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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

やきそばは、なぜ ゆでずに みずを かけて やくの?

焼きそばは、なぜゆでずに水をかけて焼くのか ── 肉なし、キャベツだけの屋台焼きそばから袋の麺まで

焼きそばはなぜゆでずに作るのか ── 蒸し麺の戻し方、ソースの区分、屋台から袋麺・カップ麺までの来歴

分野:歴史・文化

やきそばの ふくろの うらを 見ると、「めんを ゆでてください」とは 書いて いません。「みずを かけて、ほぐしながら やく」と 書いて あります。

どうして ゆでないのでしょう。むかしの とうきょうの やきそばは、ぐが キャベツだけだったと いわれて います。めんと みずと ソースの ひみつ、そして おうちの だいどころに とどくまでの みちが わかります。

袋入りの焼きそばの作り方には、麺をゆでる手順がありません。フライパンで野菜や肉を炒め、麺に水をかけてほぐし、最後にソースをからめます[1]。しかも、1935年ごろの東京の焼きそばは、具がキャベツだけで肉は入っていなかったといわれます[2]。

どうしてゆでないのでしょうか。そして、キャベツだけの子ども向けの一皿は、どうやって家庭の定番になったのでしょうか。麺・水・ソースの順に手順の理由を考え、屋台から袋麺・カップ麺までの道のりが分かります。

市販の袋入り焼きそばの調理手順には、麺をゆでる工程がない。炒めた野菜の上に麺をのせ、水をかけてほぐしながら火を通し、最後に粉末ソースを混ぜる、というのが販売元の公式レシピの流れだ[1]。さらに、1935年ごろの東京の焼きそばは、具がキャベツだけで肉を含まなかったといわれる[2]。

なぜゆでずに水をかけるのか。キャベツだけの屋台の一皿は、どのような条件が重なって家庭料理になったのか。麺・水・ソースの設計と、屋台から袋麺・チルド麺・カップ麺に至る道筋から、現在の作り方の理由と、出典どうしで食いちがう部分が分かる。

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1. どうして ゆでずに、みずを かけるの?

1. 袋の手順には「ゆでる」がない

1. 市販の焼きそばの手順 ── ゆでずに水をかけてほぐす

マルちゃんの こうしきの つくりかたを 見ると、じゅんばんは こうです[1]。

まず ぶたにくと やさいを いためます。つぎに やさいの うえに、めんを のせます。その うえから みずを かけて、めんの まわりから ほぐしながら、みずが なくなるまで いためます。さいごに ひを よわめて、ソースを かけて まぜます。

ゆでる おなべは でて きません。かわりに、フライパンの なかで みずを つかって ほぐして います。

みずの りょうは、しょうひんや 人数で ちがいます。この レシピでは 60ミリリットルでした。

では、この めんは ふつうの めんと なにが ちがうのでしょう。

東洋水産のマルちゃんが公開している焼そばのレシピは、まず豚肉と野菜を炒めます。次に野菜の上へ麺をのせ、その上から水(このレシピでは60ml)をかけ、麺の周りからほぐしながら、水がなくなるまで炒めます。最後に火を弱め、粉末ソースをかけて混ぜます[1]。

ゆでる鍋は出てきません。かわりに、フライパンの中で水を使って麺をほぐしています。水の量は商品や人数によって変わるので、60mlという数字はこのレシピの場合の話です。

ここで、ひとつ疑問がわきます。水を入れる理由は、レシピには書かれていません。ヒントは麺そのものにありそうです。焼きそばの麺は、そもそもふつうの麺と何が違うのでしょうか。

販売元の公式レシピによると、手順は次のとおりである。豚肉と野菜を炒め、野菜の上に麺をのせて水(このレシピでは60ml)をかけ、麺の周りからほぐしながら水がなくなるまで炒め、火を弱めてから添付の粉末ソースを混ぜる[1]。水量は商品や人数で変わるため、60mlは一例にすぎない。

ここには、ゆでる工程がない。麺は袋から出した状態で、野菜の上に置かれる。つまり、水の役目は「ゆでること」ではなく「ほぐすこと」だと読める。ただし、レシピは手順を示すだけで、水をかける理由までは書いていない。理由を考えるには、麺の側の事情を見る必要がある。

では、焼きそば用の麺は、ふつうの麺と何が違うのか。

2. やきそばの めんは、もう むして ある

2. 焼きそばの麺は、すでに蒸してある

2. 蒸し麺と油処理 ── ゆで麺との違いと地域差

やきそばの めんは、そばでは ありません。こむぎこで つくった、ちゅうかめんです[2]。

ちゅうかめんには、なまめん、かんそうめん、あげめん、むしめんなどが あります。むしめんは、なまめんを むした ものです。みずけが すくないので、やきそばに むいて いると いわれます[3]。

うって いる やきそばの めんは、むして あるうえ、ほぐれやすいように あぶらが ぬって ある ものが おおいそうです。ただし、ウィキペディアでは、きんきちほうで あぶらを ぬらない ゆでめんも よく つかわれると しょうかいされて います[2]。

つまり、ふくろの めんは、すでに ひが とおって います。だから、ゆでずに すぐ いためられるのでしょう。

では、ほぐすのに みずを かけるのは、なぜでしょう。

焼きそばの麺は、そばではなく小麦粉で作った中華麺です。中華麺には、生麺・乾麺・揚げ麺・蒸し麺などの種類があります。蒸し麺は生麺を蒸したもので、水分が少ないため、焼きそばに向くと説明されています[3]。

焼きそば用に売られている麺は、蒸したうえで、ほぐしやすいように油処理がしてあるものが多いそうです。ただし、すべてがそうではありません。Wikipediaには、近畿圏では油処理をしていないゆで麺もよく使われる、と書かれています[2]。

中華麺は、かん水というアルカリ性の水を使って作ります。そのおかげで、かんだときの手ごたえや弾力が出ます。かん水の話は別のメモにゆずります。

要するに、袋の麺はすでに火が通っています。ゆで直す必要がないのは、そのためと考えられます。では、すでに火が通っている麺に、水をかけるのはなぜでしょうか。

焼きそば用の麺は、そばではなく小麦粉の中華麺である。中華麺の種類には生麺・乾麺・揚げ麺・蒸し麺などがあり、蒸し麺は生麺を蒸したもので、水分が少ないために焼きそばに適すると説明される[3]。水分が少なければ、フライパンで炒めても水っぽくなりにくい、という理屈は通るが、ここは推測の範囲だ。

流通する焼きそば用の麺は、蒸したうえで、ほぐしやすいように油処理されているものが多い。ここで「多い」と書くのは、Wikipediaが、近畿圏では油処理なしのゆで麺もよく使われると述べているからだ[2]。つまり、「焼きそばの麺=油処理した蒸し麺」とは言い切れず、地域や商品で違う。

中華麺はかん水(アルカリ塩水溶液)を使って作られ、かむ手ごたえや弾力が出る[3]。かん水については別のメモで詳しく扱ったので、ここでは深入りしない。

とすると、袋の蒸し麺はすでに加熱済みなので、ゆでる必要がない。それなのに、なぜ水をかけるのか。次は、水とソースの順番を見る。

3. ソースは、いつ いれるの?

3. 水がなくなってから、火を弱めてソースを入れる

3. ソースの区分と入れる順番 ── JASの粘度と、焼き色の説明

みずを かけるのは、おそらく めんを ほぐす ためです。みずが ゆげに なると、くっついた めんが はなれやすく なると かんがえられます。ただし、これは レシピから よみとった かんがえです。

レシピで たしかなのは、じゅんばんです。ソースは みずが なくなってから、ひを よわめて いれます[1]。みずが のこって いると ソースが うすまって しまうから、と かんがえられます。

ところで、ソースにも しゅるいが あります。にほんの きまりでは、さらさらの ものが ウスターソース、すこし とろっと した ものが ちゅうのうソース、どろっと した ものが のうこうソースです[4]。

ソースには、さとうなども はいって います。あつい てっぱんや フライパンで こげると、こうばしい においが します。この においの もとは「メイラードはんのう」と よばれる はんのうだと せつめいされます[6]。

では、この ソースを かけた やきそばは、いつ、どこで うまれたのでしょう。

水がどんな役目をしているのか、レシピには書かれていません。麺の周りからほぐしながら炒めるという手順を見ると、水は麺をほぐすための道具だと考えられます。水が蒸気になれば、くっついた麺が離れやすくなるのでしょう。日清食品が、袋入りの焼きそばを「フライパンで焼きながら戻すという発想から生まれた」と説明している点も、同じ方向を向いています[8]。

はっきり書かれているのは順番です。ソースは水がなくなってから、火を弱めて入れます[1]。水が残っていると、ソースが薄まってしまうからだと考えられます。

ソースには種類があります。農林水産省の日本農林規格(JAS)は、粘度が0.2Pa・s未満をウスターソース、0.2以上2.0Pa・s未満を中濃ソース、2.0Pa・s以上を濃厚ソースと分けています[4]。つまり、さらさらかどろりかは、数字で決まった区分です。

ソースには砂糖や香辛料も入っています。熱い鉄板やフライパンで焼けて香ばしい香りがするのは、食品中のアミノ酸と糖が加熱で起こす「メイラード反応」で説明される現象です[6]。ただし、これは一般的な反応から考えられる説明です。農林水産省の資料はアクリルアミドの文脈でこの反応を説明しているもので、焼きそばでの寄与を調べたものではありません。

こうした手順を整えたソース焼きそばは、いつ、どこで生まれたのでしょうか。

水の役目については、公式レシピに理由の記述がない。麺の周りからほぐしながら炒める手順から、水は麺をほぐす役を担うと読むのが自然だ。日清食品が袋入り焼きそばを「フライパンで焼きながら戻すという発想から生まれた」と説明していることも、水を使って麺を調理中に整える方向と矛盾しない[8]。ただし、蒸気でほぐれるという仕組みは、あくまで推論である。

書かれているのは順番だ。ソースは水がなくなってから、火を弱めて加える[1]。水が残るとソースが薄まるため、と考えられるが、これも推測である。

ソース類の分類は、農林水産省の日本農林規格(JAS)が粘度で定めている。粘度が0.2Pa・s(パスカル秒)未満がウスターソース、0.2以上2.0未満が中濃ソース、2.0以上が濃厚ソースである。原料は野菜・果実の搾汁やピューレに、砂糖類・食酢・食塩・香辛料を加えた液体調味料だ[4]。区分は粘度の数字だけで決まり、味では決まらない。

ソースが鉄板で焦げて香ばしくなる現象は、メイラード反応(アミノカルボニル反応)で説明される。アミノ酸と、果糖・ブドウ糖などの還元糖が、揚げる・焼く・焙るといった加熱で起こす反応である[6]。ただし、農林水産省の資料はアクリルアミドの生成を説明する文脈で、この反応に触れている。焼きそばでの寄与を測った分析ではないので、ソース焼きそばに当てはめるのは一般論の応用にとどまる。

手順と原理を押さえたところで、視点を変えて、この料理がどこで生まれたのかを見る。

4. さいしょの やきそばには、おにくが なかった?

4. 子ども向けの屋台の一皿には、肉が入っていなかった

4. 大正末〜昭和初期の東京 ── どんどん焼きの屋台と、キャベツだけの焼きそば

ソースやきそばは、むかしの とうきょうの したまちで、こどもむけの おこのみやきの やたいから はじまったと みられて います[2]。たいしょうの おわりから しょうわの はじめごろ、いまから 100ねんほど まえです。ただ、ただしい ねんは はっきりしません。

1935ねんごろには、とうきょうで やきそばせんようの やたいが はやりました。あさくさの おこのみやきの おみせでも だされたそうです[2]。

そのころの やきそばは、ぐが キャベツだけで、おにくは はいって いなかったと いわれます。

1936ねんには、やきそばの おみせを ひらく ひとの ための ほんも でました[7]。そんなに にんきが あったのです。

では、みせの やきそばの ソースは、どんな ソースだったのでしょう。

ソース焼きそばの起源は、お好み焼きの屋台にあるとみられています。東京の下町で、子ども向けのお好み焼き(どんどん焼き)として売られた屋台から提供され始めたと考えられています。時期は大正末期から昭和初期、つまり1920年代ごろとみられますが、正確な年ははっきりしません[2]。

1935年(昭和10年)には、東京で焼きそば専用の屋台が流行し、浅草のお好み焼き店でも焼きそばが出されていました。そのころのソース焼きそばは、具がキャベツだけで、肉は入っていなかったそうです[2]。

人気は店づくりの本にも現れます。1936年には、焼きそば専門店の開業案内を書いた指南書が出版されています[7]。

ちなみに、Wikipediaによると、研究者の塩崎省吾氏は、米騒動で小麦粉が値上がりした1918年に、比較的安い中華麺で焼きそばが生まれたと想定しています。ただしこれは推測で、確かな記録というわけではありません[2]。

当時の屋台では、どんなソースが使われていたのでしょうか。そもそもウスターソースは、どこから来たのでしょう。

ソース焼きそばは、東京の下町で子ども向けのお好み焼き(どんどん焼き)を売る屋台から出始めたとみられている。時期は大正末期から昭和初期の1920年代とされるが、正確な年は明らかでない[2]。

では、いつごろ広まったのか。1935年(昭和10年)には東京で焼きそば専用の屋台が流行し、浅草のお好み焼き店も焼きそばを出していた。この頃のソース焼きそばは具がキャベツだけで、肉は入っていなかった[2]。さらに、1936年には焼きそば専門店の開業指南書が出版され、浅草を中心に提供する店が増えていたことがうかがえる[7]。

誕生年については仮説がある。Wikipediaによると、研究者の塩崎省吾(しおざきしょうご)氏は、米騒動で小麦粉が高騰した1918年に、比較的安価だった中華麺を使って焼きそばが生まれたと想定している[2]。ただし、これは想定であり、年を確定できる記録ではない。1920年代説と1918年説がある。

キャベツだけの麺に味をつけたのは、何だったのか。そもそもソースは、どこから来た調味料なのか。

5. やきそばの ソースは、どうやって できたの?

5. ウスターソースから、焼きそば専用ソースへ

5. ウスターソースの来歴と、焼きそば専用ソース ── 同社の説明を読む

ソースの もとの ウスターソースは、イギリスの ウスターシャという ところで うまれたと つたえられて います。ブルドックソースの しょうかいでは、ひとりの しゅふが、あまった やさいや くだものを スパイスと いっしょに つぼに いれて おいたら、とけあって えきたいに なった、という むかしばなしです[5]。

にほんには、めいじの ころに はいって きました。そして、ちゅうのうソース、とんかつソース、おこのみやきソース、やきそばソースと、つかいみちごとに わかれて いきました。

やきそば せんようの ソースは、1959〜60ねんごろ、ひろしまで うまれました。オタフクソースによると、デパートの ちかの やきそばやさんの おじさんが、こう はなしたそうです。「ウスターソースだと すっぱくて からい。おこのみソースだと すこし あまくて べたつく。」

そこで オタフクは、ふたつを まぜて、しょうゆを くわえました。にほん はじめての やきそばソースだと、この かいしゃは せつめいして います[7]。

おみせの ひとことが、ソースを うんだのです。

ウスターソースの名は、19世紀初めのイギリス、ウスターシャ地方に由来するといわれます。ブルドックソースが紹介する起源話では、ある主婦が、余った野菜や果物をスパイスと一緒に壺に保存していたところ、溶け合って見たことのない液体になり、評判になって売られた、と伝えられています[5]。

日本には明治に入り、中濃ソース、とんかつソース、お好み焼きソース、焼きそばソースのように、用途ごとに分かれていきました[5]。

焼きそば専用のソースが登場するのは、高度成長期の1959〜1960年ごろです。広島のデパート地下食堂街にあった焼そば店の店主は、「ウスターソースだと辛みと酸味が立つ。お好みソースだと少しべたついて、やや甘い」と話したそうです。オタフクソースは、この声を受けてウスターソースとお好みソースを混ぜ、さらに「日本人の味覚には醤油が合う」という客の声から醤油を加えました。同社によれば、これが日本最初の焼そば専用ソースです[7]。

「日本最初」というのは、同社の説明です。

屋台の鉄板で生まれた料理は、その後、どうやって家庭の台所に入ったのでしょうか。

ウスターソースの由来として、ブルドックソースは、19世紀初めのイギリス・ウスターシャ地方で、主婦が余った野菜や果物をスパイスと壺に保存したところ溶け合って液体になり、評判を呼んで販売された、と紹介している[5]。企業の紹介文である以上、一次記録というより「伝えられる起源話」として扱うのが妥当だ。日本には明治に入り、のち中濃・とんかつ・お好み焼き・焼きそばなど用途別に分かれた。

焼きそば専用ソースについては、オタフクソースの説明がある。1959〜1960年ごろ、広島のデパート地下食堂街の焼そば店主が、ウスターソースでは辛みと酸味が立ち、お好みソースでは少しべたついてやや甘い、と話した。そこで同社が両者をブレンドし、「日本人の味覚には醤油が合う」という客の声をヒントに醤油を加えて完成させた。同社はこれを日本最初の焼そば専用ソースとしている[7]。

なお、この「日本最初」は一社の記述である。また、店主の発言を受けて製品化されたという経緯も、同社の説明に依拠している。

ソースが整い、麺も蒸し麺として流通しはじめると、焼きそばは屋台の外へ出ていく。その道筋を見る。

6. ふくろの やきそばは、どう うまれたの?

6. 「焼きながら戻す」袋麺が、台所に屋台の味を運んだ

6. 家庭料理への道 ── 袋麺・チルド麺・カップ麺と、年代の確かさ

ふくろの やきそばは、「フライパンで やきながら もどす」と いう かんがえから うまれました。1963ねん7月に はつばいされた「にっしん やきそば」です[8]。

さいしょは、あまり うれませんでした。それでも、テレビの CMソング「にっしん やきそば やこう!」などで、つぎの なつから ヒットしょうひんに なりました。

1975ねんには、とうようすいさんが つめたい めんの「やきそば 3にんまえ」を うりだしました[9]。

こうして、屋台で たべる ものだった やきそばは、おうちで つくる ものにも なって いきました。

ふくろの やきそばが うられて、やたいの あじを おうちでも つくれるように なりました。

戦後は、戦地から帰った人たちの影響で麺の文化が全国に広まり、1950年代にソース焼きそばは全国に定着したといわれます[7]。既製の蒸した中華麺が出回るようになった昭和30年ごろからは、家庭でも作られるようになったとされます[2]。

決定的だったのは袋麺です。1963年7月に発売された「日清焼そば」は、「フライパンで焼きながら戻す」という発想から生まれました。当初は苦戦しましたが、CMソング「日清焼そば焼こう!」などで売れはじめ、翌年の夏からヒット商品になりました[8]。同社は、これを世界初のインスタント焼きそばとしています[2]。

1975年には、東洋水産がチルド麺の「焼そば3人前」を出しています[9]。Wikipediaには、カップ焼きそばが1974年に出たという記述もあります[2]。

屋台の子ども向けの一皿は、袋やカップの中に、蒸した麺とソースの形で入るようになりました。家庭の定番になった背景として、麺・ソース・流通が関わったと整理できます。

戦後は復員した人々の影響などで麺文化が全国に広まり、1950年代にソース焼きそばが全国に定着した[7]。既製の蒸し中華麺が流通するようになった昭和30年頃から、家庭料理としても作られるようになったとされる[2]。

その後押しをしたのが袋麺だ。1963年7月発売の「日清焼そば」は、フライパンで焼きながら戻すという発想から生まれた。当初は苦戦したが、CMソング「日清焼そば焼こう!」などをきっかけに売れはじめ、翌1964年夏からヒット商品になった[8]。同社は、世界初のインスタント焼きそばとしている[2]。

チルド麺では、東洋水産が1975年に「焼そば3人前」を発売した。これは同社の公式資料で確認できる[9]。一方、カップ焼きそばの誕生を1974年とする記述は、Wikipediaにあるのみである[2]。昭和30年頃という流通開始の時期も同様に二次資料の記述である。年代の確かさに差があるので、記事ではこの二つを「とされる」にとどめた。

つまり、家庭に広がった要素として、①蒸し麺が既製品として流通する、②焼きそば用ソースが整う、③袋麺・チルド麺・カップ麺で手軽に作れる、の三つが考えられる。ただし、この順序づけは複数の記述を並べた整理であり、因果を直接証明した資料があるわけではない。

7. おうちの ソースを ならべて みよう

7. ソースびんを2本ならべて、流れ方を比べる

7. 出口 ── 粘度の区分を台所で確かめる/原典に当たる

おうちに ウスターソースと ちゅうのうソースが あれば、ならべて みましょう。ひを つかわない かんさつです。

こざらに おなじ りょうを だします。すこし かたむけて、ながれる はやさを くらべます。ウスターソースの ほうが さらさらで、ちゅうのうソースは ゆっくり ながれます。ソースの ながれかたの ちがいを 見る かんさつです。

おうちの 人と やきそばを つくる ときは、みずを いれる まえと あとで、めんが どう かわるか 見て みましょう。ひを つかう ところは おとなに やって もらいましょう。フライパンは あついので、さわらないで ください。

家にウスターソースと中濃ソースがあれば、並べてみましょう。火は使いません。小皿に同じ量を出し、少し傾けて流れる速さを比べます。ウスターソースのほうがさらさらで、中濃ソースはゆっくり流れるはずです。ソースの流れ方の違いを観察できます。

家族と焼きそばを作るときは、麺に水を入れる前と後で、麺がどう変わるかを見てください。ほぐれやすさ、立つ湯気、水がなくなる瞬間の音に気づくかもしれません。フライパンと蒸気は熱いので、火を使う作業は大人にやってもらいましょう。

さらに調べたくなったら、オタフクソースの焼そばのページと、日清食品の歴史のページが、会社の側から見た経緯を教えてくれます。農林水産省のJASの文書は、ソースの区分を決めた文章そのものです。

台所でできる観察は、ソースの流れ方の比較だ。ウスターソースと中濃ソースがあれば、小皿に同量を出して傾け、流れる速さを見る。JASの粘度の区分(0.2Pa・s未満/0.2以上2.0未満)を手がかりに、流れ方の違いとして観察できる。ただし、手元の商品が実際にどの区分に入るかは、ラベルや製造元の表示で確かめる必要がある。

調理の観察では、水を入れる前後の麺の変化と、火を弱めてソースを入れたときの香りの立ち方に注目するとよい。加熱器具と蒸気には、やけどの危険がある。火を使う作業は大人に任せ、そばで見る。

原典に当たるなら、次の読み方がある。マルちゃんの公式レシピで水の入れ方を確かめる。日清食品のページで袋麺の発想を読む。オタフクソースのページで、屋台の店主の言葉から専用ソースができた経緯を読む。農林水産省のJASの文書で、粘度の区分の原文を確かめる。起源話や「日本最初」は企業の説明、1918年説は研究者の想定、昭和30年頃とカップ麺の年はWikipediaの記述であり、確かさの差を意識して読むとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:メーカーの公式レシピ・企業の歴史ページ・農林水産省の資料を主に使い、起源や年代の一部は二次資料で補いました。

  1. 東洋水産 マルちゃん「はじめて作るマルちゃん焼そば」。 https://www.maruchan.co.jp/recipe/2011/10/post_173.html (調理手順)
  2. Wikipedia「焼きそば」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/焼きそば (二次資料。起源・麺・家庭への普及)
  3. 小学館 HUGKUM「離乳食でラーメン」。 https://hugkum.sho.jp/221079 (二次資料。蒸し麺・かん水)
  4. 農林水産省「ウスターソース類の日本農林規格」。 https://www.maff.go.jp/j/jas/kaigi/attach/pdf/190709a-47.pdf (粘度による区分)
  5. ブルドックソース「ソースのトリビア」。 https://www.bulldog.co.jp/special/sauce/03.html (ウスターソースの由来。企業の紹介文)
  6. 農林水産省「食品中のアクリルアミドができる仕組み」。 https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/acryl_amide/a_syosai/about/sikumi.html (メイラード反応の説明)
  7. オタフクソース「日本初、焼そばソースの誕生」。 https://www.otafuku.co.jp/yakisoba/column/column_data_1.html (戦前の広がりと専用ソースの誕生。同社の説明)
  8. 日清食品グループ NISSIN HISTORY「1963.7 「日清焼そば」発売」。 https://www.nissin.com/jp/about/history/topics/472 (袋入り焼きそばの発売)
  9. 東洋水産「マルちゃん焼そば 3人前」のお知らせ。 https://www.maruchan.co.jp/news_topics/entry/2025/02/post_20210983.html (チルド麺の発売年)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。
  •  安全のための注意書きを直した(6章の調理の観察)。理由: 火を使う作業は子どもではなく大人にやってもらうと分かるようにするため。

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