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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ごはんを いれる おちゃわんは、むかしは なにで できて いたの?

ご飯の器は、いつ木の椀から陶磁器に変わったのか

飯茶碗は、いつ木椀から陶磁器へ代わったのか ── 手に持つ食べ方と個人専用の器から

分野:歴史・文化

「ちゃわん」は、もとは おちゃを のむ うつわの ことでした[1]。ごはんを いれる うつわは、むかしから 木で できた「わん」だった と いわれます。

では、どうして いまは ごはんの うつわも「おちゃわん」と よぶのでしょう。じつは、それが いつ はじまったのかは、けんきゅうでも はっきり して いません。むかしの うつわの かわりかたと、わかって いる ことと わからない ことが わかります。

「お茶碗」は、もとはお茶を飲むための器の名前でした[1]。ご飯を入れる器は古くから木の椀だったとされ、陶磁器の茶碗がご飯に使われるようになったのは、江戸時代の終わりごろから明治にかけてと考えられています[1][3]。

では、お茶の器の名前が、どうしてご飯の器の呼び名になったのでしょうか。その呼び名がいつ、なぜ始まったのかは、研究でもまだ明らかになっていません。この記事では、木の椀から陶磁器へ代わった道すじと、そこで分かっていること・分かっていないことが分かります。

「茶碗」はもともと茶を飲む陶磁器の碗を指す語で、ご飯を入れる器は古くから木椀だった[1]。それでも今は、飯碗を「お茶碗」と呼ぶ。国立歴史民俗博物館の長佐古真也(2002)は江戸の出土品から、江戸前期の飯碗・汁碗は漆器が多く、明治中期には磁器の飯碗と湯のみの組み合わせが成立していたと整理した一方、「お茶碗」の呼び名がいつ・なぜ始まったかは明らかでないとする[3]。

木椀から陶磁器へ代わる背景に、手に持つ食べ方と個人専用の器があるのか、磁器の産地の広がりとどう重なるのか。時期の幅を含めて、資料で言えることと言えないことが分かる。

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1. ごはんの うつわは、むかしは なにで できて いたの?

1. ご飯の器はもとは木の椀で、「茶碗」はお茶の器だった

1. 「茶碗」は茶の器 ── 飯用は古くから木椀だった

ごはんを いれる うつわを、わたしたちは「おちゃわん」と よびます。でも「ちゃわん」は、もとは おちゃを のむ うつわの ことでした[1]。

ごはんを いれる うつわは、むかしから 木で できた「わん」でした。とうじきの ちゃわんが ごはんに つかわれ はじめたのは、えどの おわりごろと する じてんが あります[1]。

えどの まちの あとから でて きた うつわを しらべた けんきゅうでは、はじめの ころは ごはんも しるも うるしの わんが おおかった とされます[3]。めいじの なかごろには、いまに ちかい ちゃわんと ゆのみの セットが できて いました[3]。

では、どうして ごはんの うつわを「おちゃわん」と よぶ ように なったのでしょう。それは いつ、なぜ はじまったのか、けんきゅうでも はっきり しません[3]。まずは、木の わんが なぜ ながく つかわれたのかを みて いきます。

ご飯を入れる器を、どうして「茶碗」と呼ぶのでしょうか。茶碗は本来、茶を飲むための陶磁器の碗のことです。日本大百科全書は、陶磁器の茶碗が米飯やおかゆを入れる食器として一般に使われだしたのは江戸時代末期で、それまでは古くから木の椀が飯用だった、と説明します[1]。

ただし、これは一つの辞典の見方で、辞典と出土品の研究では、示される時期に幅があります。国立歴史民俗博物館の長佐古真也さんは、江戸の遺跡から出た器を調べました。江戸前期には飯碗・汁碗とも漆器の碗が多く、大ぶりの陶器の碗は喫茶用と推定されること、明治中期には磁器の飯碗と湯のみの組み合わせが成り立っていたことを示しています[3]。

つまり、ご飯の器は、木の漆器から磁器へ、江戸後期から明治にかけて入れ替わっていったようです。それでは、飯碗を「お茶碗」と呼ぶ習慣は、いつ、なぜ始まったのでしょうか。長佐古さんは、これは明らかでないと述べています[3]。まず、木の椀が長く主役だった理由を見ましょう。

今の家庭では、ご飯をよそう器を「お茶碗」と呼ぶ。しかし茶碗はもともと、茶を喫するための陶磁器の碗を指す語だ。日本大百科全書の「茶碗」の項は、陶磁器の茶碗が米飯や粥を入れる食器として一般に使われだしたのは江戸時代末期とし、それまでは古くから木椀が米飯用に使われてきたと述べる[1]。

この見方は辞典の1つの記述で、辞典と出土品の研究では、示される時期に幅がある。国立歴史民俗博物館の長佐古真也(2002)は、江戸の遺跡の出土品を調べた抄録の中で、江戸前期は飯碗・汁碗とも漆器の碗が多く、大ぶりの陶器の碗は喫茶用と推定されること、明治中期には磁器の飯碗と湯のみを組み合わせた現代に近い食器の組が成立していたことを示した[3]。

したがって、ご飯の器は木から磁器へ、江戸後期から明治にかけての長い移行期をへて入れ替わったと読める。残る疑問は、飯碗を「お茶碗」と呼ぶ習慣がいつ、なぜ始まったのかだ。これは長佐古自身が、明らかでないと述べている[3]。呼び名の由来が分かっていない点を先に押さえたうえで、では木椀はなぜ長く飯用の主役だったのかを見る。

2. あつい おしるを、どうして てで もてたの?

2. 熱い汁も手で持てた ── 木の椀が長く使われた理由

2. 漆器の椀は熱を伝えにくい ── 手に持って食べる習慣との関係

おみそしるの わんを、てで もって のむ ことが あります。むかしの 木の わんは、あつい しるを いれても、てで もつ ことが できました。うるしを ぬった 木は、ねつが つたわりにくい からです[4]。

のうりんすいさんしょうの せつめいでは、わんに くちを つけて のむように なり、さじを つかわなく なったそうです[4]。わんを もって くちを つけるので、はしと わんは、ひとりずつ じぶんの ものに なった と せつめい されます[4]。

てに もつ うつわは、もった ときの おもさや てざわりも だいじです[2]。

ひとりずつ じぶんの うつわが ある。それは どんな くらしだったのでしょう。

木の椀が長く使われた理由の一つは、手に持てることです。農林水産省の解説によると、木製の漆器は熱が伝わりにくいため、熱い汁物を入れても手で持つことができ、そのまま口をつけて飲めます。そのため、だんだん匙を使わなくなっていったそうです[4]。

椀を持って口をつけるので、箸と椀は個人で持つのが基本になったとも説明されています[4]。手に持つ器では、持ったときの安定感や重さも大切だと日本大百科全書は述べます[2]。

ただ、この農林水産省の説明は漆器の椀についてのものです。陶磁器の飯碗がなぜ熱くなりにくいのか、という理由を示すものではありません。木から磁器へ入れ替わるあいだに、手に持つ食べ方がどう受けつがれたのかは、この資料からは分かりません。

自分の器を手に持つ。そこから、「自分だけの器」という考え方が生まれてきます。

木椀が長く主役だった理由の1つは、手に持って使える点にある。農林水産省の解説によると、木製の漆器は熱が伝わりにくいため、熱い汁物を入れても手で持て、直接口をつけて飲める。そのため、匙をしだいに使わなくなった[4]。椀を持って口をつけるので、箸と椀は個人所有が基本になった、とも説明される[4]。

手に持つ器では、重さや手になじむ感じも大切になる。日本大百科全書は、手に持つ茶碗では持ったときの安定感や重量感が大切だと述べる[2]。

ただし、この農林水産省の説明は漆器についてのものであり、陶磁器の飯碗がなぜ熱くなりにくいか(熱くなるか)を示すものではない。木から磁器へ替わったあとも手に持つ食べ方が続いた理由は、この資料からは決められない。手に持つ器は、個人で持つ器につながる。次は、その個人専用の器を見る。

3. おちゃわんは、どうして じぶんだけの ものなの?

3. 自分専用の器 ── 箱にしまわれた飯碗と箸

3. 属人器と箱膳 ── 木椀から陶磁器への移行が個人専用化を促したとされる

おうちでは、ごはんの ちゃわんが ひとりずつ きまって いませんか。にほんでは、ごはんの ちゃわん、はし、ゆのみが、とくていの ひとの せんようと なる ことが おおい と いわれます[2]。

むかしの ふつうの いえでは、「はこぜん」と いう 箱を つかって いました。ふたを ひっくりかえして ぜんに して、中には ひとりひとりの うつわが しまって ありました[2]。

木の わんから とうじきの ちゃわんに かわった ことが、じぶんだけの うつわが ふえる きっかけに なった とも いわれます[2]。

では、その とうじきの ちゃわんは、いつごろ ひろまったのでしょう。

日本では、ご飯茶碗が人ごとに決まっていることが多いとされます。世界大百科事典の「食器」の項は、日本では飯茶碗・箸・湯飲み茶碗が特定の人の専用になる「属人器」であることが多いと述べます[2]。

庶民の食事に使われた箱膳は、箱の蓋を返して膳にし、中には個人の食器が納められていました[2]。食べ終えた器は、それぞれの箱にしまわれていたことになります。

さらに、木の椀から陶磁器の茶碗への移行が、属人器の発達を促したとされます[2]。ただ、なぜ陶磁器への移行が個人専用化を促したのかまでは、この説明には書かれていません。

では、その陶磁器の飯碗は、どこで、いつごろから作られるようになったのでしょうか。

家庭でも、飯碗は人ごとに決まっていることが多い。世界大百科事典の「食器」の項によれば、日本では飯茶碗・箸・湯飲み茶碗が特定の人の専用になる「属人器」であることが多く、木椀から陶磁器の茶碗への移行が属人器の発達を促したとされる[2]。

庶民の食事に使われた箱膳は、箱の蓋を返して膳にし、中に個人の食器を納めるものだった[2]。食器を各自の箱に納める作りが、そのまま「専用の器」という扱いを表している。

ただし、「移行が促した」は辞典の説明であり、なぜ陶磁器になると個人専用化が進むのかという因果までは、この項は示していない。次は、陶磁器そのものの側、つまり磁器の生産がいつ広がったのかを見る。

4. とうじきの ちゃわんは、いつごろ ひろまったの?

4. 磁器の産地が広がり、飯碗が木から入れ替わっていった

4. 瀬戸の磁器生産の拡大 ── 19世紀初めから明治中期の組へ

とうじきの うち、じきの ちゃわんが ふつうの くらしに ひろまったのは、えどじだいの うしろの ほうと いわれます[2]。

せとと いう ところでは、いまから 200ねんほど まえの、19せいきの はじめごろ、かとうたみきちさんの おやこが、ありたで じきの つくりかたを まなびました[6]。

せとでは、むかしからの とうきに かわって じきの せいさんが ふえ、せと・みのいったいに ひろがりました[6]。

ただ、いつ ごはんの ちゃわんとして ひろまったのかを、ずばり かいた ところは ありません。じだいには、はばが あります。

では、ちゃわんの かたちには、どんな くふうが あるのでしょう。そこを みて みます。

陶磁器の飯碗が広まるには、磁器が各地で作られる必要があります。日本大百科全書「食器」によれば、漆器が広まったのは近世前半で、近世後半には磁器が普及しました。中世の庶民は土師器や須恵器を使い、木の椀もよく使いましたが、漆器はまだ一般には広まっていませんでした[2]。

磁器づくりの広がりを具体的にたどれるのが、愛知県の瀬戸です。辞典では、享和・文化のころ(1801〜1818)に加藤民吉父子が肥前有田へ行って新製染付焼の製法を学んだのが、瀬戸の磁器の始まりとされます。開始年は辞典によって1801年や1807年などと書き方が分かれるので、ここでは「19世紀初め」とだけ言っておきます[6]。

新しい磁器は、旧来の陶器に代わって主流を占め、瀬戸・美濃一帯に急速に広がりました[6]。ただし、これが日用の飯碗としていつ普及したのかを直接書いた箇所は、使った辞典にはありません。「江戸末期」(辞典)と「明治中期にセットが成立」(出土品の研究)の間には、時期の幅があります。年を1つに決めずに読むのが安全です。

では、そうして広まった飯碗のかたちには、どんな工夫があるのでしょうか。ひっくり返して、底を見てみます。

磁器の茶碗が飯碗になるには、磁器が各地で作られる必要がある。日本大百科全書「食器」によれば、漆器が広まったのは近世前半、近世後半には磁器が普及した。中世の庶民は土師器・須恵器を使い、木の椀も多く使ったが、漆器はまだ一般には普及していなかった[2]。

磁器生産の広がりを具体的に追えるのが、愛知県の瀬戸だ。辞典の記述では、享和・文化(1801〜1818)のころ、加藤民吉父子が肥前有田で新製染付焼の製法を学んだのが瀬戸の磁器の始まりとされ、開始年は辞典により1801年・1807年などと分かれる[6]。年が1つに決まらないため、ここでは「19世紀初め」とする。新製の磁器は旧来の陶器(本業)に代わって主流を占め、磁器生産は瀬戸・美濃一帯に急速に広がった[6]。

とはいえ、瀬戸の磁器が日用の飯碗として広まった時期を直接書いた箇所は、ここで使った辞典にはない。「江戸時代末期」(日本大百科全書)と「明治中期に磁器の飯碗の組が成立」(長佐古)の間には幅があり、時期を1つの年には絞れない。

お茶の側にも変化があった。長佐古は、陶器の喫茶碗が江戸中期ごろから小形化し、日常の茶が「点てる茶」から「点てない茶」へ変わったと考えられるとする[3]。これは喫茶碗の話で、飯碗の大きさの変化を直接示すものではない。では、普及した飯碗の形そのものには、何が読み取れるのか。底の台、高台に目を向ける。

5. ちゃわんの そこの わっかは、なんの ためなの?

5. 茶碗の底の輪「高台」は、器を支える台

5. 高台 ── 器の安定を保つ台と、手に持つ器の感触

おちゃわんを ひっくりかえすと、そこに ちいさな わっかが あります。これを「こうだい」と いいます。

じてんでは、ちゃわんや はちの そこに つけた、ひくい わの かたちの だいと せつめい されます。もとは、うつわを おちつかせる ための ものです[5]。

こうだいの かたちは、つくった ひとや じだい、さんちで ちがいが でます[5]。

てに もつ ちゃわんでは、もった ときの おちつきや、おもさも だいじと されます[2]。こうだいが もちやすさの ためかどうかは、じてんには かいて ありません。じぶんで ためして みる ところです。

飯碗をひっくり返すと、底に小さな輪があります。これが「高台」です。辞典では、茶碗や鉢の底につけられた低い円環状の台で、発生的には器の安定を保つためのもの、焼物の器体を支える台と説明されます[5]。

高台の形は、作者や時代、産地で特徴が出ます[5]。手に持つ茶碗では、持ったときの安定感や重さも大切で、飯茶碗の色・形・重さ・持ちやすさは、ご飯の味にも影響するとされます[2]。

辞典が説明する高台の役割は、器を支えて安定させることです。形については、素材・使い方・持つ人が変わった、というところまでが確かなことです。

飯碗をひっくり返すと、底に小さな輪がある。高台(こうだい)と呼ばれ、辞典では、茶碗や鉢の底につけられた低い円環状の台で、発生的には器の安定を保つためのもの、焼物の器体を支える台と説明される[5]。形は作者・時代・産地で特徴が出る[5]。

手に持つ茶碗では、手に感じる安定感や重量感が大切で、飯茶碗の色・形・重さ・持ちやすさは飯の味にも影響するとされる[2]。

ただし、辞典が高台の役割として挙げるのは「安定」までだ。飯碗の口の開き・深さ・大きさが時代でどう変わったかを直接示す資料もなく、確かに言えるのは、素材(木椀から陶磁器)・使われ方(手に持つ、個人専用)・組(磁器の飯碗と湯のみ)の変化までである。

6. おうちの ちゃわんを、てに とって みよう

6. 家の飯碗を手に取って、底と重さを見てみる

6. 家の飯碗で確かめる ── 底・重さ・材質と、原典の抄録

おうちの ごはんの ちゃわんを、ひとつ てに とって みましょう。わらない ように、テーブルの うえで、ゆっくり もちます。

ひっくりかえして、そこの わっか(こうだい)を みます。わっかは、どのくらいの ふとさですか。ちゃわんを おいた ときに、ぐらぐら しませんか。

つぎに、てのひらに のせて、おもさを かんじて みます。うちに 木の おわんが あれば、おなじように もって、おもさや さわった かんじを くらべます。あつい しるは いれません。

さいごに、おうちの ひとに きいて みましょう。「この ちゃわんは、いつ、だれの ために かった の?」

家のご飯茶碗を1つ取り、テーブルの上で、割らないようにゆっくり持ってみましょう。ひっくり返して、高台の輪の太さを見ます。置いたとき、ぐらつきはあるでしょうか。

次に、手のひらに乗せて重さを感じ、持ち上げたときの手になじむ感じを言葉にしてみます。家に木のお椀があれば、同じように持って比べてみます。熱い汁は入れません。

家の人にも、「この茶碗は、いつ、誰のために買ったの?」と聞いてみましょう。「自分の茶碗」がある家なら、この記事で見た属人器と、比べてみましょう。

原典を読みたいときは、長佐古真也さんの「『お茶碗』考」(国立歴史民俗博物館研究報告94)の抄録が日本語で読めます[3]。

確かめる手がかりは、家にある飯碗の底・重さ・材質だ。高台の太さと器の安定、手のひらに乗せたときの重さ、陶器か磁器か木かを書き出す。木の椀があれば、持った感じを比べられる。熱い汁を入れて試すことは、やけどの危険があるため勧めない。

家族に「この茶碗はいつ買ったか」「家に自分専用の器はあるか」を聞くと、前章の属人器と比べられる。ただし、1つの家の例を、時代全体の傾向として読んではいけない。

原典としては、長佐古真也「『お茶碗』考」(国立歴史民俗博物館研究報告94)の抄録が日本語で読める[3]。抄録は要旨にとどまるため、個数や割合は本文で確かめる必要がある。農林水産省の解説[4]と合わせて読むと、器の素材の変化と、持って食べる習慣の関係を、資料の側から確かめられる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:辞典は一般的な説明に、博物館の研究報告の抄録は出土品からの見方に、農林水産省の解説は漆器と手に持つ習慣の説明に使いました。何に使ったかは、それぞれの項目に書いています。

  1. コトバンク「茶碗」(日本大百科全書・世界大百科事典)。https://kotobank.jp/word/%E8%8C%B6%E7%A2%97 (茶碗の語義と、飯用が古くは木椀だったことについて)
  2. コトバンク「食器」(世界大百科事典・日本大百科全書)。https://kotobank.jp/word/%E9%A3%9F%E5%99%A8 (属人器・箱膳、漆器と磁器の普及、手に持つ器の安定感について)
  3. 長佐古真也「『お茶碗』考」国立歴史民俗博物館研究報告94(抄録)。https://rekihaku.repo.nii.ac.jp/records/1034 (江戸の出土品から見た飯碗・喫茶碗の変化。抄録で確認)
  4. 農林水産省 おいしいわしょく「お箸とお椀」。https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/oishiiwashoku/article/135/ (漆器の椀が熱い汁でも持てることと、個人所有の箸・椀について)
  5. コトバンク「高台」(デジタル大辞泉・ブリタニカ・日本大百科全書)。https://kotobank.jp/word/%E9%AB%98%E5%8F%B0 (高台が器を支える台であることについて)
  6. コトバンク「瀬戸焼」(精選版日本国語大辞典・世界大百科事典ほか)。https://kotobank.jp/word/%E7%80%AC%E6%88%B8%E7%84%BC-87481 (瀬戸の磁器の始まりと広がりについて。開始年は辞典で分かれる)

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