このサイトは、ほんの入り口です

ここに書いてあることは、誰かが実際に手を動かして調べ、考え、作り上げてきたものを拾い集めています。専門の本や論文、作品、そしてそれを生み出した人たち。気になったことがあれば、ぜひそのおおもとに直接ふれてみてください。このメモには書ききれない熱を、感じてもらえると思います。

なんで 国に よって、たべる ものが ちがうの?

なぜ、国によって主食が違うのか。お米とパンの話

主食はなぜ、国によって違うのか。米・小麦・トウモロコシの世界地図

分野:歴史・文化

せかいで いちばん 多く 作られて いる さくもつは、じつは お米ではない。それでも 日本では、まいにち 白い ごはんを たべる。

たべる ものは、なぜ、国に よって こんなに ちがうのだろう。

世界でいちばん多く作られている作物は、実はお米ではない。それでも日本では、毎日白いご飯を食べる。

食べるものは、なぜ国によってこんなに違うのだろう。気候や、その土地の歴史をたどってみる。

世界で最も多く生産されている作物は、実は米ではない。それでも日本の食卓には、白い米飯が当たり前のように並ぶ。

主食は、なぜこれほど地域によって異なるのか。気候の境界線、単位面積あたりの収量、大航海時代の食物交換、そして日本自身の主食の変遷をたどりながら、その理由を探る。さらに、主食の違いが人の考え方にまで関係するという、まだ議論が続く仮説にも触れる。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ小学校高学年むけ中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. せかいの 主食は、大きく 3つに わかれる

1. 世界の主食は、大きく3つに分かれる

1. 世界の三大穀物には、それぞれ違う役割がある

せかいで いちばん 多く 作られて いる さくもつは、じゅんに トウモロコシ、小麦、お米だ。この 3つを 「三大さんだいこくもつ」と いう[1]

お米は、とれた りょうの ほとんどが、作った 土地で そのまま たべられる。でも 小麦や トウモロコシは、ちがう 国へ 売られたり、家ちくの えさに なったり する りょうが 多い[1]

おなじ こくもつでも、つかわれかたは、ずいぶん ちがう。では、なぜ、こんなに ちがうのだろう。

世界でいちばん多く作られている作物は、順にトウモロコシ、小麦、お米だ。この3つを「三大穀物」と呼ぶ。2019年の生産量は、トウモロコシが約11億4849万トン、小麦が約7億6576万トン、お米が約7億5547万トンだった[1]

ところが、使われ方はそれぞれ大きく違う。お米は、2017年の輸出量が生産量のおよそ5%しかなく、ほとんどが作った土地でそのまま食べられる。一方、小麦は同じく2017年の輸出量が生産量の約22%、トウモロコシは家畜のえさやバイオエタノールの原料としても使われ、商業的な性格が強い[1]

同じ「穀物」でも、世界での役割はまったく違うのだ。では、なぜこんなに違うのだろうか。

世界の穀物生産量は、2019年の統計で、トウモロコシが約11億4849万トン、小麦が約7億6576万トン、米が約7億5547万トンの順で、この3つは「三大穀物」と呼ばれる。米の生産は、その約90%がモンスーンアジアに集中している[1]

用途にも明確な違いがある。米は、2017年の輸出量が生産量のおよそ5%にとどまり、大半が生産地でそのまま消費される、自給的性格の強い作物である。対して小麦は同じく2017年の輸出量が生産量の約22%、トウモロコシは先進国で飼料用やバイオエタノールの原料として利用される割合が高く、より商業的な性格を持つ[1]

同じ穀物でありながら、世界経済の中での役割はまったく異なる。この違いは、どこから来るのだろうか。

2. お米と 小麦を わける、1本の せん

2. お米と小麦を分ける、たった1本の線

2. 年間降水量1000ミリの線が、稲作と小麦作を分けている

中国には、北と 南で、たべる ものが かわる ばしょが ある。北では 小麦、南では お米が 作られて いる[2]

その さかいめは、1年間に ふる 雨の りょうで きまる。雨が 多い ところは お米、すくない ところは 小麦、と いう ぐあいだ[2]。お米づくりには、たくさんの 水が いるからだ。

ただし、何を 作るかは、雨の りょうだけで きまる わけでは ない。土や 気おんなども かんけいして いる。水が 多い ところで お米を 作ると、どんな いい ことが あるのだろう。

中国には、北と南で主食がはっきり分かれる場所がある。北では小麦、南ではお米が作られていて、「北麦南稲」と呼ばれる[2]

その境界線は、山脈と川を結んだ「秦嶺・淮河線」と呼ばれる線で、これは1年間に降る雨の量が1000ミリになる場所を結んだ線と、ほぼ重なる。雨の多い南側は稲作、雨の少ない北側は小麦作りに向いている[2]

お米づくりには、田んぼに水を張るための大量の水が必要だ。逆に小麦は、水につかりすぎるとうまく育たない性質を持つ。ただし、何を作るかは雨の量だけで決まるわけではなく、土や気温なども関わっている。水の多いところでお米を作ることには、どんな利点があるのだろうか。

中国には、年間降水量1000ミリの等雨量線が、秦嶺山脈と淮河を結ぶ線とほぼ一致する場所があり、「秦嶺・淮河線」と呼ばれる。一般に、この線より北が小麦地帯、南が稲作地帯とされ、「北麦南稲、南船北馬」という言い方もある[2]

稲作には大量の灌漑用水が必要である一方、小麦の主産地の大半は年降水量1000ミリ以下の地域に分布し、生育に必要な水の量が比較的少なく、浸水に弱いという植物生理上の特徴を反映している[2]

気候という1つの条件が、これほど明確に主食の分布を分けている例は珍しい。ただし、これは中国の一例であり、実際の農業の成立には、気温や土壌、社会的な条件も関わる。こうした気候条件のもとで稲作を選んだ地域には、どのような利点があったのだろうか。

3. お米は、おなじ 広さで、多くの 人を やしなえる

3. お米が、多くの人を養えてきた理由

3. 米の収量の高さが、アジアの人口を支えてきたと考えられている

お米は、おなじ 広さの 田んぼから とれる カロリー(たべものの ちからの もと)が、小麦より 多いと いわれて いる[3]

それに、田んぼは 水を とおして えいようが はこばれるので、おなじ ばしょで、なんねんも 作りつづける ことが できる[3]。お米づくりが さかんな アジアには、いま、やく 50おく人が くらして いる[4]

でも、せかいには、もっと あとに なって、とつぜん 広まった たべものも ある。

お米は、同じ広さの田んぼから収穫できる炭水化物の量(カロリー)が、小麦より多いといわれている[3]

田んぼは水を通して外から栄養が供給されるため、畑のように連作障害(同じ作物を作り続けると育ちにくくなること)が起きにくい。何千年も、同じ場所で作り続けられるのだ[3]

こうした特徴もあって、稲作が盛んなアジアは、いまも約50億人もの人の暮らしを支えていると考えられている[4]。モンスーンアジアが世界でも人口密度の高い地域になっている背景には、お米のこうした性質があると考えられている。しかし世界には、もっとあとになって、思いがけない形で世界に広まった作物もある。

米は、同じ耕地面積から収穫できる炭水化物量(カロリーベースの収量)が、小麦など他の穀物より多いとされる[3]

水田は灌漑水を通じて外部から養分が供給されるため、連作障害が起きにくく、同じ場所で継続的に耕作できるという特性を持つ[3]。農林水産省は、この性質によって稲作が「約50億というアジアの人口の食を支え」てきたと説明している[4]

モンスーンアジアが世界でも有数の人口密集地域である背景には、単位面積あたりの収量の高さと、連作を可能にする水田の仕組みが関わっていると考えられる。しかし、これまで見てきた米や小麦とは異なり、まったく別の経緯で世界に広まった作物もある。

4. 「新しい 大りく」から 来た、じゃがいもと トウモロコシ

4. 大航海時代、「新しい大陸」から来た作物が世界を変えた

4. コロンブス交換で、ジャガイモが世界に広まった

じゃがいもは、もともと、南アメリカの 高い 山で 作られて いた 作物だ。今から やく 500年前、ヨーロッパの 人たちが 南アメリカへ 行った あとに、せかいへ 広まった[5]

やせた 土地でも そだち、えいようも あるので、じゃがいもは アイルランドと いう 国で、まずしい 人たちの 主食に なった[5]

でも 1845年ごろから、じゃがいもの びょうきが はやり、しゅうかくが できなく なった。主食を うしなった アイルランドでは、たくさんの 人が なくなったり、外国へ うつり住んだり した[5]

日本の 主食も、じつは、ずっと おなじ だったわけでは ない。

じゃがいもは、もともと南アメリカのアンデスの高地で、今からおよそ8000年前から作られていた作物だ。1500年代の初め、ヨーロッパの人たちが南アメリカへわたったあと、じゃがいもはヨーロッパへ運ばれ、やがて世界へ広まった[5]

やせた土地でも育ち、栄養もあるじゃがいもは、18世紀のアイルランドで、貧しい人たちの主食になっていった[5]

ところが1845年ごろから、じゃがいもの疫病が広がり、その後数年にわたって収穫できなくなってしまう。主食を失ったアイルランドでは、多くの人が飢えや病気で命を落とし、あるいは故郷を離れて外国へ移り住んだ。推定には幅があるが、人口のおよそ2割から4分の1が、この飢饉によって失われたとされる[5]。日本の主食も、実はずっと同じだったわけではない。

じゃがいもは、南アメリカのアンデス高地が原産地で、約8000年前から栽培化されていたとされる。16世紀初頭、スペイン人によってヨーロッパへ持ち込まれたが、当初は観賞用とされ、食用としての普及には時間がかかった[5]

やせた土地でも収穫でき、栄養価が高いじゃがいもは、18世紀のアイルランドで貧しい農民の主食となった。1760年から1815年にかけての経済拡大の中で、小規模な農場の多くが、一年を通じてじゃがいも栽培に依存するようになっていた[5]

1845年ごろからジャガイモ疫病菌(Phytophthora infestans)がアイルランド全土に広がり、その影響は数年にわたって続いた。多くの人が飢えや病気によって命を落とし、あるいは故郷を離れて海外へ移り住むことを余儀なくされた。推定には幅があるが、当時の人口およそ800万人のうち、約2割から4分の1がこの飢饉によって失われたとされる[5]。日本国内に目を向けても、主食の座は常に安定していたわけではない。

5. 日本の 給食きゅうしょくが、パンだった わけ

5. 日本の給食が、長くパンだった理由

5. 学校給食の主食は、パンから米へと移り変わった

今の 日本では、お米の 給食きゅうしょくが ふつうに ある。でも むかしは、コッペパンが 給食きゅうしょくの 主やくだった[6]

せんそうの あと、たべものが たりなかった 日本は、アメリカから もらった 小麦で、パンを 作って いた[6]

お米の 給食きゅうしょくが きまりとして はじまったのは、1976年(昭和しょうわ51年)の ことだ[6]。それに、日本人が 1年間に たべる お米の りょうは、1962年に くらべて、いまは 半分いかに へって いる[7]。お米を 作るか、小麦を 作るかは、たべものだけの はなしなのだろうか。

今の日本では、お米の給食があるのが当たり前だ。でも、戦後しばらくの間、給食の主役はコッペパンだった[6]

戦争が終わったあと、食べものが足りなかった日本は、アメリカから援助された小麦で、パンを作っていた。1950年代になっても、アメリカの小麦をめぐる事情から、パンと牛乳の給食が続いていく[6]

お米の給食が制度として正式に始まったのは、1976年(昭和51年)のことだ。実はこのころ、日本では逆にお米が余るようになっていて、1967年から年間およそ200万トンもの余ったお米が出ていたという事情もあった[6]。日本人が1年間に1人あたり食べるお米の量は、1962年度の118.3キロをピークに、2024年度には53.4キロまで減っている。半分以下になったことになる[7]。お米を作るか、小麦を作るかの違いは、食べもの以外にも関係するのだろうか。

現在の日本では米飯給食が一般的だが、戦後の学校給食は、コッペパンが主食として定着していた[6]

終戦直後の食糧難の時代、日本はアメリカの民間団体からの援助物資や、アメリカの余剰小麦戦略の影響もあって、パンと脱脂粉乳を中心とした給食が続いた。1954年(昭和29年)に学校給食法が成立したあとも、この形は続いていた[6]

米飯給食が学校給食制度上に正式に位置づけられたのは、1976年(昭和51年)である。背景には、1967年以降、日本国内で年間約200万トンの米の余剰が生じていたという、国内農業政策上の事情があった[6]。一方、日本人1人当たりの年間米消費量は、1962年度の118.3キログラムをピークに減少を続け、2024年度には53.4キログラムとなっている。半世紀余りで、半分以下にまで減少したことになる[7]。農業として何を選択するかという違いは、食生活以外の側面にも影響しているのだろうか。

6. お米を 作ると、考え方まで かわる?

6. 主食のちがいは、考え方にも関係するのか

6. 「イネ理論」は、農業が文化を形づくるという仮説である

2014年、ある けんきゅうで、中国の お米を作る 地いきの 人と、小麦を作る 地いきの 人を くらべた ことが あった[8]

お米づくりは、水を みんなで かんりする ひつようが あるので、なかまと きょうりょくする 考え方に なりやすい。小麦づくりは、1人でも できるので、じぶんで きめる 考え方に なりやすい、と いう けっかだった[8]

2024年には、じっさいに お米づくりを した 人と、小麦づくりを した 人を くらべる、べつの けんきゅうも 出た。やっぱり、お米を 作った 人の ほうが、きょうりょくする 考え方に なりやすい、と いう けっかだった[9]。ただし、これは まだ、ぎろんが つづいて いる はなしだ。

主食の違いは、人の考え方にまで関係するのだろうか。2014年、中国のお米を作る地域と、小麦を作る地域の人を比べた研究が発表された[8]

お米づくりは、田んぼに水を引くための仕組みを、地域のみんなで管理する必要があり、研究の紹介によれば作業の手間も小麦のおよそ2倍とされる。この研究は、稲作地域の住民ほど周りと協力する考え方(集団主義)の傾向が強く、小麦作地域の住民ほど自分で決める考え方(個人主義)の傾向が強いという関連を報告した[8]

ただし、この研究には、ほかの原因が混じっているのではないかという批判もあった。そこで2024年、中国のある国営農場で、お米づくりと小麦づくりに、たまたま近いかたちで割り当てられた人たちを比べる、新しい研究が行われた。結果は、お米を作った人のほうが、やはり周りと協力する考え方が強かった、というものだった[9]。1世代のうちに、こうした違いが生まれうることも示された。ただし、主食のちがいが本当に考え方のちがいを生み出す原因なのかどうかは、まだ議論が続いている。

主食の違いは、人の考え方や価値観にまで影響するのだろうか。2014年、Talhelmらは、中国国内の稲作地域と小麦作地域の住民を比較する研究をScience誌に発表した[8]

水田稲作は、灌漑網の建設・維持や水利の共同管理を必要とし、研究の紹介によれば労働時間は畑作の小麦のおよそ2倍に及ぶとされる。この研究は、稲作地域の住民ほど相互依存的・集団主義的な傾向が強く、小麦作地域の住民ほど独立的・個人主義的な傾向が強いという関連を報告した(「イネ理論」)[8]

発表当初は大きな注目を集めたが、その後、サンプルの偏りや測定方法の問題を指摘する批判も出された。そこで2024年、Talhelm自身が発表した追跡研究では、中国のある国営農場で、稲作と小麦作にほぼ無作為に割り当てられた人々を比較する手法がとられた。その結果、稲作に割り当てられた人々のほうが個人主義の度合いが低く、身近な関係を重んじる傾向や関係性を重視する思考スタイルが強いことが示され、気温や緯度、歴史的経緯などの交絡要因を排除したうえでも、この違いが1世代のうちに形成されうることが示唆された[9]。仮説の検証は、いまも続いている。

じぶんでも やって みる

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

おうちの 中に ある、パンや、めん、シリアル、おせんべいなどを あつめて みよう。げんざいりょうひょうじを 見て、「こめ」と 書いて あるか、「小麦こ」と 書いて あるかを たしかめて みると おもしろい。おこめの ふくろに 書いて ある、とれた 場しょも 見て みよう。

家にある食品を集めて、原材料表示を見てみましょう。パン、うどん、パスタは小麦から、せんべいや米粉のお菓子はお米から作られています。1つの棚に、世界の三大穀物が、こんなに並んでいることに気づくはずです。

自宅やスーパーの食品棚にある製品の原材料表示を確認し、小麦由来(パン、麺類、菓子類)、米由来(米菓、団子)、トウモロコシ由来(コーンスターチ、油、家畜飼料経由の畜産物)のものをそれぞれ探してみるとよい。ふだん意識しない三大穀物が、食生活のどれだけの部分を占めているかが見えてくる。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

  1. ダイヤモンド・オンライン「世界三大穀物『米・小麦・トウモロコシ』の意外すぎる特徴とは?」。 https://diamond.jp/articles/-/277036 https://diamond.jp/articles/-/277036?page=2 (2019年の米・小麦・トウモロコシの生産量、米の生産がモンスーンアジアに約90%集中すること、米の輸出比率が約5%と低く自給的であること、小麦約22%・トウモロコシは飼料・バイオエタノール用途で商業性が高いこと)
  2. 日本語版ウィキペディア「秦嶺・淮河線」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/秦嶺・淮河線 (年間降水量1000ミリの等雨量線が秦嶺山脈と淮河を結ぶ線とほぼ一致すること、この線より北が小麦地帯・南が稲作地帯とされること、「北麦南稲、南船北馬」という言い方)
  3. 地理ラボ「穀物(米・小麦・トウモロコシ・麦・雑穀)」。 https://alivevulnerable.com/basic/grain/ (米は同じ面積から収穫できる炭水化物量が小麦より多いこと、水田は水を通して養分供給されるため連作障害が起きにくいこと)
  4. 農林水産省「お米と食料安全保障」。 https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/okome_majime/content/food.html (稲作が連作障害なく何千年も同じ場所で作り続けられ、「約50億というアジアの人口の食を支え」ていること)
  5. 日本語版ウィキペディア「ジャガイモ飢饉」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ジャガイモ飢饉 (ジャガイモがアンデス原産で16世紀にヨーロッパへ伝わったこと、18世紀アイルランドで貧しい人々の主食になったこと、1845〜1849年の疫病による飢饉で人口の約2割から4分の1が死亡・移民で失われたと推定されること)
  6. 農林水産省「昭和から令和まで、年代別にみる学校給食の変遷」、クックパッドニュース「週5で食べる地域も!昔は給食の救世主、今では当たり前の『米飯給食』はなぜここまで浸透した?」。 https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2006/food01.html https://news.cookpad.com/articles/47717 (戦後の学校給食がアメリカ援助の小麦によるパン中心だったこと、1967年から3年間年間約200万トンの余剰米が出ていたこと、1976年(昭和51年)に米飯給食が制度上正式に始まったこと)
  7. 農林水産省「お米の1人当たりの消費量はどのくらいですか」。 https://www.maff.go.jp/j/heya/sodan/1808/01.html (日本人1人当たりの年間米消費量が1962年度の118.3キロをピークに2024年度は53.4キロまで減少したこと)
  8. ScienceDaily「'Rice theory' explains north-south China cultural differences」(Talhelm et al., 2014, Science誌掲載研究の紹介)。 https://www.sciencedaily.com/releases/2014/05/140508141743.htm (中国の稲作地域と小麦作地域の心理的な違いを比較した2014年の研究の内容、稲作の労働時間が小麦作のおよそ2倍であること、稲作地域が集団主義的・小麦作地域が個人主義的とされたこと)
  9. Nature Communications「People quasi-randomly assigned to farm rice are more collectivistic than people assigned to farm wheat」(Talhelm and Dong, 2024)。 https://www.nature.com/articles/s41467-024-44770-w (中国の国営農場で稲作・小麦作に準ランダムに割り当てられた人々を比較した2024年の追跡研究、稲作に割り当てられた人のほうが個人主義の度合いが低かったこと、この違いが1世代のうちに形成されうると示されたこと)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。