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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

あその ひろい くぼちは、どうやって できたの?

火山のくぼ地の中に5万人が暮らす阿蘇:カルデラは、盛り上がりでできたのか、落ちこみでできたのか

阿蘇カルデラ(東西約18km・南北約25km)の成り立ち:マグマだまりの空洞への陥没、4回の火砕流、水の出口の立野

分野:自然

くまもとの あそには、かざんの くぼみの 中に、まちや 田んぼが あります。ひとは 5万人ほど くらして いると いわれます。

やまが ふくらんで できたのでは ありません。じめんが おちて できた くぼみです。どうして おちたのでしょう。この メモでは、そのわけと、みずの でぐち、日本の ほかの くぼみが わかります。

熊本の阿蘇では、火山のくぼ地の内側に、町や田んぼがあり、約5万人が暮らしているといわれます[5]。火山といえば「高くそびえる山」を思い浮かべますが、このくぼ地は、山が高くなってできたものではありません。噴火のあと、地面が落ちこんでできた地形です。

なぜ地面は落ちたのか、なぜ水はたまらずに流れ出ていくのか。この記事では、カルデラのでき方、阿蘇の大きさ、水の出口、日本のほかのカルデラが分かります。

阿蘇のカルデラは東西約18km・南北約25kmで、その内側に約5万人が暮らすとされる[3][5]。火山の山頂が盛り上がってできた地形ではなく、噴火でマグマだまりの大部分が空になり、その空洞へ地面が落ちこんで(陥没して)できた地形である[1]。では、地面はなぜ、何度も落ちたのか。落ちた地形は、なぜ水をためずに流すのか。

この記事では、カルデラの成り立ちと大きさの定義、阿蘇の4回の陥没、水の出口である立野、日本のカルデラ湖と鬼界カルデラの海底の観察が分かる。

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1. やまの 中に まちが ある?

1. 火山のくぼ地の中に、なぜ町や鉄道があるのか

1. 火山のくぼ地の内側に、なぜ約5万人が暮らせるのか

くまもとの あそに いくと、ふしぎな けしきが みえます。まわりを おおきな かべのような やまに かこまれて、その 中に まちや 田んぼが ひろがって います。

この くぼみを「かるでら」と いいます。かるでらの 中には、5万人ほどが くらして いると いわれます[5]。

かざんの くぼみの 中で くらすなんて、びっくりですね。では、この くぼみは どうやって できたのでしょう。

阿蘇の火山地帯を、まわりの外輪山の上から見おろすと、町、田んぼ、鉄道が、巨大なくぼ地の底に広がっています。このくぼ地がカルデラで、内側には約5万人が火山とともに暮らしているといわれます[5]。

大きさは、東西が約18km、南北が約25km、面積は約380km²です[3]。東西と南北を掛けると450km²になりますが、くぼ地は四角ではなく丸みのある形なので、実際の面積は、その約84%(380÷450)にあたります。底の標高は約400〜500m、まわりの壁の高さは約300〜600mです[3]。

町をまるごと囲む壁があるほどの地形は、どうやってできたのでしょうか。山が高くなったのでは、中がへこむ説明になりません。

阿蘇のカルデラは、東西約18km、南北約25km、面積約380km²で、底部の標高は約400〜500m、カルデラ壁の高さは約300〜600mとされる[3]。東西×南北は450km²になるが、地形が長方形ではなく丸みを帯びているため、面積はその約84%(380÷450)に収まる。この中で、約5万人が火山と共生して暮らすという[5]。

壁の内側の斜面は傾斜30度以上で、その裾野に沿って集落が点在する[3]。急な壁の根元に町が並ぶ形は、「山の斜面を登って住んでいる」ものとは逆の暮らし方である。

では、これほど大きな地形は、火山のどんな働きで生まれたのか。山が高くなるのでは、くぼ地は説明できない。

2. やまが たかく なったのでは ない?

2. 噴火のあと、地面が「落ちた」くぼ地

2. 山頂の火口と、陥没でできたカルデラは何がちがうのか

かるでらは、かざんの 火口が おおきく なった ものでは ありません。じめんが「おちて」できた くぼみです[1]。

かざんの 下には、とけた いわが たまって いる ばしょが あります。噴火ふんかで その いわが たくさん でて、下が からっぽに なると、うえの じめんが おちて きます。

ふうせんの かわりに、くうきを いれた ビニールの うえに シートを のせた ところを かんがえて ください。くうきを ぬくと、シートが おちて、へこみます。ただし ほんとうは、くうきでは なく、とけた いわが ぬけて いく はなしです。

この じめんの おちこみは、なんども おきたのでしょうか。

米国の地質調査所(USGS)は、陥没の大きさで火口とカルデラを分けています。数百mほどの小さな陥没は「クレーター(火口)」、およそ1kmを超える大きな陥没が「カルデラ」です[1]。阿蘇のようなカルデラは、火口がふくらんだものではなく、噴火でマグマだまりの大部分が空になり、その空洞へ地面が落ちこんでできました。カルデラのでき方は一種類だけではありませんが、阿蘇はこの「陥没」でできたものです。

身近なものでたとえると、空気を入れたビニールプールの上に大きなシートをのせ、空気をぬいたときの形に近いかもしれません。ただし本当は、空気ではなく地下のマグマがぬけた空洞のほうです。

大きさの線引きは、資料によって幅があります。日本の辞典では直径2km以上とされ、USGSは1km超を目安にしています[2][1]。名前はスペイン語のcaldera(釜、大鍋)がもとで、カナリア諸島の窪地につけられたのが起源とされます[2]。

阿蘇のくぼ地は、1回の陥没でできたのでしょうか。

USGSは、数百m規模の陥没をクレーター、おおむね1kmを超える大きな陥没をカルデラと区別している[1]。日本の辞典は直径2km以上の火山性のくぼ地とし[2]、線引きの数字は資料ごとに異なる。そのため「カルデラ=直径◯km以上」と一つの数字で覚えるより、阿蘇については「噴火でマグマだまりが大きく空になり、地面が落ちこんだ地形」という成因で覚えるほうが確かである。カルデラの成因は一種類とは限らないが、阿蘇は陥没でできたとされる。

この成因の説明は、空気を入れたビニールプールに大きなシートをのせ、空気をぬくとシートがへこむ様子で想像できる。ただし実際は、空気ではなく、地下のマグマが噴出して空洞ができる点がちがう。

語源も、地形の姿を伝えている。caldera はスペイン語で釜・大鍋を意味し、カナリア諸島の窪地に名づけられたのが起源とされる[2]。釜の形は、壁に囲まれた平らな底という地形に重なる。

では、阿蘇のカルデラは1回の陥没でできたのか。それとも、何度も繰り返されたのか。

3. あそは なんども おちた

3. 阿蘇のくぼ地は4回の陥没でできた

3. 4回の大規模火砕流で陥没し、約9万年前のAso-4で現在の形に

あその くぼみは、1回で できたのでは ありません。おおきな 火砕流かさいりゅうが でる たびに、じめんが おちて、4回 かさなって できたと されます[4]。

いまの かたちに なったのは、9万年ほど まえの 4回目の ときです[4]。

いちばん ふるい 火砕流かさいりゅうは、27万年ほど まえと いわれます。それから 14万年まえ、12万年まえ、そして 9万年まえと つづきました[5]。

阿蘇のカルデラは、4回の大規模な火砕流が流れ出るたびに陥没してできました[4]。火砕流は、高温の火山ガスや火山灰、軽石などが、山の斜面を高速で流れ下る現象です。4回の時期は、約27万年前、14万年前、12万年前、9万年前とされます[5]。

現在の形を決めたのは、約9万年前のAso-4と呼ばれる火砕流で、このとき陥没した地形が今の姿の基本になっています[4]。阿蘇は、大型で地形がよく保たれたカルデラとして、日本でも世界でも第一級とされています[4]。

4回の陥没でできたくぼ地には、雨や川の水がたまりそうですが、阿蘇では、水はたまらずに外へ出ていきます。出口はどこにあるのでしょうか。

阿蘇のカルデラは、4回の大規模な火砕流が流出するたびに陥没して生じた。現在の地形は、約9万年前のAso-4火砕流の流出の結果である[4]。4回の時期は、約27万年前、14万年前、12万年前、9万年前とされる[5]。

この記述は、阿蘇が「1回の巨大噴火で一気にできた」のではなく、陥没が段階的に重なったことを示している。小野晃司(地質ニュース457号)は、阿蘇を大型で地形がよく保存されたカルデラとして、日本でも世界でも第一級と位置づけている[4]。

陥没を重ねたくぼ地は、ふつうなら湖になりそうである。ところが阿蘇では、カルデラの内側の町や田んぼに、水の出口が用意されている。それはどこか。

4. みずは どこから でていく?

4. くぼ地の水は、どこから外へ流れ出ていくのか

4. 立野火口瀬:カルデラ壁が唯一とぎれる水の出口

おおきな くぼみなら、みずが たまって みずうみに なりそうです。でも あその かるでらの 中は、まちや 田んぼです。

かるでらの にしがわに、かべが とぎれて いる ばしょが あります。たての という ところです[3]。

かるでらの 中の みずは、ここを とおって、そとへ ながれます。熊本くまもとの まちの ほうへ むかう かわと なります[3]。

カルデラの壁は、立野の火口瀬と呼ばれる一か所を除いて、ぐるりととぎれません。カルデラの西側にある立野火口瀬だけが、カルデラ地形が途切れた谷になっています[3]。

カルデラ内の水は、この谷を通って黒川が白川と合流し、熊本市の方面へ流れ下ります[3]。水はこの出口から流れ出ていくので、阿蘇のカルデラの内側には、町や田んぼのある底が見えています。

水の出口から見ると、カルデラの内側の暮らしは、川の流れと切りはなせません。ところで、このくぼ地の真ん中には何があるのでしょうか。

カルデラ壁は、西側の立野火口瀬だけで途切れる[3]。カルデラ内の水は、この谷地形を通って黒川が白川と合流し、熊本市方面へ流下する[3]。壁がほぼ全周でつながる地形は、水をためる「鍋」の形になりやすいが、阿蘇では一か所の切れ目が排水口になる。

水はこの出口から流れ出ていくので、カルデラの内側には、集落と田畑のある底が見えている。内壁側は傾斜30度以上の斜面で、その裾野に沿って集落が点在する[3]。なお、この水の出口の話は、熊本県の阿蘇地域の土砂災害対策を検討する資料に、地形の説明として載っている[3]。

では、くぼ地の底の真ん中にある山々は、カルデラとは別の火山なのか。

5. くぼみの まんなかの やまは?

5. 底に並ぶ約20の小さな火山と、今も続く噴火

5. 中央火口丘群:約20の小火山が「火山の博物館」と呼ばれる理由

かるでらの まんなかには、ちいさな かざんが ならんで います。ぜんぶで 20ほどです[4]。

たかい 山の ひとつ、たかだけは、1592メートルです[3]。

これらの 山は、東と 西に ならんで、かるでらの 中を 北と 南に わけて います[4]。いまでも 噴火ふんかする かざんが あり、いちばん ふるい 記ろくは 553年です[5]。

カルデラの底には、中央火口丘群と呼ばれる小さな火山が、ほぼ東西に並んでいます。数は約20で、玄武岩、安山岩、デイサイト、流紋岩と、性質のちがう岩石でできています[4]。そのため、「火山の博物館」にたとえられています[4]。

この火山の列は、カルデラの底を、北の阿蘇谷と南の南郷谷に二分しています[4]。高岳(標高1592m)が、その代表的な山のひとつです[3]。

これらは過去の火山ではありません。阿蘇で有史以降に噴火が記録されているのは中岳に限られ、最も古い記録は553年です[5]。「最古の記録」であって、阿蘇の火山活動の始まりの年ではありません。落ちこんだくぼ地の中で、新しい火山が今も育っています。

カルデラの底には、中央火口丘群と呼ばれる約20の小火山が、ほぼ東西に並ぶ。玄武岩・安山岩・デイサイト・流紋岩など、性質のちがう岩石でできており、地質ニュースは「火山の博物館」と形容している[4]。この列が、カルデラを北の阿蘇谷と南の南郷谷に二分する[4]。

代表的な山の高岳は標高1592mである[3]。同じカルデラの底に、これほど性質のちがう岩石の山が並ぶことが、博物館というたとえの理由になっている。

火山活動は今も続く。有史以降の噴火は中岳に限られ、最古の記録は553年である[5]。ただし553年は「記録が残る最古の年」で、阿蘇の活動の始まりではない。カルデラができたあとも、その底で新しい火山が活動を続けている、というのが阿蘇の姿である。

阿蘇のような地形は、日本のほかの場所にもあるのだろうか。

6. ほかの かるでらも みて みよう

6. 日本のほかのカルデラと、海の底の溶岩ドーム

6. 十和田湖と鬼界カルデラ:水をたたえたくぼ地、海の底に残る溶岩ドーム

日本には、かるでらが たくさん あります。くっしゃろ、しこつ、とうや、とわだ、あそ、あいらなどが よく しられて います[2]。

とわだこは、1万3千年ほど まえに できた かるでらに、みずが たまって できた みずうみです[6]。

ふかい うみの そこにも、かるでらが あります。きかい かるでらでは、うみの そこに、たかさ 600メートルの おおきな ドームが みつかりました[8]。

日本の代表的なカルデラには、屈斜路、支笏、洞爺、十和田、阿蘇、姶良などがあります。狭い国土のわりにカルデラが多いとされています[2]。

阿蘇のように水が出ていく地形とはちがい、水がたまって湖になったものもあります。十和田湖は、約1万3千年前にできたカルデラに水がたまった湖です[6]。国土交通省の多言語解説は、カルデラをスペイン語で「釜」にあたる言葉として紹介しています[6]。

カルデラは、海の底にもあります。鬼界カルデラ(薩摩硫黄島付近)では、約7300年前の縄文時代に超巨大噴火が起きたとされ、火砕流が海を渡って約40km離れた九州南部まで達したと説明されています[7]。その内側の海底では、高さ約600m、直径約10km、体積32km³以上と見積もられる、世界最大級の溶岩ドームが確認されています[8]。

阿蘇の外にも、カルデラの形は残っています。次は、地図や写真で自分で探してみましょう。

日本の代表的なカルデラには、屈斜路・支笏・洞爺・十和田・阿蘇・姶良などがあり、狭い国土のわりに多い[2]。阿蘇のように一か所の出口から水が出ていく例がある一方、十和田湖は、約1万3千年前にできたカルデラに水がたまった湖である[6]。国土交通省の多言語解説は、caldera がスペイン語で「釜」を意味することを、十和田湖の説明に用いている[6]。ただし1万3千年前という数字は十和田の話で、他のカルデラ湖にそのままあてはめることはできない。

海底にもカルデラがある。鬼界カルデラ(薩摩硫黄島付近)では、約7300年前の縄文時代に超巨大噴火が起き、火砕流が海を渡って約40km離れた九州南部に達した[7]。カルデラの内側の海底では、神戸大学の練習船「深江丸」による2016年からの調査で、高さ約600m、直径約10km、体積32km³以上の溶岩ドームが確認された[8]。

陥没した地形の内側に、新しいマグマでできた巨大な構造物が育つ。阿蘇の中央火口丘群と鬼界カルデラの溶岩ドームは、どちらも、陥没した地形の内側に火山の地形がある例である。

7. じぶんで さがして みよう

7. 地図帳でカルデラの「かべ」と「でぐち」を探す

7. 地図で水の出口をたどり、原典で定義の幅を確かめる

ちずちょうの 九州の ページを ひらいて、あそを さがして みましょう。まるい かべのような 山に かこまれた ところが あります。

つぎに、川を ゆびで たどって みましょう。かべの 西がわの 1か所から、川が そとへ ながれて いませんか。

ほかの ちずでも、やまに かこまれた みずうみを さがして、この メモの とわだこと みくらべて みましょう。

家に地図帳があれば、九州のページで阿蘇を探してみましょう。まるく山に囲まれた地形が見つかります。次に、中の川を指でたどり、カルデラの西側のとぎれ目から外へ出ていくか、見てみてください。そこが立野の火口瀬のあたりです。

北海道や東北のページでは、山に囲まれた湖を探し、本文の十和田湖と見比べてみましょう。屈斜路湖や洞爺湖も、カルデラにできた湖の例です。

数字を確かめたい人は、地質ニュースの小野晃司「阿蘇カルデラ」を読むと、4回の陥没と中央火口丘群が詳しく書かれています[4]。熊本県の資料には、立野火口瀬と土砂災害対策の関係もまとめられています[3]。

家に地図帳があれば、九州のページで阿蘇を探し、カルデラ内の川がどこから外へ出るかをたどってみるとよい。立野火口瀬は、カルデラ西側の唯一の切れ目として、熊本県の資料に記されている[3]。同じ見かたで、北海道の屈斜路・支笏・洞爺、東北の十和田の周辺を地図で見ると、湖がカルデラの壁に囲まれているかを比べられる。

定義の幅も、原典で読み比べられる。USGSは1km超を目安にし[1]、日本の辞典は2km以上とする[2]。阿蘇の4回の陥没と中央火口丘群は、地質ニュース457号(小野晃司)で詳しく読める[4]。鬼界カルデラの海底溶岩ドームは、JSTサイエンスポータルの記事から、原論文をたどる足がかりが得られる[8]。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

数字や名称は、下の資料にある内容をまとめたものです。外部サイトは本文の確認用に使いました。

  1. USGS Yellowstone Volcano Observatory, "Caldera or crater…what's the difference?" https://www.usgs.gov/observatories/yvo/news/caldera-or-craterwhats-difference (カルデラの成因と大きさの目安)
  2. コトバンク「カルデラ」(日本大百科全書ほか)https://kotobank.jp/word/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%A9 (語源、日本の定義、日本の代表例)
  3. 熊本県 阿蘇地域土砂災害対策検討委員会 資料(国土交通省九州地方整備局)https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/24429.pdf (阿蘇カルデラの大きさ、立野火口瀬、傾斜)
  4. 小野晃司「阿蘇カルデラ」地質ニュース457号(1992年9月)https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/92_09_05.pdf (4回の陥没、中央火口丘群)
  5. nippon.com Japan Data「阿蘇山」https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00439/ (約5万人、4回の時期、553年の記録)
  6. 国土交通省 観光庁 多言語解説文データベース「Inside the Cauldron」https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/en/H30-00131.html (十和田湖と「釜」)
  7. 科学技術振興機構 サイエンスポータル(2016)https://scienceportal.jst.go.jp/stories/20160819_01/ (鬼界カルデラの火砕流)
  8. 科学技術振興機構 サイエンスポータル(2018)https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20180216_01/ (鬼界カルデラ海底の溶岩ドーム)

なおした ところ

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