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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

竹の 花は、どうして 60年や 120年に 一ど さくの?

竹は60年も120年も待ってから咲き、咲いたあとに枯れる ── その長い待ち時間の謎

ハチクの一斉開花 ── 周期60年・120年説の食いちがいと、「待つ理由」をめぐる仮説

分野:自然

竹の 花を 見た ことが ありますか。ハチクと いう 竹は、60年か 120年に 一ど しか さかないと いわれます[1]。さいた あとは、竹が かれて しまう ことも あります[2]。

どうして そんなに 長く まつのでしょう。さくと かれるのに、なぜ さくのでしょう。分かって いる ことと、まだ 分かって いない ことが 分かります。

竹の花を見た人は、一生に一度かもしれません。ハチクという竹は、60年または120年に一度咲くと推定されています[1]。しかも広島大学の調査では、咲いた竹はそのあと枯れ、種もできませんでした[2]。

枯れるとわかっていて、なぜ何十年も待ってから咲くのでしょうか。しかも別の林では、地下茎から小さな竹が出て、林が続くかもしれないという結果も出ています。竹の花の間隔と、咲いたあとに起きること、待ち時間の長さをめぐる仮説と、まだ分かっていない点が分かります。

ハチクは、古文書などの記録から開花周期が60年または120年と推定され、直近の大規模な開花は1902〜1908年前後とされる[1][2]。広島大学の3年間の調査では、花をつけた稈は枯れ、種子は全くできなかった[2]。

枯れる運命にある植物が、なぜこれほど長く待ってから一斉に咲くのか。周期の数字の食いちがいと、待つ理由についての仮説、数理モデルの予測、いまも謎とされる点が分かる。

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1. 竹の 花は、いつ さくの?

1. 竹の花の間隔は、60年か120年と推定されている

1. 古文書から推定された、ハチクの60年・120年周期

竹は、まいとし 花を さかせる 草や 木とは ちがいます。ハチクと いう 竹は、むかしの 記ろくを しらべると、60年か 120年に 一ど さくと 考えられて います[1]。

この 前に 大きく さいたのは、1902年から 1908年ごろです[2]。2020年に、広島県の 東広島市で さいたのが 見つかりました[2]。

1908年から 2020年まで 計算すると、112年です。ぴったり 120年では ありません。まず、どうして みんな いっしょに さくのかを 見て みましょう。

竹の花は、めったに見られません。ハチクの場合、古文書などの開花記録から、咲く間隔は60年または120年と推定されています。直近では1908年前後に咲いたとされ、その幅は10〜20年ほどあるそうです[1]。

広島大学の発表でも、正確な記録は残っていないものの120年と推定され、前回の大規模な開花は1902〜1908年でした。そして2020年に、東広島市で開花が確認されました[2]。1908年から2020年までは112年、1902年からなら118年です。計算してみると、きっちり120年ではなく、前後にずれがあることが分かります。

広島大学は、竹の開花周期は種類で異なり、48年、60年、120年などがあるとも述べています[2]。さて、竹の花には、間隔の長さのほかに、もう一つ不思議な特徴があります。咲くときは、あちこちでそろって咲くのです。

竹の花が「一生に一度」といわれるのは、ハチクの開花周期が古文書などの記録から60年または120年と推定されているからである。直近の開花は1908年前後とされるが、10〜20年の幅があると報告されている[1]。広島大学も、正確な記録はなく120年と推定される、前回の大規模開花は1902〜1908年、と書く[2]。

ここで数字を検算できる。2020年に東広島市で開花が確認された[2]。1902年からは118年、1908年からは112年で、「きっかり120年」ではない。幅のある推定値であって、時計のように正確な周期を示した数字ではない、と読むのがよい。

周期は種類でも異なり、広島大学は48年・60年・120年などを挙げる[2]。ではその間隔を、竹はどう揃えているのか。咲く年が、場所ごとにばらばらなら話は簡単だが、実際は違う。

2. どうして みんな いっしょに さくの?

2. 咲くときは、あちこちの竹林がそろって咲く

2. 一斉開花 ── 広い範囲で同時に起こる、一回繁殖性の開花

竹の おもしろい ところは、さく ときに あります。広島大学の 山田先生は、さく ときには 日本の あちこちの 竹林が いっしょに さく ことが おおい、と はなして います[3]。

たくさんの 竹が いっせいに さく ことを、「いっせいかいか」と いいます。タケや ササの なかまは、数十年から 百数十年に 一ど さいて、実を つけて、そのあとに かれる という くらしかたを して います[4]。

では、さいた あとの 竹は、どう なるのでしょう。

竹は、ふだんはほとんど花をつけません。ところが咲くときは、広い範囲で一斉に咲く傾向があります。広島大学の山田俊弘教授は、咲くときは日本各地の竹林が同時に咲く傾向がある、と話しています[3]。もちろん「全国で同じ日」という意味ではなく、ある時期にまとまって、という傾向です。

名古屋大学の発表によると、タケやササの仲間は、数十年から百数十年に一度花を咲かせて実り、そのあとに枯れる「一回繁殖性」の植物です[4]。広い範囲で同時に起きるものは「一斉開花」と呼ばれます。

咲いたあとに枯れてしまうなら、咲くことは竹にとって大きな出来事のはずです。では、咲いた竹には、実際に何が起きたのでしょうか。

広島大学の山田俊弘教授は、竹は一般にあまり花を咲かせないが、咲くときは日本各地の竹林が広い範囲で同調する傾向がある、と述べている[3]。「全国で同じ年」とは、あくまで傾向であり、厳密に同日という意味ではない。

名古屋大学のプレスリリースは、タケ・ササ類を、数十年から百数十年に一度開花・結実し、その後に枯死する「一回繁殖性」の植物と説明する[4]。一回繁殖性(いっかいはんしょくせい)のうち、広範囲で同時に起こるものが一斉開花である。

この揃い方は、国際的な論文でも話題になっている。Veller らの論文は、移植された竹でも、元の場所と同じ時期に咲く例があると述べる[5]。なぜ揃うのかは、まだ分かっていない。ところで、咲いた竹には、実際に何が起きたのか。

3. さいた あとの 竹は どう なるの?

3. 咲いた竹は枯れ、種もできなかった ── ただし調査地で結果が分かれる

3. 開花後の枯死と更新 ── 広島大学と姫路のハチク林の調査

広島大学の 先生たちは、3年間、ハチクを しらべました。しらべた 竹の 80%が 花を さかせ、さいた 竹は すぐに かれました。のこりの 20%も、2022年の 夏までに ぜんぶ かれました[2]。

花が さいても、たねは まったく できませんでした。タケノコも 出なく なりました[2]。

ただし ひょうご県の ひめじ市の ハチクの 林では、すこし ようすが ちがいました。小さな 竹が 地面の 下の くきから 出て、また 林が つづくかも しれない と 考えられて います[1]。調べた 場しょで こたえが 分かれるのです。

広島大学の3年間の調査では、調べた稈(竹の幹)のうち80%が花を咲かせ、咲いた稈はすぐに枯れました。残りの20%も、2022年の夏までにすべて枯れました。種子は全くできず、新しいタケノコの発生も止まりました[2]。

一方、兵庫県姫路市のハチク林(約350平方メートル)の調査では、1年では咲ききらず、2年間でおよそ9割の稈が咲いて枯れました。花には栄養(リンや窒素)の多くが回され、種子や実生は見つからなかったものの、地下茎から小さな稈が出て更新が続くことが示唆されました[1]。

2つの調査は結果が少し違います。どちらも限られた場所の調査なので、「竹林は必ず絶える」とも「必ず再生する」とも決めつけられません。それにしても、枯れる覚悟で咲くのは、竹にどんな得があるのでしょうか。

広島大学の調査では、調査対象の稈の80%が開花し、開花した稈は直後に枯死した。残る20%も2022年夏までに全て枯死し、種子は全くできず、タケノコの発生も止まった[2]。

ところが、兵庫県姫路市のハチク林(約350㎡)では様子が違う。1年では咲ききらず、2年間で約9割の稈が開花して枯死したが、花に栄養(リン・窒素)の多くを回しながらも、種子や実生は見つからず、地下茎から小型の稈が出て更新が続くことが示唆された[1]。

結果が分かれるのは、調査地・調査期間・規模が違うためだろう。一方の「枯れて回復なし」と、他方の「小型稈で更新」のどちらも、一つの林での観察であり、日本中のハチク林に当てはめられる結論ではない。広島大学は、開花ごとに数回乗り越えてきたはずの事実と絶滅の可能性が矛盾する、とも書く[2]。では、そもそも竹はなぜ一斉に咲くのか。有力な説明がある。

4. たくさんの たねを 出すと、どうして いいの?

4. 食べきれないほどの種を一度に出す ── 有力な「捕食者飽食仮説」

4. 捕食者飽食仮説とネズミの大発生 ── 一斉開花の最有力説と、その検証の一歩

いちばん ゆうりょくな 考えは、こうです。竹が たねを つくる 場合に、みんな いっしょに たくさんの たねを 出せば、たねを 食べる ネズミや 鳥などは、食べきれません。食べ のこされた たねが 生きのこる、という 考えです[5]。

ただし これは まだ「そうかも しれない」と いう 考えで、ほんとうかどうか きまって いません。

名古屋大学の 先生たちは、あいち県で ササの 一ぞく、スズタケが 2017年に いっせいに みを つけた あとの ことを しらべました。すると アカネズミと ヒメネズミが 大はっせいし、2年たっても 数が ほぼ へりませんでした[4]。竹や ササの 花の あとに ネズミが ふえるのは「でんせつ」と いわれて きましたが、これまでは たしかな 数字が ありませんでした[4]。

竹が一斉に咲く理由で、最有力とされるのが「捕食者飽食仮説」です。1976年にヤンツェンが提唱しました。竹が種をつくる場合に、全体でそろって大量の種を出せば、種を食べる動物(ネズミや鳥など)が食べきれず、一部の種が生き残る、という考え方です[5]。ただし、あくまで「仮説」で、証明されたとは書かれていません。

名古屋大学の研究では、2017年にスズタケ(笹の一種で、120年周期とされる)が愛知県の調査地で一斉に実をつけた(一斉結実)あと、アカネズミとヒメネズミが大発生し、2年たっても個体数が保たれました[4]。竹や笹の開花のあとにネズミが増えるという話は、各地で昔から「伝説」のように語られてきましたが、データで確かめた例は少なかったそうです。

このときネズミが全部増えたわけではありません。スミスネズミは低い密度のままでした[4]。仮説の説明が当てはまる動物と、そうでない動物がいるようです。なお、別の説明もあります。

一斉開花の最有力な説明は、ヤンツェンが1974・1976年に提唱した捕食者飽食仮説である。種子ができる場合に、膨大な数の種子を同時にばらまけば、地域の捕食者(竹ではネズミ・鳥などとされる)が食べきれず、一部が生き残る、という考え方だ。Veller らの論文はこれを最有力とするが、「仮説」であり、証明済みとは言えない[5]。

その検証の一歩になるのが名古屋大学の研究である。スズタケの一斉結実後を調べたもので、2017年にスズタケ(笹であり、竹ではない。120年周期とされる)が愛知県の調査地で一斉結実したあと、アカネズミとヒメネズミが大発生し、2年経っても個体数が維持された[4]。竹・笹の開花とネズミの大発生は各地で「伝説」とされてきたが、それまでは憶測の域を出なかった。ただしスミスネズミは低密度のままで、ネズミ全種が増えたわけではない。

仮説は他にもある。風で花粉を運ぶ竹は、同時に花粉を出すほうが受粉率が上がるという説、種子が山火事の燃料になる「火の周期」説である[5]。どれか一つが正しいと決まっているわけではない。そして、仮に「そろって咲く」理由が説明できたとしても、なぜ間隔が60年や120年なのかは、別の問いとして残る。

5. 60年って、どうやって きまったの?

5. 長い待ち時間を説明する、小さな数のかけ算(素数)のモデル

5. 周期はなぜ長くなったか ── 小さな素数の積という予測と、その検証

どうして 60年や 120年なのでしょう。ハーバード大学の 研究チームは、数の しくみで 考えました。

むかしは 竹が 毎年 さいて いたとします。それが 2年や 3年に 一ど さく 竹に そろい、その あとも 2ばい、3ばいと、少しずつ のびて いった、という 考えです[5]。

この 考えが 正しければ、いまの 周期しゅうきは、2や 3や 5の ような 小さな 数の かけ算で あらわせます。たとえば 60は 2×2×3×5、120は 2×2×2×3×5 です。むかしの 記ろくを しらべると、この 予そうに 合って いました[5]。

ただし これは 数の モデルです。竹が ほんとうに 年を 数えて いるのか、その しくみは 分かって いません。

咲く間隔がなぜこれほど長いのかについて、ハーバード大学のチームは数理モデルを提案しました。最初は毎年咲く集団が、数年周期の集団にそろい、それが小さな倍数で何度も延びて、いまの長い周期になった、という考えです[5]。

このモデルから、周期は「小さな素数の積に分けられる」という予測が出ます。たとえば60は2×2×3×5、120は2×2×2×3×5です。チームが過去の開花の記録で調べたところ、この予測を支持する結果が出たと報告されています[5]。同じ論文は、種ごとの周期を、Bambusa bambos が32年、ハチクが60年、マダケが120年とし、ハチクやマダケの記録は西暦813年や999年までさかのぼると述べています[5]。

ただし、日本の資料にはハチクを120年とするものがあり、論文の60年とは食いちがいます[1][5]。また、モデルは「周期がそう育つ道すじ」を説明するもので、竹が年を数える体内の時計の正体は、論文自身が十分に分かっていないと書いています[5]。

周期の長さについては、Veller・Nowak・Davis(2015)が数理モデルを示した。最初は毎年咲く集団があり、それが数年周期にそろい、さらに小さな倍数で何度も延びた、とする考えである。この場合、現在観察される周期は小さな素数の積に分解できるはずだと予測し、過去の開花データでこの予測が強く支持された、と報告している[5]。60=2×2×3×5、120=2×2×2×3×5、32=2×2×2×2×2は、いずれもその形である。

同論文は、Bambusa bambos を32年、ハチク(Phyllostachys nigra f. henonis)を60年、マダケ(P. bambusoides)を120年とし、後二者の記録は813年・999年にさかのぼるとする[5]。しかし日本の資料ではハチクを60年または120年と推定し[1][2]、論文の表記と一致しない。どちらの数字も、種や産地、記録の読み方による幅を含む推定として読むのがよい。

限界も明らかである。モデルは周期が延びてきた道すじの説明であり、竹が何をもって年数を数えているかという体内時計の仕組みは、論文自身が十分に理解されていないと記す[5]。つまり「素数のモデル」は、時計の正体ではなく、時計の目盛りがなぜそうなるかの仮説である。では、結局、分かっていないことは何か。

6. まだ 分かって いない ことは?

6. 咲いても種ができない理由は、いまも謎

6. 残された問い ── 種子ができない理由と、竹林の再生

広島大学は、「さいた あとに たねが できない 理ゆうも なぞ」と 書いて います[2]。

ハチクは、ならの 時代に 中国から つたわった と いわれます[2]。それなのに、花が さくたびに ぜんぶ かれて しまうなら、日本から いなく なって いるはずです。でも、いまも 竹林は あります。広島大学は、この 点が 合わない と 書いて います[2]。

竹は、年を どうやって 数えるのか。さいたあと、竹林は どう もどるのか。まだ だれも はっきりとは 答えられません。

広島大学は、咲いたあとに種子ができない理由も「謎のままです」と書いています[2]。ハチクは奈良時代に中国から伝わったとされますが、もし咲くたびにすべて枯れて、種もできないなら、とうの昔に絶えているはずです。実際には、咲く時期を何度も乗り越えてきたはずで、この点が絶滅の可能性とは矛盾する、と広島大学は指摘しています[2]。

姫路の調査のように、地下茎から小さな稈が出て更新する道があるのかもしれませんが、まだ一つの答えには決まっていません。

竹の花の話は、数十年に一度しか観察できないので、調べるのがとても大変です。だからこそ、ここ数年の記録が貴重で、これからの調査で新しい答えが出る余地が残っています。

広島大学は、開花後に種子ができない理由も「謎のまま」と述べる[2]。ハチクは奈良時代に中国から伝来したとされ、その間に開花を数回乗り越えてきたはずである。それなのに「咲けば全て枯れ、種子もできない」という観察だけで見れば、絶滅の可能性が高く見えてしまい、現実とは矛盾する。広島大学はこの矛盾を明記している。

可能性の一つは姫路の調査が示唆する地下茎からの更新だが[1]、広島大学の調査では種子もタケノコも見られなかったので、どちらも一般化できない。答えには、複数の地域・複数の周期にわたる長期観察が要る。竹が体内で年数を数える仕組みも分かっていない[5]。

数十年から百数十年に一度という現象は、研究者の一生でも一度しか観察できないかもしれない。ここが、竹の花の研究の難しさであり、いま見える記録に価値がある理由でもある。

7. 120年を、えんぴつと 紙で 計算して みよう

7. 前回の開花年と素数分解で、自分で計算してみる

7. 年数の検算と素因数分解 ── 資料の数字を自分で動かす

えんぴつと 紙で、2つ 計算して みましょう。

1つめは、1908年に 120を たす 計算です。答えは 何年に なりますか。そのとき 自分は 何さいに なって いるか、考えて みましょう。

2つめは、60や 120を、2や 3や 5の かけ算に 分ける 計算です。ほかの 数でも やって みて、2や 3や 5だけで 作れる 数が いくつ あるか、数えて みましょう。

竹の 花は、いつ また さくのでしょう。ニュースで 見かけたら、思い出して みてください。

紙と鉛筆だけで、2つ計算してみましょう。

1つめは、前回の開花年に120を足す計算です。1902年なら2022年、1908年なら2028年です[2]。ところが実際は2020年に咲いていて、予想とずれています。その幅の大きさを、自分の計算で確かめてみてください。

2つめは、60や120を素数のかけ算に分けることです。たとえば、1から200までの整数(1を含む)のうち、素因数が2・3・5だけの数を数えてみてください。私が数えると46個で、200個中の4分の1に届きません。

もっと詳しく知りたいときは、広島大学のニュースリリース[2]と、名古屋大学のプレスリリース[4]が日本語で読めます。

資料の数字は、自分で動かして検算すると手触りが変わる。前回の開花(1902〜1908年)に120年を足すと2022〜2028年で、実際の確認は2020年だった[2]。周期は「推定」であり、幅があることが、この計算から自然に分かる。

素因数分解も試せる。60=2²×3×5、120=2³×3×5、32=2⁵である[5]。Veller らの予測(周期は小さな素数の積に分解できる)が、偶然の一致ではないかと疑うなら、まず数えてみるとよい。1から200の整数(1を含む)のうち、素因数が2・3・5だけの数は46個ある(筆者の計算で、論文の結果ではない)。200個の4分の1に届かない数の中に、60や120が入っているのだ。

資料の読みどころは3つある。①広島大学のニュースリリース[2]は、枯死の割合と「種子ができない謎」を書く。②共生のひろば14号[1]は、姫路のハチク林の更新について、広島大学とは別の結果を示す。興味があれば、③Veller らの論文[5](英語)に、素数モデルと周期の一覧が載る。①と②を並べて読むと、同じハチクでも調査地で結果が違うことを実感できる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:大学・博物館の発表、研究者の談話、学術論文を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. 京都大学・森林総合研究所ほか「タケ類ハチクの一斉開花現象を調べて分かってきたこと」、共生のひろば14号(2019)。https://www.hitohaku.jp/publication/book/kyousei14-p104.pdf (開花周期の推定と、姫路のハチク林の調査について)
  2. 広島大学ニュースリリース(2023年6月27日)。https://www.hiroshima-u.ac.jp/system/files/211218/Does%20monocarpic%20Phyllostachys%20nigra%20var.%20henonis%20regenerate%20after%20flowering%20in%20Japan.pdf (ハチクの開花周期、開花後の枯死、種子ができない謎について)
  3. 広島大学「山田俊弘教授の談話」(2025年5月21日)。https://www.hiroshima-u.ac.jp/node/90434 (竹の一斉開花の傾向について)
  4. 名古屋大学プレスリリース(2022年6月21日)。https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload/20220621_agr.pdf (一回繁殖性と、スズタケの一斉結実後のネズミの大発生について)
  5. Veller, Nowak & Davis (2015) Ecology Letters 18:653。https://gwern.net/doc/biology/2015-veller.pdf (捕食者飽食仮説、他の説、素数による周期のモデルについて。英語の論文)

なおした ところ

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