1. つのは、いつ あらわれるの?
1. 角は、さなぎになる瞬間に現れる
1. 蛹化の瞬間に現れる角 ── 土中の観察が難しかった理由と、透明な試験管
カブトムシの ようちゅうには、つのが ありません。つちの なかで さなぎに かわる とき、とつぜん つのが あらわれます[1]。
ただ、これを しらべるのは たいへんです。つのの もとが かわって いく ところは、つちの なかに あって 見えないからです。そこで けんきゅうする 人は、つちを つかわずに、とうめいな しけんかんの なかで ようちゅうを そだてる やりかたを かんがえました[2]。
とうめいなら、そとから よく 見えます。では、つのは どうやって、いっしゅんで あらわれるのでしょう。
2. どうして いっしゅんで ひろがるの?
2. 折りたたんでおいた角を、体液の圧力で広げる
2. 折りたたみ構造と展開 ── しわの「深さ」と「方向」を決める別々の仕組み
つのは、とつぜん つくられる わけでは ありません。だっぴ する まえに、ようちゅうの あたまの から の うちがわで、つのを おりたたんだ ままの かたちで つくって おきます。そして だっぴの ときに、からだの なかの えきの ちからで ひろげます[1]。
たたんで しまって おいた かさを、ぱっと ひらく ようすに にて います。ただし かさは ほねで ひらきますが、つのは からだの なかの ちからで ひろがります。
おりたたみの しわの ふかさと むきは、べつべつの いでんしの しくみで きまると わかりました[1]。では、そうして できた つのは、なんの ために あるのでしょう。
角は、脱皮の前から用意されています。幼虫の頭の殻の内側で、角を折りたたんだ状態で作っておき、脱皮のときに体液の圧力で一気に広げます。国立遺伝学研究所は、これをエアバッグにたとえています[1]。
折りたたみには、しわの「深さ」と「向き」があります。研究では、この2つが別々の遺伝子の仕組みで決まることが分かりました。Notchという遺伝子の働きを失わせると深さだけが、CyclinEという遺伝子では向きだけが変わり、どちらの場合も、できあがる角の形が変わりました[1]。
角の形が、1つの遺伝子だけで決まるわけではありません。いくつもの仕組みが重なって、あの形ができあがるようです。それほど手間をかけて作る角は、何の役に立つのでしょうか。
角の展開は、脱皮に先立つ準備の上に成り立つ。幼虫の頭部の殻の内側で、角の原基を折りたたんだ状態で形成しておき、脱皮時に体液の圧力で一気に展開する。国立遺伝学研究所のグループは、この様子をエアバッグの展開になぞらえている[1]。
注目されるのは、折りたたみのしわの「深さ」と「方向(パターン)」が、独立した仕組みで制御されている点である。Notch遺伝子の機能を失わせると深さのみが、CyclinEでは方向のみが変化し、いずれの場合も角の最終的な形が変わった[1]。ただし、これは角の形のごく一部の決まり方である。角全体の形が1つの遺伝子で決まるという意味ではない。
これほど手の込んだ構造は、何のために維持されているのか。次は、角の使い道から考える。
3. つのは、なんの ために あるの?
3. 角は、エサ場とメスをめぐる武器になる
3. 角の機能 ── オスだけが立派な角を持つ理由の手がかり
カブトムシでは、オスには りっぱな つのが できて、メスには できません。コガネムシの なかまには、オスだけが りっぱな つのを もつ しゅが おおいと いいます[2]。
つのは、えさばを まもったり、メスを むかえる ために たたかったり する ときの ぶきに なります[2]。
ぶきは、おおきい ほうが つよそうに 見えます。では、つのは ながければ ながい ほど いいのでしょうか。
カブトムシでは、オスには立派な角ができ、メスにはできません。コガネムシの仲間には、オスだけが立派な角を持つ種が多く知られています[2]。
角は、エサ場を確保したり、メスを獲得したりするための武器として働きます[2]。夏の夜、樹液の出る木に集まったオスどうしが場所をめぐって争う場面を思い浮かべると、角が武器になる理由がイメージしやすいでしょう。
武器は大きいほど有利そうです。ところが、野外の調査では、思いがけない結果が出ています。
カブトムシではオスのみが立派な角を持つ。コガネムシ科にはオスだけが発達した角を持つ種が多く、角は、エサ場の確保や、メスの獲得をめぐるオス同士の争いで武器としての機能を果たす[2]。
角は、エサ場やメスをめぐる争いで使われる。ただし、長さが勝敗にどう結びつくかは、この資料からは分からない。
武器として有利なら、角は長いほどよいはずだ。この単純な見通しを、野外調査が揺さぶっている。
4. ながい つのは、いつも とくなの?(タヌキと カラス)
4. 角が長いオスほど、タヌキやカラスに食べられやすかった
4. 捕食の記録 ── つくばの雑木林で、角の長いオスが多く食べられていた
いばらきけんの つくばしの ぞうきばやしで、カブトムシが だれに たべられて いるのかを しらべた 人が います。さいしょは カラスが たべて いると おもって、カメラを おきました。
ところが、うつって いたのは タヌキでした。タヌキと ハシブトガラスが たべて いて、メスより オス、つのの みじかい オスより ながい オスが、おおく たべられて いました[4]。
けんきゅうした 人は、タヌキは めが わるいけれど、つのも いれて 7センチも ある オスは めだつので たべやすいのだろう、と いって います。これは 人の かんがえです[4]。
つのが ながいと つよいのに、めだちもする。ちょうど いい ながさは、あるのでしょうか。
茨城県つくば市の森林総合研究所の雑木林で、カブトムシを食べる動物を調べた研究があります。研究した小島渉さんは、はじめカラスが食べていると予想してカメラを置きました。ところが、主な捕食者はタヌキでした[4]。
夜に樹液を訪れたタヌキが、深夜0時から2時ごろ、活動のピークを迎えていました。昼間はカラス(ハシブトガラス)が食べていました。残った食べあとから、関東地方ではタヌキに食べられたものが全体の6〜8割と推定されています[4]。この数字は「推定」で、関東の残骸の話です。日本中で同じとは言えません。
注目すべきは、食べられ方です。タヌキとカラスは、メスよりオスを、角の短いオスよりも長いオスをより多く食べていました[4]。研究者は、体長7センチほどのオスは目立つので食べやすいのかもしれない、と述べています。これは研究者の推測です[4]。
長い角は戦いでは頼りになるのに、天敵には見つけられやすい。このジレンマはどう考えられているのでしょうか。
森林総合研究所(茨城県つくば市)の雑木林で、東京大学の小島渉らは、赤外線センサーカメラと食べあと(食痕)の調査により、カブトムシの捕食者を調べた。当初の予想はカラスだったが、実際の主な捕食者はタヌキとハシブトガラスと判明した。いずれも、メスよりオスを、角の短いオスよりも長いオスを多く捕食していた[4]。
タヌキの活動は深夜0〜2時ごろにピークがあり、昼間はカラスが捕食していた。樹液を訪れたハクビシン、アナグマ、ネコには、捕食する様子は見られなかった。回収した残骸の食痕から、関東地方ではタヌキによる捕食が全体の6〜8割に上ると推定された[4]。ここで注意したいのは、この数字が推定値であり、調査地が関東の雑木林に限られることである。
なぜ角の長いオスが多く食べられるのか。小島は、タヌキは目が悪いが、角を含めて体長7センチにもなるオスは目立つため食べやすいのだろう、とコメントしている[4]。ただし、これは研究者本人の推測であり、観察で直接示された因果ではない。
同じ研究を紹介した記事で、共同研究者の石川幸男教授は、角は長すぎても短すぎても都合が悪く、進化の過程で、ちょうど折り合いのよい長さになっているのだろうと述べている[4]。
この「折り合い」は、捕食だけの話なのか。角を作る体の側にも、費用がかかっているのではないか。
5. メスには、どうして つのが ないの?
5. メスにも角の遺伝子はある。スイッチの働きがちがう
5. 雌雄の角の差 ── トランスフォーマー遺伝子とdoublesex遺伝子の働き
メスに つのが ないのは、つのを つくる いでんしが ないから、と おもうかも しれません。でも そうでは ありません。
メスの ようちゅうで、せいを きめる いでんし(トランスフォーマー いでんし)が はたらかないように した じっけんが あります。すると、メスにも オスと おなじ ような りっぱな つのが できました[2]。
つまり、メスも つのを つくる ちからは もって いるのです。ふだんは、せいを きめる いでんしの はたらきで、つのが できない ように なって いると かんがえられます。
では、その つのを つくる ためには、からだに どんな ひようが かかるのでしょう。
メスに角がないのは、角を作る遺伝子を持っていないからではありません。基礎生物学研究所などの研究では、メスの幼虫で、性を決める遺伝子(トランスフォーマー遺伝子)が働かないようにしました。すると、メス化が妨げられ、メスにもオスと同様に立派な角ができました[2]。
角の性差が生まれる時期も調べられました。幼虫が前蛹になるときに首を振る行動を目印にして、前蛹の始まりを特定し、性差をもたらす遺伝子が働くタイミングを探しました。その結果、JSTの記事によると、前蛹の開始から約29時間後という報告があります[2]。
2023年には、基礎生物学研究所と金沢大学の研究グループが、性分化に関わるdoublesexという遺伝子が角の形成に重要な役割を果たすと報告しました。角の形成に関わるこの遺伝子の転写産物は、雌雄でわずか529塩基対の違いを持っていました。これが角の有無を決める一因とされています[3]。「一因」で、唯一の原因ではありません。
角があるかないかは、遺伝子の有無よりも、遺伝子の「使われ方」で決まる部分が大きいようです。ところで、角を作ることには代償もあるのでしょうか。
メスの角の欠如は、角を作る遺伝子の欠如ではなく、遺伝子の働き方の差による。基礎生物学研究所を中心とするグループは、メスの幼虫で性決定に関わるトランスフォーマー遺伝子を働かなくすると、メス化が阻害され、オスと同様の立派な角が形成されることを示した[2]。
性差が現れる時期の特定には、幼虫が前蛹になる際の首振り行動が指標として使われた。それにより、性差をもたらす遺伝子の作用のタイミングが前蛹開始の約29時間後と報告された。前蛹の期間は、メスで129±4.3時間、オスで131±4.7時間で、性差はほとんどない[2]。ただし、29時間という数字はJSTの記事による記述であり、強い論拠としては用いない。
2023年の基礎生物学研究所・金沢大学の報告では、性分化遺伝子doublesex(dsx)が角形成で重要な役割を持つとされた。角形成に寄与するdsxの転写産物は、雌雄で1つのエクソンのスプライシングが異なり、その差は529塩基対である。この違いが角の有無を決める「一因」と位置づけられている[3]。
同じ報告によると、カブトムシのゲノムは約6.15億塩基対(ヒトの約5分の1)で、タンパク質をコードする遺伝子は23,987個である[3]。遺伝子の数はヒトの約2.2万個と同程度で、数の多さで角を説明することはできない。大切なのは、数ではなく、どの遺伝子がいつ、どう使われるかである。
では、立派な角を作るために、体の側はどんな費用を払っているのか。
6. つのを つくると、ほかの ところが ちいさく なるの?
6. 角を作る代わりに、ほかの器官が小さくなる甲虫がいる
6. 角形成の代償 ── 近くの器官が小さくなる甲虫と、残された謎
つのを つくるには、からだの ざいりょうを つかいます。ある かぶとむしの なかまでは、つのの できる ばしょに よって、つのが おおきい こたいほど、しょっかくや め、はねが ちいさい ことが ある と ほうこくされて います[5]。
ただし、これは カブトムシ そのものの けっかでは ありません。つのを もつ こうちゅうの なかまで しらべられた ことです。
それでは、つのは そもそも、どうして できたのでしょう。じつは、まだ よく わかって いません[3]。わからない ことが のこって いるのは、ここから じぶんで しらべる たのしみが あると いう ことです。
角は便利ですが、作るのに「費用」がかかります。アメリカの研究者エムレンは、角を持つ甲虫の一部では、角が大きい個体では、近くの器官(角のできる場所によって、触角、眼、翅のどれか)が小さい傾向があると報告しました[5]。
ただし、これは角を持つ別の甲虫(コガネムシ類)を調べた結果で、日本のカブトムシで同じことが確かめられた、という話ではありません。カブトムシにも当てはまるかどうかは、ここでは言えません。
こうして並べると、角は、戦いでは有利になり、天敵には目立ち、体の中では何かを小さくさせるかもしれない、という「プラスとマイナスの折り合い」でできているように見えます。そもそも、そんな角がどうして生まれたのか。基礎生物学研究所と金沢大学の2023年の報告は、カブトムシの特徴である角がどのように獲得されたのかは、まだ明らかになっていないと述べています[3]。
角の形成には代償が伴う可能性がある。Emlen(2001)は、角を持つ甲虫では、角の大きい個体では近傍の形態構造(角の位置により触角、眼、翅)が小さい傾向があるという、負の相関を報告した[5]。因果を直接示したものではない。
この論文が対象としたのはOnthophagus属などのコガネムシ類で、カブトムシ本体(Trypoxylus)の結果ではない。属名が異なる以上、同じ代償がカブトムシで生じているかは、別の研究で示される必要がある。したがってここでは、「角を持つ甲虫の一部で報告された」という範囲にとどめる。
ここまでに見たのは、闘争での有利さ(前章まで)、捕食されやすさ(4章)、他の器官への影響(本章)である。角の長さは、少なくとも複数の要因の釣り合いの上に成り立つ形質として理解できる。捕食と器官への影響が、角の長さを決めたとは示されていない。
さらに、角そのものの進化的な起源(なぜ角が生じたか)は、2023年の報告でも「未だ明らかになっていない」とされる[3]。
もっと しりたく なったら
角の「折りたたみ」を、紙で試してみよう
折りたたみの深さと展開を、紙で再現するには
おうちで
かみを じゃばらに おって、ひろげて みましょう。ふかく おると みじかく、あさく おると ながく ひろがります。つのの しわも、ふかさと むきで かたちが かわる、と しらべられて います。ただし、これは かみの たとえで、ほんものの つのの しくみとは ちがいます。
しらべる ときは
むしの ずかんや、はくぶつかんの ホームページに、カブトムシの そだちかたが のって いることが あります。
家でできること
同じ幅・同じ長さの細長い紙を2枚用意して、片方は深く、もう片方は浅くじゃばら折りにしてから、広げてみましょう。折る深さによって、広がったときの長さがどう変わるかを比べられます。角のしわも深さと向きで形が変わる、という研究結果を、紙で体験するイメージです。本物の角の仕組みと同じではありません。
調べるには
国立遺伝学研究所の2020年のプレスリリース(日本語PDF)は、折りたたみの話を詳しく読めます。基礎生物学研究所・金沢大学の2023年の発表も、日本語で読めます。
家でできること
同じ幅・同じ長さの紙を2枚用意し、折り目の間隔を変えてじゃばら折りにして広げ、端から端までを定規で比べる。しわの深さが展開後の長さに関わるという考え方を、紙で単純化した模型である。実際の角の展開とは別物である。
資料を読むなら
国立遺伝学研究所のプレスリリース(2020年)と、基礎生物学研究所・金沢大学のプレスリリース(2023年)は日本語で読める。日本語の資料を読むときは、どの資料がどの種を対象にしているかを書き出して、「カブトムシ」の話と「角を持つ別の甲虫」の話を分けて読むと、この記事の言い切りの強さの理由が確かめられる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
角の折りたたみは国立遺伝学研究所、性差と観察法はサイエンスポータル(JST)、2023年の遺伝子の報告は基礎生物学研究所・金沢大学、捕食の調査はサイエンスポータル(JST)、角の代償は英語の原典による。
- 国立遺伝学研究所 プレスリリース(2020-10-29) https://www.nig.ac.jp/nig/images/research_highlights/PR20201029.pdf (角の折りたたみとしわ)
- サイエンスポータル(JST)2019-04-22 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20190422_01/ (オスだけの角・メスの角・透明な試験管での観察)
- 基礎生物学研究所・金沢大学 プレスリリース(2023-06-05) https://www.kanazawa-u.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2023/06/230605.pdf (doublesex遺伝子とゲノム)
- サイエンスポータル(JST)2014-03-13 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20140313_02/ (タヌキなどによる捕食の調査)
- Emlen (2001), Science "Costs and the Diversification of Exaggerated Animal Structures" https://www.umt.edu/emlen-lab/documents/emlen-publications/emlen2001.pdf (角を作る代償)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
- 中学生向けの題名を、日常の疑問が先に来る形に見直した。
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