1. おさいふの なかの おさつは、どれくらい ぴったり?
1. 長財布の内側は、お札の縦とほとんど同じ
1. 内のり約75ミリの長財布と、縦76ミリのお札 ── 「合っている」ことの意味
ながい おさいふに おさつを いれると、ぴったり はいります。おさつの あたまが、ほんの すこし でる ことも あります。
ある ひとが じぶんの ながい おさいふを はかった ところ、中の たては 75ミリほど、よこは 175ミリほど でした。一万円さつは たてが 76ミリ ですから、1ミリだけ はみだす ことに なります[8]。
その ひとは、「つまんで だしやすい ように、わざと そうして いるのでは」と 考えて いました[8]。でも これは その ひとの 考えで、つくった ひとが そう いったわけでは ありません。
では むかしの おさいふも、こんな かたちだったのでしょうか。
財布を開いて、お札を一枚入れてみます。長財布なら、折らずにすっと収まります。
ある記事の筆者が自分の長財布を測ったところ、内側の寸法は縦が約75ミリ、横が約175ミリでした。一万円札の縦は76ミリなので、わずかに頭が出る計算になります[8]。筆者は、つまんで取り出しやすくするためだろうと考えています[8]。
ただし、これは一人が測った一つの財布の話で、作り手の意図が書かれているわけではありません。お札と長財布が「ぴったり」なのは確かでも、お札に合わせて形が決まったと言い切れる資料は、この調べでは出てきていません。
それなら、お札のなかった時代の財布は、どんな形をしていたのでしょうか。
長財布にお札を入れると、折らずに収まり、頭がわずかに出る。ある記事の筆者が実測した長財布は、内のりが縦約75ミリ、横約175ミリで、縦76ミリの一万円札がほんの少し頭を出す形だった。筆者は「つまんで取り出しやすくするための長さ」と推測している[8]。
これは一人の筆者が測った一つの財布と、その推測にすぎない。長財布がお札の大きさから設計されたことを示す一次資料は、今回の調べでは見つかっていない。だから以下では、「お札と長財布が合っている」という観察を出発点にし、「お札に合わせて形が決まった」という断定は避ける。
そのうえで問いは、財布はいつも、紙のお金を入れる形だったのかである。お札が日本で使われる前まで時間をさかのぼると、財布の元の姿が見えてくる。
2. むかしの おさいふは、くびから さげる ぬの ぶくろだった
2. 首から下げた布の袋は、銭を入れる道具だった
2. 銭入れとしての出発 ── 紺木綿の袋を首から下げる
むかしの おさいふは、ぬので つくった ふくろでした。ながい 木綿の ぬのを ふたつに おって、りょうがわを ぬい、くちに ひもを とおして、くびから さげました[1]。
入れて いたのは、銭という 小さな おかねです。「さいふ」を 漢字で かくと「財布」です。はじめの 字は おかね、あとの 字は 布の ことです[2]。ぬので つくった おかね入れ、という 名まえの とおりでした。
ふつうの ひとは、のこりぎれの しまの 木綿で つくりました。そこから「しまの さいふ」という ことばが うまれたと いわれます[1]。
この ふくろに、のちに かみの おかねは はいったのでしょうか。
初期の財布は、長い紺木綿を二つに折って両側を縫い、口の部分に紐を通して首から下げる、布の袋でした[1]。入れるのは、銭です。
「財布」という字は、財(お金)と布(ぬの)でできています。字の意味からは、布のお金入れを思い浮かべられます[2]。古くは金袋、銭袋と呼ばれ、紐でくくって首から下げたそうです[2]。ただし、これは字の意味からの説明で、語源がこれに決まったという意味ではありません。
庶民は余った布で縞木綿の袋を作りました。「縞の財布」という言葉はここから生まれたとされます[1]。
この袋は、江戸時代に「財布」という名で広まります。財布が普及したのは、銭を使う経済が発達してからで、たぶん金を包んだものから出たのだろうと、百科事典は書いています[1]。では、お札が現れると、この袋はどうなったのでしょうか。
初期の財布は、長い紺木綿を二つ折りにして左右を縫い留め、開口部に乳(ち)をつけて打ち紐を通し、首から下げる布袋だった[1]。中に入るのは、銭である。庶民は余り裂の縞木綿で作ったため、「縞の財布」という言い方が生まれたとされる[1]。
「財布」の字は、財(お金)と布から成る。字の意味からは、布の金入れを思い浮かべられる。古くは金袋、銭袋と呼ばれ、紐でくくって首から下げたという[2]。ただしこれは字義からの説明であり、語源の確定説ではない。
百科事典は、財布は銭を使う経済が発達してから普及したもので、江戸時代には銭入れとも呼ばれ、元禄・宝永年間(17世紀末〜18世紀初め)には「財布」の名が見られると述べる[1]。つまり、財布の出発点は、紙ではなく銭を入れる袋だった。
だとすれば、紙のお金が出てきたとき、財布の側に何が起きたのかが次の問いになる。
3. おさつが できると、おさいふは おる かたちに なった
3. 明治に紙幣が出ると、折って使う札入れが広まった
3. 紙幣の発行と札入れ ── 二つ折り・三つ折りの普及
明治に なると、かみの おかね(紙幣)が つくられました。1869ねんの みんぶしょうさつが その ひとつです[1]。
ぬのの ふくろは、ばらばらの こぜにを いれるのには べんりでした。でも かみは、くしゃくしゃに なりやすい もの。そこで ふたつおり、みつおりで つかう「さついれ」が ひろまりました。大正の ころからは、これが ふつうに なったと いわれます[1]。
むかしの ひとは、ほかにも いろいろな 入れものを、ふところに 入れたり、こしに さげたりしました。たばこや かみを 入れる ふくろも ありました[3]。
では、ちがう かたちの おさいふは、どこから きたのでしょうか。
明治になると、紙幣が発行されます。1869年の民部省札はその一つです。すると二つ折り、三つ折りで使う札入れが広まり、大正時代以後は札入れが主流になったと、百科事典は述べています[1]。
銭は、袋に落とし込めば足ります。紙は、折れたりしわになったりします。紙幣が増えると、紙に合う入れ物が求められた、という流れが見えてきます。ただし、この「合う」という点を詳しく書いた資料は、見つかっていません。
この頃までの日本には、財布のほかにも袋物がありました。江戸から昭和の初めまで、貴重品や懐紙、刻みタバコなどを入れた袋物が、懐に入れたり腰に下げたりして使われました[3]。紙を持ち歩く習慣は奈良時代からあり、畳紙(たとう)がそれにあたるとされます[3]。
英語でも似た動きがあります。walletという語は、14世紀末には旅人の袋や大きな財布を指しました。紙幣を入れる平たいケースの意味は、1834年(アメリカ英語)の記録が早いものです。札を折って入れるbillfoldという語は、1879年に記録されています[9]。袋から平たいケースへという向きは、日本と重なります。
では、同じ明治に広まった、口がぱくっと開く財布は何だったのでしょうか。
明治になって紙幣が発行され(1869年の民部省札)、二つ折り、三つ折りで使用する札入れが普及し、大正時代以後は札入れが主流になった。世界大百科事典はこう述べる[1]。袋に落とし込めば済む銭と違い、紙は折れ、しわになる。紙幣が増えて、平たく収まる形が求められた、と読むのは自然だが、その因果を明記した資料は今回の調べにはなく、推測の範囲を出ない。
財布以外の袋物も、暮らしの中で使われていた。江戸から昭和初期まで、貴重品、懐紙、刻みタバコなどを入れる袋物が、懐に入れ、あるいは腰に下げて使われた。紙を持ち歩く習慣は奈良時代からあり、畳紙(たとうがみ)がそれとされる[3]。紙の携帯は紙幣の登場より古いのだ。
英語の語史も、方向が重なる。walletは14世紀末に「袋、背負い袋、大きな財布」の意味で現れ、「紙幣を持ち歩く平たいポケットケース」の意味は1834年(米語)までに、billfold(札を折る入れ物)は1879年に記録がある[9]。ただし日本の札入れとの影響関係を示す資料ではなく、並べて読んだ観察にとどまる。
札入れと同じ明治に、まったく別の発想の財布も広がっていた。口金で大きく開く、がま口である。
4. がまぐちは、どうして めいじに ひろがったの?
4. 口金で大きく開く、がま口が広がった理由
4. がま口の伝来と、袋物の工芸 ── 西洋の口金つき袋が日本の袋物になるまで
がまぐちは、口の ところに 金ぞくの ふちが ついた おさいふです。ぱちんと あけると、がま(ひきがえる)の 口に にて いるので、この 名まえに なったと いわれます[5]。
もとは 西洋で つかわれた、口金つきの ふくろや さいふだと されます[5]。日本には 明治のころに つたわり、やましろやわすけという ひとが フランスから もち帰った、という せつも あります[5]。
はじめて つくられた 年は、本によって 1868ねんとも、1872ねんとも いわれます[1][5]。でも、明治20ねんごろには、ふくろの なかまの なかで いちばん たくさん つくられる ように なりました[1]。
じっさいに ひらいて、小さな おかねが とりだしやすいか、かんがえて みたく なりますね。
がま口は、西洋で使われた口金つきの袋や財布がもとになったとされます。金具を開いた姿がガマガエルの口に似ているのが、名前の由来だといわれます[5]。日本には明治時代に伝わり、山城屋和助がフランスから持ち帰ったという説があります[5]。
はじめて作られた年は、百科事典では1868年(明治1)、商品解説では明治5年(1872)とされ、資料で食い違います[1][5]。それでも、明治20年ごろには、袋物の中でもっとも多く作られるまでになりました[1]。
この頃は、袋物の職人にとっても大きな転機でした。1876年(明治9年)に廃刀令が出されると、刀の飾り金具を作っていた職人が日用品づくりに移り、袋物の工芸の黄金期をもたらしたと、たばこと塩の博物館の展示解説は述べています[3]。服装や習慣が変わる中で、袋物の形と役目も変わり、のちにハンドバッグなどへ移っていきました[3]。
がま口が口金で大きく開くことは、銭やお札の出し入れの上で役に立ったのか、気になります。ただ、資料は「広がった」ことは書いても、理由までは述べていないので、ここでは答えを決めません。
がま口は、西洋で使われた口金つきの袋・財布がもとになったとされ、金具を開いた姿をガマガエルの口に見立てた名だといわれる。日本へは明治期に伝わり、山城屋和助がフランスから持ち帰ったという説がある[5]。説にとどまる以上、伝来を一人の功績として語ることは避けたい。
はじめて作られた年は、世界大百科事典が1868年(明治1)、別の商品解説が明治5年(1872)とし、食い違う[1][5]。ここは「明治の初め」とだけ読むのが安全だ。それでも、百科事典によれば明治20年ごろには袋物の中で最高の生産量に達した[1]。短い間に、もっとも作られる袋物になったわけである。
背景には、職人の事情もある。1876年(明治9年)の廃刀令のあと、刀装具の職人が日用品づくりに転じ、袋物の工芸に黄金期をもたらしたという[3]。これは服装・習慣が変わったことの一側面であり、がま口の普及の直接の原因と断定する資料ではない。西洋化の中で袋物の形と役目が変わり、ハンドバッグなどへ移っていったことも、同じ展示解説に書かれている[3]。
がま口が広がった理由が口金の使いやすさにあるのかは、資料からは言えない。分かるのは、袋物の側も明治に大きく変わった、という事実までである。そこで最後に、お金そのものの大きさを数字で見直す。
5. おさつが ちいさく なったら、おさいふも かわる?
5. 一万円札は小さくなった。財布は追いかけたのか
5. 紙幣寸法の縮小 ── 縦84ミリから76ミリへ、面積で約17%
いまの おさつは、たてが どれも 76ミリで、よこだけ ちがいます。一万円さつは 160ミリ、5千円さつは 156ミリ、千円さつは 150ミリです[6]。2024ねんの あたらしい おさつでも、大きさは かわりません[6]。
むかしの 一万円さつ(しょうとくたいしの もの)は、たて84ミリ、よこ174ミリでした[7]。いまの ほうが たては 8ミリ、よこは 14ミリ みじかく、ひろさで いうと 17パーセントほど 小さく なって います(84×174と 76×160を くらべた けいさんです)。
もっと 大きな おさつも ありました。1891ねんの 百円さつは、ある きじに よると たて130ミリ、よこ210ミリでした[8]。
おさつが 小さく なっても、おさいふが それに あわせて かわったのかは、しりょうに かいて ありません。ただ、おさいふは「おかねの かたちや くらしに あわせて かわって きた」と、てんらんかいを ひらいた ひとたちは せつめい して います[4]。
いまの日本銀行券は、縦が76ミリで統一されています。横は一万円札が160ミリ、五千円札が156ミリ、二千円札が154ミリ、千円札が150ミリです。2024年に新しい紙幣になっても、大きさは変わりません[6]。
一方、1986年に発行を止めた聖徳太子の一万円札は縦84ミリ、横174ミリでした。福沢諭吉の一万円札(2007年に発行を止めた版)は縦76ミリ、横160ミリです[7]。面積を計算すると、84×174=14616、76×160=12160で、12160÷14616は約0.83です。面積はおよそ17%小さくなりました(ここは計算の結果です)。
もっと大きな紙幣もありました。ある記事によると、史上最大の紙幣は1891年(明治24年)の改造百円券で、縦130ミリ、横210ミリ、面積は27300です。いまの一万円札(12160)は、その約45%にあたります[8]。
お札が小さくなったとき、財布の寸法が追いかけて変わったのかは、集めた資料では確かめられません。ただ、財布は「お金のかたちや生活・文化に合わせて、変化してきた」と、江戸〜明治の袋物と錦絵を並べた展覧会は紹介しています[4]。財布とお金の寸法が深く関わっていると考える読み方は、自然に感じられます。
現行の日本銀行券は、縦が76ミリで統一され、横は一万円札160ミリ、五千円札156ミリ、二千円札154ミリ、千円札150ミリである。2024年に新紙幣になっても大きさは変わらない[6]。券種で変わるのは横だけなので、縦に合わせた財布は、どの札も同じ深さで受け止められる。
ところが、お札はずっとこの寸法だったわけではない。1986年に発行を止めた聖徳太子の一万円札は縦84ミリ、横174ミリ、2007年に発行を止めた福沢諭吉の版は縦76ミリ、横160ミリである[7]。いずれも発行停止の年であり、発行開始の年ではない。縦は8ミリ、横は14ミリ縮み、面積は84×174=14616から76×160=12160へ、約17%(12160÷14616≒0.83)減った計算になる。
ある記事は、史上最大の紙幣を1891年(明治24年)の改造百円券とし、縦130ミリ、横210ミリ(面積27300)と伝える。現行の一万円札の面積は、その約45%にあたる[8]。なお、この比較は券の大きさだけで、額面の違う券どうしの比較であることに注意したい。
お札が縮んだとき、財布の寸法が変わったのかは、今回の資料では確かめられない。財布が「お金のかたちや生活・文化に合わせて変化してきた」という展覧会の紹介文があるだけで、年表のような詳しい記述はない[4]。分かっているのは、銭の布袋から札入れ、がま口へと、入れるものと暮らしに合わせて形が変わってきた、という大きな流れまでだ。
6. じぶんの おさいふを、じょうぎで はかって みよう
6. 自分の財布の内側を、定規で測ってみる
6. 手元の財布で確かめる ── 内のりの測り方と、資料の読みどころ
おうちの ひとの おさいふを かりて、おさつを いれる ところを じょうぎで はかって みましょう。たてが 76ミリの おさつと くらべて、どれくらい あまるでしょうか。
おさつを じっさいに いれて、あたまが すこし でるか、すっぽり かくれるかも みて みましょう。二つおりの おさいふなら、おさつを おって いれるので、おったあとの ながさを はかります。
おさいふの かたちが、おさつだけで きまっているか。それとも ほかの りゆうも ありそうか。じぶんの 目で たしかめた ことは、つぎの なぞに なります。
家の人に財布を借りて、お札を入れる部分の縦と横を、定規で測ってみてください。縦は76ミリのお札と比べてどれだけ余るでしょうか。二つ折りなら、折ったあとの寸法を測り、何回折るかも数えます。
お札を入れたとき、頭が少し出るのか、すっぽり隠れるのかも確かめられます。ある記事の筆者は頭がわずかに出る長財布を測っていましたが[8]、あなたの財布はどうでしょうか。いくつか測って並べると、お札の寸法との関係が見えるかもしれません。
数字の出どころを確かめたいときは、日本銀行の「現在発行されているお札」のページで縦横の寸法が見られます[6]。旧一万円券のページには、小さくなる前の寸法も載っています[7]。
がま口の財布が家にあれば、口金を開いたとき、中の小銭がどこまで見えるかも確かめられます。口金の幅が違う財布と比べると、開き方と中の見やすさの関係が見えてきます。
手元の財布の内のりを定規で測り、縦76ミリのお札と比べると、本文の観察を自分で確かめられる。長財布は余白が数ミリか、二つ折りは折ったときの寸法がどうなるか。複数の財布を測って並べれば、一人の筆者の実測[8]より、確かな傾向が見えてくるかもしれない。
資料の読みどころは三つある。①日本銀行の券種ページ[6]と旧券のページ[7]は、縦横の寸法を一次資料として示す。縮小の事実は、ここで確認できる。②百科事典の「財布」の項[1]は、銭入れから札入れ、がま口までの流れを一つにまとめているが、因果や年は、そのまま信じず、他の資料と比べたい。③たばこと塩の博物館の展示解説[3]は、袋物の工芸の変化を職人の側から述べている。
残る問いは二つある。お札が縮んだとき、財布の寸法は動いたのか。二つ折り財布の形は、いつ、どのように定まったのか。この二つは、今回の資料では答えが出なかった。日本の財布を扱う博物館や展覧会の図録に当たる価値のある問いである。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:百科事典、日本銀行の資料、博物館の展示解説、商品解説、語源辞典、記事を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- コトバンク「財布」(日本大百科全書・世界大百科事典)。https://kotobank.jp/word/%E8%B2%A1%E5%B8%83-508381 (財布の始まり、布の袋、札入れの普及、がま口の広がりについて。百科事典の記述)
- TKG辞書「財布」。https://www.tkgje.jp/entries/00500/00663_saifu.html (「財布」の字の意味と、古い呼び名について。辞書)
- たばこと塩の博物館 特別展(2024年4月)。https://www.tabashio.jp/en/exhibition/2024/2404apr/index.html (袋物の使われ方、廃刀令後の職人について。展示解説)
- 文化芸術 展覧会紹介(nact.jp 掲載)。https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/29543 (財布がお金の形や生活に合わせて変化してきた、という紹介文について)
- jeepe「がま口基礎ガイド」。https://www.jeepe.jp/ja/articles/gamaguchi-basics-guide-1762 (がま口の由来と日本への伝来の説について。商品解説)
- 日本銀行「現在発行されているお札」。https://www.boj.or.jp/note_tfjgs/note/valid/issue.htm (現在のお札の縦横の寸法について)
- 日本銀行「旧一万円券」。https://www.boj.or.jp/note_tfjgs/note/valid/past_issue/pbn_10000.htm (旧一万円券の寸法について)
- ファイナンシャルフィールド「紙幣サイズと長財布」。https://financial-field.com/living/entry-361621 (長財布の実測と推測、史上最大の紙幣について。記事)
- Online Etymology Dictionary「wallet」。https://www.etymonline.com/word/wallet (英語walletとbillfoldの語の歴史について。語源辞典)
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