひくと、いみが 3つ のって います[2]。
1つめは、日の 出から 日の 入りまでの、明るい 間です。2つめは、正午、または それに 近い 時間です。3つめは、お昼ごはんです。
「昼ごはんを 食べた」の 昼と、「昼の 空」の 昼は、同じ 字でも、ちがう ことを 言って います。
2つめの「正午」の「午」は、むかしの 数え方に 出てくる「うま」の ことです。午前と 午後の「午」も、同じ 字です。午前は 0時から 12時まで、午後は 12時から 24時までと、法律で きまって います[4]。
では、お昼の まん中の 正午に、太陽は 本当に 真南に いるのでしょうか。
辞書で「昼」を引くと、意味が三つ並んでいます。日の出から日の入りまでの明るい間(日中)、正午またはそれに近い時刻、そして昼食です[2]。「昼の空」と「昼を食べる」では、同じ字が別のものを指しています。
二つ目の「正午」の「午」は、十二支の午(うま)です。昔の時刻の午の刻は、およそ今の11時から13時にあたるといわれ、正午はその真ん中です。午前・午後の「午」も同じ字で、法令では午前は0時から12時、午後は12時から24時と定められています[4]。
天気予報の「昼頃」が11時から13時で、午の刻とほぼ重なるのは、おもしろい一致です。ただし、気象庁の用語が午の刻に由来するかどうかは、資料からは言えません。
この「正午」は、時計が12時を指す時刻です。では、その時刻に、太陽は本当に真南に来ているのでしょうか。
辞書(複数の辞典をまとめたコトバンク)は、「昼」に三つの語義を載せる。日の出から日の入りまでの明るい間(日中)、正午またはそれに近い時刻、昼食である[2]。指しているものが、時間帯、時刻、食事と種類から違うため、「昼は何時か」という問いには、どの意味で聞いているかによって答えが変わる。
「正午」の「午」は十二支の午で、昔の時刻の午の刻は今の11時〜13時ごろにあたり、正午はその中央とされる。午前・午後の「午」も同じ字で、法令上は午前が0時〜12時、午後が12時〜24時と定められている[4]。
気象庁の「昼頃」(11時頃〜13時頃)が午の刻とほぼ重なることは、並べて読むと気づく点だが、用語の由来がそこにあるかどうかは、資料からは言えない。
ここで疑問が出てくる。正午は、もともと太陽が真南に来る時刻のはずだった。いまの時計の12時は、本当にその時刻なのか。
3. 正午に、太陽は 真南に いるの?
3. 時計の正午と、太陽が真南に来る時刻はずれている
3. 標準時と南中 ── 経度1度で約4分のずれ
むかしは、太陽が 真南に 来た ときを、正午と 考えました[3]。
でも、今の 日本の 時計は、日本じゅうで 同じ 時間に そろえて あります。この とき もとに するのは、ひがしの 経度135度の 線の 時間です。国の まん中あたりを 通る 線だから、えらばれました[6]。
兵庫県の 明石は、たまたま この 線の 上に あります。明石が あったから 135度に なったわけでは ありません[6]。
東京は、この 線より 東に あります。太陽は 東から のぼるので、東の 町ほど 早く 真南に 来ます。経度が 1度 ちがうと、約4分 ずれます[9]。東京は 5度ほど 東なので、5かける 4で、約20分です。時計が 12時に なる 20分ほど 前に、太陽が 真南に 来る ことに なります。
だから 時計の 正午は、太陽が 真南に 来る 時間とは、少し ずれて います。では、むかしの 人は、昼を どう 数えて いたのでしょう。
昔は、太陽が真南に来る(南中する)時刻を正午としていました。これを視太陽時といいます[3]。ところが今の時計は、日本じゅうが同じ時刻を使う標準時にしたがっています。日本の標準時は、1886年(明治19年)の勅令で、東経135度の子午線の時刻と定められました。120度・135度・150度のうち、国土のほぼ真ん中を通る135度が選ばれたといいます[6]。兵庫県の明石が135度の線の上にあるのは偶然で、明石があったから135度になったわけではないと、明石市立天文科学館の館長が説明しています[6]。
経度が違えば、太陽が真南に来る時刻も変わります。経度1度で約4分です[9]。東京は経度が約139.8度で、135度より約4.8度東にあります。4.8×4を計算すると約19分なので、東京では、時計の正午より約19分早く太陽が南中することになります。
ずれは一年じゅう同じではありません。太陽の実際の動きに合わせた視太陽時と、一定の速さで動く仮想の太陽に基づく平均太陽時は少しずつ食い違い、その差を均時差といいます[3]。そのため、南中の時刻も季節によって前後します。
時計の正午は、太陽の位置をもとにしながら、全国をそろえるために決めた約束の時刻と見ることができます。では、標準時ができる前の江戸の人たちは、昼をどう数えていたのでしょうか。
正午は、もとは太陽が真南に来る(南中する)時刻だった。実際の太陽の動きに合わせた時を視太陽時といい、これを基準にすると、地点ごとに正午の時刻が異なる[3]。経度が1度違うと南中の時刻は約4分ずれる[9]。東西に長い日本で各地が自分の正午を使い続ければ、時刻がそろわない。そこで1886年(明治19年)の勅令により、東経135度の子午線の時刻が日本の標準時と定められた。120度・135度・150度(15度で1時間という考え方)のうち、国土のほぼ中央を通る135度が採用されたという[6]。実施は1888年1月1日とする資料もある。
135度が明石を通るから選ばれた、と思われがちだが、明石市立天文科学館の館長の説明では、明石が線上にあるのは偶然で、明石があったから135度になったわけではない[6]。
では、東京の正午はどれだけずれるのか。東京の経度は約139.8度で、135度より約4.8度東にある。4.8×4で約19分、つまり東京では太陽が時計の正午より約19分早く南中する計算になる(経度1度=約4分から求めた概算で、実測値ではない)。さらに、太陽の実際の動きは一定でなく、一定の速さで動く仮想の太陽(平均太陽時)との差を均時差といい[3]、そのため南中の時刻は季節によって十数分ほど前後するとされる。
時計の12時は、太陽の位置をもとにしつつ、全国をそろえるための約束の時刻と言える。では、標準時ができる前の江戸の人は、昼をどのように区切っていたのか。
4. 江戸の 人は、正午を 何と 言った?
4. 江戸の人は、昼を6つに分けて、正午を「九つ」と数えた
4. 不定時法 ── 昼を6等分すると、一刻は季節で伸び縮みする
江戸の 人は、正午を「ここのつ」と 言いました[5]。
むかしは、朝の 明るく なる ころから、夕方の くらく なる ころまでの 昼を、6つに わけて 数えました。朝の はじまりが「あけむつ」、夕方の はじまりが「くれむつ」です[5]。
夏は 昼が 長いので、6つに わけた 1つぶんも 長く なります。冬は 昼が みじかいので、1つぶんも みじかく なります[5]。いまの 1時間は いつも 同じ 長さですが、むかしの 1つぶんは、季節で のびたり ちぢんだり しました。
1873年に こよみが かわって、いまのように 1時間が いつも 同じ 長さに なりました[5]。
では、お昼ごはんは、いつから 食べるように なったのでしょう。
江戸時代の時刻の数え方は、今とはずいぶん違いました。明六つ(夜明け)から暮六つ(日暮れ)までの昼を6等分し、正午は「九つ」と呼びました[5]。
昼の長さは季節で変わりますから、6等分した一刻の長さも変わります。夏は昼が長いので一刻も長く、冬は短くなりました[5]。今の1時間のように、いつでも同じ長さではありません。これを不定時法といいます。1873年(明治6年)の改暦で、1時間の長さが一定の定時法になりました[5]。
辞書の一つ目の意味、日の出から日の入りまでの明るい間を物差しにして時刻を決めていたのが不定時法で、時計の一定の目盛りを物差しにしたのが定時法、と整理できます。ただしこれは、この記事の整理であり、資料にそう書かれているわけではありません。
天気予報、太陽、江戸の時刻が出そろいました。残る辞書の意味は、昼食です。
江戸時代の時刻は不定時法だった。明六つ(夜明け)から暮六つ(日暮れ)までの昼を6等分し、正午は「九つ」と呼んだ[5]。昼の長さは季節で変わるため、等分した一刻の長さも変わり、夏は長く、冬は短い。同じ「一刻」でも、夏と冬では現在の分に直せば別の長さになる[5]。
1時間の長さが一定の定時法に切りかわったのは、1873年(明治6年)の改暦である[5]。ここで、辞書の語義との対応が見えてくる。「昼」の第1の語義(日の出から日の入りまでの明るい間)を物差しに時刻を決めたのが不定時法であり、時計の一定の目盛りを物差しにしたのが定時法だ。この対比は本稿の整理で、資料にそう書かれているわけではない。
ここまでで、天気予報の幅、太陽の南中、江戸の時刻が出そろった。辞書の三つ目の語義である昼食は、いつ、どのようにして「昼」の食事になったのか。
5. 昼ごはんは、いつから 食べるように なった?
5. 一日二食だった日本で、昼ごはんが加わったのはいつごろ?
5. 昼食の起源 ── 二食から三食へ、説は一つに決まらない
むかしの 日本の 食事は、朝と 夕方の 1日 2回だったと いわれます[7]。
江戸時代の 中ごろから、朝・昼・夕の 1日 3回に なったと いわれて います[7]。りゆうの 1つは、あんどんの あかりが 使われて、夜に おきて いる 時間が のびた ことです。それで おなかが すくように なったからだと、説明されて います[7]。
ただ、3回が いつ きまったのかは、1つに きまって いません。むかしの 農家では、1日に 4回から 6回 食べた 地いきも あった、と 話す けんきゅうも あります(100年ほど前の ことです)[8]。
お昼ごはんの はじまりは、1つの 答えに まとまって いません。これから ためせる ことを、さいごに 見て みましょう。
農林水産省の子ども向けの資料は、日本の食事は昔は朝夕の1日2食で、江戸時代の中ごろから朝・昼・夕の3食になったといわれる、と説明しています[7]。理由の一つとして挙げているのが行灯です。灯りが使われて夜の活動が長くなり、おなかがすくようになったから、というのです。
では、昼ごはんがいつ定着したのかというと、はっきりした答えはありません。アメリカの大学の研究所が出している英語の解説記事は、昼の食事が1700年代までに通例になったと言われる、と書くにとどまっています[8]。ここまで細かく言える資料は多くないようです。
さらに、20世紀初頭には、一部の地域の農家が1日に4〜6回食べていたという指摘もあります[8]。食事の回数は、地域や暮らしによって違っていたようです。
ここまでで、「昼」の範囲は、ものさしによって変わることが見えてきました。最後に、その一つを自分の手で確かめる方法を紹介します。
農林水産省の食育ナビは、日本の食事は昔は朝夕の1日2食で、江戸時代の中ごろから朝・昼・夕の3食になったといわれる、と説明する[7]。理由の一つに挙げられているのは行灯である。灯りが使われて夜の活動が長くなり、おなかがすくようになったという。
では、昼食はいつ定着したのか。ここから先は、はっきりした答えがない。英語の資料(カリフォルニア大学サンタバーバラ校人文学研究所のウェブ記事)は、昼食が1700年代までに通例になったと言われる、と述べるにとどまる[8]。定説と呼べる年代や契機を示す段階ではない。
しかも同じ資料は、20世紀初頭には一部地域の農家が1日に4〜6回食べていたという指摘にも触れている[8]。つまり「二食から三食へ」という単線的な話では収まらず、地域や職業で食事の回数は違っていた可能性がある。
辞書の三つ目の語義は昼食だが、その習慣の始まりは一つに決まらない。そのため「昼」は、天気予報、辞書、太陽、江戸の時刻、昼食のそれぞれで、別々の範囲を持つ。最後に、そのうち太陽の位置を、自分で測る方法を示す。
6. かげで、お日さまの 真南を さがして みよう
6. 棒の影が一番短くなる時刻で、自分の町の「正午」を探す
6. 出口 ── 影が最短になる時刻を測る/参考資料を読む
お日さまが 真南に 来た ときは、ものの かげが いちばん みじかく なります。ためして みましょう。
はれた 日に、おうちの 人と いっしょに、日なたの たいらな 地面に、長い ぼうを まっすぐ 立てます。10分ごとに、かげの 先に しるしを つけます。
かげが いちばん みじかく なった ときの、時計の 時間を 書いて おきます。12時と くらべて、どれくらい ちがうでしょう。
135度の 線より 東の 町なら 12時より 早く、西の 町なら おそく なると 考えられます。ただし、季節でも 少し かわるので、日を かえて やって みても おもしろいです。
太陽は、目で じかに 見ては いけません。ぼうしを かぶって、水も もって いきましょう。
正午に太陽が真南に来るかどうかは、棒と影で確かめられます。晴れた日に、日なたの平らな地面に長い棒をまっすぐ立て、10分おきに影の先に印をつけます。影が一番短くなったときが、太陽が真南に来た(南中した)ときです。そのときの時計の時刻を書きとめて、12時とどれだけ違うかを見てみましょう。
135度より東の町なら12時より早く、西の町なら遅くなると予想できます。南中の時刻は日によって少し変わるので、日を変えて何度かくり返してみるのもおもしろいでしょう。太陽は目で直接見ないこと、日なたの作業は帽子と水分を忘れずに行ってください。
自分の町の南中の時刻は、国立天文台の暦計算室の日の出入り・南中の計算ページ[9]でも調べられます。影で測った時刻と並べると、どのくらい合うでしょうか。
棒と影を使えば、自分の町の南中時刻を測れる。晴れた日に、平らな地面へ棒を垂直に立て、10分おきに影の先に印をつける。影が最短になった時刻が南中時刻で、時計の12時とどれだけ違うかが、標準時子午線(東経135度)とのずれと均時差の合計になる。日を変えて測れば、南中時刻が日によって少し変わることも確かめられる。太陽は直接見ないこと、日なたでの作業は帽子と水分を忘れずに行う。
国立天文台の暦計算室の日の出入り・南中の計算ページ[9]で、測った日の南中時刻を出して比べると、影の測り方の精度も確かめられる。
参考資料を読むなら、気象庁の「時に関する用語」[1]は、「昼前」「昼頃」などの範囲を日本語で一覧できる。国立天文台の暦Wikiの「太陽時」[3]「午前と午後」[4]「定時法と不定時法」[5]は、南中・均時差・午前午後・江戸の時刻を詳しく説明している。昼食の起源については、農林水産省の食育ナビ[7]が入口になる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:気象庁の用語解説、辞書サイト、国立天文台の暦Wiki3つと計算ページ、新聞記事、農林水産省の食育ナビ、大学の人文学研究所のウェブ記事を使いました。
- 気象庁「時に関する用語」。 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/toki.html (昼前・昼頃・昼過ぎ・日中などの時間帯について)
- コトバンク「昼」(複数の辞典の説明)。 https://kotobank.jp/word/%E6%98%BC (「昼」の三つの意味について)
- 国立天文台 暦Wiki「太陽時」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C2C0CDDBBBFE.html (視太陽時、平均太陽時、均時差について)
- 国立天文台 暦Wiki「午前と午後」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/CDD7C1C72F1C6FCA4C8A4CFA1A92FB8E1C1B0A4C8B8E1B8E5.html (午前・午後の決まりと「午」について)
- 国立天文台 暦Wiki「定時法と不定時法」。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/BBFEB9EF2FC4EABBFECBA1A4C8C9D4C4EABBFECBA1.html (江戸時代の「九つ」と不定時法について)
- 神戸新聞(明石市立天文科学館館長の説明を紹介した記事)。 https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202108/0014615441.shtml (日本の標準時が東経135度になった経緯について)
- 農林水産省 食育ナビ(子ども向けクイズ)。 https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/kodomo_navi/oneday/quiz_a1.html (一日三食になった時期と理由の一つについて)
- UCSB Institute for Humanities and Creativity「Life Before (Boxed) Lunch in Japan」(英語)。 https://ihc.ucsb.edu/?p=24338 (昼食の定着をめぐる説明と、昔の農家の食事の回数について)
- 国立天文台 暦計算室「日の出入り・南中」の計算ページ。 https://eco.mtk.nao.ac.jp/cgi-bin/koyomi/cande/riseset.cgi (経度による南中時刻のずれについて)
なおした ところ
更新履歴
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