1. カメレオンの 舌は、どれくらい はやいの?
1. 小さなカメレオンの舌は、車の加速にたとえられる
1. 最小種の舌は、止まった状態から約0.01秒で「時速97km」に当たる加速をする
カメレオンが、とおくの むしを つかまえる ところを、おもいうかべて ください。舌が ぴゅっと のびて、むしに くっつき、すぐに もどります。
この うごきを、とても はやく うつせる カメラで しらべた けんきゅうが あります。20しゅるいの カメレオンを くらべました。
いちばん ちいさい なかまでは、舌が うごきだして 100ぶんの 1びょうほどで、くるまが 時速97kmに なるのと おなじくらいの いきおいで ふえる、と たとえられました。コオロギを つかまえるまでは、やく 20ミリびょう、つまり 50ぶんの 1びょうほどです。
ただし、ほんとうに 舌が 時速97kmで とぶ わけでは ありません。「どれだけ きゅうに はやく なるか」の たとえです。
カメレオンが昆虫に舌を伸ばす場面は、人の目では追いきれません。2016年の研究では、体長が約4cmから約20cmまでの20種のカメレオンの食事を高速度カメラで撮影し、舌の動きを比べました[1]。
最も小さい種類の一つ、Rhampholeon spinosusでは、舌の最大加速度が2,590 m/s²でした。重力の加速度の約264倍です。大学の広報はこれを、止まった状態から約100分の1秒で時速60マイル(約97km)に達する車にたとえ、コオロギを捕らえるのは約20ミリ秒(50分の1秒)だと紹介しました[2]。
ここで注意したいのは、車の例えは「加速の大きさ」の話だということです。舌の最高速度そのものは、種によって秒速3〜5mほどで、時速97kmではありません[1]。ふつうに考えれば、そんなに急な加速を、筋肉の力だけで出せるのでしょうか。
この研究は、体長(鼻先から総排泄口まで。しっぽは含まない)が約40〜198mmの20種のカメレオンを高速度カメラで撮り、摂食時の舌の動きを比べたものである[1]。最小級のRhampholeon spinosusでは、舌の最大加速度が2,590 m/s²(重力加速度の約264倍)、筋肉1kgあたりの最大出力が14,040 Wに達した。種全体では加速度は約29〜264倍の幅がある。
大学の広報はこの加速度を、止まった状態から約100分の1秒で時速60マイル(約97km/h)に達する車にたとえ、コオロギへ舌を伸ばして捕らえるまでが約20ミリ秒だと説明した[2]。ただし、この比喩は「加速の大きさ」を表すもので、舌が時速97kmで飛ぶという意味ではない。論文の表では、舌の最高速度は種によって秒速2.91〜5.41m(時速で約10〜19km)、舌が出きるまでの時間は約9.7〜54.6ミリ秒、届く距離は体長の平均1.5倍、最大で2.5倍とされている[1]。
最高速度は車よりずっと遅いのに、加速度だけが桁外れに大きい。この組み合わせが、次の疑問につながる。筋肉は、本当にこの加速度を直接出しているのだろうか。
2. 筋肉の ちからだけでは ないって、ほんとう?
2. 筋肉は「ばねをためる係」だった
2. 筋肉でためて、弾性反動で飛び出す:力‐速度のトレードオフと力‐速度のトレードオフ
この けんきゅうでは、舌は 筋肉が ぐいっと おして とばしている のでは ない、と かんがえられました。
ゆみを おもいだして ください。ゆみを ひく ときは、うでの ちからを つかって、ゆっくり ぎゅーっと ひきます。そして ゆびを はなすと、やが ぱっと とびます。やを とばすのは、ひきしぼった ゆみの ちからです。
カメレオンも にています。筋肉が、のびちぢみする やわらかい ぶぶんを ひっぱって、ちからを ためます。それが ぱっと もどる いきおいで、舌が とびだします。そのあとは、いきおいだけで むしまで とんで いきます。
ただし、ゆみは たとえです。カメレオンの 舌に、ゆみの つるのような とめぐが あるのかは、この きじで つかった しりょうでは、わかりません。
では、舌は何の力で飛び出すのでしょうか。論文によると、舌は筋肉の収縮で直接加速されるのではなく、弾性組織が縮む「弾性反動」で舌骨から加速されます。その後は、舌が自分の勢い(慣性)だけで獲物へ飛んでいきます[1]。
弓を引くときの腕を思い浮かべてください。腕の筋肉はゆっくり力を出して弓をしならせるだけで、矢を飛ばすのはしなった弓の復元する力です。広報の説明でも、舌の発射は弓を引くのに似ていて、筋肉が弾性組織を引き伸ばしてエネルギーをため、それが放たれて舌が出ます[2][3]。
なぜ、筋肉が直接動かさないほうが速いのでしょうか。筋肉には、速く縮もうとするほど出せる力が小さくなる性質があります。そのため、とても速い動きをする動物は、遅くて力の強い縮み方で時間をかけてばねをため、一瞬で放すという方法をとる、とLaMSA(ばねと留め具で動く超高速運動)の研究グループは説明しています[4]。
筋肉が直接この加速度を出しているなら、出力は筋肉の限界を超えるはずだ。計算すると、最小級の種では筋肉1kgあたり14,040 Wになる。論文は、これを過去の鳥の飛行筋で報告されている約1,121 W/kgと比べ、はるかに大きいとしている[1]。およそ12倍である。
そこで論文は、舌は筋肉の収縮で直接動くのではなく、舌骨の周りの弾性組織の反動で加速され、その後は慣性だけで獲物へ飛ぶ、と説明する。広報の言い方では、筋肉が弾性組織を引き伸ばしてエネルギーをため、放たれて舌が出る[1][2][3]。
ではなぜ、ためる方式が高速に向くのか。ばねを使う超高速運動(LaMSA)を調べているグループによれば、筋肉は縮む速さが上がるほど出せる力が下がる(力‐速度のトレードオフ)。だから高速の動物は、遅く強く縮む筋肉でばねにエネルギーを時間をかけてため、短時間で一気に解放する[4]。つまり、筋肉は動力ではなく、ためる役を引き受けている。なお、カメレオンの舌が留め具(ラッチ)を持つ型かどうかは、ここで使った資料には書かれていないので、LaMSAの名で一括りにはしない。
3. おおきい カメレオンと ちいさい カメレオン、どっちが はやい?
3. 小さな種ほど加速が大きいという逆転
3. 小型種ほど舌の加速も出力も大きい:体格あたりの比較
おおきい カメレオンの ほうが、つよくて はやそうに みえますよね。ところが、20しゅるいを くらべると、ちいさい しゅるいの ほうが、きゅうに はやく なれました。
いちばん おおきい しゅるいでは、そのいきおいが、いちばん ちいさい しゅるいの 100ぶんの 18より すくなかった のです。ちいさい カメレオンは、からだの おおきさに くらべて、舌を とおくまで のばせることも わかりました。
どうして ちいさい ほうが いいのかは、はっきり いえません。しりょうでは、ためる ぶぶんの わりあいが、ちいさい しゅるいほど おおきいらしい、と いわれています。
これは「おおきい カメレオンが だめ」という はなしでは ありません。おおきい カメレオンの 舌も、ちゃんと むしを つかまえます。
大きい生きもののほうが速い、と思いがちです。しかし20種を比べると、小さい種ほど体の大きさに対して舌を遠くまで出せました。最大加速度も、筋肉1kgあたりの出力も、小さい種ほど大きくなりました。最大の種(Furcifer oustaleti)の最大加速度は、最小種の18%未満でした[2]。
理由として広報が挙げるのは、全種に共通する「カタパルト状の発射装置」が、小さい種ほど体に占める割合として大きいことです[2]。ただし、これは広報が示した説明です。
誤解しないでください。大きい種が「遅い」のではありません。大きい種も、加速度と体の大きさあたりの出力が小さいだけで、十分に獲物を捕らえています。比べているのは、体のサイズに対して舌がどれだけ頑張れるか、という見方です。
20種の比較から出る結論は、サイズと性能の関係が逆になっている点だ。小さい種ほど、体長に対する舌の到達距離が大きく、最大加速度も体格あたりの出力も大きい。最大種Furcifer oustaletiの最大加速度は、最小種の18%未満(2,590 m/s²の18%なら約470 m/s²未満)にとどまった[2]。種全体の加速度の幅は約29〜264倍の重力加速度だから、種によって一桁近い差がある[1]。
広報はその背景として、全種に共通する「カタパルト状の発射装置」が、小型種では体に占める割合として相対的に大きいと述べる[2]。これは広報の記述で、因果関係を実験で示したものではない点に注意したい。
なお、これは大型種が不利という意味ではない。加速度は小さくとも、最大種も舌を出して獲物を捕らえている。比較の軸は「体の大きさあたりの性能」であり、絶対的な速さの優劣ではない。
4. さむい あさでも、舌は うごくの? むしは にげられないの?
4. 寒くても舌は出る:筋肉の遅さを避ける利点と粘液
4. 低温でも出る舌、戻す筋肉は遅くなる:温度依存性と粘液
カメレオンの からだの おんどは、まわりの あつさ さむさに ひきずられます。さむいと、うごきが のろく なりがちです。
ベールドカメレオンで、15ど、25ど、35どを くらべた けんきゅうが あります。舌を だす はやさは、10ど さがるごとに 1わりから 2わりほどしか おちませんでした。いっぽう、舌を もどす ほうは、4わりを こえて おちました。
だす ほうは「ためた ちから」を つかい、もどす ほうは 筋肉で ひくから、と かんがえられています。
むしを にがさない ひみつも あります。舌の さきは、ひとの つばより ずっと ねばねばする えきで ぬれていて、むしを くっつけたまま ひきもどせます。
爬虫類の体温は、まわりの気温に引きずられます。それでも舌は、寒さで極端には遅くなりません。ベールドカメレオンの15・25・35℃を比べた研究では、舌を出す速度と出力は、10℃下がるごとに10〜19%しか落ちませんでした。一方、筋肉で舌を戻す動きは、42%以上落ちました[3]。
出すのに使う弾性反動は、低温で筋肉が遅くなる影響を受けにくい、と説明されています。一方、戻す動きは筋肉そのものの速さに左右されるわけです。
舌の先には、ねばねばした粘液もあります。粘着力があって、獲物を舌につけたまま引き戻せるそうです。人の唾液より粘性がはるかに高いという報告ですが、倍率は紹介する資料によって異なります[7]。
「ためて放す」方式には、もう一つ利点がある。外温動物の筋肉は、低温では縮む速さが落ちる。ベールドカメレオンを15・25・35℃で比べた実験では、舌を出す速度・出力は10℃下がるごとに10〜19%しか落ちなかったが、筋肉で舌を戻す速度は42%以上落ちた[3]。出す動きは弾性反動で、筋肉の収縮速度の温度依存を直接受けないためと解釈される。
ただし、舌を出せても、獲物が逃げたら意味がない。舌先の粘液は人の唾液より粘性が高く、粘着力で獲物をつけたまま引き戻せるとNature Physics(2016)の紹介記事は述べる。倍率は資料によって約400倍とも約1000倍ともあるため、ここでは数値を使わない[7]。
5. シャコや アリも、おなじ しくみを つかうの?
5. シャコやトラバサミアリの「ためて放す」
5. 筋肉の限界を超える別の動物:シャコとトラバサミアリの数値
「ためて、はなす」ことで はやく うごく いきものは、カメレオンだけでは ありません。
うみの シャコは、筋肉で ばねを ためて、とめぐを はずして、うでの さきの かたまりを ぱっと うちだします。いちばん はやい ときで 1びょうに 23mすすむ、と しらべられました。
トラバサミアリという アリは、あたまの おおきな 筋肉で、あごを あけたまま おさえます。とめぐが はずれると、あごが ばちんと しまります。1かいの うごきは 0.13ミリびょうで、とても みじかい じかんです。
アリは、あごで じめんを たたいて、6cmから 8cmほど とびあがることも できるそうです。てきを うちながら、じぶんは とびのく つかい方も します。
いきものごとに、からだも はかる ほうほうも ちがいます。だれが いちばんかは、きめません。
同じ「ためて放す」しくみは、ほかの動物にも見つかっています。シャコ(Odontodactylus scyllarus)は、鞍の形をした関節の構造をばねにして、腕の先の棍棒のような部分を打ち出します。打撃の速さは最大で秒速約23m(時速約83km)、加速度は重力の6,300〜8,000倍と報告されました。発表は2004年です[5]。
トラバサミアリ(Odontomachus bauri)の大あごは、頭の大きな筋肉があごを開いたまま押さえておき、留め具が外れると一気に閉じます。秒速35〜64mで閉じ、1回の動きは平均0.13ミリ秒、加速度は重力の約10万倍です。クロスボウにたとえられています[6]。
アリは、この大あごで地面を打って6〜8cm跳び上がったり、侵入者を打ちながら自分は飛びのいたりもします[6]。ひとつの仕組みが、狩りにも逃げにも使われるのです。
カメレオン、シャコ、アリは、種も大きさも測り方も違うので、数字を並べて勝ち負けを決めることはできません。共通するのは、筋肉が動力ではなく、ためる役にまわっている点です。
同じ原理は、系統の離れた動物でも報告されている。シャコ(Odontodactylus scyllarus)は、鞍形の関節構造がばねとして働き、エネルギーをため込んで一瞬で解放すると2004年に報告された。打撃の速さは14〜23m/s(最大値は水中で約83km/h)、加速度は重力の6,300〜8,000倍である[5]。
トラバサミアリ(Odontomachus bauri)では、頭部の大きな筋肉が大あごを開いたまま押さえ、留め具が外れると閉じる。大あごは秒速35〜64mで閉じ、1回の動きは平均0.13ミリ秒、加速度は重力の約10万倍。広報は、これを自力で動く捕食の打撃としては最速だと述べる。落下で加速するハヤブサの急降下は、別の現象として区別されている[6]。
この大あごは、地面を打って6.1〜8.3cm跳び上がる脱出や、侵入者を打ちながら自分は飛びのく防御にも使われる[6]。一つの仕組みが複数の用途を持つことになる。
注意点として、種・体のサイズ・測定法が違うため、これらを直接の数値の優劣として比べるのは適切でない。シャコの23m/sはBerkeleyの広報による数値で、論文本文は未確認である。共通点は、遅く強い筋肉でためて、速く解放するという構造にある。
6. ゆびで「ためて、はなす」を ためしてみよう
6. 指ではじくとき、ためているのはどこか
6. 自分の指で「ため」を観察する:デコピンと原典の読み方
じぶんの ゆびで、ためて はなす ところを かんじられます。ひとさしゆびを、おやゆびで おさえて、ぐっと ちからを ためます。そこから ぱっと はなして、つくえを かるく はじきます。
ゆっくり うごかす ときと、くらべて みましょう。おやゆびは ゆびを とめて いる やくで、ちからを ためている ところだと かんじられるはずです。
あいてに むけては いけません。つくえの うえで、かるく ためして ください。
カメレオンの 舌は、どこで ちからを ためているのでしょう。ほんで しらべたくなったら、「しゃこ」「トラバサミアリ」も さがして みて ください。
指のデコピンも、「ため」と「放す」の2段階でできています。人さし指を親指で押さえて力をため、放すとはじけます。ゆっくり動かすときと比べると、親指が止め役になり、人さし指が一瞬で動くことが体で感じられます。人に向けず、机の上でそっと試してください。
ただし、人の指のしくみは、カメレオンやシャコとは別物です。指は筋肉が力を出して動くので、この体験は「ためて放す」の感覚をつかむための例にとどまります。
もう一歩進むなら、まだ気になるのは、カメレオンの舌に、シャコやアリのような留め具があるのかどうかです。出典欄の2016年の論文(英語)には、小さい種ほど速い理由を調べた手がかりがあり、日本語の資料ではNature Asiaの粘液の紹介記事を読めます。
家でできる観察として、デコピンがある。人さし指を親指で押さえて力をため、放すと指が弾く。ゆっくり動かしたときと比べると、止める役と動く役が分かれる感覚がつかめる。ただしこれは、指の筋肉が力を出して動くもので、舌の弾性反動とは別の機構だ。人に向けず、机の上で軽く行うこと。
原典に当たるなら、2016年のScientific Reports論文(出典欄の[1]。英語)が出発点になる。確認したいのは、表1の20種の速度・加速度・出力、小型種と大型種の差、鳥の飛行筋との比較である。広報の比喩(車の0〜60マイル)が、論文のどの数値に対応するかを自分で計算してみると、広報と論文の違いがはっきりする。なお、日本語で読めるのは、粘液を扱ったNature Asiaの紹介記事([7])などに限られる。
残る問いは、カメレオンの舌がシャコやアリのような留め具を持つのか、小さい種が有利になる理由を実験で確かめられるか、の2つである。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った事実を確かめた資料です。数値は、論文と大学の広報で食いちがいがないかを見て使いました。
- Anderson, C. V. (2016) "Off like a shot: scaling of ballistic tongue projection reveals extremely high performance in small chameleons", Scientific Reports. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4698635 (舌の加速度・速度・出力・弾性反動)
- Brown University News (2016-01-04) カメレオンの舌の研究の紹介. https://www.brown.edu/news/2016-01-04/chameleon (車の比喩・小型種ほど速いこと)
- Phys.org (2010) カメレオンの舌と低温についての紹介記事. https://phys.org/news/2010-03-chameleon-tongues-cold-video.html (低温での舌の速さ・エネルギーのため方)
- Patek Lab, Duke University. Latch-mediated spring actuation (LaMSA). https://pateklab.biology.duke.edu/research/mechanics-of-ultrafast-movement/latch-mediated-spring-actuation-lamsa/ (ばねと留め具で動く超高速運動の説明)
- UC Berkeley News (2004-04-21) シャコの打撃の研究の発表. https://newsarchive.berkeley.edu/news/media/releases/2004/04/21_shrimp.shtml (シャコの速さと加速度)
- UC Berkeley News (2006-08-21) トラバサミアリの研究の発表. https://newsarchive.berkeley.edu/news/media/releases/2006/08/21_ant.shtml (アリの大あごの速さと使い道)
- Nature Asia (Nature Physics 2016の紹介) カメレオンの舌の粘液. https://www.natureasia.com/ja-jp/life-sci/research/10746 (舌先の粘液・日本語)
なおした ところ
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