1. ダニは、チーターより はやいの?
1. 時速0.8kmのダニが、チーターを上回る計算
1. 体長約320倍/秒 ── 時速と体長あたりで順位が入れ替わる
アメリカの カリフォルニアに いる ダニの 一しゅは、体の 長さが 0.7ミリほどです。このダニが はしった はやさが、2014年に 高そくどカメラで はかられました[1]。
びょうそくは 0.225メートル、じそくに すると 0.8キロほどです[1]。人が ゆっくり あるく はやさより ずっと おそい 数です。
でも、「1びょうで 体の 長さの 何ばい すすむか」で くらべると、ダニは 320ばいほどでした[1]。チーターは 16ばいほどと しょうかいされています[1]。これは くらべかたの ひとつです。
ただし、人が 同じ ばいすうで はしれる わけでは ありません。「もし 人の 大きさなら」という 計算です。
南カリフォルニアにいるダニの一種(Paratarsotomus macropalpis)は、体長が約0.7mmです。2014年に高速度カメラで走る速さが測られ、秒速0.225m、時速にすると約0.8kmでした[1]。時速だけを見れば、とてもゆっくりです。
ところが、「1秒間に体長の何倍進むか」で割ると、この値は約320倍になります。これは2014年の学会発表にもとづく報道値で、2016年の論文では、野外で測った最高が秒速0.26m、体長の約323倍とされています[1]。Wikipediaの紹介では、チーターは約16倍/秒、前の記録保持者とされるオーストラリアのハンミョウは約171倍/秒です[1]。体長あたりは、比べ方の一つにすぎません。
身長1.8mの人にこの約320倍を当てはめると、秒速約580m、時速約2100kmです。ただしこれは「もし人の大きさだったら」という仮定の計算で、人が実際にそう走れるわけではありません。
体の大きさが違う生きものを公平に比べたいときに、体長あたりという物差しが使われます。では、もう一方のチーターの「時速120km」は、どのくらい確かな数字なのでしょうか。
南カリフォルニアのダニ Paratarsotomus macropalpis は体長約0.7mm。2014年の測定では高速度カメラで秒速0.225m(時速約0.8km)、体長比では約320倍/秒(報道値322)と記録された[1]。秒速0.225÷体長0.0007≒321で、おおむね合う。2016年の査読論文(J. Exp. Biol. 219:676)は、野外での最高を秒速0.26m、体長の約323倍/秒としており、2014年の発表値とは測定条件と数値が異なる。Wikipediaは、チーターが約16倍/秒、従来の記録保持者とされるオーストラリアのハンミョウ(Rivacindela hudsoni)が約171倍/秒と示す[1]。
ただし、ハンミョウの値は報道で122倍と171倍の食い違いがあり、ダニの値も二次資料の記述にもとづく。この章では「体長あたりでは小さな動物が上位に来やすい」という傾向を読み取るにとどめ、個々の順位は断定しない。
身長1.8mの人に約320倍を当てはめると秒速約580m(時速約2100km)となるが、体長が違えば体を支える力や空気の抵抗の事情も変わるため、これは人が走れる速さではなく、物差しの単位を直感的に伝えるための仮定の計算である。
では、比べる側のチーターの数字はどう測られたのか。次の章で、実測値を確かめる。
2. チーターの 時そく120キロは、ほんとう?
2. チーターの「時速120km」は、実際に測った値なのか
2. 野生のチーターの実測 ── 通説の時速120kmと観察された最高速度
「チーターは じそく 120キロ」と よく 聞きます。でも、これは むかしから 言われてきた 数で、じっさいに はかった 数とは かぎりません。
2013年、ボツワナで、野生の チーターに GPSの くびわを つけて しらべた けんきゅうが ありました[2]。見つかった いちばん はやい 速さは、びょうそく 25.9メートル、じそく 93キロです[2]。
それでも、ボルトさんの へいきんの 2倍 いじょうです。とても はやい どうぶつ です。
この けんきゅうでは、えものを つかまえられるかは、いちばん はやい 速さだけでなく、ちからや、スピードの のぼしかた、むきを かえる すばやさも かかわると 考えられています[2]。
「チーターは時速120km」という数字は、広く知られています。一方、野生のチーターにGPS首輪と慣性計測装置をつけて調べた研究(Nature、2013年、ボツワナ)では、観察された最高速度は秒速25.9m、時速93kmでした[2]。
この研究のおもしろいところは、速さの記録より、狩りの成功にどんな力が関わるかを調べたことです。成功は、最高速度よりも、仕事率、加速、敏捷性の組み合わせによると報告されています[2]。速さが出ることと、獲物を捕まえることは別の問題だ、という見方です。
時速120kmは通説の値で、実測の最高が93kmだったのは「この研究で観察された範囲では」という条件つきです。それでも、ボルトの平均時速(次の章)の約2.5倍(93÷37.6)です。次は、同じ一人の速さが、測り方で変わる例を見てみましょう。
通説の「時速120km」に対し、野生のチーターにGPS首輪と慣性計測装置を装着したボツワナでの研究(Nature、2013年)は、観察された最高速度を秒速25.9m(時速93km)と報告した[2]。25.9×3.6≒93.2で、単位の換算は合っている。
注意したいのは、これが「観察された範囲での最高」で、チーターという種の限界値と同じではない点だ。研究の主題も速度の記録ではなく、狩りの成功要因にあり、結論は、最高速度よりも仕事率・加速・敏捷性の組み合わせが効くというものだった[2]。
つまり通説の数字と実測の数字が食い違うとき、どちらかが間違いというより、測った条件が違う可能性を考える必要がある。この条件の違いが、次の章の「平均と最高」の問題につながる。
3. おなじ 人でも、はかる ところで 数が かわる
3. 同じ一人の速さでも、測る場所で数字が変わる
3. 100m走の全体の平均と区間の平均、急降下と水平飛行の違い
2009年の ベルリンの 大会で、ボルトさんは 100メートルを 9.58びょうで はしりました。100を 9.58で わると、1びょうで 10.4メートルほどです。じそくに すると 37.6キロです。
これは、ゴールまでの 「へいきん」の はやさです。60から 80メートルの あいだだけを 見ると、へいきんで じそく 44.7キロほどと いわれます[3]。
ハヤブサという 鳥は、空から 急に おりる ときに じそく 389キロの きろくが あります[4]。でも、これは おちながら 出した はやさで、まっすぐ とぶ はやさとは ちがいます。
ウサイン・ボルト選手は、2009年8月16日のベルリン世界選手権で、100mを9.58秒で走りました。100÷9.58≒10.44なので、平均は秒速約10.4m、時速にすると約37.6kmです。
ところが、これはスタートからゴールまでの平均です。走っている途中の速さは区間ごとに違い、世界陸連(IAAF)の分析では、60〜80mの区間が最も速く、この区間の平均速度は約12.4m/s(時速約44.7km)とされています[3]。この分析には、レーザーを使った連続的な速度の測定が使われました。同じ人の同じレースでも、全体の平均と区間の平均ではこれだけ数字が違います。
ハヤブサの急降下は、1999年に飼い主のケン・フランクリンさんが、高度約5,182mで放した個体に高度計をつけて測り、時速389.46kmでした[4]。これは降下しながら出した速さです。水平に飛ぶ速さとは別物で、「最高速度」と書いてあっても条件が違います。
全体の平均、区間の平均、降下中。同じ「時速」でも、何を測ったかが違えば比べられません。では、船や飛行機の世界では、速さをどんな物差しで表しているのでしょうか。
100mを9.58秒で走ったボルトの平均速度は、100÷9.58≒10.44m/s、×3.6で約37.6km/hとなる(これは割り算による計算値で、記録の表記は37.57km/hなど端数が資料で異なる)。ところが、レーザー測定でレース中の速度を連続的に調べた分析では、60〜80m区間(1.61秒)が最も速く、この区間の平均速度は約12.4m/s(約44.7km/h)とされる[3]。
平均速度は距離÷時間で、途中の加速や減速をならしてしまう。区間を短く切るほど、その区間の速さが見えるようになり、100m全体の平均より高く出る。約44.7÷37.6で、およそ1.2倍の差だ。ただし12.4m/sも区間の平均で、ある一瞬の速さではない。
条件の違いは、ハヤブサでもっと大きい。ギネス世界記録が認める389.46km/h(242mph)は、1999年に高度約5,182mで放した個体に高度計をつけて測った急降下の値だ[4]。重力で落ちながら出した速さなので、水平飛行の速さとは比べられない。389.46÷3.6≒108m/sで、この値をボルトの区間平均の約12.4m/sと並べると約9倍だが、走る・降下するという前提が違う数字の割り算になる。
速さの物差しは、距離と時間だけでなく「どの区間を、どんな条件で」測ったかとセットで読む必要がある。次に、使う場面に合わせて作られた物差しを見る。
4. ふねの 「ノット」は、なにの 物さし?
4. 船や飛行機が「ノット」を使うわけ
4. ノット ── 1海里=1852mという単位の由来と換算
ふねや ひこうきの はやさを あらわす ときに つかわれる たんいの ひとつが、「ノット」です。1ノットは、1時間に 1かいり、つまり 1852メートル すすむ はやさです[5]。
「ノット」は、むすびめの ことです。むかし、むすびめを つけた つなを 海に ながして、すすんだ はやさを はかったと 言われます[5]。
1ノットは じそく 1.852キロです。ボルトさんの 平きんの 37.6キロは、20ノットほどです。ふねで 言えば、20ノットほどの はやさです。
5. マッハは、おとの はやさで くらべる
5. マッハは、音の速さを1とした物差し
5. マッハ数 ── 音速との比で、基準が気温で動く
ジェットきの はやさは、「マッハ」と 言う ことが あります。マッハ1は、おとが つたわる はやさと 同じ はやさです[6]。
おとの はやさは、およそ びょうそく 340メートル、じそく 1225キロです[6]。ハヤブサの きゅうこうかは、その 3分の 1ほどです。
ここで ふしぎな ことが あります。おとの はやさは、きおんで かわります。きおんが 1度 あがると、びょうそくで 0.6メートルほど はやく なります[7]。だから、マッハ1の じそくも、あたたかい 日と さむい 日で ちがいます。
マッハ数は、物体の速さを、そのときの音の速さで割った値です。マッハ1は、標準的な条件で秒速約340m、時速約1225kmです[6]。ハヤブサの急降下389.46kmは、マッハ数にすると約0.3です。
音の速さは一定ではありません。空気中では気温が1℃上がると約0.6m/s速くなり、c=331.5+0.6t(tは気温℃)という式で近似されます[7]。0℃なら約331.5m/s、30℃なら約349.5m/s(この式での計算値)です。同じ時速で飛んでも、気温が違えばマッハ数は変わります。同じ「マッハ1」でも、時速に直すと暑い日と寒い日で数十km/h変わります。
音の速さは、空気の中だけでなく物質によっても違います。水中(0℃)で約1500m/s、鉄やガラスで約5000m/sです[7]。
基準が気温で動くので、時速でマッハを覚えてしまうと、場面によってずれます。では、動かない基準はあるのでしょうか。それが次の章の、光の速さです。
マッハ数は、流体中の物体の速さと音速の比で、マッハ1は標準条件でおよそ秒速340m(時速約1225km)に当たる[6]。名称はエルンスト・マッハに由来し、1929年にアッケレートが命名したとされる[6]。ハヤブサの急降下は389.46÷3.6≒108m/sで、マッハ数にすると約0.32である。
音速は気温に依存し、空気中ではc=331.5+0.6t(m/s)で近似できる[7]。15℃で約340.5m/s、30℃で約349.5m/s(係数0.6の近似式による計算値)となり、15℃と30℃の差は約9m/s(時速約32km)に相当する。つまりマッハ1の「時速」は固定値ではなく、基準そのものが気温で動く。また、水中(0℃)では約1500m/s、鉄やガラスでは約5000m/sと、媒質によっても異なる[7]。ただし、この近似式は気温が主因の目安で、高度による変化は主に気温変化を通じて現れる。
マッハは「相手との比」で表すため、空気の状態が変われば同じ時速でもマッハ数は変わる。比で表す物差しには、基準が動くという代償がある。では、基準が絶対に動かない物差しはあるのか。
6. 光の はやさは、メートルの もとに なっている
6. 「1メートル」を決めているのは、光の速さ
6. SI単位系のメートル ── 光速cの値を固定して長さを定義する
おとの はやさは かわりますが、メートルの きめかたでは、空気の ない 空間(しんくう)での 光の はやさを、びょうそく 299792458メートルと 決めています[8]。
この 数は、じつは きまりで 決められた 数です。まず 光の はやさを この 数と 決めて、それで、1メートルの 長さが きまります[8]。
つまり、はやさが、長さの 物さしを きめています。ふつうは 長さが さきで、はやさが あとなので、じゅんばんが ぎゃくです。
光は、おとの 88万ばいほどの はやさです。くらべると、ダニも チーターも、とても ゆっくりに 見えます。
現在の1メートルは、真空中の光の速さcを299,792,458 m/sと定めることで決まります。2019年のSI改定でこの形になりました。1983年から、1メートルは「光が1/299,792,458秒に進む距離」と定義されていました[8]。
ふつうは、長さを先に決めて、それを時間で割って速さを出します。メートルの定義はその逆で、光の速さの数値を先に固定し、そこから長さを決めています。「速さ」が長さの基準を決める、という順番です。
光速は、音速の約88万倍です(299,792,458÷340≒881,700)。ただしこの比は、音速を標準条件の約340m/sとして計算した目安です。
ここまでの全体を見ると、速さの物差しには役割の分担があります。時速は日常の感覚に近く、体長あたりは大きさの違う生きものの比較に向き、ノットとマッハは船や飛行機、音との関係で使い、光速はメートルそのものを支えています。
SI単位系のメートルは、真空中の光の速さcの数値を299,792,458 m/sに固定することで定義される(2019年改定)[8]。1983年からは、光が真空中で1/299,792,458秒の間に進む距離としていた[8]。つまり秒の定義が先にあり、そこにcの固定値を与えることで長さが決まる。「速さが長さの基準を決める」という順序だ。
つまり、光速の値は測るものではなく、定義として決めた数字になっている。
光速は音速(標準条件の約340m/s)の約88万倍(299,792,458÷340≒881,700)。この比は音速の条件で変わる目安である。
ここまでに出た物差し ── 時速、体長あたり、区間の最高と平均、ノット、マッハ、光速 ── は、いずれも「何を基準にするか」の違いだ。基準が違えば、同じ動きでも順位が入れ替わる。
7. じぶんの 足の はやさを、2つの 物さしで はかろう
7. 自分の足の速さを、時速と体長あたりで測る
7. 出口 ── 自分の速さを2つの物差しで測り、原典をたどる
だれも いない 広い ところで、まきじゃくや ひもを つかって、10メートルの 長さを はかります。じぶんが 走ったり あるいたり して、ストップウォッチで 時間を はかって もらいましょう。
10を 時間で わると、びょうそくが 出ます。たとえば 5びょうなら、びょうそく 2メートルです。さらに 3.6を かけると じそくに なります。2メートルなら、じそく 7.2キロです。
つぎに、びょうそくを 身長で わります。身長が 1.2メートルなら、2÷1.2で、1.7ばいほどです。ダニの 320ばいほどと くらべると、どうでしょう。
走る ときは、車や 人が いない ところで、ころばない ように 気を つけて ください。おうちの 人に 見て もらって ください。
広くて安全な場所で、家にある巻尺(なければひもと物差し)で10mの距離を測ります。歩いても走ってもよいので、10mにかかる時間を家の人にストップウォッチで測ってもらいます。
10÷時間で秒速が出ます。×3.6で時速になり、さらに身長で割れば「体長あたり」です。たとえば5秒なら秒速2m、時速7.2km、身長1.2mの人は約1.7倍/秒です。ダニの約320倍/秒と並べてみましょう。
走るときは、車や人のいない場所を選び、転ばないようにしてください。
自分の数字が出たら、ダニの記録の紹介[1]や、チーターの研究のハイライト[2]と並べて眺めるのも楽しいはずです。測った時間と距離から、時速と体長あたりの両方を出して、友だちや家族と比べても面白いでしょう。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:生きものの記録、スポーツと鳥の測定、単位の辞典、国際度量衡局のページを使いました。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いています。
- Paratarsotomus macropalpis(Wikipedia)。https://en.wikipedia.org/wiki/Paratarsotomus_macropalpis (ダニの速さ、体長あたりの比較について。二次資料)
- Nature ハイライト(ネイチャーアジア)。https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/44234 (野生のチーターの実測の最高速度について)
- World Athletics「Biomechanical analysis of the sprint and hurdles」の紹介記事。https://www.worldathletics.org/news/news/biomechanical-analysis-of-the-sprint-and-hurd (100m走の区間ごとの速さ、レーザー測定について)
- Guinness World Records「Fastest bird (diving)」。http://www.guinnessworldrecords.com/world-records/70929-fastest-bird-diving (ハヤブサの急降下の記録について)
- コトバンク「ノット」。https://kotobank.jp/word/ノット-1576071 (ノットの定義と由来について)
- Weblio「マッハ数」。https://www.weblio.jp/content/マッハ数 (マッハ数の定義と名前の由来について)
- コトバンク「音速」。https://kotobank.jp/word/音速-41946 (音速と気温の関係、水中・固体中の音速について)
- BIPM「The metre」。https://www.bipm.org/en/si-base-units/metre (メートルの定義と光の速さについて)
なおした ところ
更新履歴
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