1. お茶わんの 中の 細い 線は、なに?
1. 湯のみの内側に見える細い線は何か
1. 湯のみの内側の網目状の線は、何が割れたものか
とうきの お茶わんや ゆのみの 中を、あかるい まどの そばで 見て みましょう。かみの 毛のように 細い 線が、あみの 目のように ひろがって いる ことが あります。
この 線を 貫入と いいます。釉薬という、うつわの 表面を おおう ガラスのような うすい まくに できた ひびの ことです[2]。
萩焼では、この ひびに お茶の しぶが しみこんで、つかう うちに うつわの ようすが かわると いわれます[4]。
でも、この ひびは いつ、どうして できるのでしょう。
2. ひびは、やいている とき? それとも ひえる とき?
2. ひびが入るのは、窯で焼いている間か、冷えるときか
2. 貫入は焼成中の収縮ではなく、冷却中の収縮差で生じる
ひびは、かまで やいて いる あいだではなく、やいた あとに ひえて いく ときに できると いわれます[1]。
とても あつい ときは、釉薬は ドロドロに とけて います。それが かたまって、そこから へやの おんどに ちかく なるまで ひえます。
この とき、釉薬が 土の ぶぶんより たくさん ちぢむと、ぐいっと ひっぱられて、ひびが 入ります[1]。
たとえば、いたに のりで はった 紙が かわくと、ちぢんで ひっぱり あいに なる ことが あります。ただし ほんとうは、貫入は みずが ぬける はなしではなく、おんどが さがる はなしです。
ひえた ときの ちぢみかたの ちがいは、ねつで のびちぢみする わりあいの ちがいで 話されます。ちがいが 大きいと、ひびが 入ると いわれます[3]。
ひびは、こわれて できた ものというより、土と 釉薬の くみあわせで できた ものです。では、お店で うる しょっきでは、これを どう 見ているのでしょう。
ひびが生まれる場面は、意外にも、窯の火がいちばん強い時間ではなく、焼き上がったあとの冷え方にあります。窯の最高温度では、釉薬は液体のようにとけています。それが固まり、さらに常温近くまで冷えていく間に、釉薬の縮み方が素地より大きいと、引っぱられて割れ目が入ります[1]。焼いている最中に素地が縮む「焼成収縮」とは、別の話です[1]。
たとえば、のりで板にはった紙が、乾くときに縮んで板と引っぱり合う場面を思い浮かべるとイメージしやすいかもしれません。ただし貫入の原因は、水分が抜けることではなく、温度が下がるときの縮み方のちがいです。
この縮み方のちがいは、熱で伸び縮みする割合(熱膨張)の差で説明されます。素地と釉薬の熱膨張に大きな差があると貫入が入ると言われます[3]。釉薬の収縮が素地より大きくなる組み合わせでは、貫入が生じやすくなります[1]。ひびは、割れてしまった事故というより、素地と釉薬の組み合わせが生む結果です。
そう聞くと、ひびはすべて失敗のように思えます。食器をつくる現場では、実際にどう見られているのでしょうか。
貫入は、焼成時の最高温度で液体状になっていた釉が冷えて固体になり、さらに常温近くまで冷える過程で、釉の収縮が素地の収縮より大きいときに生じる[1]。昇温中から最高温度付近で素地に起こる「焼成収縮」とは別の現象で、混同しないほうがよい[1]。
なお、萩焼の紹介記事は、貫入を「焼成時に土と釉薬が収縮して生まれる」と書いている[4]。冷却過程の収縮と書く三重県の資料[1]とは言い方が異なるので、この記事では冷却時とする資料の説明に合わせる。
縮み方の差の背景にあるのが、熱膨張の差である。沖縄県工業技術センターの壺屋焼の報告は、釉に発生する貫入を釉と素地の相互関係の問題とし、両者の熱膨張に大きな差があると発生すると言われる、と述べる[3]。釉の収縮が素地より大きくなる組み合わせでは、冷えるときの縮み方に差ができ、釉に引っぱる力がかかって割れやすくなる。割れた釉の層は、素地に張りついたまま細かな網目に分かれる。
では、この割れ目は、窯から出す前に決まるものなのか。それとも、使っている間に増えることもあるのか。製品を扱う側の見方から確かめる。
3. しょっきの ひびは、どうして 「けってん」なの?
3. 時間がたって入るひびは、なぜ食器の欠点とされるのか
3. 経年貫入は水和膨張で生じ、食器では欠点として扱われる
こうじょうで つくる しょっきでは、ひびが ないのが ふつうです。ところが、つくった ときには なかった ひびが、じかんが たってから 入る ことが あります。
これを 「けいねん貫入」と よびます。しょっきの けってんとして あつかわれます[1]。
わけは、ひびから 食べものの みずが しみて、よごれや 水もれ、カビの もとに なる ことが あるからです[1]。みためも わるく なります。
この ひびは、うつわの 土の ぶぶんの つぶが みずを すって ふくらむ ことで 入る、と せつめいされて います[1]。
もし ひびが きずなら、むかしの 人は ひびを きらったはずです。でも、ひびを わざと ほしがった 人も いました。
もともとひびのなかった磁器の食器に、時間がたってからひびが入ることがあります。「経年貫入」と呼ばれ、産業の現場では製品の欠点として扱われます[1]。見た目を損なうだけでなく、食べ物の水分がひびから染みて、水漏れ、汚れ、カビの原因になりうるからです[1]。
遅れて入るひびは、器の土の部分(素地)の粒が水を吸ってふくらむ「水和膨張」で起こり、やはり熱膨張の大きい釉薬に出やすいと説明されています[1]。冷えるときの縮み方のちがいも、あとから水を吸って膨らむ素地も、背景には素地と釉薬の伸び縮みのちがいがあります。
ここで押さえておきたいのは、ひびの種類を区別することです。冷えるときに入るひびと、時間がたってから入る経年貫入は、入る時期も、直接の原因も異なります。
こうして見ると、ひびは困りものです。それでも歴史をさかのぼると、ひびをわざとつくった人たちがいました。
製品の側から見ると、貫入は時間がたってから現れる場合がある。もともと貫入のない磁器食器や半磁器などに、時間の経過とともに入る貫入は経年貫入と呼ばれ、製品の欠点として扱われる[1]。外観を損ねるだけでなく、ひびから食材の水分が染みこむと、水漏れや汚れ、カビの原因になりうるためである[1]。
経年貫入は、素地(器の土の部分)の粒子が水分を吸って膨張する水和膨張(素地の粒が水を吸ってふくらむ現象)によって起こり、このときも発生しやすいのは熱膨張の大きい釉である[1]。そのため、貫入は結局、素地と釉の熱膨張の関係でまとめて説明される[1]。英語圏の釉薬の欠陥の整理でも、製造後に時間をおいて現れるものは二次的な貫入として区別されている[6]。
ここで、混同しやすい点を分けておく。冷却時に入る貫入は窯から出た時点で決まっているが、経年貫入は素地が水を吸うという使用中の過程が引き金になる。次に見る萩焼の茶渋の話は、そのどちらとも別の問題である。
とはいえ、ひびが欠点としてしか扱われていないわけではない。その見方が窯や時代によって逆転する例がある。
4. ひびを わざと ほしがった 人も いるの?
4. ひびをわざとつくった、宋の官窯とその後の飾り
4. 官窯の青磁から墨貫入まで:欠点と意匠の分かれ目
千ねん ほど まえの 中国の そうの じだいには、ひびを わざと いれた あおい うつわが つくられました。きゅうていの ための かまで つくられ、ひびの うつくしさが たいせつに されたと いいます[2]。
ひびの かたちも かざりに なります。こおりが われたように 見える ひびや、やいたあとの ひびに すみを しみこませた ものが あります[1]。
ひびは、見る 人や かまの かんがえ しだいで、きずにも かざりにも なって きました。
では、お茶の せかいでは、ひびは なにを して くれるのでしょう。
約千年前の中国・宋の時代には、宮廷直轄の官窯で、貫入をわざと生じさせた青磁がつくられ、ひび割れの芸術性が尊ばれたといいます[2]。英語版Wikipediaも、貫入が望まれた効果として扱われる焼き物があると紹介しています[6]。ひびの見方は、時代や焼き物によって分かれていたことになります。
ひびを飾りに使う例は、日本の焼き物にもあります。氷が幾重にも割れたように見える亀甲貫入(氷裂釉)や、焼いたあとのひびに墨を染みこませて飾りにした墨貫入です[1]。
欠点と飾りの分かれ目は、ひびの有無ではなく、それを望んだかどうかにありそうです。では、お茶を飲む器では、ひびは何をもたらすのでしょうか。
貫入を美として扱う例は古い。約千年前の宋の時代には、宮廷直轄の官窯で、貫入を意図的に生じさせた青磁がつくられ、ひび割れの芸術性が尊ばれたと紹介される[2]。英語版Wikipediaの釉薬の欠陥の整理にも、貫入が望まれた効果として扱われる焼き物があるという記述がある[6]。同じひびでも、作り手や使い手が何を望むかで、欠点にも意匠にもなりうる。
日本の資料でも、意匠としての貫入は区別されている。厚い氷が幾重にも割れたように見える亀甲貫入(氷裂釉)や、焼成後の貫入痕に墨を染みこませて装飾とした墨貫入がある[1]。後者は、あとから染みこませるという点が重要で、ひびの隙間が液体を通す性質を、欠点でなく装飾の手段に使っている。
そうだとすれば、前の章で水漏れや汚れの原因とされた「染みる」という性質は、見方を変えれば飾りの条件にもなる。では、この性質を、毎日のお茶の時間の中で変化として受け入れた焼き物はどれか。
5. はぎやきの ひびに、お茶が しみると どうなるの?
5. 萩焼の「七化け」では、ひびにお茶がしみるとどうなるのか
5. 萩焼の「七化け」と「茶慣れ」:茶渋の浸透と素地の吸水
萩焼は、土の ふうみを いかした やきものです[4]。うつわの 表面には 貫入が あります。
つかい こむ うちに、お茶の 茶渋が ひびに しみこんで、うつわの ようすが かわって いくと いいます。お茶を たてる 人たちの あいだでは、「七化け」と よばれます[4]。
「七」は、かならず 七回 かわるという やくそくでは ないようです。つかう たびに ようすが かわる、という いいかたでしょう。
この かわりかたは、土が しるを すこし すうからだと、日本の やきものの ことばを せつめいする じてんは のべて います[5]。ひびだけでなく、土の すいこむ ちからも かかわります。
では、「そだつ」のは、ひびが ふえる ことなのでしょうか。
萩焼は、土の風合いを生かした焼き物です[4]。焼き上がった表面には貫入があり、使い込むうちにそこへ茶渋が染みこんで、器の趣が変わるとされます。茶人のあいだで「七化け」と呼ばれる変化です[4]。
この変化は「茶慣れ」とも呼ばれます。日本美術の用語を英語で解説する辞典(JAANUS)は、萩焼の落ち着いた風合いが使うにつれて変わるのは、土が液体を少し吸うためだと説明しています[5]。変化には、ひびだけでなく、素地の吸水性もかかわっているわけです。
「七」は、きっかり七回変わると約束した数ではなく、使ううちに何度も表情が変わるという言い方のようです。
ここまでで、似た「ひび」の話が三つ出てきました。「育つ」と言われるのは、このうちのどれなのでしょうか。
萩焼は土の風合いを生かした焼き物で、表面の貫入に使い込むうちに茶渋が染みこみ、器の趣が変化するとされ、茶人のあいだで「萩の七化け」と呼ばれる[4]。日本美術用語の辞典JAANUSは、「茶慣れ」あるいは「萩の七化け」として項目を立て、萩焼の抑えた風合いが使用につれて変わるのは、土が液体を一部吸収するためだと説明する[5]。
この二つを重ねると、変化の仕組みが、貫入と吸水の組み合わせとして読める。ひびは茶渋の通り道になり、素地の吸水性は、染みこんだ液体を受け止める。だから、ひびの隙間があっても吸水しない緻密な素地では、同じ変化は起こりにくいと考えられるが、これは二つの資料を重ねた推論である。
「七」の数を、七回変わるという保証と読むのは避けたい。資料はいずれも、変化すること自体を述べており、回数を数えているわけではない[4][5]。
さて、ここまでに「冷却時の貫入」「経年貫入」「茶渋の浸透による変化」の三つが出そろった。「器が育つ」は、このうちどれを指すのか。
6. 「そだつ」って、ほんとうは なにが かわるの?
6. 「器が育つ」とは、ひびと素地に使う人の時間が重なった色合いの変化
6. 「器が育つ」が指す現象を三つに分けて読む
ここまでの ひびの はなしを、三つに わけて みます。
一つ目は、やいた あと ひえる ときに できる ひびです。二つ目は、土の ぶぶんが みずを すって、あとから 入る ひびで、しょっきでは けってんに されます。三つ目は、お茶の しぶが ひびに しみて、いろあいが かわる ことです。
「そだつ」と いわれるのは、おもに 三つ目だと かんがえられます。ひびが どんどん ふえる ことと、お茶が しみて いろが かわる ことは、べつの ことです。
みずや お茶が しみる せいしつは、しょっきでは こまり ごとに、萩焼では たのしみに なります[1][4]。おなじ せいしつでも、むきあい かたで よびかたが かわります。
うつわが じぶんで そだつ のではなく、ひびと 土の すいこむ ちからに、つかう 人の じかんが かさなった けっかだと、この メモでは かんがえます。
ここで、三つの現象を分けて並べてみます。①焼き上がりの冷えるときに入るひび。②素地が水を吸って入る、食器の経年貫入。③茶渋が染みこんで色合いが変わる、萩焼の「七化け」。
「器が育つ」と言われるとき、中心にあるのは③の変化だと考えられます。ひびの本数が時間とともに増えることと、茶渋が染みて見た目が変わることは、別の現象です。混ぜて読むと、萩焼の経年変化の説明も、食器の欠点の説明も、どちらも不正確になります。
三つを並べて見えてくる共通点は、「染みる」という性質です。食器の資料では、ひびから染みた食材の水分が汚れやカビの原因になりうると書かれています[1]。萩焼の資料では、同じように染みた茶渋が、器の趣を変える働きとして語られています[4]。染みるという同じ性質が、一方では困りごと、他方では味わいと受け取られています。
こうして資料を重ねると、「育つ」とは、器そのものが成長するというより、ひびと素地の吸水性に、使う人の時間が重なった結果だと読めます。
三つの現象を、起こる時期と原因で整理する。①冷却時の貫入は、窯から出した時点で入っており、原因は素地と釉の冷却中の収縮差である[1]。②経年貫入は、使用中に、素地が水を吸って水和膨張することで食器に生じる[1]。③「七化け」は、すでにある貫入に茶渋が染みこみ、素地が液体を吸うことで、見た目が変わる現象である[4][5]。①と②は割れ目が現れる話、③は割れ目にものが入る話で、論理の向きが異なる。
「器が育つ」は、ひびが時間とともに増えることと同じに読まれがちだが、③は貫入が増える話ではない。ひびの数の増加(②)と、茶渋による色合いの変化(③)を同一視すると、食器の欠点の説明にも、萩焼の変化の説明にも、根拠のない結びつきを持ちこむことになる。
共通項は、液体がひびと素地に入りこむ性質である。食器の資料は、食材の水分がひびから染みて、水漏れ・汚れ・カビの原因になりうると述べ[1]、萩焼の資料は、茶渋が染みこんで趣が変わると述べる[4]。同じ物理的性質が、衛生と使い勝手を重んじる場面では欠点、茶の湯のように変化を楽しむ場面では魅力として評価される。ここに、欠点と美の分かれ目がある。
以上の資料の範囲では、「育つ」が指すのは、貫入と素地の吸水に、使い手の使用時間が重なって起こる色合いの変化だと整理できる。「器が育つ」は、貫入と素地の吸水に、使い手の時間が重なって起こる色合いの変化を指す、と読める。
7. おうちの うつわで、ひびを さがして みよう
7. 家の器でひびを探す:観察のしかたと、読んでみたい資料
7. 家の器の観察と、原典に当たる順序
やってみよう。おうちの お茶わんや ゆのみを、あかるい まどの そばで 見て みましょう。ガラスのような ところに、細い 線が ないか さがします。
線が あったら、色が ついて いるか、ほかの うつわと どこが ちがうか、ノートに かいて みましょう。かけて いる ところや われた ところは、手を きるので さわらないで ください。
もっと しりたい 人は、三重県の「とうじきの かんにゅうに ついて」を 読んで みてください。ひびの かたちの しゅるいが のっています[1]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の事実は、次の資料にもとづきます。英語版Wikipediaと英語辞典は、補足の確認にだけ使いました。
- 三重県工業研究所「工業研究所だより」第26号「陶磁器の貫入について」(令和6年11月) https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/001165896.pdf (貫入の定義、冷却時の収縮差、経年貫入、水和膨張、亀甲貫入・墨貫入)
- 清里北澤美術館 展覧会紹介(国立新美術館アートコモンズ掲載) https://www.nact.jp/english/artcommons/user/detail/27411 (貫入の定義、宋の官窯の青磁)
- 沖縄県工業技術センター研究報告 第19号「壺屋焼製品の高品質化―釉薬の貫入についての対策―」 https://www.pref.okinawa.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/003/272/2016oitc-04tsuboya.pdf (貫入と熱膨張の差)
- serai.jp(小学館)萩焼の紹介記事 https://serai.jp/?p=1141031 (萩焼の貫入、茶渋、萩の七化け)
- JAANUS(日本美術用語辞典)「Hagiyaki 萩焼」 https://projects.mcah.columbia.edu/jaanus/node/4276 (茶慣れ、土の吸水性と変化)
- Wikipedia「Glaze defects」(英語版) https://en.wikipedia.org/wiki/Glaze_defects (二次的な貫入、窯によるひびの見方のちがい)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。