1. おなじ アゲハなのに、たべる 葉が ちがうの?
1. 同じアゲハなのに、食べる葉がちがう
1. ナミアゲハはミカン科、キアゲハはセリ科 ── 近縁種の食草の差
庭の ミカンの 木で、アゲハの いもむしを 見つけたと します。となりの 花だんの パセリには、ちがう アゲハの いもむしが いるかも しれません。
ふつうの アゲハは、サンショウや カラタチなど、ミカンの なかまの 葉を たべます。キアゲハは、セリや ニンジン、パセリなど、セリの なかまの 葉を たべます[1]。
ミカンの なかまの 葉を キアゲハの いもむしに あげても、たべない ことが 多いと いわれます。いもむしの ごはんは、むしごとに だいたい きまって いるのです。
では、だれが その 葉を えらんで いるのでしょう。
長野市自然史館の解説では、ナミアゲハの幼虫が食べるのは、サンショウ・キハダ・カラタチなどミカン科の植物です。キアゲハの幼虫は、セリやシシウドなどの野生のセリ科、栽培されているニンジンやパセリを食べます[1]。名前が似ていて、成虫の見た目も近いのに、食べる植物の科がちがうのです。
この「食べる葉が決まっている」ことは、アゲハ類だけの話ではありません。JT生命誌研究館の研究報告は、チョウやガの幼虫が食べる植物は種ごとに決まっていて、食草でない植物を与えると、餓死してでも食べない場合があると説明しています[2]。ただし、これは「多くの種では」という話で、例外もあります。後の章で、その極端な例を見ます。
そうなると、気になるのは、その植物を選んでいるのはだれなのかということです。幼虫は卵からかえったばかりで、歩きまわって探す力は小さいはずです。
長野市自然史館の資料によれば、ナミアゲハの幼虫の食草はサンショウ・キハダ・カラタチなどのミカン科、キアゲハの幼虫の食草はセリ・シシウドなどの野生のセリ科と、ニンジン・パセリなどの栽培種である[1]。同じアゲハチョウ科の近縁種でも、食べる植物の科が異なる。
この傾向は個別の例にとどまらない。JT生命誌研究館の研究報告は、幼虫が食べる植物は種ごとに決まっており、食草でない植物を与えると餓死してでも食べない、と解説している[2]。ただしこれは多くの種に当てはまる傾向であり、すべての種や条件で成り立つとは限らない。後の章に挙げる肉食の例は、その端にある。
では、その食草を選ぶのはだれか。孵化したばかりの幼虫は体が小さく、移動できる範囲は限られる。そこで次に、選択の主体が幼虫ではなく母チョウである可能性を読む。
2. 母チョウが 前あしで 葉を あじみして いる
2. 選んでいるのは母チョウ ── 前あしの「あじみ」
2. 産卵時の選択 ── 前あしの感覚毛とシネフリン受容体
いもむしは、たまごから かえると、すぐ ごはんを たべます。だから、たまごを うむ 母チョウが、どの 葉に うむかを きめる ことが 大事です。
ナミアゲハの メスは、葉の上を とびまわり、前あしで 葉を ちょんちょんと さわります。前あしの 先には、あじを かんじる 毛が あります。ミカンの 葉の せいぶんを かんじると、たまごを うむという ほうこくが あります[3]。
人が したで あじを かんじるように、アゲハは あしで あじを かんじて いるのです。
ただし、これは ナミアゲハの けんきゅうです。ほかの チョウも ぜんぶ おなじとは、まだ いえません。
卵からかえった幼虫は、すぐに葉を食べ始めます。だから、卵を産みつける母チョウの選択が、そのまま幼虫の食事を決めることになります。
2011年に『ネイチャー・コミュニケーションズ』に載った研究では、ナミアゲハのメスは、前あしの先にある化学感覚毛という毛で葉の表面にふれ、成分を調べているとされています。ミカンの葉に含まれるシネフリンという成分に反応する味覚受容体(PxutGr1)が見つかり、これが食草を見分けて産卵する手がかりになると報告されました[3]。人が舌で味を感じるように、アゲハのメスは、前あしで葉の「味見」をしているわけです。
ここで注意したいのは、この発見がナミアゲハ1種の知見だという点です。ほかのチョウも同じ仕組みで産卵する葉を選んでいるとは、この報告だけでは言い切れません。
では、なぜ多くの幼虫は、決まった葉しか食べなくなったのでしょうか。
孵化直後の幼虫は、すぐに摂食を始める。したがって、産卵される植物の選択が、そのまま幼虫の餌の選択になる。ナミアゲハについて、2011年に Nature Communications に報告された研究が、この選択の感覚的な基盤を調べている[3]。
この論文によれば、メスは前あしのふ節にある化学感覚毛で葉の表面に触れ、特定の化学物質を検出したときにだけ産卵する。ミカンの葉の成分であるシネフリンに応答する味覚受容体(PxutGr1)が見いだされ、食草の識別に関わるとされる[3]。つまり母チョウは、人が舌で味を見るのと似た働きを、前あしで行っている。
ただし限界がある。この結果はナミアゲハ1種についてのもので、他のチョウやガの産卵行動が同じ受容体で説明できるとは言えない。JT生命誌研究館の解説は、成虫が食草を見分けて産卵するという一般的な見取り図を示す[2]が、種ごとの詳しい仕組みは、それぞれ別に調べる必要がある。
では、なぜ多くの幼虫は、決まった植物だけに絞られているのか。
3. なぜ 「この 葉だけ」に なったの?
3. なぜ「この葉だけ」になったのか ── 有力な考え方
3. 食草が絞られた理由 ── 解毒の負担という仮説
葉は、おいしい ごはんで あるだけでは ありません。植物は、虫に 食べられないように、体に よくない ものを もって いる ことが あります。
いろいろな 葉を たべる ためには、いろいろな ものに たいおうする しくみが、たくさん いると 考えられて います。
すると、ごはんを 少しの 植物に しぼった ほうが、その しくみが 少なくて すむのかもしれません。これは 有力な 考え方ですが、きまった こたえでは ありません[2]。
植物は動いて逃げられない代わりに、虫に食べられにくくする成分(毒になるものもあります)を体の中につくっています。食べる側の昆虫は、その成分に負けない解毒の仕組みを持っていないと、その植物を食べられません。
JT生命誌研究館の研究報告は、決まった植物だけを食べるようになることで、用意する解毒の仕組みが少なくてすむ、という考え方を示しています[2]。広い範囲の植物を食べるなら、それだけいろいろな毒に備えなければならない、ということになります。
ただし、これは進化の理由として「考えられている」段階の説明で、決まった答えではありません。
こうして絞られた食事で、いもむしはどのように育つのでしょうか。
植物は二次代謝物質によって昆虫の食害から身を守っている。その中には昆虫に有害なものがあり、食べる側は、それぞれに対応する解毒機構をそなえていなければならない。JT生命誌研究館の報告は、特定の植物に絞ることで、用意すべき解毒機能は少数ですむ、という考え方を示している[2]。広い範囲の植物を食べる場合に多数の解毒機能が要るという対比は、この考え方からの推論であり、報告そのものの記述ではない。
この説明は、食草の限定が進化した理由として「考えられている」ものであり、定説ではない。また、すべての種がこの理由で絞られたとまでは言えない。同じ報告が述べる「食草でなければ餓死してでも食べない」という観察[2]は、この仮説と矛盾しないが、仮説を直接に証明するものでもない。
こうして絞られた食事で、幼虫はどのように育つのか。次に、食べる量の変化を見る。
4. 体が いちばん 大きく なるのは いつ?
4. 体重がいちばん増えるのは、さなぎになる直前
4. 終齢での急成長 ── スズメガとカイコの数字
いもむしは、うまれてから さなぎに なる まで、何回か かわを ぬいで 大きく なります。
体が いちばん ふえるのは、さいごの 大きさに なった ときです。アメリカの タバコスズメガという ガの いもむしでは、そだつ あいだに ふえる 体重の 9わりほどが、さいごの 時きに ふえると ほうこくされて います[4]。体重は、さいごに 11グラムほどに なります。
カイコは、クワの 葉を たべます。うまれた ときの 体重の 1まん倍ほどに なります[5]。1ぴきが 一生に たべる クワの 葉は 20〜25グラムで、その 8わりほどを さいごの 時きに たべるそうです[5]。
たくさん たべるのは、大きく なる ために ひつような ことなのです。
いもむしは、卵からかえったあと、何回か脱皮をくり返して大きくなります。脱皮と脱皮の間の時期を「齢」と呼び、最後の齢を終齢と言います。
アメリカで実験によく使われるタバコスズメガ(Manduca sexta)は、標準的な飼い方で5齢を経ます。体重が増える量の約90%が、最後の5齢に起きるという報告があります。典型的な最大体重は約11グラムです[4]。
日本でなじみ深いカイコは、桑の葉を食べます。多くの品種で5齢まであり、脱皮の前には動かずに休む「眠」を4回とります[6]。国土交通省の資料によると、孵化したときの約1万倍の体重になり、1頭が一生に食べる桑の葉は20〜25グラムです。そのうち約8割を、最後の5齢で食べるとされています[5]。20〜25グラムの8割は、計算すると16〜20グラムになります。ただし、これが生の葉の重さなのか、資料からは分からないため、目安として考えてください。
ここまでの話は、全部「葉を食べるいもむし」の話でした。では、葉をまったく食べないいもむしは、いるのでしょうか。
鱗翅目の幼虫は、脱皮ごとに齢を重ねて終齢に至る。タバコスズメガ(Manduca sexta)の標準飼育では5齢を経て、体重増加の約90%が終齢(5齢)に起こる。典型的な最大体重は約11g、摂食期間は12〜45日で、25℃・通常食なら約18日とされる[4]。
同じ傾向はカイコにも見られる。カイコは多くの品種で5齢を終齢とし、脱皮前に動きを止める眠を4回とる[6]。国土交通省の多言語データベースの資料は、孵化時の約1万倍の体重になること、1頭が一生に食べる桑の葉が20〜25gで、その約80%を最終の5齢で消費することを挙げる[5]。計算すれば約16〜20gだが、葉の重さが水分を含む生の状態かどうかは、資料から読みとれない。そのため、量そのものよりも「大半が終齢に集中する」という割合に注目するのが妥当だ。
ここまで扱った2種は、実験室や養蚕で飼育される種である。野外のアゲハ類の齢ごとの食べる量を示す資料は、この記事では使っていないので、アゲハにも同じ割合が当てはまるとは言い切れない。
では、ここまでの前提そのものが当てはまらない、葉を食べない幼虫は存在するのか。
5. 葉を たべない いもむしも いる
5. 葉を食べずに、虫を食べるいもむし
5. 肉食の幼虫 ── ゴイシシジミとハワイのシャクガ類
日本には、アブラムシを たべる いもむしが います。ゴイシシジミという 小さな チョウの いもむしで、タケや ササに ついた アブラムシを たべて 育ちます[7]。日本の チョウの なかでは、ここまで 肉を たべる ものは とても めずらしいと いわれます[7]。
シジミチョウの なかまには、ほかにも ふしぎな ものが います。クロシジミなど 3しゅは、アリの すに はこびこまれて 育ちます[8]。
ハワイには、もっと かわった いもむしが います。シャクガの なかまで、ハエや クモなどを まちぶせして つかまえます。うしろの 毛に 虫が さわると、前あしで つかむといいます。その うごきは、とても はやいそうです[9]。
こうした いもむしは、めずらしいと 考えられて います。ふつうの いもむしは、やはり 葉を たべます。
日本のチョウの中で、幼虫が完全な肉食という珍しい例が、ゴイシシジミです。ゴイシシジミの幼虫は、タケやササにつくアブラムシを食べて育ちます[7]。世界大百科事典の解説でも、シジミチョウ科の幼虫の多くは、双子葉植物の新芽や新葉、つぼみ、実を食べるが、ゴイシシジミはアブラムシを食べると説明されています[8]。
同じ科には、クロシジミなど3種のように、特定のアリの巣に運びこまれて育つものもいます。ゴマシジミなどは種によって、アリの幼虫や卵を食べることもあるそうです[8]。
海外には、もっと意外な例があります。ハワイに住むエダシャク類のうち、Eupithecia(ユーピテキア)という仲間の幼虫は、ハエやクモ、コオロギなどを待ち伏せして食べる肉食です。体の後ろの毛に獲物がふれると、前あしでつかむといいます[9]。ハワイの固有種では、この肉食が多くの種で知られ、チョウやガの仲間で待ち伏せ型の捕食者はめずらしいと、英語版の百科事典は述べています[10]。種の数は資料によってちがうため、十数種ほどと考えておくのが安全です。
葉を食べるのが当たり前に見えるいもむしの世界にも、こんな例外が混ざっています。
幼虫が植物を食べるという一般則には、顕著な例外がある。ゴイシシジミは、日本のチョウの中では例外的に、幼虫が完全な肉食性で、タケ・ササに寄生するアブラムシを食べて育つ[7]。世界大百科事典によれば、シジミチョウ科の幼虫は多くが双子葉植物の新芽・新葉・花蕾・実を食べる一方で、ゴイシシジミのようにアブラムシを食べるものや、クロシジミなど3種のように特定のアリの巣に運びこまれて育つものがある。ゴマシジミ・オオゴマシジミは、種によってアリの幼虫や卵を食べることもある[8]。
チョウやガの仲間(鱗翅目)全体で見ても、肉食の幼虫は特殊だ。ハワイのEupithecia属(エダシャク類)の幼虫は、ハエ・クモ・コオロギなどを待ち伏せして捕らえ、後ろの毛への接触をきっかけに前あしで獲物をつかむ[9]。英語版Wikipediaは、ハワイにすむEupithecia属の固有種の大半で、幼虫が待ち伏せ型の捕食者だと記し、その根拠にMontgomery(1983)を挙げている[10]。
ただし種数は資料間で食いちがう。観光会社のページには18種とあるが、百科事典の記述は「固有種のほとんど」にとどまる。この記事では「十数種」程度の表現にとどめ、正確な数は断定しない。
このように、食草の限定から肉食まで、幼虫の食性は大きな幅をもつ。では、自分の身近な場所で、この幅を確かめるにはどうすればよいか。
6. 家の 近くで、いもむしの ごはんを 見つけよう
6. 近所で「どの葉に、どのいもむしがいるか」を見てみる
6. 観察の道すじ ── 記録の取り方と、読む資料
庭や 公園で、いもむしを 見つけたら、どの 葉に いたか 見て みましょう。さわると あぶない いもむしも いるので、見るだけに します。
見つけた 日と、葉の 形、いもむしの 色を ノートに かいて おきます。葉の 名前が わからなければ、葉の 絵を かくだけでも だいじょうぶです。
いろいろな 場所で 見て いくと、「この いもむしは、いつも この 葉に いる」と 気づくかも しれません。なぜ そうなのかは、この きろくだけでは わかりません。ほかの 葉にも いないか、くらべて みましょう。
庭や公園で、いもむしを見つけたら、その下の葉をノートに絵でかいておきます。見つけた日、場所、葉の形、いもむしの色も一緒に書いておきます。
いもむしには、毒のある毛を持つものもいるので、さわらずに、見るだけにしてください。葉の名前が分からなければ、図鑑や地域の自然史館の資料で調べられます。
何回か記録がたまると、「このいもむしは、いつもこの植物にいる」というつながりが見えてくるかもしれません。理由はこの記録だけでは分かりませんが、ほかの植物にはいないかを比べると、手がかりが増えます。そう考えて葉を見ると、いつもの庭が少しちがって見えてきます。
観察では、いもむしを見つけた植物の名前、日付、場所を記録する。同じ種が複数の場所で同じ科の植物に見つかるかを調べると、食草の限定が実際にどの程度かを、自分のデータで確かめられる。毒のある毛を持つ種もいるため、素手でふれない。
資料を読むなら、まず出典[1](食草の具体例)と[3](産卵時の味覚受容体)を勧める。[3]は英語の論文だが、まずネイチャー・アジアの日本語要旨[3]を読んでみるとよい。
食草の限定が進化した理由は、解毒の負担という考え方が有力でも、まだ定説ではない[2]。野外のアゲハ類について、齢ごとにどれだけ食べるかという数字は、この記事の資料には含まれていない。自分で観察して数を取れば、その空白を埋める一歩になる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
資料はすべて2026年10月16日に確認しました。
- 長野市自然史館「茶臼山の自然」。https://www.city.nagano.nagano.jp/museum/sizensi/04_nature4b1.html (アゲハ・キアゲハの食草について)
- JT生命誌研究館 研究報告(2017年)。https://www.brh.co.jp/upload/labo_activity/lab01/attach/201701.pdf (食草の特異性とその理由の考え方について)
- Nature Communications 2:542(2011年)の要旨(ネイチャー・アジア)。https://www.natureasia.com/ja-jp/ncomms/abstracts/35071 (ナミアゲハの産卵時の味覚について)
- Manduca sexta の成長に関する論文(PMC4444085)。https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4444085 (終齢での体重増加の割合について)
- 国土交通省 多言語データベース 蚕の解説資料。https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001553091.pdf (カイコが食べる桑の葉の量について)
- ウィキペディア日本語版「カイコ」。https://ja.wikipedia.org/wiki/カイコ (齢と眠について。二次資料)
- ウィキペディア日本語版「ゴイシシジミ」。https://ja.wikipedia.org/wiki/ゴイシシジミ (幼虫の食べ物について。二次資料)
- コトバンク「しじみちょう」(世界大百科事典)。https://kotobank.jp/word/%E3%81%97%E3%81%98%E3%81%BF%E3%81%A1%E3%82%87%E3%81%86-3153952 (シジミチョウ科の幼虫の食べ物について)
- Hawaii Forest & Trail「carnivorous caterpillar」。https://hawaii-forest.com/carnivorous_catepillar/ (ハワイの肉食のいもむしについて。観光会社のページ)
- Wikipedia(英語版)「Eupithecia」。https://en.wikipedia.org/wiki/Eupithecia (ハワイ固有種の食性について。二次資料)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。