1. おりものの もようは、穴で おぼえさせたの?
1. 織物の模様は、どうやって穴に覚えさせたのか
1. 織機の穴は、糸の上げ下げを「あり・なし」に置きかえた
おりものの もようは、たくさんの 糸の どれを 上げ、どれを 下げるかで きまります。この 上げ下げを、かみの カードに あけた 穴で 機械に つたえる くふうが ありました。
1728年に フランスの ファルコンが、穴の あいた カードを くさりの ように つないだ 機械を つくりました。イギリスの 科学博物館は、これを「カードで うごかされた さいしょの 機械」と しょうかいして います。ただ、カードを ひきだして あてる 手つだいの 人は、まだ いりました。
1804年には ジャカードが 特許を とりました。カードを おし当てると、穴の ある ところは ぼうが すっと 通ります。穴の ない ところでは ぼうが おされて、フックが はずれます。これで 糸の 上げ下げが きまります。
つまり 穴は「ある」か「ない」かの 二つだけ。この 二つの ならびが、もように なるのです。
織物の模様は、たくさんの糸のうち、どれを持ち上げ、どれを下げたままにするかの組み合わせで決まります。この上げ下げの指示を、紙に開けた穴で機械に覚えさせる工夫が、18世紀のフランスにありました。
1725年にブションが穴あきの紙の帯で織機を動かし、1728年にはファルコンが穴あきカードを鎖のようにつないだ織機を作りました。科学博物館(イギリス)は、ファルコンの織機を、パンチカードで制御された最初の機械と紹介しています。ただし、カードを引き出して当てる「引き子」と呼ばれる手伝いの人は、まだ必要でした[1]。
この仕組みを広く知られる形にしたのは、1804年に特許を取ったジャカードの織機とされます。開発年は資料によって1801年から1805年ごろまでゆれるので、ここでは特許の年を使います。カードを押し当てると、穴のある場所では棒が穴を通り抜けて動かず、穴のない場所では棒が押されてフックが外れる、と説明されています[2]。穴があるかないかで、糸の上げ下げが決まるのです。
ここに、この記事の答えの核があります。穴は、あるかないかの二択です。その二択を並べれば、複雑な模様の指示が書けます。細かい絵ほど、たくさんのカードが必要になります。では、この「穴の考え」は、織物の外でも役に立つのでしょうか。
織物の柄は、縦糸のどれを持ち上げ、どれを下げるかの組み合わせで決まる。この指示列を紙に記録するという発想は、18世紀のフランスで段階的に進んだ。1725年のブションは穴あきの紙の帯、1728年のファルコンは穴あきカードを鎖状につないだ織機を作った。科学博物館(Science Museum Group)はファルコンの織機を、パンチカードで制御された最初の機械と紹介する。ただし、カードを引き出して当てる「引き子」はまだ必要だった[1]。
穴と糸の関係を広く知られる形にしたのが、1804年に特許が取られたジャカードの織機である。開発年は資料で1801年、1804年、1804〜05年とゆれるため、特許の年を採る[2][3]。カードを押し当てたとき、穴のある所では棒が穴を通って動かず、穴のない所では棒が押されてフックが外れると説明される。そのため、穴の有無という二値が、そのまま糸の上げ下げという二つの状態に対応する[2]。
この方式では、カードを鎖状につなぎ、1枚が模様の1列に当たる[3]。複雑な模様ほど枚数が必要になる。二択を並べるだけで任意の模様を表せるが、模様が細かいほど記録が長くなる、という性質もここで見える。では、この二択の記録は、織物以外の情報にも使えるのか。
2. 国勢調査の 数えものを、穴が たすけたの?
2. 国勢調査の集計は、穴あきカードでどれだけ速くなったのか
2. 1888年の集計競争:穴あきカード方式は何を速くしたか
1880年の アメリカの 国勢調査は、人の 数や くらしを かぞえるのが おいつかず、たいへんでした。そこで 1888年に、かぞえ方の きょうそうが ありました。
かった のは、ホレリスの カードの やり方です。きょうそうの 記録では、データを カードに うつす のに、ホレリスは 72.5時間。ほかの 二人は 144.5時間と 100.5時間でした。ホレリスが いちばん はやかったのです。
穴は、どう 読まれたのでしょう。カードの 穴に、ばねの ついた 針を 通します。針が 下の 水銀に ふれると、電気が 通る みちが できます。すると、かぞえる 文字ばんが 一つ すすみ、読み終わると ベルが なりました。
穴が あれば、電気の みちが できる。ない ところは、針が かみに とまって、みちは できません。おりものの 穴と、同じ かんがえです。
1880年の米国国勢調査は、集計が追いつかないほど大変な仕事になりました。そこで国勢調査局は、1888年に集計方法の競争を開き、ホレリスのカード方式が勝ちました[4]。
競争の記録を見ると、データをカードに記録するのに、ホレリスは72.5時間、ほかの2人は144.5時間と100.5時間でした。集計の準備は、ホレリスが5.5時間、ほかが44.5時間と55.5時間です[4]。単純に割ると、記録の時間はいちばん速い相手の約0.72倍(72.5÷100.5)、集計の準備は約8分の1から10分の1です(44.5÷5.5は約8.1、55.5÷5.5は約10.1)。
ホレリスの読み取り機では、カードの穴にばね付きの針を通します。針が下の水銀の入れ物にふれると電気の回路ができ、数える文字盤が進み、読み終わるとベルが鳴りました[4]。織機では、穴が棒を通す・通さないを決めました。ここでは、穴が電気の通り道になります。道具は変わっても、穴のあり・なしを読む考え方が同じです。
では、1枚のカードに、人の何を、どうやって入れたのでしょうか。
1880年の米国国勢調査は集計が追いつかず、国勢調査局は1888年に、集計方法を比べる競争を行った。結果はホレリスのカード方式の勝ちだった。ただし競争は1888年で、本番の国勢調査は1890年であり、この二つを混同してはいけない[4]。
記録の数値は次のとおりである。データの記録にかかった時間は、ホレリスが72.5時間、ほかの2人が144.5時間と100.5時間。集計の準備は、ホレリスが5.5時間、ほかが44.5時間と55.5時間だった[4]。これを割ると、記録は最も速い相手の約0.72倍(72.5÷100.5)、準備は約8.1倍から10.1倍の差になる(44.5÷5.5、55.5÷5.5)。この競争記録では、記録よりも集計の準備時間の差が大きい。
この速さの土台が、穴を電気に結びつけた読み取り機である。ばね付きの針がカードの穴を通り、下の水銀に触れると回路ができる。すると文字盤が進み、読み終わりをベルが知らせた[4]。穴の有無は、織機では棒が通るかどうか、ここでは電流が流れるかどうかを決める。媒体が変わっても、情報は二択のままである。
とはいえ、穴の有無だけでは「ある・ない」の情報しか表せない。人口調査のように、年齢も婚姻も職業も含む記録は、どう扱うのか。
3. 穴の ばしょで、年れいや 結婚を つたえたの?
3. 穴の「位置」に意味を持たせて、6000万枚を処理した
3. 穴の位置に意味を持たせる:1890年の国勢調査の処理量
ひとつの 穴は「ある」か「ない」しか いえません。でも、カードの どこに 穴を あけるかで、ちがう ことを あらわせます。ホレリスの カードでは、穴の いちが、年れいや 結婚しているかなど、一人ひとりの ことを あらわした、と せつめい されて います。
たとえば、えんぴつで 書く かわりに、「この ばしょに 穴が あれば 結婚して いる」と きめて おきます。すると、機械は 文字を 読まなくても、穴の ばしょだけで 人の ことが わかります。
1890年の 国勢調査では、6000万まいほどの カードに 穴が あけられました。作業を する 人は、ふつうの 日で 1日 7000まいくらい。手で かぞえる やり方の 10ばいか、それより はやい はやさでした。なれた 人なら、1分で 80まいを 機械に かけられたそうです。
穴は、あるかないかの二択です。それでも、穴を開ける場所を決めておけば、いろいろな情報を表せます。ホレリスの国勢調査用カードでは、穴の位置が、年齢や婚姻状況など、一人ひとりの特性を表したと説明されています[6]。
たとえば「この場所に穴があれば、結婚している」と決めておけば、機械は文字を読めなくても、人の情報を数えられます。文字の形を見分けなくても、針が通るかどうかを調べれば足ります。
1890年の国勢調査では、約6000万枚のカードに穴が開けられ、機械に手で入れて処理されました。平均的な作業者で1日約7000枚、手作業の少なくとも10倍の速さでした。熟練すれば、1分に80枚を処理できたそうです[5]。
単純な計算ですが、6000万枚を1日7000枚で割ると、約8600日分の仕事です(60,000,000÷7,000)。作業者が1人だけなら、毎日休まず続けて20年以上かかる量で、実際には機械と作業者を増やして進めたと考えられます。ただし、カードの枚数は、資料によって6000万から1億までゆれます。ここでは、コンピュータ歴史博物館の数字を使いました。
こうして穴あきカードは、大きな仕事にも使えることを示しました[6]。次に起きたのは、カードそのものの改良です。
穴の有無は二択だが、位置を決めておけば、多くの項目を同じカードに載せられる。ホレリスの国勢調査用カードでは、穴の位置が年齢や婚姻状況などの特性を表した、と説明される。この点は資料の抜粋による記述であり、位置と項目の対応の細部までは確定できないため、一般的な説明にとどめる[6]。
位置に意味を持たせる利点は、機械が文字を読む必要がなくなることである。「この位置に穴があれば既婚」と決めておけば、針が通るかどうかを調べるだけで集計できる。ありなしの検出は、針と回路で足りる。
1890年の米国国勢調査でこの方式は大規模に使われた。コンピュータ歴史博物館(Computer History Museum)によれば、約6000万枚のカードが穴あけされ、機械に手で入れて処理された。平均的な作業者で1日約7000枚、手作業の少なくとも10倍の速さであり、熟練者は1分に80枚を処理できた[5]。
この数字を使い、規模を概算する。60,000,000÷7,000で約8,600日分の仕事になる。作業者1人が毎日休まず進めたとすれば約23年かかる量だが、実際には複数の作業者と機械で進めた。なお、カードの枚数は資料により6000万から1億までゆれるため、ここでは出典を明示して6000万枚を用いた[5]。この処理量が、パンチカードが大きな仕事に耐えることを示した[6]。
ところが、カードの大きさには限りがある。穴をふやしたいとき、何を変えたのか。
4. 小さな 四角い 穴で、カードは どう かわったの?
4. 穴を四角く小さくすると、カードに入る情報はふえたのか
4. 1928年の80列カード:穴の形と大きさを変える改良
カードの 大きさを かえずに、もっと たくさん つたえたい。そのために 穴を 小さく する くふうが ありました。
1900年ごろの カードは、22れつ、穴の いちが 8つ。そのあと 1920年代の おわりまでは、45れつで まるい 穴、いちが 12こ でした。
1928年に、アイ・ビー・エムは 80れつの カードを 出しました。穴は 四角くて 小さく、10だんの いちに あけます。同じ 大きさの カードに 入る データが、ほぼ 二ばいに なりました。読み取りも らくに なったと いわれます。のちに 12だんに なりました。
ただし、四角い 穴の 80れつを 最初に 考えたのは、アイ・ビー・エムでは ないという 資料も あります。ここでは「1928年に アイ・ビー・エムが とり入れた」と いいます。
カードの大きさを変えずに、もっと多くの情報を載せたい。そのために、穴を小さくする工夫が出てきました。
IBMの歴史資料によると、1900年ごろのカードは22列で、穴の位置は8つでした。1920年代の終わりまでは、45列の丸い穴で、穴の位置は12でした。そして1928年、IBMは80列・10行の、四角くて小さい穴のカードを出しました。IBMは、同じ大きさのカードに入るデータがほぼ倍になり、読み取りも楽になったと説明しています。のちに行は12に増えました[7]。
列の数だけを比べると、45列から80列で約1.8倍です(80÷45)。ただし、行の数は12から10に減っているので、「穴の場所の総数」で比べると別の計算になります。IBMの説明する「ほぼ倍」は、列の増加と読み取りやすさをまとめた言い方だと受け取るのが安全です。
ここで注意したいのは、四角い穴で80列にした発明者です。IBMの資料はIBMが1928年に出したと書きますが、起源を英国の別の会社とする資料もあります。ですからここでは「1928年にIBMが採用した」とだけ言います。
この80列カードは、その後の長い間、データの入れ物の標準になりました。それは、コンピュータの時代にも続くのでしょうか。
1枚のカードに入る情報量は、穴の数で決まる。そのため、同じ大きさのまま穴の密度を上げる工夫が進んだ。IBMの歴史資料によれば、1900年ごろのカードは22列・8の穴位置、1920年代末までは45列の丸い穴・12の穴位置だった。1928年にIBMが出した新しいカードは、80列・10行の四角く小さい穴で、IBMは、同じ大きさのカードに入るデータがほぼ倍になり、読み取りも楽になったと説明している。のちに行は12に増えた[7]。
数字で確かめる。列の数だけを見ると、45から80へ約1.8倍(80÷45)である。一方、行は12から10へ減っているため、穴の位置の総数で見ると同じ比にはならない。「ほぼ倍」という説明は、列の増加と、読み取りやすさを含めた総合的な言い方と受け取るのが妥当である。
四角い穴・80列の起源は、IBMの資料と、趣味の資料で食いちがう。後者は英国のBTMを挙げる。そのため本稿では「1928年にIBMが採用した」とだけ書く[7]。こうした出どころの割れは、技術史ではめずらしくない。
ともあれ、この80列カードは、のちの電子計算機の時代にも、データを入れる標準の形として残る。では、織機の穴は、どこまで届いたのか。
5. カードは、コンピュータの じだいまで のこったの?
5. 織機の考えは、コンピュータの入り口まで届いたのか
5. 織機から解析機関、電子計算機へ:穴の考えが受け継がれた道
1830年ごろ、バベッジは、まだ つくられなかった「かいせききかん」と いう 計算の 機械を かんがえて いました。解析機関を うごかすために、バベッジは カードの 穴の かんがえを とり入れました。
ラブレスと いう 人は、この 機械を「ジャカードの はたおりきが 花や 葉を おるように、数しきの もようを おる」と たとえました。
のちに 計算機が 売り出されると、パンチカードは データや プログラムを 入れる おもな やり方に なりました。1990年代の はんばには、ほとんど 使われなく なりました。
おもしろいのは そのあとです。アイ・ビー・エムでは、カードの 売りを やめたあとも、1990年代の はじめまで、社員が メモ用紙として 使うのが ふつうでした。
織機の穴の考えは、織物の外にも、コンピュータにつながる道を持っていました。バベッジは1830年ごろ、まだ作られなかった解析機関を動かすために、パンチカードの考えを採り入れました[3]。
ラブレスは、解析機関は、ジャカード織機が花や葉を織るように、代数の模様を織る、と述べました[3]。注意したいのは、解析機関は実際には作られなかったことです。コンピュータが完成した話ではなく、織機の穴の発想が、計算の機械を考える人々に届いていた、という話です。
のちにIBMやレミントン・ランドが電子計算機を売り出すと、パンチカードはデータやプログラムを入れる主な方法の一つになりました。1990年代の半ばにはほとんど使われなくなり、販売の記録は1996年まであります[6]。
IBMのカードは、ほぼ半世紀、世界の保存データの大半を持っていたとされます。データ処理用に売るのをやめたあとも、1990年代の初めまで、IBMの社員がメモ用紙として使う習慣が続いていました[7]。
織物の模様から始まった穴は、数える仕事を経て、機械に指示を入れる道具になり、最後はメモ用紙として親しまれました。
織機の穴の発想は、織物の外へ移った。バベッジは1830年ごろ、結局作られなかった解析機関を制御するために、パンチカードの考えを採り入れた。ラブレスは、解析機関はジャカード織機が花や葉を織るように代数の模様を織る、と述べた[3]。解析機関は完成していないので、これはコンピュータの完成を示す話ではない。穴で指示を書くという考えが、計算の機械を構想する人に届いていたことを示す記述である。
実用の段階に入ったのは、電子計算機が売り出されてからである。IBMやレミントン・ランドの製品が登場すると、パンチカードはデータやプログラムを入れる主な方法の一つになった。1990年代半ばにはほとんど使われなくなったが、販売の記録は1996年まである[6]。
IBMの資料は、IBMのカードがほぼ半世紀、世界の保存データの大半を持っていたとする。データ処理用に売るのをやめたあとも、1990年代初めまで、IBM社員がメモ用紙として使う習慣があった[7]。
全体を通せば、穴の有無という最小の二択が、織機で糸の上げ下げを決め、国勢調査で穴の位置に項目の意味を持たせて記録し、コンピュータで命令とデータを運んだ。変わったのは、読み取る手段と、一枚に詰める量である。穴の発想は一本の線で続いている。
6. 穴の ばしょで、ともだちに つたえて みよう
6. 穴の位置だけで、友だちに情報を伝えてみる
6. 穴の位置に意味を持たせて試し、原典に当たる
きょう できる こと
あつ紙を 12まいの 小さな カードに 切ります。おうちの 人と いっしょに、12まい ぜんぶに、おなじ ならびで、はしに 12この しるしを つけます。1月から 12月まで、しるしの ばしょを きめて おきます。
そのあとで、自分の たんじょう月の しるしの ばしょに、一つだけ 穴を あけます。穴あけパンチを 使う ときは、ゆびを はさまないよう 気を つけて ください。ともだちは、穴の ばしょだけを 見て、何月か 当てます。
しらべる とき
がっこうや としょかんで、ふるい コンピュータの 本を さがして みましょう。カードの しゃしんが のって いる かも しれません。
穴の位置で伝える
厚紙を12枚の小さなカードに切り、12枚すべてに、同じ並びで縁に12か所の印を付けます。1月から12月まで、印の位置を決めておきます。自分の誕生月に当たる印の位置に、1つだけ穴を開けます。穴開けパンチを使うときは、指をはさまないように気をつけてください。友だちは、穴の位置だけを手がかりに、何月かを当てます。文字を読まなくても情報が伝わることが、体で分かります。
資料を読むなら
国勢調査局の説明[4]は、読み取り機の仕組みが分かる一次資料です。IBMの歴史ページ[7]では、カードの変遷が読めます。どちらも英語です。日本語で読むなら、図書館で、昔のコンピュータの歴史の本を探すとよいでしょう。
位置で伝える実験
厚紙のカード12枚に、全カードに同じ並びで縁へ12か所の印を付け、1月から12月に位置を割り当てる。誕生月の位置に穴を1つ開け、友人に位置だけから月を当ててもらう。文字を読み取らせなくても、位置という約束が情報を運べることを、体で確かめられる。穴開けパンチは指をはさまないよう注意する。
資料を読むなら
1888年の競争の数値と読み取り機の仕組みは国勢調査局の記述[4]、約6000万枚という処理量と作業の速さはコンピュータ歴史博物館[5]、位置と意味の対応や電子計算機への展開はアイオワ大学のD. W. Jonesの資料[6]、80列カードの変遷とメモ用紙の習慣はIBMの歴史ページ[7]にある。織機については科学博物館のモデル[1]、バベッジとラブレスについてはコロンビア大学の資料[3]を読むとよい。これらの多くは英語であり、各社の記述には自社の立場が含まれるため、複数を比べて読む姿勢が必要になる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- Science Museum Group. Model of Falcon's loom. https://collection.sciencemuseumgroup.org.uk/objects/co44927/model-of-falcons-loom (ファルコンの織機・引き子)
- Wikipedia. Jacquard machine. https://en.wikipedia.org/wiki/Jacquard_machine (ジャカード織機の穴の仕組み・カード枚数)
- Columbia University Computing History. Jacquard. https://www1.columbia.edu/cu/computinghistory/jacquard.html (ジャカード方式・バベッジとラブレス)
- U.S. Census Bureau. The Hollerith Machine. https://www.census.gov/about/history/bureau-history/census-innovations/technology/hollerith-machine.html (1888年の集計競争・読み取り機の仕組み)
- Computer History Museum. Making Sense of the Census. https://www.computerhistory.org/revolution/story/2 (1890年の処理枚数と速さ)
- D. W. Jones (University of Iowa). Punched Cards. https://homepage.cs.uiowa.edu/~dwjones/cards/history.html (穴の位置の意味・コンピュータ時代のカード)
- IBM. The IBM punched card. https://www.ibm.com/history/punched-card (80列カード・メモ用紙の習慣)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。