このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

人魚は ジュゴンを 見まちがえた ものって、ほんとう?

「人魚の正体はジュゴン」という説は、どこまで本当なのか

「人魚の正体はジュゴン」説を、実物と619年の記録から考える

分野:生きもの

日本で いちばん 古い 人魚の 話は、619年です。でも、その 話には 「ジュゴン」も 「人魚」も 出て きません。あみに かかった ものは、「人でも 魚でも ない」と 書かれて います[4]。

それでも 「人魚は ジュゴンだ」と いう 話は、よく 知られて います。ほんとうに そうなのでしょうか。この 記事では、見まちがえた 人も いたかも しれないけれど、それだけでは 全部の 人魚の 話を 説明せつめいできない ことが わかります。

日本で最古とされる人魚の記録は、619年です。ところが、その記事には「ジュゴン」も「人魚」という言葉も出てきません。網にかかったのは「人でも魚でもない」ものだと書かれています[4]。

それでも「人魚の正体はジュゴン」という説明は、広く知られています。実物のジュゴンと古い記録を並べると、この説はどこまで言えるのでしょうか。ジュゴンを見まちがえた例はあったかもしれませんが、ジュゴンのいない海にも人魚の話があり、一つの説では全部を説明できないことが分かります。

日本で最古とされる人魚の記録は619年のものだ。ただし『日本書紀』のその記事は、漁師の網にかかったものを「人でも魚でもない」と書くだけで、ジュゴンの名も、人魚という語さえ出てこない[4]。

それでも「人魚の正体はジュゴン」という説明は広く流布している。実物の生態と古い記録を並べたとき、この説は何を説明でき、何を説明できないのか。ジュゴンを見まちがえた例はありうるが、ジュゴンの生息しない海にも人魚の伝承があり、この説だけでは全体を説明しきれないことが分かる。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ・小学校高学年むけ・中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. ジュゴンって、どんな 生きもの?

1. 人魚に見えたといわれるジュゴンは、実際にはどんな動物か

1. 全長約3m、体重約450kg ── 人魚の「モデル」の実物はどんな動物か

ジュゴンは 海に すむ、大きな 生きものです。資料しりょうに よると、長さは 3メートルほど、おもさは 450キロほど あります[1]。体重が 30キロの 子どもなら、15人ぶんです。

食べるのは、海の そこに 生える 海そうの なかま、「うみくさ」です。かたくて しょうかしにくい ため、はらの 中の 長い ちょうは、40メートルいじょうも あると いわれます[1]。

名前は、マレーごの 「ドゥユン」から 来たと いわれ、「海の きふじん」と いう いみだと いわれます[1]。きれいな 名前ですが、すがたは 人魚とは だいぶ ちがいます。

では、「子どもを だいて おちちを あげる すがたが 人魚に 見えた」と いう 話は、ほんとうなのでしょうか。

ジュゴンは、暖かい海の浅いところにすむ海の哺乳類です。資料によれば全長は約3m、体重は約450kgで、体重30kgの子どもなら15人分にあたります[1]。

おもな食べ物は海草です。繊維が多くて消化しにくいため、腸は40m以上もあるとされます[1]。飼育されている個体では、1日に数十kgほどの海草を食べるとされます[8]。

名前は、マレー語の「duyung(ドゥユン)」が別の言語を経て伝わったもので、「海の貴婦人」の意味だといわれます[1]。優雅な名前ですが、体つきは絵の人魚とはずいぶんちがいます。

それなのに、ジュゴンが人魚のモデルだといわれるのはなぜでしょうか。よく聞くのは、「子どもを抱いて乳をやる姿が、人間の母親に見えた」という説明です。これは資料で支えられるのでしょうか。

ジュゴンは、資料によれば全長約3m、体重約450kgの海牛類である[1]。体重30kgの子どもと比べれば、450÷30で15人分にあたる大きさだ。主食は海草で、繊維が多く消化しにくいため、腸は40m以上に達するとされる[1]。飼育下では1日に数十kgほどを食べるとされ、資料により10〜30kgと幅がある[8]。

分布は西太平洋からアフリカ東岸の暖かい沿岸で、日本の沖縄諸島周辺(北緯30度付近)が北限とされる[1]。メスは歯の成長輪から、最大73年生きると推定されている[2]。

学名・英名のdugongは、マレー語のduyungがタガログ語などを経て伝わったもので、「海の貴婦人(lady of the sea)」の意味だといわれる。ただし経路は辞書により異なる[1]。「儒艮(じゅごん)」は当て字である。

では、この動物が人魚に見えたという説明は、何を根拠にしているのか。最も有名なのは、「母親が前肢で子を抱いて授乳する姿が、人間の母子に見えた」というものだ。実物の授乳の様子を確かめておきたい。

2. 「だいて おちちを あげる」は ほんとう?

2. 「抱いて授乳する姿が人魚に見えた」という説明は、実物と合うのか

2. 「母が子を抱いて授乳する」説は、ジュゴンの資料の記述と食いちがう

ジュゴンの 資料しりょうには、子が お母さんの むねびれの うしろに ついて およぎながら、おちちを のむ ようすが 書かれて います[1]。お母さんが 子を うでで だきかかえる すがたは、その 資料しりょうには 出て きません。

「だいて おちちを あげる」と 書いた 本も あります。でも、ジュゴンについて くわしく 書いた 資料しりょうとは、食いちがって います。

おちちを のむ 期間は、14〜18か月ほどです。子は 生まれて すぐ、海草も 食べ はじめると いわれます[2]。

だから 「だいて おちちを あげる すがたが 人魚の もとに なった」と いう 話を、ほんとうの こととして 言うのは むずかしいのです。ジュゴンを 見まちがえた 人が いなかった、と いう 意味では ありません。

それでは、日本の 昔の 人は、人魚を 何だと 思って いたのでしょう。

ジュゴンについて書かれた資料を読むと、子は母親の胸びれのうしろについて泳ぎながら乳を飲む、と記されています。母親が前肢で子を抱きかかえて授乳する、という記述はありません[1]。授乳期間は14〜18か月ほどで、子は生まれてすぐ海草も食べはじめるといわれます[2]。

「直立して抱いて授乳する」と書く一般向けの記事もありますが、ジュゴンの生態を説明する資料とは食いちがいます。そのため、この授乳の姿が人魚の起源だと言い切るのは難しそうです。

一方で、人魚をジュゴンやマナティーの見まちがいとする説は広く流布しているものの、学術的な裏づけがあるわけではない、と書く資料もあります。見まちがえた人がいた可能性までは否定できませんが、それを決め手のように語ることはできません。

では、日本の古い記録は、人魚をどう書いていたのでしょうか。

ジュゴンの生態を説明する資料によれば、幼獣は母親の胸びれの後方について泳ぎながら乳を飲むと記され、母親が前肢で抱きかかえて授乳するという記述はない[1]。授乳期間は14〜18か月で、子は生後すぐ海草も食べはじめるとされる[2]。

したがって、「直立して抱いて授乳する姿が人間の母子に見えた」という説明は、一般向けの記事には見られるものの、この資料の記述とは食いちがう。両方が並んでいる以上、この点を人魚の起源の根拠にするのは慎重であるべきだ。

人魚をジュゴンやマナティーの見まちがいとする説自体は広く流布しているが、学術的な裏づけがあるわけではないと書く一般向けの資料もある。ただしこれは二次的な記述であり、見まちがえた事例がまったくなかったとまでは言えない。

説の根拠が弱いのなら、日本の古い記録は、人魚をどう書いていたのか。最古の記録から確かめる。

3. 日本で いちばん 古い 話は、何を 書いて いたの?

3. 最古の記録は、「人魚」でも「ジュゴン」でもなく、「人でも魚でもないもの」だった

3. 619年の二つの記事 ── 「人魚」の語もなく、ジュゴンの名も出てこない

古い 記録きろくは、『日本書紀にほんしょき』と いう 本に あります。619年、今の 大阪おおさかの あたりで、りょうしの あみに 「人でも 魚でも ない」ものが かかった と 書かれて います[4]。

おなじ 年に、おうみの 国の 川にも、「人に にた」ものが あらわれた と いう 話が あります。このとき、「人魚」と いう ことばは まだ 使われて いません。

1つは おうみの 国の 川、もう 1つは せっつの 国の 堀江ほりえでの 話です。明治めいじの ころの 学者の 南方熊楠みなかたくまぐすは、これを サンショウウオの なかまだろうと 考えました[3]。

つまり、日本で いちばん 古い 話は、ジュゴンと すぐには むすびつきません。では、今の 人魚の すがたは、いつ 出て きたのでしょう。

日本最古とされる記録は、『日本書紀』の推古天皇27年(619年)の条にあります。摂津国の堀江で、漁師の網に「人でも魚でもない」ものがかかった、という記事です。同じ年に、近江国の蒲生川で「人に似ている」ものが現れた、という記事もあります[4]。

この時点では、「人魚」という言葉はまだ使われていません。つまり、のちに人魚の話として読まれる記録です。

明治の博物学者の南方熊楠は、これらをサンショウウオの類だろうと推測しました[3]。明治以降は、サンショウウオ、ジュゴン、マナティなど、正体としてさまざまな生きものの名があげられてきました[4]。

この記事で使った資料には、619年の二つの記事を直接ジュゴンと結ぶ記述はありません。では、いま私たちが思いうかべる人魚の姿は、昔から同じだったのでしょうか。

『日本書紀』推古天皇27年(619年)の条には、摂津国の堀江で漁師の網に「人でも魚でもない」ものがかかった記事と、近江国の蒲生川(がもうがわ)に「人に似ている」ものが現れた記事とがある[4]。ただし、この時点では「人魚」という語がまだ使われていない。のちの人魚伝承の原型として読まれてきたにすぎない点に注意したい。

南方熊楠(みなかたくまぐす)は、この二つの記事をサンショウウオの類だろうと推測した[3]。明治以降、人魚の正体としてサンショウウオ、ジュゴン、マナティなどが挙げられてきたことも踏まえると、同じ記事が読み手により別の動物に結びつけられてきたことが分かる[4]。

なお、日本書紀の原文は今回直接読んでおらず、二次資料の記述にもとづく。この記事ではそのため、漢文の引用はしない。

では、記録の側に「ジュゴンらしさ」がないのなら、人魚の姿として思い浮かべるあの形は、いつどこで固まったのか。

4. 人魚の すがたは、むかしから 同じだった?

4. 「上半身が女性、下半身が魚」は、昔から決まった姿だったのか

4. 人魚の姿は固定していなかった ── 『武道伝来記』と『和漢三才図会』

人魚と 言うと、上半身が 女の 人で、下が 魚の すがたを 思いうかべます。でも、日本の 人魚は、いつも その すがたでは ありませんでした。

江戸時代えどじだいの 作家、いはらさいかくの 『ぶどうでんらいき』には、顔は 美しい 女の 人のようで、頭に とさかが ある すがたが 出て きます[4]。

『わかんさんさいずえ』と いう 本では、上半身が 女の 人、下半身が 魚の、今の ような すがたが 絵に なって います[4]。

むかしの 人の 思いうかべた 人魚は、1つでは なかったのです。それなら、ジュゴンの いない 海では、人魚は どう 語られて いたのでしょう。

日本の人魚は、はじめから「上半身が女性、下半身が魚」だったわけではありません。江戸時代の作家、井原西鶴の『武道伝来記』では、顔は美女のようで、頭に鶏冠(とさか)がある姿として登場します[4]。

いま一般的な、上半身が女性で下半身が魚という姿が描かれたのは、『和漢三才図会』だとされます[4]。

姿が時代や作品でちがうなら、「ジュゴンに似ているから人魚」という見立ても、一つの姿との比べ方にしかなりません。人魚の姿そのものが、人によって思い描くものが変わってきた、と考えたほうが自然かもしれません。

では、ジュゴンのいない海では、人魚はどう語られたのでしょうか。

日本の人魚像は一つではなかった。井原西鶴の『武道伝来記(ぶどうでんらいき)』には、顔は美女のようで頭に鶏冠がある姿が描かれ、『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』には、いま一般的な上半身が女性・下半身が魚の人魚が描かれたとされる[4]。

姿が作品により異なる以上、「ジュゴンの姿に似ているから人魚と呼ばれた」という説明は、どの人魚像と比べるかで結論が変わる。比べる相手自体が揺れていることは、この説を考える際の一つの条件になる。

ここまでは日本の話だった。それならジュゴンの生息しない海では、人魚はどう語られたのか。

5. ジュゴンの いない 海にも、人魚は いるの?

5. ジュゴンのいない海にも、人魚の話があるのはなぜか

5. 生息域の外の人魚 ── コロンブスの日誌とマナティー

ジュゴンが すむのは、あたたかい 海の 岸の ちかくです。西太平洋から アフリカの 東がわまでで、日本の 沖縄おきなわあたりが いちばん 北です[1]。

ところが、ジュゴンの いない 海にも、人魚の 話は あります[3]。だから 「人魚は ぜんぶ ジュゴンの 見まちがい」とは 言えません。

1493年、コロンブスは 船の 日記に、前の 日に 人魚を 3ひき 見たと 書きました。見たのは 今の ドミニカきょうわこくの 近くの 海で、「絵ほど 美しく ない」と いう 意味の ことも 書いて います。のちに、マナティーでは ないかと 考えられました[6]。

見まちがえられた 生きものは、ジュゴンだけでは ありません。ジュゴンの なかまの ステラーカイギュウは、18せいきに とりすぎて、いなく なりました[2]。

では、ジュゴンの いる 海の 人たちは、人魚を どう 語って いたのでしょう。

ジュゴンの分布は、西太平洋からアフリカ東岸にかけての暖かい沿岸で、日本の沖縄諸島周辺が北限とされます[1]。ところが、ジュゴンの生息しない海域にも人魚の伝承があります。そのため、見まちがえ説では、すべての伝承を説明できないと指摘されています[3]。

よく知られた例が、コロンブスの航海日誌です。1493年1月9日の記載には、前日に今のドミニカ共和国・ハイチ付近の沖で人魚を3体見たとあります。ただし「絵に描かれているほど美しくない」という意味の感想も添えられています。のちにマナティーだったと解釈されました[6]。原本は失われ、ラス・カサスの要約が残るため、言い回しは訳によって少しちがいます。

ジュゴンに近い仲間には、ステラーカイギュウもいましたが、18世紀に狩りで絶滅しました。ジュゴンやマナティーなどの海牛目(Sirenia)の名は、セイレーンに由来するといわれます[2]。

アメリカの海洋大気庁(NOAA)は、人魚のような水中の人型生物の証拠は見つかっていないと述べています[5]。見まちがえられたとされる動物は一種類ではなく、そのうえ、見まちがえだけでは説明できない話もあるのです。

では、ジュゴンが実際にいる海では、人魚の話はどうなっていたのでしょうか。

ジュゴンの分布は西太平洋からアフリカ東岸の暖かい沿岸で、日本の沖縄諸島周辺が北限だ[1]。ところが、ジュゴンの生息域の外にも人魚伝承があるため、見まちがえ説だけでは全伝承を説明できないという指摘がある[3]。「ジュゴンの海」の話を、世界の人魚像へそのまま広げることはできない。

典型例がコロンブスの航海日誌である。1493年1月9日の記載(見たのは前日)で、現在のドミニカ共和国・ハイチ付近の沖で人魚を3体見たとし、絵に描かれているほど美しくないという趣旨の感想を残した。のちにマナティーだったと解釈されている[6]。ただし原本は失われ、ラス・カサスの要約が残るのみで、訳文により言い回しは異なる。そのため、直接の引用ではなく内容として読む必要がある。

近縁の海牛類にステラーカイギュウがいたが、18世紀に狩りで絶滅した。海牛目(Sirenia)の名はセイレーンに由来するといわれる[2]。

米国の海洋大気庁(NOAA)は、人魚のような水中の人型生物の証拠は見つかっていないと述べる[5]。このページはジュゴンやマナティーには触れていないので、見まちがえ説そのものの評価ではないことに注意する。

見まちがえの対象は一種類ではなかった。それなら、ジュゴンが実際にいる海の人々は、人魚とジュゴンをどう結んできたのか。

7. 人魚の 絵と ジュゴンを、じぶんで くらべて みよう

7. 人魚のモデル探しを、自分の手で続けるには

7. 資料の読みどころと、自分で比べる手がかり

ジュゴンの 大きさを、じぶんの 体と くらべて みましょう。まず、体重を はかって、450を じぶんの 体重で わります。ジュゴンが 何人ぶんか、わかります。

つぎに、人魚の 絵を 3つ 見つけます。絵本や ずかんで 大丈夫だいじょうぶです。上半身、下半身、顔を くらべて、ちがいを ノートに 書きます。

水族館で ジュゴンを 見る ことが あったら、泳ぎ方と 食べ方を 見て みて ください。人魚に 見えるか、見えないか、じぶんで 決めて いいのです。

家でできること。ジュゴンの体重450kgを、自分の体重で割ってみます。何人分かが分かると、実物の大きさが想像しやすくなります。腸の40mは、広い場所で歩幅をもとに歩いて測ると、長さの見当がつきます。

図書館や本でできること。絵本や図鑑にのっている人魚の絵を3つ集め、顔・上半身・下半身を見比べてノートに書きます。『武道伝来記』や『和漢三才図会』の絵や紹介も、図書館で探せます。

水族館でできること。ジュゴンを飼育する水族館に行く機会があれば、泳ぎ方と海草を食べるようすを見て、人魚のイメージと重ねてみてください。

公式の情報で確かめる。ジュゴンの保全の現状は、環境省の公式ページに載っています。区分や数字は更新されるので、最新の版を見ます。

資料の読みどころ。この記事の出典には、二次資料が多く含まれる。「見まちがえ説に学術的な裏づけがない」という記述も一般向けの記事のもので、論文や博物館資料では確かめていない。博物館や水族館の解説、自治体史など、一次に近い資料を探すと、説の言い方の違いが見えてくる。

自分で比べる手がかり。絵本・図鑑・『武道伝来記』『和漢三才図会』などの人魚像を3つ集め、顔・上半身・下半身を比べて表にする。ジュゴンの体重450kgを自分の体重で割る計算も、実物の大きさをつかむ助けになる。

公式情報。ジュゴンの保全状況・藻場調査は環境省の公表資料で、区分はIUCNのレッドリストで確かめる。区分や数字は更新されるため、必ず最新版を見る。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:日本語・英語版Wikipedia、公的機関(環境省・アメリカ海洋大気庁)、解説記事などを使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。Wikipediaは二次資料のため、一次に近い資料での確認を勧める。

  1. ジュゴン(日本語版Wikipedia)。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%B4%E3%83%B3 (体の大きさ・食べ物・授乳の様子・名前・沖縄での呼び名・保全の区分について)
  2. Dugong(English Wikipedia)。https://en.wikipedia.org/wiki/Dugong (授乳期間・寿命・ステラーカイギュウについて)
  3. 人魚(日本語版Wikipedia)。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%AD%9A (ジュゴンの生息しない海の人魚伝説、南方熊楠の見方について)
  4. nippon.com「人魚」解説。https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02101/ (619年の記録、人魚の姿のちがい、八百比丘尼について)
  5. NOAA National Ocean Service「Mermaids」。https://oceanservice.noaa.gov/facts/mermaids.html (人魚のような生物の証拠について)
  6. HISTORY.com「Columbus mistakes manatees for mermaids」。https://www.history.com/this-day-in-history/january-9/columbus-mistakes-manatees-for-mermaids (コロンブスの航海日誌の記述について)
  7. 環境省報道発表「ジュゴンと藻場の広域的調査」。https://www.env.go.jp/press/3614.html (沖縄周辺の藻場の面積について)
  8. ウォーカープラス「鳥羽水族館のジュゴン」の記事。https://www.walkerplus.com/article/1002405/ (飼育されているジュゴンの食べる量について)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。