このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

家では 1日、なにを して すごして いるの?

家で過ごす1日は、何に使われている? 食べる部屋と寝る部屋を分けた工夫

1日の使い方と住まいの工夫 ── 生活時間調査から、食寝分離とダイニングキッチンへ

分野:歴史・文化

1日の うちで、いちばん ながく して いるのは、ねる ことです。日本中の 人の へいきんは、7時間 54分。1日の 3ぶんの 1 くらいです[1]。

ところが、むかしの 家では、ごはんを 食べる 部屋で、そのまま ねて いました。にしやま うぞうさんたちは、食べる 所と ねる 所を 分ける 「しょくしんぶんり」を となえました。この 考えが、だんちの ダイニングキッチンにも つながって いきます。

1日のうち、いちばん長くしていることは何でしょうか。総務省の調査では、答えは「睡眠」で、全国の平均は7時間54分。24時間の約3分の1です[1]。

ところが昔の家では、食事をする部屋に、そのまま布団を敷いて寝ていました。この2つを分ける「食寝分離」を唱えたのが、建築学者の西山夘三らです。その考えは、団地のダイニングキッチンにもつながっていきます。

総務省の社会生活基本調査(2021年)によれば、1日で最も長い行動は睡眠で、全国平均は7時間54分、24時間の約33%にあたる[1]。一方、かつての茶の間は、食事のあとに寝室にもなる部屋だった[4]。

この2つは、どうつながるのか。西山夘三らが唱えた「食寝分離」(食べる場所と寝る場所を分ける考え方)が、住宅の設計とダイニングキッチンに結びついていく流れを、生活時間の統計から出発して追う。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ・小学校高学年むけ・中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. 1日で いちばん ながい 時間は、なにを して いる 時間?

1. 1日でいちばん長いのは、眠っている時間

1. 24時間の使い方 ── 睡眠7時間54分は、どう読めるか

1日は 24時間です。そのうち、ねて いる 時間は、日本中の 人の へいきんで 7時間 54分でした[1]。1年に すると、およそ 120日ぶん。ずいぶん ながい ですね。

ごはんを 食べる 時間は 1時間 39分。みの まわりの ことを する 時間は 1時間 24分です[1]。この 3つを たすと、10時間 57分に なります。

24時間から ひくと、のこりは 13時間 3分。アメリカの ねむりの 学会は、小学生に 9時間から 12時間の ねむりを すすめて います[3]。ただし、人に よって ちがいます。

では、のこりの 13時間で、みんなは なにを して いるのでしょう。

2021年に総務省が行った社会生活基本調査では、睡眠は1日平均7時間54分でした(週全体の平均)[1]。24時間に対する割合は約33%、1年に直すと約120日ぶんになります(7.9×365÷24≒120。平均値からの計算です)。

これに、食事(1時間39分)と身の回りの用事(1時間24分)を足すと10時間57分。24時間から引くと、残りは13時間3分です[1]。

平日の平均では、起床が6時38分、朝食の開始が7時11分、夕食の開始が18時58分、就寝が23時4分とされています[2]。

この表は「行動」別で、「場所」別ではありません。そのため「家の中で7時間54分」とは言えませんが、眠る・食べる・身じたくは、多くが家でする行動です。

子どもの睡眠については、厚生労働省の健康情報サイトが、小学生は9〜12時間、中学・高校生は8〜10時間を参考にするよう示しています(米国睡眠医学会の推奨にもとづく)。個人差があるので、あくまで目安です[3]。

では、残りの13時間には、何が入っているのでしょうか。

2021年の社会生活基本調査(週全体の1日平均)では、睡眠は7時間54分で、2016年の7時間40分より14分長い。24時間に占める割合は約33%、1年に換算すると約120日ぶんにあたる(7.9×365÷24≒120。平均値からの概算)[1]。

睡眠に食事(1時間39分)と身の回りの用事(1時間24分)を加えた「1次活動」は10時間57分で、24時間から引くと13時間3分が残る[1]。平日の平均時刻は、起床6時38分、朝食開始7時11分、夕食開始18時58分、就寝23時4分である[2]。

読むときの注意が2つある。1つは、この表が行動別であり、場所別ではない点だ。「家で何時間」とは書けず、睡眠・食事・身の回りの用事を「多くは家でする行動」と言うまでにとどまる。もう1つは、平日の時刻と週全体の平均時間は別の集計で、単純に引き算してつなげないことである。

子どもについては、厚生労働省のe-ヘルスネットが、米国睡眠医学会の推奨にもとづき、小学生で9〜12時間、中学・高校生で8〜10時間を参考にするよう示す。個人差があるため、目安として読む[3]。

では、残りの13時間は何に使われているのか。

2. のこりの 時間には、なにが 入って いるの?

2. 残りの13時間には、家事・くつろぎ・仕事が入っている

2. 家事・休養・在宅勤務 ── 残りの時間の内訳と、調査時期の条件

家の しごとの 「家事」、子そだて、かいものを あわせた 時間は、1日で 2時間 10分です[1]。

6さいより 小さい 子が いる ふうふの 家で、おっとの 家事や 子そだての 時間は、2001年に 48分、2021年に 1時間 54分でした。20年で、2ばいより ふえて います[1]。

ゆっくり くつろぐ 時間も あります。1日で 1時間 57分で、5年前より 20分 ふえました[1]。

家で しごとを する 「テレワーク」を した 人も、しごとの ある 日に 6.7パーセント いました。100人の うち、7人くらいです[1]。

ただし、この しらべは 2021年の 10月です。家に いる 人が 多かった ころの 数字だと、思って 読みます[1]。

ねる、食べる、くつろぐ、しごとを する。むかしの 家では、ごはんと ねる ことは、どこで して いたのでしょう。

家事関連(家事・介護看護・育児・買い物)は、全員の平均で1日2時間10分です。内訳は、家事1時間27分、育児14分、買い物26分。この調査の男性全体の平均は51分、女性全体の平均は3時間24分で、平均どうしでは約4倍の差があります[1]。育児の14分は全員の平均で、子育て中の人の時間ではありません。

6歳未満の子どもがいる夫婦と子どもの世帯に限ると、夫の家事関連時間は、2001年の48分から2021年には1時間54分へ、約2.4倍になりました。育児だけなら25分から1時間5分です。妻は7時間41分から7時間28分へ。差は縮まってきたものの、いまも一定の時間があります[1]。

休養・くつろぎは1日1時間57分で、5年前より20分増えました。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌は2時間8分で、7分減っています[1]。

家が職場になった人もいます。平日に仕事があった人のうち、その日にテレワークをした人は6.7%。テレワークをした人の睡眠は7時間32分で、しなかった人の7時間14分より長く、通勤・通学は4分と1時間7分でした[1]。

この調査は2021年10月に、緊急事態宣言が全地域で解除された直後に行われています。在宅が多かった時期の数字として読む必要があります[1]。

眠る、食べる、くつろぐ、働く。これだけのことを家でするとき、昔の家では、食べる場所と寝る場所はどうなっていたのでしょうか。

睡眠・食事・身の回りの用事を除く13時間3分のうち、家事関連(家事・介護看護・育児・買い物)は2時間10分で、家事1時間27分、育児14分、買い物26分に分かれる。男性全体の平均は51分、女性全体の平均は3時間24分で、平均どうしでは約4倍の開きがある。育児の14分は全員の平均であり、子育て中の人の時間ではない[1]。

変化を見るには、6歳未満の子どもがいる夫婦と子どもの世帯が適している。夫の家事関連時間は2001年の48分から2021年の1時間54分へ約2.4倍(家事7分→30分、育児25分→1時間5分)に増え、妻は7時間41分から7時間28分へわずかに減った。男女差は縮小したが、依然として残る[1]。

休養・くつろぎは1時間57分で、5年前より20分増え、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌は2時間8分で7分減った。家が職場になる例として、平日に仕事があった有業者のテレワーク実施率は6.7%で、実施者の睡眠は7時間32分と、非実施者の7時間14分より長く、通勤・通学は4分と1時間7分で大きく短い[1]。

ただし条件がある。調査は2021年10月16〜24日のうち指定された2日間の行動で、緊急事態宣言が9月末に全地域で解除された直後だった。これらの数字は、在宅が多かった時期のものとして読む必要があり、平時の平均とは限らない[1]。

これだけの行動を家でこなすために、住まいはどう工夫されてきたのか。昔の食事と就寝の場所から見る。

3. むかしの 茶の間では、ごはんの あと どうして いたの?

3. 昔の茶の間は、食事のあと寝室にもなった

3. 茶の間とちゃぶ台 ── 食事と就寝を兼ねる部屋

むかしの 家には、茶の間と いう 部屋が ありました。家族は ちゃぶ台を かこんで、ごはんを 食べます[4]。

食べおわると、ちゃぶ台を かたづけます。夜には、その 同じ 部屋が、ねる 部屋に なりました[4]。

ちゃぶ台は かたづけられます。だから、同じ 部屋を 食べる 部屋にも、ねる 部屋にも できたのです。

1925年には、ちゃぶ台で 食べる 家が、1人ずつの おぜんで 食べる 家より 多く なったと いわれます[4]。ひとつの しりょうの せつめいです。

でも、食べる 場所と ねる 場所を 分けたいと 考えた 人が いました。

夕食の時間、家族はちゃぶ台を囲みます。食べ終わると、ちゃぶ台は片づけられ、同じ部屋が夜には寝室として使われました。茶の間は、食事と就寝を兼ねる部屋だったのです[4]。

ちゃぶ台は、片づけられる食卓でした。部屋の数が多くなくても、道具を出し入れすれば、1つの部屋を1日のうちに別の役目で使えます。

三菱電機の解説によると、1925(大正14)年には、ちゃぶ台で食事をする家庭が、一人ずつの膳(銘々膳)の家庭を上回ったとされます。元の調査が分からない1つの資料の説明なので、「とされる」と受け取ります[4]。

この暮らしに、「食べる所と寝る所は分けたほうがいい」と考えた人たちがいました。

茶の間は、食事のときにちゃぶ台で食べ、夜にはちゃぶ台を片づけて寝室になる、食事と就寝を兼ねる空間だった[4]。ちゃぶ台が片づけられる家具だったから、1つの部屋が時間帯によって役目を替えられた、と読める。

普及の目安として、1925(大正14)年にちゃぶ台で食事をする家庭が銘々膳の家庭を逆転した、という説明がある。ただし元の調査は特定できない1つの資料(三菱電機の解説)の記述であり、「とされる」にとどめる[4]。

この兼用が当たり前の暮らしを、研究の対象にした人物がいる。

4. 食べる 場所と ねる 場所を 分けようと した 人は だれ?

4. 「食べる所」と「寝る所」を分けよう、と唱えた人がいた

4. 西山夘三と住宅営団 ── 食寝分離という考え方

にしやま うぞうさんは、ふつうの 人たちの 住まいかたを しらべました。そして、食べる 場所と ねる 場所を 分ける ことが 大切だと、となえました[5]。

これを 「しょくしん ぶんり」と いいます。「しょく」は 食べる こと、「しん」は ねる ことです。

1941年に できた じゅうたく えいだんも、人びとの 住まいかたを しらべて、同じ 分けかたを すすめました[5][6]。

でも、家は せまいのです。部屋を ふやす ことは できません。どう したら いいのでしょう。

建築学者の西山夘三は、庶民の住まい方を研究し、「食」と「寝」の場所を分ける必要を唱えました。この考え方を「食寝分離」と呼びます[5]。

1941年に設立された住宅営団も、住み方の調査にもとづいて、食寝分離を提案しています[5][6]。

分けるべきだ、という考えはあっても、家は広くありません。部屋を足せないなら、どうやって分ければよいのでしょうか。

西山夘三は庶民住宅の住まい方を研究し、「食」と「寝」の場所の分離、すなわち食寝分離の必要を唱えた[5]。1941年設立の住宅営団も、住み方調査にもとづく食寝分離を提案している[6]。実態の調査から設計の提案へ、という順になっている点が重要である。

だが、考え方があっても、狭い住戸で実現できなければ意味がない。部屋数を増やせない条件のもとで、どう分けるのか。次の章の「台所」が、その答えだった。

5. せまい 家で、どうやって 分けたの?

5. 狭い家で分ける答えは、台所を大きくすること

5. 台所兼食事室 ── 食寝分離と就寝分離を両立させる設計

答えは、台所を 大きく する ことでした。大きく した 台所で ごはんも 食べれば、食べる 場所と ねる 場所が 分かれます[6]。

親と 子の ねる 場所も 分けられます。これを 「しゅうしん ぶんり」と いいます。

この かんがえは、すずき しげふみさんたちが 作った こうえいじゅうたくの 「51Cがた」で、じっさいに 作られました。台所で ごはんを 食べる かたちの もとに なりました[6]。

部屋を ふやすのでは なく、部屋の 使いかたを かえたのです。

答えは、台所を大きくして、食事をする場所を兼ねさせることでした。台所で食べるようにすれば、食べる場所と寝る場所(食寝分離)が分かれます。さらに、親と子の寝室を分ける「就寝分離」も、狭い家で図れます[6]。

この考えは、鈴木成文らの公営住宅「51C型」で実現していました。台所兼食事室は、のちのダイニングキッチン(DK)の元になった形です[6]。

部屋を増やすのではなく、台所の役目を増やす。住まいの工夫としては、大きな発想の切りかえです。では、この形が全国の家に広まったのは、いつ、どうしてでしょうか。

台所を大きくして食事室を兼ねさせれば、食事スペースと寝室の分離(食寝分離)と、家族間の寝室の分離(就寝分離)を、狭い住戸でも両立できる。この考えは、鈴木成文らによる公営住宅の51C型で実施されており、台所兼食事室がダイニングキッチン(DK)の原型になった[6]。

ここで注意したいのは、51C型がいつ、どの程度までDKの直接の原型だったかについて、資料の書きぶりが「原型の1つ」にとどまる点である。51C型だけがDKの出発点だと言い切ることはしない。

設計の考えが生まれても、それが全国の家の形になるには、大量に同じ設計を供給する仕組みが要る。

6. だんちの ダイニングキッチンは、なにが ちがったの?

6. 団地のダイニングキッチンが、食卓を椅子とテーブルに変えた

6. 日本住宅公団と濱口ミホ ── ダイニングキッチンの普及

1955年、日本じゅうたく こうだんが できました。台所と 食べる 場所を 1つに した 部屋を 「ダイニングキッチン」と よんで、きまった せっけいに とり入れました[6]。名前を つけたのは、ほんじょう かずひこさんです。

これを きっかけに、全国に ひろがって いきました。そのころの 日本は、住む 家が 270万戸も たりない じだいでした[6]。

けんちくかの はまぐち ミホさんは、家の しごとを 少しでも らくに したいと 考えて、いすと テーブルの くらしを すすめました[6]。

ちゃぶ台で 食べて、その 部屋で ねる くらしから、いすに すわって 食べる、食事の ための 場所へ。これが だんちの ダイニングキッチンの ちがいです[7]。

むかしは 同じ 部屋で していた 食べる ことと ねる ことが、べつの 場所で できる 家が 広がって いきました。

1955年に設立された日本住宅公団は、台所兼食事室を「ダイニングキッチン」と表記して標準設計に取り入れました。これをきっかけに、全国に広まっていったとされています。名前をつけたのは、初代設計課長の本城和彦です。この年の住宅不足は、なお270万戸でした[6]。

この形を後押しした人に、建築家の濱口ミホがいます。女性の家事の負担を軽くしたいという思いから、イスとテーブルの暮らしを提案し、自分でも実践して、公団のダイニングキッチンの開発に力を尽くしました[6]。

形の原点は、ドイツ語圏の「ヴォーン・キュッヘ」(居間を兼ねた台所)にあるともいわれます[6]。

UR都市機構の説明では、団地のダイニングキッチンは、食事をする茶の間で寝る暮らしから、椅子式の食事専用の場へと変えたものです[7]。昭和30年代に、日本の食事は「ちゃぶ台×和室」から洋風の「ダイニング・キッチン」へ移っていき、きっかけは公団住宅だったとされます[4]。

食べる部屋と寝る部屋を分けたい、という考えが、形になって広がっていった。1日の約3分の1を眠って過ごす私たちの家は、そうした工夫の上にあります。

日本住宅公団(1955年設立)は、台所兼食事室を「ダイニングキッチン」と表記して標準設計に全面的に取り入れ、これをきっかけに普及していったとされる。命名は初代本社設計課長の本城和彦とされる。昭和30年の時点でも、住宅は270万戸が不足していた[6]。標準設計は、同じ形の住戸を大量につくるのに向いており、考え方が全国に広がる条件になったと考えられる。

この開発に力を注いだ建築家の濱口ミホは、戦後の新しい住まいを考えるうえで女性の家事労働の軽減に着目し、イスとテーブルによる暮らしを提案・実践していた。形の原点はドイツ語圏のヴォーン・キュッヘ(居間兼台所)にあるといわれる[6]。

その結果、食事のあり方が変わった。UR都市機構の説明では、食事をする茶の間で就寝する従来の様式から、椅子式の食事専用のダイニングキッチンへ移った[7]。昭和30年代に日本人の食様式が「ちゃぶ台×和室」から洋風のダイニング・キッチンへ移り、そのきっかけは公団住宅だったとされるが、この記述は企業の解説であり、一次の統計ではない[4]。

統計が示す1日の約3分の1の睡眠と、「食べる所と寝る所を分ける」住まいの工夫は、一続きの話である。1日の使い方が、部屋の使い方を考える出発点になってきた。

24時間の 時計を 絵に して みよう

自分の家の1日を、時計の絵にしてみると

自分の1日を、調査の区分に当てはめて記録してみる

おうちで

紙に 大きな まるを かいて、24時間の 時計に します。ねる、食べる、あそぶ、べんきょう、おてつだいを、色で ぬり分けて みましょう。いちばん 広い 色は、どれでしょう。7時間 54分の ねむりと、見くらべて みます。

家の 人に 1日の ようすを きいて、同じ 時計に して みても おもしろいです。いろいろな 1日が あります。

家の 中で

どの 部屋で ごはんを 食べて、どの 部屋で ねて いるか、見まわして みましょう。むかしの 茶の間と、くらべて みます。

しらべる ときは

そうむしょうの とうけいきょくの ホームページで、「生活時間の しらべ」を さがして みましょう。日本中の 人の、ねる 時間や 食べる 時間の へいきんが のって います。自分の 円グラフは、自分の 1日の きろくとして 見て ください。

家でできること

24時間の円を描いて、睡眠・食事・身じたく・勉強・遊び・手伝いを色分けしてみましょう。いちばん広い色は何か。総務省の7時間54分と比べると、自分の1日の特徴が見えてきます。起きた時刻や夕食の時刻を、平日の平均(6時38分、18時58分)と比べてもおもしろいでしょう。

家族の1日も聞いて、同じ円にしてみると、1日の使い方には人それぞれの形があることが分かります。

家の中でできること

家の中で、食べる場所と寝る場所がどの部屋かを確かめ、茶の間のころの暮らしと比べてみましょう。台所に食卓がある家は、ダイニングキッチンの考え方が残っている形です。

調べるには

総務省統計局の「社会生活基本調査」の結果の要約は、日本語で誰でも読めます。UR都市機構の住宅史の資料からは、住まいの工夫の流れをたどれます。

家でできること

1日を、睡眠・食事・身の回りの用事・家事・くつろぎ・学習などに区切って、自分の生活時間を記録してみる。総務省の平均(睡眠7時間54分、食事1時間39分、身の回りの用事1時間24分)と比べ、どこが長く、どこが短いかを見る。同じ表に家族の分を足せば、1日の使い方の幅が見える。

住まいを観察するなら

自分の家で、食べる場所と寝る場所が別の部屋かどうかを確かめる。台所に食卓があれば、ダイニングキッチンの考え方が残っている。

資料を読むなら

総務省統計局「令和3年社会生活基本調査」の結果の要約は、行動別の表と、調査時期の条件(緊急事態宣言の解除直後)を確かめられる。UR都市機構の住宅史パネル(食寝分離・51C型・ダイニングキッチン)も、日本語で読める。表が「行動別」であること、時期の条件を、数字の前に確かめたい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

1日の使い方の数字は総務省統計局の調査結果、食寝分離からダイニングキッチンの話は、UR都市機構の住宅史資料・事典の解説・企業の解説による。

  1. 総務省統計局「令和3年社会生活基本調査 生活時間及び生活行動に関する結果 結果の要約」 https://www.stat.go.jp/ (1日の生活時間・家事・くつろぎ・テレワーク)
  2. 千葉県「令和3年社会生活基本調査結果」(全国値を併記) https://www.pref.chiba.lg.jp/ (平日の起床・食事・就寝の平均時刻)
  3. 厚生労働省 e-ヘルスネット「こどもの睡眠」 https://kennet.mhlw.go.jp/ (子どもの睡眠時間の目安)
  4. 三菱電機「日本人の食卓―100年の歩み」 https://www.mitsubishielectric.co.jp/ (茶の間・ちゃぶ台・昭和30年代の変化)
  5. artscape 用語解説「nLDK」 https://artscape.jp/artword/7063/ (西山夘三と食寝分離)
  6. UR都市機構 住宅史パネル(p12-13) https://www.ur-net.go.jp/ (住宅営団・51C型・日本住宅公団とダイニングキッチン)
  7. マイナビニュース「団地」解説記事(UR都市機構の解説) https://news.mynavi.jp/ (椅子式の食事専用のダイニングキッチン)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。