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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

せきたんは、むかしの 森から どうやって できたの?

石炭は、大昔の森からどうやってできたのか ── キノコの説と2016年の反論

石炭は「腐らなかった森」か:木を分解する菌がいなかったという説と、巨木のつくりから出た2016年の反論

分野:自然

もえる くろい いし、せきたんは、むかしの もりの しょくぶつが かわった ものです[1]。ふつう、かれた 木は くさって なくなります。それなのに、どうして もりが まるごと いしに なるほど のこったのでしょう。

「きのこが 木を こなごなに できなかったから」という せつが ありました。ところが 2016ねんに、せきたんの もとの おおきな 木の つくりを しらべた けんきゅうが、その せつに はんろんしました。この メモでは、せきたんが できる みちすじと、その はんろんの わけを みます。日本の せきたんが、せかいの ものと ちがう じだいの もりだった ことも でてきます。

さきに こたえを いうと、せきたんは こうして できました。みずに つかった ぬまや しつちでは、かれた 木や くさが とちゅうまでしか くさらずに つもります[2]。それが つちの なかに うまり、ながい あいだ ちかの ねつと おす ちからを うけて、くろい いしに かわったのです[1]。

ストーブや製鉄に使われてきた石炭は、元は大昔の森の植物です[1]。ところが、森の木は枯れれば普通は腐って消えます。なぜ、石になるほど大量に残った森があったのでしょうか。

有名な説は、「当時はキノコの仲間が木を分解できなかった」というものです。ところが2016年、石炭の材料になった巨木のつくりを調べた研究が、この説に反論しました。この記事では、石炭ができる道筋と、その反論の中身を見ます。日本の石炭が世界の石炭とは別の時代の森だったことも出てきます。

先に答えの骨組みを言っておきます。水に浸かった湿地や沼では、枯れた植物が分解しきらずに泥炭として積もります[2]。その泥炭が地中に埋まり、長い年月のあいだ熱と圧力を受けて変わったものが石炭です[1]。2016年の反論は、キノコの説の代わりに「湿った熱帯の気候」と「植物を長く埋めておける大きな盆地」を挙げました[9][10]。

2012年、「木材を分解できる菌が現れる前に石炭ができた」とする説が発表された。石炭紀に枯れ木が分解されず膨大な量が埋まったのは、菌がまだ追いついていなかったからだ、という見立てである。ところが2016年、石炭の材料になった巨木の構造を調べた論文が、この説に異を唱えた。

石炭は、地中に埋もれた過去の植物が長い年月をかけて炭化した可燃性の岩石である[1]。この記事では、石炭化の道筋を押さえたうえで2つの主張を比べ、日本の石炭が世界の主な石炭紀〜ペルム紀のものとは別の古第三紀の森に由来する点にも触れる。

題名の問いに先に答えておく。石炭は、水に浸かった湿地で分解が追いつかず泥炭として積もった植物が、埋没後に熱と圧力で変質したものであり[1][2]、その意味では「腐りきらなかった森」と言える。ただし、腐らなかった理由を菌の不在に求める説に対し、2016年の論文は、石炭の主な材料だった巨木はリグニンの少ない周皮で体を支えており、石炭の堆積速度も植物の入れ替わりと対応しないと反論し[9]、代わりに湿った熱帯の気候と大きな盆地を挙げた[10]。どちらが正しいかは、まだ決着していない。

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1. もえる くろい いしは、なにで できているの?

1. 黒く燃える石は、何でできているのか

1. 石炭の正体:植物由来の可燃性岩石という定義

せきたんは、さわると かたくて、くろい いしです。でも、もとは いきて いた しょくぶつです。むかしの もりの 木や くさが、つちの なかに うもれて、とても ながい あいだ、ねつと おす ちからを うけて、かわって いきました[1]。

ここで ふしぎな ことが あります。もりの 木は、かれると くさって、つちに かえります。せきたんに なる ためには、くさって なくなる まえに うまる ひつようが あります。

では、どんな ところなら、かれた 木が くさらずに つもるのでしょうか。

石炭は、地中に積もった昔の植物が、埋まってからの長い年月のあいだに変質してできた、燃える岩石です。地下で受ける熱と圧力の影響が長く続くことが、できる条件の一つだと説明されています[1]。

石炭は生き物に由来しますが、元の形や構造を残していないため、化石には分類しないのが一般的だといいます[11]。大昔の森そのものというより、森がいったん「燃料のかたまり」に作り変えられたものと言えそうです。

ここに一つ、引っかかる点があります。落ち葉や枯れ木は、放っておけば微生物などに分解されて消えていきます。石炭になるには、分解される前に埋まらなければいけません。どんな場所なら、それが起こるのでしょうか。

石炭は、地中に堆積した過去の植物が、埋没後の長い年月の間に分解・炭化した可燃性の岩石である。生成には、地熱と地圧の長期間の作用が関わる[1]。産総研は、石炭は生物に由来するが元の形や構造を残していないため、通常は化石に分類しないと説明している[11]。

ここで問題になるのは、植物の遺骸は通常、微生物による分解で速やかに失われるという点である。石炭が存在するということは、分解よりも堆積と埋没が優位になる場所と時期があったことを意味する。その条件は何か。

2. かれた 木が くさらないのは、どんな ところ?

2. 枯れた植物が分解しきらない場所:湿地と泥炭

2. 泥炭の条件:水に浸かった湿地では分解が追いつかない

ヒントは、しめった ぬまや しつちです。みずに つかって いると、くうきが すくなく、かれた くさや 木は、とちゅうまでしか くさりません。のこった ものが、すこしずつ つもって いきます[2]。

こうして できる、くろっぽい つちのような ものを、でいたんと いいます[2]。

たとえば、ほんに はさんだ はなが、おしばに なる ところを おもいうかべて ください。おもみで ぎゅっと つぶれて、かたちが かわります。でいたんも、うえに つもる ものの おもみで しずかに かわって いきます。ただし ほんとうは、せきたんに なるまで、ちかの ねつと ながい じかんが ひつようです。

石炭の最初の段階は泥炭です。湿地や沼のように水に浸かった場所では、枯れた植物が完全には分解されず、少しずつ積み重なります[2]。釧路炭田は、約3800万年前の釧路周辺にあった豊かな泥炭地からできたと、国土交通省の解説は紹介しています[2]。

この解説は寒冷な環境に触れていますが、後で出てくる石炭紀の森は温暖で湿った環境でした。泥炭ができるのに大事なのは、気温よりも、水に浸かって植物が埋もれやすいことだと読めます。

泥炭の上にさらに土や砂が積もると、重みと地熱で、泥炭は少しずつ硬くて黒い石炭に変わっていきます。ここまでが「できるまで」の前半です。後半では、地下でどんな変化が起こるのかを見ます。

石炭化の最初の段階は泥炭の形成である。湿地や沼で水に浸かった状態が保たれると、枯れた植物は完全には分解されず、堆積していく[2]。国土交通省の解説によれば、釧路炭田は約3800万年前の釧路周辺の豊かな泥炭地に由来する[2]。

この解説は寒冷な条件にも触れているが、後述する石炭紀の森は温暖湿潤だったとされる[3]。したがって、泥炭の形成に本質的なのは気温の低さではなく、水に浸かって酸素の少ない状態が続き、分解が追いつかないことだと整理できる。この段階に限って言えば、石炭の出発点はたしかに「腐りきらなかった森」である。

泥炭が埋まったあと、どう変わるのか。次の章では、石炭の種類のちがいを手がかりに見る。

3. うまった あと、せきたんは どう かわるの?

3. 埋まったあとの変化:若い石炭と、進んだ石炭

3. 石炭化の進み方:水分の多い亜炭から、炭素の多い瀝青炭へ

うまった でいたんは、じめんの したで ゆっくり かわって いきます。わかい せきたんは、ほりだした ときに、みずを はんぶん いじょうも ふくんで います[6]。

もっと かわって いくと、かたく、もえやすく なります。ねつを くわえると とけて かたまる せきたんも あり、てつを つくる ときの コークスの もとに なります[5]。

石炭には、できあがり具合に段階があります。新しい時代の若い石炭は亜炭と呼ばれ、掘り出した状態では水分を半分以上も含むとされます[6]。ただし水分の数値は資料によって食いちがうので、「半分前後かそれ以上」くらいに受け取るのが無難です。

もっと進んだものの一つが瀝青炭です。亜炭と、いちばん進んだ無煙炭の中間にあたり、炭素の割合は約8〜9割です。熱すると軟らかくなって溶け、冷えると固まってコークスになる性質があり、粘りの強いものは製鉄用のコークスの原料になります[5]。

では、これほど大量の石炭の材料になったのは、どんな森だったのでしょうか。

石炭は、水分が多く地質時代の新しい亜炭から、炭素の割合が高く熱変成の進んだものまで、段階に分けられる。亜炭は主に新第三紀の層から出て、掘り出した状態で50〜70%の水分を含むとされるが、百科事典によっては湿分20〜30%とする記述もあり、数値は資料で差がある[6]。

中間に位置する瀝青炭は、炭素含有率が約80〜90%で、加熱で軟化溶融してコークスに再固化する粘結性をもつ。強粘結性のものは製鉄用コークスの原料になる[5]。つまり、石炭の用途は、埋もれてからどこまで変化したかで変わる。

では、大量の石炭の材料になったのは、どんな森だったのか。

4. せきたんの もとに なった もりは、どんな もり?

4. 約3億年前の巨大な森と、いまの木とのちがい

4. 石炭紀の森:高さ約30mの鱗木と、有機炭素の大量埋没

せかいの せきたんの おおくは、いまから 3おくねんくらい まえの もりから できました[1]。このころは あたたかくて しめって いて、ひろい ぬまちに、おおきな シダの なかまの もりが ひろがって いました[3]。

その ひとつが、りんぼくです。たかさ 30メートルほどの きょぼくで、みきの もようが うろこの かたちに みえます[4]。いまの わたしたちが おもう「木」とは、べつの グループです[4]。

石炭紀は、約3億6000万年前から約3億年前にあたる時代です。温暖で湿った気候のもと、広い低湿地に、シダの仲間などの大きな森が広がりました[3]。世界の石炭の主な生成時期は、石炭紀から、それに続くペルム紀にかけてです[1]。

代表的な木が鱗木です。高さは約30メートルに達し、幹の表面にうろこのような模様があります。ヒカゲノカズラの仲間に近く、いま私たちが思い浮かべる「木」とは別のグループです。石炭紀に栄え、ペルム紀に絶えました[4]。

この時期は、地球の歴史の中でも特別でした。ある論文は、過去約5億年のうちで、有機物に含まれる炭素が最も速く地中に埋まったのは、約3億3000万〜2億6000万年前だと述べています[9]。なぜ、この時期だけ、そんなに森が残ったのでしょうか。

石炭紀は古生代の第5の紀で、約3億5890万年前〜約2億9890万年前とされる(資料により約3億6000万〜2億8000万年前などの表記差がある)。温暖湿潤で、広大な低湿地に大きなシダ植物の森が成立した[3]。世界の石炭の主な生成時期は、石炭紀からペルム紀(約3億6000万〜2億5000万年前)である[1]。

この時代の代表的な樹木が鱗木で、高さ約30mに達し、石炭紀に栄え、ペルム紀に絶滅した。ヒカゲノカズラ類に近縁で、現在の「木」とは別の系統である。炭化して良質の石炭になったとされる[4]。

この時期は炭素の動きの面でも特異だった。Nelsenらは論文の冒頭で、過去約5億年で有機炭素の埋没速度が最も高かったのは石炭紀〜ペルム紀(3億3000万〜2億6000万年前)だと述べる[9]。では、なぜこの時期に、これほど多くの有機物が分解されずに埋もれたのか。

5. 「きのこが いなかったから」って、ほんとう?

5. 有力だった説:木を分解できる菌がまだいなかった

5. リグニン分解菌説:2012年の菌類ゲノム解析

ひとつの せつが あります。このころの 木は、かたい せいぶんの「リグニン」を たくさん ふくんで いました。それを こなごなに できる いきものが ほとんど おらず、かれた 木が くさらずに うまった、という かんがえです[7]。

そのあと、リグニンを こなせる きのこの なかまが うまれて、せきたんが できにくく なった、と いわれます[7]。2012ねんの けんきゅうでは、31しゅるいの きのこの なかまの いでんしを しらべて、その ちからが うまれた じきは、せきたんきの おわりごろだと すいていされました[7]。

この せつでは、リグニンを こなせる きのこが あらわれた ころに、せきたんの できる りょうが かわった、と かんがえます。ただし これは、ひとつの せつです。

長いあいだ有力だったのは、「木を分解できる生き物がいなかった」という説です。石炭紀の木は、木を硬くする成分のリグニンを多く含んでいたのに、それを分解できる生き物がほとんどおらず、枯れ木が腐らずに埋まった、という考えです[7]。

この説の後押しになったのが、2012年の研究です。31種類の菌のゲノムを比べ、リグニンを効率よく分解する酵素をもつ白色腐朽菌と呼ばれる仲間に注目したところ、その酵素の起源は石炭紀の終わりごろと推定されました[7][8]。研究者たちは、リグニン分解の起源が、有機炭素が地中に埋まる速さの急な低下と重なった可能性を示しています[8]。

キノコの進化が、石炭の時代の幕を引いたかもしれない。分かりやすく、人に話したくなる説です。けれど、2016年にこれに待ったをかける論文が出ました。

有力視されてきた仮説は次のとおりである。石炭紀の木はリグニンを多く含み、それを分解できる生物がほとんどいなかったため、枯れ木が分解されず埋没した。のちにリグニンを分解できる白色腐朽菌が進化し、石炭が形成されにくくなった、という考えである[7]。

Floudasらは2012年、31種の菌のゲノムを解析した。リグニンを効率よく分解する酵素をもつハラタケ綱の白色腐朽菌に注目し、分子時計による解析で、リグニン分解酵素の起源を石炭紀末ごろと推定した。さらに、この起源は有機炭素の埋没速度の急減と重なる可能性があるという[7][8]。ただし米エネルギー省の紹介でも、これは提案された仮説と位置づけられている。

この説は、植物側の事情を見落としていないか。2016年、そこを突く論文が出た。

6. その せつに、どんな はんろんが でたの?

6. 2016年の反論:巨木を支えたのはリグニンを含む材ではなかった

6. Nelsenらの反論:周皮でできた巨木と、石炭の堆積速度

2016ねんに、あたらしい けんきゅうが でました。せきたんの もとに なった もりでは、ひかげのかずらの なかまの おおきな 木が おおかった、という ものです。この なかまの 木は、リグニンを ほとんど ふくまない、かたい かわのような 「しゅうひ」で からだを ささえて いました[9]。

さらに、もりの しょくぶつの しゅるいが かわっても、せきたんが たまる はやさは あまり かわって いませんでした[9]。それなら、リグニンを こなす きのこが おくれて うまれた から、という せつは、むずかしいと かれらは かんがえました[9]。

では、かわりに なにが せきたんを つくったのでしょう。かれらが あげたのは、「しめった ねったい」と「ものを うめて おける くぼち」の ふたつです[10]。

2016年、米国の科学アカデミー紀要(PNAS)に、反論の論文が載りました。調べたのは、石炭の材料になった巨木の作りです。ヒカゲノカズラ類の巨大な木は、リグニンを多く含む材ではなく、リグニンをほとんど持たない周皮で高さを保っていた、というのです[9]。

さらに、森を作る植物の種類が大きく入れ替わっても、石炭がたまる速さには大きな変化が見られなかったと述べています[9]。もし「菌が遅れて登場したから石炭ができた」のなら、菌の登場に合わせて、たまる速さが変わるはずだからです。この説は退けられる、と研究者たちは主張しました[9]。

代わりの説明が、気候と地形の組み合わせです。石炭ができるには、「湿った熱帯」と、「有機物を長く埋めておける穴」が要る、という見方です。大陸どうしがぶつかって山脈ができると、隣の地殻が沈んで大きな盆地ができ、そこに植物がたまった、と説明されています[10]。

ただし、これは一つの有力な反論で、どちらの説で決まり、とはまだ言えません。

Nelsenらは2016年にPNASで、この説に反論した。主張の核心は2つある。第1に、石炭の主な材料である巨大なヒカゲノカズラ類の高さは、リグニンに富む材ではなく、リグニンをほとんど持たない周皮で支えられていた。第2に、優占する植物の種類が変わっても、石炭の堆積速度の変化とは対応しなかった[9]。

リグニンの分解菌が遅れて現れたことが石炭の原因なら、植物と菌の入れ替わりに応じて堆積速度が変わるはずだ。そうなっていない以上、この説は退けられる、というのが彼らの論理である[9]。

代案は気候と地殻変動である。石炭の形成には、湿った熱帯と、有機物を長期間埋めておける盆地が必要で、超大陸パンゲアが集まる大陸衝突で山脈が生じ、隣接する地殻が沈んで大きな盆地ができたとされる[10]。ただしこれは研究者の主張であり、通説として確定したものではない。リグニン説と気候・盆地説は、研究者の間でなお議論の途上にある。

7. 日本の せきたんは、いつの もり?

7. 日本の石炭は、世界の石炭とは別の時代の森

7. 日本の石炭:主に古第三紀、釧路は約3800万年前

せかいの せきたんの おおくは、3おくねんくらい まえの もりから できました。でも、日本の せきたんは、おもに もっと あたらしい じだいの もの です[1]。

たとえば ほっかいどうの くしろの せきたんは、いまから 3800まんねんくらい まえの、くしろの まわりの ゆたかな ぬまちから できました[2]。せきたんきの おわりは 3おくねんくらい まえです。くしろの せきたんは、それの 8ぶんの 1ほどの、ずっと ちかい むかしに できました。

みぢかな ほっかいどうや きゅうしゅうの せきたんも、むかしの もりに つながって います。

世界の石炭の多くは石炭紀〜ペルム紀の森に由来しますが、日本の石炭は古第三紀のものが主です[1]。釧路炭田は約3800万年前の釧路周辺の泥炭地からできました[2]。

数字で比べると、石炭紀の終わりの約3億年前に対し、約3800万年前はおよそ8分の1の古さです(3800万÷3億=約0.13)。同じ「石炭」でも、日本のものは世界の主な石炭より、ずっと新しい時代の森の遺産ということになります。

こう考えると、リグニン説と盆地説の議論は、世界の石炭紀〜ペルム紀の話だと分かります。日本の石炭がどうできたかは、また別の道筋で考える必要がありそうです。

世界の石炭の主な生成時期は石炭紀〜ペルム紀(約3億6000万〜2億5000万年前)だが、日本の石炭は古第三紀のものが主である[1]。釧路炭田は約3800万年前の釧路周辺の泥炭地に由来する[2]。

石炭紀末(約3億年前)と約3800万年前を比べると、3800万÷3億は約0.13で、およそ8分の1の古さにとどまる。日本の石炭は、世界の主な石炭よりはるかに新しい森の産物だということになる(石炭紀の始まりの約3億6000万年前と比べれば、約9.5分の1)。

この事実は、リグニン説と気候・盆地説の議論が主に石炭紀〜ペルム紀の石炭を対象にしていることも示す。日本の石炭の成因を同じ枠組みで説明できるかは、この記事の資料の範囲では言えない。

8. かれた はっぱは、どんな ところで のこるかな?

8. 落ち葉は、どんな場所でよく残るか:身近で見てみる

8. 落ち葉の残り方を比べる:泥炭の条件を身近で確かめる

おとなと いっしょに、おなじ 木の はっぱを 2まい ひろいます。1まいは ひあたりの いい かわいた ばしょ、もう 1まいは しめった ばしょに おきます。

すうしゅうかん あとに、かたちが のこって いるか、ぼろぼろに なって いるかを みくらべます。ぬまや いけの ふちには ちかづかないで ください。

はっぱが ぼろぼろの ところ、のこって いる ところ、どちらが おおいでしょう。せきたんの もとの もりは、のこりやすい ばしょの ずっと おおきな ものだったのかも しれません。

近所の公園や庭で、枯れ葉が積もっている場所を2か所探してみてください。日当たりがよく乾いた場所と、いつも湿っている場所です。同じ木の葉を数枚ずつ拾って、それぞれの場所に置き、数週間後に形がどれだけ残っているかを見比べます。池や川の縁には近づかず、大人と一緒に、足元の安全を確かめながらやってください。

葉の形が残っているのはどちらか、ぼろぼろになっているのはどちらか。この観察は、泥炭の条件を説明した資料の内容を、身近な場所で試してみる遊びです。実際に石炭になるかどうかは、地下で数千万年以上かかる話なので、確かめることはできません。

石炭を実物で見たくなったら、近くに炭鉱や石炭を扱う博物館がないか調べてみるのも手です。展示には、この記事に出てきた亜炭や瀝青炭のような、石炭の種類の説明があるかもしれません。

確かめられる範囲の実験は小さい。近所の公園や庭で、同じ木の枯れ葉を数枚ずつ、日当たりのよい乾いた場所と、常に湿っている場所に置き、数週間後に形の残り方を比べる。池や川の縁には近づかず、保護者と一緒に行う。この観察は、泥炭の形成条件についての説明[2]を身近な場所で試すもので、石炭化そのものは地下の長期の作用であり、実験で再現できない。

この記事の第5章と第6章を読み返し、2つの主張を表にしてみる。縦に「注目したもの」「根拠」「石炭がたまった理由の答え」を並べると、前者は菌の進化、後者は植物のつくりと石炭のたまる速さに注目していて、同じ現象に別の角度から答えていることが見える。

原典に当たりたい場合は、Floudasらの2012年のScience論文(336巻1715頁)の要旨と、Nelsenらの2016年のPNAS論文(PMCに全文がある)が資料になる。どちらも英語である。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

数字や年代は、下の資料にある内容をまとめたものです。英語の資料は、junior で原典を読むときの出発点として載せています。

  1. コトバンク「石炭」(デジタル大辞泉・日本大百科全書・世界大百科事典) https://kotobank.jp/word/石炭 (石炭の定義、世界と日本の生成時期)
  2. 国土交通省 多言語解説文データベース「Coal: Natural Fuel from the Wetlands」 https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/en/R2-00561.html (泥炭、釧路炭田の成り立ち)
  3. コトバンク「石炭紀」 https://kotobank.jp/word/石炭紀 (石炭紀の年代と気候)
  4. コトバンク「鱗木」 https://kotobank.jp/word/鱗木 (鱗木の大きさと時代)
  5. コトバンク「瀝青炭」 https://kotobank.jp/word/瀝青炭 (瀝青炭の性質と製鉄への利用)
  6. コトバンク「亜炭」 https://kotobank.jp/word/亜炭 (亜炭の時代と水分)
  7. 米国エネルギー省 科学局「Highlights 2012」(Floudas et al. 2012 の紹介) https://science.osti.gov/ber/Highlights/2012/BER-2012-06-a (リグニン分解菌説の紹介)
  8. Floudas et al. (2012) Science 336(6089):1715-1719 の要旨 https://publications.goettingen-research-online.de/handle/2/26189 (菌のゲノム解析の要旨)
  9. Nelsen et al. (2016) PNAS(PMC版) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4780642 (反論の論文、炭素埋没速度)
  10. EARTH Magazine「Lack of fungi did not lead to copious Carboniferous coal」 https://www.earthmagazine.org/article/lack-fungi-did-not-lead-copious-carboniferous-coal/ (気候と盆地の説明)
  11. 産総研 地質ニュース 66巻3号 https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/66_03_07.pdf (石炭は通常化石に分類しない)

なおした ところ

更新履歴

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