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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

オーストラリアの いなかで、びょういんが とおい 人は どうするの?

オーストラリアの奥地で、病院が遠い人はどうやって医者に会うのか

オーストラリア奥地の医療 ── 1928年の複葉機とペダル式無線から遠隔診療まで、距離をどう埋めてきたか

分野:歴史・文化

オーストラリアの 奥地おくちには、いちばん ちかい クリニックまで、でこぼこ道を 車で 2時間 いじょう はしる ところが あります[6]。

そんな ところで 急に けがや びょうきに なったら、どうするのでしょう。じつは、びょういんの ほうから 空を とんで くる しくみが あります。無線むせんや 薬の はこを つかって、とおくの 人を たすける くふうも わかります。

オーストラリア全体では、脳卒中の専門の治療ができるセンターまで車で60分以内に行ける人が91%います。ところが遠隔・超遠隔の地域では、60分より遠い人が99%にのぼります(2024年のデータ)[1]。

病院が遠い人は、いったいどうするのでしょうか。答えは「医者のほうが飛んで来る」です。1928年に始まった空飛ぶ医者の話と、ペダルで動く無線、薬箱のことが分かります。

オーストラリアの2024年のデータでは、脳卒中センターまで車で60分以内に行ける人は全国民の91%だが、遠隔・超遠隔地域の住民では99%が60分より遠い[1]。病院までの距離は、同じ国の中で大きく開いている。

では、その距離をどう埋めてきたのか。1928年に複葉機で始まった空飛ぶ医者(RFDS)、電気のない土地で無線を動かしたペダル式発電機、電話や無線で指示を受けながら使う薬箱、そして遠隔診療まで、条件と限界も含めて分かる。

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1. びょういんが とおい 人は、ほんとうに いるの?

1. 同じ国の中で、病院までの時間はどれほどちがうのか

1. 全国では91%が60分以内、遠隔地では99%が60分超

いるのです。南オーストラリア州しゅうの おくに ある ウィリアム・クリークと いう 集落しゅうらくでは、いちばん ちかい クリニックまで、でこぼこ道を 車で 2時間 いじょうも かかります[6]。

2024年の データでは、のうそっちゅうと いう びょうきの ための 大きな センターまで、車で 60分より ながく かかる 人が、とても とおい 土地に すむ 人の 99%でした。国ぜんぶで 見ると、60分いない で いける 人は 91%です[1]。

ただし これは、すぐに 手当てが いる 1つの びょうきの はなしです。そして、みんなが とおいわけでは ありません。それでも とおい 土地が あるのは ほんとうです。では、そこに すむ 人は どうして きたのでしょう。

オーストラリア保健福祉研究所(AIHW)の研究者が2024年のデータで調べたところ、脳卒中の専門の治療ができる主要なセンターまで、車で60分以内に行ける人は、全国民の91%でした。30分以内でも約53%います。ところが、遠隔・超遠隔の地域に住む人だけを見ると、60分より遠い人が99%でした。大都市では、60分より遠い人は0%です[1]。

この数字は、脳卒中という急ぎの病気の治療についてです。病院全般にかかる時間ではありませんし、「何時間も」という数字でもありません。たとえば南オーストラリアのウィリアム・クリークは、最寄りの診療所まで未舗装の道を車で2時間以上かかる集落です[6]。こうした例があるのは確かですが、国じゅうの田舎がそうだとは言えません。

南オーストラリアでは、飛ぶ医者の組織が「病院や一般の診療所から80km超」に住む人を、特別な地域保健サービスの対象にしています[5]。80kmは、東京から小田原あたりまでの道のりに近い長さです。病院が遠い人を医者に会わせる方法は、どう生まれたのでしょうか。

病院までの距離は、国全体の平均では見えない。2024年のデータ(学会抄録)では、脳卒中の主要センターまで車で60分以内に行ける人は全国民の91%、30分以内でも約53%に上る。ところが遠隔・超遠隔地域の住民だけを取り出すと、60分より遠い人が99%である。静脈内血栓溶解療法という脳卒中の治療ができる施設でも、86%が60分より遠い。大都市では、この割合は0%だった[1]。

ただし、読み方には条件がある。これは脳卒中という急ぎの病気についての数字で、病院全般の所要時間ではなく、「何時間も」を示すものでもない。「何時間も」に近い例としては、南オーストラリアのウィリアム・クリークがある。最寄りの診療所まで、未舗装路を車で2時間以上かかる[6]。ここから国全体の姿を決めることはできないが、遠い場所が確かにあることは分かる。

制度の側も、距離を基準に動いている。南オーストラリアでは、空飛ぶ医者の組織(RFDS)の地域保健サービスが、病院や一般の診療所から80km超に住む人を対象にしている[5]。つまり、遠さそのものがサービスを決める物差しになっている。では、病院に行けない人のために、医者のほうが動くという発想は、いつ、誰が形にしたのか。

2. びょういんが とおいなら、びょういんが とんで くれば いい?

2. 1928年、無線も航法装置もない複葉機が医者を乗せて飛んだ

2. 航法装置のない複葉機から始まった、1928年の最初のフライト

1928年5月17日、クイーンズランドと いう ところの クロンカリーから、医者を のせた 小さな 飛行機ひこうきが とびたちました[2]。羽はねが 上下に 2まい ある、複葉機ふくようきです。

この 飛行機ひこうきには、むせんも ありません。方角ほうがくを しらべる じしゃくの コンパスだけです。パイロットは、さくや 川や でんしんせんを めじるしに とびました[2]。

この しくみを つくろうと したのは、牧師ぼくしの ジョン・フリンさんです。おくち(町から とおい いなか)で ながく はたらいた 人で、ここに すむ 人たちに 「あんぜんの うわぎ(みんなを まもる しくみ)」を とどけたいと かんがえたと いわれます[3]。1ねんめは、50回 とんで、26か所を まわり、225人を みたと いわれます[3]。

でも、びょうきの 人は どうやって 飛行機ひこうきを よべば いいのでしょう。

1928年5月17日、クイーンズランド州のクロンカリーから、医者を乗せた飛行機が飛び立ちました。借り物の複葉機「ヴィクトリー号」で、操縦はアーサー・アフレック、乗っていた医師はケニヨン・セント・ヴィンセント・ウェルチです[2]。この飛ぶ医者の組織は、のちにRFDS(ロイヤル・フライング・ドクター・サービス)と呼ばれます。

飛行機には、航法の装置も無線もなく、羅針盤が1つあるだけでした。パイロットは屋根のない操縦席で、柵、川、電信線などを目印に飛んだと、RFDS自身が説明しています[2]。今の感覚では、心細い装備です。

この仕組みを考えたのは、牧師のジョン・フリン(1880〜1951)でした。医師ではありません。奥地で長く働くうちに、住む人たちに「安全の外套」を届けたいと考えたそうです。最初の1年間は、50回飛んで26か所を訪ね、225人を診たとされます[3]。1年で225人は、今から見れば少ない数です。それでも「病院のほうが動く」という形が、この年に実際に動き始めました。次の問題は、遠くの家からどうやって医者を呼ぶかでした。

病院が遠いなら、医者が行けばよい。この発想が現実になったのが、1928年5月17日である。クイーンズランド州クロンカリーから、複葉機「ヴィクトリー号」(カンタス社の機をリースしたもの)が飛んだ。操縦はアーサー・アフレック、同乗したのは初代の飛ぶ医師ケニヨン・セント・ヴィンセント・ウェルチである[2]。なお設立日を5月15日とする資料もあり、初フライトは17日と記されている。

この機体には、航法装置も無線もなく、羅針盤だけがあった。操縦席は開放式で、パイロットは柵・川・電信線といった地上の目印をたどって飛んだ[2]。この条件で成り立ったのは、地上の目印が頼りになる視界のよい日の飛行だったからと考えられるが、出典はそこまで述べていない。

発案者は医師ではなく、牧師のジョン・フリン(1880〜1951)である。奥地での長い活動から、住民に「安全の外套」を届けたいと考えた。最初の1年の記録は、50回のフライト、26か所、225人の診療とされる[3]。この数字は報道の要約によるもので、今のRFDSの規模(5章)に比べるとごく小さい。けれども、飛んで行く側の仕組みができても、困った家が連絡できなければ飛べない。呼ぶ側の道具が必要だった。

3. とおい 家から、どうやって 医者を よぶの?

3. 足でこいで電気をつくる「ペダル無線」で、遠い家から医者を呼ぶ

3. 電気のない家から呼ぶために:トレイガーのペダル式発電機

こたえは、足で ペダルを こいで、でんきを つくる むせんです。技師ぎしの アルフレッド・トレイガーさんが つくりました[4]。

ペダルを こぐと、はつでんきが まわります。その でんきで むせんきを うごかします。まわりに でんきが ない ばしょでも つかえる のが、いちばんの いいところです[4]。

むせんが とどくように なり、1929年には、はなれた ところに すむ 人も、きんきゅうの ときに とぶ 医者を よべるように なったと、RFDSは かいて います[4]。

よんだら、医者は すぐに つくのでしょうか。つくまでの あいだ、家に いる 人は なにを すれば いいのでしょう。

遠い家が連絡できなければ、飛行機は飛べません。そこで技師のアルフレッド・トレイガーが、ペダルをこいで発電し、その電気で無線機を動かす「ペダル無線」を作りました[4]。国立博物館の展示紹介では、1930年代のペダル式発電機が、ほかに電気がないときでも無線の送受信機を動かせるものとして紹介されています。

ペダルで電気をつくる発想は、電気の通っていない牧場や集落で役に立ちます。RFDSは、1929年には孤立した住民が緊急のときにフライング・ドクターを呼べるようになったと書いています[4]。ただし、開発の年は資料によって揺れます。1920年代半ばに開発が始まり、1929年に使われたと見るのが無難です。

これで「呼ぶ」ことはできるようになりました。けれども医者が着くまでには、時間がかかります。そのあいだ、家にいる人には何ができたのでしょうか。

連絡手段がなければ、飛ぶ医者の仕組みは半分しか動かない。そこで技師アルフレッド・トレイガーが開発したのが、ペダルで動かす発電機で無線機に電力を送る「ペダル無線」である[4]。国立博物館(NMA)の展示では、1930年代のペダル式発電機が、他に電源がないときにも無線の送受信機を動かせる装置として紹介されている。

電気のない土地では、通信機の電源が最大の壁になる。足でこぐ発電機は、この壁を人の力で越える方法だった。RFDSは、1929年には孤立した住民が緊急時に医者を呼べるようになったと書く[4]。

ただし、発明年は資料で揺れる。1920年代半ばに開発が始まり、1929年に利用された、という幅で見るのが安全で、「何年に誰が一人で発明した」と言い切ることは避けたい。もう一つ限界がある。呼べても、医者の到着には時間がかかる。そのあいだ、家にいる人は何をするのか。

4. 医者が つくまで、家の 人は なにを するの?

4. 医者が着くまでを支える薬箱と、牧場でのやけどの手当て

4. 無線・電話の指示で使う薬箱:3000個以上と、牧場の一例

その ために あるのが、薬くすりの はこです。むせんや でんわで 医者から やりかたを きいて、おちついて 手当てが できるように した はこです[4]。3000こ いじょうが、とおい ばしょに くばられ、いまも つかわれて います[4]。

たとえば クリフトン・ヒルズと いう ぼくじょうには、この はこが あります。この ぼくじょうは、アデレードの ずっと 北東、820kmも はなれて います[7]。ひろさは 16500平方キロメートルで、四国しこくより すこし 小さい くらいです。

この 家の 子が 足に やけどを したとき、家族は でんわで やりかたを ききながら、はこの 中の ものを つかって 手当てを したと いう はなしが あります[7]。

薬箱(メディカル・チェスト)は、遠くに住む人が、無線(のちには電話)でフライング・ドクターの指示を受けながら応急処置をするための箱です。RFDSの説明では、3000個以上が遠隔地に配られ、今も使われています[4]。数は別の記事で2300個超と書かれることもあり、資料で幅があります。

使われた例の一つが、南オーストラリアのクリフトン・ヒルズ牧場です。バーズビル・トラック沿いで、アデレードの北東およそ820km、面積は165万ヘクタールあります[7]。1ヘクタールは0.01平方キロメートルなので、165万ヘクタールは16,500平方キロメートル。四国(約1万9千平方キロメートル)より少し小さい広さです。この牧場にもRFDSの薬箱があり、息子の脚のやけどを、家族が電話で指示を受けて手当てした例が紹介されています[7]。

医者が駆けつけるまでの時間は、家の人が埋めます。ただ、これは一つの牧場の例です。今は、この仕組みはどこまで広がっているのでしょう。

医者が着くまでの時間を埋めるのが、薬箱(メディカル・チェスト)である。遠隔地の住民が、無線(のちに電話)でフライング・ドクターの「声の指示」を受けながら応急処置をするための箱で、3000個以上が配られ、今も使われているとRFDSは説明する[4]。別の記事には2300個超とあり、数は資料によって異なるため、「3000個以上(RFDSの説明)」と出典を添えて読む必要がある。

実際の使用例として、南オーストラリアのクリフトン・ヒルズ牧場がある。バーズビル・トラック沿いでアデレードの北東約820km、面積165万ヘクタールである[7]。1ヘクタールは0.01平方キロメートルなので16,500平方キロメートルで、四国(約1万9千平方キロメートル)より小さい。ここでは家族が、息子の脚のやけどを、電話での指示を受けながら薬箱で手当てした[7]。

この例は牧場の記事に出てくる一つの出来事であり、薬箱の効果を示す統計ではない。ただ、「遠さ」を、医者の声と箱の中身で一部埋めていることは分かる。では全体として、今はどのくらいの規模で動いているのか。

5. いまの とぶ 医者は、どれくらい はたらいて いるの?

5. 今の飛ぶ医者は、飛行機だけでなく診療所と遠隔診療も動かしている

5. 225人から34万件へ:診察の中身が「搬送」から「日常の医療」へ広がった

いまの RFDSは、病院びょういんへ はこぶだけでは ありません。歯はの 手当てや、ちゅうしゃ、こころの そうだんも して います[9]。

2024年に 発表された 1年の かずは、患者かんじゃさんとの やりとりが 34万5136回。うち 5万5930回は、はなれた ところから がめんや でんわで みる 診察しんさつです[8]。

とんだ きょりは 2750万km。月まで 38万kmほどなので、70回 いじょう 行ける ながさです。ただし 数えて いるのは 人数では なく、やりとりの 回数です。

南オーストラリアでは、びょういんや クリニックから 80km より とおい 人の ために、アンダムーカ・インナミンカ・マーラ・マリーの 4か所に、クリニックが あります[5]。

今のRFDSは、飛行機で患者を運ぶだけの組織ではありません。自分たちを、医療を受けにくい地域に24時間の救急と一次医療を届ける非営利団体と説明し、診察、歯科、メンタルヘルス、予防接種、遠隔診療なども行うとしています[9]。

2024年12月の発表では、過去1年の患者との接触は34万5136件で、そのうち遠隔診療が5万5930件、対面の一次医療が15万8587件でした[8]。「患者の数」ではなく診察の回数です。飛行距離は2750万kmで、地球から月まで平均約38万kmとして割ると、月まで70回あまり行ける長さです(2750万÷38.4万=約72)。最初の1年の225人と比べると、同じ数え方ではないものの、仕事の幅が広がったことは分かります。

南オーストラリアでは、アンダムーカ、インナミンカ、マーラ、マリーの4か所に遠隔地域診療所があり、病院や一般診療所から80km超の人が対象です[5]。ウィリアム・クリークでは、RFDSが年に約30回着陸し、緊急時にテレヘルス(遠隔医療の通信)が使える施設が整えられました[6]。

初年度の記録は225人(50回のフライト)だった。現在のRFDSは、自らの説明では、医療へのアクセスが限られる地域に24時間の救急・一次医療を届ける非営利団体で、航空搬送のほか診察、歯科、メンタルヘルス、予防接種、遠隔診療を行う[9]。

2024年12月の発表によると、過去1年の患者との接触は345,136件で、遠隔診療が55,930件、対面の一次医療が158,587件を占める[8]。注意が必要なのは、これが患者数ではなく診察の「接触」件数であり、初年度の225人と単純には比べられない点である。飛行距離は2750万kmで、月までの平均距離約38.4万kmで割ると約72で、地球と月の間を片道で70回あまり進める長さになる。出典は「往復34回ぶん」と述べるが、概数のとり方によって換算は変わる。

地域ごとの仕組みも具体的である。南オーストラリアでは、病院や診療所から80km超の住民を対象に、アンダムーカ、インナミンカ、マーラ、マリーの4か所で遠隔地域診療所を運営している[5]。ウィリアム・クリークにはRFDSが年に約30回着陸し、救急用のテレヘルス通信設備のある施設が整えられた。観光客が年2万6千人を超える場所でもある[6]。呼ぶ側は、ペダル無線から画面を通した診察まで進んだことになる。では、この話を自分の暮らしに引き寄せるには、どうすればよいか。

6. 自分の まちで、80kmを はかって みよう

6. 80kmを、自分の住む町の地図で測ってみる

6. 80kmの物差しを、自分の地図に当てて距離を実感する

おうちで できる ことです。日本の ちず(ちずちょうや、しゃかいかの ちずちょう)を ひらいて みましょう。ちずの すみに ある 縮尺しゅくしゃくを ものさしで あてて、80kmが ちずの 上で なんセンチか しらべます。

つぎに、自分の 家の いちばん ちかい 病院びょういんに しるしを つけ、そこから 80kmの ところに ひもで まるを かきます。80km はなれると、どこに なるでしょう。

この まるの 中に、クリフトン・ヒルズ ぼくじょうと おなじ ひろさの ばしょが どのくらい 入るかも、かんがえて みると おもしろいです。16500平方キロメートルは、四国より すこし 小さい ひろさです。

家でできる確かめ方です。日本の地図帳を開き、地図の端にある縮尺を使って、80kmが地図の上で何センチになるかを計算します。次に、自宅から一番近い病院に印をつけ、その印から80kmの円をひもと鉛筆で描きます。円の中に、別の病院がいくつ入るでしょうか。

この記事の数字は、2024年のオーストラリアの調査(60分の車移動)と、南オーストラリアの制度(80km超)など、条件のちがうものです。日本の地図に当てはめても同じ結果にはならないので、「自分の暮らしのまわりと比べると、どのくらい遠い感じがするか」を考える材料にしてください。

距離の感覚は、数字を自分の地図に当てると変わる。日本の地図帳の縮尺を使って80kmが紙の上で何センチかを計算し、自宅から一番近い病院を中心にひもで円を描いてみる。円の中に病院がいくつ入るかを数えれば、80kmという基準が、日本の暮らしではどの程度の範囲かが分かる。

比べるときの条件に注意したい。60分(車での所要時間、脳卒中センター)と80km(南オーストラリアの地域保健サービスの対象)は、基準そのものが違う。この2つを同じ線として扱うことはできない。また、165万ヘクタール=16,500平方キロメートルは、四国(約1万9千平方キロメートル)よりやや小さいという換算も、概数である。

一次資料を読みたい人は、RFDSの歴史ページ(ジョン・フリンの伝記)、国立博物館の展示紹介、AIHWの統計ページを出典欄から開ける。いずれも英語だが、数字や固有名詞を手がかりに読み進められる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:学会の抄録、RFDS(ロイヤル・フライング・ドクター・サービス)の公式ページ、国立博物館の展示紹介、報道を使った。何に使ったかは項目の最後に書いている。

  1. AIHW(Heidi Dietz)ANZSOC 2026 学会抄録。https://anzsoc-2026.p.asnevents.com.au/days/2026-08-19/abstract/139653 (脳卒中センターまでの所要時間の割合。学会抄録)
  2. RFDS "John Flynn Biography"。http://www.flyingdoctor.org.au/about-the-rfds/history/john-flynn-bio/ (1928年の最初のフライトと機体の装備について。団体の公式ページ)
  3. Australian Geographic "On this day: the Flying Doctor service is born"。https://www.australiangeographic.com.au/blogs/on-this-day/2013/11/on-this-day-in-history-the-flying-doctor-service-is-born/ (創設者と最初の1年の実績について。雑誌記事)
  4. RFDS "Flying Doctor lands at the National Museum of Australia"。https://www.flyingdoctor.org.au/news/flying-doctor-lands-national-museum-australia/ (ペダル無線と薬箱について。団体の公式ページ)
  5. RFDS SA/NT "Outback Community Health Services"。https://www.flyingdoctor.org.au/sant/what-we-do/primary-care-outreach/ (80km超の対象と4か所の診療所について。団体の公式ページ)
  6. RFDS "William Creek Community Health Service"。https://www.flyingdoctor.org.au/sant/william-creek/ (最寄りの診療所までの道のりとテレヘルス施設について。団体の公式ページ)
  7. RFDS "Flying Doctor lifeline to station life"。https://www.flyingdoctor.org.au/news/flying-doctor-lifeline-station-life/ (牧場の薬箱の使用例について。団体の公式ページ)
  8. RFDS "RFDS extends heartfelt thanks to staff and supporters over the holiday season"。https://www.flyingdoctor.org.au/news/rfds-extends-heartfelt-thanks-staff-and-supporters-holiday-season/ (過去1年の診察件数と飛行距離について。団体の公式ページ)
  9. RFDS NSW/ACT "About"。https://www.flyingdoctor.org.au/nswact/about/ (RFDSの役割について。団体の公式ページ)

なおした ところ

更新履歴

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