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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

おなじ ことを つづけると、どうして あきて くるの?

同じことを続けると、どうして飽きてくるのか ── 馴化と予想とのずれから考える

同じことを続けると飽きるのはなぜか ── 馴化と「予想とのずれ」から考える

分野:からだ

おなじ ことばを 30かいも いいつづけると、その ことばが へんに きこえて くる ことが あります。ことばは ちっとも かわって いないのに、のうの はんのうが かわる のです。

どうして そんな ことが おきるのでしょう。「あきる」の おくに ある、のうの「なれ」の しくみが わかります。

同じ言葉を何十回も繰り返して言うと、意味がぼやけて、ただの音のように感じられることがあります。30回の繰り返しのあとで、その言葉への反応が遅くなったという実験も報告されています[1]。

言葉は何も変わっていないのに、なぜ頭の反応は弱まるのでしょうか。この記事では、「飽きる」の土台にあると考えられる「馴化」という慣れの仕組みを、赤ちゃんの研究、海の生きものの反射、脳の信号とつなげて考えます。読み終えると、飽きることが「変化に気づくための省エネ」と考えられている理由が分かります。

同じ語を何十回も繰り返すと、意味がぼやけてくることがある。「意味飽和」と呼ばれ、30回の反復後に反応が遅くなったという報告がある[1]。語は変わらないのに、反応だけが落ちる。

この現象を、反復で反応が弱まる「馴化」という学習の枠で整理し、乳児の注視、アメフラシの反射、ドーパミン神経の記録へと順につなげる。飽きが、疲れとは別の、変化に気づくための仕組みとして説明される理由が分かる。ただし「退屈」という気持ちそのものの説明ではなく、反応が弱まる仕組みの話である。

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1. おなじ ことばを いいつづけると、どうなるの?

1. 同じ言葉を何度も言うと、どうして意味がぼやけるのでしょう

1. 意味飽和 ── 同じ語の反復で、なぜ反応が落ちるのか

「りんご、りんご、りんご」と、なんども いって みた ことは ありますか。20かい、30かいと いうと、りんごが なんだったか、わからなく なる ような かんじが する ことが あります。

これを「いみほうわ」と よぶ ことが あります。ある じっけんでは、おなじ なかまの ことばを 30かい くりかえした あと、その ことばを はんだんする のが、おそく なりました[1]。

ただし、どこで おきて いるのかは、けんきゅうして いる 人の あいだでも、まだ いけんが わかれて います[2]。ことばの いみなのか、かたちなのか、むすびつきなのかは、きまって いません。

では、これは ただ「つかれた」だけなので しょうか。

この現象は「意味飽和」と呼ばれます。1960年ごろにランバートとヤコボヴィッツが、同じ語を繰り返すと意味の評価が変わることを示しました。1962年にはリオン・ジェームズ(旧姓ヤコボヴィッツ)が学位論文でこの名前を使ったと伝えられています[1]。のちにスミスとクラインは、同じ分類の語を30回繰り返したあとで、反応が遅くなることを示しました[1]。

ここで大事なのは、起きていることは「その言葉への反応が鈍くなる」と説明されることが多い、という点です[2]。意味、語の形、連想のどの段階で起こるのかは、研究者のあいだで議論が続いていて、決着していません[2]。脳細胞が疲れるからだという説は、一説にとどまります。

では、これは単に「疲れた」だけなのでしょうか。それとも、疲れとは別の仕組みがあるのでしょうか。

同じ語を繰り返すと意味がぼやける現象は、意味飽和と呼ばれる。ランバートとヤコボヴィッツが1960年ごろに、反復による意味評価の変化を示し、リオン・ジェームズ(旧姓ヤコボヴィッツ)が1962年の学位論文でこの名を使ったとされる[1]。その後スミスとクラインが、30回の反復後に、繰り返された分類への反応が遅くなることを報告した[1]。

注目したいのは、これが「同じ言葉に対する脳の反応が鈍くなること」から生じると説明されがちな点である[2]。ただし、鈍るのが意味の段階か、語形の段階か、連想の段階かは、ピロッティ(1997)やティアンとヒューバー(2010)らの間でも議論が続き、決着していない[2]。ジェームズによる「脳細胞の疲労」という見方も、一説の位置づけである。

原因の場所は割れていても、「同じものの繰り返しで反応が落ちる」こと自体は、別の分野ではもっと単純な形で調べられている。それは本当に疲労なのか。

2. あきるのは、つかれたのと ちがうの?

2. 飽きるのは「疲れた」のとは、どこが違うのでしょう

2. 馴化と疲労の区別 ── 刺激特定性と脱馴化

おなじ ことを くりかえすと、はんのうが よわく なる ことを、「なれ」と いいます。むずかしい ことばでは「じゅんか」です[3]。

たとえば、けいほうの 音に、だんだん おどろかなく なる ことが あります。ところが、車の クラクションには、やっぱり おどろきます[3]。

うでが つかれて うごかない のとは ちがいます。くりかえした 音だけに はんのうが よわく なるので、ほかの 音には ちゃんと はんのうします。

それに、しばらく やすむと、また おどろく ように もどる ことも あります。ちがう 音が まじると、もとの 音への はんのうも もどると いわれます[4]。

つまり「なれ」は、からだが くたびれる こととは べつの、のうの はたらきと かんがえられて います。

では、ことばを はなせない あかちゃんに、この「なれ」を つかうと、なにが わかるのでしょう。

同じ刺激を繰り返したときに反応が弱まる現象を、馴化(慣れ)といいます。目や耳などの感覚器の順応や、筋肉などの疲れによる反応の低下は含めません。そうしたものでない場合、馴化は学習の一種と考えられます[3]。

馴化は、繰り返された刺激にだけ起こります。警報音には驚かなくなっても、車のクラクションには驚くでしょう[3]。似た刺激には、効果が広がることもあります。疲れなら、ほかの音への反応も一緒に鈍くなることがあります。この「刺激に特定される」性質は、疲れと見分ける手がかりの一つです。

国際的な研究者グループが2009年に整理した定義でも、馴化は感覚の順応や運動の疲れを含まない反応の低下とされています[4]。時間をおくと反応が戻ること(自発的回復)や、別の刺激を出すと元の刺激への反応も戻ること(脱馴化)が、特徴として挙げられています。刺激が弱いほど、頻繁なほど、低下は速いとされます[4]。

休むと戻る点は、疲れとも似ています。だからこそ、「繰り返した刺激だけに起こる」という点が、区別の目安になります。

この性質を、言葉で答えられない相手に使うとどうなるでしょうか。

馴化は、反復刺激による反応の減弱で、感覚順応・感覚疲労・運動疲労によらない場合に学習(非連合学習)とされる[3]。国際的な研究者グループ(ランキンら、2009)の整理も、感覚順応や運動疲労を含まない行動反応の低下という定義である[4]。

疲労との区別には、まず刺激特定性が使われる。警報音に驚かなくなっても、車のクラクションには驚くだろう[3]。疲労なら別の刺激への反応も落ちることがあり、刺激特定性は区別の手がかりの一つになる。似た刺激への効果の広がり(般化)はありうる。

ただし、休めば反応が戻る(自発的回復)点は、疲労の回復とも似る。馴化の特徴は、これに加えて、別の刺激を挟むと元の刺激への反応が戻る脱馴化があること、刺激が弱いほど・頻繁なほど低下が速いことである[4]。回復の有無だけでは区別できず、特定性や脱馴化をあわせて見る必要がある、というのがこの整理の読み方になる。

反応の低下と回復が、見分けの有無を示す指標になるなら、言葉で答えられない相手にも質問ができることになる。

3. あかちゃんは、どうして おなじ えに あきるの?

3. 言葉が話せない赤ちゃんに、「飽き」から何が分かるのでしょう

3. 乳児の注視と馴化法 ── 見分けられるかを、飽きと回復で推定する

あかちゃんは、「この 2つの え、ちがうよ」と いえません。でも、「あきる」ことを つかうと、みわけて いるかどうかが わかる ことが あります。

まず、えAを なんども みせます。はじめは じっと みて いても、だんだん みる 時間が みじかく なります。つまり、あきて くるのです[3]。

そこへ ちがう えBを みせます。また じっと みれば、「えAとは ちがう」と わかって いる、と かんがえられます[3]。

もし えBを みても おなじ ように あきたままなら、2つを わけて いない かもしれません。ラットや マウスでも、見た ことの ある ものと はじめての ものを わけて いるかを、おなじ やりかたで しらべます[3]。

ただし、あかちゃんが いつも あたらしい ものを すきな わけでは ありません。ごく はじめの ころは みなれた ものを すきな ばあいも ある、という けんきゅうも あります[5]。

こうした「なれ」は、あかちゃんだけの ものでしょうか。もっと ちいさな いきものにも あるのでしょうか。

赤ちゃんは「この二つの図は違うよ」とは言えません。そこで、見つめる時間(注視)が変わるようすを手がかりにします。図Aを繰り返し見せると、見つめる時間は減ります。そこで図Bを見せたとき、また見つめるなら、AとBを区別できていると推定できます[3]。

この方法は、言葉に頼れない相手を調べる手段として使われます。ラットやマウスでも、物体が見たことのあるものか、はじめてのものかの区別を調べるために使われます[3]。協力してくれた赤ちゃんや動物の反応を手がかりに、その見分けを読み取る方法です。

注意したいのは、赤ちゃんが必ず新しいものを好むわけではない点です。新しいものを長く見る「新奇好み」は1960年代から知られていますが、発達のごく早い時期には見慣れたものを好み、あとから新しいものを好むようになる、という研究もあります[5]。結果は一律ではありません。また発達心理学では、「脱馴化」という言葉を、Bへの反応の意味で使うことも多いそうです。

このような慣れは、人間の赤ちゃんだけのものでしょうか。

言語で報告できない乳児では、馴化法で弁別能力を推定する。視覚刺激Aを繰り返し提示すると注視が減少し、異なる刺激Bを提示して注視が回復すれば、AとBを弁別していると解釈する[3]。ラットやマウスでも、物体の既知・新奇の区別を調べるのに同様の考え方が使われる[3]。

ここで、反応の低下を「飽き」と呼ぶことには注意がいる。乳児が退屈を感じているかどうかを、注視時間は直接示さない。示すのは、繰り返しに伴う注視の減少と、新しい刺激での回復という行動の変化である。なお、発達心理学では、Bへの注視の回復を指して「脱馴化」と呼ぶことも多く、先の整理の用法と一致しない場合がある[4]。

もう一つの留意点は、乳児が一律に新奇を好むわけではないことだ。新奇な対象をより長く見る「新奇好み」は1960年代から知られる一方、発達の早い時期には見慣れたものを好み、のちに新奇を好むという報告もある[5]。馴化法は、好みでなく「注視の変化が弁別を反映する」という前提のうえに成り立つ。

弁別の手がかりになるほど基本的な慣れは、ヒトに限らない。どこまで単純な動物にあるのか。

4. うみの いきものにも、「なれ」は あるの?

4. 海の生きものも、同じものに慣れて反応しなくなるのでしょうか

4. アメフラシの鰓引っ込め反射 ── 単純な慣れはシナプスで起こる

うみに すむ アメフラシと いう、かいの なかまの いきものが います。すいかんと いう ところに さわると、えらを さっと ひっこめます。

ところが、よわく さわるのを なんども くりかえすと、えらを ひっこめなく なります[7]。「もう あぶなく ない」と わかった ように みえます。

この「なれ」は、しんけいの つなぎめで、つたえる ものが でる りょうが へる ことで おきる、と せつめいされて います[11]。つまり、とても ちいさな しくみで も、「なれ」は おきる のです。

「なれ」は、ほとんど すべての どうぶつに みられる、いちばん かんたんな「まなびかた」の ひとつと いわれます。どうでも いい ことは むしして、だいじな ことに きを むけるのに やくだつ からです[6]。

では、わたしたちの のうでは、「なれる」とき、なにが おきて いるのでしょう。

アメフラシは、ウミウシの仲間の海の軟体動物です。水管という部分に触れると、鰓を引っ込めます。ところが、弱い接触を何度も繰り返すと、引っ込めなくなります[7]。

この単純な慣れは、感覚ニューロンと運動ニューロンの間のつなぎ目(シナプス)で、伝達物質の放出が減ることで起こると説明されています[11]。大きな脳がなくても、小さな神経の仕組みで慣れが起きる、というわけです。そのため、アメフラシは学習と記憶の基本的なモデルとして研究されてきました[7]。

馴化は、ほぼすべての動物に見られる、最も単純な学習とされます。重要でない刺激を無視して、重要なことに注意を回す働きがあると考えられています[6]。ここでの「飽きる」は、気持ちというより、反応のスイッチが小さくなることです。

無視することで、何に注意を向けているのでしょうか。人間の脳では何が起こっているのでしょう。

アメフラシ(ウミウシの仲間の海の軟体動物)は、水管に触れると鰓を引っ込める。ところが、弱い接触を繰り返すと引っ込めなくなる[7]。この短期の慣れは、感覚ニューロンと運動ニューロンの間のシナプスで、伝達物質の放出が減ることで起こるとされ[11]、学習と記憶の基本モデルとして研究されてきた[7]。出典は高校生物の教材で、研究史の細部(実験の年代など)まではここでは扱わない。

回路が単純なので、行動の変化を、特定のシナプスの変化に結びつけて調べられる。これが、慣れが「最も単純な学習」と呼ばれる所以でもある。馴化は多くの動物に見られ、重要でない刺激への反応を弱めて、ほかの刺激に注意を向けやすくする働きがあると考えられている[6]。

しかし、アメフラシのシナプスの話は、ヒトの「飽き」の説明にそのまま移せるわけではない。慣れの回路の最小単位が分かったとき、次に問うべきは、もっと複雑な脳が、予想できることとできないことをどう仕分けるかである。

5. のうは、わかって いる ことを、なまけて いるの?

5. 予想できることには、脳の反応は小さくなるのでしょうか

5. ドーパミン神経と予測誤差 ── 「新しさ」と「予想とのずれ」は別か

サルを つかった けんきゅうが あります。ふいに ジュースが もらえると、のうの ドーパミンと いう ものを だす しんけいが、つよく はんのうします[8]。

ところが、ジュースが もらえる あいずを おぼえると、ジュースが きても はんのうせず、あいずの ほうに はんのうが うつります。いつも おなじ ものが もらえると、しんけいは しずかに なります[8]。

この ドーパミンは、「うれしさ」そのものでは なく、「よそうと ちがった」ことを つたえる しるしと かんがえられて います[8]。

マウスでは、はじめて みる ものに つよく はんのうし、なれると ちいさく なる しんけいが みつかりました[9]。これは マウスの けっかなので、ヒトに そのまま あてはめる ことは できません。

だから「あきる」の もとが ドーパミンだと、きめつける ことは できません。ただ、よそうできる ことに のうが しずかに なるのは、「あたらしい ことに きづくため」と かんがえる ことも できます。

では、あきる しくみは、うれしい ことにも はたらくのでしょうか。

脳の中で、慣れに近いことが起きているのかを見る実験があります。サルのドーパミン神経は、予想していなかったジュースには強く反応します。ところが、合図でジュースが来ると予想できるようになると、ジュースそのものには反応しなくなり、反応は合図のほうに移ります。いつも同じものがもらえるようになると、神経は静かになります[8]。

これは、ドーパミンが「快感そのもの」ではなく、「予想とのずれ」の信号だと考えられていることを意味します。予想が外れて報酬が来ないときには、反応が下がります[8]。

マウスの脳には、また別の発見があります。線条体の尾部(TS)のドーパミン神経は、はじめて見る合図に強く反応し、慣れると反応が小さくなりました。一方、腹側線条体のドーパミンは、新しい合図には反応せず、報酬と結びついてから反応しました[9]。「新しさ」と「報酬の予想とのずれ」は、別の経路が担っている可能性があります。ただしマウスの結果なので、人間の「飽き」にそのまま当てはめることはできません。

ドーパミンが「飽き」の直接の原因だと示した研究は、今回の資料にはありません。ですから、「予想できる繰り返しに対して、脳は反応を小さくし、新しい変化に注意を回しやすくしている」と考えるのは、あくまで一つの見方です。

こうした慣れは、うれしいことや楽しいことにも起こるのでしょうか。

サルのドーパミン神経は、予想外のジュースに強く反応する。課題に慣れ、合図でジュースが来ると予想できるようになると、ジュースそのものへの反応は消え、反応は合図に移る。毎回同じ報酬が来るようになると、神経は静かになる[8]。約束された報酬が来なければ活動は下がり、これは誤差信号を送ったと説明される[8]。したがってドーパミンを「快感そのもの」ととらえるのは正確でなく、予想と結果のずれを表す信号と考える立場がある。

では新しさへの反応は、この予測誤差と同じものか。マウスの研究は、そうとは限らないことを示す。線条体尾部(TS)のドーパミンは、新規の合図に強く興奮し、反復で反応が小さくなった。他方、腹側線条体(VS)のドーパミンは、新規の合図には反応せず、報酬と対にされてから反応した[9]。「新しさ」と「報酬予測誤差」は別の経路が担う可能性が示唆される。ただしマウスの結果で、ヒトの「飽き」にそのまま移せない。

ドーパミンが「飽き」の直接の原因であることを示した研究は、今回の資料にはない。そのため、「予想できる繰り返しには反応を下げ、新しい変化に注意を回す」という説明は、馴化と予測誤差を橋渡しする仮説として読むのが妥当だ。「退屈」という気持ちの正体も、この枠だけでは説明しきれない。

では、慣れは苦手な刺激や平凡な刺激だけのものか。喜びの側にも働くのか。

6. うれしい ことにも、なれて しまうの?

6. うれしい出来事にも、慣れは働くのでしょうか

6. 宝くじ高額当選者の研究 ── 快楽への慣れと、結果の読み方

むかし、たからくじに おおきく あたった 22人と、あたって いない 22人を くらべた けんきゅうが ありました。あたった 人が、とくべつ しあわせとは いえませんでした。ふだんの ちいさな たのしみから えられる うれしさは、むしろ ちいさかった のです[10]。

けんきゅうした 人たちは、あたらしい たのしみに「なれた」ことと、あたった ことが とても うれしかった ことと くらべて しまうことが、りゆうと かんがえました[10]。

ただし、これは 人数の すくない けんきゅうです。「おかねで しあわせに なれない」と いう はなしでは ありません。

ここから わかるのは、「なれる」のは、わるい ことばかりでは ない、という ことです。なれたら、あたらしい ことに 目が むきます。それなら、わたしたちは 自分の 「なれ」を、どう たしかめられるでしょう。

1978年に、宝くじの高額当選者22人と、当選していない22人を比べた研究が発表されました。当選者は、対照群より幸せとは言えませんでした。日常の小さな楽しみから得る喜びは、むしろ小さかったそうです[10]。

研究者は、新しい楽しみに慣れること(馴化)と、当選という頂点との対比を理由として説明しました[10]。人数が少ない研究です。

「お金で幸せになれない」という意味ではありません。1つの小さな研究を一般化せず、「慣れは、うれしい出来事にも働くことがあるという説明がある」と受けとめるのが安全です。

ここまでを振り返ると、慣れは「困った現象」ではなく、同じことは省エネして、変化に気づくための仕組みと見ることもできます。では、その慣れを、自分の身のまわりで確かめるにはどうすればいいでしょう。

1978年、ブリックマン、コーツ、ジャノフ=ブルマンは、宝くじの高額当選者22人と対照群22人を比べ、当選者が対照群より幸せとは言えず、日常の小さな出来事から得る喜びがむしろ小さかったと報告した[10]。この差は、新しい楽しみへの馴化と、当選という頂点との対比で説明された[10]。

ただしこの研究は小規模で、「お金で幸せになれない」と一般化はできない。ここで使えるのは抄録の範囲で、論文本文の詳細は扱っていない。

馴化は、感覚の疲れとは別の学習で、反復した刺激への反応を弱め、新しい変化に注意を回しやすくするという見方で整理できる。ただし、これで退屈という主観的な感情まで説明できるわけではない。反応の低下は確かに測れるが、それが「飽きた」という気持ちにどうつながるかは、別の問いとして残る。

では、この慣れを、誰もが家で確かめられるか。

7. おうちで、「なれ」を ためして みよう

7. 同じ言葉と、いつもの音で、慣れを試す

7. 確かめ方と、読める資料

すきな ことばを 1つ えらび、こえに だして 30かい いって みましょう。10かいめと 30かいめで、かんじが ちがうか くらべます。かわらなくても、それも ひとつの けっかです。

すこし やすんで から もう一どいって みると、どう なるでしょう。「なれ」は、時間を おくと もどる ことが あると いわれて います[4]。ことばでも おなじかは、わかりません。これは 自分の かんじかたを みる ことで、じっけんとは べつです。

あとは、いつも きこえて いる 音を さがして みましょう。とけいの 音、れいぞうこの 音などです。「いつから きこえて いた?」と、自分に きいて みます。

もっと しりたく なったら、「いみほうわ」や「じゅんか」を キーワードに、図書かんで しらべて みましょう。

好きな言葉を一つ選んで、声に出して10回、30回と繰り返してみましょう。10回目と30回目で、意味の感じ方や言い方がどう変わるか、メモしてみます。変わらなくても、それも一つの結果です。

少し休んでからもう一度言うと、どうなるでしょうか。馴化では、時間をおくと反応が戻ることが特徴とされます[4]。言葉にも当てはまるかは、分かっていません。自分の感じ方の観察であり、馴化の回復を確かめる実験とは別です。

もう一つは、家の中のいつもの音さがしです。時計や冷蔵庫の音に、いつ気づいたかを思い出します。「そう言えば、さっきから鳴っていた」と気づいた瞬間は、慣れが少し解けたと言えるかもしれません。ただし、これは日常の観察で、研究と同じ条件ではありません。

この記事の土台は、日本語の事典の解説[3]と、馴化の定義をまとめた国際研究者グループの論文[4]です。論文は英語ですが、図書館や学校の先生にたずねると、日本語の解説書も見つかります。

確かめるなら、好きな語を声に出して10回、30回と繰り返し、10回目と30回目の感じ方の違いをメモする。少し休んだあとに再び言うと、どう変わるか。馴化では時間をおくと回復するとされる[4]が、語の反復に当てはまるかは分からない。比較条件(回数、休憩の長さ)をそろえておけば、変化の有無を自分で整理できる。

資料を読むなら、馴化の定義と特徴は、ランキンらの総説(2009)[4]、日本語の概説は最新心理学事典の項目[3]が入口になる。動物の馴化の意義はフロンティアーズ誌の総説[6]、新しさに反応するドーパミン神経はメネガスらの論文(2017)[9]、意味飽和の研究は曹らの総説[1]にあたれる。

疑問として残るのは、反応の低下と「飽きた」という気持ちのあいだに何があるか、である。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:事典の項目、国際的な研究者グループの総説、学術論文、教材、解説記事を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. Cao ら(2019)Frontiers in Psychology(意味飽和についての論文)。https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2019.02236/full (意味飽和の歴史と、30回の反復後に反応が遅くなる実験について)
  2. ナゾロジー「意味飽和」の解説記事。https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/60598 (意味飽和は反応の鈍化と説明されること、原因の段階は議論が続くことについて)
  3. 最新心理学事典「馴化‐鋭敏化」(コトバンク、中島定彦)。https://kotobank.jp/word/馴化鋭敏化-2099792 (馴化の定義、刺激特定性、乳児の注視を使った見分けの調べ方について)
  4. Rankin ら(2009)Habituation revisited, Neurobiology of Learning and Memory。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2754195/ (馴化の定義、自発的回復、脱馴化、疲労との区別について)
  5. Fantz(1964)による乳児の新奇好みの研究(PubMed)。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14173773/ (赤ちゃんの新奇好みと、時期による違いについて。概要の範囲)
  6. Habituation mechanisms and their importance for cognitive function, Frontiers(2014)。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4288050/ (馴化がほぼすべての動物に見られ、重要でない刺激を無視する働きについて)
  7. 高校生物 学習(ウィキブックス)。https://ja.wikibooks.org/wiki/高等学校_生物/学習 (アメフラシの鰓引っ込め反射とシナプスの変化について。教材の範囲)
  8. BrainFacts.org, Discovering Dopamine's Role in Reward Prediction Error。https://www.brainfacts.org/brain-anatomy-and-function/genes-and-molecules/2021/discovering-dopamines-role-in-reward-prediction-error-122121 (サルのドーパミン神経と予想とのずれについて)
  9. Menegas ら(2017)eLife, Opposite initialization to novel cues in dopamine signaling。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5271609 (マウスのドーパミン神経と、新しさへの反応について)
  10. Brickman, Coates, Janoff-Bulman(1978)Journal of Personality and Social Psychology(PubMed)。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/690806/ (宝くじ高額当選者の研究。抄録の範囲)
  11. Castellucci & Kandel(1974)Proceedings of the National Academy of Sciences(アメフラシの鰓引っ込め反射の馴化の論文)。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC434028/ (短期の馴化で、1回の信号あたりに放出される伝達物質の量が減ることについて)

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