1. しゅじゅつの さいちゅうに、10ぷんで わかる ことが あるの?
1. 手術の最中に10分で診断が出る場面と、数日かかる標本のちがい
1. 術中迅速診断の約10分と、通常標本の4〜7稼働日
しゅじゅつの さいちゅうに、とった からだの いちぶが、びょうりの へやに はこばれる ことが あります。
そこで びょうりいと いう おいしゃさんが、10ぷんほどで しんだんを します。けっかは しゅじゅつを している せんせいに つたわり、しゅじゅつの すすめかたが きまります[1]。
でも ふだんの ひょうほんは、そんなに いそぎません。ある びょういんでは、ふつうの ひょうほんづくりだけで 4〜7にちかかる と しています[2]。
やくわりも わかれています。からだの いちぶを とるのは ほかの 先生、しんだんを するのは びょうりいです。ひょうほんは、しけんの しごとを する ぎじゅつしの ひとが つくります[1]。
その かかる じかんの なかで、まず なにを しているのでしょう。
手術の最中に、取り出した組織が病理の部屋へ運ばれます。執刀医はその結果を待っています。日本病理学会のリーフレットによると、これは術中迅速診断とよばれ、手術中に採った病変の組織から10分ほどで診断が出て、結果が執刀医に伝わり、手術の方針が決まります[1]。手術の前に生検ができない深い場所の病変や、病変を取りきれたかの確認に使われるそうです。
ふだんの標本づくりは、これほど急ぎません。愛知県の病院の資料では、通常の標本づくりだけで4〜7稼働日、骨のように硬い組織を柔らかくする脱灰などの前処理がいると、最大2週間かかるとされています[2]。10分の診断と数日の標本は、別のものです。
担当も分かれています。組織や細胞を採るのは外科医や内科医などの臨床医で、標本を見て診断するのが病理医、顕微鏡標本をつくるのは国家資格をもつ臨床検査技師です[1]。診断の結果は主治医に報告され、治療に生かされます。
数日かかる作業の中で、最初に待っているのは、組織の形をくずさないための「固める」作業です。
手術の最中、執刀医は取り出した組織の結果を待つことがある。術中迅速診断では、手術中に採った病変組織から10分程度で病理診断が出され、結果は執刀医に伝わって手術方針が決まる[1]。手術前に生検ができない深い所の病変や、病変を取りきれたかの確認に使われる。
ただし、この「10分」はふだんの標本づくりの速さではない。愛知県の病院の資料では、通常の標本作製だけで4〜7稼働日かかり、前処理によっては最大2週間必要とされる。骨など硬い組織は脱灰に最大2週間近く、脂肪の多い組織は脱脂が必要になるためだ[2]。迅速診断と通常標本は目的が違い、通常標本は時間をかけて丁寧に仕上げる。
この間に、検体は受付から固定、切り出し、脱水とパラフィン浸透(一晩)、ブロック化、薄切、染色、照合の順に進む[2]。役割も分かれていて、組織を採るのは臨床医、診断するのは病理医、標本をつくるのは国家資格をもつ臨床検査技師である[1]。
では、最初の「固定」で何をしているのか。薄切に至る前の2つの固める工程が、この記事の中心になる。
2. やわらかい からだの いちぶを、どうやって かためるの?
2. やわらかい組織を、ホルマリンとろうで二度固める
2. ホルマリン固定とパラフィン包埋 ── 薄く切るために二度固める
とった からだの いちぶは、そのままに しておくと、すこしずつ かたちが くずれます[2]。
そこで ホルマリンと いう えきに つけて、かたちを たもちます。6じかんから 48じかんほどです。おおきさに よって かわります[2]。
ホルマリンを つかう ほうほうは、1893ねんに ブルムと いう ひとが はっぴょうしたと つたえられて います。ブルムは ホルマリンを あつかって いて、ゆびさきが かたく なる のに きづき、ためして みたそうです[6]。
でも、ホルマリンだけでは まだ やわらかく、かたちが かわりやすいのです。そこで みずを ぬいて、ろうを しみこませて、いちばん かためます。ひとばん かかります[2]。
やわらかい バナナは うすく きると つぶれますが、れいとうして かたくすると きれいに きれます。ろうで かためる のも にた かんがえです。ただし ほんとうは、ろうは みずを ぬいてから しみこませるので、こおらせる のとは ちがいます。
ろうで かたまった かたまりを、ブロックと よびます。このブロックを、どこまで うすく きるのでしょう。
取り出した組織は、そのまま置くと刻々と変質し、元の形をとどめなくなります。そこで特殊な保存液に浸して形を保ちます。これを固定といいます[2]。ホルマリンの主成分はホルムアルデヒドで、組織のタンパク質を網の目のように変えて、形を保つ仕組みです。この病院の資料では、使うホルマリンのホルムアルデヒド濃度は3.7%とされています[2]。固定は6〜48時間ほどで、検体の大きさによって変わり、一律ではありません。
ホルマリンを組織の固定に使う研究を1893年に発表したのは、フェルディナント・ブルム(Ferdinand Blum)と伝えられます。ホルマリンを扱っているうちに指先の皮膚が固くなるのに気づき、固定液として試したという話です[6]。以後、ホルマリン固定とパラフィン包埋が標準になりました[6]。気づいた年は資料により1892年とも1893年ともされ、ここでは発表の年を書いています。
しかし、ホルマリンで固定しただけの組織は、まだ柔らかく、簡単に変形します。薄く切るには向きません[2]。そこで、脱水してパラフィン(ろう)をしみこませ、さらに固めてブロック状にします。この処理は一晩かかります[2]。
こうしてできた、ろうのブロックが、薄切の相手です。どこまで薄く切るのでしょうか。
摘出された検体は、放置すると刻々と変性して原型をとどめなくなる。そのため保存液に浸して形を保つ。これが固定である[2]。ホルマリンの主成分はホルムアルデヒドで、組織のタンパク質を網の目のように変性させ、形を保つ。この病院の資料では、使うホルマリンのホルムアルデヒド濃度を3.7%としている。固定時間は6〜48時間で、検体の大きさで変わる[2]。
この方法の出発点として、フェルディナント・ブルム(Ferdinand Blum)が1893年にホルムアルデヒドを組織の固定に使う研究を発表したと伝えられる。ホルマリンを扱うと指先の皮膚が固くなる、その作用がアルコールで組織が固まるのと似ていることに着目した、という経緯である[6]。気づきを1892年とする資料もあり、年の食いちがいはあるが、本稿は発表年を採った。以後ホルマリン固定とパラフィン包埋が標準になった[6]。日本臨床衛生検査技師会誌の資料でも、ホルムアルデヒド固定は1893年から120年以上の実績があるとされる[7]。
固定しただけでは、組織はまだ柔らかく変形しやすい。形を保ったまま薄く切ることが難しいため、脱水してパラフィンに浸し、固化させてブロックとする[2]。つまり固定は「形を保つ」ため、包埋は「薄く切れる硬さにする」ためで、2つの固めは役目が違う。
では、ブロックはどの厚さまで切るのか。資料によって数字が違うので、そこを確かめる必要がある。
3. うすく きるって、どのくらい うすいの?
3. ブロックを切る厚さは、1mmの数百分の1
3. 2〜3μmの薄切 ── 「1mmの1/500」の読み方と、施設による違い
ブロックを うすく きる きかいは、ミクロトームと いいます[2]。
ある びょういんの しりょうでは、きった ものの あつさは 2〜3マイクロメートルです。これは 1ミリの 500ぶんの 1ぐらいと かいて あります[2]。
1マイクロメートルは、1ミリを 1000こに わけた 1こぶんです。だから 2マイクロメートルなら 500ぶんの 1、3マイクロメートルなら 300ぶんの 1ぐらいに なります。
きょうとしの しりょうには、1マイクロメートルの れいも あります。びょういんや しらべたい ものに よって、すこし ちがうのです。
この きる しごとは、つくる ひとの うでが ものを いいます[3]。きった ものは ぬるま水に うかべて しわを のばし、ガラスの いたに のせます[3]。
のった ものは、どんな ようすで、どう みえるのでしょう。
ブロックは、ミクロトームという機械で薄く切ります[2]。愛知県の病院の資料では、標本の厚みは2〜3μm(約1mmの1/500)と書かれています[2]。
この数字を、自分で確かめてみましょう。1μmは1mmの1000分の1です。2μmなら1mmの500分の1、3μmなら約330分の1になります。資料の「1/500」は、2μmの場合の目安ということです。京都市の資料には1μmの例もあり、施設や目的で厚みは変わります[3]。ですから「1mmの数百分の1」というのが安全な言い方です。
この工程は、μm単位で切るため、病理検査を担当する技師の技術が大きくものをいう、と京都市の資料に書かれています[3]。切り出した切片は、温湯の上でしわを伸ばし、スライドガラスに貼ります[3]。
ところが、薄く切っただけでは、まだ診断には使えません。細胞のつくりを見るには、色をつける工程があります。
固めたブロックは、ミクロトームで薄く切る。愛知県の病院の資料は厚みを2〜3μm(約1mmの1/500)とする[2]。1μmは1mmの1/1000だから、2μmなら1/500、3μmなら約1/330になる。つまり「1/500」は2μmの場合の目安で、3μmなら数字が違う。
厚みは資料によっても違う。この資料では2〜3μmだが、京都市の資料には1μmの例もあり、施設や調べる目的で変わる[3]。「標準は2μm」と一つに決めて書くと、実際の現場からずれる。「1mmの数百分の1」と書くのが、資料に合った言い方である。
この工程が人の技術に頼るのは、μm単位で切る作業だからだ。京都市の資料は、病理検査担当者の技術が大きくものをいうとしている[3]。切り出された切片は、温湯の上でしわを伸ばして、スライドガラスに貼りつけられる[3]。
薄切までで、標本はまだ染まっていない。では、次の染色は何のために行うのか。
4. こまかく きった ものを、どうして 2しょくに そめるの?
4. 薄く切った組織を、紫とピンクの2色に染める理由
4. HE染色 ── ヘマトキシリンとエオジンが染め分けるもの
うすく きった ものは、ガラスに のせて、いろを つけます。いろを つけて はじめて、けんびきょうで よく みえます[2]。
つかうのは、むらさきの ヘマトキシリンと、ピンクの エオジンです[2]。
うまく そまると、ちいさな かたまりの「かく」は あおむらさきに、そのまわりは ピンクから あかい いろに なります[4]。
むらさきの ヘマトキシリンは、あかみのきと いう きの なかの ところから とった いろだと いわれます[5]。そのままでは そまらず、ほかの ざいりょうと くっついて はじめて そめます[5]。
ヘマトキシリンを からだの ぞうきの そめものに はじめて つかったのは、1863ねんの ひとと いわれます[5]。
そまった ひょうほんを みて、びょうりいは しんだんを します。そのあと、ブロックと ひょうほんは どうなるのでしょう。
薄く切った切片に、色をつけます。愛知県の病院の資料は、ヘマトキシリン(紫)とエオジン(ピンク)という色素液で染め、この工程を経て初めて顕微鏡で観察できるようになる、と説明しています[2]。
うまく染まったHE標本では、ヘマトキシリンが細胞の核を濃い青紫〜藍色に、エオジンが細胞質・線維成分・赤血球などを淡い赤〜濃い赤に染めます。診断は、まずこの染色で見える情報をもとに行われます[4]。
ヘマトキシリンは、アカミノキ(ログウッド)の心材から抽出する天然の色素といわれます。そのままでは染まらず、媒染剤と結びついて初めて染める性質があります[5]。組織の染色に初めて使ったのはWaldeyerで1863年、1865年にBöhmerがミョウバンと組み合わせて、組織がよく保たれる染色法にしました[5]。
診断のあと、必要なら、さらに特殊な染色を足すこともあります。この病院では、特定のタンパク質を見えるようにする免疫染色が200種類以上できるとされています[2]。染めた標本とブロックは、そのあとどうなるのでしょうか。
薄切した切片は、ヘマトキシリン(紫)とエオジン(ピンク)で染色する。愛知県の病院の資料は、この工程を経て初めて顕微鏡による観察ができるようになる、と書く[2]。HE染色は最も基本の染色で、診断はまずこの染色の情報にもとづく。うまく染まれば、ヘマトキシリンは核を濃い青紫〜藍色に、エオジンは細胞質・線維成分・赤血球などを淡い赤〜濃い赤に染める[4]。ただしこの色の記述は、医学書院の要旨ページにもとづく。
ヘマトキシリンはアカミノキ(ログウッド)の心材から抽出する天然色素で、そのままでは染まらず、媒染剤と結びついて初めて染める。組織の染色に最初に使ったのはWaldeyerで1863年とされ、1865年にBöhmerがミョウバンと組み合わせ、組織がよく保たれる染色法にした[5]。エオジンを併用した年は資料によって食いちがうため、ここでは年を書かない。
病理医は、標本を1枚1枚くまなく観察し、必要なら特殊な染色(免疫染色など)を加えて診断する[2]。免疫染色は、抗原抗体反応を使って特定のタンパク質を見えるようにする染色で、この病院は200種類以上が可能と書いている[2]。HE染色が基本であり、そこから先の判断で、追加の染色がある。
診断が終わった標本とブロックは、役目を終えるのか。次の章で、その行き先を見る。
5. しんだんの あと、ブロックは どうなるの?
5. 診断が終わったあと、ブロックと標本は何の役に立つのか
5. 保管されたブロックの再利用 ── 再薄切と、1971年のブロックの例
ある びょういんでは、ブロックと そめた ひょうほんを、ずっと ほかんして います[2]。
とくべつな けんさが いる ときは、ブロックを とりだして、もういちど うすく きります[2]。なん年も あとに、びょうきが また でた とき、はじめの ばしょを さがす てがかりにも なります[2]。
1971ねんに かためた ブロックから、いでんしの ようすを しらべた れいも あります。しらべる ざいりょうは かなり いたんで いましたが、それでも しらべられました[7]。
のこった ざいりょうは、びょういんの きまりに したがって ほかんされ、けんきゅうや べんきょうに つかわれる ことが あります[1]。その ときは、だれの ものか わからない ように まもります[1]。
うすい ガラスの いたの うらには、ながい じかんの はなしが あります。
診断が終わっても、ブロックと染色済みの標本は、すぐには捨てられません。愛知県の病院の資料では永久保管とされています。特殊な検査が必要になれば、ブロックから取り出して、もう一度薄切します[2]。何年かあとに再発や転移が見つかったとき、元の場所を推定する手がかりにもなるといいます[2]。永久保管は一つの病院の方針で、全国一律の決まりではありません。
ブロックの保存性は、長い期間の実例からも分かります。日本臨床衛生検査技師会誌の資料には、1971年のホルマリン固定・パラフィン包埋のブロックから、質は落ちていたものの核酸を取り出し、p53という遺伝子の変異を複数調べられた例があります[7]。この例は50年ほど前のブロックですが、核酸はかなり分解していました。
診断後に残った組織や細胞は、病院の規程に従って一定期間保存されます。医学研究・教育・診断の精度管理に使われることがあり、その際は個人が特定されないよう、プライバシーの保護に注意するとされています[1]。
ガラスの上の薄い切片には、固める・切る・染めるという技術と、あとから何度も使える工夫が重なっています。
パラフィンブロックと染色済みの標本は、愛知県の病院では永久保管とされている。特殊な検査が必要なときは、ブロックから取り出して再び薄切する。数年後に再発や転移が見つかったとき、元の部位を推定する手がかりにもなる[2]。ただし永久保管は一つの病院の方針であり、全国一律の規則ではない。
この「再び薄切して使える」性質を示す例が、日本臨床衛生検査技師会誌の資料にある。1971年のFFPE(ホルマリン固定パラフィン包埋)ブロックから、質は落ちていたものの核酸を取り出し、p53遺伝子の複数の変異を調べられたという[7]。50年前の検体の例で、核酸はかなり分解していたため、「何でも調べられる」とまでは言えない。この記述は要約にもとづくので、原文で確かめるとなお確実である。
診断後に残った組織や細胞は、病院の規程に従って一定期間保存され、医学研究・教育・診断の精度管理に使われる場合がある。その際は個人が特定されないよう、プライバシー保護に細心の注意を払うとされる[1]。
ホルマリン固定は1893年から120年以上の実績があると資料は書く[7]。固める・切る・染めるの各工程は、診断のためだけでなく、あとから再び使える形で標本を残す工夫でもある。
6. かみ 1まいの あつさで、ひょうほんの うすさを くらべよう
6. 紙1枚の厚さと比べて、標本の薄さを検算する
6. 紙の厚さから、標本の薄さを検算する
おうちで できること
コピーようしを 100まい かさねて、ものさしで あつさを はかります。10ミリだったら、1まいは 0.1ミリです。
ひょうほんの あつさは、0.002〜0.003ミリです。0.1を 0.003で わると、およそ 33。0.002で わると 50です。かみ 1まいを、33まいから 50まいに うすく スライスした ぐらいと いえます。
しりょうを よむなら
にほん びょうり がっかいの リーフレットには、びょうりしんだんの はなしが やさしく かいて あります[1]。
今日できること
家にあるコピー用紙を100枚重ねて、定規で厚さを測ります。10mmなら、1枚は0.1mmです。標本の厚さは2〜3μm、つまり0.002〜0.003mmですから、0.1÷0.003でおよそ33、0.1÷0.002で50になります。紙1枚を33〜50枚に薄く切ったくらいが、標本1枚の厚さの目安です。
資料を読むなら
日本病理学会のリーフレット[1]は、病理診断の流れを一般向けに説明しています。愛知県の病院の資料[2]は、標本づくりの工程と時間が細かく書かれています。2つを読み比べると、診断のしくみと現場の手順のつながりが見えてきます。
今日できること
コピー用紙を100枚重ねて定規で厚さを測り、1枚の厚さを求める。10mmなら0.1mmである。標本は2〜3μm(0.002〜0.003mm)なので、0.1÷0.003≒33、0.1÷0.002=50となり、紙1枚を33〜50枚に薄切した厚さにあたる。標本の厚さは、紙1枚の数十分の1と考えると実感に近い。
資料を読むなら
日本病理学会のリーフレット[1]は病理診断の役割と流れを、愛知県の病院の資料[2]は工程ごとの時間・条件を述べている。京都市の資料[3]は薄切の技術に触れる。厚みの幅や保管の期間は施設で違うので、読み比べると、何が共通で何が施設ごとの違いかが分かる。免疫染色やブロックの再利用は、[2][7]が出発点になる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
今回は、病理診断の役割と迅速診断・保管の考え方を日本病理学会の資料から、標本づくりの工程・厚み・時間を愛知県の病院の資料から、薄切の技術を京都市の資料から、染色と固定の歴史を外国語資料と日本語の学会誌から突き合わせた。
- 日本病理学会「一般向けリーフレット」 https://www.pathology.or.jp/ippan/leaflet_v3.pdf (病理診断・役割分担・術中迅速診断・検体の保存と利用)
- 愛知県がんセンター 病理検査部門「病理標本ができるまで」 https://cancer-c.pref.aichi.jp/wp/wp-content/uploads/1066.pdf (標本づくりの工程・固定・パラフィン・厚み・時間・保管)
- 京都市「組織標本の作り方[第三回]」 https://www.city.kyoto.lg.jp/hokenfukushi/cmsfiles/contents/0000177/177015/hyouhon_3.pdf (薄切の技術・切片の貼り方)
- 医学書院『日常染色法ガイダンス』要旨 https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1543903209 (HE染色の色の分担)
- Hektoen International「From Silks to Science: The History of Hematoxylin and Eosin Staining」 https://hekint.org/2023/01/11/from-silks-to-science-the-history-of-hematoxylin-and-eosin-staining/ (ヘマトキシリンの由来と歴史)
- NSH Blog「Fixation: History and Speed」 https://www.nsh.org/blogs/neil-macintyre/2018/08/10/fixation-history-and-speed (ホルマリン固定の歴史)
- 日本臨床衛生検査技師会誌 72巻2号(J-STAGE) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jamt/72/2/72_22-60/_html/-char/en (ホルマリン固定の実績・1971年のブロックの例)
なおした ところ
更新履歴
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