1. ぶたは、ふだん どこに いるの?
1. 豚は、日本ではふだんどこで暮らしているのか
1. 養豚場で、豚は生まれてから出荷までをどこで過ごすのか
ぶたは、はたけや のはらでは なくて、「ぶたごや」で くらして います。ぶたごやは、ぶたを かう ための 大きな たてものです。
東京都の ページには、生まれて 少し 大きく なると、子ぶたは おかあさんと べつの へやで かわれる ように なる、と あります[2]。それから 6か月ぐらい かけて そだてられた ぶたが、出荷されます[2]。
では、その へやは 1つ だけなのでしょうか。
2. なんで へやを うつって いくの?
2. 豚はなぜ、育つ段階ごとに部屋を移るのでしょう
2. 一貫経営の養豚場は、なぜ豚舎を3つに分けるのか
ぶたごやは、3つに わかれて いる ところが あります[1]。1つめは、あかちゃんが うまれる へや。2つめは、少し 大きく なった ぶたが すごす へや。3つめは、さらに 大きく する へやです。
これは、小学校で 1年生の きょうしつから 6年生の きょうしつへ うつる のに 少し にて います。ただし ほんとうは、ぶたは 1年ごとでは なくて、大きさに あわせて 数か月の あいだに うつって いきます。
体重で いうと、およそ 40〜70キロの ころは 2つめの へや、70〜110キロの ころは 3つめの へやです[1]。
たべるために そだてる ぶたは、6〜7ひきの グループで いっしょに くらします[1]。生まれてから 出荷まで、おなじ グループの ことが ほとんどです[1]。ただし、これは 1つの れいで、グループの ひきすうは のうじょうに よって ちがいます。おとうさん ぶたは、けんかを さけるため 1ぴきずつ べつの へやです[1]。
子豚を産ませるところから出荷まで一貫して行う養豚場は、豚舎を大きく3つに分けています[1]。赤ちゃんが生まれる繁殖(分娩)豚舎、少し育った豚が過ごす育成豚舎、そして仕上げに大きく育てる肥育豚舎です[1]。
肥育の期間はさらに二つに分かれます。体重がおよそ40〜70kgの前期は育成豚舎、およそ70〜110kgの後期は肥育豚舎です[1]。小学校で学年が上がると教室が変わるのに少し似ています。ただし本当は、豚は1年ごとではなく、体の大きさに合わせて数か月のあいだに部屋を移っていきます。
部屋の中の仲間も決まっています。繁殖豚舎では、雄豚は争いを避けるために1頭ずつ飼われます[1]。雌豚はグループで飼い、お産のときだけ1頭ずつに分けます[1]。食用に育てる肥育豚は、6〜7頭のグループで過ごし、生まれてから出荷まで同じグループのことがほとんどです[1]。ただし頭数は農場で違い、これはひとつの紹介例です。
部屋が変わるたびに豚の体は大きくなり、豚舎が受けとめる暑さや混み具合も変わってきます。そこで次の問いです。豚舎の中の空気は、どれほど大切にされているのでしょうか。
子豚を産ませる繁殖から出荷までを一つの養豚場で行う一貫経営では、豚舎を繁殖(分娩)豚舎・育成豚舎・肥育豚舎の3つに分けて飼う[1]。母豚が子豚を産む部屋、離乳後の子豚が過ごす部屋、仕上げの部屋、と役割が分かれているわけである。
肥育は体重によってさらに前後に分かれ、約40〜70kgの前期は育成豚舎、約70〜110kgの後期は肥育豚舎で育てる[1]。体重が1.5〜2倍に近づくあいだに、必要な広さと餌の量が変わるため、部屋を分けるほうが管理しやすいと考えられる。この理由づけは資料の記述そのものではなく、記事としての推測である。
同じ豚舎内でも、仲間の分け方には意味がある。雄豚は争いを避けるため1頭ずつ飼い、雌豚はグループで飼って分娩のときだけ1頭ずつに分ける[1]。食用の肥育豚は6〜7頭のグループで、出荷まで同じ顔ぶれで過ごすことが多い[1]。ただしこの頭数は農場ごとに違い、あくまで一例である。
部屋も仲間も、豚が落ち着いて育つように決められている。では、その落ち着きを左右するもう一つの条件、温度はどう守られているのか。
3. ぶたごやは、なんで あつさに きを つけるの?
3. 暑さに弱い豚のために、豚舎はどんな工夫をしているのか
3. 豚舎の温度は、何℃を境にどんな影響が出るのか
ぶたごやが きたなかったり せまかったりすると、ぶたは ストレスを かんじて、びょうきに なりやすく なります[1]。だから、そうじを して、ひろさを まもって います。
もう 1つ、大じなのは あつさです。ぶたは あせだけでは からだを ひやしにくくて、あつさに よわい、と いわれて います[4]。
かごしまけんの しりょうでは、ぶたごやの 中が 27℃より あつく なると、ごはんを たべる 気もちが へったり、体重が ふえにくく なったりする、と せつめい されて います[3]。
そこで、やねを ひやす、みずを まく、かぜを おくる、空気を いれかえる、などを します[3]。ぶたを ぎゅうぎゅうに しない、すずしい じかんに ごはんを あげる、と いう くふうも あります[3]。
ぶたごやは、ぶたが すずしく すごせる ように、おんどを まもる おうちでも あるのです。
豚舎が汚れていたり狭かったりすると、豚はストレスを感じて病気にかかりやすくなります[1]。温度や換気の管理を怠ることも、病気の原因になります[1]。
とくに大変なのが暑さです。京都府・山形県・神奈川県の畜産の資料は、豚は汗腺が発達しておらず、汗だけでは体を冷やしにくいうえ、皮下脂肪も厚いため暑さに弱い、と説明しています[4]。神奈川県の資料では、豚に適した温度は約22℃、風速1m/秒の風があると体感温度が4℃ほど下がる、という報告も紹介されています。ただし適温は育つ段階で変わるので、22℃はあくまで目安です[4]。
鹿児島県大隅地域振興局の資料では、豚舎の中が27℃以上になると、発情が弱まる、妊娠しにくくなる、食欲が落ちる、体重が増えにくくなる、などが起きるとされます[3]。この27℃は県が示した目安で、すべての豚に共通する固定の数値ではありません。
対策は、屋根の遮熱、散水やミスト、送風、換気、密飼いを避ける、涼しい時間に餌をやる、などです[3]。豚舎は雨風をしのぐ小屋であるだけでなく、温度を守る家でもあるわけです。
では、そうして大切に育てられている豚は、日本のどこに、どれだけいるのでしょうか。
豚舎の環境が悪いと、豚はストレスを感じ、病気にかかりやすくなる。汚れや過密に加え、温度と換気の管理を怠ることも病気の原因になる[1]。なかでも温度は、豚の体の仕組みと深く関係している。
京都府・山形県・神奈川県の畜産の資料は、豚は汗腺が発達しておらず、汗だけでは体を冷やしにくく、さらに皮下脂肪が厚いため、暑さに弱いと説明する[4]。神奈川県の資料は、適温を約22℃とし、風速1m/秒で体感温度が4℃下がるという報告を紹介している。適温は生育段階で変わり、22℃はあくまで目安である。
では、暑すぎるとどうなるか。鹿児島県大隅地域振興局は、舎内温度が27℃以上になると発情の微弱化・受胎率の低下・食欲減退・増体(体重の増え)の減少などが起きるとする[3]。27℃は県が示す目安であり、豚全般の固定値ではない。
だから対策は、熱をためない・逃がす・浴びせないの三方向になる。屋根の遮熱、散水、ミスト、送風、換気、密飼いを避けること、涼しい時間に餌をやることなどが挙げられている[3]。豚舎は、豚を雨風から守る小屋というより、暑さを調整する装置を備えた住まいである。
そうして守られた豚舎が、日本全体では何戸あり、どこに集まっているのか。
4. ぶたは、日本の どこに 多いの?
4. 日本で豚がいちばん多いのはどこか
4. 全国の豚のうち、鹿児島県にはどれくらいいるのか
2024ねん(れいわ6ねん)の 2月1にちの しらべでは、日本の ぶたは およそ 880万とうです[6]。
いちばん 多いのは、かごしまけんで、およそ 120万とう。全国の ぶたの 13.6%です[5]。100とうの うち 13とうちょっとが、かごしまけんに いる ことに なります。
880万とうは、日本の 人口の 14人に 1人ぐらいに あたる かずです(この 記事での けいさん)。ぶたは、人の まわりで、とても たくさん かわれて いるのです。
この しらべは、まいとしでは なくて、ところどころの としに おこなわれます。ですから、かずを くらべるときは、どの 年の しらべかを たしかめます。
農林水産省の畜産統計によると、令和6年(2024年)2月1日現在の全国の豚は、約880万頭です[6]。
この頭数がいちばん多いのは鹿児島県で、約120万頭、全国の13.6%です[5]。120万÷880万を計算すると約13.6%になり、資料の割合と合います。つまり、全国の豚のおよそ7頭に1頭が鹿児島県にいる計算です。
880万頭は、日本の人口のおよそ14人に1人ぶんの数です(この記事での計算)。豚は、私たちの身近な食べものとして、それだけ大規模に飼われています。
ただし、この調査は毎年あるとは限りません。令和7年は農林業センサスの年で、豚の調査はありませんでした。数字を比べるときは、どの年の調査かを確かめて読む必要があります。
さて、これほど多くの豚が、人の手で飼われるようになったのは、いつからなのでしょうか。
豚はどこに多いのか。令和6年の全国値では、2月1日現在の飼養頭数は約880万頭(879万8千頭)である[6]。
鹿児島県は約120万頭で全国1位、全国の13.6%を占める[5]。120万÷879.8万はおよそ0.136で、割合は資料と一致する。およそ7頭に1頭が鹿児島県にいるわけである。
880万頭は、日本の人口のおよそ14人に1人ぶんにあたる(この記事での計算)。
数字を読むときは、調査の年に注意が要る。令和7年は農林業センサスの年で、豚の調査自体がなかった。そのため、頭数や割合を比べるときは、どの年の調査かをそろえて読む必要がある。
こうした大きな豚舎の主役は、もとはすべて野生のイノシシだった。では、そのイノシシは、いつ、どこで、豚になったのか。
5. おきなわの かいづかの ほねは、なんの ほねだったの?
5. 沖縄の貝塚の骨は、なぜイノシシではなくブタだと分かったのか
5. 野国貝塚の骨は、なぜイノシシではなくブタと判断されたのか
ぶたは、もとは 野生の イノシシだった どうぶつです[11]。それが 人に かわれて、ぶたに なりました。
むかしの おきなわの のぐにかいづかからは、7500ねんぐらい まえの ほねが 出ました[7]。「かいづか」は、むかしの 人が すてた 貝がらなどが つもった ところです。
そこから 出た ほねは、イノシシと おもわれて いました。ところが、名古屋大学が しらべた けっか、ほとんどは かわれた ぶただと わかりました[8]。
かわれた ぶたは、ほねの かたちが 少し かわって きます[10]。それに、年を とった ぶたの ほねが 多かったので、人が まもって せわを して いたと かんがえられて います[7]。
ブタはイノシシを家畜にした動物で、家畜化はアジアとヨーロッパで別々に起きたとされています[11]。では、日本ではいつからブタが飼われていたのでしょうか。
本州・九州では、約3千年前の弥生時代からとされてきました[8]。その常識を動かしたのが、沖縄県嘉手納町にある野国貝塚の骨です。貝塚は、昔の人が貝がらなどを捨てて積もった場所です。約7500〜7200年前(縄文時代早期末)の骨が、イノシシとされていました[7]。
名古屋大学の研究は、骨の形(家畜化の特徴)と骨の年代の測定から、この骨の大部分がブタだったことを明らかにしました[8]。しかも年齢を調べると、年をとった個体が多く、成獣が約53%でした。人が保護して管理した証拠と考えられています[7]。日本列島のブタ飼育の始まりは、約4000年さかのぼりました。中国大陸からブタが持ち込まれたと考えられています[8]。
八重山の下田原貝塚(竹富町)の骨も、4200〜3900年前ごろで、下あごの前面がへこむ家畜化の変化があり、ブタが飼われていたと判断されています[10]。
ところで、飼われたブタは、豚舎のような建物の中にだけいたのでしょうか。
豚はイノシシの家畜化で生まれた動物である。Nature Genetics(2015年)の研究を紹介する日本語ハイライトは、家畜化がアジアとヨーロッパで独立に起きたとする[11]。ただし「約1万年前」という数字は名古屋大学側の資料の要約にあるもので、アジアの結論そのものが明確なわけではない。
では日本ではどうか。本州・九州では約3千年前の弥生時代から飼育が始まったとされてきた[8]。その見方を変えたのが、沖縄県嘉手納町(かでなちょう)の野国貝塚(のぐにかいづか)である。約7500〜7200年前(縄文時代早期末)の骨は、それまでイノシシとして扱われていた[7]。
名古屋大学の2021年の発表は、骨の形に表れる家畜化現象と骨の年代測定の両方から、骨の大部分をブタと結論した[8]。決め手は形だけではない。第3後臼歯が強くすり減った個体が少なくとも6体出土し、年齢の査定でも高齢個体が多く、成獣が約53%を占めた。年を重ねた個体が多いことは、人が保護・管理した証拠とされる[7]。この結果、日本列島の飼育開始は約4000年さかのぼった。中国大陸から持ち込まれたと考えられている[8]。
琉球新報によれば、八重山の下田原貝塚(しもたばるかいづか、竹富町)の骨は4200〜3900年前ごろで、下あごの前面がへこむ家畜化の変化からブタの飼育が判断された[10]。
飼われたブタは、人の手を離れることはなかったのか。次の章で見る。
6. にげた ぶたは、イノシシと なかよく なったの?
6. 逃げ出したブタは、野生のイノシシとどう関わったのでしょう
6. 家畜のブタと野生のイノシシは、どこまで交わっていたのか
しまねけんの にしかわつ いせきからも、むかしの ほねが 出ました。ここは やよいじだいの いせきです[9]。
したあごの ほねの うち、よく しらべられた 26こ のなかの 22こに、かわれた ぶたの とくちょうが ありました。8わりを こえます[9]。
この いせきでは、ぶたを かう くらしと、イノシシを かりする くらしが いっしょに あったようです[9]。
にげた ぶたが、もともと いた イノシシと まざった かもしれません。いまの 野生の イノシシは、その えいきょうを 受けて いる かのうせいが あると、けんきゅうは かんがえて います[9]。ただし、これは 1つの いせきを しらべた けっかなので、日本ぜんぶが そうだとは いえません。
島根県の西川津遺跡(弥生時代)から出た下あごの骨のうち、前面を観察できた26点のなかの22点、8割以上に家畜化の特徴がありました[9]。ここでは、ブタを飼う暮らしと、野生のイノシシを狩る暮らしが並んでいたと考えられています[9]。
そこで研究は、逃げ出したブタが日本にもともといたイノシシと交雑した可能性を指摘しています。現代の野生のイノシシが、その遺伝的な影響を受けているかもしれない、という考えです[9]。これは1つの遺跡にもとづく解釈で、日本全体にあてはめることはできません。
海外でも似た研究があります。Nature Genetics(2015年)の研究は、ヨーロッパの家畜ブタはアナトリアで家畜化されたものの、家畜化の当初から野生のイノシシと交雑を続けていた可能性が高いと報告しました[11]。
イノシシから生まれた豚と、今も野山にいるイノシシは、くっきり別の生きものというより、行き来のあった親せきのように見えてきます。ただ、これは研究の見方の一つです。
豚舎の中の豚から、7500年前の骨まで見てきました。では、自分の住む地域では、豚はどれくらい飼われているのでしょうか。
島根県の西川津遺跡(弥生時代)では、下顎骨のうち前面を観察できた26点の22点、8割以上に家畜化の特徴が確認された[9]。ブタの飼育と野生イノシシの狩猟が併存していたとみられる。この状況から、研究は、逃げ出したブタが在来のイノシシと交雑し、現代の野生イノシシがその遺伝的影響を受けた可能性を指摘する。ただし、1遺跡に基づく解釈であり、日本全体の断定はできない。
ヨーロッパでも、家畜ブタと野生のイノシシが交雑していた可能性が報告されている。Nature Genetics(2015年)の研究は、ヨーロッパの家畜ブタはアナトリア起源だが、家畜化の当初から野生イノシシとの交雑を続けていた可能性が高いと報告した[11]。家畜と野生を、きれいに分けられない時期が長かったことを示唆する。
野国貝塚の骨は、人が個体を守って飼っていたことを示す。西川津の例は、飼われたブタと野生のイノシシが交わりうることを示す。2つを並べると、昔の豚の暮らしは、人の手と野山のあいだにまたがっていたのかもしれない(この記事での読み方で、論文の主張ではない)。
いまの豚舎は、温度や部屋割りまで管理された住まいである。昔と今の暮らしのちがいは、この住まいの作り込みにある。
7. もっと しらべて みたい 人へ
7. 豚の暮らしを、もう少し調べるには
7. 次に確かめたい資料と、身近にできる観察
やって みよう。スーパーで ぶたにくの パックを 見る とき、うらの ラベルに 書いて ある 場所を さがして みましょう。ちずで その けんを 見つけて、日本の どこで そだった ぶたか、かんがえて みます。
あつい 日に、うちわで あおいで もらうと すずしいですね。ぶたごやでも、かぜを おくる くふうが されて います[3]。
じぶんの すんで いる けんの「ちくさんの がいよう」を 見ると、ぶたが 何とう いるか、のっている ことが あります。
身近な入口は、スーパーの豚肉のパックです。ラベルに産地の表示があるので、地図でその県を探し、豚がどんな場所で育ったのか想像してみましょう。
暑さ対策の「送風」は、家でも試せます。暑い日にうちわで扇ぐと、体感の涼しさが変わります。豚舎で風を送るのも、同じ考えに近いものです。ただし、豚の暑さと人の暑さは別なので、あくまで感覚をつかむための遊びです。
もっと調べたいときは、住んでいる都道府県のウェブサイトで「畜産の概要」を探すと、豚の頭数や農家の数が出ていることがあります。全国の数字は、農林水産省の畜産統計にあります。調査の年によって数字が変わるので、どの年のものかを確かめて比べてください。
身近にできる確認は二つある。一つは、豚肉のパックの産地表示を見て、その都道府県の畜産の概要ページで豚の頭数と戸数を調べることである。もう一つは、農林水産省の畜産統計から全国の飼養頭数を引き、都道府県の頭数を割って割合を自分で出してみることである。本文の「約880万頭」と鹿児島県の「約13.6%」が、資料の数字から出ることを確かめられる。
調べるときは、調査の年に注意が要る。豚の調査は令和7年はなく、令和6年と令和8年の数字が混在する。年を揃えられないときは、順位や増減を断言せず、「この年の数字では」と添えるとよい。
一次資料は、名古屋大学の野国貝塚の発表(2021年)と、Nature Genetics(2015年)の論文が出発点になる。本文で使った日本語の紹介記事やハイライトは、そこへ進むための案内にすぎない。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
豚舎の部屋割りと暑さ対策は農業情報サイト・東京都・鹿児島県・神奈川県の資料、頭数は鹿児島県・農林水産省の資料、古い骨の話は大学の発表を紹介した報道や発表資料による。記事中の「この記事での計算」は、資料の数字から計算したもの。
- 東京都 芝浦と場 子ども向けページ「豚」 https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/shisetsu/jigyosyo/sibaura/kids/buta_top/buta1 (別の部屋で飼う・約6か月で出荷)
- 鹿児島県 大隅地域振興局「豚・鶏の暑さ対策」 https://www.pref.kagoshima.jp/ao08/chiiki/osumi/sangyo/nougyou/gijutsu/chikusan_buta_tori_bousyo_boukan.html (27℃以上の影響・対策)
- 神奈川県の暑熱対策資料(京都府・山形県の資料もあわせて検索で確認) https://www.pref.kanagawa.jp/documents/74652/1228246_4447123_misc.pdf (汗腺・適温・風の効果)
- 鹿児島県「畜産の概要」 https://www.pref.kagoshima.jp/ag07/sangyo-rodo/nogyo/tikusan/basic/gaiyou.html (豚の飼養頭数・割合)
- 農林水産省 畜産統計(東北農政局資料) https://www.maff.go.jp/tohoku/seisan/tikusan/attach/pdf/index-93.pdf (全国の戸数・頭数)
- マイナビニュース(名古屋大学の発表を紹介) https://news.mynavi.jp/article/20211005-1998289/ (野国貝塚の骨)
- 名古屋大学 研究成果 https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20210406_num.pdf (野国貝塚のブタ・本州の飼育の始まり)
- 名古屋大学の研究発表(digitalpr) https://digitalpr.jp/r/137683 (西川津遺跡・イノシシとの交雑)
- 琉球新報 https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1764523.html (下田原貝塚の骨)
- Nature ハイライト(Frantzら 2015) https://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/10182 (家畜化・交雑)
なおした ところ
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