1. 象牙の かわりを さがした 人が いたの?
1. 象牙の代わりを探す時代に、セルロイドは生まれた
1. 象牙の代用品を求める時代に、セルロイドは特許になった
むかし、ビリヤードの 球は 象牙で つくられて いました。ぞうの 大きな きばです。ビリヤードを する 人が ふえると、象牙が たりなく なって きました。
1864年、アメリカの 会社が 「象牙の かわりに なる ざいりょうに、1万ドルを あげます」と よびかけました。
それから 6年 あと、ハイアットと いう 人が、セルロイドの つくりかたで 特許を とりました。セルロイドは、わたから つくる 硝化綿に、樟脳を まぜて つくる プラスチックの なかまです。しょうのうは、クスノキと いう 木から とる、すきとおった つぶです。
ただし、1万ドルを もらったのが ハイアットかどうかは、わかって いません。
では、この 新しい ざいりょうは、どうして 遠い 日本の 人形に なったのでしょう。
ビリヤードが人気になると、球の材料の象牙が足りなくなりました。1864年、アメリカのビリヤード用品会社が、象牙に代わる素材に1万ドルの懸賞を出したと、論文は伝えています[1]。
その6年後の1870年、ハイアットは、硝化綿に樟脳を加える方法で特許を取りました[1]。硝化綿は綿から作る素材で、樟脳はクスノキから取る結晶です。この2つを混ぜて作るプラスチックの一種が、セルロイドです[2]。辞典には発明の年を1868年とするものもあり、年は揺れますが、特許の年は1870年です。
ただし、懸賞を取ったのがハイアットだったかどうかは、はっきりしません。懸賞は、象牙の代用品が求められていた時代の空気を示すものとして読むのが安全です。
象牙の代用品として生まれた素材が、地球の反対側の日本で、人形の素材として大きく育つ。その理由を次の章で見ます。
ビリヤードの需要が増えると、球の材料である象牙の供給に無理が出た。そこで1864年、アメリカのフェラン・アンド・コレンダー社が、象牙に代わる素材に1万ドルの懸賞をかけた[1]。ここから、象牙の代用品を求める声が強い時代だったことが分かる。
この懸賞をハイアットが受賞したのかは、資料では示されていないので、そうは書けない。確かなのは、ハイアットが1870年に、ニトロセルロース(硝化綿)に樟脳を可塑剤として加える方法で、米国特許105338を得たことである[1]。可塑剤とは、材料をやわらかくして成形しやすくする添加物のことで、樟脳がその役をする。
セルロイドは、この硝化綿と樟脳の混合物で、プラスチックの一種とされる[2]。硝化綿は綿から、樟脳はクスノキから作られる[5]。発明の年は辞典で1868年とも1870年ともあるが、特許の年に当たる1870年と書くのが安全である[2]。
それにしても、象牙の代用品として生まれた素材が、なぜ地球の反対側の日本で人形の主役になったのか。次の章で、その入口になった人形を見る。
2. どうして 日本の 人形が 世界の おみせに ならんだの?
2. なぜ日本のセルロイド人形が、世界の市場に並んだのか
2. キューピーの需要に、日本の工場が応えた経緯
人形の 名前は キューピーです。1909年に アメリカの ローズ・オニールさんが えがいた キューピーが もとに なりました。1913年には ドイツで、やきものの キューピーも つくられました。
でも そのあと、ヨーロッパでは 人形づくりが うまく いかなく なりました。あいた 世界の 市場を うめたのが、日本の セルロイドの 人形だと、日本玩具博物館は せつめい して います。ねだんは 10せんから 1円ほど。はばが 10ばいも あるほど、いろいろな 人形が ありました。
つくって いたのは、東京の 葛飾区などの 町の 工場です。大正5年ごろから、セルロイドの おもちゃの 工場が、ものすごい いきおいで ふえました。
1927年(昭和2年)に、日本は 世界一に なりました。ただし、「つくった 数」で 一ばんと する 博物館と、「外国へ 売った お金」で 一ばんと する 博物館が あります。どちらで 数えるかで、せつめいが ちがいます。
もう 一つ、ひみつが あります。ざいりょうの しょうのうは、どこから 来たのでしょう。
きっかけの一つは、キューピーです。キューピーは1909年にアメリカのローズ・オニールが描いたキャラクターが原点で、1913年にはドイツで磁器の人形が作られました。ところが、その後ヨーロッパでの生産が乱れ、空いた世界市場を日本のセルロイド人形が埋めたと、日本玩具博物館は説明しています。値段は10銭から1円ほどで、10倍の幅がありました[4]。
日本では、大正の初めから昭和40年代にかけて、セルロイドの雑貨や玩具が作られました。東京の葛飾区の四つ木や立石などに工場が多く、キューピーのような外国風の人形が、大正から昭和の初めに海外へ送り出されています[3]。葛飾区では大正5年以降、工場が爆発的に増えました[5]。
そして1927(昭和2)年、日本のセルロイド玩具は世界一になります。日本玩具博物館は「輸出額」で、葛飾区の博物館は「生産数」で世界一としており、指標が異なります[4]。この記事では、どちらかに決めず、出典名つきで書き分けます。
工場と注文がそろっても、原料がなければ人形は作れません。セルロイドの原料の樟脳は、どこから来たのでしょうか。
キューピーは、1909年にアメリカのローズ・オニールが描いたキャラクターが原点である。1913年にはドイツで磁器の人形が作られたが、その後ヨーロッパでの生産が乱れ、空いた世界市場を日本のセルロイド人形が埋めたと、日本玩具博物館は説明する。値段は10銭から1円ほどで、1円は100銭だから、安い物から10倍の物まで幅があった[4]。
これに応えられたのは、すでに工場の集まりがあったからである。日本では大正初期から昭和40年代にかけてセルロイドの雑貨や玩具が作られ、葛飾区の四つ木や立石に工場が多かった。外国風の人形は大正から昭和初期に海外へ送られた[3]。葛飾区の博物館のブログによれば、大正5年以降に工場が爆発的に増え、昭和30年前後には一大生産地だった[5]。
その結果が、1927(昭和2)年の世界一である。ただし、日本玩具博物館は輸出額で、葛飾区の博物館は生産数で世界一としており、指標が食いちがう[4]。2つの数え方を混ぜず、どちらの資料の言い方かを分けて読む必要がある。
世界市場の空き、すでにあった工場、そして安い値段。ここまでが入口の答えで、もう一つ、原料の側にも理由があった。セルロイドの樟脳は、どこから来たのか。
3. 人形の もとは、台湾の 木だったの?
3. 人形の原料の樟脳は、どこから来たのか
3. 世界一を支えた原料:台湾のクスノキと、樟脳の行方
セルロイドに ひつような しょうのうは、クスノキから つくります。そのころの 日本は 台湾も おさめて いて、台湾で しょうのうを 安く 手に入れる ことが できました。
1930年代に 日本が 世界一の つくった りょうに なった わけの 一つに、日本大百科全書は この ことを あげて います。
しょうのうは、タンスの 虫よけにも 使われる ざいりょうです。のちに、台湾の しょうのうは ずっと へりました。1962年には、国が 売り方を きめる しくみも なくなり、日本の しょうのうづくりも すくなく なりました。
世界へ おくられた 人形には、クスノキから つくる 樟脳が 使われて いました。
けれども、セルロイドには、こまった ところも ありました。
樟脳は、独特の香りがある無色透明の結晶で、セルロイドのほか、無煙火薬の原料や防虫剤にも使われます[6]。その原料はクスノキです。
日本大百科全書は、1930年代に日本が世界一の生産量を示した理由として、当時日本が統治していた台湾で、安価な天然樟脳が採れたことを挙げています[2]。世界大百科事典には、1936年から39年ごろの生産が年間1万トン以上とあります[2]。
この原料の流れは、のちに変わります。戦後、台湾での天然樟脳の生産は著しく減り、1962年に国が売り方を決める専売制度が廃止されると、国内の生産も急に減りました[6]。
世界一の人形の裏には、クスノキという木から取る原料があった、ということになります。ただ、それだけで素材の命運が決まったわけではありません。セルロイドには、大きな弱点がありました。
樟脳は、特有の香りをもつ無色透明の結晶で、セルロイドや無煙火薬の製造原料、防虫剤、医薬品などに使われる[6]。原料はクスノキである。ここに、日本の優位の理由の一つがあった。
日本大百科全書は、1930年代に日本が世界一の生産量を示した理由の一つに、当時日本が統治していた台湾で、安価な天然樟脳が採れたことを挙げる。世界大百科事典は、1936〜39年ごろの生産が年間1万トン以上だったとする[2]。つまり、クスノキから取る原料が台湾で安く得られたことが、日本の生産を支えていた。
したがって、この優位は原料の供給に頼る面があった。実際、戦後に台湾の統治が変わると、天然樟脳の生産は著しく減り、さらに1962年に専売制度が廃止されると、国内生産も急減した[6]。
ただし、国内の工場が次々に閉じていく理由として資料が挙げるのは、原料の話ではない。語られているのは、セルロイド自身の性質のほうである。
4. もえやすい ことは、おもちゃを どう かえたの?
4. 燃えやすさは、おもちゃの顔ぶれをどう変えたのか
4. 燃えやすさがもたらした工場の廃業と、ソフビへの交代
セルロイドには、とても もえやすい ところが ありました。170どから 190どより あつく なると、火が つく といわれます。しりょうに よって、すうじが ちがいます。
昭和20年代の おわりごろから、もえやすさも あって、アメリカへ 売る 数が へりました。工場は しだいに しまわれ、いまは セルロイドの おもちゃを つくる 工場は ありません。
そのころ、ソフトビニール(ソフビ)と いう やわらかい ざいりょうが 使われ はじめました。もえる きけんの ために セルロイドが 使いにくく なり、かわりに ソフビが 使われたと される ことが あります。
また、古い セルロイドは、いたむと さんせいの ガスを 出す ことが あります。ですから、博物館では ほかの ものと わけて しまって います。
では、もえやすさは、むかしの 話だけでしょうか。
セルロイドは、硬くて柔軟性が高い一方で、非常に燃えやすい素材です[7]。170℃以上で発火するとされ、火事の原因にもなりました。辞典は190℃以上としており、資料によって数字が違うので、「約170〜190℃以上」と読むのが安全です[5]。
昭和20年代の後半から、可燃性を背景にアメリカへの輸出が減り、葛飾区の工場は次々に廃業しました。いまはセルロイド玩具を作る工場はありません[5]。
代わりに使われ始めたのがソフトビニール(ソフビ)で、1950年代に、発火の危険から玩具への使用が規制されたセルロイドに替わる素材として使われ始めたとされます。日本玩具博物館も、1950〜60年代にソフビへ移ったと述べています[4]。
燃えやすさのほかに、劣化すると酸性のガスを出すことがあります。そのため、歴史資料として残すときは、ほかの素材と別に保管する必要があります[7]。
こうした性質は、昔のおもちゃだけの話なのでしょうか。思わぬところで、同じ性質が話題になります。
セルロイドは、硬質で柔軟性が高い一方、非常に燃えやすい。発火の温度は、葛飾区の博物館のブログでは170℃以上、辞典では190℃以上と、出典で異なるため、約170〜190℃以上と書くのが妥当である[5][2]。劣化すると酸性ガスを出すことがあり、歴史資料の保存では他の素材と別に保管する[7]。
この性質は、輸出の現場でも響いた。葛飾区では昭和20年代後半から、可燃性を背景にアメリカへの輸出が減り、工場は廃業へ向かった。昭和30年前後に一大生産地だった町に、いまは作る工場がない[5]。
素材の交代も、同じ時期に進んだ。ソフトビニール(ソフビ)は、1950年代に、発火の危険から玩具への使用が規制されたセルロイドに替わる素材として使われ始めたとされ、日本玩具博物館も1950〜60年代にソフビへ移ったと述べる[4]。
燃えやすさという短所が、輸出の減少、工場の廃業、素材の交代へとつながる。しかし、これは1950年代で終わった話ではない。同じ性質が、60年後のスポーツで再び問題になる。
5. 卓球の 球は、どうして かわったの?
5. 2014年、卓球のボールが替わった理由
5. 卓球ボールの素材変更:2014年に燃えやすさが再び問題になった
2014年7月1日から、国際卓球連盟は、こうにんたいかいと 世界せんしゅけんで 使う 球を、セルロイドから プラスチックの 球に かえました。
りゆうは、もえやすい ことの ほか、ひこうきで 運びにくい ことや、セルロイドの 板が へって きた ことです。もえやすい ものと して あつかわれ、ひこうきへの 持ちこみが きんしされて いたと つたえられます。
会長は 「考えて えらんだと いうより、そう する ひつようが あった」と 話しました。
日本の ボールの 会社の ニッタクは、打った ときの 感じを 前に 近づけるのに、およそ 2年 かかったと されて います。
むかしの 人形の 話と、いまの 卓球の 話が、同じ ざいりょうで つながって いました。
国際卓球連盟は、2014年7月1日から、公認大会と世界選手権で使う球を、セルロイドからプラスチック製の複合球に切り替えました。理由は、燃えやすさ、航空輸送の制約、セルロイド板の供給が減ったことなどと報じられました[8]。会長は、設計というより必要性から決めたと述べています[8]。
セルロイドの球は発火しやすく、危険物として扱われ、飛行機への持ち込みが禁止されていました。メーカーのニッタクは、ABS樹脂の球を作るにあたり、打ったときの感じを従来に近づけるのに約2年かかったとされます[9]。
キューピーの時代にも、ずっとあとの卓球にも、同じ素材の同じ性質が出てきます。燃えやすいことが、人形を世界へ運んだ素材を、おもちゃから遠ざけ、スポーツの現場からも退かせました。
では、身のまわりでは、どんな素材が使われているのでしょうか。
国際卓球連盟は、2014年7月1日から、公認大会と世界選手権の球を、セルロイドからプラスチック製の複合球に切り替えた。切り替えの理由として、燃えやすさ、航空輸送の制約、セルロイド板の供給減などが挙げられた。連盟の会長は、球の設計を優先したというより、必要に迫られての決定だったと述べている[8]。
輸送の制約は、具体的には、セルロイド球が発火性が高いために危険物扱いとなり、飛行機への持ち込みが禁止されていたことを指す。選手や用具が飛行機で世界を移動する大会にとって、この制約は小さくなかったはずである。ニッタクはABS樹脂を採用したが、打感を従来に近づけるのに約2年かかったとされる[9]。
卓球の球は、素材が変わると打ったときの感じも変わる。ニッタクは、その感じを従来に近づけるのに約2年かかったとされる。
象牙の代わりから生まれ、キューピーを世界へ運び、1950年代にはソフビへ席を譲り、2014年には卓球から退いた。燃えやすさは、人形の素材選びにも、卓球ボールの素材変更にも関わった。では、身近な素材は、いま何でできているのか。
6. 家の 中の 球や おもちゃを しらべて みよう
6. 身のまわりの素材を調べてみる
6. 素材表示と一次資料で、自分で確かめる
きょう できる こと
おもちゃや ボールの うらや はこに、ざいりょうが 書いて ないか 見て みましょう。「プラスチック」と 書いて あるものも あれば、ゴムや 木の ものも あります。見つけた ざいりょうを、ノートに 書いて みましょう。
タンスの 防虫剤の ふくろに 「ショウノウ」と 書いて あるか、おとなの 人と 見て みましょう。ふくろは あけない、においを かぎすぎない、口に 入れない、が やくそくです。
きを つける こと
古い セルロイドの おもちゃが あっても、火に ちかづけたり、もやして ためしたり しては いけません。
しらべる とき
葛飾区の 博物館の ブログは、日本語で 読めます。セルロイドの 町の 写真や 話が あります。
素材表示を探す
家にあるおもちゃやボールの箱、底、タグを見て、素材表示を探してみましょう。見つけた素材をノートに書き、「どうしてこの素材なのだろう」と考えると、おもちゃの見え方が変わります。
タンスの防虫剤の袋に「ショウノウ」と書かれたものがあるか、家の人と一緒に確かめるのもよいでしょう。袋は開けず、においをかぎすぎず、口に入れないことが約束です。今は別の成分が多いので、見つからなくても不思議ではありません。
安全のために
古いセルロイドの玩具が見つかっても、火に近づけたり、燃やして確かめたりしてはいけません。
資料を読むなら
葛飾区郷土と天文の博物館のブログ[5]と特別展のページ[3]は日本語で読め、工場の町のようすが分かります。日本玩具博物館のページ[4]には、キューピー人形の輸出の話があります。
素材表示で確かめる
家にある玩具やボールの素材表示を探し、素材名を記録する。表示がない物は、そのこと自体を記録する。素材の名前と用途を並べると、どの性質が選ばれているかを考える材料になる。防虫剤の袋に「ショウノウ」の表示があるかを家の人と確認するのもよいが、袋は開けず、においをかぎすぎず、口に入れない。
安全について
古いセルロイド玩具を火に近づけたり、燃やして確かめたりしてはならない。燃やして確かめるのは危険なので、家では試さない。
資料を読むなら
葛飾区郷土と天文の博物館のブログ[5]と特別展のページ[3]は、工場の町の様子を日本語で伝える。日本玩具博物館のページ[4]は、キューピー人形の輸出の話を詳しく扱う。卓球ボールの変更は、日本語の解説[9]で読める。樟脳の用途と衰退は辞典の項目[6]で読める。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- Best billiard ball in the 19th century(論文). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10651075/ (象牙代用品の懸賞/ハイアットの特許)
- コトバンク「セルロイド」(デジタル大辞泉・日本大百科全書・世界大百科事典ほか). https://kotobank.jp/word/%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89-3157305 (セルロイドの定義/台湾の樟脳と生産量)
- 葛飾区郷土と天文の博物館 特別展「セルロイドの町かつしか」. https://www.museum.city.katsushika.lg.jp/exhibition/2019/10/post-14.php (日本の生産と工場の場所)
- 日本玩具博物館「セルロイドのキューピー人形」. https://japan-toy-museum.org/archives/monthly/%E3%80%8C%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%81%AE%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%94%E3%83%BC%E4%BA%BA%E5%BD%A2%E3%80%8D (キューピーの輸出/世界一/ソフビへの移行)
- 葛飾区郷土と天文の博物館ブログ「戦前戦後の葛飾区で盛んだったセルロイド玩具製造」. https://www.museum.city.katsushika.lg.jp/blog/2021/09/post-15.php (原料/発火の温度/工場の増減)
- コトバンク「樟脳」(デジタル大辞泉・日本大百科全書). https://kotobank.jp/word/%E6%A8%9F%E8%84%B3-532901 (樟脳の用途/生産の減少)
- テレメール進学情報 講義「科学の力で歴史資料を守る」. https://telemail.jp/shingaku/academics-research/lecture/g016240 (燃えやすさと保存)
- Stabroek News「Table tennis played with plastic balls」2014. https://stabroeknews.com/2014/08/07/sports/table-tennis-played-plastic-balls (卓球ボールの素材変更と理由)
- Number Web「卓球ボール素材の変更」. https://number.bunshun.jp/articles/-/853906 (飛行機への持ち込み/打感の調整)
なおした ところ
更新履歴
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