1. どうして うらがえして つかえるの?
1. 赤白帽は、1つの帽子で両方の組になれる
1. 表が赤、裏が白 ── 1つの帽子で2つの組を兼ねる設計
うんどうかいの あさ、あかぐみと しろぐみに わかれます。あかぐみの 子は、あかい ぼうしを かぶります。
この ぼうしは、おもてが あかで、うらが しろです[8]。うらがえせば、しろぐみの ぼうしに なります。ぼうしを ふたつ もたなくても いいのです。
この くふうを かんがえたのは、やなぎや きんごろうさんと いう、きげきの おしばいや らくごで ゆうめいな 人だと、こどもむけの ほんに しょうかい されて います[1]。
では、うんどうかいの 色は、どうして あかと しろなのでしょう。
運動会の朝、赤組になった子は赤い面を外に出して帽子をかぶります。組が変わる年は、同じ帽子を裏返して白い面を外にするだけです。赤白帽は、表が赤、裏が白の2色になった帽子で、表と裏を使い分けられるのが特徴です[8]。
この「裏返せば両方使える」という工夫は、喜劇俳優で落語家の柳家金語楼が発案したと、児童向けの本で紹介されています[1]。発案の正確な年は、この資料には書かれていません。インターネット上には、実用新案として登録したという記述もありますが、出典が示されていないため、ここでは取り上げません。
題名の問いへの答えの要点は、赤と白は運動会で組を見分ける色であり、帽子はその色を1つで切りかえられるようにしたもの、ということです。では、赤と白という色そのものは、どこから来たのでしょうか。
赤白帽は、生地の表面を赤、裏面を白にした2色の帽子で、表と裏を使い分けるリバーシブル機能をもつ[8]。組が毎年入れかわる学校では、色別に2種類の帽子を買い直す必要がなく、1つで両方の組を兼ねられる点が合理的である。
この形は、喜劇俳優で落語家の柳家金語楼が発案したと、児童向けの本で紹介されている[1]。ただし、この資料から分かるのは「紹介されている」という範囲までで、発案の年や、実用新案登録の有無・番号は示されていない。Wikipediaには登録に触れた記述もあるが、その部分に出典脚注がなく、一次資料でも確かめられていないため、事実としては扱わない。
つまり題名の問いの前半の答えは、赤と白は運動会の組分けの色で、帽子はその2色を裏表に載せた工夫だ、ということになる。残るのは、組分けの色がなぜ赤と白なのか、という後半である。
2. あかと しろは、どこから きた いろなの?
2. 赤と白は、源氏と平家の旗から来たのか
2. 源平の旗説と、その弱点 ── 赤と白の由来はどこまで言えるか
むかし、げんじと へいけと いう ふたつの ぶしの いえが、たたかった ことが あります。げんじは しろい はた、へいけは あかい はたを つかったと いわれます[2]。
この はたの いろが、うんどうかいの あかと しろの もとだと いう せつが、いちばん ゆうりょくだと されます[3]。
でも、しょうこは はっきり のこって いません。へいけの はたは、ものがたりでは「あかい はた」と かかれる ことが おおいのに、うんどうかいでは あかと しろと いうのも、ふしぎな ところです[3]。
ほかの せつも あります。あかと しろは、おもちや まくなどで、おめでたい いろ だからと いう かんがえです[4]。
では、うんどうかいの ぼうしは、むかしは どんな ものだったのでしょう。
赤と白の由来として有力とされるのが、源平合戦の旗です。国語辞典は「赤旗」を「平氏の旗。源氏の白旗に対する」と説明しています[2]。源氏が白、平家が赤の旗を使ったことから、対抗する2組を赤と白で分けるようになったという説です[3]。
ところが、この説には決定的な証拠が残っていません。『平家物語』では、平家の旗は「紅旗」より「赤旗」と書かれることが多く、源平由来なら「紅白」より「赤白」が自然だという指摘もあります[3]。
別の説として、赤と白を紅白餅・紅白幕・赤飯のような「おめでたい配色」とみる考えもあります[4]。ある記事は、海外の学校では「赤青」に分かれることが多いとも述べていますが、これは一つの記事の記述で、一般化はできません[4]。
色の由来には、このように複数の説があります。では、その色を頭につける道具は、帽子になる前は何だったのでしょうか。
赤と白の組分けの由来として最も有力とされるのは、源平合戦で源氏が白旗、平家が赤旗を用いたことに結びつける説である。国語辞典は「赤旗」を「平氏の旗。源氏の白旗に対する」と記し[2]、百科事典は、平家が五行説の火剋金の考えから、金の白に勝る火の赤を採ったという説明も載せている[2]。
ただし、この説は有力という以上のものではない。決定的な証拠は残っておらず、平家の旗は『平家物語』で「紅旗」より「赤旗」と書かれることが多いため、源平由来なら「赤白」と呼ぶほうが自然だという指摘もある[3]。また、紅白歌合戦の名は、剣道の「紅白試合」にヒントを得たという説が有力とされる[3]。「紅白」という言葉の広まりも、源平の旗だけでは説明しきれないようだ。
もう一つは、赤と白を紅白餅・紅白幕・赤飯に通じる「おめでたい配色」とみる説である[4]。同じ記事は、海外の学校では「赤青」に分かれることが多いと述べるが、これは商業記事の記述で、国ごとの調査結果ではない[4]。結局、運動会で赤と白に分ける習慣がいつ学校で始まったかを示す史料は、今回の資料には含まれず、由来は説の段階にとどまる。
色の話はここまでにして、次はその色を頭に載せる道具が、どう移り変わったかを見る。
3. ぼうしの まえは、あたまに なにを つけて いたの?
3. 帽子になる前の、赤と白のはちまき
3. はちまきから帽子へ ── 昭和30年代に起きた入れかわり
にほんの うんどうかいは、いまから 150ねん いじょう まえに はじまったと いわれます[5]。くわしい はじまりには ほかの せつも あります。
むかしは、あたまに あかと しろの はちまきを まいて いました[1]。それが、しょうわ 30ねんだいに なって、あつさ たいさくにも なる ぼうしに、すこしずつ かわって いきました[1]。
あかしろぼうしは、1959ねんごろに うりだされた とも いわれます[1]。つばの ない ものも あります。
ひなたでの うんどうは、あつい ものです。ぼうしの いろで、あつさは かわるのでしょうか。
運動会のはじまりとしてよく挙げられるのは、1874(明治7)年に海軍兵学寮で開かれた「競闘遊戯(アスレチック・スポーツ)」です。ただし、起源には他の説もあります[5]。
この資料には、紅白の色分けや帽子のことは書かれていません。別の児童向けの本によると、昔は頭に赤白のはちまきを巻いていましたが、昭和30年代になって、日射病予防にもなる赤白帽へ少しずつ変わっていきました[1]。
ほかの児童向け図鑑には、赤白帽は昭和34年(1959年)ごろに発売された、という記述もあります。この年は発売の目安で、発案の年と同じとは限りません[1]。
日差しから頭を守れて、敵味方も見分けやすいことから、赤白帽は戦後、全国の学校に広まったとされます[6]。はちまきから帽子へ、役目は「組の印」から「日よけを兼ねた組の印」へ広がったと読めます。
日よけが役目に加わったのなら、赤と白で暑さにちがいはあるのでしょうか。
色分けの道具は、はじめから帽子だったわけではない。児童向けの本は、昔は頭に赤白のはちまきを巻いており、昭和30年代になって、日射病予防にもなる赤白帽へ少しずつ変わっていった、と述べる[1]。別の児童向け図鑑には、昭和34年(1959年)ごろに発売された、との記述もある[1]。この年は「ごろ」の目安であり、発案の年とは別に考える必要がある。
この転換が運動会という場に根づいた背景は、少なくとも2つ考えられる。1つは、日差しから頭を守れることである。もう1つは、帽子ならチームの敵味方を見分けやすいことで、日本経済新聞は、この2点から戦後、全国の学校に普及したと伝えている[6](会員限定記事の冒頭部分にもとづく)。
参考までに、運動会の始まりは1874(明治7)年、海軍兵学寮の競闘遊戯とされる[5]。ただしこの資料には色分けや帽子の記述がなく、運動会の始まりと赤白の組分けの始まりを同じ時期とみなすことはできない。
はちまきと帽子では、頭を覆う面積が違う。日よけを兼ねた帽子に色の差があるなら、その差は体感にも関わる。次の章でその点を見る。
4. あかい ぼうしは、しろい ぼうしより あついの?
4. 赤い帽子と白い帽子は、暑さがどれくらいちがうのか
4. 赤帽と白帽の蓄熱差 ── 20〜30℃という数字の読み方
うんどうかいの しゃしんを つかった けんしょうが あります。あかい ぼうしは、50ど いじょうまで あつく なる ことが ありました[7]。
しろい ぼうしと くらべると、20ど から 30ど ほど ちがいが ありました。これは、うんどうかいの しゃしんで しらべた ひょうめんの おんどです。べつの けんしょうでは、いろの ちがう ぼうしを うごいて いる ときに くらべ、いちばん あつさを おさえたのは、しろい ぼうしでした。この けんしょうに、あかい ぼうしは ありません[7]。
でも、あかい ぼうしが わるいわけでは ありません。ぼうしは、かぶらないよりも、かぶった ほうが いいと されます[7]。
あつい 日は、ぼうしを かぶり、みずを のんで、やすみましょう。
ウェザーニュースの記事は、運動会の写真による検証を紹介しています。それによると、色の濃い赤帽は50℃以上にまで蓄熱し、白帽と比べて20〜30℃ほどの差が生じていました。これは運動会の写真から見た表面の温度です。同じ記事は別の検証として、色のちがう帽子(ピンク・グレー・白・黒)を運動中に比べ、最も温度上昇を抑えたのは白色の帽子だったとも紹介しています。こちらの検証に赤帽は入っていません[7]。
数字は大きく見えますが、受け取り方には注意が要ります。表面の温度が高いことは、頭の中や体感温度が同じだけ高いことを意味しません。
この記事も、赤帽が危険だと言いたいのではありません。帽子は、かぶらないよりかぶるほうがよい、というのが主旨です[7]。暑い日の運動会では、帽子に加えて、休む・水分をとるといった工夫が大切になります。
赤と白は、組を分ける色であるだけでなく、暑さの面でも少し性格が違う色だったのです。
色の違いが暑さに及ぼす影響については、ウェザーニュースが運動会の写真による検証を紹介している。色の濃い赤帽も50℃以上にまで蓄熱し、白帽と比べて20〜30℃ほどの差が生じた。これは運動会の写真から見た表面温度である。同じ記事は別の検証として、ピンク・グレー・白・黒の帽子を運動中に比べ、最も温度上昇を抑えたのは白色の帽子だったと紹介している。こちらの対象に赤帽は含まれない[7]。
表面の温度と頭皮や体感の温度は別で、1つの検証結果をすべての帽子に当てはめることはできない。
その一方で、結論としては同じ記事が「帽子はかぶらないよりかぶるほうがよい」と述べている[7]。つまり赤帽を避けるべきだという話ではない。ここで確かめられるのは、色による差が出うること、そして帽子の役目は日射病予防にも広がっていること(前章)の2点までである。
赤と白の色分けは、由来が説にとどまり、帽子の形も紹介された範囲でしか追えない。では、身近な1つの帽子から何が確かめられるか。最後に、自分でできる観察をあげる。
5. じぶんの ぼうしを、ひっくりかえして みよう
5. 自分の帽子で、色と暑さを見くらべる
5. 手元の帽子と資料を読み比べる
おうちに あかしろぼうしが あれば、ひっくりかえして みましょう。ぬいめや、ふちの つくりに、2つの いろを 1つに した くふうが みえます。
おなじ おおきさ・おなじ ざいりょうの あかい かみと しろい かみを、ひなたに 2ふん ほど おいて みましょう。さわって くらべると、あつさが ちがうかも しれません。ながく おかないで、おとなと いっしょに やりましょう。
おうちの 人に、むかしの うんどうかいでは、なにを あたまに つけて いたかを きいて みても いいですね。
家に赤白帽があれば、裏返して縫い目やふちを見てみましょう。2色を1つの帽子にまとめる工夫が、どう作られているか分かります。つばがあるものと、ないものを見くらべるのもよいでしょう[8]。
同じ大きさ・同じ素材の赤と白の紙(または布)を同じ日なたに2分ほど置いて、手の甲でふれ比べると、温度の違いが感じられるかもしれません。長く置かず、必ず大人といっしょに行ってください。帽子の写真を使ったウェザーニュースの検証[7]とは条件が違うので同じ結果になるとは限りませんが、自分の手で確かめた感覚が残ります。
家の人に、自分が子どもだったころの運動会では、何を頭につけていたかを聞いてみるのもおすすめです。はちまきだったのか、帽子だったのか。昭和30年代の変化[1]が、家族の話と重なるかもしれません。
手元の帽子で確かめられることは、2つある。1つは、表裏の色の構造と素材、つばの有無である[8]。もう1つは、同じ大きさ・同じ素材の赤と白の紙や布を日なたに短時間置いて比べる簡単な観察だが、直射日光の下に長く置かず、大人といっしょに行うこと。帽子の写真による検証[7]とは条件が異なる別の観察で、数字がそのまま再現されるとは限らない。
資料の読み比べも手がかりになる。柳家金語楼の発案という紹介[1]は児童向けの本によるもので、一次資料にもとづく記述ではない。源平由来説[3]と「おめでたい配色」説[4]は、どちらも決め手に欠ける。この3つは、確かさの段階が違う。そのため、並べて読むと、説と事実の区別の練習になる。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースは、こうした児童向けの本や図鑑の記述を日本語で調べられる入口である[1]。赤白帽の最初のメーカーや発案の正確な年は、今回の資料では示されていない。ここを調べる余地は、そのまま残っている。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:国立国会図書館のデータベースに載る児童向けの本の引用、国語辞典、新聞・ニュース記事を使った。赤白の由来は説であり、複数の資料を並べて読んだ。何に使ったかは、それぞれの項目に書いている。
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「赤白帽(紅白帽)の由来」(『学校スポーツ』『昔の子どものくらし事典』『未来をつかめ!平成ビジュアル図鑑』を引用)。https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000296130&page=ref_view (柳家金語楼の発案、はちまきから帽子への移り変わり、発売時期の目安について。児童向けの本の引用)
- コトバンク「赤旗」(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・百科事典マイペディア)。https://kotobank.jp/word/%E8%B5%A4%E6%97%97 (平家の赤旗と源氏の白旗について)
- 日本経済新聞「ルーツは源氏と平家? 紅白歌合戦が赤白でないワケ」。https://www.nikkei.com/article/DGXNASDB19001_Z11C13A2000000/ (源平由来説の有力さと、証拠が残っていないことについて)
- BCN+R「紅白歌合戦や運動会はなぜ「赤白」にわかれる?」。https://www.bcnretail.com/market/detail/20241215_476474.html (おめでたい配色説と、海外の例について。商業記事の記述)
- 立命館 史資料センター「<懐かしの立命館>立命館学園運動会の伝統」。https://www.ritsumei.ac.jp/archives/column/article.html/?id=265 (日本の運動会の始まりについて。紅白や帽子の記述はない)
- 日本経済新聞「赤白帽 色ごとに生まれる一体感」。https://www.nikkei.com/article/DGKDZO72007340Q4A530C1NNMP00/ (戦後に全国へ広まった理由について。会員限定記事の冒頭部分)
- ウェザーニュース「猛暑・酷暑から頭を守る帽子、色と素材の選び方」。https://weathernews.jp/news/202608/250151/ (赤帽と白帽の温度差について。1つの検証の紹介で、測定条件の詳細は不明)
- Wikipedia「紅白帽」。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%85%E7%99%BD%E5%B8%BD (帽子の構造と素材について。補助的に使用)
なおした ところ
更新履歴
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