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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

お皿の かたちは、むかしの どんな ものから かわって きたの?

皿は、鉢からどう変わったと考えられているのか ── 鉢、使い捨ての小皿、パンの皿

皿の形は鉢・坏からどう変わったか ── 辞典の説明と、かわらけ、トレンチャー、伊万里

分野:歴史・文化

むかしの ヨーロッパでは、かたく なった パンを お皿の かわりに して いた ことが ありました[5]。日本には、一ど つかったら そのまま すてる 小さな お皿も ありました[2]。

どうして お皿は、いまの ように あさくて 平らな かたちに なったのでしょう。お皿の もとに なった うつわと、ざいりょうが かわって いった ようすが わかります。

中世ヨーロッパでは、数日たった固いパンの厚切りが、そのまま一人ぶんの皿として使われました[5]。日本には、使い終わったらそのまま捨てる素焼きの小皿がありました[2]。

皿の形は、鉢や坏から変わったと辞典は説明しています。その説明に加えて、かわらけ、パンの皿、町人の食卓の焼き物を、時代も地域もちがう例として見ながら、皿の形と使われ方を調べます。

中世ヨーロッパでは固くなったパンの厚切りが個人用の皿を兼ね、日本には一度使えば捨てる素焼きの小皿があった[5][2]。皿の使われ方は、時代や地域でこれほど違う。

辞典は皿を、より深い鉢や坏(つき)からの変化と説明する[1]。そのうえで、かわらけ、トレンチャー、伊万里を別々の例として見て、材料が木、錫、陶磁器と替わるなかで何が受け継がれ、何が変わったのかを読む。

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1. お皿と はちは、どこが ちがうの?

1. 皿と鉢は、どこで分かれるのか

1. 皿と鉢の境目 ── 辞典が示す「浅く平らで縁のある器」

カレーを のせる お皿と、おみそしるを いれる おわん。どちらも ごはんの ときに つかう うつわですが、かたちは ちがいます。

お皿は、あさくて 平らな うつわで、ほとんどは まるい かたちです[1]。Wikipediaには、まわりが すこし 上がって いると かいて あります[7]。ふかい ものは、はちと よばれます[7]。

お皿の かたちは、もっと ふかい はちや つきという うつわが、あさく かわって できたと かんがえられて います[1]。では、ふかい うつわが たくさん あった ころの 食べものは、どんな うつわに のっていたのでしょう。

カレーを平らな皿に盛る家もあれば、深めの器に入れる家もあります。同じ「器」でも、浅いものは皿、深いものは鉢と呼び分けます。

辞典は皿を、食物を盛る浅く平らな器で、主として円形のものと説明しています[1]。日本語版Wikipediaも、周辺がいくらか上がっていて食品を納めるのに都合がよい、と書きます[7]。深いものは鉢と呼ぶそうです。

では、この形はどこから来たのでしょうか。辞典によると、皿の形は、より深い鉢や坏(つき)からの変化と考えられています[1]。皿は、初めから皿の形で生まれたというより、深い器が浅くなって生まれた、というのが手がかりです。縁の高さや円形の理由は、辞典もくわしくは説明していません。

深い器が先にあったのなら、そのころの食卓はどんな様子だったのでしょうか。

夕食のカレーを平らな皿に盛る人もいれば、深い器に入れる人もいる。同じ器でも、浅く平らなものを皿、深いものを鉢と呼び分ける。世界大百科事典は皿を「食物を盛る浅く平らな器」で、主として円形のものとする[1]。日本語版Wikipediaは、周辺が多少とも上がっていて食品を納めるのに都合がよいと説明し、深いものを鉢と呼ぶ[7]。

では、この形はどこから来たのか。同じ辞典の説明では、皿の形はより深い器である鉢や坏からの変化と考えられている[1]。皿は最初から皿として現れたのではなく、深い器が浅くなる方向に動いた結果、と読める。ただし縁の高さや円形の理由は、Wikipediaの「食品を納めるのに都合がよい」という説明以上には述べられていない。

深い器が出発点だったとすれば、皿がまだ主役でなかった時代の食卓は、どうなっていたのか。

2. 縄文じょうもんの ころ、お皿は あったの?

2. 縄文の土器は鉢と壺が基本。皿は「盤」と呼ばれた

2. 縄文の鉢と壺から「盤」へ ── 高台の有無が器を分けた

縄文じょうもんの ころの いせきからは、お皿の かたちの 土器どきも すこしだけ 見つかって います[1]。でも、この ころの 土器どきの きほんは、はちと つぼの ふたつでした[1]。

いまの お皿に あたる うつわを、むかしの 日本では「ばん」と 書いたそうです[1]。ばんと、はちや おわんの ちがいは、あさい ふかいの ほかに、そこに 高台が あるか どうかだったらしい、と じてんに あります[1]。

高台は、うつわの そこに ついた 小さな 台の ことです。はじめは 高台の ない 平らな そこでした。そのあとで 高台を あとから つける やりかたが でき、さいごには さいしょから 高台を けずって 作る やりかたに なりました[1]。うつわの そこも、すこしずつ かわって きたのです。

そのうち、日本には 一ど つかったら すてて しまう お皿も 出てきます。

縄文時代の遺跡からも、皿の形をした土器はわずかに出ています。ただ、縄文土器は鉢と壺を基本のセットとしていました[1]。深い器が中心で、浅い皿は主役ではなかったことになります。

日本では、現在の皿に当たる器を古くは「盤(ばん)」と書きました。盤と鉢・椀(わん)との基本的な違いは、浅い・深いのほかに、高台(こうだい)があるかどうかだったらしい、と辞典は説明します[1]。高台は、器の底につく台の部分です。

この高台にも変化がありました。高台のない平底から、成形したあとで高台をつける「つけ高台」、さらに初めから高台のある形に削り出す「削り高台」へ発展したと説明されています[1]。年代は、辞典には書かれていません。

同じころ、器は用途でも使い分けられるようになります。古墳時代以降、土師器(はじき)は主に煮炊きや食器に、須恵器(すえき)は貯蔵や供膳に使われました[4]。そうした器のなかに、一度きりで捨てられる皿が現れます。

縄文時代の遺跡からも、わずかながら皿形の土器は出土している。しかし縄文時代を通じて、土器は鉢と壺を基本のセットとしていた[1]。深い器が中心の暮らしでは、浅い皿は脇役だったことになる。

現在の皿に当たる器を、日本では古くは「盤(ばん)」の字で表した。辞典は、盤(皿)と鉢・椀との基本的な違いは、浅深のほかに高台の有無であったらしい、と慎重に書く[1]。辞典も「らしい」と書いているため、ここでは推定として紹介する。高台とは底につく台の部分で、皿の底が正式には高台、一般には糸尻(いとじり)と呼ばれる、と別の辞典的な説明にもある[7]。

この高台は、平底の皿から成形後にあとから貼る「つけ高台」になり、さらに初めから高台をつけた形に成形する「削り高台」へ発展した[1]。ただし出典はこの順序の年代を示していないため、時期はここでは書かない。

一方、古墳時代以降の器は用途で使い分けられ、土師器(はじき)は主に煮炊きや食器、須恵器(すえき)は貯蔵や供膳に使われた[4]。ところが、器のなかには、一度使えば捨てることを前提にした皿もあった。

3. すてる ための お皿が あったって、ほんと?

3. 儀式や宴会で使って、そのまま捨てる皿「かわらけ」

3. 洗わずに捨てる皿 ── かわらけは何のために作られたか

あるのです。「かわらけ」と いう、すやきの 小さな お皿です。ぎしきや えんかいで つかい、つかい おわると そのまま すてられました[2]。

大きくて ふかい うつわと、小さくて あさい お皿が セットに なって いました[2]。

作りかたは ふたつ あります。ろくろを まわして 作る やりかたと、ねんどを こねて 手で かたちを つくる「手づくね」です[3]。鳥取では ろくろの ものが 多いのですが、京都と おなじ 手づくねの ものも 見つかって います[2]。

すてる と きまって いる お皿なら、ながく つかう ための じょうぶさは、それほど いらなかったのかも しれません。では、海の むこうでは、お皿は どう なって いたのでしょう。

「かわらけ」は、素焼きの小皿や坏のことです。日常の器というより、儀式や宴会で使われ、使い終わるとそのまま捨てられました[2]。口径が大きくて深い坏と、小さくて浅い小皿がセットになっていたといいます。

作り方は大きく二つあります。ロクロの回転を使うロクロ成形と、粘土をこねて形を作る手づくね成形です[3]。鳥取県の解説によると、鳥取ではロクロ台で作られたものが多いものの、京都と同じ手づくねのものも出ています[2]。

捨てる前提の器だったので、一つ一つを長く使うための丈夫さは、それほど求められなかったのだろうと考えられます。ここで皿は、「洗って何度も使うもの」だけではなかったことが分かります。

では、海の向こうのヨーロッパの食卓では、皿はどんなものだったのでしょうか。

かわらけは素焼きの小皿・坏で、日常の器というより儀式や饗宴(きょうえん)で使われ、使い終わるとそのまま捨てられた[2]。大きく深い坏と小さく浅い小皿がセットになる点も、皿が単独ではなく組で使われたことを示している。

成形法は大きく二つで、ロクロの回転を使うロクロ成形と、粘土をこねて形を作る手づくね成形である[3]。鳥取県の解説は、鳥取ではロクロ台で作られたものが多いが、京都と同じ手づくねのものもあると述べる[2]。地方ごとの作り方の違いが、同じ捨てる皿のなかにある。

捨てることが前提なら、長く使うための丈夫さを競う必要は薄かったと推測できる。ただしこれは出典に書かれたことではなく、ここでの推測である。皿は「洗って何度も使うもの」とは限らなかった。では、ヨーロッパの食卓では、皿はどんなものだったのか。

4. パンが お皿だった ことが あるって、ほんと?

4. 中世ヨーロッパでは、固いパンが皿の役をした

4. トレンチャー ── 固いパンの厚切りから錫・陶磁器へ

中世の ヨーロッパでは、数日 たって かたく なった パンを あつく 切って、一人ずつの お皿に して いました。これを「トレンチャー」と いいます[5]。

お客さんは、テーブルの まんなかの 大きな お皿から、りょうりを じぶんの トレンチャーに とって 食べました[5]。お皿が なかったのでは なく、そういう 食べかたの じだいが あったのです。

やがて トレンチャーは、木や すずの きんぞくで 作る ものが 多く なりました。木の ものには、しおを 入れる 小さな くぼみが ついた ものも ありました[5]。17世紀せいきの はじめには、すずの ものから、陶器とうきや 磁器じきの お皿へ おきかわり はじめたと いわれます[6]。

パンから、木、すず、やきものへ。ざいりょうが かわっても、「あさい めんに 食べものを のせる」という やくめは のこりました。

中世ヨーロッパの食卓では、数日たって固くなったパンの厚切り「トレンチャー」が、個人用の皿の代わりになりました。1500年ごろまでは大きなパンで作られ、客は卓の中央にある大皿から、自分のトレンチャーに料理を取りました[5]。皿がなかったのではなく、そういう食べ方の時代があったということです。

15世紀末までに、とくに北ヨーロッパでは、トレンチャーは木や錫(すず)でできたものが多くなります。木製には、塩を入れる小さなくぼみのあるものもありました[5]。17世紀の初めには、錫、次いで陶器や磁器に置き換わり始めたと説明されます[6]。木のトレンチャーは19世紀まで、陶器の皿と並んで使われたともいいます[5]。

パン、木、錫、陶磁器と材料は替わっても、浅い面に料理をのせて取り分けるという役目は残りました。では、日本の江戸時代の町人の食卓には、どんな器が広がっていたのでしょうか。

中世ヨーロッパでは、数日たった固いパンの厚切り(トレンチャー)が個人用の皿の代わりをした。V&A博物館の解説では、1500年ごろまでは大きなパンで作られ、客は卓の中央の大皿から自分のトレンチャーに料理を取った[5]。「皿が無かった」のではなく、共有の大皿から自分の面に取り分けるという作法のなかで、パンがその面になったのである。

この面の材料は、15世紀末までに、とくに北ヨーロッパで木や錫(ピューター)が多くなった。木製には塩を入れる小さなくぼみがあるものも残っている[5]。17世紀初めには錫、次いで陶器・磁器に置き換わり始めたとされる[6]。ヨーロッパで磁器づくりが始まるのは18世紀(マイセン、1708年)で、木のトレンチャーは19世紀まで陶器の皿と並んで使われた[5][6]。置き換えは一度に進んだのではなく、長い並存期間があった。

パン、木、錫、陶磁器と材料が替わっても、浅い面に料理を載せるという役目は一貫している。では日本では、江戸時代の町人の食卓に、どんな器が広がっていたのか。

5. 町人の 食たくには、どんな お皿が とどいたの?

5. 江戸の町人の暮らしへ届いた伊万里と、庶民の日用品の波佐見焼

5. 伊万里焼とくらわんか手 ── 外食の広がりと庶民の日用の器

18世紀せいきの おわりごろ、伊万里いまりの やきものは、ゆたかに なった 町人の くらしの なかへ ひろがって いきました[8]。やたいから、とても りっぱな りょうりやまで、外で 食べる ことが さかんに なり、いろいろな うつわが 作られました[8]。

肥前ひぜんの 波佐見はさみの やきものは、「くらわんかわん」のように、ふつうの 人たちの 日用の うつわとして、国の 中に ひろまって いたそうです[9]。

すてる かわらけ、パンの お皿、町人の 食たくの うつわ。お皿の つかわれかたは、じだいや ところに よって、ずいぶん ちがって いました。

18世紀後半になると、食べ物をめぐる文化が育ち、暮らしにゆとりが出てきたこともあって、伊万里焼は町人の家々へ広がっていきます。屋台から高級料亭まで外食が盛んになり、多種多様な器が生まれました[8]。

肥前の波佐見の焼き物は、「くらわんか碗」のように庶民向けの日用品として国内に流通していたと、Wikipediaは説明しています[9]。

儀式で捨てられるかわらけ、パンや木・錫のトレンチャー、町人の日用の器。これらは一本につながった歴史ではなく、別々の時代と地域の例です。皿の材料も使われ方も、場所と時代でずいぶん違っていたことが分かります。

日本では、18世紀後半、食をめぐる文化が育ち暮らしにゆとりが出たこともあって、伊万里焼が町人の家々へ広がった。屋台から高級料亭まで外食が盛んになり、多種多様な器が生まれた[8]。町人の食の場が広がったことが、器の種類を増やす圧力になったと読める。

肥前の波佐見焼は、「くらわんか碗」のような庶民向けの日用品として国内に流通していたと、日本語版Wikipediaは説明する[9]。町人の食卓を支えた器の一例である。

かわらけ、トレンチャー、伊万里・波佐見焼は、時代も地域も別々の例であり、一本の系譜として並べたものではない。皿の材料と使われ方は、場所と時代ごとに大きく違っていた。

6. 家の お皿を うらがえすと、なにが 見える?

6. 台所の皿を裏返して、底の「高台」を見てみる

6. 手元の皿の底に残る形 ── 高台・糸尻を見て、資料に当たる

お皿を 一まい えらんで、そっと うらがえして、そこを 見て みましょう。ちいさな わが ついて いたら、それが 高台です。ぬれた 手では すべるので、りょうてで しっかり 持って、テーブルの 上で やりましょう。

はちや おわんの そこと くらべると、どう ちがうでしょうか。ふちの 高さや、そこの わの 大きさも 見て みましょう。ひびの 入った お皿は、さわらないで おとなに 見せます。

この お皿は、どんな うつわが かわって できたのでしょう。いえで 見つけた ものを 手がかりに、お皿の ことを もっと 調べて みたく なります。

家の皿を一枚選んで、テーブルの上で、両手で持ってそっと裏返します。底に小さな輪の台がついていれば、それが高台です。落とすと割れるので、低い位置で、割れたり欠けたりしているものは避けて行います。

深い鉢や茶碗の底と見比べると、高台の高さや輪の大きさがどう違うかが分かります。底の部分は正式には高台、一般には糸尻と呼ぶ、という説明もあります[7]。縁の高さも、皿によって違うはずです。

まず世界大百科事典の「皿」の項目[1]に、盤・高台・つけ高台・削り高台の説明があります。

手元の皿を裏返し、底の形を見てみよう。落として割らないよう、テーブルの上で両手で持ち、割れ・欠けのあるものは使わない。

底の輪が高台である。辞典の「つけ高台」「削り高台」の説明[1]を読んでから裏返すと、あとから付けた台と、最初から削り出した台という見方で底を眺められる。底の部分が一般には糸尻と呼ばれるという説明[7]も、実物と見比べて確かめられる。

資料の入口は三つある。世界大百科事典と日本大百科全書の「皿」[1]、かわらけを扱う各県埋蔵文化財の解説[2][3]、V&Aの「Trencher」の解説(英語)[5]。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:辞典・百科事典、県や博物館の解説、美術館の展覧会解説、Wikipedia(日本語版)を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. 日本大百科全書(ニッポニカ)・世界大百科事典(改訂新版)「皿」(コトバンク)。https://kotobank.jp/word/%E7%9A%BF (皿の定義、鉢・坏からの変化、縄文時代、盤、高台の発展について)
  2. 鳥取県「かわらけ」解説。https://www.pref.tottori.lg.jp/item/1172575.htm (かわらけの使われ方、セット、ロクロと手づくねについて)
  3. 山梨県埋蔵文化財センター トピックス「かわらけ」。https://www.pref.yamanashi.jp/maizou-bnk/topics/501_600/0530.html (かわらけの二つの成形法について)
  4. 鳥取県立博物館 展示解説(鳥取県)。https://www.pref.tottori.lg.jp/265570.htm (土師器と須恵器の使い分けについて)
  5. V&A Museum「Trencher」。https://collections.vam.ac.uk/item/O131241/trencher-unknown/ (パンのトレンチャーと、木・錫への変化について。英語)
  6. Encyclopaedia Britannica「trencher」。https://britannica.com/topic/trencher (17世紀以降の陶器・磁器への置き換わりについて。英語)
  7. Wikipedia日本語版「皿」。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%BF (皿と鉢の呼び分け、底の呼び方について)
  8. 戸栗美術館「江戸の暮らしと伊万里焼展」解説(国立新美術館 ARTCOMMONS)。https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/45384 (18世紀後半の町人の暮らしと伊万里焼について)
  9. Wikipedia日本語版「波佐見焼」。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E4%BD%90%E8%A6%8B%E7%84%BC (くらわんか手の日用の器について)

なおした ところ

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