1. よるの さむさで、かんてんに なにが おきるの?
1. 夜に凍り、昼に溶ける ── 約2週間のくり返し
1. 凍結と融解を約2週間くり返す ── 夜間マイナス6度以下という目安と、資料ごとの幅
ゆうがた、そとに ならべた かんてんは、夜の さむさで かちかちに こおります。ひるに なると、すこし とけます。これを 2しゅうかんほど くりかえすと、すっかり かわいて、まっしろな ぼうに なります[1]。
きおんが マイナス6どより ひくい 夜に こおると いいます[1]。だから、あたたかい 夜が つづくと、しごとは すすみません。
この 日かずと おんどは、きっちり きまった ものでは ありません。しりょうに よって 1〜2しゅうかん、20日ほど、と ちがいます[1][2][3]。てんきを 見ながら、毎日 かえて いく のです。
では、さむい 夜が くる まえの 一日は、どんな しごとで できて いるのでしょう。
屋外の干し場に並んだ「生天(なまてん)」、つまり煮て固めたところてんは、夜の寒さで凍ります。日中には少し溶け、夜にはまた凍ります。これを2週間ほど続けると、完全に乾いた真っ白な棒寒天になります[1]。凍る目安は、夜間の気温がマイナス6度以下のときです[1]。
日数や温度は、資料によって幅があります。茅野市の工場の例では、北向きでの凍結から最後の乾燥までで約20日かかります[2]。天然寒天の一般的な説明では、凍らせて溶かす作業をくり返し、全体で1〜2週間とされます[3]。気温は目安で、日ごとに調整されるものです。
夜の冷え込みを待つ仕事なので、暖かい夜が続くと進みません。では、その夜を迎えるまでに、工場ではどんな一日が積み重なっているのでしょうか。
天然寒天の乾燥は、夜間にマイナス6度以下で凍り、日中に少し溶ける、という繰り返しで進む。完全に乾いて白い棒になるまで、この繰り返しは2週間ほど続く[1]。夜が暖かければ凍らず、乾燥が進まない。つまり製造期は、気温という条件に直接しばられている。
ただし、資料によって数字の幅は大きい。茅野市の工場の実例は、北向きでの凍結、南向きでの乾燥、ビニールハウスでの仕上げまでを含めて約20日である[2]。一般的な製法の説明では、凍結と融解を反復して乾燥させ、全体で1〜2週間とされる[3]。1社の実例と一般論では、数える範囲も条件も同じとは限らないので、この記事では1つの数字にせず、幅のまま扱う。マイナス6度も、日ごとに調整される目安である。
では、凍らせる前の工程はどう進むのか。次の章では、釜に火が入る前の一日から追う。
2. かんてんやさんの しごとは、なにから はじまるの?
2. 凍らせる前の二日間 ── 海藻を洗い、巨大な釜で煮る
2. 洗浄と煮出しに丸二日 ── 「スイシャ」の水洗いと、直径2.5mの「カマ」
かんてんの もとは、テングサと いう かいそうです。まず 大きな ドラムに いれ、いどの 水で 数じかん あらいます。すなや かいがら、しおけを おとす ためです[1]。そのあと 一ばん、水に つけて、あくを とります[1]。
つぎの 日は、「カマ」と いう てつの 大きな かまの 出ばんです。高さは 3メートルほど、よこにも 2.5メートルほど あります。お湯を わかす だけで 9じかん、そこから 3じかん にます[1]。ちの市の ある こうじょうの れいで、どこでも おなじ わけでは ありません。
にえぐあいは、ゆげの かたちと、煙突の けむりの いろで わかる そうです[1]。ぐつぐつ にた しるは、このあと どうなるのでしょう。
冬の仕事は、凍らせるずっと前、海藻を洗う日から始まります。茅野市の寒天工場の例では、原料のテングサを大きな回転ドラム「スイシャ」に入れ、井戸水で数時間洗います。砂利や貝殻、塩分を落とすためです。さらに一晩、水槽に沈めてアクを取ります[1]。
翌日が「カマ」の出番です。高さ約3m、直径2.5mの鉄の大釜は、湯を沸かすだけで約9時間かかり、そこから約3時間煮ます[1]。この数字は、この工場の例であって、産地すべての数字ではありません。
煮え具合は、立ち上る湯気の形や、煙突の煙の色で分かるといいます[1]。毎日、釜のまわりで空を見上げながら、状態を読む仕事です。
煮出した液は、このあとどうやって固まり、棒の形になるのでしょうか。
凍結の前に、丸二日の準備がある。原藻(テングサ)はまず回転ドラム「スイシャ」で数時間、井戸水により洗われ、砂利・貝殻・塩分を落とす。そのうえ、一晩水槽に沈めてアクを抜く[1]。海から来たままの海藻を、そのまま煮ないのは、この混ざり物を先に減らすためと読める。
翌日が煮出しの工程「カマ」である。高さ約3m、直径2.5mの鉄の大釜は、水を沸かすだけで約9時間かかり、そこから約3時間煮る[1]。足し合わせると釜の作業だけで約12時間である。ただし、この数字は茅野市の1社の例であって、産地全体の標準ではない。
煮え具合は、立ち上る湯気の形や煙突の煙の色で分かるという[1]。数字ではなく、見て分かる合図を頼りにしているのが、この現場の特徴である。では、煮えた液はどのようにして棒の形になるのか。
3. にた しるは、どうやって ぼうに なるの?
3. 冷めると固まる ── 数百の「諸蓋」と、棒に切る朝
3. 諸蓋への流し込みと規格切り ── 29×4×5.5cmと、欠ける約3割の行き先
にた しるは、ろかして から、「もろぶた」と いう はこに そそぎます。はこは なんびゃくも あります[2]。さめると かたまる ので、のんびり しては いられません。ここは じかんとの しょうぶです。
かたまった ものは 「なまてん」と いいます。つぎの 朝、ながさ 29センチほどの ぼうに きって、ほしばに ならべます[2]。
ところが、きって いる うちに かけて しまう ものが でます。きれいな ぼうで だせるのは、ぜんぶの 7わりほど。のこりの 3わりは、むかしは そんに なって いました[1]。
ちの市の ある こうじょうは、かけた ものを みじかく きって、やすく うりました。かたちが わるい だけで、ひんしつは かわりません。つかい なれた 人ほど、かって いった そうです[1]。
釜で煮出した液は、ろ過したあと、数百ある「諸蓋(もろぶた)」という箱に注がれます。冷めると固まるので、時間との勝負です[2]。固まったものが生天で、翌日、規格どおり29×4×5.5cmの棒に切り、干し場へ並べます[2]。
切って並べる途中で、どうしても欠ける棒が出ます。茅野市のイリセンでは、きれいな棒の形で出荷できるのは全体の約7割で、欠けた約3割は、かつて損失になっていました[1]。
そこで、形が悪いだけで品質は同じだと考え、短く切った「カット寒天」として安く直売所に並べたところ、使い慣れた人ほど買っていったそうです[1]。欠けた棒を、短く切ったカット寒天として売るようになりました。この3割は1社の話ですが、ほかの資料でも同じくらいの規格外が出るとされます。
形をそろえて並べられた棒は、これから夜の寒さの中に出ます。そこで人は、何をするのでしょうか。
煮出しが終わった液は、深夜、気温が冷え切った時間帯にろ過し、「諸蓋」と呼ばれる箱に流し込む。冷えると凝固するため、時間との勝負になる[2]。箱は数百あり、固まった生天は翌日、規格29×4×5.5cmにカットされて干し場に並ぶ[2]。
この工場では、切断の段階で欠けた棒が出る。イリセンの場合、きれいな棒状で出荷できるのは全体の約7割にとどまり、残りの約3割はかつて損失だった[1]。1日2000本作る現在の規模に当てはめれば、3割は約600本にあたる(計算は筆者による仮の例)。
ところが、形が悪いだけで品質は変わらないと考え、短いカット寒天として直売所で安く売ったところ、使い慣れた客ほど買っていった[1]。ロスを商品に変えたこの例は、規格という見た目の基準と、中身の品質を切り分けて考えた結果といえる。ただし約3割は1社の談であり、産地全体の数字ではない。
切り終えた棒は、いよいよ屋外へ出る。凍らせる作業は、ただ夜を待つだけでよいのか。次に見る。
4. ならべた あと、ひとは なにを して いるの?
4. 並べて終わりではない ── 北向き、南向き、一本ずつ手で向きを変える
4. 凍結は北向き、乾燥は南向き ── 向き替えと仕上げの約20日
ならべた ぼうは、はじめに きたむきに おきます。3日ほど かけて、しっかり こおらせる ためです。1日目の こおりぐあいで、できあがりの かたちが かわる そうです[2]。
つぎに、ぼうの むきを 一ぽんずつ 手で かえて、みなみむきに します。いきなり かわかすと、つぶれて しまう からです[2]。
おわりは ビニールハウスで かわかします。ぜんぶで 20日ほど かかります[2]。しごとは 朝 6じごろから 午後 5じごろまで[2]。
夜の さむさに まかせて いる ようで、じつは 一ぽんずつ、人の 手が はいって いる のです。
茅野市は標高が約800mあり、冬は寒く、晴れの日が多いことで知られます[4]。休耕田に寒天を干す風景は、この地域の季節の風物詩です[4]。
ここでの作業は、ただ並べて夜を待つのではありません。茅野市のニワという現場では、生天をまず北向きに置き、約3日かけて凍らせます。1日目の凍り具合で、棒の形のできが変わるといいます[2]。
乾かす段階では、一本ずつ手で南向きに置き直します。急に乾かすと棒がつぶれてしまうからです。最後はビニールハウスで乾燥を進め、ここまでで約20日、朝6時ごろから午後5時ごろまでの仕事になります[2]。
冬の工場は、こうして何十日もかけて動きます。では、冬が終わると、この仕事を支えてきたものはどうなるのでしょうか。
茅野市は標高約800mで、冬は寒冷で晴天率が高く、休耕田に寒天を干す光景はこの地域の季節の風物詩になっている[4]。
ここからの作業は、寒さに任せるだけではない。茅野市のニワでは、生天をまず北向きに置いて約3日かけて凍結させる。1日目の凍り具合で形のできが変わるという[2]。乾燥の段階では南向きに置き直し、急激に乾燥すると潰れてしまうため、一本ずつ手で向きを変える。最後はビニールハウスで乾燥を促し、ここまでで約20日になる[2]。
北から南へ向きを変える作業は、「凍結させる期間」と「乾かす期間」を、同じ棒の上で別々に管理する手続きと読める。作業時間は朝6時ごろから午後5時ごろまでとされ[2]、夜の気温が仕事を決める一方、日中は人の手が動く構図になっている。
こうして冬は工場が動く。では、動かない季節に、設備や人はどうなっているのか。
5. ふゆの ほかの きせつ、こうじょうは なにを して いるの?
5. 冬しか動かない工場は、夏と秋に何をしているのか
5. 季節稼働の工場 ── 釜の木の乾き、通年の見学、秋の品評会
かんてんの こうじょうが うごくのは、ふゆだけです。むかし、えどじだいの 1830ねんから 1840ねんごろ、のうかんきの 副業として はじまった と つたえられます[5]。ふゆの あいだの しごと として、ねづいた のです。
では、なつは どうでしょう。つかわない あいだに、かまの 木が かわいて、まわりの わっか(たが)が ゆるみます。そのままでは 水が もれて しまいます。そこで ふゆが はじまる まえに、たっぷり 水を すわせます。すると 木が ふくらんで、すきまが ふさがります[1]。この かまは、80ねんも つかって いる そうです。
いまは ふゆの こうじょうを、一ねんじゅう 見学できる ところも あります。2018ねんに こうじょうけんがくを はじめ、ふゆには かんてんを きって ならべる たいけんも できます[1]。
あきには、ながの県が ちの市で 品評会を ひらきます。2025ねんは 10月30日でした[5]。
諏訪の寒天づくりは、江戸時代の天保年間、1830〜1840年ごろに、冬の副業として伝わったとされます。農閑期の副業にしようと、行商人の小林粂左衛門が、丹波・兵庫で見た製法を持ち帰ったと伝えられています[5]。冬の仕事として始まったので、工場が動くのは12〜2月の厳冬期です[4]。
では、冬以外の間、巨大な釜はただ置かれているのでしょうか。茅野市の工場の例では、夏のあいだ使わないと釜の木が乾き、箍(たが)がゆるみます。冬が始まる前に十分に水を含ませると、木が膨らんで隙間が埋まり、水を入れてももれなくなります。この釜は80年使い続けているそうです[1]。
冬にしか動かない工場は、そのままだと一年の大半、仕事がありません。この工場は2018年に工場見学を始め、冬は生天を切って並べる「天出し体験」も入れて、見学を一年中開いています。ツアーが通年の仕事を生んだといいます[1]。
秋には、長野県が茅野市で寒天品評会を開きます。ゼリーにしたときの強度や重量、不純物、水分、色・つや・形などの外観で審査し、農林水産大臣賞などを贈ります。2025年は10月30日の開催で、第54回でした[5]。
働く人の数も、昔とは変わりました。最盛期に1日1万本の棒寒天をつくっていたこの工場は、冬の昼と夜に人を分けて雇い、出稼ぎの季節労働者が支えていました。今は需要に合わせ、1日約2000本に抑えています[1]。
諏訪に寒天づくりが入ったのは江戸時代の天保年間で、長野県も冬季の副業として製造が始まったと説明する[5]。時期は資料により1830年ごろ、1840年ごろと差がある。農閑期の副業として、行商人の小林粂左衛門(穴山村、現在の茅野市玉川)が丹波・兵庫で見た製法を持ち帰ったと伝えられるが、年代や細部は伝承の域を出ない。
冬の副業として根づいたため、製造は12〜2月の厳冬期に集中する[4]。では、動かない季節の工場はどうなるのか。茅野市の工場の例では、夏に使わないあいだ釜の木が乾いて箍がゆるむ。冬の前に十分に水を含ませれば、木が膨張して隙間が埋まり、水がもれなくなる。この釜は80年使い続けられている[1]。木の釜の手入れは、冬の仕事の準備として一年のどこかに織りこまれている。
もうひとつの工夫は、工場見学である。冬にしか稼働しない工場は、2018年に見学を始め、冬は生天を切って並べる「天出し体験」も入れた。見学は一年中開かれ、通年の仕事が生まれたという[1]。
秋には、長野県が茅野市で寒天品評会を開く(第54回は2025年10月30日)。ゼリー強度・重量・不純物・水分と、色・つや・形といった外観で審査され、農林水産大臣賞などが贈られる[5]。作り手にとっては、冬の仕事の成果を数字と外観で確かめる場である。
人の働き方にも変化がある。この工場は最盛期に1日1万本をつくり、昼夜に人を分けて雇う必要があって、出稼ぎの季節労働者に支えられていた。現在は需要に合わせて1日約2000本に抑えている[1]。冬の仕事は、規模も人の集め方も、時代とともに変わってきた。
6. あたたかい ふゆが つづくと、どう なるの?
6. 冷え込みが弱まる冬と、減っていく海藻
6. 暖かくなる冬と原藻の事情 ── 製造期間の短縮、棒の小型化、輸入量の減少
かんてんづくりは、さむさを まつ しごとです。2025ねんから 26ねんの ふゆは、12月なかばまで へいねんより あたたかく、てんやびよりが つづきにくい、と つたえられました[4]。
この 日を、かんてんやさんは 「てんやびより」と よびます。
げんりょうの テングサは、ほとんどが ゆにゅうです。2025ねんの 1月から 11月の ゆにゅうりょうは、まえの ねんの おなじ ころより 16.6%へりました[4]。
ある こうじょうの 人は、「むかしほど ひえこまず、はるも はやい。ぼうかんてんを つくれる きかんが 1か月ほど みじかく なった」と はなして います[1]。これは その 人の かんじた ことで、きかいで はかった かずでは ありません。
大きい ぼうは かわきにくい ので、ちいさく つくる ほうが、あたたかさに あわせやすい、とも いいます[1]。さむさを まつ しごとは、さむさの へんかに あわせて、かたちも かえようと して います。
寒天づくりに向いた天気を、現場では「天屋日和(てんやびより)」と呼びます。日本食糧新聞の寒天特集は、2025〜26年の冬は12月半ばまで平年より暖かく、日々の寒暖差も大きかったため、天屋日和が長続きしない製造期になっていると伝えています[4]。
同じことを、ある工場の人は長い目でも語ります。昔ほど冷え込まず、春が来るのも早いため、棒寒天がつくれる期間は約1カ月短くなったといいます。大きい棒は乾きにくく、小さくするほうが温暖化に対応しやすい、とも話します[1]。これは1社の経営者の実感であって、気温の観測統計ではありません。暖冬の原因まで、ここで言い切ることはできません。
原料の事情も動いています。テングサの大半は輸入で、寒天用の原藻の2025年1〜11月の輸入量は1248トン(業界紙が伝えた財務省貿易統計の数字)、前年の同じ期間より16.6%少なくなりました。計算すると、前年の同じ期間は約1500トンです。10kgあたりの平均価格は6473円で、2024年の通年平均より11%高いと報じられています[4]。国産のテングサも、伊豆では黒潮大蛇行の影響で「以前より明らかに少ない」と、海女の人が話しています[1]。
夜の寒さと、海の藻と、人の手。冬の一年は、その3つがそろって回っています。
天然寒天づくりに向いた天気を、現場では「天屋日和」と呼ぶ。業界紙は、2025〜26年の製造期について、12月半ばまで平年より暖かく、寒暖差も大きいため、天屋日和が長続きしないと伝える[4]。凍結と融解の繰り返しが条件の仕事では、寒暖差の大きい日が続いても、夜の気温が十分に下がらなければ作業が進まない。
長期の変化については、茅野市の工場経営者が、昔ほど冷え込まず春が早く来るため、棒寒天をつくれる期間が約1カ月短くなったと語る。大きい棒は乾きにくいので、小さくするほうが温暖化に対応しやすいという[1]。ただしこれは1社の実感で、観測統計ではない。暖冬の原因を温暖化と断定する根拠にはならない。それでもこの工場では、暖かい冬に合わせて棒を小さくする工夫も考えている。
原料にも変化がある。テングサの大半は輸入で、日本食糧新聞が伝える財務省貿易統計(業界紙の報道を通した数字)では、寒天用原藻(紅藻類テングサ科)の2025年1〜11月の輸入量は1248tで、前年同期より16.6%少ない。逆算すると前年同期は約1500tである。10kgあたりの平均価格(CIF)は6473円で、2024年通年平均を11%上回る。1kgあたりでは約647円になる[4]。国産でも、伊豆では黒潮大蛇行の影響で「以前より明らかに少ない」と海女が話している[1]。
気温、海藻、人手という3つの条件のうち、冬の寒さが一番目立つ。だが実際には、どれが欠けても、一年の仕事は回らない。
7. すきな ところから、たしかめて みよう
7. 台所と地図と統計から、一年の仕事を確かめる
7. 自分で確かめる道すじ ── 表示・気象データ・県の発表
おうちに ぼうかんてんや こなかんてんが あれば、ふくろの うらを 見て みましょう。げんりょうの かいそうの ことが かいて あるか、どこの かいしゃが つくったか、たしかめられます。
かんてんを 見る とき、まっしろか、かけて いないかを 見くらべるのも おもしろいです。ひんぴょうかいでは、いろや つや、かたちも 見られて いました。
こうじょうの けんがくを やって いる ところも あります。行く まえに、おうちの 人と、こうじょうの おしらせを 見て みましょう。
棒寒天や粉寒天が家にあれば、袋の裏の表示を見てみましょう。製造した会社や、原料が書かれているはずです。長野県の諏訪地方は、県の説明では角寒天をつくる国内唯一の産地です[5]。袋に長野県や諏訪、茅野の名前があるかどうかを見るのも、一つの手がかりになります。
数字から確かめたい人は、気象庁の「過去の気象データ」で、諏訪や茅野に近い観測地点の12〜2月の最低気温を見て、マイナス6度以下の日が何日あるかを数えてみてください。年ごとに比べると、「天屋日和」がどれだけあるかの目安になります。
工場見学を一年中開いている工場もあります[1]。行く前に、案内を見て、時期と予約を確かめておきましょう。県の寒天品評会の発表は、長野県のサイトで読めます[5]。
確かめられることを3つ挙げる。第一に、袋の表示。製造者・原材料の原産地表示を見れば、国産と輸入の別や、どの会社の製品かが分かる。第二に、気象データ。気象庁の過去データで、諏訪・茅野周辺の観測点の12〜2月の最低気温がマイナス6度以下になる日数を、年ごとに数えて比べられる。ただし観測点と工場の干し場では気温が一致するとは限らない点に注意が要る。
第三に、行政の発表。長野県は寒天品評会の開催概要と審査項目を公表している[5]。日本食糧新聞の寒天特集は、原藻の輸入量や価格など業界の動きを毎年扱う[4]。nippon.com の記事は、茅野市の1社の工程を詳しく紹介しており[1]、この記事の数字がどこまで1社の例かを、原文で確かめられる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
工程と数字の多くは茅野市の1社の取材記事による。県の資料で歴史と品評会を、業界紙で今シーズンの天気と原藻の事情を補った。
- nippon.com「諏訪の寒天」(2025) https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02494/ (洗い・釜・凍結の繰り返し、釜の手入れ、見学、規模の変化、暖冬の実感)
- Go! NAGANO「天然寒天」 https://www.go-nagano.net/food-and-drink/id17997 (北向き・南向きと約20日の工程、諸蓋と規格)
- コトバンク「寒天」(日本大百科全書ほか) https://kotobank.jp/word/%E5%AF%92%E5%A4%A9-49309 (天然寒天の一般的な製法と日数の幅)
- 日本食糧新聞「寒天特集」(2026) https://news.nissyoku.co.jp/?p=1257342 (厳冬期の製造、天屋日和、原藻の輸入量と価格)
- 長野県「第54回寒天品評会」の発表 https://www.pref.nagano.lg.jp/enchiku/happyou/251027press1.html (天保年間の副業としての始まり、国内唯一の産地、品評会の審査)
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