1. しゃもじと おたまは、もとは おなじ なまえ だったの?
1. しゃもじとおたまは、もとは同じ名前の道具だった?
1. 飯用も汁用も「杓子」だった ── 呼び分けは新しい
だいどころの しゃもじと おたまを、ならべて みて ください。どちらも 長い えの さきに、ものを すくう ところが ついて います。
むかしの 日本では、ごはんを すくう 道具も、しるを すくう 道具も、杓子と いう なまえで よばれて いました[1]。その うち、ごはん用の ものを、ふつう「しゃもじ」と いいます[1]。
いまは、ごはんを よそう ものを しゃもじと いう ことが 多く、しるを すくう ものとは なまえで わけて よぶ ことも あります[2]。もとは おなじ なかま だから、にて いるのです。
おなじ なかまなのに、しゃもじは 平たくて、おたまは くぼんで います。どうして でしょう。
台所の二つを並べると
台所のしゃもじとおたまを並べてみると、どちらも長い柄の先に、ものをすくう部分がついています。似ているのは偶然ではなく、もとは同じ道具の仲間だからです。
辞書では、杓子は飯や汁をすくう道具とされ、そのうち飯用のものを一般に杓文字といいます[1]。つまり、しゃもじは杓子の一種で、もとは杓子と杓文字は同じ意味のことばでした[1]。
いまは、飯をよそうものを「しゃもじ」ということが多く、汁をすくうものとは名前で呼び分ける場合もあります[2]。ただし、この呼び分けは現在の使い方で、昔からあったわけではありません[2]。
では、同じ杓子の仲間なのに、なぜ片方は平たく、片方はくぼんでいるのでしょうか。
台所のしゃもじとおたまは、柄の先に「すくう部」がある点で共通する。これは偶然ではなく、どちらも杓子という一つの道具の系統に属するためである。コトバンクが引く辞書類は、杓子を飯や汁をすくう道具とし、飯用のものを一般に杓文字と呼ぶと説明する[1]。杓文字は杓子の一種であり、昔は両語が同じ意味で使われていたという[1]。
現在は、飯をよそうものを杓文字ということが多く、汁をすくうものとは名前で呼び分ける場合もある[2]。しかし、これは現代の使い分けにすぎず、「昔から別の道具だった」と読むと誤りになる[2]。
なお、「しゃくし」という語そのものの語源について、世界大百科事典は「ひさご(瓠)」のなまりとする説を記す。古くは杓子を「カイ」「ヘラ」とも呼んだともいう[1]。これは「しゃくし」についての一説で、「しゃもじ」の語源(女房詞)とは別の話である。
では、同じ祖先から出ながら、なぜ一方は平板、他方は小皿の形になったのか。
2. ごはん用は 平ら、しる用は くぼんで いるのは なぜ?
2. 飯用は平ら、汁用はくぼむ ── 使い道が形を分けた
2. 汁にはくぼみが必要で、飯には平らな木片でも足りる
しるは 水の ように ながれます。すくうには、うつわの ように くぼんだ ところが いります。くぼみが なければ、しるは こぼれて しまいます。
ごはんは ちがいます。平らな 木の きれはしでも、まにあう と いわれます[1]。それで、ごはん用は 平らな 木の 形に なりました。
ことばの 本では、しる用は 小さな おさらの 形、ごはん用は 平たい 板の 形と 書かれて います[1]。しゃもじは、ごはんを のせる 平たい 面が だ円の 形です[2]。
ざいりょうも ちがいます。しる用は、むかしは 木や 竹、貝で 作られ、いまは 金ぞくの ものも あります。しゃもじは、むかしから 木が 中心です[2]。
形は 使い道で きまった のです。つぎは、「しゃもじ」と いう なまえの ふしぎを 見て みましょう。
汁にはくぼみが要る
汁は液体なので、すくうにはくぼみがいります。世界大百科事典は、汁用の杓子は必ずくぼみを必要とするが、飯用の杓子は平らな木片でもまにあう、と説明しています[1]。
日本国語大辞典は、形を汁用が小皿形、飯用が平板形と分けています[1]。使い道が先にあって、そこから形が分かれていったのです。
材料のちがい
材料にも差があります。汁をすくう杓子は、以前は木、竹、貝でできていて、いまは金属製のものもあります。杓文字は、昔から木製が主流で、平たい面が楕円形です[2]。
同じ祖先でも、飯と汁という相手のちがいに合わせて、形も材料も別々に整っていきました。では、形が分かれたあとの「名前」は、どう決まったのでしょうか。まず、しゃもじからです。
形の分化を決めたのは、すくう相手の性質である。世界大百科事典は、汁杓子は必ずくぼみを必要とするが、飯杓子は平らな木片でもまにあうと述べる[1]。汁をすくうにはくぼみが欠かせず、飯なら平らな面でも間に合う、という使い道ごとの条件のちがいが、形を分けたことになる。
日本国語大辞典は、形を汁用=小皿形、飯用=平板形と整理する[1]。材質も分かれた。汁杓子は以前は木・竹・貝で、現在は金属製のものもある。杓文字は昔から木製が主流で、平たい面が楕円形をしている[2]。
ここで注意したいのは、形と名前が同時に分かれたとは限らない点である。呼び分けは現在の話で、昔は同義だった[2]。形の分化と名前の分化は、別々に進んだと見るほうが資料と合う。
では、「杓文字」という名前はどこから来たのか。
3. 「しゃもじ」は、だれが つけた なまえ?
3. 「しゃもじ」は宮中の女性たちのことばだった
3. 「杓文字」は女房詞 ── ことばの一部に「もじ」をつける言いかえ
「しゃもじ」は、もとは ごしょで はたらく 女の 人たちが つかった ことばだ と いわれます。
むかし、ごしょ(てんのうの すむ ところ)に つかえる 女の 人たちは、「にょうぼう」と よばれました。その 人たちが、室町じだいの はじめごろから、食べ物や 着る物に ついて、ふつうと ちがう ことばを つかいました。これを「にょうぼうことば」と いいます[3]。
「しゃくし」を「しゃもじ」と いう のも、その れいです。ことばの はじめを のこして、あとに「もじ」を つけます。「すし」を「すもじ」、「ゆまき」を「ゆもじ」と いうのも、おなじ やりかたです[3]。
ただし、これは にょうぼうことば ぜんたいの はなしです。「しゃもじ」と いう ことばが いつ うまれたかは、ここでは 言えません。
ごしょの ことばが、いつのまにか 台所の 道具の なまえに なりました。では、もう 一つの「おたま」は どうでしょう。
御所の女性が使った隠語
辞書によると、杓文字は杓子を意味する女房言葉です[3]。女房詞とは、室町時代の初めごろから、御所に仕える女性たち(女房)が、おもに食べ物や衣服について使った、一種の隠語のことです[3]。
国語辞典は、「杓子→しゃもじ」をその代表例に挙げます[3]。語の一部を残して「もじ」をつける形で、「鮓(すし)→すもじ」「湯巻(ゆまき)→ゆもじ」も同じ型です[3]。
注意したいのは、「室町初期ごろから」が女房詞全体の話で、しゃもじという一語の初めての例の年ではないことです[3]。
道具に残った名前
御所の中のことばだった「しゃもじ」が、今では台所の飯用の道具の名前として、ふつうに使われています。
では、もう一つの、おたまという名前はどこから来たのでしょうか。
「杓文字」は、杓子を意味する女房詞である[3]。デジタル大辞泉は、女房詞を室町初期ごろから宮中の女房が衣食に関して用いた一種の隠語と説明し、国語辞典は「杓子→しゃもじ」を例に挙げる[3]。
造語の型も分かっている。語の一部を残して「もじ」を付けるもので、同じ型に「すもじ(鮓)」「ゆもじ(湯巻)」がある[3]。「しゃくし」の「しゃ」に「もじ」が付いて「しゃもじ」になった、と見ると型に合う(この分解は上の説明に基づく筆者の読み)。
ただし、室町初期という時期は女房詞という一群の言葉の成立時期であり、しゃもじ一語の初出年ではない。語の初出年や、一般に広まった時期は、ここで引いた資料からは言えない[3]。
こうして「杓文字」は宮中のことばとして生まれ、飯用の杓子の名前として定着したと考えられる。では、汁杓子のほうの「おたま」は、どこから来たのか。
4. おたまの なまえは、どこから きたの?
4. おたまの名前は、道具と生きもののどちらが先か
4. 「お玉杓子」の由来 ── お多賀杓子説と、カエルの子との連想
おたまは、まるい しる用の しゃくしの こと。「おたまじゃくし」を みじかく した よびかたです[4]。
この なまえには、「おたがじゃくし」が かわった ものだ という 話も あります。ところが、ことばを 調べた 日本の 地図では、その 言い方が 見られるのは、和歌山と 滋賀の 2か所だけでした[4]。ですから、この 話が 正しいとは 言い切れません。
ここで ふしぎな ことが あります。「おたまじゃくし」は、カエルの 子の なまえでも ありますね。
カエルの 子を そう よぶ ことは、えどじだいに えどを 中心に 広まった と されます。それまでは、「かへるこ」と よばれて いました[4]。ことばの 本は、台所の 道具に 形が にて いる ことから、つないで 考えて 名づけたと 見て います[4]。
楽ふの おんぷの くだけた よび名も、この 形からの れんそうです[4]。
「お多賀杓子」説は決め手に欠ける
おたまは、汁をすくう丸い杓子のことで、正式には「御玉杓子」といいます[4]。名前の由来には、「御多賀杓子(おたがじゃくし)」が変化したという説もあります。ただ、『日本言語地図』で「おたがじゃくし」の言い方が見られるのは、和歌山と滋賀の各1地点だけです[4]。有力と言い切るのは難しい状況です。
カエルの子が先か、道具が先か
おたまじゃくしは、カエルの幼生の名前でもあります。この呼び名は江戸時代に江戸を中心に生じたとされ、古くは「かへるこ」でした。辞書は、調理道具との形の類似による連想で命名されたと考えられるとしています[4]。音符の俗称「おたまじゃくし」も、同じ形からの連想です[4]。
つまり、台所の道具の名前が、先にカエルの子へ、次に音符へと貸し出されたと考えられています。ただし、道具の「おたま」と、カエルの子の「おたまじゃくし」のどちらの意味が先かは、お多賀杓子説との関係を含めて諸説あります。
ここまでで、似ている理由と、名前の由来が見えてきました。次は、今のしゃもじの形がどう決まったのかを、広島の宮島で見ます。
汁をすくう丸い杓子が「おたま」で、正式には「御玉杓子」という。語源として「御多賀杓子(おたがじゃくし)」の転とする説があるが、『日本言語地図』で「おたがじゃくし」の語形が確認されるのは和歌山・滋賀の各1地点のみで[4]、分布の薄さから、有力説と断定するのは危うい。
むしろ着目したいのは、カエルの幼生の名前との関係である。「おたまじゃくし」は江戸時代に江戸を中心に生じた呼称とされ、古くは「かへるこ(蛙子)」だった。日本国語大辞典などは、調理道具との形態上の類似による連想で命名されたと考えられるとする。音符の俗称も、この形からの連想である[4]。
この見方に立てば、道具の形が、生きものと音符の呼び名に転用されたことになる。ただし、汁杓子の「おたま」とカエルの子の「おたまじゃくし」のどちらの意味が先に生じたかは、お多賀杓子説との関係を含め、諸説があって決まらない。「どちらが先か」自体が、いまも開かれた問いである。
以上は、似ている理由と名前の由来の話だった。ここからは、今のしゃもじの形がどのように決まったのかを、宮島の例で見る。
5. みやじまの しゃもじは、なぜ びわの かたちなの?
5. 宮島のしゃもじは、琵琶の形から生まれたと伝わる
5. 宮島杓子の起源 ── 弁財天の琵琶と、島の暮らしを支える工夫
ひろしまの みやじまは、しゃもじで 有名です。このしゃもじは、がっきの「びわ」の 形から うまれた と つたえられて います[5]。
いまから 200年ほど まえ、1800年ごろの こと。みやじまに、せいしんと いう おぼうさんが いました。そのころの みやじまは、人が ふえたのに かせぎが たりず、まずしい 人が 多かったそうです[6]。
せいしんは、がっきの 神さま べんざいてんが もつ びわの 形を もとに、なだらかな 曲線の しゃもじを くふうしました。そして 島の 人たちに、作り方を おしえました[6][5]。おみやげとして 売らせた のが、みやじま しゃもじの はじまりと いわれます[6]。
そのあと、1830年から 1844年の てんぽうの ころ、ふじやげんすけが「ばちがた」の しゃもじを 作りはじめました。これが いまの しゃもじの かたの もとです[5]。えが すえひろがりで えんぎが よいとも いわれます[5]。
ただし、おぼうさんの おてらの なまえや 年は、しらべた 本によって ちがいます。
島の暮らしを助けるために
広島の宮島では、寛政のころ(1800年ごろ)に、僧の誓真が宮島杓子を考案したと伝えられます。弁財天が持つ琵琶の形に似た飯杓子を思いつき、島民に作り方を教えたとされます[5]。
背景には島の事情がありました。1800年ごろの宮島は人口が増えて収入が追いつかず、貧しい島民が多かったといいます。誓真は、琵琶の形をもとにしたなだらかな曲線の杓子の作り方を工夫して島民に教え、みやげ物として売らせたことが、宮島杓子の由来とされます[6]。
今の形の原型
誓真の杓子をもとに、天保年間(1830〜1844)には、藤屋源助が「撥型」の杓子を作り始めました。これが現在の杓子の型の原型とされます。柄が末広がりなので、縁起がよいともいわれます[5]。
なお、誓真の所属寺院は資料によって異なり、年代も「1800年ごろ」と「寛政年間(1789〜1801)」で幅があるため、この記事では寺院名は書きません。
楽器の形を手がかりにした杓子が、島の産物になっていきました。では、飯をよそう道具には、どんな願いが重ねられてきたのでしょうか。
平らな飯杓子に、現在の姿を与えたのが広島の宮島である。倉本氏の解説によると、寛政のころ(1800年ごろ)、宮島の僧・誓真(せいしん)が、弁財天の持つ琵琶の形に似た飯杓子を思いつき、島民に作り方を教えた[5]。
誓真が杓子づくりを島民に教えた背景には、島の暮らしの苦しさがあった。はつかいち観光協会によると、1800年ごろの宮島は人口が増えて収入が追いつかず、貧しい島民が多かった。誓真は、琵琶の形をもとにしたなだらかな曲線の杓子の製法を工夫し、島民に教えてみやげ物として売らせた。これが宮島杓子の由来とされる[6]。
この形は、のちに洗練される。天保年間(1830〜1844)に、藤屋源助(ふじやげんすけ)が誓真の杓子をもとに「撥型(ばちがた)」の杓子を作り始めた。これが現在の杓子の型の原型で、柄が末広がりなので縁起がよいともいわれる[5]。
資料には食いちがいがある。誓真の所属は、神泉寺の僧とする資料や光明院の弟子とする資料があり、年代も「1800年ごろ」と「寛政年間(1789〜1801)」で幅がある。そのため寺院名は特定せず、年代も「1800年ごろ」と幅を持たせて扱う。
楽器の形を借りて生まれた宮島の杓子は、「縁起物」としても売られた。道具に重ねられた願いを、次に見る。
6. ごはんを よそう 道具に、どんな ねがいを こめたの?
6. ごはんをよそう道具に、人はどんな願いを重ねたか
6. 主婦権の象徴から、五穀豊穣と「召し取る」の語呂合わせまで
しゃもじは、ごはんを 家ぞくに くばる 道具でした。そのため、むかしは 家の ごはんを あずかる 人の しるしと されました[2]。
主食の お米と むすびついて、たくさん 作物が みのる ように という ねがいの しるしにも なりました。しゃもじを お守りとして くばる 神社も あります[2]。
みやじまでは、こんな ことば あそびも あります。しゃもじは「ごはんを とる(めしとる)」道具なので、「よい ごえんを めしとる」、「しけんに ごうかくを めしとる」と いう えんぎものに なりました[7]。
ごはんを よそう ふつうの 道具に、ことば あそびと ねがいが のっていく。台所の しゃもじも、そう 思って 見ると、少し ちがって 見えますね。
杓文字は、飯を家族に配る道具です。この役目から、日本国語大辞典は、杓文字が家の食事を取りしきる人のしるし(主婦権の象徴)とされたと記します。また、主食の米と結びつき、五穀豊穣の象徴として杓文字をお守りとして授与する神社もあります[2]。
宮島では、言葉遊びも縁起になりました。杓子は「飯を取る」道具なので、「良縁や合格を召し取る(飯取る)」縁起物とされます[7]。
台所の道具に、家族を支える役目、豊作への願い、語呂合わせの縁起が重なっていく。しゃもじとおたまは、似た形の裏に、それぞれ違う物語を持っていました。
杓文字は、飯を家族に配分する役目から、家の食事を取りしきる人のしるし(主婦権の象徴)とされた(日本国語大辞典)。さらに主食の米と結びつき、五穀豊穣の象徴として、お守りとして杓文字を授与する神社もある[2]。飯を配る役目から、家を支える人のしるしや豊作のお守りという意味まで広がったのである。
宮島観光協会は、杓子が「飯を取る」道具であることから、「良縁や合格を召し取る(飯取る)」縁起物とされると説明する[7]。「飯取る」と「召し取る」の同音を利用した語呂合わせである。
こうして見ると、杓子の仲間は、形は用途、名前は女房詞や連想、意味は暮らしと縁起と、別々の理由で成り立っている。「似ているのはなぜか」の答えは「共通の祖先を持つから」で、「ちがうのはなぜか」の答えは「それぞれが別の事情を重ねたから」といえる。
7. 台所で、水を すくって くらべて みよう
7. 台所の杓子の仲間を、水で比べてみる
7. 杓子の仲間を探す ── 台所の観察と、資料の入口
おうちの 人と いっしょに、水を すくって みましょう。あらいおけに 水を 入れて、しゃもじと おたまで、おなじ ように そっと すくいます。
水は、どれくらい のこりましたか。おたまの くぼみと、しゃもじの たいらな 面を、ゆびで なぞって みるのも いいですね。
ほかにも、台所には しゃくしの なかまが ないか、さがして みましょう。カレー用の おたま、みそしる用の おたま、かたちが すこしずつ ちがうかも しれません。
水ですくい比べる
洗い桶に水を入れて、しゃもじとおたまで、同じように水をすくってみてください。くぼみの有無で、のこる水の量がどう変わるか、自分の目で確かめられます。
家の中の杓子の仲間
汁用のお玉にも、材料のちがいがあります。木製、竹製、金属製のものがないか、台所を見回してみると、「以前は木・竹・貝、今は金属のものもある」という説明が、家の道具とつながります。
次に気になること
宮島を訪ねる機会があれば、現地の資料や展示で、杓子の起源の伝承がどう紹介されているかを見るのもよいでしょう。伝承の細部は資料によって異なるので、見比べると発見があります。
確かめ方は二つある。一つは、台所の観察である。しゃもじとおたまで、同じ水から同じようにすくい、形と保持量の関係を見る。これは、液体をすくうにはくぼみが必要とする辞書の説明[1]を、自分の手で確かめる方法である。
もう一つは、資料の読み比べである。今回の中心資料であるコトバンクの辞書記述[1][3][4]は、デジタル大辞泉・日本国語大辞典・世界大百科事典など複数の辞書をまとめて引ける。同じ語でも辞書ごとに説明が異なる箇所があるので、見比べると食いちがいが見つかる。
宮島杓子の起源は、倉本氏の解説[5]、はつかいち観光協会[6]、宮島観光協会[7]で扱いが少しずつ異なる。伝承の資料を読むときは、寺院名や年代の幅のような細部の食いちがいが、どの資料に出るかに注目するとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
辞書の記述はコトバンク経由で、複数の辞書の説明をまとめて参照した。宮島の伝承は地域の観光協会などの資料による。
- コトバンク「杓子」(デジタル大辞泉・日本国語大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書) https://kotobank.jp/word/%E6%9D%93%E5%AD%90 (杓子と杓文字の関係、形の違い、語源)
- 英語対訳で読む日本の文化「杓子・杓文字」 https://japanese-culture.info/keywords/daily_life/food/shamoji (現在の呼び分け、材料、象徴としてのしゃもじ)
- コトバンク「女房詞」(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・日本大百科全書) https://kotobank.jp/word/%E5%A5%B3%E6%88%BF%E8%A9%9E (女房詞とその造語の型)
- コトバンク「御玉杓子」(日本国語大辞典ほか) https://kotobank.jp/word/%E5%BE%A1%E7%8E%89%E6%9D%93%E5%AD%90-452855 (おたまの名前、お多賀杓子説、カエルの子との連想)
- 倉本「杓子について」 https://www.ne.jp/asahi/kuramoto/4894/info/syakusi.html (宮島杓子の起源、撥型)
- はつかいち観光協会「宮島杓子の始祖 誓真大徳の墓」 https://hatsu-navi.jp/historical-spots/seishindaitokuhaka/ (誓真と島民の暮らし)
- 宮島観光協会ブログ「宮島杓子は縁起モノ」 https://www.miyajima.or.jp/new/blog/shakushi_lucky-item/ (召し取る、の語呂合わせ)
なおした ところ
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