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常滑焼とこなめやきの 急須きゅうすは、どうして 赤茶色なの?

常滑焼とこなめやきの急須きゅうすは、なぜあの赤茶色になるのか

常滑焼とこなめやきの朱泥しゅでい急須きゅうすはなぜ赤茶色なのか:鉄分、窯の温度、宜興の手本

分野:歴史・文化

常滑焼とこなめやきの 急須きゅうすは、赤茶いろの ものが おおいですね。あの 色は、うえから ぬった 色では ありません。土が もともと もって いる 色が、火で あらわれた ものです。

しかも、窯かまの 温度が ほんの すこし ちがうだけで、やけた 色が かわって しまうそうです。どうして そんなことが おきるのでしょう。この ページを 読むと、赤茶色の わけと、むかしの 人が 手本に した 国が わかります。

常滑焼の急須は、赤茶色のものが多く見られます。あの色は、上から塗った絵の具や釉薬の色ではなく、土そのものが焼けて出した色だと説明されています[1]。しかも、窯の温度のわずかなちがいで、焼き色が変わってしまうそうです。

赤茶色の正体は何で、なぜ温度の差が色に響くのか。その色の出し方は、誰が、どこを手本に作り上げたのか。この記事を読むと、鉄分と温度と磨きの関係、そして宜興の紫砂を手本に1854年に常滑で作られたと伝えられる歴史が分かります。

常滑焼の朱泥急須の赤茶色は、釉薬による着色ではなく、粘土そのものが焼成で発色した色である。伝統工芸 青山スクエアの解説は、窯の温度がわずか10度ちがうだけで焼き色は全くちがってしまうと述べている[1]。では、赤色の元は何か。なぜ温度に敏感なのか。その焼き方は、誰がどこを手本にして作ったのか。

この記事を読むと、鉄分を多く含む粘土、水簸と磨きの工程、窯の中の条件で色が変わる例、そして宜興の紫砂を手本に安政元年(1854年)に成功したとされる経緯が、一続きの話として分かる。

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1. 赤茶色は、ぬった 色なの?

1. 赤茶色は、塗った色ではなく土の色

1. 赤茶色は塗料ではなく、粘土そのものの発色である

おうちに 常滑焼とこなめやきの 急須きゅうすが あれば、手に とって みて ください。ほんのり つやが あるのに、土の はだが そのまま 見えて いる ようです。

あの 赤茶色は、粘土ねんどの 中に ある 鉄分てつぶんが、高い 温度の 火で やかれて 赤く 見える ように なった 色だと いわれて います。たとえば、さびた てつぼうを 思いうかべて ください。てつが 赤茶に なりますね。ただし、さびと おなじ しくみだと いう わけでは ありません。

この 赤茶色の 急須きゅうすを、朱泥しゅでいと いいます。常滑とこなめの まちでは、朱泥しゅでいの 急須きゅうすが いちばん たくさん つくられて います。

では、その 土は、土を ほって きて そのまま つかうのでしょうか。

常滑焼の急須の赤茶色は、釉薬という上塗りの色ではありません。鉄分を多く含む粘土を高温で焼き締めると、独特の朱色が出る。これが、朱泥と呼ばれる焼物の説明です[1]。常滑焼全体についても、原料に含まれる鉄分を赤く発色させるのが特徴で、土の肌を生かした製品が多いとされています[1]。

鉄が赤茶色に見えるものといえば、さびた鉄棒を思い浮かべる人も多いでしょう。朱泥の赤色は、鉄分を多く含む粘土を高温で焼くことで生まれます。

では、鉄分の多い土を掘ってきて、そのまま形にすれば朱泥の急須になるのでしょうか。実際には、その前に土を整える長い手順があります。

朱泥は、鉄分を多く含む粘土を高温で焼き締め、独特の朱色を出したものである[1]。ここで重要なのは、赤色が釉薬という被膜によるものではなく、素地の粘土そのものの発色だという点だ。常滑焼全体も、原料に含まれる鉄分を赤く発色させるのが特徴で、土肌を生かした製品が多いとされる[1]。

原料の陶土には、富貴粘土・板山粘土・河和粘土・頁岩粘土などが指定されている[1]。朱泥の色の基本は「鉄分の多い粘土+高温の焼成=赤」という対応関係である。

赤く焼けるなら、掘ってきた土をそのまま成形すれば済むのか。掘ってきた土をそのまま成形しても、朱泥の急須にはならない。粘土の粒子をそろえる工程が、品質を左右する。

2. つるつるの はだは、どうやって つくるの?

2. 釉薬を使わないのに、つやが出るのはなぜか

2. 水簸と磨き:釉薬なしでつやを出すための手間

つるつるの はだを つくる ために、まず 土の 中から、つぶが とても 細かい ところだけを えらびだします。この しごとを 水簸すいひと いいます。土を 水に とかして、細かい つぶを 分ける ほうほうです。

かたちを つくって かわかしたら、つぎは みがきです。ぬのなどで 何どもこすって、つやを 出します。かたちを つくって から やくまで、いろいろな だんかいで みがく ことで、朱泥しゅでい ならではの つやが 出ると 言われて います。

もう ひとつ、とこなめでは、つやを 出す ために、水のように さらさらした 土を ぬる わざが あると、研究所の ほうこくに 書いて あります。

さて、そんなに 手間を かけた 急須きゅうすを、やく とき、窯かまの 中では 何が おきるのでしょう。

朱泥の粘土は鉄分が多いのが特徴で、掘り出したあと、水簸という工程にかけます。水の中で粘土を分け、粒子の細かいものだけを選び出す方法です[1]。粒がそろった土は、手ざわりがなめらかで、焼いたときも肌が整いやすいと考えられます。

形を作って乾かしたあとは、布などで表面を磨き、つやを出します。この磨きは一度で終わりません。工程の各段階で何度も磨くことで、朱泥独特のつやが出るといいます[1]。

愛知県産業技術研究センター常滑窯業技術センターの報告書は、朱泥急須の素地の表面に艶を出す産地の独自技法として、「艶出しチャラ」と呼ばれる液体状の化粧土を紹介しています[3]。釉薬をかけていなくても、磨きや化粧土といった工夫で表面を整えているわけです。

こうして整えた急須を窯に入れると、いよいよ色が決まります。その窯の中では、温度が色を左右します。

朱泥の粘土は鉄分を多く含み、採取後に水簸の工程を通る。これは水中で粘土を沈ませる速さのちがいを利用し、粒子の細かいものだけを選び出す方法である[1]。粒がそろえば、成形と焼成のときに表面が整いやすいと考えられる。

成形・乾燥後には「素地みがき」がある。乾燥させた製品を布などで磨いてつやを出す工程で、工程の各段階で何度も磨くことが、朱泥独特のつやを生むという[1]。朱泥は釉薬をかけない焼物なので、表面の質感は、こうした磨きによるところが大きい。

さらに、愛知県産業技術研究センター常滑窯業技術センターの報告書は、朱泥急須の素地表面に艶を出す産地独自の技法として、液体状の化粧土「艶出しチャラ」を挙げている[3]。同じ報告書は、常滑焼の急須は炻器質であり、磁器質と比べて吸水性を持つ場合があるとも述べる[3]。

ここまでの手間を重ねても、最後の焼成で色が決まる。窯の温度管理は、思われているよりずっと繊細だ。

3. 窯かまの 温度が 10度 ちがうと、どうなるの?

3. 窯の温度が10度ちがうと、焼き色はどう変わるのか

3. 10度の差で焼き色が変わる:温度管理と窯の中の条件

窯かまの 温度が、たった 10度 ちがうだけで、やけた 色が ぜんぜん ちがって しまうと、青山スクエアの ページに 書いて あります。10度は、おふろの おゆを かきまぜた とき、感じるか どうかの ちがいですね。

だから いまは、コンピューターで 温度を 見はりながら、なるべく 同じ 温度に なる ように しています。

いつも 赤茶に なるとは かぎりません。あいち県の 研究所では、空気の 少ない 火で やくと、朱泥しゅでいの 土でも 黒に 近い 色に なる ことが あったと 書いて あります。

赤茶色は、土と 火と 温度が うまく そろった とき に 出る 色なのですね。

では、この 色の やきものは、いつ、どこで はじまったのでしょう。

窯の温度が10度ちがうだけで、焼き色は全くちがってしまう。伝統工芸 青山スクエアの解説は、このため現在はコンピューターで制御して、窯の温度を安定させていると述べています[1]。10度は、お風呂の湯なら、混ぜれば気づくかどうかの差です。それが焼き物では、色を左右します。

赤茶色は、土だけで決まるわけでもありません。愛知県産業技術研究センター常滑窯業技術センターの報告書では、水素の炎を使う炉で朱泥の土を焼いたところ、炎に近い表面が黒に近い色合いになりました。炉の中の高温の水蒸気によって、土の中の鉄が還元作用を受けたことが原因と説明されています[4]。

この実験は、焼き方が通常とはちがう試作炉でのものなので、そのまま普段の急須の窯に当てはめることはできません。それでも、同じ朱泥の土でも、窯の中の条件しだいで赤茶色とはちがう色が出る可能性を示しています。

では、これほど繊細な焼き方は、いつ、どうやって常滑に根づいたのでしょうか。

窯の温度がわずか10度ちがうだけで焼き色が全くちがってしまうため、現在はコンピューター制御で温度を安定させているという[1]。10度の差は、焼成温度全体から見れば小さい。それが色の差として出る点に、朱泥の難しさがある。

色を決めるのは温度だけではない。愛知県産業技術研究センター常滑窯業技術センターの報告書は、水素炎燃焼炉で朱泥土を焼いた試作を報告している。バーナー付近の表面が黒に近い色合いを示し、炉内の高温水蒸気によって朱泥土中の鉄が還元作用を受けた、と考察されている[4]。ここでいう還元とは、酸素が少ない条件で鉄の状態が変わる反応を指す。

水素炎を使った試作では、黒に近い色になった。通常の急須の窯とは条件が異なるが、焼き方で同じ土の色が変わる例である。

赤色の元は鉄分で、窯の中の条件で色が動く。では、この赤い急須はいつ、誰が、どこを手本に作ったのか。

4. この 色の 急須きゅうすは、どこから 来たの?

4. 朱泥の急須は、誰が何を手本に作り始めたのか

4. 宜興の紫砂を手本に:朱泥急須の成功と呼び名の由来

朱泥しゅでいの 手本は、中国ちゅうごくの 宜興ぎこうと いう まちで やかれて いる、紫砂しさと いう やきものです。うわぐすりを 使わない、土の はだの ままの やきものです。

いまから 170年 あまり 前、江戸時代えどじだいの おわり ごろ、安政あんせい元年(1854年)の ことです。杉江寿門堂すぎえじゅもんどうと いう 人が、朱泥しゅでいの 急須きゅうすを つくる ことに せいこうしたと、常滑とこなめの ページに あります。

むかしは、急須きゅうすを 「キビショ」と よんで いました。いまの 「きゅうす」とは ちがう 読み方です。

ここまで 読んだら、おうちの 急須きゅうすを 見て みましょう。

常滑市のとこなめ陶の森の解説によると、朱泥は、中国江蘇省の宜興という窯業地で焼かれている紫砂という無釉の焼物を手本にしたものです[2]。宜興の紫砂は、釉薬をかけない土肌の焼物です。

安政元年(1854年)、杉江寿門堂が、平野忠司の依頼を受けて宜興の紫砂を再現しようとし、朱泥急須の創出に成功しました[2]。江戸時代の終わりごろです。常滑の赤茶色の急須は、外国の焼物を手本に、鉄分の多い土と焼き方の工夫を重ねて生まれた、といえそうです。

同じ解説は、急須が江戸時代には「キビショ」「キビショウ」と読まれていたことも伝えています。語源は中国南部で酒をあたためる道具「キップショ」にあるとされますが[2]、くわしい経緯は資料に書かれていません。道具の名前もまた、海をわたってきたのかもしれません。

とこなめ陶の森の解説は、朱泥について、中国江蘇省の宜興という窯業地で焼かれる紫砂という無釉の焼物を手本にしたものだと述べる[2]。紫砂も朱泥も、釉薬をかけず、土肌の質感を生かす点で共通する。ここまでの章で見た、鉄分・水簸・磨き・温度管理は、その質感を出すための条件である。

安政元年(1854年)には、杉江寿門堂が平野忠司の依頼を受け、宜興の紫砂を再現する朱泥急須の創出に成功した[2]。江戸時代末期にあたる。同じ解説によれば、急須は江戸時代には「キビショ」「キビショウ」と読まれ、語源は中国南部の酒をあたためる道具「キップショ」にあるとされる[2]。

重要なのは、赤茶色が偶然ではなく、手本を見て再現しようとした結果として語られている点である。

手本から始まり、土・磨き・温度の積み重ねで今の色に至った。この話を、手元の急須で確かめる方法がある。

5. おうちの 急須きゅうすを 見て みよう

5. 家の急須で、色とつやを確かめる

5. 手元の急須で確かめ、資料に当たる

きょう できる こと

おうちの 人に、急須きゅうすを 見せて もらいましょう。かならず 空の ときに、そっと 手に とります。おとして わらない ように、つくえの 上で 見ます。

赤茶色は、どこも おなじ 色でしょうか。いろの こい ところと うすい ところは ありますか。ゆびで なでると、ぴかぴかして いますか。ふたの うらや 口の ところは どうでしょう。

いろの むらや、つやの ぐあいを、じっくり 見て みましょう。

しらべる とき

とこなめ とうの 森など、とこなめの ページを 読むと、つくり方の 手がかりが くわしく 出て います。

今日できること

家に朱泥の急須があれば、空の状態で、机の上で観察してみましょう。落とさないよう、両手で持ちます。

色は全体で同じでしょうか。濃い部分と薄い部分はありますか。指でなでると、どんなつやがありますか。ふたの内側や注ぎ口の内側など、ふだん見えにくいところも見てみましょう。磨いた跡が見えることもあります。

資料を読むなら

とこなめ陶の森の「基礎知識」[2]と、伝統工芸 青山スクエアの常滑焼のページ[1]は、日本語で読めます。愛知県産業技術研究センターの報告書[3][4]は、窯の中の条件や化粧土の技法を、実験の形で知るのに向いています。

手元で確かめる

家に朱泥急須があれば、空の状態で机の上に置いて観察する。色のむら、つやの出方、ふたの内側や注ぎ口の内側の肌合いを見る。磨きの跡や土の細かい粒が見えることもある。

資料を読むなら

基本の説明は伝統工芸 青山スクエア[1]ととこなめ陶の森[2]にある。化粧土の技法と炻器の吸水性は[3]、水素炎による還元の試作は[4]に詳しい。どちらも愛知県産業技術研究センター常滑窯業技術センターの報告書で、実験条件を読むと、記事で「ただし」と書いた限界がどこにあるかが分かる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。

  1. 常滑焼 | 伝統工芸 青山スクエア. https://kougeihin.jp/craft/0407/ (朱泥・鉄分・温度・磨きの説明)
  2. 基礎知識 後編 – とこなめ陶の森. https://www.tokoname-tounomori.jp/tokonamewoyomu/tokonamewoyomu-kohen/ (宜興の紫砂・安政元年の成功・キビショ)
  3. 化粧土を用いた炻器の食洗機耐久性向上. 愛知県産業技術研究センター常滑窯業技術センター. https://www.aichi-inst.jp/tokoname/research/report/12p046ty01.pdf (艶出しチャラ・炻器の吸水性)
  4. 水素炎を用いた陶磁器製品の試作. 愛知県産業技術研究センター常滑窯業技術センター. https://www.aichi-inst.jp/tokoname/research/report/10-p050-ty01-2.pdf (水素炎で黒に近い色になった試作)

なおした ところ

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