1. えんぴつの 線と、すうがくの 線は どうちがう?
1. えんぴつの線は太い。数学の線は「幅のない長さ」
1. 「幅のない長さ」── ユークリッド『原論』の定義2
えんぴつで 線を ひいて、虫眼鏡で のぞいて みましょう。ほそい はずの 線が、はばの ある 黒い おびに 見えます。
むかしの ギリシアの ユークリッドは、『げんろん』という 本で、線を「はばの ない 長さ」と 書きました[1]。つまり 数学の 線は、長さだけを 考えて、太さは 考えない やくそくです。
ただし、これは 頭の 中の 線です。紙に ひける 線には、どんなに 細くても はばが あります。紙に ひいた 線を 考えるとき、太さは 考えない ことに します。
えんぴつの線を虫眼鏡で見ると、黒鉛の粒が並んだ、幅のある帯に見えます。どんなに細く削っても、紙の上の線には幅があります。
古代ギリシアのユークリッドは、『原論』の第1巻で、線を「幅のない長さ」と定義しました。ギリシア語の原文は γραμμὴ δὲ μῆκος ἀπλατές で、英訳では breadthless length と訳されます[1]。続く定義3では、線の端は点だとされています[1]。
つまり数学の線は、長さだけを取り出した、頭の中の道具です。太さをいったん考えないと、線の長さや形を数学で考えやすくなります。紙に引いた線は、その線を表すための「しるし」にすぎません。
ただし、この定義にも弱いところがあります。「長さ」や「幅」自体は定義されていませんし、定義の全部がユークリッド本人のものかどうかは、学者の間でもはっきりしないといわれます[2]。
鉛筆の線を拡大すると、粒子が並んだ幅のある帯になる。現実の線は、どれほど細くても幅をもつ。ユークリッド『原論』第1巻の定義2は、これを捨てて「線は幅のない長さ」と定める(Heath英訳 A line is breadthless length、原文 γραμμὴ δὲ μῆκος ἀπλατές)。定義3は、続けて線の端を点とする[1]。
この定義は、「幅」と「長さ」を未定義のまま使う点で、現代の目には厳密ではない。しかも、定義の全部がユークリッド自身のものかについては、学者の見解が一致しないとされる[2]。だから、これは完成した定義というより、図形を論じ始めるための出発点として読むのが妥当だろう。
幅を考えないと、線の長さに注目できる。幅を捨てるのは、図形の長さや形を理論として論じやすくするためでもある。では、その長さは、どの線についても測れるのだろうか。
2. ものさしで はかれる 線は、どれ?
2. 直線・半直線・線分のうち、長さを決められるのは線分
2. 直線・半直線・線分 ── 有限の長さを決められるのは線分
まっすぐな 線にも、なまえが 3つ あります。
「直線」は、りょうほうの はしが どこまでも のびて いる 線です。「半直線」は、ある 点から 一方だけ のびて いる 線です。「線分」は、2つの 点の あいだを まっすぐ むすんだ 線です[3]。
はしの ある 線分は、長さを はかれます。直線は どこまでも つづくので、長さを きめられません。
では、まがった 線の 長さは、どう はかるのでしょう。
数学では、まっすぐな線を3つに分けます。両方向にどこまでも延びるのが直線、直線の上の1点から片方だけ延びるのが半直線、2つの点の間をまっすぐに結んだのが線分です[3]。
このうち、直線と半直線には有限の長さを決められません。どこまでも延びていくので、「何センチ」とは言えないからです。線分には長さがあります。点には広がりがなく、性質は位置だけだとされます[3]。
では、まっすぐでない線はどうでしょう。曲がった線の長さは、小さな線分をつなげて、近い値を作ることで測ります。この考え方が、次に出てくる海岸線の話につながります。
中学数学では、直線を「2点を通って両方向に限りなく延びた線」、半直線を「直線上の1点で切った一方」、線分を「2点の間をまっすぐに結んだ線」と区別する[3]。点は広がりをもたず、性質は位置のみだ。
このうち有限の長さを定められるのは線分で、直線と半直線には定められない。では曲線はどうか。曲線の長さは、線分をつなぎ合わせた折れ線で近似し、分割を細かくしたとき、その長さがある値に近づくなら、その値を曲線の長さとする、という手順で考える。
なめらかな曲線なら、細かく測るほど、測定値は1つの値に近づく。ところが、現実の海岸線のように入り組んだ線では、この前提が崩れる。次章で、その様子を数字で見る。
3. 海の ふちを ものさしで はかると、どうなる?
3. 海岸線は、ものさしを短くするほど長くなる
3. 海岸線のパラドックス ── ものさしの長さと測定値
地図の 海の ふちの 線を、「海岸線」といいます。この 長さを はかると、ふしぎな ことが 起きます。
ある 図の せつめいに のっている れいでは、イギリスの グレートブリテン島を、100キロメートルの ものさしで はかると、やく2800キロメートル。50キロメートルの ものさしで はかると、やく3400キロメートルに なるといわれます[4]。ものさしを 半分に しただけで、やく600キロメートルも 長く なりました。
ものさしが 小さいと、小さな いりえや でっぱりまで、ひろえるからです[5]。
ただし この 数字は、図の せつめいに のっていた ひとつの れいです。いつも この 数に なる わけでは ありません。
Wikipediaの図の説明にある例では、グレートブリテン島の海岸線を100キロメートルのものさしで測ると、約2800キロメートルになります。50キロメートルのものさしにすると、約3400キロメートルです。ものさしを半分にしただけで、約600キロメートル、およそ2割も長くなる計算です[4]。
理由は、短いものさしほど、入り江や湾のこまかい曲がりを拾うからです[5]。長いものさしは、その上をまたいで通り過ぎてしまいます。
この現象は、「海岸線のパラドックス」と呼ばれ、最初に考えたのはイギリスの科学者リチャードソン(1881–1953)だとされます[5]。きっかけは、スペインとポルトガルが、国境の長さをちがう数字で報告していたことだったと伝えられています[4]。
ただし、2800キロメートルと3400キロメートルは図の説明に出てくる一例で、決まった値ではありません[4]。
英語版Wikipediaの図の説明にある例では、グレートブリテン島の海岸線は、100km単位のものさしで約2,800km、50km単位で約3,400kmになる。ものさしを半分にして約600km(約21%)長くなった計算だ。ただしこれは一例で、固定された値ではない[4]。
原因は単純だ。短いものさしほど、湾や入り江の曲がりを多く拾うため、測定値が大きくなる[5]。この「測定した海岸線の長さが、使うものさしの長さに左右される」現象が、海岸線のパラドックスである。L. F. リチャードソン(1881–1953)が最初に考えたとされ、リチャードソン効果とも呼ばれる[5]。スペインとポルトガルが国境の長さを異なる値で報告していたことが、気づきのきっかけだったとされる[4]。
つまり、「海岸線の長さ」とは、ものさしの長さを決めて初めて意味をもつ数字だ。では、ものさしを限りなく短くすれば、長さはどこかに落ち着くのだろうか。
4. 海岸線の 長さは、けっきょく いくつ?
4. 海岸線の長さは、測り方の約束と縮尺しだい
4. 収束しない測定値 ── マンデルブロとフラクタル次元
日本の 海岸線の 長さは、「はかり方の やくそく」を きめて はじめて 数に できます。
国の 数字の やくそくでは、「しゅんぶんの 日の みちしおの ときの 水ぎわの 線」で、川の かわぐちも ふくめて はかります[6]。ほかの やくそくで はかれば、ちがう 数に なります。
数学者の マンデルブロは、1967年に、なめらかな 線と、海岸線のような 線を くらべました。なめらかな 線は 細かく はかるほど 1つの 数に 近づきます。フラクタルと よばれる 線では、ものさしを 短くしても、はかった 長さが 1つの 数に 近づかない ことが あります[4]。
「長さが ない」と いう ことでは ありません。はかる 大きさを つたえて はじめて、数字に 意味が 出ます。
日本の海岸線の長さは、測り方の約束を決めて初めて数字になります。統計の約束では「春分の日の満潮面と陸岸との交線の延長」で、河口部を含みます[6]。約束が変われば値も変わります。
1967年、数学者のマンデルブロは『Science』に「英国の海岸線の長さはどれだけか」という論文を出しました[4]。滑らかな曲線なら、測る精度を上げるほど近似値は1つの値に近づきます。ところが、理想化したフラクタル曲線のモデルでは、ものさしを細かくしても測定値が1つの値に近づかない場合があります[4]。
マンデルブロは、海岸線のようなぎざぎざの線を、ふつうの線(次元1)と面(次元2)の間の「フラクタル次元」で表せると考えました[4]。
では「長さは無限」なのかというと、そう言い切れません。海岸線は有限の実在物だから、原理的には長さがあるはずだ、という批判もあります。比べるときは、縮尺をそろえて測定値を扱います[4]。
日本の海岸線延長は、統計上「春分の日における満潮面と陸岸との交線の延長(河口部を含む)」という約束にもとづいて数えられる[6]。測定条件が違えば値も違う。したがって、海岸線の長さは、定義と縮尺の両方を添えて初めて比較できる。
この問題を数学として扱ったのが、マンデルブロだ。1967年の論文(Science)で、滑らかな曲線は精度を上げると近似値が1つに収束するが、理想化したフラクタル曲線のモデルでは、測定尺度を細かくしても測定値が収束しない場合があると論じた[4]。海岸線のような曲線の複雑さは、1と2の間の値をとりうるフラクタル次元で表される[4]。
ここで「海岸線の長さは無限」と結論するのは行き過ぎだ。英語版Wikipediaは「正確な長さを得ることは理論上も不可能」としつつ、海岸線は有限の実在物なので原理的には長さがあるはず、という反論も併記する[4]。測定値が収束しないのは、数学的に理想化した曲線と、現実の海岸の間にあるずれの表れとも読める。
ここまでは、線が「長すぎて測れない」話だった。次は反対に、線が「細すぎるはずなのに、面をうめる」話である。
5. 1本の 線が、四角を ぜんぶ うめる?
5. 1本の線が四角の中を全部通る ── ペアノ曲線
5. 空間充填曲線 ── ペアノ(1890)とヒルベルト(1891)
線は 細いものですから、四角の 中を 線1本で ぜんぶ ぬりつぶす なんて、できそうに ありません。
ところが 1890年、イタリアの ペアノが、1本の つながった 線で、四角の 中の どの 点も とおれる ことを しめしました[7]。次の 年には、ドイツの ヒルベルトも、にた 線を 発表しています[7]。
それまでは、そんな 線は ないと 考えられて いました[7]。
ただし 本当に 線を かいて ぬれるのは、とちゅうの 形までです。できあがった 線は、いくつかの 点を 何回も とおります[8]。
1890年、イタリアの数学者ペアノは、1本の連続した曲線が、正方形の中のすべての点を通りぬけることを示しました。これがペアノ曲線で、空間充填曲線とも呼ばれます[7]。翌1891年には、ドイツのヒルベルトも、図つきで同じような曲線を発表しています[7]。
それまでは、曲線は「細いもの」「1次元のもの」と結びつけて考えられ、そんな曲線はないと思われていました。1887年にジョルダンは曲線を「区間[0,1]から決まる連続な関数」と定義しており、その定義の曲線が四角を埋めてしまったのです。そのため、直感に反する結果とされました[8]。
注意したいのは、紙の上で見られるのは途中までの近似だということです。完成した曲線では、少なくとも一部の点を複数回通ります[8]。「幅のない線」でも、数学の中では、面を埋めるほどの力を持つことがあるのです。
1890年、ペアノは、連続な曲線が単位正方形のすべての点を通りぬけることを示した。翌1891年、ヒルベルトが図つきで同様の曲線を発表している[7]。
これが空間充填曲線で、当時は直感に反する結果と受け取られた。理由は、曲線が細さ(1次元)と結びつけて考えられていたからだ。1887年にジョルダンは、曲線を区間[0,1]から決まる連続関数と定義していた。その定義を満たす曲線が、正方形という2次元の領域をうめつくしたことになる[8]。つまり「連続な線」という条件だけでは、「細い」という性質は保証されなかった。
ただしペアノ曲線は1対1ではなく、少なくとも一部の点を複数回通る。紙に描けるのは途中までの近似にすぎない[8]。海岸線では、線が長すぎて測りきれなかった。ここでは、幅のない線が面を埋める。どちらも、直感の「線」と数学の「線」のずれを教えてくれる。
6. 地図の 海岸線を、見くらべて みよう
6. 同じ海岸を、粗い地図と細かい地図で見くらべる
6. 同じ地域を縮尺のちがう地図で見くらべる ── 自分で確かめる道すじ
おうちに 地図ちょうが あれば、同じ 海岸を のせた 2まいの ページを さがして みましょう。同じ 海岸を、ちぢめ方の ちがう 2まいの 地図で さがして みましょう。ひろい 日本地図と、その 海岸を おおきく うつした 地図が 見つかれば、くらべられます。
海の ふちの ぎざぎざが、どれだけ ちがって 見えるか くらべます。ひもを 海岸線に そわせて、のばして ものさしで はかる やり方も あります。ひもの 長さは、地図の 上で くらべます。ちがいが 出るかは、やって みないと わかりません。
ちがいが 出たら、どうして だろうと 考えて みてください。
地図帳で、同じ海岸を縮尺のちがう2つの地図で見比べてみましょう。広い範囲の地図ではなめらかな線が、拡大した地図では細かい入り江やでっぱりのある線になっているはずです。
ひもを海岸線にそわせ、伸ばして定規で測ると、地図の上での長さを比べられます。比べるのは、同じ地域を縮尺のちがう2枚の地図にのせた、地図上のひもの長さです。細かい地図のほうがひもが長くなりやすいといえますが、差が必ず出るとは限りません。地図の上の長さは、縮尺で実際の距離に直す前の値だということも、覚えておいてください。
地図の線の太さにも、注目してみてください。たとえば縮尺2万5千分の1の地図で、線の太さが0.1ミリメートルなら、実際の距離にすると2.5メートルに当たります(これは計算例です)。「幅のない線」は、地図の上でも、ふだんの暮らしの中でも、実際にはこんなふうに幅をもって描かれています。
この章の確かめ方は、同じ地域を縮尺の異なる2枚の地図にのせて比べ、ひもや定規で地図上の長さを測って比べることだ。ここで比べるのは地図上の長さであり、縮尺で実際の距離に直した値ではない。差が必ず出るとは限らないが、出たなら細部の拾い方のちがいを考える手がかりになる。縮尺の小さい地図では細部が省かれ、大きい地図ほど入り江が多く現れる。海岸線のパラドックスが、測定値のちがいとして実感できる。
地図の線の幅も、計算の材料になる。縮尺1/25,000の地図で幅0.1mmの線は、実際の距離では0.1mm × 25,000 = 2,500mm = 2.5mに当たる(これは計算例であり、地図の図式規程の数値ではない)。
ユークリッドの「幅のない長さ」は、ここで理想と現実のずれとして現れる。さらに調べたい人は、ユークリッド『原論』の定義の原典[1]、MathWorldの海岸線のパラドックス[5]、MacTutorのペアノの伝記[7]に当たるとよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文中の[ ]の番号は、下の資料に対応しています。
- Euclid, Elements Book I Definitions (Heath 1908, TCD). https://www.maths.tcd.ie/~dwilkins/Euclid/Elements_Heath1908/BookI/EuclidElementsBk01Definitions_Heath1908.php (線と点の定義について)
- Euclid Book 1 Definitions (Wolfram Cloud). https://www.wolframcloud.com/obj/computable-euclid/euclid/euclidbook1definitions (ギリシア語原文と定義の限界について)
- ウィキブックス 中学数学1年 平面図形. https://ja.wikibooks.org/wiki/中学数学1年_平面図形 (直線・半直線・線分の区別について)
- Wikipedia, Coastline paradox. https://en.wikipedia.org/wiki/Coastline_paradox (ものさしごとの測定値、マンデルブロの論文、批判について)
- Wolfram MathWorld, Coastline Paradox. https://mathworld.wolfram.com/CoastlineParadox.html (海岸線のパラドックスとリチャードソンについて)
- 総務省統計局 よくある質問. https://www.stat.go.jp/library/faq/faq01/faq01a07.html (海岸線延長の定義について)
- MacTutor, Giuseppe Peano. https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Peano/ (ペアノ曲線とヒルベルトについて)
- Wikipedia, Space-filling curve. https://en.wikipedia.org/wiki/Space-filling_curve (空間充填曲線の性質について)
なおした ところ
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