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「きょう」は いつ はじまって、いつ おわるの?

「今日」はいつ始まっていつ終わるのか ── 夜中・夜明け・正午のあいだで

日付の切れ目はどこにあるのか ── 午前0時の決まりと、夜明け・正午の区切り、日付変更線

分野:歴史・文化

天文学者(てんもんがくしゃ)は、1925年の1月1日まで、ひるの 12時に 日づけを かえていました。いまの わたしたちは、よなかの 0時に かえます。

「きょう」の 切れ目は、むかしから 0時だったのでは ないのです。じつは、おなじ 日づけが 地きゅうの どこかで 50時間も つづく ことが あります。いつ、なぜ、どこで かわるのか。この 記事では、0時の きまりと、むかしの 人の かんじ方、地きゅうの ばしょの ちがいの 3つが わかります。

天文学者は、1925年の1月1日まで、正午に日付を変えていました[1]。夜中の0時に日付が変わる今の決まりは、ずっと昔からあったわけではないのです。

しかも、同じ日付が地球のどこかで約50時間続くことさえあります。「今日」の切れ目は、いつ、どうやって決まったのでしょうか。この記事では、今の日付の決まり、江戸の人々の感じ方、地球の上の場所によるずれの3つが分かります。

天文学の世界では、1925年1月1日まで、日付は正午に変わっていた[1]。夜中の午前0時が日付の境目になったのは、日常生活では当たり前でも、天文学では意外に新しい。

計算上は、同じ日付が地球のどこかで約50時間続きうる。では、日付の切れ目は、決まりの上でも、人々の感覚の上でも、地球の上でも、同じ場所にあったのか。午前0時の決まり、江戸時代の暦と人々の感覚のずれ、日付変更線という場所によるずれの3つから、その答えが分かる。

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1. よる 11じ50ぷんの「きょう」と、0時5ふんの「きょう」は おなじ?

1. 夜の11時50分と0時5分では、「今日」はちがう日になる

1. 日常生活では、午前0時に日付が切りかわる

いまの 日本の くらしでは、よなかの 0時に 日づけが かわります。0時から つぎの 0時までが、「1日」です[1]。

よる 11じ50ぷんの「きょう」と、0時5ふんの「きょう」は、ちがう 日です。ねている あいだに、ひっそりと 日づけが かわるのです。

0時に かえる わけは、ひるに 日づけが かわったら ふべんだから、と せつめいされます[1]。たしかに、がっこうの 時間わりの まんなかで 日づけが かわったら、こまりますね。

じこくの かき方にも、この きまりが あらわれます。0時は その日の はじまり、24時は その日の おわりです。ひつように おうじて、25時、26時と かく ことも あります[4]。

では、むかしの 人も、よなかの 0時に 日が かわると かんじて いたのでしょうか。

答えから言うと、今の日本の暮らしでは、真夜中の0時に日付が変わります。0時から次の0時までが1日で、これを常用時(市民時)といいます。昼に日付が変わっては不便だから、と説明されます[1]。

ですから、夜の11時50分の「今日」と、0時5分の「今日」は、別の日です。眠っているあいだに、日付だけが静かに切りかわっています。

書き方にも、この決まりが表れます。24時間制では、0時がその日の初めで、24時がその日の終わりです。必要に応じて、25時、26時と書くこともあります[4]。

法律にも、午前零時を日の始まりとして使う場面があります。民法は、日・週・月・年で期間を定めるとき、原則として初日は数えないと決め、「午前零時から始まるときは初日も数える」と書き添えています[5]。

では、昔の人も、夜中の0時に日が変わると感じていたのでしょうか。

夜の11時50分の「今日」と、0時5分の「今日」は、同じ日ではない。日常生活では、正子(しょうし。真夜中の午前0時)から次の正子までを1日とし、日付は真夜中に変わる。これを常用時、または市民時という。昼に日付が変わっては不便だから、というのが理由として説明されている[1]。

この決まりは、時刻の書き方にも現れる。24時間制では、0時はその日の初め、24時はその日の終わりを表す。必要に応じて25時、26時といった表記が使われることもある[4]。つまり、「金曜の24時」と「土曜の0時」は、同じ瞬間を、前の日の終わりとして書くか、次の日の初めとして書くかのちがいにすぎない。

法律の中でも、午前零時は日の始まりとして扱われる。民法は、日・週・月・年で期間を定めたときは初日を算入しないとしたうえで、その期間が午前零時から始まるときはこの限りでないと定める[5]。初日を数えるかどうかが、その日が零時から始まるかで分かれるわけである。

ところが、この「真夜中に日が変わる」という感覚は、昔の人にとっても自然だったのか。江戸時代の暦と人々の感覚を見ると、そこにずれがあった。

2. 江戸えどの 人は、よなかに「あたらしい 日」が はじまると おもっていた?

2. 江戸の暦は夜中に日が変わるのに、人々は夜明けを一日の始まりと感じていた

2. 暦の上では正子に日が変わるのに、人々の意識は夜明けにあった

江戸えどの ころの 暦こよみでは、1日は やはり 正子(しょうし)、つまり よなかの 0時に はじまる ことに なって いました[1]。

でも、人びとの きもちは ちがったようです。よあけの「明六つ(あけむつ)」の ころが、1日の はじまりだと かんがえられて いたと、国立天文台の ページには かいて あります[1]。みんなが そうだったと、いいきる ことは できません。

この ずれで、暦こよみに かく 日を きめるのが むずかしく なりました。むかしは 1日を 12こに わけ、1つを 2時間と して「子の刻ねのこく」などと よびました。子の刻ねのこくは、いまの 23時から 1時の あいだです。まんなかが 0時なので、子の刻ねのこくは 日を またいで しまうのです[2]。

そこで 暦こよみには、日を またぐ 子の刻ねのこくを、どちらの 日に かくかで、いろいろな かき方が うまれました。「今夜(こんや)」「今暁こんぎょう」と かき わけた 時期も あります[2]。

ちなみに、日の いりから 1日が はじまる 暦こよみも あります。いまでも イスラム暦こよみや ユダヤ暦こよみでは、日の いりを 1日の きじゅんと しています[1]。

「1日の はじまり」は、じつは いくつも あったのです。つぎは、ほしを みる 人の ばあいを みて みましょう。

江戸時代の暦の上でも、1日は正子(しょうし)、つまり真夜中の0時から始まることになっていました。ところが人々の意識の上では、明六つ(あけむつ。夜明けのころ)が1日の始まりと考えられていたようです[1]。「ようです」とあるとおり、全員がそうだったとまでは言えません。

この食いちがいに、暦をつくる人は苦労しました。当時は1日を12の辰刻(しんこく)に分け、1つが2時間でした。子の刻(ねのこく)は今の23時から1時にあたり、その中央が正子です。暦の上の1日は正子に始まるので、子の刻は日をまたぎます[2]。

すると、暦に節気(季節の目印)の時刻を書くとき、正子をまたぐ時刻をどちらの日に書くのか、迷います。国立天文台の暦Wikiによれば、書き方は何度も変わりました。「夜」を付けてその日に書いた時期、「翌」を付けて前の日に書いた時期、そして「今夜」「今暁(こんぎょう)」を付けてその日に書いた時期があります[2]。

今も、日の入りを1日の始まりとする暦があります。イスラム暦やユダヤ暦がそうで、夕方に見える細い月で月の始まりを決める暦では、日の入りが日の切れ目になります[1]。

決まりと感じ方がずれる。区切りがいくつもある。では、星を観測する人たちは、日付をどこで切っていたのでしょうか。

江戸時代でも、暦の上では正子から1日が始まることになっていた。ところが、人々の意識の上では、明六つ(あけむつ。夜明け)が1日の始まりと考えられていたようだ[1]。資料の書き方は推定であり、庶民が実際に日付をどう数えたかまでは、ここからは言えない。

この食いちがいが、暦の書き方を悩ませた。当時の時刻の決め方は不定時法で、明六つから暮六つ(くれむつ)までを6等分して昼の一刻、暮六つから明六つまでを6等分して夜の一刻とした。このため、季節によって一刻の長さが変わる。一方、暦の上の日は、12辰刻(しんこく。1辰刻=2時間)のうち、子の刻(ねのこく)の中央である正子で切れる。子の刻は現代の23時から1時にあたるので、日をまたぐ[2]。

そのため、節気の時刻の書き方は、江戸時代に少なくとも3回変わった。1685年暦から1739年暦は、正子までの子刻に「夜」を付けてその日に載せた。1740年暦から1752年暦は、正子から卯の四刻ごろまでに「翌」を付けて前日に載せた。1755年暦から1843年暦は、正子までを「今夜」、正子以後を「今暁(こんぎょう)」とした[2]。切れ目の位置は動かさず、日をまたぐ時刻の置き場所だけが動いたのである。

今の1日24時間の定時法は、明治5年(1872年)11月9日の改暦の布告で導入され、明治6年(1873年)から採用された[2]。なお、世界には今も日の入りを日の切れ目とする暦があり、イスラム暦やユダヤ暦がその例として挙げられる[1]。

感じ方と決まりのずれは、暮らしの中の話だった。では、星の観測という専門の世界では、日付はどこで切られていたのか。

3. ほしを みる 人は、なぜ ひるに 日づけを かえたの?

3. 天文学者は、観測のじゃまにならない正午で日付を切っていた

3. 天文時の日付は正午に変わり、1925年に正子へそろった

ほしを みる 人(天文学者)にとって、よるは しごとの じかんです。ひとばんじゅう、ほしを みて、きろくを とりつづけます。

もし、その まんなかの 0時に 日づけが かわったら、どうでしょう。おなじ ひとばんの きろくなのに、はんぶんずつ ちがう 日に なって しまいます。ふべんですね。

そこで ほしを みる 人たちは、ひるの 12時、つまり 正午(しょうご)から つぎの 正午までを 1日と しました[1]。ひるは ほしが みえないので、そこで 日を かえても こまらないからです。

この かぞえ方を つづけて いた 天文学でも、1925年の1月1日から、ほかの くらしと おなじ 0時から 0時までの 1日に なりました[1]。くらしの 日づけと、ほしの 日づけが、ようやく そろったのです。

いまでも、むかしの 名ごりが のこって いる ところが あります。ほしの けいさんで つかう 日の 番号(ユリウス日)では、世界じの 0時に「0.5」という はんぱが つくのは、日が かわる ときが 正午だった ころの 名ごりです[1]。

では、日づけの きりかわりは、地きゅうの どこでも おなじ ときなのでしょうか。

天体観測の途中で日付が変わると不便なので、天文学では正午から正午までを1日とする天文時が使われました。古代のプトレマイオスは、正午を日の変わり目にしていました[1]。夜通し観測する人にとって、夜中の0時で日付が変わると、同じ一晩の記録が2つの日に分かれてしまうからです。

その天文学も、1925年1月1日から、正子から正子までを1日とするようになりました。具体的には、1925年1月1日0時(常用時)が、1924年12月31日12時(天文時)にあたります[1]。ここで言えるのは、天文学の日の区切りが変わった年が1925年だということです。世の中の日付がこの年に変わったわけではありません。

国際的な取り決めも、同じ道をたどりました。1884年の国際子午線会議では、正子を起点とする「普通日」が採用されました。ところが、当時のグリニジ平均時(GMT)は正午を起点とする天文時で、普通日とは12時間ずれていました[3]。GMTの日の始まりが正午から正子に変わったのも、1925年です[3]。

名残も残っています。世界時0時のユリウス日(日数の通し番号)に0.5の端数がつくのは、日の変わり目が正午だった名残です[1]。

こうして、時刻の決まりは世界でそろっていきました。では、地球の上のどこでも、日付が変わる瞬間は同じなのでしょうか。

天文学で日付を正午に切ったのは、観測の都合である。天体観測の途中で日付が変わるのは不便なので、プトレマイオスは正午から正午までを1日とした。これが天文時である。一方、日常生活の常用時は正子で切る[1]。

ここで、同じ瞬間を2つの時刻系で書くと、12時間のずれが出る。1925年1月1日0時(常用時)は、1924年12月31日12時(天文時)にあたる。天文学も1925年1月1日から正子区切りになった[1]。ただし、これは天文学の側の区切りの変更であり、世間一般の日付が1925年に変わったという意味ではない。

国際的にも同じずれがあった。1884年の国際子午線会議は、グリニジ平均太陽時(GMT)の正子を起点とする普通日を採用した。しかし当時のGMTは正午起点の天文時で、普通日とは12時間のずれがあった。GMTの日の始まりが正午から正子へ変更されたのは、1925年である[3]。決まりが先にあり、観測の実務がそれにそろうまでに約40年かかった計算になる。

この名残は今も数字に残る。世界時0時のユリウス日(ゆりうすび。日数の通し番号)に0.5の端数がつくのは、日の変わり目が正午だった名残である[1]。

切れ目が時刻の上でそろっても、問題は残る。時刻は場所によって異なるので、日付の切れ目は地球の上のどこかで必ずずれる。

4. おなじ「きょう」は、せかいの どこかで なんじかん つづくの?

4. 日付変更線のせいで、同じ日付が地球のどこかで約50時間続く

4. 日付変更線と標準時のずれから計算すると、同じ日付は約50時間続きうる

地きゅうは まるいので、おなじ ときでも、ばしょに よって 朝や よるが ちがいます。そこで、太平洋の まんなかに、日づけを あらためる 線が きめて あります。「日付変更線ひづけへんこうせん」です[6]。

この 線は、およそ 経度けいど180度に そって、しまや りくちを さけて ひかれて います[6]。にしから ひがしへ こえると 日づけを 1日 おくらせ、ひがしから にしへ こえると 1日 すすめます[6]。

この 線の まわりでは、時間の ちがいが 大きいです。いちばん はやい ところ(キリバスの ラインしょとう)と、いちばん おそい ところ(だれも すんで いない しま)を くらべると、26時間も ちがう ことに なります[7]。

ここから、けいさんが できます。ある 日づけは、いちばん はやく はじまる ところで 0時に なってから、いちばん おそい ところで 24時に なるまで、24 + 26 で、地きゅうの どこかで 50時間 つづく ことが あります。これは わたしの けいさんで、きまった ことでは ありません。

しかも 線は うごきます。サモアという くには、2011年に、12月30日を ごっそり なくしました。29日の つぎが 31日です[7]。くにの つごうで、ならびかえるのです。

では、そんな ことが なぜ おきたのでしょうか。

地球は丸いので、同じ瞬間でも場所によって昼夜が異なります。そこで、世界各地の標準時のずれで日付に食い違いが出ないよう、太平洋の上に取り決められたのが日付変更線です。ほぼ経度180度に沿い、島や陸地を避けて設けられています[6]。西から東へ越えると日付を1日遅らせ、東から西へ越えると1日進ませます[6]。

この線の周りでは、時刻の差が大きくなります。UTC+14のキリバスのライン諸島と、UTC−12の無人のハウランド島・ベーカー島では、時刻に26時間の差があります[7]。

ここから、1つの日付が地球のどこかで続く長さを計算できます。いちばん早く0時になる場所から、いちばん遅れて24時になる場所までは、24+26=50時間です。つまり、同じ日付が地球のどこかで50時間続くことがある、ということになります。これは26時間という差から私が計算した値で、資料に書かれた数字ではありません。

日付変更線は、国の都合に合わせて曲がります。キリバスは、1994年12月30日(金)の次を1995年1月1日(日)にして、線を東へ寄せ、国全体を同じ日にそろえました。サモアは、2011年12月30日を暦から取りのぞき、線の西側へ移りました。つまり、29日の次が31日です[7]。

日付の切れ目は、星の観測者の都合で正午にもなり、国の都合で動いてもいます。では、私たちは今の日常で、どんなことに気をつければよいのでしょうか。

時刻は場所によって異なるので、日付の切れ目は地球の上のどこかで必ず生じる。そこで、世界各地の標準時のずれで日付に食いちがいが出ないよう、太平洋上に取り決められたのが日付変更線である。ほぼ経度180度に沿い、島や陸地を避けて設けられている。西から東へ越えると日付を1日遅らせ、東から西へ越えると1日進ませる[6]。

では、この線の両側で、時刻はどれだけずれるのか。UTC+14のキリバスのライン諸島と、UTC−12の無人のハウランド島・ベーカー島とでは、26時間の差がある。したがって、ある日付は、地球のどこかで最初に0時になってから、最後に24時になるまで、24+26=50時間続きうる。この50時間は、26時間の差から計算した値である[7]。

この線は、国際法で定められた線ではなく、各国の都合に合わせて曲がる。キリバスは、1994年12月30日(金)の次を1995年1月1日(日)にして線を東へ寄せ、全国を同じ日にした。サモアは、2011年12月30日を暦から取りのぞいて、線の西側へ移った。そのため、29日の次が31日になった[7]。

切れ目は、決まりの上でも、人の感覚でも、場所でもずれてきた。その積み重ねの上で、私たちは今の「0時」を使っている。では、その0時を、日常の言葉でどう言えば、行きちがいが起きないのか。

5. 「よる 12じに あおう」と いわれたら、いつの こと?

5. 「夜の12時」は、その日の終わりか、次の日の始まりか

5. 「夜の12時」という言い方が、日付のずれを生む

日づけの 切れ目が 0時だと わかると、こまる ことが あります。「金よう日の よる 12じに あおう」と いわれたら、金よう日の おわりでしょうか。それとも、土よう日の はじまりでしょうか。

0時と 午後12時は、まぜやすいと いわれます。そこで NHK は、原則げんそくとして「よるの 12じ」を「午前0時」、「ひるの 12じ」を「正午」と いうと されます[4]。

おうちの 人に、きいて みましょう。「金よう日の 24時は、なん曜日の なんじ?」と たずねて みるのです。こたえが 「土よう日の 0時」だと、いっしょに カレンダーで たしかめられます。

テレビの 番ぐみひょうに、「25時」や「26時」という かき方が あるか、さがして みるのも おもしろいです。0時を すぎても、まだ その日の つづきとして かぞえる、という かんがえ方です。

午前0時と午後12時は、日常では混同しやすいものです。そのため、NHKは原則として「夜の12時」を「午前0時」、「昼の12時」を「正午」と言うとされています[4]。

国立天文台の暦Wikiによれば、午前0時は午後12時と同じ時刻です。正午も12時ですが、法令には「午前12時」と書かれ、「午後0時」とは書かれていないと説明されています[4]。ただし、これは暦Wikiの説明で、法令の原文そのものには当たっていません。

家の人に、「金曜日の24時は、何曜日の何時?」と聞いてみてください。答えが「土曜日の0時」だと分かったら、カレンダーに矢印を引いて確かめられます。

テレビの番組表で、「25時」「26時」といった表記を探してみるのもよい方法です。0時を過ぎても、その日の続きとして数える考え方が見えてきます。

日付の切れ目が正子だと分かっても、言葉の側に曖昧さが残る。午前0時と午後12時は、日常では混同しやすい。NHKは原則として「夜の12時」を「午前0時」、「昼の12時」を「正午」と言うとされる[4]。

暦Wikiは、明治5年太政官布告第337号(改暦ノ布告)では、正子は午前0時=午後12時とされるが、正午は「午前12時」としか書かれておらず、法令の上では「午後0時」という呼び方は存在しないことになる、と説明する[4]。布告の原文には当たっておらず、暦Wikiの説明として読むにとどめる。

確かめ方は、日付の表記を自分で追うことである。「金曜日の24時」はその日の終わりを指し、「土曜日の0時」と同じ瞬間になる。テレビの番組表などで、25時・26時といった表記を探してみるとよい。0時を過ぎても、前の日の続きとして時刻を書く習慣が見える。この表記は、必要に応じて使われることがある、と説明されている[4]。

さらに、国立天文台の暦Wikiや、日付変更線を解説する百科事典の項目を読めば、日付の切れ目が決まりと習慣と場所の3層でできていることを、自分の目で確かめられる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:日付の区切りと昔の時刻は国立天文台の暦Wiki、民法は法令検索、日付変更線は百科事典の項目と解説記事によります。日付変更線の26時間差は、解説記事(Wikipedia)にある標準時の値から求めたもので、50時間はそこから自分で計算した値です。

  1. 国立天文台 暦Wiki「1日の始まり」。https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/CDD7C1C72F1C6FCA4C8A4CFA1A92F1C6FCA4CEBBCFA4DEA4EA.html (常用時と天文時、1925年の変更、江戸の暦と人々の意識、日の入りの暦)
  2. 国立天文台 暦Wiki「定時法と不定時法」。https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/BBFEB9EF2FC4EABBFECBA1A4C8C9D4C4EABBFECBA1.html (子の刻、暦の書き方の変化、不定時法と定時法の導入)
  3. 国立天文台 暦Wiki「世界時」。https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C0A4B3A6BBFE.html (1884年の普通日とGMTの起点、1925年の変更)
  4. 国立天文台 暦Wiki「午前と午後」。https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/CDD7C1C72F1C6FCA4C8A4CFA1A92FB8E1C1B0A4C8B8E1B8E5.html (0時・24時の表記、25時・26時、「夜の12時」の言い方、正午の法令上の書き方の説明)
  5. e-Gov法令検索「民法」第140条・第141条。https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089 (期間の初日と午前零時)
  6. コトバンク「日付変更線」(デジタル大辞泉ほか)。https://kotobank.jp/word/%E6%97%A5%E4%BB%98%E5%A4%89%E6%9B%B4%E7%B7%9A (日付変更線のしくみと位置)
  7. Wikipedia「International Date Line」。https://en.wikipedia.org/wiki/International_Date_Line (UTC+14とUTC−12、キリバスとサモアの日付の移動。解説記事)

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