1. 「鯱」を じてんで ひくと、なにと 書いて ある?
1. 辞典を引くと、「鯱」は海の動物の字ではなかった
1. 辞典の「鯱」:国字、魚形の飾り瓦、動物の字
シャチは、くじらの なかまの 海の どうぶつです。大きさは 7メートルぐらい。せなかは 黒くて、おなかは 白い のが 目じるしです[4]。
この シャチを 書く ときの「鯱」を、じてんで ひいて みます。すると、まず「国字」と 書いて あります。国字は、中国では なく、日本で つくられた 漢字の ことです。
いみの ところには、「想像の 魚」と 「おしろの 屋根の かざり」が 出て きます[1]。鯱は、もともと 屋根の 上に のせる かざりの 字なのです。
では、屋根の 上の 魚とは、どんな ものなのでしょう。
海を泳ぐ動物の名前
シャチは、クジラ目マイルカ科の歯のあるクジラです。体長は約7メートルとされ、背は黒く腹は白い動物です。別名にサカマタ、タカマツがあります[4]。
辞典の意味の欄にあるもの
この動物を書き表す「鯱」を辞典で引くと、まず目に入るのは「国字」という説明です。中国から伝わった字ではなく、日本で作られた漢字ということです。意味の欄には、想像上の魚に似た海獣、そして城などの大棟(屋根のてっぺんの横木)の両端につける魚の形の飾り瓦、とあります[1]。
つまり「鯱」は、海を泳ぐ動物のために作られた字というより、屋根の上の「しゃちほこ」の字として辞典に載っている字です。海のシャチにこの字が当てられた経緯は、資料で説明が分かれます。それは第5章で読みます。
その前に、屋根の上の魚が何をしていたのかを見てみましょう。
デジタル大辞泉などの辞典で「鯱」を引くと、まず国字と示される。中国伝来の字ではなく、日本で作られた漢字である。意味の欄にあるのは、想像上の魚に似た海獣と、城郭などの大棟の両端につける魚形の飾り瓦、さらにそれが火よけのまじないとされたことだった[1]。
一方、動物のシャチは、クジラ目マイルカ科のハクジラで、体長約7メートルとされ、背が黒く腹が白い。別名にサカマタ、タカマツがある[4]。つまり同じ「鯱」の字が、屋根飾りと海の動物の両方を指している。辞典の説明では、屋根飾りが先に挙がっている。
ただし、辞典での並び順は、字の成り立ちの順をそのまま表すとは限らない。海の動物にこの字が当てられた経緯は、資料の説明が食いちがう(第5章)。そこで、まず屋根飾りとしての鯱が何をしていたのかを確かめる。
2. 屋根の 魚は、なにを まもって いたの?
2. 屋根の上の魚は、火から建物を守る飾りだった
2. 屋根の上の魚の役目:火よけ、雨ごい、そして権威
しゃちほこは、おしろや おさむらいの 家の 門の 屋根に のりました[3]。屋根の いちばん 高い ところの、りょうはしに つけた、魚の かたちの かざりです。
火事を ふせぐ おまじないと いわれ、雨を よぶとも しんじられました[3]。
名古屋の おしろの 屋根には、金色の 鯱が のって います。1612年に、天守が できあがった ときに のせられました[5]。
この 金の 鯱は、おすと めすの ひとくみです。おすの ほうが 大きく、うろこは めすの ほうが たくさん ついて います[5]。
でも 魚の かざりなのに、字には どうぶつの「とら」が 入って います。それは なぜでしょう。
てっぺんの両端に、魚が一対
しゃちほこは、城や武家屋敷、門の屋根に使われた魚の形の飾りです。火を防ぐと信じられ、雨をもたらすとも考えられました[3]。木でできた建物にとって、火は大きな心配だったはずです。その屋根の高い所に、水に縁のある魚の形をのせたのは、願いがこめられていたからだと考えられます。
金色になると、意味が一つ増える
名古屋城の金鯱は、天守が完成した1612年(慶長17)に載せられました[5]。名古屋城の公式ページは、その目的を、徳川家康の支配力や尾張徳川家の権威を示すためと説明しています。火よけの説明は、この公式ページには書かれていません。同じ鯱でも、守りの飾りという役目と、持ち主の力を見せる役目の、両方で語られているわけです[5]。
雄と雌の一対
金鯱は、北側の雄と南側の雌の一対で、雄のほうが大きく作られています。体を覆う金の鱗は、雌のほうが多くつけられています[5]。現在の鯱は復元された二代目で、使われている金(18金)の量は、北鯱が44.69kg、南鯱が43.39kgと公式ページにあります。差は約1.3kgで、割合にすると雄のほうが3%ほど多い計算です。
ところで、魚の形をした飾りなのに、字の右側には「虎」が入っています。この組み合わせは何でしょうか。
鯱の役目は、少なくとも二つの面で語られる。一つは防火と降雨の呪術的な意味で、JAANUSは鯱を城・武家屋敷・門の屋根に使う魚形の飾りとし、火を防ぐと信じられたと説明する[3]。木造の建物にとって火は最大の脅威の一つであり、水に関わる魚の形を屋根の最も高い位置に置いたのは、この願いと結びつけて理解できる。
もう一つは権威の表示である。名古屋城では、天守の完成した1612年(慶長17)に金鯱が載せられた。公式ページは、その理由を徳川家康の支配力と尾張徳川家の権威を誇示するためとし、火よけには触れていない[5]。つまり、同じ鯱でも、資料によって強調される役目は異なる。
この金鯱は雄(北)と雌(南)の一対で、雄のほうが大きく作られ、鱗は雌のほうが多い[5]。現在のものは復元された二代目で、金量(18金)は北鯱44.69kg、南鯱43.39kgとされる。差は1.30kgで、南鯱を基準にすると約3.0%である。雄のほうが大きいのに金量の差が小さいことについて、公式ページは理由を述べていないので、ここでは数値の比較にとどめる。この数値は二代目のもので、初代の値ではない。
屋根飾りとしての役目は分かった。では、魚の飾りの字に、なぜ「虎」が含まれるのか。
3. 魚へんに とらの 字は、なにを あらわす?
3. 「魚へんに虎」の字形は、何を表すのか
3. 字形の読み取りと、国字であることの意味
鯱の 字は、「魚」へんに、「とら」を 合わせて 作られて います[1]。
じてんの せつめいには、あたまが とらで、からだが 魚の すがたと むすびつける ものが あります。でも、あたまを りゅうや ししと する しりょうも あって、きまった すがたは ありません。
この 字を だれが いつ 作ったのかは、つかった しりょうからは わかりません。ただ、日本で 作られた 字だと いう ことは はっきり しています。
では、屋根の かざりの すがたは、どこから きたのでしょう。
魚と虎を合わせた字
「鯱」は、魚へんに虎を組み合わせた字です。辞書系の説明には、頭が虎で体が魚の姿と結びつけるものがあります。ただ、頭を龍や獅子とする資料もあり、決まった形があったとは言えません。頭の形は、資料によって説明が揺れます。
だれが作ったのか
この字を作った人や時期は、使った資料からは分かりません。確かに言えるのは、中国から伝わった字ではなく、日本で作られた国字だということです[1]。屋根の上の想像上の魚を表す字として、日本で作られた国字です。
ところで、屋根の両端に飾りをのせる習慣そのものは、日本で生まれたものではないといわれます。
「鯱」は魚へんと虎の組み合わせで、国字である[1]。字形から読み取れるのは、魚の体と、虎のような獣の要素を合わせた想像上の生きものという発想までである。辞書系の説明には、頭が虎で体が魚と結ぶものがあるが、頭を龍や獅子とする資料もあり、字形から姿を一つに決めることはできない。
国字であること自体にも意味がある。漢字の本場で使われてきた字を借りるのではなく、日本の屋根飾りを書き表すために字が新しく作られた、ということになるからだ。ただし、字を作った人物や時期は、使える出典からは分からない。
では、屋根飾りの形そのものは、日本で生まれたものなのか。
4. 屋根の 魚の ごせんぞは、中国の かざり?
4. 屋根飾りの先祖は、中国の「鴟尾」だといわれる
4. 鴟尾から鴟吻、そして鯱へ:大棟の両端の飾りの系譜
中国には、むかしから 屋根の 大きな 木の はしに、かざりを のせる ならわしが ありました。この かざりは「鴟尾」と いいます。くつの ような かたちを して います[2]。
鴟尾は、いまから 1400年 いじょう まえに、日本に つたわりました。ほかの くにを とおって きたと いわれます[2]。
その あと、中国では かざりの かたちが、けものの あたまの ような「鴟吻」に かわりました。日本の 鯱は、この 鴟吻の えいきょうを うけて、およそ 400年 まえごろに あらわれたと されます[2]。
さて、ここまでは 屋根の かざりの はなしでした。では、海の シャチと は、どう つながるのでしょう。
くつの形をした「鴟尾」
鴟尾は、中国の建築で大棟の両端につけられた、沓(くつ)形の飾りです。晋の時代に飾られはじめ、日本には高句麗・百済を経て6世紀末に伝わりました[2]。
獣の頭の形へ、そして鯱へ
中国では、唐の中ごろから終わりにかけて、大棟に取りつく部分が獣の頭の形をした「鴟吻」に変わりました。日本の鯱は、宋の時代の鴟吻の影響を受け、16世紀後半に登場するとされます[2]。しゃちほこは、鴟尾が後世に形を変えたものともいわれます[1]。JAANUSも、鯱は鴟尾に由来すると考えられていると説明しています[3]。
鴟尾が日本に伝わった6世紀末から、鯱が現れた16世紀後半まで、およそ1000年近くあります。鯱の登場時期や経路は、事典によって差があるため、「ともいわれる」「とされる」と書いています。
屋根の魚の飾りの由来は、ここまでです。次は、その字が、海のシャチにどうつながったのかを読みます。
鴟尾は、中国建築で大棟の両端につけた沓形の飾りで、晋代に飾られはじめた。日本には高句麗・百済を経て6世紀末に伝わったとされる[2]。ところが中国では、中唐から晩唐にかけて、大棟に取りつく部分を獣頭形に作る鴟吻へと変化した。日本の鯱は、この宋代の鴟吻の影響を受けたもので、16世紀後半に登場するとされる[2]。
したがって、鯱は鴟尾が後世に形を変えたものともいわれ[1]、JAANUSも鯱を鴟尾に由来するものと考えられていると説明する[3]。鴟尾の伝来(6世紀末)から鯱の登場(16世紀後半)まで、およそ1000年近い開きがある。この長い開きの間に、大棟の両端の飾りが形を変え、日本で「鯱」という名と字を得た、というのが資料の描く道すじである。
ただし、鯱の登場時期や経路は、事典ごとに差があり、確定した年代として扱えない。字は日本で作られたが、屋根飾りの形は大陸の建築に由来すると説明されている。では、この屋根飾りの名前が、なぜ海のシャチと結びついたのか。
5. 海の シャチに「鯱」の 字が ついたのは、なぜ?
5. 屋根飾りの名前と海のシャチは、どちらが先なのか
5. 名前の先後:「鯱鉾にちなむ」説と、動物の名が先とする説
海の シャチと「しゃちほこ」の かんけいは、せつめいが 二つに わかれて います。
ひとつは、「おしろの しゃちほこに ちなんで、シャチと よぶように なった」と いう せつめいです[7]。日本大百科全書は、シャチは 波を おこし、雨を よぶ 海の けものとして、火事よけの おまじないの いみが こめられて いると 書いて います[4]。
もうひとつは、はんたいの せつめいです。「しゃち」「しゃちほこ」の 名前は、海の シャチの ほうが 古い。シャチを 書く 字は、もともと べつの 字だった、と しょうかいする しりょうも あります[6]。じてんには、もとは べつの ことばだったけれど、いまの じだいに なってから 鯱の 字を あてる ことが 多い、と いう せつめいも あります。
どちらが 先かは、ひとつに きめられません。
シャチには、アイヌの ことばで「レプンカムイ」と いう 名前も あります。「沖の 神」と いう いみの 名前だと いわれます[7]。
「鯱鉾にちなむ」という説明
日本大百科全書は、動物のシャチは城の天守の棟の両端にある鯱鉾で親しまれていて、波をおこし雨をよぶ海獣として、火難よけのまじないの意味がこめられていると説明しています[4]。動物の名前を、鯱鉾にちなむとする説明は、辞書やWikipediaの「シャチ」の項にもあります[7]。
動物の名前が先、という見方
これに対し、Wikipediaの「シャチホコ」の項は、「しゃち」「しゃちほこ」という名は、動物のシャチに使われたほうが古く、動物の漢字表記は元は「鱐」だったと紹介しています[6]。辞書には、本来は別の語源だが、近代以降は鯱の字が当てられることが多い、とする説明もあります。
どちらかに決めない読み方
このように、屋根飾りの名前が先とする説明と、動物の名前が先とする説明があり、一つに決められません。この記事では、どちらかに決めず、そのまま並べておきます。
ほかの呼び名
動物のシャチには、ほかにもいくつか名前があります。別名のサカマタは、「逆叉」「逆戟」と書きます[7]。アイヌ語では「レプンカムイ」と呼ばれ、「沖の神」を意味する名前として紹介されています[7]。
動物のシャチと屋根飾りの名前の関係は、資料で食いちがう。日本大百科全書は、動物のシャチが城の天守の棟の両端にある鯱鉾で親しまれ、波をおこし雨をよぶ海獣として火難よけの意味がこめられていると説明する[4]。動物の名を鯱鉾にちなむとする説明は、辞書やWikipediaの「シャチ」の項にある[7]。
これに対して、Wikipediaの「シャチホコ」の項は、名称は動物のシャチに使われたほうが古く、動物の漢字表記は元は「鱐」だったと紹介する[6]。辞書には、本来は別語源であり、近代以降に鯱の字が当てられることが多いとする説明もある。この説は、動物の名前が先にあり、字は後から当てられた、という方向で読める。
ここで注意したいのは、これらの出典が、百科事典の項目やWikipediaといった二次資料であることだ。名前の先後を決めるには、古い文献の用例を年代順に並べる必要がある。したがって、どちらが正しいとは言えず、「資料により説明が分かれている」というのが言える範囲である。
なお動物のシャチには、別名サカマタがあり、「逆叉」「逆戟」と書く(広辞苑による)[7]。アイヌ語名は「レプンカムイ」で、「沖の神」を意味する名として紹介されている[7]。一つの動物に、屋根飾りの名・別名・アイヌ語名が重なっている点が、この題材の面白さである。
6. 屋根の てっぺんと じてんで たしかめよう
6. 屋根のてっぺんと辞典で、続きを確かめる
6. 一次資料にあたる前に、手もとでできる確かめ方
おうちに 国語じてんが あれば、「しゃち」と「しゃちほこ」を ひいて みましょう。「鯱」の 字が どんな ことばで せつめいされて いるか、見くらべられます。
もうひとつ。おしろの しゃしんや、ちかくの 古い たてものの 屋根を 見て、いちばん 上の りょうはしに、なにが のって いるか 見て みましょう。屋根を 見上げる ときは、足もとに 気を つけて くださいね。
こたえが 出て いない もんだいも のこって います。シャチの 名前と 屋根の かざりは、どちらが 先なのでしょう。
家にある辞典と、屋根の写真で
国語辞典が家にあれば、「しゃち」「しゃちほこ」「鯱」を引き比べてみてください。どの項目に、「国字」「想像上」「屋根飾り」「動物」のどの言葉が出てくるかを、辞典ごとに並べて見ると、この記事の食いちがいが、実際にどんな書き方になっているのかが見えます。
城の写真が載った本やウェブページでは、屋根の両端を探してみてください。名古屋城の公式ページでは、金鯱の雄と雌の違いを日本語で読めます[5]。屋根を見上げるときは、足もとに気をつけてください。
残っている問い
屋根飾りの名前が先か、動物の名前が先か。字を作ったのはだれか。この二つは、この記事が使った資料の範囲では、まだ決まった答えがありません。辞典の編者や文献の用例まで見ていくと、続きの答えが見つかるかもしれません。
手もとの国語辞典で、「しゃち」「しゃちほこ」「鯱」を引き比べると、本稿で扱った食いちがいが、辞典ごとにどう書き分けられているかを確かめられる。見るべき点は、国字と明記しているか、動物の名前を鯱鉾にちなむとするか、別語源とするか、の三つである。
名古屋城の公式ページでは、金鯱の雄雌の大きさ・鱗・金量の表を日本語で読める[5]。ここから、雄と雌の金量の差(44.69kgと43.39kg、約3%)を自分で検算できる。
本稿の出典の多くは、事典の項目と公式ページ、Wikipediaである。名前の先後や鯱の登場時期は、古い文献の用例や、建築史の専門書で確かめる必要がある。辞典が「ともいわれる」と書くとき、その言い方の背後にどんな資料があるのかを探すことが、次の調べ方になる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。年・名称・説明は、資料によって細部が異なることがあります。
- デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典(コトバンク「鯱」) https://kotobank.jp/word/%E9%AF%B1 (国字、屋根飾り、鴟尾が形を変えたという説明)
- 世界大百科事典・日本大百科全書(コトバンク「鴟尾」) https://kotobank.jp/word/%E9%B4%9F%E5%B0%BE (鴟尾・鴟吻の変化と鯱の登場)
- JAANUS (Japanese Architecture and Art Net Users System), shachi https://projects.mcah.columbia.edu/jaanus/record/shachi (屋根飾りとしての鯱、火よけ・鴟尾由来。英語の資料)
- デジタル大辞泉・日本大百科全書(コトバンク「シャチ」) https://kotobank.jp/word/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%81 (動物のシャチの特徴、鯱鉾との関係の説明)
- 名古屋城公式「金鯱」 https://www.nagoyajo.city.nagoya.jp/guide/kinshachi/ (1612年の金鯱、雄雌、金量、載せられた目的)
- Wikipedia「シャチホコ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%81%E3%83%9B%E3%82%B3 (名前の先後に関する別の説明。二次資料)
- Wikipedia「シャチ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%81 (サカマタの表記、アイヌ語名、鯱鉾にちなむ説明。二次資料)
なおした ところ
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