1. かたい つぶの 中で、水が ばくはつする
1. かたい粒の中で、水が爆発する
1. 水蒸気爆発 ── 爆裂種という特別な品種
ポップコーンに なる とうもろこしは、「ばくれつしゅ」と いう とくべつな しゅるいだ。ほかの とうもろこしより、皮が ずっと あつくて かたい。つぶの 中には、水分が やく14パーセント とじこめられて いる[1]。
熱すると、中の 水が どんどん あたたまって、水じょうきに なろうと する。でも 皮が あつくて かたいので、水じょうきは そとに 出られない。まるで、ふうせんの 中に 空気を どんどん 入れて いく ような ものだ(ただし ほんとうは ふうせんでは なく、かたい 皮の 中に とじこめられて いる)。おんどが 180℃を こえると、とうとう 皮が やぶれて、中の 水じょうきが いっきに ふきだす。この とき 水の かさは、やく1,700ばいにも ふくれあがる。その いきおいで、中の でんぷんが とびだして、あの 白い かたちに なるのだ[1]。
ポップコーンになるトウモロコシは、「爆裂種(ばくれつしゅ)」という特別な品種だ。ほかのトウモロコシより、皮がずっと厚くて硬い。粒の中には、水分が約14%閉じこめられている[1]。
熱すると、中の水がどんどん温まって、水蒸気になろうとする。でも皮が厚くて硬いので、水蒸気は外に出られない。温度が180℃を超え、圧力が約9気圧に達すると、とうとう皮が破れて、中の水蒸気が一気に噴きだす。このとき水のかさは、約1,700倍にもふくれあがる。その勢いで中のデンプンが飛びだして、あの白いかたちになるのだ[1]。
ポップコーンとして加工されるのは、トウモロコシの中でも「爆裂種」と呼ばれる品種に限られる。胚乳の大部分が硬質デンプンで占められ、他の品種より果皮(かひ)が著しく厚く硬いことが特徴で、粒には約14%の水分が含まれている[1]。
加熱すると内部の水分が気化しようとするが、硬い果皮に阻まれて水蒸気が外へ逃げられず、内部の圧力が上昇し続ける。温度が180℃、圧力が約930kPa(約9気圧)に達すると、圧力に耐えきれなくなった果皮が破裂する。水は液体から気体に変わると体積が約1,700倍に膨張するため、この瞬間に水蒸気爆発が起こり、アルファ化(糊化)したデンプンが泡状に膨張しながら外側に押し出されて、あの白い形状に固化する[1]。
2. 5000年 いじょう 前から たべられて いた
2. 5000年以上前から食べられていた
2. 紀元前3600年ごろの痕跡が、ニューメキシコに残る
この はじける おかしは、じつは とても むかしから 人に たべられて きた。
アメリカの ニューメキシコしゅうに ある「バットケーブ」と いう いせきから、今から やく5600年も 前の ポップコーンの あとが 見つかって いる。むかしの 人たちは、たき火の 中に かわかした つぶを なげこんで、はじけた ものを たべて いたようだ[2]。
このはじけるお菓子は、実はとても昔から人に食べられてきた。
アメリカのニューメキシコ州にある「バットケーブ」という遺跡から、1948年と1950年の発掘調査で、今から約5,600年も前のポップコーンの穂軸が見つかっている。昔の人たちは、焚き火の中に乾かした粒を投げこんで、はじけたものを食べていたようだ[2]。
水蒸気爆発というこの仕組み自体は、実はとても古い歴史を持つ。
アメリカ・ニューメキシコ州西中部の「バットケーブ」遺跡からは、1948年と1950年の発掘調査で、約5,600年前のポップコーンの穂軸が発見されている。ネイティブアメリカンやメキシコ先住民は、乾燥させた爆裂種の粒を焚き火に投げこみ、はじけて飛び出したものを食べていたと考えられている[2]。
3. 1893年、シカゴの はくらんかいで うる くふうが うまれた
3. 1893年、シカゴ万博で売る工夫が生まれた
3. 1893年のシカゴ万博で登場した移動式の製造機
時代が すすんで 1800年だいの アメリカでは、ポップコーンは みちばたで うる おかしとして 大にんきに なった。
1885年、チャールズ・クリータースと いう 人が、シカゴで おみせを はじめた。1893年には、シカゴで ひらかれた 大きな はくらんかいで、じょうきの ちからで うごく、うつせる ポップコーンきかいを はっぴょうした[3]。
時代が進んで19世紀のアメリカでは、ポップコーンは道端で売るお菓子として大人気になった。
1885年、チャールズ・クリータースという人が、シカゴで屋台の商売を始めた。1893年には、シカゴで開かれた大きな万国博覧会(コロンビア博覧会)で、蒸気の力で動く、移動できるポップコーン製造機を発表した[3]。ポップコーンに甘い蜜をからめた「クラッカージャック」というお菓子も、この万博で初めて売り出されたとよく語られる。ただしこの話を裏づける確かな記録はなく、実際に新聞で紹介された最初の記録は1896年のものだ[3]。
時代が進み19世紀半ばのアメリカでは、糖蜜をからめた甘い菓子として、ポップコーンが雑貨屋やサーカスの売店で人気を集めるようになった[3]。
1885年12月2日、チャールズ・クリータースはシカゴで行商許可を取得し、蒸気式のピーナッツ焙煎機を路上に置いて商売を始めた。1891年に特許を出願し、1893年に特許を取得すると同時に、シカゴのコロンビア博覧会(シカゴ万博)で、蒸気の力で自動的にかき混ぜ・味付けを行う、世界初の近代的なポップコーン製造機を発表した[3]。ポップコーンにキャラメルとピーナッツを組みあわせた菓子「クラッカージャック」も、この万博で初登場したという逸話が広く語り継がれている。しかし、当時の会社史や万博資料にはこの逸話を裏づける記録が見当たらず、新聞紙上で新発明品として紹介された最初の確実な記録は1896年3月8日付のシカゴ・トリビューン紙であるとされる。万博デビュー説は、事実というより後年広まった「よくできた話」である可能性が高い[3]。
4. えいがかんは、はじめ ポップコーンを きらって いた
4. 映画館は、はじめポップコーンを嫌っていた
4. 持ち込み禁止だったポップコーンが定番になるまで
じつは 映画かんは、はじめ ポップコーンを きらって いた。
むかしの 映画は、音の 出ない「むせいえいが」だった。当時の 映画かんは、じょうひんな 大人が あつまる ばしょで、ゆかには きれいな じゅうたんが しかれて いた。だから、たべる 音が する ポップコーンの もちこみは、きんしされて いた[4]。1927年ごろから 音の 出る「トーキー」と いう 映画が ひろまると、子どもも ふくめて 見に 来る 人が ふえた。そして 1929年、アメリカで 大ふきょう(みんなの くらしが きゅうに くるしく なる こと)が おきると、あんい 映画かんは、やすく うれる ポップコーンを、じぶんたちの しゅうにゅうげんに する ように なった[4]。
実は映画館は、はじめポップコーンを嫌っていた。
昔の映画は、音の出ない「無声映画」だった。当時の映画館は、上品な大人が集まる場所とされ、床にはきれいなカーペットが敷かれていた。だから、食べる音がするポップコーンの持ち込みは、禁止されていた[4]。1927年ごろから音の出る「トーキー」という映画が広まると、子どもを含めて見に来る人が増えた。そして1929年、アメリカで世界恐慌(みんなの暮らしが急に苦しくなること)が起きると、映画館は、安く売れるポップコーンを自分たちの収入源にするようになった[4]。
シカゴ万博をきっかけに屋台の菓子として広まったポップコーンだが、映画館との関係は当初良好とはいえなかった。
無声映画時代の映画館は、教養層をターゲットにした高級な劇場としての性格が強く、床には上質なカーペットが敷かれていた。菓子を踏みつぶす汚れや、咀嚼音が上映の妨げになることを理由に、ポップコーンをはじめとする菓子の持ち込みは厳しく制限されていた[4]。1927年ごろからのトーキー映画の普及は、識字力を問わず楽しめる娯楽として観客層を大きく広げた。1929年に世界恐慌が起こり1930年代に映画館の経営が苦しくなる中、安価な気晴らしを求める観客が押し寄せると、まず生き残りをかけた映画館がロビーでの販売権を業者に貸し出す形でポップコーン販売を許可し、やがて仲介業者を通さず自ら直接販売する方が利益が大きいことに気づいて、館内販売に切り替えていった[4]。原価が安く販売価格との差が大きいポップコーンは、配給会社に多くを支払わねばならない映画館にとって理想的な自主財源だった。第二次世界大戦中には砂糖不足でキャンディーの供給が難しくなった一方、砂糖をほとんど使わないポップコーンの需要はさらに伸び、映画館の定番として定着した[4]。
5. 日本の あじは、しょうゆバターが いちばん人気
5. 日本の味は、しょうゆバターがいちばん人気
5. アメリカの塩バターと、日本の多彩なフレーバー
あじの このみは、国に よって ちがう。
アメリカでは、しおと バターの あじが てい番だ[5]。日本では、あまい キャラメルあじと ならんで、「しょうゆバター」と いう あじが とくに 人気で、あるかいしゃの 話では ポップコーンぜんたいの うりあげの 6わりから 7わりを しめる ことも あると いう。ほかにも チーズや カレーなど、たくさんの あじが うられて いる[5]。
6. さいきんは、いれものが グッズに なって いる
6. 最近は、入れものがグッズになっている
6. ポップコーンバケットが、映画グッズになる時代
あじだけで なく、さいきんは ポップコーンを 入れる「バケット」と いう いれものじたいが、とくべつな グッズに なる ことも ある。
えいがの キャラクターの かたちを した バケットが、げんてい はんばいされ、あっと いう まに 売り切れる ことも ある。中には、8千円から 1まん5千円くらいの ねだんの ものも あり、あつめる 人が ふえて いる[6]。
味だけでなく、最近はポップコーンを入れる「バケット」という入れものじたいが、特別なグッズになることもある。
映画のキャラクターの形をしたバケットが、限定販売され、あっという間に売り切れることもある。中には、8,800円から1万4,800円ほどの値段のものもあり、集める人が増えている[6]。
じぶんでも やって みる
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
大人と いっしょに、なべや せんようの きかいで、かわいた とうもろこしの つぶを 熱して みよう。はじける 音や、白く なって いく ようすを、目と 耳で たしかめて みよう。
大人と一緒に、なべや専用の機械で、乾いたトウモロコシの粒を熱してみよう。はじける音や、白くなっていく様子を、目と耳で確かめてみよう。
機会があれば、爆裂種のトウモロコシを鍋や専用の機械で加熱し、粒が破裂する瞬間を観察してみるとよい。次に映画館でポップコーンを手にしたときは、その一粒が5,600年前までさかのぼる歴史と、世界恐慌という偶然を経て、今そこにあることを思い出してみてほしい。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源
- ジャパンフリトレー「ポップコーンLAB ── ポップコーンはなぜ弾ける?」、NGK株式会社「おいしいフシギ ビッグバンポップコーン(水蒸気爆発)」。 https://www.fritolay.co.jp/popcorn-lab/learn/corn/ https://site.ngk.co.jp/delicious/no21/ (爆裂種のトウモロコシが約14%の水分を含み、他品種より厚く硬い果皮を持つこと、内部温度180℃・圧力約930kPa〈約9気圧〉で果皮が破裂することはジャパンフリトレーによる。水が液体から気体に変わると体積が約1,700倍になること、この水蒸気爆発でデンプンが外に飛び出しポップコーンが形成されることはNGK株式会社による)
- 米国農務省国立農業図書館(USDA National Agricultural Library)「Popcorn: Ingrained in America's Agricultural History ── Early History」、フリー百科事典『ウィキペディア』「ポップコーン」。 https://www.nal.usda.gov/exhibits/speccoll/exhibits/show/popcorn/early-history https://ja.wikipedia.org/wiki/ポップコーン (アメリカ・ニューメキシコ州西中部の「バットケーブ」遺跡で1948年と1950年に、約5,600年前のポップコーンの穂軸が発見されたことは米国農務省国立農業図書館の展示解説による。ネイティブアメリカンが焚き火に爆裂種の粒を投げこんで食べていたと考えられていることはウィキペディア「ポップコーン」による)
- Cretors公式サイト「An Age of Invention」、フリー百科事典『ウィキペディア』「ポップコーン」、Made-in-Chicago Museum「C. Cretors & Co., est. 1885」。 https://www.cretors.com/an-age-of-invention/ https://ja.wikipedia.org/wiki/ポップコーン https://www.madeinchicagomuseum.com/single-post/cracker-jack-co/ (チャールズ・クリータースが1885年12月2日にシカゴで行商許可を取得し会社を興したこと、1891年の特許出願を経て1893年に特許を取得すると同時にシカゴのコロンビア博覧会で世界初の近代的なポップコーン製造機を発表したことはCretors公式サイトによる。19世紀半ばのアメリカで糖蜜がけの甘いポップコーンが雑貨屋やサーカスで人気を集めたことはウィキペディア「ポップコーン」による。クラッカージャックが1893年のシカゴ万博で初登場したという逸話は広く語られるが、当時の会社史や万博資料に裏づける記録がなく、新聞紙上での最初の確実な記録が1896年3月8日付シカゴ・トリビューン紙であることはMade-in-Chicago Museumによる)
- Smithsonian Magazine「Why Do We Eat Popcorn at the Movies?」、ポップコーンパパ「映画館にポップコーンがある理由とは?」。 https://www.smithsonianmag.com/arts-culture/why-do-we-eat-popcorn-at-the-movies-475063/ https://popcorn-papa.com/magazine/popcorn-labo/2019-02-28/8770/ (無声映画時代の映画館が上質なカーペットを敷いた高級志向の劇場であり菓子の汚れや咀嚼音を理由に持ち込みが制限されていたこと、1930年代に映画館経営が苦しくなる中で安価な娯楽を求める観客が押し寄せロビーでの販売権貸与を経て映画館みずからが直接販売に切り替えていったこと、第二次世界大戦中の砂糖配給でキャンディー等の競合菓子が制約を受けた一方ポップコーンは影響を受けなかったことはSmithsonian Magazineによる。1927年ごろのトーキー映画の普及が観客層を広げたことはポップコーンパパによる)
- MOVIE WALKER PRESS「ジャパンフリトレー山崎厚氏インタビュー記事」、HISTORY「How Popcorn Became the Ultimate Movie Snack」、wagashi-biz「ポップコーン種類・人気フレーバーご紹介」。 https://press.moviewalker.jp/news/article/48811/ https://www.history.com/articles/why-popcorn-is-movie-snack https://wagashi-biz.jp/blog/popcorn/ (ジャパンフリトレー社の山崎厚氏が「ポップコーン市場の売り上げのうち6〜7割がしょうゆバター味」と述べていることはMOVIE WALKER PRESSによる。アメリカの映画館で塩とバターを利かせた味つけが伝統的な定番として1940年代までに定着したことはHISTORYによる。チーズ・カレー・コーンポタージュなど多彩なフレーバーが商品化されていることはwagashi-bizによる)
- ギズモード・ジャパン「2024年、アメリカの映画館で『ド派手ポップコーン・バケット』が流行中」、週刊女性PRIME「『スター・ウォーズ』最新作でも『コナン』『マリオ』に続き高額“ポップコーンボックス”転売横行で対策求める声も」。 https://www.gizmodo.jp/article/the-year-in-popcorn-buckets/ https://www.jprime.jp/articles/-/41804 (2024年ごろからアメリカの映画館で派手な装飾のポップコーンバケットが流行していることはギズモード・ジャパンによる。日本でも映画キャラクターをかたどった限定バケット〈『スター・ウォーズ』作品で8,800円〜1万4,800円〉が即完売し、フリマサイトで2万円を超える価格で転売されていること、『名探偵コナン』『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』でも同様の事例があったことは週刊女性PRIMEによる)
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