1. 銅の ボウルだと、泡の 何が かわるの?
1. 銅のボウルで変わるのは、泡の「立ちやすさ」か「持ち」か
1. 銅イオンは泡立ちやすさを変えず、泡の粘弾性を高める
おなじ 卵の 白身を、ガラスの ボウルと 銅の ボウルで かきまぜて くらべた 研究が あります。銅の ボウルの 泡は、ねばり気と、おして ももどる ちからが 大きく、しっかり した つくりに なって いました[1]。
おもしろいのは、泡が できやすく なった わけでは ない ことです。銅は 「泡の たちやすさ」には かかわらず、「できた 泡の もち」に かかわって いた そうです[1]。
では、銅は 白身の 中で 何を して いるのでしょう。
※ 生の 卵を さわった あとは、せっけんで 手を あらいます。
泡立てた卵白は、小さな空気の粒を、タンパク質の薄い膜が包んだものです。この膜が弱いと、泡はすぐにしぼんでしまいます。日本調理科学会誌の実験では、銅のボウルで作った泡立て卵白は、ガラスのボウルで作ったものより粘弾性(粘り気と、押されて元に戻る力)が大きく、より安定な構造だと報告されました[1]。
注目したいのは、銅イオンが泡の「立ちやすさ」には関わらず、「安定性」に関わっていたという点です[1]。泡立ちのよさを決めるのは、おもに卵白を構成するタンパク質自身で、混ざっている無機塩や糖の影響は小さい、という別の研究もあります[6]。銅は、泡の作りやすさではなく、できた膜を丈夫にする役のようです。
では、その膜の中で、銅は何をつないでいるのでしょうか。
※ 生の卵を触ったあとは、手を石けんで洗いましょう。
泡立て卵白の泡は、空気を包んだタンパク質の薄膜である。この膜が持ちこたえるかどうかが、泡の安定性を決める。銅ボウルで調製した泡立て卵白は、ガラスボウルのものより粘弾性が大きく、より安定な構造をもつと報告されている。さらに、銅イオンは起泡性には関与せず、安定性に関与していたという[1]。
起泡性と安定性は別の量である、という点が重要だ。別の研究は、卵白の起泡力は共存する無機塩や炭水化物の影響をほとんど受けず、ほぼ構成タンパク質自体が決めると報告している[6]。そのため、金属を足しても泡立ちやすさが変わらないという結果と、矛盾しない。では、銅はいったい膜の何を変えているのか。
なお、卵白は生の食品なので、実験でも調理でも、触ったあとは手洗いが前提になる。
2. 銅は、タンパク質を どう つなぐの?
2. 銅イオンは、タンパク質同士の「橋」をかけるのか
2. 銅イオンは、オボアルブミン同士をつないで泡の膜を強くする
白身の 中の タンパク質は、とても 小さな ひもの ような ものです。ただし、ほんものの タンパク質は ひもでは なくて、とくべつな かたちを した ぶんしです。かきまぜると、ひもが のびて、空気の まわりに ひろがります。
この 研究では、銅の つぶ(銅イオン)が いると、オボアルブミンと いう タンパク質どうしが 「はし」で むすばれる ようすが しめされました[1]。ひもどうしが つながると、泡の まくは 少しの ちからでは やぶれにくく なります。
この はしは、いおうを ふくむ ぶぶんが 銅を はさんで できた ものと 考えられて います。銅が ある と、いおうの ぶぶんが 自由に うごく ものが へり、まくは ねばり気が ふえました[1]。
ただし、銅の はたらきを せつめいする 考えは、これだけでは ありません。
日本調理科学会誌の研究は、オボアルブミン(卵白のタンパク質の一つ)に注目しました。銅イオンがあると、オボアルブミン同士の間に「架橋」と呼ばれる橋ができやすくなる、と考えられています[1]。ひもの束が何本もの橋でつながれば、膜は引き伸ばされても破れにくくなります。
この橋の正体として、研究では、硫黄を含む部分が銅イオンをはさんでつながった「S-Cu-S架橋」が示されています[1]。オボアルブミンの溶液に銅イオンを加えると、自由な状態の硫黄と水素の組(遊離SH基)の量と疎水性(水をはじく性質)が減り、粘弾性が上がったとされます[1]。
銅が橋をかけるなら、他の金属でも同じことが起きるのでしょうか。
銅イオンは、泡立ちやすさは変えないが、できた泡を安定させる。研究は、オボアルブミン溶液に銅イオンが存在すると、遊離SH基の量と疎水性が減少し、粘弾性が向上することを示した。理由として、オボアルブミン同士を銅イオンが橋渡しする仕組み(分子間架橋)が示唆されている。その架橋はS-Cu-S型で、泡の膜の粘弾性を高め、破泡を抑えるという[1]。タンパク質の硫黄どうしを金属が橋渡しするので、遊離SH基が減るのは筋が通る。
ここで言葉を整理しておく。「示唆された」は、実験結果と整合する解釈であり、橋が分子の中の何か所で、どのくらいできるのかを直接測ったという意味ではない。この研究が測ったのは、遊離SH基量、疎水性、粘弾性という間接的な指標である。
この説明が正しいなら、硫黄と結びつく金属であれば、他でも同じことが起きてよいはずだ。実際はどうか。
3. 鉄や 亜鉛の ボウルでは どうなの?
3. 鉄や亜鉛でも結びつくのに、泡は丈夫にならない
3. 銅だけが泡を安定させる:コンアルブミン複合体をめぐる複数の説
白身には、コンアルブミンという タンパク質も あります。銅イオンは これと むすびついて、きいろい つぶに なる と、アメリカの 化学の 会の 記事に 書かれて います[2]。
この つぶは コンアルブミンだけの ときより 安定で、白身が くずれすぎるのを ふせぐ、と 書かれて います[2]。
では、鉄や 亜鉛の ボウルは どうでしょう。こちらも コンアルブミンと つぶを つくりますが、泡は 安定しない、と 同じ 記事に あります[2]。銅が とくべつ なのは、つぶが できる から だけでは なさそうです。
どうして 銅だけ なのかは、せつが いくつか あって、まだ 一つに きまって いません。
卵白にはコンアルブミンという別のタンパク質も含まれています。アメリカ化学会シカゴ支部の解説では、銅イオンはコンアルブミンと結びつき、黄色い複合体をつくり、この複合体は単独のコンアルブミンより安定なので、銅ボウルの卵白は過度に変性しにくい、と説明されています[2]。
一方、鉄や亜鉛の金属もコンアルブミンと複合体をつくります。それでも、その複合体は泡を安定にしない、と同じ解説は述べています[2]。複合体ができること自体が決め手ではない、ということです。
一般向けの解説には、銅とコンアルブミンの複合体が、ジスルフィド結合(硫黄どうしの結合)の生成を抑えるためだという説明もあります[3]。銅が、ほかのタンパク質の硫黄を含む部分とも反応するかもしれない、という見方も並べて紹介されています[2]。説は一つに決まっていません。先ほどの実験の解釈と、これらの説明が、どこで重なりどこで食いちがうのかは、これから調べられていく部分です。
卵白にはコンアルブミンも含まれる。シカゴ支部の解説によれば、銅イオンはコンアルブミンと黄色い複合体を形成し、この複合体は単体より安定で、卵白が過度に変性しにくくなる[2]。他方、鉄や亜鉛もコンアルブミンと複合体をつくるが、泡の安定性は高めない[2]。結びつくだけでは足りず、銅に特有の何かが必要だ。
この「何か」には複数の説明がある。一つは、銅とコンアルブミンの複合体が、ジスルフィド結合の生成を抑えるという一般向けの説明である[3]。もう一つは、銅が他のタンパク質の硫黄を含む部分にも作用するという見方である[2]。前章の、オボアルブミン分子間のS-Cu-S架橋という実験的な示唆[1]は、後者の方向と相性がよい。ただし、どの説がどのくらい効いているのかは、この記事の資料の範囲では特定できない。
ちなみに別の研究は、卵白のタンパク質を単独で比べ、鉄をもつコンアルブミンが最も高い起泡力を示したと報告している(起泡力の順は、鉄コンアルブミン、グロブリン、コンアルブミン、オボアルブミン、オボムコイド、リゾチーム)[6]。鉄は、泡の立ちやすさに関わっても、泡の持ちを良くするとは限らない。起泡性と安定性を分けて考える意味が、ここにも見える。
4. 銀は、たまごの タンパク質と どう むすびつくの?
4. 銀イオンは、卵白のタンパク質のどこに結びつくのか
4. 銀イオンの結合先はチオール基だけではない
銀の ばあいは、ようすが ちがいます。銀の つぶ(銀イオン)は、いおうを ふくむ ぶぶんと むすびつきやすい と、ばいきんに ついての 研究で 考えられて います[5]。そして、いおうを もつ システインを くわえると、銀の はたらきが うち消された と いう じっけんも あります[5]。
では、たまごの タンパク質では どうでしょう。銀イオンに 合わせて 電気が かわる センサーで、卵の タンパク質(卵アルブミン)が どれくらい あるかを はかる 研究が あります。それによると、銀が むすびつくのは いおうを ふくむ ぶぶんだけ では なく、ほかの ぶぶんの はたらきも 大きかった そうです[4]。
なお、銀が 泡の もちに どう かかわるかを、じかに しらべた けんきゅうは、ここでは とりあげて いません。
銀のほうは、銅と少し役どころが違います。銀イオンが細菌のはたらきをさまたげるのは、タンパク質や酵素のチオール(SH)基との相互作用と深く関係すると考えられています[5]。システインのようにチオール基をもつ物質を加えると、細菌に対する銀の作用が打ち消されたという実験もあります[5]。ただし、これは細菌についての研究で、卵白の話ではありません。
卵白のタンパク質に関しては、分析化学の研究があります。銀イオンに反応する電極(銀イオン選択性電極)を使うと、溶液の卵アルブミンの濃度に応じて電極の応答の時間が変わるため、タンパク質の量を測る方法として試みられました[4]。その中で、銀イオンとアルブミンの反応には、システインのチオール基だけでなく、それ以外の官能基の寄与も大きいことが分かったと報告されています[4]。
銀イオンと卵白の泡立ちの関係を、直接調べた資料は、この記事では取り上げていません。銅の効果を銀に置きかえて考えることは、できないようです。
銀イオンは、細菌の研究では、タンパク質や酵素のチオール基との相互作用と密接に関係すると考えられている。チオール基をもつ物質(システインなど)を加えると、銀の抗菌作用が打ち消されたという実験は、銀がSH基と結びつくことを支える結果の一つである[5]。この点だけを見ると、銅のS-Cu-S架橋と似たものを銀にも想像したくなる。
だが卵アルブミンについての分析化学の報告は、その想像に慎重さを求める。銀イオン選択性電極を使い、卵アルブミンの濃度に応じた応答時間から定量することが試みられ、その解析で、銀イオンとアルブミンの反応には、チオール基以外の官能基の寄与が大きいことが分かったという[4]。つまり、システイン残基のSH基だけが主役とは限らない。どの官能基が主要に働くかは、この記事の資料の範囲では特定できない。
注意すべき点は二つある。一つは、細菌の研究と卵アルブミンの研究が別の対象を扱うことだ。もう一つは、これらはどちらも泡立ちの話ではないことだ。銀イオンが卵白の泡の安定性にどう関わるかを直接調べた資料は、ここでは使っていないので、銅と同じ効果をもつかどうかは、この記事からは言えない。
5. おうちで、ためして みよう
5. 自分の台所で、泡の「持ち」を比べてみる
5. 泡の持ちを自分の手で比べ、原典に当たる
きょう できる こと
おうちの 人と いっしょに やって みましょう。生の 卵を つかうので、さわったら 手を せっけんで あらいます。ボウルに 卵の 白身だけを 入れ、かきまぜる どうぐで かきまぜます。泡が ふんわり した ところで やめて、おさらに のせます。5ふんごとに、おさらの すみに 水が たまるか 見て みましょう。
くらべて みよう
ボウルを かえて、同じ ことを やって みましょう。銅の ボウルが ない ときは、ガラスと ステンレスなど、あるもので かまいません。銅の けっかと 同じに なるとは かぎりません。
泡の「持ち」を比べる
おうちの人と一緒に試してみましょう。卵白だけをボウルに入れ、泡立て器で同じ回数だけ混ぜます。泡をお皿にのせ、5分ごとに、お皿の端に水がたまってくる様子や、泡の形が崩れてくる様子を見ます。生の卵を扱うので、触ったあとはよく手を洗ってください。
ボウルを変えてみる
ガラス、ステンレスなど、家にあるボウルで同じことをしてみます。銅のボウルがなくても構いません。ここで見るのは、器と泡立て方で、泡の持ちがどう変わるかです。研究で測られた粘弾性を、家で再現できるわけではありません。
原典に当たる
銅ボウルの実験は日本調理科学会誌に載っています[1]。日本語で書かれているので、要旨だけでも読めます。
手で確かめる
卵白だけをボウルに入れ、泡立て器で一定回数混ぜる。皿に取り分け、5分ごとに皿の端に出る水分と泡の崩れ具合を観察する。ガラスとステンレスなど、手元の器で比べてもよい。銅のボウルを使えるなら、日本調理科学会誌の実験条件[1]と見比べる。なお、粘弾性そのものや架橋の有無は、家庭の観察では測れない。生卵を扱うので手洗いをする。
資料を読むなら
銅ボウルの泡の安定性は日本調理科学会誌の論文[1]に、コンアルブミン複合体と他の金属の話は解説記事[2][3]にある。銀イオンと卵アルブミンの反応は分析化学の報告[4]に、起泡力と構成タンパク質の関係は農芸化学の報告[6]に載っている。論文の「示唆された」「と考えられる」といった言い回しが、どこまで実験で直接確かめたことで、どこから解釈なのかを、自分で線引きしながら読むと、説の並び方が見えてくる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- 銅ボウルで調製した泡立て卵白の安定性におけるオボアルブミンの役割. 日本調理科学会誌 46(5). https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience/46/5/46_335/_article/-char/ja/ (銅ボウルの泡の粘弾性/銅イオンとオボアルブミンの架橋)
- Cooking with Copper Chemistry. Chicago Section, American Chemical Society. https://chicagoacs.org/articles/181 (コンアルブミン複合体/鉄・亜鉛との違い)
- Eggcellent Equipment, Eggcellent Results. A Moment of Science, Indiana Public Media. https://www.ipm.org/show/amomentofscience/2024-09-10/eggcellent-equipment-eggcellent-results (ジスルフィド結合の説明)
- 銀イオン選択性電極による卵アルブミンの定量. 分析化学 32(5). https://www.jstage.jst.go.jp/article/bunsekikagaku1952/32/5/32_5_308/_article/-char/ja/ (銀イオンと卵アルブミンの反応)
- Silver ions and thiol groups. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2292600/ (銀とチオール基/細菌での実験)
- 鶏卵卵白の泡立ちに関する研究(第3報). 農芸化学会誌 35(4). https://www.jstage.jst.go.jp/article/nogeikagaku1924/35/4/35_4_385/_article/-char/ja/ (起泡力と構成タンパク質)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。