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うちわは むかし、かおを かくす どうぐ だった?

うちわは、いつから夏の道具になったのか ── 顔をかくす道具から庶民の暮らしへ

うちわの歴史と涼しさの仕組み ── 古代中国の威儀具から江戸の庶民の道具まで

分野:歴史・文化

うちわは、なつに あおぐ どうぐです。でも むかしの うちわは、かおを かくしたり、ひを よけたり、ぎしきに つかったり する どうぐでも ありました。

では、なつの どうぐに なったのは いつごろ でしょうか。そして、あおぐと なぜ すずしいのでしょうか。

今は夏の風物詩のうちわですが、平安時代の貴族は、涼むためだけでなく、日ざしをよけたり顔をかくしたりするためにも使ったと説明されています[2]。

あおぐ道具だったはずのものが、どうやって庶民の夏の道具になったのでしょう。そして空気の温度は変わらないのに、風を受けると涼しく感じるのはなぜでしょうか。歴史と物理の両方から見ていきます。

うちわは古代中国に由来し、冷却のほか、日光や風から顔を守ること、儀式や葬儀の飾りにも使われた[1]。日本でも平安時代の貴族は、涼をとるだけでなく日よけや顔かくしに用いたとされる[2]。

夏の庶民の道具に変わったのは江戸時代とされる[4]。その流れと、風で涼しくなる理由(対流と汗の蒸発)を、複数の資料と環境省の解説資料で突き合わせる[6]。

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1. かおを かくす どうぐ?

1. 涼むだけではなかった昔のうちわ

1. うちわは涼む以外にどう使われたか ── 顔かくし・日よけ・威儀

へいあんじだいの きぞくは、うちわで すずしく するだけでなく、ひを よけたり、かおを かくしたり したと いわれます[2]。

いまの わたしたちが、ぼうしや マスクで かおを まもるのと、すこし にて いますね。ただし ほんとうは、ぼうしや マスクとは ちがい、うちわは てに もって かざす どうぐです。

そのころの うちわは、きぬや とりの はねなどで つくられ、おぼうさんや えらい 人の ぎしきの どうぐでも ありました[2]。

平安時代の貴族は、うちわを、涼をとるだけでなく、日光をよけたり顔をかくしたりするためにも使ったといわれます[2]。手に持って顔の前にかざす、今の日傘やマスクのような使い方です。

中世になると、公家や僧侶の間で、格式を示す「威儀具」としても発展しました。材料も、絹、びろうや芭蕉の繊維、鳥の羽など、今の竹と紙のうちわとはちがっていました[4]。

この時点では、うちわは「夏に庶民があおぐ道具」ではなく、身分のある人が持つ道具の面が強かったようです。

平安時代の貴族は、涼をとる目的に加え、日光をよける、顔をかくす目的でうちわを用いた[2]。中世には公家・僧侶の間で威儀具(儀礼の場で威厳を示す道具)として発展し、絹、蒲葵・芭蕉の繊維、鳥の羽などで作られた[4]。

「昔から夏の道具だった」とはいえず、少なくとも貴族の時代は、涼しさ以外の役割が大きかったことになる。

2. ちゅうごくから きた?

2. 古代中国から日本へ ── 二つの見方

2. 中国起源と日本への伝来 ── 奈良時代説と出土品の見方

うちわの はじまりは、むかしの ちゅうごくと いわれます。かんの じだいには、うちわを うたった しも つくられました[1]。

にほんには、ならじだいごろに つたわり、しょうそういんなどに、のこって いると いわれます。さいしょは、きぞくや おぼうさんが つかいました[2][3]。

ただ、もっと ふるい じだいの きの しなものが、ほりだされた という せつも あり、はっきりとは きまって いません[4]。

うちわは古代中国に由来し、暑さをしのぐほか、日光や風から顔を守ることや、儀式・葬儀の飾りにも使われました[1]。漢の時代には、うちわを詠んだ詩がいくつも作られています[2]。

日本へは奈良時代ごろに中国から伝わったとされ、正倉院や京都の広隆寺などに遺品があります。最初に愛用したのは貴族や僧侶でした[3]。

一方で、弥生・古墳時代の木製品の出土品に、うちわの形に近いものがあるとする説明もあります[4]。伝来の時期は、資料によって見方が分かれるため、ここでは一つに決めないでおきます。

うちわは古代中国に由来し、周代にはすでに使われ、支配者の権威を示す小道具の一つだったとされる。漢代には班固「竹扇詩」など、うちわを詠んだ詩が多く作られた[1][2]。周代の年代は「紀元前」という以上には確かめていない。

日本への伝来は、奈良時代ごろに中国から伝わったとされ、正倉院や広隆寺に遺品が残る[3]。他方、最も古い例は弥生・古墳時代の木製品の出土品とする記述もある[4]。両説は併存しており、どちらかを断定しない。

3. おりたためる おうぎが できた

3. 折りたたみ扇の登場と軍配団扇

3. 平安期の扇の発明と、うちわの役割の変化

へいあんじだいに、おりたためる「おうぎ」が つくられると、うちわの にんきは さがりました。でも、きゅうていの ぎしきでは、つかわれつづけました[1]。

そのあと、せんごくじだいごろからは、ぶしょうが「ぐんばいうちわ」という かたい うちわを つかったと いわれます[2]。これは かぜを おくる ためではなく、しじを だす ための どうぐです。

平安時代に折りたたみ式の扇が発明されると、うちわの人気は下がりました。ただ、宮廷では儀式のために使い続けられたといいます[1]。

戦国時代以降は、武将が鉄や革でできた、漆塗りの「軍配団扇」を陣中で用いました[2]。ここでは、うちわの形をした道具の一つとして触れるだけにとどめます。

平安時代に折り畳み扇が発明されると、うちわの人気は減ったが、宮廷では儀式目的で使い続けられた[1]。戦国時代以降には、武将が鉄・革製で漆塗りの軍配団扇を用いた[2]。

この頃までのうちわは、涼をとる日用品というより、儀礼や身分・役割と結びついた道具として使われていた面が大きい。夏の日用品としての姿は、次の章の時代に前面に出てくる。

4. えどで、みんなの どうぐに

4. 竹と紙のうちわ ── 江戸で庶民へ

4. 室町末の形の確立と江戸時代の普及

いまの ように、たけの ほねに かみを はった うちわは、むろまちじだいの おわりごろに できたと いわれます[4]。

えどじだいに なると、まちの 人にも ひろまりました。あおぐだけでなく、ごはんの したくの ひおこしや、むしおいにも つかわれました[4]。

かぶきの やくしゃや うきよえを かいた「えうちわ」は、りゅうこうの しなに なりました[1][2]。

竹の骨に紙を貼る、今の形のうちわは室町時代の末ごろに確立し、江戸時代に庶民へ広まりました[4]。

使い道は涼をとることだけではありません。炊事の火おこし、虫追い、そして装いや流行の小物としても使われました[4]。

各地で地方色のあるうちわが作られ、奈良団扇や京団扇が知られます。歌舞伎役者や浮世絵を描いた絵うちわは、女性の間で流行品にもなりました。お盆や中元にうちわを贈る習慣は、今も続いています[2][1]。

竹骨と紙を素材とする現在の形は室町時代末に確立し、江戸時代に庶民に普及した。用途は涼をとることに加え、炊事の火おこし、虫追い、装いや流行と多目的だった[4]。

各地で製作が広まり、奈良団扇・京団扇のような地域色のあるものが生まれた[2]。浮世絵や歌舞伎役者を描いた絵うちわは女性の流行品となり、お盆・中元の贈答の習慣も今に残る[1]。

ここで、うちわは貴族・僧侶の道具から、庶民の夏の暮らしの道具へと役割を広げたといえる。ただしこれは複数の事典類の記述をつなげた整理であり、庶民が使い始めた年を特定する史料ではない。

5. まるがめの うちわ

5. 金毘羅参りのおみやげから産地へ ── 丸亀うちわ

5. 丸亀うちわの成立と現在

いまの かがわけんの まるがめでは、えどじだいの はじめごろ、こんぴらさんに おまいりした 人の おみやげとして、うちわが うられたと いわれます[5]。

その あと、まるがめの おとのさまが、ぶしの かない しごと(ないしょく)に すすめたので、うちわづくりは、まちの しごとに そだちました[5]。

いまも、ぜんこくの うちわの おおくが まるがめ うまれと いわれます[8]。

丸亀うちわは、江戸時代の初めごろ、金毘羅参りのおみやげとして始まったとされます。丸亀藩(京極家)が武士の内職として奨励したこともあり、地域の産業に育ちました[5]。

1997年には国の伝統的工芸品に指定され、全国のうちわの約9割が丸亀産とされます[8]。

参拝のおみやげが、武士の内職を経て産業になったという流れは、うちわが「誰かに贈るもの」「暮らしの中の仕事」になっていった様子を映しています。

丸亀うちわは、江戸時代初期に金毘羅詣でのみやげ物として始まり、丸亀藩(京極家)が武士の内職に奨励したこともあって伝統産業に発展した[5]。1997年に国の伝統的工芸品に指定され、全国のうちわの約9割が丸亀産とされる[8]。

6. あおぐと、なぜ すずしい?

6. 風で涼しくなる二つの理由

6. 対流と汗の蒸発 ── 涼しさの物理

うちわで あおいでも、まわりの 空気の 温度が さがるわけでは ありません。すずしく なるのは、体の ほうが かわるからです。

ひとつめは、はだの ねつが、風に のって 空気に うつる ことです。ふたつめは、あせが かわく ときに、ねつを うばう ことです[6]。

あせが かわきやすいのは、しつどが ひくく、風が つよい ときです。しつどが たかいと かわきにくく、むしあつく なります[6]。

たとえば、ぬれた てを ふると ひやっと するのと にて います。ただし ほんとうは、てが ぬれて いなくても、風の ぶんだけ ねつは にげます。

人の体の熱は、対流、熱放射、蒸発の3つで体の外に出ていきます。気温が皮膚の温度より低いときは、風が強いほど、皮膚から空気へ多くの熱が移ります(対流)[6]。

もう一つは汗です。汗をかくと、蒸発するときに皮膚から熱が奪われて涼しく感じます(気化熱)。湿度が低く風が強いほど、汗は効率よく蒸発します[6]。

「風速1mで体感温度が1℃下がる」という目安も紹介されています[7]。ただし、これは一般的な目安で、湿度や気温で変わります。

逆に気温が皮膚温より高いと、風は熱を運んでくる側になります[6]。風がいつでも涼しいわけではありません。

環境省の解説資料によれば、体の熱は対流・熱放射・蒸発で放出される。気温が皮膚温より低いとき、風速が強いほど皮膚から空気へ多くの熱が移動する。汗は蒸発時に皮膚から気化熱を奪い、湿度が低く風速が強いほど効率よく蒸発する[6]。

うちわであおいでも気温は下がらない。変わるのは、皮膚からの熱の逃げやすさである。「風速1mで体感温度1℃低下」という目安は一般に紹介されているが、湿度や気温で変わる目安であり、定数ではない[7]。

気温が皮膚温より高い場合は、対流で熱を受け取る向きになる[6]。湿度が高いと蒸発が抑えられて蒸し暑いことも合わせ、風が常に涼しさをもたらすとはいえない。

なお、1時間に150 gの汗を皮膚で効率よく蒸発させれば約100 Wの放熱に相当するとされる[6]。これは効率的に蒸発した場合の目安で、実際にうちわがどれだけ体温を下げるかを示す数字ではない。

7. こうこくの うちわと、いま

7. 広告になったうちわと、これから

7. 明治の広告媒体化と昭和以降の実用面の縮小

めいじじだいには、うちわに おみせの 名前や 絵を のせる「こうこく」が ひろまりました[4]。

しょうわの 四十ねん代ごろから、でんきせいひんが ふえると、あおぐ ために つかう ことは へりました。でも うちわは、ぶんかとして のこって います[4]。

いつの じだいも うちわは、そのときの 人の くらしに あわせて、やくわりを かえて きました。

明治時代になると、うちわは広告媒体としても急速に広まりました。店名や商品の絵をのせ、配る道具になったのです[4]。

昭和40年代以降は、電化製品が普及して、あおぐ道具としての実用面は縮小しました。それでもお盆・中元の習慣や地域の工芸として、文化的な価値は保たれているとされます[4]。

顔をかくす道具から、暮らしの道具、広告、そして文化へ。時代ごとに役割を変えてきた点が、うちわの歴史のおもしろいところです。

明治時代には広告媒体として急速に普及し、昭和40年代以降は電化製品の普及で実用面は縮小したが、文化的価値は保たれているとされる[4]。

整理すると、うちわの役割は、古代中国の威儀・日よけ・冷却、平安の顔かくし・日よけ、中世の威儀具、江戸の庶民の多目的な道具、明治の広告と移ってきた。「昔から夏の道具」というより、夏の暮らしに定着していったのは江戸時代以降と読むのが、今回の資料に照らして妥当と考える。

8. もっと しらべて みよう

8. 自分でも調べてみたくなったら

8. 自分でも調べてみたくなったら

おうちや まちに ある うちわを、じっくり 見て みましょう。ほねは たけですか。えは なにが かいて ありますか。おみせの 名前が ある うちわは、こうこくの うちわです。

かんたんな ためしかたも あります。かわいた てのひらと、すこし ぬらした てのひらに、うちわで かぜを あてて、ひんやりが ちがうか くらべて みましょう。あせが かわく ときと、まったく おなじでは ありません。あそんだあとは てを あらいましょう。

ちかくに うちわの みせや はくぶつかんが あれば、えどじだいの うちわを 見られる ことが あります。いく まえに、あいている 日や てんじの 中みを しらべて から いきましょう。

今日できること:家や町で見かけるうちわの骨の材料、絵、広告の有無を見てみましょう。どの時代の役割が残っているか、推理できます。

もう一つは、乾いた手のひらと、少しぬらした手のひらに、うちわで風を当てて涼しさを比べる方法です。汗の蒸発とまったく同じ条件ではありませんが、ぬれたところから熱が奪われる感じはつかめます。湿度や気温で結果が変わるので、日や場所を変えて試すのもおもしろいでしょう。

出かけてできること:地域の郷土資料館や、うちわを扱う店・産地の資料館では、江戸時代の絵うちわや道具を見られることがあります。開館日や展示内容を調べてから行きましょう。

公式情報:環境省の暑熱環境の解説資料は、汗と風の関係を詳しく説明しています[6]。

今日できること:手元のうちわの材質・意匠・広告の有無を観察し、本記事の時代区分のどこに位置づくか考える。乾いた手のひらと少しぬらした手のひらに風を当てて涼しさを比べる。汗の蒸発と同じ条件ではないが、気化熱の効果の目安はつかめる。湿度が高い日と低い日で比べてもよい。

出かけてできること:地域の郷土資料館・産地の資料館で、絵うちわや作り方の展示を見る。開館日や展示内容は事前に調べる。

公式情報:環境省の暑熱環境の解説資料[6]、文化遺産オンラインのうちわの歴史[3]、丸亀市などの産地の一次情報にあたる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:うちわの歴史はJAANUS、コトバンク、文化遺産オンライン、weblio、産地の紹介記事を突き合わせました。涼しさの仕組みは環境省の資料を使いました。丸亀うちわの指定年と割合は丸亀市の公式ページによります。

  1. JAANUS「団扇(uchiwa)」。https://projects.mcah.columbia.edu/jaanus/record/uchiwa (古代中国起源・用途・折りたたみ扇と儀式について)
  2. コトバンク「団扇」。https://kotobank.jp/word/団扇 (周代・漢代・平安の用途・江戸の地方色について)
  3. 文化遺産オンライン「うちわの歴史」。https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/8385 (奈良時代の伝来について)
  4. weblio「団扇」。https://www.weblio.jp/content/団扇 (室町末の形・江戸の普及・広告・昭和以降について)
  5. 旅めぐ「丸亀うちわ」。https://tabi-mag.jp/ka0018/ (丸亀うちわの始まりと産業化について)
  6. 環境省 暑熱環境の解説資料(PDF)。https://www.env.go.jp/content/900404606.pdf (対流・汗の蒸発・湿度について)
  7. 環境省 ecojin 2016年7月号。https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin_backnumber/issues/16-07/16-07s/HTML/index35.html (風速と体感温度の目安について)
  8. 丸亀市「丸亀うちわ」。https://www.city.marugame.lg.jp/page/3056.html (伝統的工芸品の指定年・全国シェアについて)

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