1. かべの ひょうじは あんごう?
1. 脱衣所の掲示は、何を伝えているのか
1. 掲示に並ぶ「泉質」は、何の分類なのか
おふろに 入る まえに、かべの ひょうじを 見た ことは ありますか。そこには 「げんせんの なまえ」「おんど」「せいぶん」「せんしつ」などが 書いて あります。
なかでも 「ナトリウム-えんかぶつせん」の ような 泉質は、 ぱっと 見ると あんごうみたいです。でも あんごうでは ありません。おゆに とけて いる ものの、いちばん 大きな 主役を ならべた なまえです。
では、どんな ルールで ならべて いるのでしょうか。
お湯につかる前に、脱衣所や入口の掲示を眺めたことがあるでしょうか。源泉の名前、温度、成分、そして「泉質」が並んでいます。温泉法の第18条にもとづき、人が浴びたり飲んだりするために提供する施設は、源泉名や泉質、温度、成分、分析した日、登録分析機関の名前、禁忌症や入浴上の注意などを、見やすい場所に掲示することになっています[5]。
ここに書かれた「ナトリウム-塩化物泉」は、暗号でも商品名でもありません。お湯にとけている成分を分析した結果から、決まりに沿って付けられた名前です。この名前を分解してみると、何が並んでいるかが分かってきます。
温泉施設の掲示の「泉質」欄は、温泉法第18条とその施行規則にもとづく掲示事項の一つである。公共の浴用・飲用に供する施設は、源泉名・泉質・温度・成分・分析年月日・登録分析機関名・禁忌症・入浴や飲用上の注意などを、見やすい場所に示す必要がある[5]。この掲示の基準と鉱泉分析法指針は、環境省が平成26年7月1日付の通知で都道府県などに示している[6]。
「ナトリウム-塩化物泉」という名前は、分析書の成分の数字から、指針の規則にしたがって機械的に決まる。ただし名前を書ける温泉は限られる。環境省の資料は、分析書に塩化物泉・硫酸塩泉・単純温泉などの泉質が書かれているものが「療養泉」であり、療養泉でない温泉には泉質名を記載できないと説明している[4]。この章の問いは二つになる。名前はどう組み立てられているのか、そして、なぜ療養泉だけなのか。
2. なまえは 3つの ぶひんで できて いる
2. 名前は「特殊成分-陽イオン-陰イオン」の3部品
2. 名前の組み立て:ミリバル値と、特殊成分・陽イオン・陰イオンの順
おかしの ふくろの うらには、ざいりょうの なまえが ならんで います。 温泉の なまえも、なかみの なまえが ならぶ ところは、少し にています。
おゆには、プラスの 電気を もつ つぶ(ようイオン)と、マイナスの 電気を もつ つぶ(いんイオン)が とけて います。たとえば 「ナトリウム-えんかぶつせん」は、プラスの 主役が ナトリウム、マイナスの 主役が えんかぶつ(しおの なかまです)、という 意味です。
とくべつな ものが 入って いれば、なまえの いちばん 前に 「さんせい-」などが つきます。ならびは 「とくべつ-プラス-マイナス」です。
ただし ほんとうは、おもさを くらべて いるのでは ありません。「ミリバル」という、はたらきを そろえた 数えかたで 大きさを くらべます。
マイナスの 主役で 大きく わけると、えんかぶつせん、たんさんすいそえんせん、りゅうさんえんせんの 3つに なります。
それでは、なまえが ない 温泉は、温泉では ないのでしょうか。
お湯には、電気を帯びた粒(イオン)がとけています。プラスの電気をもつものが陽イオン、マイナスのものが陰イオンです。溶けている物質の量が、お湯1キログラムあたり1000ミリグラム以上(およそ0.1%以上)の温泉は「塩類泉」と呼ばれます。塩類泉は、まず陰イオンの主成分で、塩化物泉・炭酸水素塩泉・硫酸塩泉に分けます[2]。
「主成分」は、ミリバルという単位の値がいちばん大きいものです。重さの単純な比べ方ではなく、イオンのはたらきをそろえた数え方だと考えるとよいでしょう。次に、陽イオンの主成分(ナトリウム、カルシウム、マグネシウムなど)で、さらに細かく分けます。だから「ナトリウム-塩化物泉」は、陽イオンの主役がナトリウム、陰イオンの主役が塩化物イオンという意味になります。
特殊成分は名前の頭に付く
水素イオンが1キログラムに1ミリグラム以上あれば、名前の始めに「酸性-」が付きます。指針の例は「酸性-ナトリウム-硫酸塩泉」です。二酸化炭素、よう化物イオン、鉄、硫黄、ラドンなども、限界値以上なら「含二酸化炭素-」「含よう素-」といった形で頭に付きます。ならびは、特殊成分、陽イオン、陰イオンの順です[2]。
10の大きな区分
掲示に使う泉質名の区分は、単純温泉、二酸化炭素泉、炭酸水素塩泉、塩化物泉、含よう素泉、硫酸塩泉、含鉄泉、硫黄泉、酸性泉、放射能泉の10です[3]。
ところで、この名前が付かない温泉もあります。それはどういうことなのでしょうか。
指針は、溶存物質(ガス性のものを除く)が1kgあたり1000mg以上のものを、陰イオンの主成分に従って分類する。主成分とは、ミリバル(mval)値が最大のものである。ミリバルは、イオンの重さではなくイオンの電荷の量にもとづいて数える単位で、価数の違うイオン同士を同じものさしで比べるために使われる。これによってまず、塩化物泉・炭酸水素塩泉・硫酸塩泉に分かれ、続いて陽イオンの主成分(ナトリウム、カルシウム、マグネシウムなど)で細別される[2]。
副成分がある場合は、ミリバル%が20.00以上の成分を多い順に並べる。例として、指針は「ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉」の形を挙げている。全体の順は(特殊成分)-(陽イオン)-(陰イオン)で、水素イオンが1mg/kg以上なら「酸性-」を頭に付ける。特殊成分が複数あるときの順は、酸性・含硫黄・含二酸化炭素・含放射能・含鉄・含よう素である[2]。
掲示用の泉質名の区分は10ある。単純温泉、二酸化炭素泉、炭酸水素塩泉、塩化物泉、含よう素泉、硫酸塩泉、含鉄泉、硫黄泉、酸性泉、放射能泉である[3]。名前を左から読むと、湯の中の主役を、決まった順に並べた文になっている。では、この名前が付かない温泉は、温泉ではないのか。次の章で確かめる。
3. なまえが ない 温泉は 温泉じゃ ない?
3. 泉質名がない温泉は、温泉ではないのか
3. 温泉と療養泉の定義:同じ成分でも基準が二つある理由
「なまえが ない」は 「温泉では ない」という 意味では ありません。
ほうりつで 「温泉」と 言える 決まりが あります。地めんから わき出た おゆで、温度が 25度か それより 高いか、きめられた ものが 一定の 数より 多く とけて いれば 温泉です。
その 温泉の うち、とくに 病気や けがの 手当てに 使える ものを 「療養泉」と よびます。りょうようせんの 決まりは、温泉より きびしめです。せんしつの なまえを 書けるのは、りょうようせんだけです。
たとえば 「いおう」は、温泉の 決まりでは 1キログラムの おゆに 1ミリグラム あれば よいのですが、りょうようせんでは 2ミリグラム いります。
ところで、「たんじゅん」温泉の 「たんじゅん」は、うすい という 意味でしょうか。
温泉法では、地中からわき出る温水・鉱水・水蒸気などのうち、採取するときの温度が25℃以上、または決められた物質のどれか一つを基準以上ふくむものを「温泉」としています[1]。この定義は、熱の由来の話とは別に、名前を付ける前の入口の決まりとして押さえておきます。
その温泉のなかで、特に治療の目的に使えるものが「療養泉」です。25℃以上、または7項目のどれか一つ(いずれも1キログラムあたり)を満たすものと決められています[1]。7項目は、溶存物質1000ミリグラム、遊離二酸化炭素1000ミリグラム、総鉄イオン20ミリグラム、水素イオン1ミリグラム、よう化物イオン10ミリグラム、総硫黄2ミリグラム、ラドン30×10のマイナス10乗キュリー(111ベクレル)です。
同じ成分でも、基準の数字は違います。総硫黄は、温泉が1ミリグラム、療養泉が2ミリグラム。遊離二酸化炭素は、温泉が250ミリグラム、療養泉が1000ミリグラムです[1]。環境省の資料は、分析書に泉質が書かれたものが療養泉であり、療養泉でない温泉には泉質名を記載できないと説明しています[4]。ですから、泉質名がないことは、温泉ではないことを意味しません。
温泉法の「温泉」は、地中から湧出する温水・鉱水・水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く)で、温度が25℃以上、または指定された物質のいずれか一つ以上を満たすものと定義される[1]。物質の基準は1kgあたりの含有量で、例として溶存物質1000mg、遊離二酸化炭素250mg、リチウムイオン1mg、メタけい酸50mg、ラドン20×10⁻¹⁰Ci(74Bq)以上などがある[2]。
療養泉は、温泉のうち「特に治療の目的に供しうるもの」である。25℃以上、または7項目(溶存物質1000mg、遊離二酸化炭素1000mg、総鉄イオン20mg、水素イオン1mg、よう化物イオン10mg、総硫黄2mg、ラドン30×10⁻¹⁰Ci=111Bq)のいずれか一つ以上を満たすものとされる[1]。
ここで、同じ成分でも基準値が異なる点が効いてくる。総硫黄は温泉1mg以上に対し療養泉2mg以上、遊離二酸化炭素は温泉250mg以上に対し療養泉1000mg以上である[1]。したがって、たとえば25℃未満で、遊離二酸化炭素が250mg以上1000mg未満という成分だけで条件を満たす湧出水は、計算のうえでは、温泉ではあるが療養泉の基準は満たさない。療養泉でなければ泉質名は書けないので[4]、掲示に泉質名がない温泉の一部は、こうした位置にあると考えられる。泉質名がないことは、温泉ではないことを意味しない。
なお、環境省の同じ資料は、泉質が書かれた療養泉については、多くの施設でその泉質に応じた適応症が掲示されているとも述べている[4]。ただし、ここでは効き目の話には立ち入らない。
4. 「たんじゅん」は うすい という 意味?
4. 「単純温泉」の「単純」は、薄いという意味なのか
4. 単純温泉:区分の名前としての「単純」
「たんじゅん温泉」と 聞くと、なんにも 入って いない おゆの ような 気が します。でも ちがいます。
とけて いる ものが(ガスの ものは のぞきます)1キログラムの おゆに 1グラム(1円玉 1まいぶん)より 少なくて、しかも 温度が 25度か、それより 高い おゆを、「単純温泉」と よぶ 決まりです。つまり 「決まった 線より 少ない」という、くぶんの なまえです。
ただし ほんとうは、「うすいから きかない」と 書いて ある わけでは ありません。ここでは、なまえの 意味だけを 見て います。
おなじ 「たんじゅん」でも、おゆが アルカリの ほうに かたよって いると 「アルカリせい たんじゅん温泉」に なります。
では、古い ほんで 見かける ふしぎな なまえは どうなって いるのでしょう。
掲示で「単純温泉」と見ると、何も入っていないお湯のように感じるかもしれません。指針の定義は、溶存物質が1キログラムあたり1000ミリグラムに満たず、泉温が25℃以上のものを単純温泉とする、というものです[2]。1000ミリグラムは1グラム、割合にすると約0.1%です。この線より下の温泉に付く、区分の名前だと読めます。
「薄い」「効かない」といった意味は、指針のこの部分には書かれていません。「単純」は、塩類泉に分けるほど溶けている物質が多くないことを示す名前と読むのが、無理のない読み方でしょう。
さらに、湧出地でpH8.5以上なら「アルカリ性単純温泉」になります。二酸化炭素、鉄、水素イオン、よう素、硫黄、ラドンといった特殊成分が限界値以上なら、「単純二酸化炭素温泉」のような名前になります[2]。
温度と液性も一緒に読む
泉温の分類は、25℃未満が冷鉱泉、25℃以上34℃未満が低温泉、34℃以上42℃未満が温泉、42℃以上が高温泉です。ここでの「温泉」は指針の一区分の名前で、温泉法の「温泉」とは別の使い方です。液性はpH3未満が酸性、6以上7.5未満が中性、8.5以上がアルカリ性などで、これらも泉質名に併記するのが通例です[2]。
指針は、溶存物質(ガス性のものを除く)が1000mg/kgに満たず、泉温が25℃以上のものを単純温泉と定める[2]。1000mg/kgは1kgあたり1gで、質量の割合にすると0.1%である。この値は「以上なら塩類泉」の境目でもあり、単純温泉は、その境目に届かない温泉の区分名と読める。指針のこの箇所に、成分が薄い、あるいは効き目が弱いという記述は見当たらない。
単純温泉のなかでも、湧出地でpH8.5以上なら「アルカリ性単純温泉」、二酸化炭素・鉄・水素イオン・よう素・硫黄・ラドンの特殊成分が限界値以上なら「単純二酸化炭素温泉」のように、名前が細かく分かれる[2]。溶存物質が少なくても、特殊成分があれば、そちらが名前に出る仕組みである。
泉温と液性の区分は、泉質名に併記するのが通例とされる。泉温は冷鉱泉(25℃未満)、低温泉(25℃以上34℃未満)、温泉(34℃以上42℃未満)、高温泉(42℃以上)で、液性はpH3未満が酸性、6以上7.5未満が中性、8.5以上がアルカリ性などである。指針の泉温区分の「温泉」は、温泉法の定義とは別の使い方であり、掲示で「温泉」と「単純温泉」を読むときは混同しないようにしたい[2]。
5. 古い ほんに ある なまえは?
5. 古い本や看板の「食塩泉」は、今の何に当たるか
5. 旧泉質名から読み解く:名前が「主役の並び」になった意味
おじいさんの 家の ほんや、古い かんばんでは 「しょくえんせん」のような なまえを 見る ことが あります。今の 名前では、「ナトリウム-えんかぶつせん」に 当たります。
「しょくえん」は、食べる しお、つまり ナトリウムと えんかぶつが くっついた ものです。名前を 見ると、ナトリウムと えんかぶつが 主役、と 分かるのが いまの 名前です。
環境省の新旧泉質名の対照表には、いまと違う名前が載っています。食塩泉は「ナトリウム-塩化物泉」、重曹泉は「ナトリウム-炭酸水素塩泉」、芒硝泉は「ナトリウム-硫酸塩泉」、石膏泉は「カルシウム-硫酸塩泉」、正苦味泉は「マグネシウム-硫酸塩泉」にそれぞれ対応します[3]。
古い名前は、物質の通称が名前になっています。いまの名前は、陽イオンと陰イオンをそのまま並べる形です。名前の並びを読めば、何が主役か分かるように整えられた、と読めます。
6. 自分でも 見て みよう
6. 自分でも調べてみたくなったら
6. 自分でも調べてみたくなったら
今日 できる こと
紙に 「ナトリウム・カルシウム-えんかぶつ・りゅうさんえんせん」と 書いて、2つの ところで 切って みて ください。「ならんだ ものの 名前」が 分かれば、名前は 読めた ことに なります。
出かけて できる こと
温泉に 行った ときは、かべの ひょうじで せんしつを さがして、3つの ぶひんに 切って みましょう。おふろで ころばないように、ひょうじは 入る 前に ゆっくり 見ます。
くわしく 知りたい とき
かんきょうしょうの ホームページに、温泉の きまりが 出て います。おとなの 人と いっしょに 見て みて ください。
今日できること
「酸性-ナトリウム-硫酸塩泉」「ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉」の2つを、特殊成分・陽イオン・陰イオンに分けて書き出してみてください。切れ目が分かれば、名前は読めています。
出かけてできること
温泉施設に行ったら、入る前に掲示の泉質欄を探し、同じように分けてみましょう。名前のほかに、泉温やpHの記載があるかも見てみてください。濡れた床で転ばないよう、歩きながらではなく、通行のじゃまにならない場所に立ち止まって読みましょう。禁忌症や入浴上の注意も、同じ掲示に書かれています。
公式情報を読む
環境省の温泉のページと、鉱泉分析法指針が原典です。指針の1-3が、泉質名の付け方の部分に当たります。
今日できること
「酸性-ナトリウム-硫酸塩泉」と「ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉」を、特殊成分・陽イオン・陰イオンに分けて書き出す。副成分の20%の線や、特殊成分の並ぶ順が、名前のどこに現れるかを確かめられる。
出かけてできること
施設の掲示の泉質欄を読み、泉質名のほかに泉温やpHの記載があるかを見る。濡れた床で転ばないよう、通行のじゃまにならない場所に立ち止まって読む。泉質欄が「単純温泉」で、成分の数字も掲示されていれば、溶存物質が1000mg/kgに満たないという区分だと読み替えて、その数字の欄と見比べてみたい。
資料を読む
環境省の「温泉の定義」のページ(表1・表2)と、鉱泉分析法指針の第1-1表から第1-3節が原典である。温泉と療養泉の基準値の違いは、二つの表を横に並べると見つけやすい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
数値・定義は環境省の資料で確かめています。掲示の義務は自治体の解説で補いました。
- 環境省「温泉の定義」 https://www.env.go.jp/nature/onsen/point/index.html (温泉と療養泉の定義、基準値)
- 環境省「鉱泉分析法指針(平成26年改訂)」 https://www.env.go.jp/nature/onsen/pdf/2-5_p_14.pdf (泉質の分類、名前の付け方、単純温泉、泉温・液性)
- 環境省「新旧泉質名対照表」 https://www.env.go.jp/nature/onsen/pdf/2-1_p_1.pdf (10区分と旧名の対応)
- 環境省「国民保養温泉地選定標準改正案(療養泉について)」 https://www.env.go.jp/press/files/jp/19837.pdf (療養泉と泉質名の記載)
- 東京都保健医療局「温泉を利用する(掲示について)」 https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kankyo/eisei/hotspring/riyou (温泉法第18条の掲示事項)
- 環境省自然環境局長通知 環自総発第1407012号 https://www.env.go.jp/nature/onsen/pdf/2-5_p_11.pdf (掲示基準と指針の通知)
なおした ところ
更新履歴
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