1. さいしょの しごとは、えんぴつを はこぶ こと
1. 筆箱の最初の仕事は、鉛筆を学校へ運ぶことだった
1. 運搬の道具としての出発:木箱、アルミ缶、セルロイド
むかしの がっこうの つくえは、いまより ずっと シンプルでした。めいじの ころ、にほんに えんぴつが はいって くると、いえから がっこうへ はこぶ ための いれものが ひつように なりました[1]。
さいしょは 木の はこを つかい、あとから アルミの かんも いっしょに つかわれた、と せつめいされて います。
しょうわ14ねん(1939ねん)の セルロイドの ふでばこも、はくぶつかんに のこって います[2]。セルロイドは ひが つきやすい という よわい ところが ありました。いまは プラスチックや ぬのの ふでばこが ほとんどです[1]。
鉛筆が入ってきて、入れ物が必要になった
辞典系の解説によると、明治時代に西洋から鉛筆が入ってくると、家から学校へ持ち運ぶために木箱が使われ、のちにアルミ缶と併用されるようになりました[1]。筆箱は、おしゃれな文房具である前に、まず「運ぶための箱」だったことになります。
なお、筆箱がいつ、誰によって作られたのかは、資料からは決められません。この記事では「明治に鉛筆が入ってから」の流れとして読みます。
素材も入れ替わってきた
素材はかつてセルロイド製のものが多かったとされ、引火しやすいという欠点がありました。ブリキ製も昔からあり、いまはポリ塩化ビニルなどのプラスチック製や、布製がほとんどです[1]。江戸東京博物館のデジタルアーカイブには、1939年(昭和14年)のセルロイド製の筆箱が収められています。解説文はなく、資料があることと年代だけが確かめられます[2]。
運ぶための箱だった筆箱は、やがて、運ぶだけではない道具になっていきます。
筆箱の出発点は、鉛筆を家から学校へ運ぶための入れ物だったと説明される。辞典系の解説では、明治時代に西洋から鉛筆が入ったのち、運搬に木箱が使われ、のちにアルミ缶と併用されるようになったとされる[1]。ただし、これは一次資料ではなく、筆箱の起源の年や最初の製作者は、この資料からは決められない。本稿では「鉛筆が入ってから」という範囲にとどめて読む。
素材の面では、セルロイド製が多かったとされるが引火しやすいという欠点があり、ブリキ製も伝統的で、現在はポリ塩化ビニル等のプラスチック製や布製がほとんどだという[1]。実物の手がかりとして、江戸東京博物館のデジタルアーカイブに、1939年(昭和14年)のセルロイド筆箱が収蔵されている[2]。同館には、昭和期のセルロイド製鉛筆入れ(22.6×6.2×2.5cm)の記録もある[6]。いずれも解説文はなく、存在と年代・寸法が根拠になる。
この時代の筆箱は、鉛筆を壊さず安全に運ぶことが役目だった。では、運ぶだけの箱に、なぜ仕掛けが付くようになったのか。
2. ふたが ふえて いった ふでばこ
2. 磁石で開閉する筆箱から、ふたが6面の筆箱まで
2. 仕掛け筆箱の競争:電子ロックから多面ふたへ
1970ねんの ころ、しょうがくせいむけの ふでばこに「でんしロック」が ついた ものが でて きました。じしゃくで ふたを とじる ふでばこです[1]。
そのあと、ボタンを おすと ぱかっと ひらく しかけつきの ふでばこが はやりました。かいしゃどうしが きそうと、あたらしい しょうひんの たびに ふたが ふえ、さいごは 6めんぐらいに なった、と かいはつぶちょうさんは はなして います[3]。
つくえの 上で ぱかぱか ひらく ふでばこは、きっと たのしかった でしょうね。
磁石のロックから始まった
辞典系の解説では、1970年前後に、小学生向けに磁石で開閉をロックする「電子ロック」付きの筆箱が登場し、その後、仕掛け付きの筆箱がはやったとされます[1]。
ふたの数の競争
1910年創業の文具メーカー・クツワの開発部長は、各社が開発競争を続けるうち、新商品が出るたびにふたの数が増え、最終的には6面ぐらいになったと語っています[3]。
ふたを開けると中から次のふたが出てくる筆箱は、鉛筆を運ぶ箱というより、机の上で遊べるおもちゃに近かったはずです。では、そんなに人気だったのに、なぜ下火になったのでしょうか。
運搬の箱だった筆箱は、1970年前後を境に、遊べる道具へと性格を変えた。辞典系の解説では、このころ小学生向けに磁石で開閉をロックする「電子ロック」付きの筆箱が登場し、その後、いわゆる仕掛け付きの筆箱がはやったとされる[1]。
競争の中身について、1910年創業のクツワの開発部長は、各社が開発競争を続け、新商品のたびにふたの数が増え、最終的に6面ぐらいになったと述べている[3]。他社より新しいことが売りになるため、機能の足し算が止まりにくかったと読める。ただし、これは1社の証言であり、業界全体の事情とは限らない。
鉛筆を入れるという役目にとって、ふたの数はほとんど意味を持たない。にもかかわらず増えたのは、筆箱が運ぶ箱から、見せたり遊んだりする箱へ変わっていたからだろう。では、この流れはいつ、なぜ止まったのか。
3. あそびすぎて、へって しまった?
3. 授業中に遊びすぎて、仕掛け筆箱は下火になった
3. 衰退の時期と理由:資料が食いちがう点と、1社の証言
この しかけの ある ふでばこは、あとで すくなく なって いきます。クツワの かいはつぶちょうさんは、バブルが はじけた ころと おなじ ときに かげを ひそめた、と はなして います[3]。
りゆうの ひとつに、じゅぎょうちゅうに ふでばこで むちゅうに あそぶ 子が おおかった という こえが あったそうです[3]。
ただし、じゅぎょうちゅうの あそびが ぜんぶの りゆうと いうわけでは ありません。ほかの しりょうでは、1980ねんごろから へった と せつめい して いて、じきが しりょうに よって ちがいます[1]。
授業中に筆箱で遊ぶ子がいた
クツワの開発部長は、仕掛け付きの筆箱が下火になった時期はバブル崩壊と同じころで、授業中に先生の話も聞かず、筆箱に夢中になって遊ぶ子が多いという現場の声もあった、と語っています[3]。
時期は資料によってちがう
辞典系の解説では、仕掛け付きの筆箱は1980年前後を境に衰退したとされます[1]。クツワの話は1990年代前半のバブル崩壊のころです。資料で時期が食いちがうので、この記事では、いつ衰退したかを1つに決めません。
理由も、1社の談話が根拠で、これが唯一の原因だとは言えません。ただ、遊べる筆箱の下火のあとに、筆箱の選ばれ方がどう変わったかは、数字で追えます。
衰退の時期と理由は、資料によって語られ方が割れる。辞典系の解説では、仕掛け付きの筆箱は1980年前後を境に衰退したとされる[1]。これに対し、クツワの開発部長は、ガジェット型の筆箱が下火になったのはバブル崩壊と同じころだったと述べる[3]。前者は1980年前後、後者は1990年代前半を指すため、本稿は時期を1つに決めない。
理由についても、同じ開発部長が、先生の話も聞かず、筆箱で夢中になって遊んでいる子が多いという現場の声があったと語る[3]。ところが、これは1社が受け取った声であり、他社や他地域でも同じだったかは分からない。唯一の原因として書くには、資料が足りない。
時期や理由は資料によって異なるが、仕掛け付きの筆箱が下火になったことは、どの資料にも共通している。遊べることを売りにした筆箱は、授業中に遊ばれることで、学校の側から見て役目をはみ出した。では、いま売れている筆箱は、どんな役目を想定しているのか。
4. いまの ふでばこは、すっきり ひとつ
4. 学校の案内が勧めるのは、仕切りのある、自分で管理しやすい箱型
4. 現在の主流:キャラクターから無地へ、学校の案内が求める条件
クツワでは、いまの ふでばこは もようの ない むじで、ランドセルと おなじ ざいりょうの もので、6ねん つかえる ものが ふえて いると はなして います[3]。
キャラクターの ふでばこは、いちばん おおい ころの 9わり ほどから、5わりぐらいに へったそうです。これは クツワと いう 1しゃの かずです。
がっこうの おたよりにも、しきりが あって、じぶんで かんりしやすい はこがたを すすめる ものが あります。かざりの おおい ものは、しゅうちゅうの じゃまに なると いう せつめいです[5]。
キャラクターから無地へ
クツワでは、キャラクターものが最盛期の約9割から約5割に減り、いまはシンプルな無地で、ランドセルと同じ素材の、6年使える筆箱が増えているそうです[3]。割合の変化は9割から5割で、差は4割分です。ただし、これはクツワ1社の数字で、日本全体の割合ではありません。
学校の案内が求めるもの
小学校の学習用具の案内には、仕切りのある箱型で、自分で管理しやすいものを勧めるものがあります。華美なものや飾りの付いたものは、学習への集中の妨げやトラブルのもとになりかねない、という理由づけも見られます[5]。これは全国共通のルールではなく、こうした案内を出す学校がある、という一例です。
運ぶ箱、遊ぶ箱を経て、いまの筆箱には「机の上で中身を管理する道具」という役目が加わっているように見えます。では、その案内は、どこまで学校で同じなのでしょうか。
遊べる仕掛けが下火になったあと、筆箱の売れ筋は大きく変わった。クツワでは、キャラクターものが最盛期の約9割から約5割に減り、いまはシンプルな無地で、ランドセルと同じ素材の、6年使える筆箱が増えているという[3]。4割分(9割−5割)の減少に見えるが、これは1社の販売の話であり、日本全体の割合として読むことはできない。
学校側の説明も、同じ方向を向く。小学校の学習用具の案内には、仕切りのある箱型で、自分で管理しやすいものを勧め、華美・飾り付き・流行ものは集中の妨げやトラブルのもとになるとするものがある[5]。ただし、これは複数校の案内の一部を紹介する書き方にとどまり、全国共通のルールではない。
ここで注意したいのは、筆箱を机の上で使うと集中が上がる、という研究を、本稿では見つけていないことだ。学校が「集中の妨げ」を理由に挙げている、という事実と、実際に集中が上がるかどうかは、別の問いとして分けて読む必要がある。では、学校ごとの決まりは、実際にはどの程度ちがうのか。
5. がっこうに よって、きまりは ちがう
5. 学校ごとに決まりが違う。机の狭さという新しい悩み
5. 学校ごとの条件の差と、机の狭さという新しい制約
ふでばこの きまりは、がっこうに よって ちがいます。キャラクターの がらや、かんの ふでばこは ふかと している がっこうが あります[4]。
がっこうで きめた えんぴつの ほんすうが 7ほんの ばあいに、ふでばこに はいらないと こまる おうちの 人も いるそうです[4]。
いまの つくえは、タブレットを おく ことも あって、せまく なりました。そこで、ふたを うしろに はりつけて、つくえから はみださないように した ふでばこも あります[4]。
決まりは学校によって違う
子育て向けの記事では、キャラクターものや缶ペンケースを不可とする学校がある一方、赤青鉛筆を入れるなどの条件が付く学校もあると紹介されています。学校指定の鉛筆が7本のとき、筆箱に入りきらないという保護者の悩みも挙がっています[4]。「どの学校も不可」ではなく、学校ごとに条件が違う、という点が大事です。
机の広さに合わせた工夫
近年は、タブレットを置くぶん机の上の場所が足りなくなることに合わせて、ふたを背面に貼り付けられ、机からはみ出さない筆箱も売られています[4]。メーカーの商品紹介なので、商品の良さをそのまま受け取らず、「こういう工夫の例がある」と読むのがよいでしょう。
こうして筆箱の役目は、「運ぶ」から「遊ぶ」を経て、「机の上の限られた場所で、中身を管理する」へと動いてきました。
決まりは学校ごとに違う。保護者向けの記事では、キャラクターものや缶ペンケースを不可とする学校、赤青鉛筆を入れる条件のある学校、指定の鉛筆が7本のため筆箱に入りきらないといった悩みが紹介される[4]。「どの学校も不可」ではなく、学校ごとに条件が違う、と読むべき内容である。
さらに、机の側にも制約が増えている。同じ記事のメーカー紹介では、タブレットを置く机の狭さに合わせ、ふたを背面に貼り付けて机の外にはみ出さない筆箱が取り上げられている[4]。広告的な紹介記事であり、売れ行きや効果までは分からない。
つまり筆箱の役目は、鉛筆を運ぶ箱、遊びの仕掛けを競う箱、そして限られた机の上の場所で中身を管理する箱へと、順に重心が移ってきたと整理できる。ただし、起源の年、衰退の時期、いまの効果という3点は、資料から断定できない。「何のために使うか」への答えは、出典のある範囲では、運ぶこと、探しやすく整理すること、学校が言う集中のための机の上の道具、の3つにとどまる。
6. じぶんの ふでばこを はかって みよう
6. 自分の筆箱を測って、中身を使い分けてみる
6. 筆箱を測る:博物館の寸法と、自分の筆箱の中身
おうちに ある ふでばこと じょうぎを よういしましょう。たて、よこ、あつさを はかって みます。はかり おわったら、はくぶつかんに ある むかしの えんぴつ入れ(22.6センチ × 6.2センチ × 2.5センチ)と くらべて みましょう[6]。
つぎに、なかみを ぜんぶ つくえの 上に だします。1しゅうかん、つかった ものに しるしを つけ、つかった かいすうも かぞえると、よく つかう どうぐが わかります。つかわなかった ものは、どうして はいって いるのか、かんがえて みましょう。
もっと しらべたい ときは、えどとうきょうはくぶつかんの デジタルアーカイブで「ふでばこ」を けんさくして みましょう。
今日できること:定規で測る
家にある筆箱と定規を用意して、縦・横・厚さを測ります。江戸東京博物館が収蔵する、昭和期のセルロイド製鉛筆入れ(22.6×6.2×2.5cm)と比べてみましょう[6]。どちらが大きいか、いまの筆箱は何が入るぶん大きくなったのかを、自分の言葉で書き出してみると、役目の違いが見えてきます。
中身の使い方を数える
中身を全部机に出し、1週間、使ったものに印を付け、使った回数も数えます。使わなかった物があれば、なぜ入っているのかを別に考えてみましょう。学校の案内が言う「自分で管理しやすい」は、自分の筆箱ではどうなるかを確かめられます。
原典にあたる
江戸東京博物館のデジタルアーカイブでは「筆箱」で検索できます。解説文はありませんが、昭和期の実物の写真や寸法の記録を見られます。
確かめ方は2つある。1つめは、家の筆箱の縦・横・厚さを定規で測り、江戸東京博物館が収蔵する昭和期のセルロイド製鉛筆入れ(22.6×6.2×2.5cm)[6]と体積を比べること。体積は外寸の掛け算で、22.6×6.2×2.5から約350cm³と出せる。自分の筆箱の外寸から出した値と比べれば、大きさの違いは数字で分かる。中にどれだけ入るかや、収納の考え方までは、これだけでは決まらない。
2つめは、1週間、使った物に印を付け、使わない物が入っている理由を考えること。学校の案内が示す「自分で管理しやすい」という説明が、自分の筆箱でどこまで当てはまるかを確かめられる。
原典としては、江戸東京博物館デジタルアーカイブの「筆箱」の資料と、メーカーの談話を載せた新聞記事[3]がある。起源・衰退の時期・集中への効果は資料から決められなかった点なので、測った寸法や1週間の記録、アーカイブの実物を手がかりに、自分なりの答えを考えてみてほしい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の参照番号は、下の資料の番号と対応しています。辞典系の解説、新聞記事、商品紹介記事、学校の案内を比べて使いました。
- weblio「筆箱」 https://www.weblio.jp/content/%E7%AD%86%E7%AE%B1 (筆箱の起源・素材・仕掛け筆箱の登場。辞典系の解説)
- 江戸東京博物館 デジタルアーカイブ「セルロイド筆箱」 https://www.edohakuarchives.jp/detail-201005.html (1939年の筆箱の実物資料)
- デイリースポーツ「「飛び出す」から「シンプル、品質重視」へ」(2019年) https://www.daily.co.jp/society/life/2019/03/20/0012163235.shtml (クツワ開発部長の談話・販売の変化)
- HugKum「筆箱の選び方」 https://hugkum.sho.jp/340150 (学校ごとの決まり・机の狭さに合わせた商品の例)
- 佐賀県の小学校の学習用具の案内 平原小学校の案内(PDF) (筆箱の選び方の案内の一例)
- 江戸東京博物館 デジタルアーカイブ(昭和期のセルロイド製鉛筆入れ) https://www.edohakuarchives.jp/detail-196980.html (寸法の資料)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
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