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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

むかしから ある ままごとの 「まま」って、なんの こと?

昔からあるままごとの「まま」とは、何のことなのか

ままごとの「まま」は食べ物のこと。千年前の宮廷にも、似た遊びがあった

分野:歴史・文化

ままごとの「まま」は、ごはんの ことだと いわれます。そして 千年ぐらい まえの きゅうていにも、ままごとに ちかい あそびが あったと かんがえられて います。

どうして ごはんの ことばが、あそびの なまえに なったのでしょう。むかしの どうぐは、なにで できて いたのでしょう。このページを よむと、その ながれが わかります。

ままごとの「まま」は、ごはんのことだとされています。しかも、今から千年ほど前の宮廷には、ままごとによく似た遊びがあったと考えられています。

では、なぜ食べ物の言葉が遊びの名前になったのでしょうか。小さな道具は、時代ごとに何でできていたのでしょうか。この記事を読むと、言葉のわけと、道具の材料が変わっていった流れが分かります。

ままごとの「まま」は幼児語で食べ物を指す、と古い書物は説明する[1]。しかも約千年前の平安時代中期には、身の回りの道具をまねた小さな道具で遊ぶ「ひいな遊び」があり、今のままごとに近い遊びと考えられている[2]。

では、食べ物の言葉はなぜ遊びの名になったのか。ミニチュアの道具は、材料も姿も、時代とともにどう変わったのか。このメモを読むと、辞典と博物館の資料から見える、言葉の由来と道具の移り変わりが分かる。

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1. 「まま」は ごはんの ことだった

1. 「まま」は、小さな子の言葉で「ごはん」のこと

1. 「まま」の語義:幼児語の飯と、ハレの食事のまねごと

小さな おさらに、すなを ふわっと もって、「はい、ごはんですよ」。そんな あそびを した ことは ありませんか。

この「ごはん」を、小さな 子の ことばで「まま」と いいます。ままごとの「まま」も、この ことばだと されて います[1]。

ふるい ほんには、「ごはんを つくったり、いろいろな たべものを りょうりしたり するのを まなぶ あそびだから」と いう せつめいが あります[1]。

「ごと」の ほうは、じてんに よって せつめいが ちがいます。ある じてんは、むかしの ひとが たいせつに した「ハレの 日」の ぎょうじを あらわす ことばだと して、もとは ごちそうの まねごとだった、と かいて います[1]。

では、ままごとでは、ごはんの ほかに なにを して あそぶのでしょう。

お皿に砂を盛るところから

小さなお皿に砂や葉っぱを盛って、「ごはんができましたよ」と差し出す。ままごとと聞いて、そんな場面を思い浮かべる人は多いと思います。

この「まま」は、小さな子の言葉で、ごはんや食べ物のことだとされています。古い書物には、食事を作ったり、いろいろな料理をしたりするのを学ぶ遊びだから、という説明があります[1]。

「こと」の読み方は辞典で分かれる

「まま」に比べて、「こと」の意味は辞典によって説明が違います。世界大百科事典は、「こと」を「ハレの日」の行事のことだと読みます。ハレとは、ふだんの暮らしとは区別された、祝いや祭りの特別な日のことです。この読み方では、ままごとは、もともとハレの日のごちそうを、まねして遊ぶものだったことになります[1]。

どちらが正しいと決めきれないので、この記事では「まま」が食べ物であることを中心にして、「こと」は説の一つとして読みます。では、実際のままごとでは、食事のほかに何をするのでしょうか。

ままごとの「まま」は、幼児の言葉で飯(食べ物)を指す。コトバンクに載る日本大百科全書は、古い書物の言葉を引いて、この遊びは飯作りや料理の仕方を学ぶものだから、という趣旨の説明を紹介している。古書そのものではなく、辞典の引用で読んだ説明である[1]。

語源の説明は、「こと」の部分で割れる。世界大百科事典は「まま」を食物、「こと」をハレの日の行事と読み、もとはハレの食事のまねごとだったとする[1]。ハレは、日常のケに対する祝いや祭りの特別な日である。つまり、「食事づくりを学ぶ遊び」という見方と、「特別な日のごちそうをまねる遊び」という見方が並んでいる。

この2つは同じことを別の角度から言っているようにも読めるが、どちらが本来の語源かは辞典の記述だけでは決められない。そのため本稿は、「まま」が食べ物であるところまでを共通の足場とし、「こと」の解釈は説の併記として扱う。では、その遊びの中身は、実際にはどのようなものだったのか。

2. おきゃくさんを むかえる あそびでも あった

2. 食事だけでなく、お客さんを迎える遊びでもあった

2. 遊びの中身と地域の呼び名:行事の習俗との関わり

ままごとで するのは、ごはんづくりだけでは ありません。おきゃくさんを むかえたり、おくりものを したり、どこかへ たずねて いったり。おとなの くらしを まねる ことが、まんなかです[1]。

この あそびは、ところに よって なまえも ちがいます。あきたけんでは「ジャジャボッコ」、ならけんでは「オカタサゴト」、ひだの ほうでは「クバリゴト」と よぶ、と じてんに あります[1]。

むかしは、ひなまつりや おぼんの ころ、女の子たちが そとで たべものを にたきして、みんなで たべる ならわしが ありました。ままごとは、こうした ぎょうじの ならわしから きた、という せつめいも あります[1]。

ただし、これだけが はじまりだと きまった わけでは ありません。では、いちばん ふるい ままごとに ちかい あそびは、いつごろに あったのでしょう。

まねるのは、おとなの暮らし

辞典によると、ままごとの遊び方は、食事づくり、お客さんを迎えること、贈り物、訪問など、おとなの暮らしのまねが中心です[1]。

地域によって呼び名がいろいろあるのも、この遊びの特徴です。世界大百科事典には、ジャジャボッコ(秋田県)、オカタサゴト(奈良県)、クバリゴト(飛驒地方)といった呼び名が挙がっています[1]。同じ遊びが、土地ごとにこれだけ違う名前で呼ばれていたことになります。

行事の日の煮炊きとのつながり

三月の節供やお盆に、少女たちが屋外で食べ物を煮炊きして、みんなで食べる習慣がありました。ままごとは、こうした行事の習俗に由来するとも説明されています[1]。ただし、これは「由来するとも」という説明で、ままごとの唯一の起源だと決められているわけではありません。

行事の日のごちそうを、子どもたちが自分たちの手でまねして作る。そう考えると、先ほどの「こと」の説とも、つながって見えてきます。では、こうしたまねの遊びは、いつごろまでさかのぼれるのでしょうか。

遊びの中身は、飯作りに限らない。世界大百科事典によれば、食事の用意、客を迎えること、贈答、訪問など、おとなの暮らしをまねることが中心である。呼び名にも地域差があり、ジャジャボッコ(秋田県)、オカタサゴト(奈良県)、クバリゴト(飛驒地方)などの例が辞典に並ぶ[1]。呼び名がこれだけ分かれているのは、特定の中心地から広まった一つの遊びというより、各地で似た遊びが続いていたからではないかと考えられるが、辞典はその点まで述べていない。

由来についても、複数の説明が並ぶ。三月節供やお盆の行事で、少女たちが屋外で食べ物を煮炊きして一緒に食べる習慣があり、ままごとはそうした行事の習俗に由来するとも説明される[1]。ここでの「由来する」は辞典の説明の一つであり、唯一の起源と読むことはできない。

行事の日の煮炊きがままごとの背景にあるなら、前章の「こと」=ハレの日の行事という読みとも整合する。しかし、行事の習俗は文字の記録に残りにくい。そのため、記録で確かめやすいのは、ままごとそのものではなく、それに近い遊びのほうになる。その手がかりが、平安時代にある。

3. 千年まえの きゅうていに あった「ひいな あそび」

3. 約千年前の宮廷にあった「ひいな遊び」

3. 平安時代中期のひいな遊び:記録に見える「ままごとに近い遊び」

いまから 千年ぐらい まえの、へいあんじだいの なかごろ。きゅうていでは「ひいな あそび」と いう あそびが ありました。『源氏物語げんじものがたり』や『枕草子まくらのそうし』にも でて くると いいます[2]。

かみや ぬので かんたんに つくった にんぎょうで あそびます。まわりに ある どうぐを まねた、小さな どうぐも つかいます。いまの ままごとに、とても にて います[2]。

ひいな あそびでは、ふうふに みたてた 男と 女の にんぎょうが ならびました。きゅうていの なかの あそびだった、と いわれます[2]。

ただし、ひいな あそびが ままごとの はじまりだと、きまった わけでは ありません。「ままごとに ちかい あそび」と いうのが、ちょうどよい いいかたです。

『源氏物語』や『枕草子』に出てくる遊び

平安時代中期、今から約千年前の宮廷には、「ひいな遊び」と呼ばれる遊びがありました。『源氏物語』や『枕草子』にも出てくるそうです[2]。

人形店の久月の解説によると、紙で作った人形や、布で簡単に作った人形、そして当時の身の回りの道具をまねた小さな道具などで遊ぶ、今のままごと遊びのようなものだったといいます[2]。

夫婦に見立てた一対の人形

中心にあったのは、夫婦になぞらえた男女一対の「ひいな」です。この遊びは、宮廷を中心にしたものでした[2]。

ここで気をつけたいのは、「ままごとの起源」とまでは言えないことです。人形店の解説は、あくまで「今のままごとのような遊び」という言い方をしています。この記事も、ひいな遊びは「ままごとに近い遊び」と呼ぶことにします。では、それより昔にも、小さな道具はあったのでしょうか。

平安時代中期(約千年前)には、「ひいな遊び(ひひな遊び)」があり、『源氏物語』『枕草子』に出てくる。紫式部と清少納言の作品に出てくることから、当時の宮廷で知られた遊びだったと考えられる。人形店の久月の解説は、これを、紙や布で簡単に作った人形と、当時の身の回りの道具をまねた小さな道具で遊ぶ、今のままごとのようなものと説明する[2]。

中心にあったのは、夫婦に見立てた男女一対のひいなで、遊びは宮廷を中心にしたものだった[2]。ここから、ままごとの特徴の1つ、つまり大人の暮らしの道具を小さくして、人や家族に見立てて遊ぶことが、すでに宮廷の遊びにあったと読める。

ただし、「ひいな遊びがままごとの起源」と断定するのは行きすぎである。久月は人形店であり、この説明は二次的な解説にあたる。しかも、庶民の「まま」をまねる遊びと、宮廷の人形遊びが同じ流れなのかどうかは、この資料だけでは言えない。したがって本稿は、「ままごとに近い遊び」の最古級の例として扱う。さらに古い時代に、小さな道具の例はあるのか。

4. もっと むかしの 小さな どうぐは、おもちゃ?

4. 古墳の小さな道具は、おもちゃだったのか

4. 古墳時代のミニチュア:玩具か祭祀品か

じてんには、こふんじだいの おはかから、くらしの どうぐや、はたおりの どうぐを まねた 小さな ものが でて くる、と かいて あります[1]。こふんじだいは、3〜7せいきごろです。

では、これは こどもの おもちゃだったのでしょうか。

つちで できた 小さな ごはんを たく どうぐは、おはかの まえの おまつりや、いっしょに うめる ものと むすびつけて、こうこがくで けんきゅうされて います[3]。おもちゃだと きめる ことは できません。

だから この ページでは、ままごとの はじまりは、ひいな あそびの ほうから かんがえます。

お墓から出る、小さな炊飯の道具

日本大百科全書は、ままごと道具の歴史の入口として、古墳時代(3〜7世紀)の墳墓から、日用品や機織りの道具の模造品が出ることをあげています[1]。

では、これを子どもが遊んだ道具だと考えてよいのでしょうか。奈良文化財研究所の報告書の情報によると、横穴式石室に納められた小さな炊飯具は、考古学では、墓の前の祭祀や、亡くなった人に添える副葬と結びつけて研究されています[3]。子どもの遊び道具だと言い切ることはできません。

この記事の進め方

ミニチュアの炊飯具は、食べ物をまねた小さな道具という点でままごとと似ていますが、用途が違う可能性が高いのです。そのため、この記事ではひいな遊びから後を主軸にします。では、ひいな遊びの後、小さな道具は何で作られてきたのでしょうか。

日本大百科全書は、ままごと道具の材料の移り変わりを述べる中で、古墳時代(3〜7世紀)の墳墓から日用具や機織具の模造品が出ることを起点に置く[1]。この記述だけを読むと、古墳の小さな道具がままごとの祖先のように見える。

しかし、考古学の側の扱いは異なる。奈良文化財研究所の全国遺跡報告総覧に載る田中正樹「横穴式石室に副葬されるミニチュア炊飯具」(2003年)の書誌情報が示すとおり、こうした小さな土製の炊飯具は、奈良県を中心に、横穴式石室への副葬品として研究されている[3]。墓前の祭祀や副葬と結びつけて研究されるということは、日常の遊び道具というより、儀礼の道具として読まれていることを意味する。

すると、大百科全書の記述と考古学の研究は食いちがうのではなく、同じ品物を、「小さな道具の歴史」の側から見るか、「墓の儀礼」の側から見るかの違いと読める。ただし、この資料だけで古墳のミニチュアに遊びの要素がまったくなかったとまでは言えない。本稿は、玩具と断定できないものをままごとの起源には置かず、ひいな遊び以降を主軸にする。次は、その後の道具の材料である。

5. どうぐの ざいりょうは、じだいごとに かわった

5. 木・竹からブリキ、プラスチックへ。材料が変わった道すじ

5. ままごと道具の材料は、木・竹から戦後のプラスチックへ変わった。江戸の小玩具も見る

ままごとの どうぐは、つくる ざいりょうが じだいごとに かわって きました。じてんには、つぎのように あります[1]。

えどじだいは、木や 竹で つくりました。めいじじだいには、ブリキと いう、うすい てつの いたの どうぐが ふえました。しょうわに なると、アルミニウムや セルロイドが つかわれ、せんそうの あとは プラスチックの どうぐに なりました。

えどには、「ななさわや」と いう みせが ありました。この みせは、ほんものそっくりの 小さな ひなどうぐで ゆうめいでした[4]。

たべものや どうぐを 小さくして つくる 人たちが、えどの まちに いたのです。では、ミニチュアの どうぐは、いつも おなじ ものを うつして いたのでしょうか。

材料のリレー

日本大百科全書は、ままごと道具の材料の移り変わりを次のように説明しています。江戸時代は木や竹、明治時代はブリキ、昭和に入るとアルミニウムやセルロイド、戦後はプラスチックです[1]。ブリキは、鉄の薄い板にすずをめっきしたものです。セルロイドは、昔のおもちゃによく使われた、軽くて加工しやすい素材です。

道具の材料は、その時代に身近だった素材や、作りやすかった素材と関係していたのかもしれません。ただし、資料はそこまでは述べていないので、この記事では、材料が順に変わったことだけを事実として書きます。

江戸の職人が作った、小さなもの

江戸の七澤屋という店は、細かく作ったミニチュアの雛道具で知られました。展覧会のレポートには、その雛道具が紹介されています[4]。

小さな道具は、材料が変わるだけでなく、そのとき家の中にあった物をうつして、姿も変わっていきました。

日本大百科全書は、ままごと道具の材料を、古墳時代の模造品→平安時代の雛遊びの道具→江戸時代の木・竹製→明治時代のブリキ製→昭和のアルミニウム製・セルロイド製→戦後のプラスチック製、と順にたどる[1]。ブリキは鉄板にすずをめっきした素材で、プラスチックの普及以前、金属製の玩具に広く使われた。

この並びからは、素材の入手しやすさや加工の技術が、道具の姿に関係していたようにも読める。ただし、辞典は材料の変化の理由までは述べていないため、因果として読むのは推測にとどまる。確かなのは、「何でできていたか」が時代を追って変わった、という点である。

江戸については、七澤屋という店が精巧なミニチュアの雛道具で知られ、展覧会のレポートに紹介されている。明治30年代後半からは江戸懐古趣味が広まり、物売りや屋台を小さくした江戸小物玩具が作られた[4]。そうすると、ままごとに使う小さな道具が、宮廷の人形遊びのころから、職人の手仕事の対象として続いていた可能性がある。では、そうした小さな道具は、何をうつしてきたのか。

6. 小さな どうぐは、そのころの くらしを うつした

6. 小さな道具は、その時代の暮らしをうつしてきた

6. ミニチュアに残る時代の暮らしと、「準備の過程」という見方

めいじの おわりごろ、むかしの えどの ことを なつかしむ 気もちが ひろがりました。ものうりや やたいを 小さく した おもちゃが つくられました[4]。

しょうわの 30ねんだいには、いえの 中の ものを まねた おもちゃも ありました。せんたくものを しぼる ローラーが ついた せんたくきや、あしが 4ほんの しろくろテレビなどです[4]。

いまの 人が みたら、「こんな せんたくきが あったんだ」と おどろくかも しれません。小さな どうぐは、そのころの うちの 中を、そのまま しまって おく はこの ようです。

じてんは、ままごとを「ただの あそびでは なく、おとなの くらしに はいって いく じゅんびに なる」と せつめい します[1]。むかしは おもに 女の子の あそびと されましたが、男の子も あそびました。

では、いまの わたしたちは、どんな ものを 小さく うつせるでしょう。

明治の終わりの江戸ブーム、昭和の家電

明治30年代の後半から、昔の江戸をなつかしむ気持ちが広まり、物売りや屋台などを小さくした江戸小物玩具が作られたといいます。昭和30年代には、洗濯物を絞るローラーが付いた洗濯機や、四つ足の白黒テレビなど、家電や家具のミニチュアがありました[4]。

今の子どもが見ると、「ローラーで洗濯物を絞るの?」と思うかもしれません。小さな道具には、その時代の家の中の様子が写り込んでいます。

遊びの先にあるもの

ブリタニカ国際大百科事典は、ままごとを、単なる遊びにとどまらず、おとなの生活に入っていく準備の過程になるものと説明しています[1]。昔は女の子の遊びとされることが多かったのですが、男の子もこの遊びをしました。

誰かの暮らしをまねるとき、人は相手の様子をよく見て、考えます。小さな道具を作る人も、遊ぶ人も、その時代の暮らしを観察していたことになります。では、今ならどんなものを小さくして遊べるのでしょうか。

アイエム[インターネットミュージアム]の展覧会レポートによれば、明治30年代後半から江戸懐古趣味が広まり、物売りや屋台などをミニチュア化した江戸小物玩具が作られた。昭和30年代には、ローラー付きの洗濯機や四つ足の白黒テレビなど、家電・家具のミニチュアがあり、ポリロイドと呼ばれる製品の名もページに出てくる[4]。ミニチュアは、その時代の人びとが「何を懐かしみ、何を新しいと感じたか」を、小さな姿に写してきた。

では、遊ぶ子どもにとって、ままごとは何だったのか。ブリタニカ国際大百科事典は、ままごとを単なる遊戯にとどまらず、おとなの生活に入っていく準備の過程になるものと述べる[1]。この説明は、ままごとを「大人の生活に入る準備」という面から見ている。遊びの楽しさまで説明するものではない。また、昔は女の子の遊びとされることが多かったが、男の子も遊んだことは押さえておきたい。性別で役割を決める遊びだったと読まないほうがよい。

この章をまとめると、ままごとの道具は、材料だけでなく、うつす「暮らし」も時代とともに変わった。そのため、いま家にある物は、そのまま未来のミニチュアの見本になりうる。

7. いまの うちを、小さく して みよう

7. 今の暮らしを、小さな道具にうつしてみる

7. 現代の家をミニチュアにするなら:観察の道すじと博物館の資料

うちに ある ものを、ひとつ えらんで、小さく つくって みましょう。たとえば、あきばこや ふた、けいとなどで、スマホや れいぞうこを まねて つくる ことが できます。

つくる ときは、まず ほんものを よく みます。ボタンは いくつ ある? とびらは どっちに ひらく? そうして みると、いつも つかって いる ものの かたちに、あらためて きづきます。

ぎもんに おもった ことは、おうちの 人に きいて みましょう。はさみを つかう ときは、おとなと いっしょに。ビーズなどの 小さな ものは、小さな 子の くちに はいらない ように、きを つけて ください。

家にあるもので、ミニチュアを作る

空き箱やふた、毛糸などを使って、家にある物を一つ選んで、小さな道具として作ってみてください。冷蔵庫でもスマートフォンでもかまいません。

作る前に、本物をじっくり観察します。ボタンはいくつか、扉はどちらに開くか。そうすると、毎日使っている物の形に、あらためて気づきます。昭和のミニチュアに洗濯機のローラーが付いていたように、今の道具にも、いつか「そんなものがあったんだ」と言われる部分があるかもしれません。はさみは大人と一緒に使い、ビーズなどの小さな部品は、小さい子の口に入らないよう気をつけてください。

道具の実物を見られる場所

兵庫県姫路市の日本玩具博物館は、「日本と世界のままごと道具」という特別展を開いたことがあります。約160か国・9万点の資料を持つ博物館です[5]。開催中の展示は、事前に公式案内で確認してください。

ミニチュアは、その時代の暮らしを観察した結果である。そこで、今の家にある物を一つ選び、空き箱やふたで小さく作る遊びを試してみるとよい。作る前に、ボタンの数、扉の開く向き、持ち手の形など、本物のどこを写すかを決める。この「何を写し、何を省くか」を考える過程が、昭和のミニチュアに洗濯機のローラーが写った理由と同じように、今の暮らしの特徴を浮かび上がらせる。はさみは大人と一緒に使い、小さな部品は小さい子の口に入らないよう注意する。

実物を見たいなら、兵庫県姫路市の日本玩具博物館が、特別展「日本と世界のままごと道具」を開いたことがある。約160か国・9万点の資料を持つ博物館である[5]。開催年や現在の展示は、公式の案内で調べるとよい。

この記事の資料は、辞典と博物館・人形店の解説が中心の二次資料である。平安時代の遊びを知りたければ、『源氏物語』『枕草子』の原文に「ひひな」の語を探すことが、次の手がかりになる。古墳のミニチュアについては、奈良文化財研究所の全国遺跡報告総覧で、ミニチュア炊飯具の報告を調べられる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。語源・由来・材料の移り変わりは、辞典や展覧会の紹介による説明で、資料によって細部が異なることがあります。

  1. コトバンク「ままごと」(日本大百科全書・世界大百科事典・ブリタニカ国際大百科事典) https://kotobank.jp/word/%E3%81%BE%E3%81%BE%E3%81%94%E3%81%A8 (語源、遊び方、地域の呼び名、材料の移り変わり、準備の過程という見方)
  2. 久月「ひいな遊び」 https://www.kyugetsu.com/concept/dolls-histry-and-tradition/itinerancy (平安時代のひいな遊び。人形店の解説で二次資料)
  3. 奈良文化財研究所 全国遺跡報告総覧「横穴式石室に副葬されるミニチュア炊飯具」 https://sitereports.nabunken.go.jp/en/article/7393 (古墳のミニチュア炊飯具の研究。書誌情報ページ)
  4. アイエム[インターネットミュージアム]展覧会レポート(展覧会「ミニチュア」の紹介) https://www.museum.or.jp/report/115500 (江戸の小玩具、七澤屋、明治・昭和のミニチュア)
  5. るるぶKids「日本玩具博物館」 https://kids.rurubu.jp/article/2697/ (日本玩具博物館の特別展と収蔵資料)

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