1. つぼに いれた おこめは、どう なるの?
1. 壺の中では、米と水に何が起きているのか
1. 壺に仕込んだ米と水は、どんな順で酢になるのか
かごしまの 黒酢は、そとに ならべた つぼに、むした おこめと、こうじと、みずを いれて つくります[3]。
あとは 日なたに おいて おくと、つぼの 中で、じぶんから 酢に なっていくと いわれます[4]。ただし、なにも しないのでは ありません。人が 見まもり、ながい 時間を かけます。
はっこうに 6か月より ながく、そのあとの じゅくせいにも 6か月より ながく かかります[3]。あわせて 1年 いじょうです。
つぼの 中では、いったい なにが おきて いるのでしょう。
屋外の壺に、米と麹と水を入れる
鹿児島の壺造り黒酢は、屋外に並べた壺に原料を仕込んで発酵させます。発酵に6か月以上、熟成に6か月以上かかるので、仕込みから出来上がりまでに1年以上かかる計算です[3]。1800年代の初めには、すでにつくられていました[3]。
この地域は、1年を通じて温暖で、寒暖の差が小さい土地です。薩摩焼の壺が身近に手に入ったことも、産地になった理由として挙げられています[3]。
置くだけに見えて、壺の中は忙しい
壺に米麹と蒸した米、水を入れて日なたに置くと、壺の中で糖ができ、アルコールができ、酢酸ができる、という三つの変化が自然に進むと紹介されています[4]。壺酢では、熟成期間が長いものほど、色が濃くなり、酸味がまろやかになると紹介されています[4]。
ただし「何もしない」わけではありません。微生物が働きやすい環境を、人が整えて見守っています。では、米がいつの間にか酢になるとき、壺の中ではどんなバトンリレーが起きているのでしょうか。
鹿児島の壺造り黒酢は、地理的表示として登録されている産品で、屋外に並べた壺に仕込んで発酵させる点が特徴だ。登録資料によれば、発酵に6か月以上、熟成に6か月以上を要し、1800年代初期にはすでに生産が始まっていた[3]。仕込みから出荷まで最短でも1年かかる計算になる。
この産地の条件も資料に挙げられている。年間を通じて温暖で寒暖の差が小さく、薩摩焼の壺が身近に得られる土地柄だった[3]。気温が極端に動かないことは、微生物の働きが安定しやすいという意味で理にかなう。ただしこれは条件の説明であって、温度と味の関係を直接測った数字が資料にあるわけではない。
工程は、壺に米麹・蒸し米・水を入れて日なたに置くと、糖化、アルコール発酵、酢酸発酵が壺の中で順に進む、と解説されている。壺酢では、熟成期間が長いものほど色が濃く、酸味がまろやかになると紹介されている[4]。同じ記事は、毎日の見回りや竹の棒での攪拌、酢を足す作業にも触れている。「自然に酢になる」という紹介は、人が何もしないという意味ではなく、人が様子を見て手をかけながら、微生物の働きで酢になるという意味で読むのがよい。では、その三つの変化は、どんな微生物の受け渡しで進むのか。
2. おさけの つぎに、おきる こと
2. 酵母から酢酸菌へ、酸素がバトンになる
2. 酵母のアルコール発酵のあとに、酢酸菌の酸化が続く
まず、こうじの ちからで おこめが あまい 糖に なります。つぎに 酵母という ちいさな 生きものが、その 糖を おさけの もとの アルコールに かえます。
そのあと、さくさんきんという べつの ちいさな 生きものが、アルコールを 酢酸に かえます。酢酸が、酢の すっぱさの もとです[1]。
たとえば、リレーの ようです。酵母が アルコールまで はしって、さくさんきんが バトンを うけとって、酢酸まで はしります。ただし、ほんとうは バトンの かわりに、酸素が いるか いらないかが ちがいます。
さくさんきんが はたらく ためには、空気の 中の 酸素が ひつようです[1]。では、つぼの 中の どこに 酸素は あるのでしょう。
二種類の微生物が、順番に働く
酢は、お酒のもとになるアルコールが、さらに変化してできます。壺の中では、まず米麹の働きで米が糖になります。次に酵母が糖をアルコールに変えます。ここまでは、酸素のない場所でも進む、酵母のアルコール発酵です[1]。
その先を受け持つのが酢酸菌です。酢酸菌は、アルコールを酸化して酢酸にします。途中でアセトアルデヒドという物質を経る、二段階の変化で、それぞれ別の酵素が働くと説明されています[1]。
酢酸菌には空気が欠かせない
酢酸発酵が進むには、空気中の酸素が不可欠です[1]。つまり、酵母が活躍する段階と、酢酸菌が活躍する段階では、酸素の条件が正反対です。お酒を空気にふれさせ続けると酸っぱくなる、という経験の裏には、この酸素の条件があります。
それならば、壺の中のどこに酸素があるのでしょうか。
壺の中の三つの変化は、微生物の入れ替わりとして整理できる。米のでんぷんが麹の酵素で糖になる。酵母が糖をエチルアルコールに変える。そして酢酸菌がエチルアルコールを酢酸に変える。この最後の段階が酢酸発酵で、アルコールが酸化されて、ほぼ定量的に酢酸になる現象と定義される[1]。
酢酸発酵には二段階がある。アルコール脱水素酵素がエタノールをアセトアルデヒドに変え、アルデヒド脱水素酵素がそれを酢酸に変える[1]。ここで大事なのは、発酵の進行に空気中の酸素が不可欠なことだ[1]。酵母のアルコール発酵は酸素のない条件で進むので、両者は性質が異なる。酒と酢が「同じ発酵」でつながって見えて、実は条件が反対であるのは、この点による。
「酸化」という語は、物質が酸素と結びつくことを指す。酢酸菌がアルコールを酸化するということは、酢づくりでは酸素が材料の一つになるということだ。それなら、酸素が届きにくい液の奥よりも、空気にふれる表面のほうが、酢酸菌には有利なはずだ。この見方が、次の章の「膜」につながる。
3. 水の いちばん 上に できる、うすい まく
3. 酸素を求める酢酸菌は、液の表面に膜をつくる
3. 好気性の酢酸菌が、液の表面に薄い膜をつくる
さくさんきんは、酸素が すきな 生きものです。だから、空気に ふれる、えきの いちばん 上に あつまって、うすい まくを つくります[2]。
ある 見学の ほうこくでは、この まくの 下で、酢に なる かわり方が すすみ、2しゅうかん ほど かかる と せつめい して います[2]。これは その こうじょうの 一れいで、ぜんぶの 酢が おなじ では ありません。
おなじ なかまの さくさんきんを つかうと、ココナツの 水の 上にも まくが できます。それが、ゼリーに はいって いる ナタデココです[7]。
酸素のある表面で、膜が育つ
酢酸菌は、空気中の酸素を必要とする好気性の菌です。そのため、液の表面に薄い膜をつくります[2]。見学記では、この膜の下で変化が進み、約2週間かかると説明されていました[2]。この日数は、その工場の工程の一例です。すべての酢で同じ日数になるわけではありません。
同じ酢酸菌がつくるナタデココ
酢酸菌の仲間は、酢だけでなく、ほかの食べ物にも関わります。ココナツ水に酢酸菌の一種を加えて発酵させると、表面にバクテリアセルロースの薄い膜ができます。これがナタデココです[7]。「ナタ」は薄い皮膜という意味の言葉だそうです[7]。
ところで、この酢を、人はいつごろから使ってきたのでしょうか。
酢酸菌は好気性なので、酸素を取り入れやすい液面に薄い膜をつくる。見学記では、この膜の下で変化が進み、約2週間という日数が示されている[2]。ただしこれは見学した工場の一例であり、酢の種類や方法で日数は変わるので、一般的な数値として読んではいけない。
酢酸菌には、酢以外に利用される例もある。ココナツ水に酢酸菌の一種を加えて発酵させると、液面にバクテリアセルロースの薄い皮膜ができ、これがナタデココになる[7]。酢酸菌の「酸素を求めて表面に膜をつくる」性質を、食品の形づくりに利用した例と見られる。「ナタ」は薄い皮膜を指し、ナタデココは「ココナツの膜」という意味になる。
酸素が頼りの菌なので、酢の仕込みでは、液のどこまで空気がふれるかが気になる点になる。壺の黒酢のように何か月も置く酢は、酸素の届く範囲が表面に限られることとも、時間のかかり方が関係していると考えると筋が通る。ただしこれは筆者の読みで、資料が直接そう述べているわけではない。では、こうした酢を、人類はいつごろから使っていたのだろうか。
4. 酢は、いつごろから つかわれて いるの?
4. 人は、いつごろから酢を使ってきたのか
4. 酢の起源と、日本への伝来
酢は「じんるいで いちばん ふるい ちょうみりょうの 一つ」と いわれます[5]。むかしの メソポタミアという ところで、紀元前 5000年ごろに、ナツメヤシや ほしぶどうから つくられた きろくが さいこだと いわれます。いまから、およそ 7000年も まえです。
日本には、4〜5世紀ごろに、中国から おさけの つくり方と いっしょに つたわったと いわれます[5]。さいしょは、えらい 人の ぜいたくな ものでした。ふつうの 人にも ひろまったのは、江戸じだい です。
では、江戸で、酢が みんなの ものに なる きっかけは なんだったの でしょう。
酒の次の一歩として
酢は「人類最古の調味料」とされ、紀元前5000年ごろ、メソポタミア南部のバビロニアで、ナツメヤシや干しぶどうからつくられた記録が最古といわれます[5]。紀元前5000年は、今から約7000年前にあたります。酢は酒のアルコールから生まれるので、酒をつくる文化がある場所で、酢も自然に見つかったのだろう、という見方もあります。
日本には貴族のぜいたく品として
日本には、4〜5世紀ごろ、中国から酒づくりの技術とともに酢の醸造が伝わったとされます。当時は貴族のぜいたく品で、庶民に広まったのは江戸時代です[5]。
江戸の庶民が酢を使えるようになった背景には、酢の原料を変える工夫がありました。
酢は「人類最古の調味料」とされる。農林水産省の紹介では、紀元前5000年ごろ、メソポタミア南部のバビロニアで、ナツメヤシや干しぶどうから酢がつくられていた記録が最古だという[5]。紀元前5000年は、2026年から数えると約7000年前にあたる。ただし、これは考古学の一次資料ではなく解説に基づく記述で、「といわれる」の域を出ない。
酢がアルコールを原料にする以上、酒の発酵が先に確立していなければならない。糖を含む果実や穀物からアルコールができ、空気にふれ続けて酸っぱくなる、という経験が酢の発見に重なっても、不思議はない。これは資料の記述をもとにした推論であり、事実として確定した話ではない。
日本には、4〜5世紀ごろ、酒造りの技術とともに中国から伝わったとされる。当初は貴族のぜいたく品で、庶民に広まったのは江戸時代だった[5]。酢が江戸の庶民に広まるには、原料のコストを下げる工夫が必要だった。それが、次の章の酒粕である。
5. すてて いた おさけの かすが、酢に なった
5. 酒粕の酢が、江戸の寿司に関わった
5. 粕酢の登場と、江戸の寿司の変化
むかしの 酢は、おこめから つくる、たかい ものでした。ところが 江戸じだいの おわりごろ、いまの 愛知県の はんだ村の おさけづくりの 家に、ある人が むこに はいりました。
その 人、なかの またざえもんは、すてて いた おさけの かすから、やすい 酢が つくれると おもいついたと つたえられて います[6]。かすから つくった 酢は、「かすず」と よばれます。
この かすずは、おさけを はこぶ ルートで 江戸に とどけられました。そのころの 江戸には、おしずしや はこずしは ありましたが、にぎりずしは まだ ありませんでした[6]。
やすい 酢が でまわって、江戸の おすしは ぐっと かわったと いわれます[6]。かすずが にぎりずしを「つくった」と まで は いえませんが、きっかけの 一つだった かもしれません。
こうして、酢は おさけの つぎの 一歩として、くらしに ひろがりました。
捨てられていた酒粕に目をつけた
江戸時代の後期、半田村(今の愛知県半田市)の酒造家に婿入りした初代・中野又左衛門が、捨てられていた酒粕から安い酢をつくれると気づいた、と伝えられています[6]。酒粕から造る酢が「粕酢」です。酒造りの流通網を使って、江戸に出荷されました[6]。これは小説の紹介記事に基づく話なので、細部は伝承として読むのが安全です。
粕酢が出回ると、江戸の寿司が変わった
粕酢が出回る前の酢は、米からつくる高価なものでした。そのころの江戸で食べられていたのは、押しずし、箱ずし、巻きずしなどで、握りずしはまだありませんでした[6]。粕酢の流通で、江戸の鮨は一変した、と説明されています[6]。
粕酢が握りずしを「つくった」とは言い切れません。安い酢が手に入ったことが、庶民が酢飯を食べる場面を広げたきっかけの一つ、と考えるくらいが適切でしょう。
粕酢が江戸の庶民の食卓に広まった経緯は、小説『天涯の海』の紹介記事に書かれている。江戸後期、半田村(現在の愛知県半田市)の酒造家に婿入りした初代・中野又左衛門が、酒造で捨てられていた酒粕から安い酢をつくれると気づき、酒造の流通網で江戸へ出荷した。1804年に江戸で早寿司に出会ったとも伝わる[6]。ただし、年や人生の細部は小説の紹介に由来するため、伝承の域を出ない。
粕酢が出回る前の酢は、米を原料とする高価なものだった。当時の江戸にあった寿司は、押しずし、箱ずし、巻きずしなどで、握りずしはまだなかった。粕酢の流通で江戸の鮨は一変した、と説明される[6]。一変した理由は、安い酢が使えるようになり、酢飯のコストが下がったためと考えるのが自然だが、資料は因果を詳しく述べてはいない。したがって「粕酢が握りずしをつくった」とは書けず、きっかけの一つと読むのが妥当である。
江戸の寿司に話を戻すと、粕酢が出回る前の酢は米からつくる高価なものだった。酒づくりで出る酒粕を、捨てずに酢の原料にしたことが、握りずしを含む江戸の寿司の広がりに関わった一つの要素だったと読める。
6. おうちの 酢を、よく 見て みよう
6. 台所で、酢の原料を探してみる
6. 台所と資料で、酢の原料を確かめる
おうちの 人と、台所の 酢の びんを 見て みましょう。うしろの ラベルに「げんざいりょう」が かいて あります。
おこめ、むぎ、くだものなど、なにから できた 酢か 見つかるでしょうか。「かす」と かいて ある 酢が あれば、おさけの かすから できた 酢かも しれません。
もう 一つ。ナタデココの ゼリーを 見かけたら、白くて ぷるぷるした つぶを よく 見て みましょう。さくさんきんの なかまが つくった まくが もとだと いわれます[7]。
ラベルの原材料を読む
家にある酢の、瓶の裏の原材料を読んでみます。米、穀物、果実、酒粕など、何を原料にしているかが書かれています。この記事で読んだ酒、酵母、酢酸菌のリレーが、原料の違いでどう変わりそうか、想像してみるのも面白いでしょう。
原典にあたるなら
鹿児島の壺造り黒酢は、農林水産省の地理的表示のページに、発酵と熟成の期間、産地の条件がまとまっています。酢酸発酵の二段階の化学的な説明は、コトバンクの「酢酸発酵」に載っています。粕酢と江戸の寿司の話は、nippon.comの小説紹介記事が出典で、ミツカンなど、メーカーの資料と読み比べられます。
家の酢のラベルを見て、原料の表示を読む。穀物酢、米酢、果実酢、粕酢など、名前と原料の関係が書かれているはずだ。この記事で扱った酵母と酢酸菌の二段階を、原料ごとに「最初の糖は何から来ているか」という問いで読み直してみると、酢の違いが整理しやすい。
この記事で参考にした資料は、農林水産省の地理的表示のページ(鹿児島の壺造り黒酢)、農林水産省「和ごはん」の酢の紹介、コトバンクの酢酸発酵の項目、nippon.comの壺酢の記事と小説『天涯の海』の紹介記事などである。酢の分類や酸度の基準が気になったら、農林水産省のJASのページで確かめられる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。年・人名・名称は、資料によって細部が異なることがあります。
- コトバンク「酢酸発酵」 https://kotobank.jp/word/%E9%85%A2%E9%85%B8%E7%99%BA%E9%85%B5-68702 (酢酸発酵の二段階と酸素の必要)
- 三菱電機 和食ものがたり(ミツカンミュージアム見学記) https://www.mitsubishielectric.co.jp/club-me/knowledge/washoku03/06su/column.html (液の表面の膜と工程の一例)
- 農林水産省 地理的表示「鹿児島の壺造り黒酢」 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/0007/index.html (仕込み方、発酵・熟成の期間、産地の条件)
- nippon.com 壺酢の記事 https://www.nippon.com/ja/views/b01724/ (壺の中の自然な発酵と熟成)
- 農林水産省 和ごはん「酢」 https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/culture/wagohan/articles/2208/spe8_02.html (酢の起源と日本への伝来)
- nippon.com 新刊紹介『天涯の海』 https://www.nippon.com/ja/japan-topics/bg900244/ (粕酢と江戸の寿司。小説の紹介記事)
- 北海道大学 COSTEP 記事 https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/like_hokudai/article/574 (酢酸菌とナタデココ)
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