1. しょっぱさを つくって いるのは、塩の なに?
1. しょっぱさをつくっているのは、塩の成分のうちナトリウム
1. 塩味の引き金はナトリウムイオンである:塩化物イオンは別の味にかかわる
食塩は、ナトリウムと、えんかぶつという ふたつの ちいさな つぶが くっついて できて います。みずに とけると、ふたつは ばらばらに なります。
マウスの けんきゅうでは、しょっぱいと かんじる もとに なるのは、このうち ナトリウムの ほうだと されて います。舌の 細胞が ナトリウムを うけとると、「しょっぱい」と いう ちからが うまれます[1]。
では、えんかぶつの ほうは なにも しないのでしょうか。じつは、あまさや うまみの ほうに かかわる、と いう けんきゅうが あります[1]。
どちらも マウスの けんきゅうです。ひとで かくにんされた わけでは ありません。
食塩は、ナトリウムイオンと塩化物イオンが結びついたものです。水に溶けると、ふたつはばらばらになって舌の上に広がります。
このうち、舌の味細胞にある塩味の受容体に結びついて塩味をつくるのは、マウスの研究では、ナトリウムイオンのほうだと説明されています[1]。ヒトで同じかどうかは、まだ決まっていません。受容体とは、外から来た物質を受けとって、細胞に合図を出す部品のことです。
では、塩化物イオンは何もしないのでしょうか。2023年に、岡山大学などの研究グループは、塩化物イオンが甘味やうま味の受容体に結びつくことを報告しました[1]。つまり食塩は、ナトリウムで「しょっぱい」、塩化物イオンで「甘い・うまい」の側にも、舌へ合図を送っている可能性があります。
ただしこの結果は、メダカやマウスの研究から得られたものです。それでは、しょっぱさの合図は、舌の中でどのように作られ、脳へ向かうのでしょうか。
2. 舌で うけとった しょっぱさは、どうやって 脳に とどくの?
2. 舌の細胞から脳へ:ナトリウムが入ると電気の合図が生まれる
2. ENaCから味神経へ:ナトリウム流入が活動電位とATP放出を起こす
舌の ひょうめんには、味蕾と いう ちいさな ところが あります。その なかに、しょっぱさを うけもつ 細胞が いると、マウスの けんきゅうで わかりました[2]。
この 細胞には、ナトリウムだけが とおれる 小さな ドアが あります。ナトリウムが ドアを とおって なかに はいると、でんきの ような あいずが うまれます[2]。
あいずは、べつの ドアから「ATP(エーティーピー)」と いう ものを だします。これを 神経が うけとって、脳に しらせます[2]。
この ドアを なくした マウスは、ナトリウムの はいった みずを すきに ならなくなりました[3]。ドアが たいせつな やくわりを して いる ことが わかります。
マウスの舌の味蕾には、ENaC(イーナック)というナトリウムを通す穴と、CALHM1/3(カルムワン・スリー)という別の穴を、両方もっている細胞があります。この細胞が、塩味を担う「塩味細胞」だと、2020年にJSTと京都府立医科大学のグループが報告しました[2]。
食塩のナトリウムがENaCから細胞の中に入ると、電気的な信号が生まれ、さらに活動電位へと変わります。すると、CALHM1/3の穴からATPという物質が細胞の外へ出て、それを味神経が受けとり、脳へ塩味が伝わります[2]。
この道すじが本当に大事なのかは、穴を壊したマウスで確かめられました。味細胞でENaCの一部を欠くようにしたマウスは、ナトリウムを含む塩への好みも、味神経の反応も、失いました。一方で、ナトリウム以外の塩への反応は残りました[3]。
これで、しょっぱさの入口は説明できたように見えます。ところが、同じマウスが、濃い食塩水にはまだ少し反応を示すという結果も出てきました。濃い塩水は、そもそも好まれるのでしょうか。
JSTと京都府立医科大学の2020年の報告によれば、マウスの味蕾で、上皮型ナトリウムチャネルENaC(イーナック)とCALHM1/3チャネルを共に持つ細胞が塩味細胞である。食塩のナトリウムがENaCを介して細胞内に流入すると電気的な信号が生じ、さらに活動電位へと変わり、CALHM1/3を通して神経伝達物質のATPが放出される。ATPが味神経へ信号を伝え、塩味が脳へ伝わる[2]。
この経路の必要性は、遺伝子改変マウスで示された。味細胞でENaCのα型を欠くマウスは、ナトリウム塩への好みと味神経の応答を失った。その一方で、ナトリウム以外の塩への応答はすべて残った[3]。そのため、ENaCは「ナトリウムの検出」に特化した入口だと解釈できる。
ところが、同じ研究の中で、ENaCを欠くマウスが240ミリモーラーや480ミリモーラーの高濃度の食塩には、弱いながら好みを示すことも見つかった[2]。質量濃度に直すと、約1.4%と約2.8%に当たる(塩化ナトリウムのモル質量58.44 g/molから計算した値)。ENaCだけでは、塩味のすべては説明できない。
それでは、濃くなった塩を、動物はどう受けとり、なぜ嫌うのか。次の章でそれを見る。
3. こい 塩は、どうして いやに なるの?
3. 濃い塩水では、酸っぱさと苦さの細胞も動いている
3. 高濃度の塩への嫌悪は、酸味細胞と苦味細胞の活性化が支える
うすい しおみずは すきでも、こすぎる しおみずは いやだ。マウスでは、この しくみが しらべられて います。
マウスで しらべると、しおが こく なった とき、「すっぱい」を うけもつ 細胞と「にがい」を うけもつ 細胞も はたらき だす ことが わかりました[4]。
この ふたつの 細胞の どちらかを とめると、こい しおを いやがる ようすが よわく なりました。りょうほうを とめると、いやがらなく なりました[4]。
つまり「こい しおは、しょっぱいだけでなく すっぱくて にがい」と あたまが うけとり、「これは たべない ほうが いい」と おしえて くれて いる のかも しれません。
薄い食塩水は好まれるのに、濃すぎる食塩水は嫌がられます。マウスを調べたコロンビア大学のグループは、2013年に、高い濃度の塩が、酸味を感じる細胞と、苦味を感じる細胞も活性化させることを報告しました[4]。
その確かめ方は、細胞を一つずつ止めてみるものでした。酸味の細胞か苦味の細胞のどちらかを働かなくすると、高濃度の塩への嫌悪は弱まりました。両方を止めたマウスは、高濃度の食塩水への嫌悪を完全に失いました[4]。
これは、しょっぱさの「濃さの度合い」を1本の線で測っているのではなく、複数の味の細胞に分けて受けとっている、と読めます。濃い塩水の嫌な感じには、酸っぱさや苦さの成分が混ざっているのかもしれません。
先ほどの2020年の研究では、ENaCがなくても高い濃度の塩に弱い好みが残りました[2]。つまり、濃い塩の味は、ENaCだけでなく、いくつもの経路で決まっていると考えられます。ここまでナトリウムの話をしてきましたが、塩化物イオンのほうは、何をしているのでしょうか。
低濃度の塩は好まれ、高濃度の塩は忌避される。この濃度による逆転の機構について、コロンビア大学のグループが2013年に報告したのは、高濃度の塩が、すでに見つかっていた酸味細胞と苦味細胞を活性化するという事実である[4]。
酸味細胞または苦味細胞の一方を止めると、高濃度の塩への嫌悪は弱まった。両方を止めたマウスは、嫌悪を完全に失った[4]。つまり高濃度の塩では、塩味細胞の合図だけでなく、酸味と苦味の経路も、塩を嫌う反応に関わると考えられる。
前の章の、ENaCを欠く個体が高濃度ではまだ好みを残す結果[2]と合わせると、低濃度ではENaCがナトリウムの検出を担い、高濃度ではENaCに頼らない仕組みと酸味・苦味の経路が加わる、と整理できる。ただし、高濃度側で好みを担う受容体そのものは、まだ特定されていない。
では塩化物イオンは、どんな役割を果たしているのか。その手がかりは、薄い食塩水が甘くなる、あの現象にあった。
4. しおの もうひとつの つぶは、あまさに かかわるの?
4. 塩化物イオンは、甘さの経路にかかわっている
4. 塩化物イオンは甘味・うま味受容体に作用する:0.006〜0.05%の意味
さいごに、えんかぶつの ほうを みて みます。マウスの けんきゅうでは、うすい えんかぶつの みずが、「あまい」を つたえる 神経を はたらかせました[1]。
この うすさは、100グラムの みずに、えんかぶつの つぶが 0.006グラム から 0.05グラム ほど はいって いる こさです[1]。ひとが「うすい しおみずは あまい」と かんじる こさと、よく あって いると いわれます。
ただし マウスと メダカの けんきゅうで、ひとでは これから たしかめる ところです。
ほかにも、えんかぶつを とおす TMC4という あなが あり、これを なくした マウスは、こい しおみずへの 神経の はたらきが よわく なりました[5]。
岡山大学などの研究では、塩化物イオンは甘味とうま味の受容体に共通する部分に結びつき、マウスでは薄い塩化物イオンの水が甘味の神経を反応させました[1]。
反応する濃度は0.006〜0.05%でした。これは、薄い食塩水が甘く感じられるという人の経験と、濃さの範囲が一致します[1]。0.05%は、水1リットルに塩0.5グラムほど(一円玉の半分の重さ)です。計算すると、前の章で出てきた約1.4%の濃さの、およそ28分の1です。
ただしこれはメダカとマウスでの研究で、ヒトでの確認はこれからとされています[1]。
塩化物イオンの別の働きも見つかりつつあります。東京大学のグループは、塩化物イオンを通すTMC4という穴が味蕾に多くあることを示し、これを欠いたマウスでは、高濃度の食塩水への舌咽神経の反応が弱かったと報告しました[5]。塩化物イオンも、舌の味づくりに関わっているようです。
これらの仕組みは、人の舌でも同じなのでしょうか。
岡山大学などの研究では、塩化物イオンが甘味受容体とうま味受容体に共通する部分に結合した。マウスでは、薄い塩化物イオン水が甘味神経を反応させた。働く濃度は0.006〜0.05%で、これは、ヒトが薄い食塩水を甘く感じる濃度とよく一致するとされる[1]。
この濃度を検算すると、0.05%は水1リットルに0.5グラムで、前章の約1.4%(240ミリモーラー)の約28分の1に当たる。つまり、塩味細胞が働く濃さよりもずっと薄いところで、別の経路が先に動いていることになる。ただし研究はメダカとマウスであり、ヒトでの確認はこれからである[1]。
塩化物イオンの別の経路として、東京大学のグループが報告したTMC4がある。電位依存性の塩化物イオンチャネルで、味蕾に多く発現する。Tmc4を欠くマウスは、高濃度のNaClに対する舌咽神経の応答が有意に弱かった[5]。
したがって、食塩の味は、ナトリウムの検出に加え、塩化物イオンの経路や酸味・苦味の経路が重なってできている可能性がある。しかしこれらは主にマウスの結果である。ヒトの舌では、どこまで同じなのか。
5. ひとの 舌でも、おなじ しくみなの?
5. 人の舌で、塩味の受容体は何なのか:まだ決着していない
5. ヒトでENaCは塩味受容体として働くか:研究が割れている
じつは、ひとの 舌では、まだ はっきり して いません[6]。
ENaCの ドアを ふさぐ くすり(アミロライド)を つかうと、しょっぱさが よわく なると いう けんきゅうが あります。いっぽうで、ほとんど かわらない と いう けんきゅうも あります[6]。
だから、「ひとの しょっぱさの ドアは これだ」と いいきる ことは、まだ できません。しらべる ことが まだ のこって いる、と いう こと です。
ここまで見てきた塩味の仕組みの多くは、マウスで確かめられたものです。人の舌で、ENaCが塩味の受容体として働くのかは、まだ決まっていません。
ENaCを止める薬(アミロライド)を使うと、人でも塩味が弱まるとする研究があります。一方で、塩味はほとんど変わらなかったとする研究もあり、結果が割れています[6]。
つまり、「ナトリウムの合図が舌の細胞に入って、脳へ届く」という大きな筋は確かでも、人の塩味受容体の正体は、これからの研究に残されています。濃い側の主要な受容体も、まだ見つかっていません。
6. じぶんで たしかめて みよう
6. 塩水の濃さを変えて、味の変わり目を探してみる
6. 濃度を少しずつ変えて、味の変化を記録する
きょう できる こと
おうちの ひとと いっしょに、コップ1ぱい(200ミリリットルくらい)の みずに、塩を ひとつまみ(0.5グラムくらい)だけ いれて みましょう。すこし なめて、どんな あじか ことばに して みます。
つぎに、塩を ほんの すこし ふやして、また なめて みます。ふやすのは ぜんぶで 3かいまでに しましょう。どこで「しょっぱい」に なるか、いやに なる あじに なるか、ノートに かいて みましょう。のみこまず、なめたら ぺっと だして かまいません。
「あまい」と かんじる ひとも、かんじない ひとも いる はずです。どちらでも まちがいでは ありません。
しらべる とき
「サイエンスポータル」と いう サイトに、えんかぶつが あまさや うまみに かかわる ことを しょうかいした きじが あります。おうちの ひとと いっしょに、「どんな みずで、なにが はたらいたか」に ちゅうもくして よんで みましょう。
今日できること
家の人と一緒に、コップ1杯(約200ミリリットル)の水に塩をひとつまみ(約0.5グラム)入れ、舌の先で味をみます。3回までに分けて塩を足し、「何も感じない」「少しだけ甘い気がする」「しょっぱい」「嫌になる」の変わり目をノートに書きます。味を見たら、飲みこまずに出して構いません。
甘さを感じるかどうかは、人によって違うはずです。薄い側で感じる甘さは、塩化物イオンの働きかもしれませんが、これだけでは確かめられません。
資料を読むなら
岡山大学などの2023年の研究は、サイエンスポータルの紹介記事[1]が日本語で読めます。JSTの2020年の発表[2]には、ENaCとCALHM1/3の話があります。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- サイエンスポータル「塩化物イオンが甘味・うま味の受容体に結合」(岡山大学ほか eLife 2023 の紹介). https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20230315_n01/ (塩化物イオンと甘味・うま味、濃度)
- JST・京都府立医科大学 発表(2020年3月31日). https://www.jst.go.jp/pr/announce/20200331/index.html (ENaC・CALHM1/3、高濃度の塩への好み)
- Chandrashekar J et al. Nature 2010. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2849629 (ENaCを欠くマウスの実験)
- Columbia University Irving Medical Center ニュース(Oka et al. 2013 の紹介). https://www.cuimc.columbia.edu/news/scientists-discover-how-animals-taste-and-avoid-high-salt-concentrations (高濃度の塩と酸味・苦味の細胞)
- 東京大学 発表(TMC4). https://www.a.u-tokyo.ac.jp/english/topics_e/topics_e_20210825-1.html (塩化物イオンを通すTMC4)
- Does ENaC Work as Sodium Taste Receptor in Humans? (2020 review). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7230849/ (ヒトでのENaCをめぐる議論)
なおした ところ
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