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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

養殖ようしょくの うなぎは、なにから そだつの?

養殖なのに、種は海から来る ── うなぎ養殖の歴史と、水づくり

うなぎ養殖の歴史と水づくり ── 1879年の深川、シラスウナギ依存、完全養殖(2010年)まで

分野:生きもの

うなぎは、養殖ようしょくで そだてた ものが たくさん 食べられて います。でも、うなぎの 赤ちゃんを、たまごから そだてて いる わけでは ありません。

では、赤ちゃんは どこから 来るのでしょう。いっしょに たどって みましょう。

スーパーに並ぶうなぎの多くは養殖です。ところが、その養殖に使う「種」は、いまも海で採れた天然の稚魚に頼っています。卵から育てる養殖ではないのです。

なぜそうなっているのか。明治の池から、ハウスで温める水づくり、産卵場所を探した調査、稚魚の減少までを、公的な資料を中心に見ていきます。

ニホンウナギの供給の大部分は養殖だが、その種苗は自然のシラスウナギに依存している[1]。

このメモでは、1879年の東京・深川に始まるとされる養殖の歴史[2]、加温ハウスと水の管理[3][5]、産卵場所の解明[6]、シラスの減少と管理[7][8]、そして完全養殖の到達点と限界を、水産関係の資料を突き合わせてたどる。

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1. 赤ちゃんは どこから 来るの?

1. 「種」は天然のシラスウナギ

1. 種苗の依存 ── シラスウナギを池に入れて育てる

うなぎの 赤ちゃんは、シラスウナギと よばれます。ほそくて すきとおった 小さな 魚で、体の 重さは 0.2グラムほど。1円玉の 五分の一の 重さです[3]。

冬から 春に、日本や 中国、かんこく、たいわんの 川の 口に やって 来ます[1]。それを つかまえて、養殖ようしょくの 池に 入れるのです。

池では 半年から 一年半ぐらい かけて、一ぴき 200〜300グラムまで そだてます[3]。1000ばいから 1500ばいに なる わけです。

0.2gが、半年から1年半で

養殖用のうなぎは、冬から春にかけて河口に来る体重約0.2gのシラスウナギを採り、養殖池に入れて育てます[1]。半年から1年半ほどかけて、1尾200〜300gにします[3]。0.2gから200gなら1000倍、300gなら1500倍です。

国内の供給の大部分は養殖

水産庁などの資料によると、ニホンウナギの供給の大部分を養殖が占めています。ただし、その種苗は自然のシラスウナギに依存しています[1]。日本のほか、中国・韓国・台湾の河口でも採られ、輸入もされて池に入ります。

養殖では、冬〜春に河口へ来遊する体重約0.2gのシラスウナギを採捕(または輸入)して池に入れ、6か月〜1年半で1尾200〜300gに育てる[1][3]。増重は1000〜1500倍にあたる。期間に幅があるのは、水温などの飼育条件や出荷サイズの違いによるためと考えられるが、資料はその内訳を示していない。

令和7年度の国際漁業資源の現況は、日本のウナギ供給の大部分を養殖が占める一方、種苗は自然個体群のシラスウナギに依存している、と整理している[1]。

2. むかしの 深川で

2. 明治12年、深川の2haの池

2. 養殖の始まり ── 1879年(明治12年)の千田新田

うなぎの 養殖ようしょくは、いまから 百四十年 あまり 前に はじまった、と いわれます。

はっとり くらじろう さんが、1879ねんに 東京の 深川で 大きな 池を つくって ためした のが、さいしょ とされて います[2][4]。

その 池は、2ヘクタール。たてが 100メートル、よこが 200メートルの 長方形に すると、それぐらいの ひろさです。ただし、その ころの 池の くわしい ようすは、しらべた 本や ページには 書いて ありませんでした。

深川の千田新田に、2haの池

日本養鰻漁業協同組合連合会の資料は、1879年(明治12年)に服部倉治郎が東京・深川の千田新田に2haの養殖池を作って試みたのが最初とされる、と紹介しています[2]。養鰻場の業者による解説にも、同じ内容が書かれています[4]。

「とされる」と書くのには理由があります。人名は「倉治郎」「倉次郎」と資料によって表記が違います。二つの資料は業界側のものなので、公的な資料での裏付けは、今回は見つけられませんでした。

2haは、およそ100m×200mの広さです。当時の池で何を餌にしたのか、シラスをどう手に入れたのかは、集めた資料には書かれていません。

日本のうなぎ養殖は、1879年(明治12年)に服部倉治郎が東京・深川の千田新田に2haの池を作って試みたのが最初とされる[2]。養鰻場を営む業者の解説も同じ年・場所・規模を記す[4]。

ただし、両者は同じ系統の業界資料で、人名の表記も「倉治郎」「倉次郎」と揺れる。「最初とされる」以上には言い切れない。当時のシラスの入手方法や餌、池の水の扱いを述べた資料は、今回の調査では得られていない。

3. ハウスの 中の あたたかい 水

3. 広い池から、温めるハウスへ

3. 水づくり ── 加温ハウス・地下水・ろ過

いまの 養殖ようしょく池は、四角い コンクリートの 池です。上を ビニールハウスで おおって、水を 28ど ぐらいに あたためます[3]。

うなぎは、30どの 近くの 水で、いちばん よく そだつ からです[5]。冬でも 育てられるので、一年じゅう 養殖ようしょくが できます[4]。

びょうきの ときには、水を 33どまで あげて、ばいきんを 弱らせる こともあります[3]。

水は、おもに 地下水を つかい、ごみを とる そうちで きれいに します[4]。むかしの ひろい 池より、水の ようすを 見やすく なりました[3]。

28℃と30℃の間

愛知県水産試験場は、うなぎは30℃付近の水温でいちばんよく育つので、ビニールハウスの中で温めて育てていると説明しています[5]。業界団体の資料では、四角いコンクリート池をハウスで覆い、水温は28℃前後です[3]。資料によって、水温は28℃前後、30℃付近と示されています。

病気を防ぐために水温を33℃まで上げ、病原菌を殺す方法もあります[3]。

水質を守る道具

養鰻には、水産用水基準を満たした地下水(一部は河川水)を使います。近年は、コンクリートやビニールの水槽、循環ろ過装置、水温の調節によって、水質・衛生の管理が進み、病気や死亡が減って、一年中の養殖ができるようになりました[4]。

池の水の色や、水質を数字で示した公的な資料は見つかりませんでした。

現在の養殖池は、四角いコンクリート池をビニールハウスで覆い、水温28℃前後に加温する。病気対策として33℃まで上げて病原菌を殺すこともある。かつての広い露地池より飼育管理が容易になった[3]。愛知県水産試験場は、ウナギは30℃付近の水温で最もよく育つため、ハウス内で加温して育てると説明する[5]。28℃前後と30℃付近という違いは出典間で残る。

用水は、水産用水基準を満たした地下水(一部は河川水)を用いる。コンクリート・ビニール製水槽と循環ろ過装置、水温調節の導入で水質・衛生管理が向上し、病気と死亡率が減り、周年の養殖が可能になった[4]。

加温施設は1971年に魚病対策として試験的に始まったとする資料もあるが[2]、年の原文確認ができていないため、ここでは年を断定しない。水質を数値(アンモニア・酸素・pH)で示す公的資料も得られていない。

4. うなぎは どこで 生まれる?

4. 日本の南、2500kmの海で

4. 産卵場所の解明 ── 2005年の仔魚、2008〜2009年の親ウナギ

うなぎの 赤ちゃんは、どこで 生まれるのでしょう。長い あいだ、だれも 知りませんでした。

2005ねんに、東京大学の 人たちが、グアムとうの 近くの 海で、生まれて 数日の 赤ちゃんを つかまえました。日本から 南へ 2500キロも はなれた、あつい 海です[6]。

2008ねんから 2009ねんには、大きな 親の うなぎを 12ひき つかまえました。海で およいで いる 大人の うなぎを 見た 人は、それまで だれも いませんでした[6]。

生まれて数日の仔魚

2005年、東京大学のグループが、生まれて数日のウナギをグアム島の近くで採ることに成功しました。これで、ウナギは日本から南へ約2500km離れた熱帯の外洋で産卵することが、ほぼ確かになりました[6]。

海で泳ぐ親を、初めて

2008年5月から2009年6月の調査では、西マリアナ海嶺の南部で成熟した親ウナギ12尾(オス6、メス6)を捕まえました。網に入ったのは、深さ180〜300mです。海を泳ぐ成熟したウナギは、それまで誰も見たことがありませんでした[6]。

2005年に東京大学のグループが、グアム島近くで孵化後数日の仔魚を採集し、日本から南へ約2500km離れた熱帯外洋域がウナギの産卵場であることがほぼ確実になった[6]。

2008年5月〜2009年6月の調査では、西マリアナ海嶺南部で成熟した親ウナギ12尾(雄6・雌6)を捕獲した。網に入った水深は180〜300mで、海で泳ぐ成熟個体は、それまで誰も見ていなかった[6]。産卵を直接観察した記録は、今回の資料には含まれない。

5. シラスウナギが 少なく なった

5. 減っていく稚魚と、池入れ量の管理

5. 採捕量の減少・IUCN・池入れ量管理(2014〜2015年)

シラスウナギは、むかしは たくさん とれました。1966ねんより 前は、日本で 一年に 100トンを こえる ことも ありました[1]。

それが だんだん 少なく なり、2019ねんは 3.7トンと、いちばん 少なく なりました。2025ねんは 14.8トンと 見つもられて います[1]。

どうして 少なく なったのかは、はっきり わかって いません。海の かんきょうの かわりかた、川や 海べの へんか、とりすぎ などが 考えられて います[7]。

そこで 2015ねんから、池に シラスを どれだけ 入れて よいかを きめる きまりが できました[8]。

100トン超から、3.7トンへ

シラスウナギの国内の採捕量は、1966年以前は100トンを超えていました。1971年以降は100トンを下回り続け、1990年には初めて20トンを割り込みました。2019年の漁期は3.7トンで過去最低、2025年の漁期は14.8トン(推定)です[1]。

理由は、一つに決まっていない

減った要因として、海洋環境の変動、生息環境の悪化、シラスウナギの乱獲が挙げられていますが、特定はされていません[7]。2014年6月、国際自然保護連合(IUCN)はニホンウナギを絶滅危惧IB類としてレッドリストに載せました[7]。

入れる量に、上限を

2015年に、日本・中国・韓国・台湾で池入れ量の管理が始まりました。日本ではうなぎ養殖業が農林水産大臣の許可制になり(2015年6月1日)、業者ごとに池入れの上限が割り当てられています[8]。

シラスウナギの国内採捕量は、1966年以前は100トン超、1971年以降は100トン未満で推移し、1990年に初めて20トンを割った。2019年漁期は過去最低の3.7トン、2025年漁期は14.8トン(推定)である[1]。

減少の要因には、海洋環境の変動、生息環境の悪化、乱獲が指摘されるが、特定されていない[7]。IUCNは2014年6月にニホンウナギを絶滅危惧IB類として掲載した[7]。

2015年に日中韓台で池入れ量の管理が始まり、日本では養殖業が農林水産大臣の許可を要する指定養殖業(2015年6月1日)となって、業者ごとに上限が割り当てられた[8]。日本の池入れ上限は21.7トンとされる[1]が、許可数量は年度で変わりうる。国産ウナギの供給量は2000年の約16万トンから、近年は約4万トンに減った(輸入を含む供給量で、国内の養殖生産量ではない)[7]。

6. たまごから そだてる ちょうせん

6. 卵から育てる ── 完全養殖と、その先の壁

6. 人工ふ化から完全養殖へ ── 1973年・2002年・2010年

それなら、シラスウナギを 人の 手で 作れないでしょうか。じつは 1973ねんに、北海道大学が、世界ではじめて 人工の ふかに せいこうしました[6]。

けれど そのあと 20年 いじょう、生まれた 赤ちゃんを そだてる ことが できませんでした。いちばんの なやみは、えさ でした。サメの たまごを よく 食べる ことが わかって、2002ねんの 春、人工で 生まれた シラスウナギが たんじょうしました[6]。

2010ねんの 3月の おわりには、人工で うまれた うなぎが 親に なり、つぎの 赤ちゃんが 生まれる 「かんぜん養殖ようしょく」が、世界ではじめて できました[6]。

でも、これで すぐ お店に ならぶ わけでは ありません。たくさん 作る ぎじゅつが、まだ 必要ひつよう だと されて います[6]。

20年以上の足踏みと、餌の発見

人工ふ化は1973年に北海道大学が世界で初めて成功しましたが、その後20年以上、孵化した赤ちゃんを育てることができませんでした。最大の課題は餌で、サメの卵をよく食べることが分かり、2002年の春に人工ふ化のシラスウナギが誕生しました[6]。

メスを作る特別な餌

もう一つの壁は、人工ふ化のシラスウナギの多くが、養殖環境ではオスになってしまうことでした。卵を産む母親候補には、シラスの時期に特別な餌を食べさせてメスにする必要がありました[6]。

完全養殖の先

2010年3月末に、人工ふ化ウナギを親にして次の世代を得る完全養殖が、世界で初めて実現しました。ただし、養殖の現場で役立てるには、シラスウナギを大量に作る技術が必要だと、同じ資料は述べています[6]。現在の流通や、いつ商業化されるのかは、今回の資料では確認できていません。

人工ふ化は1973年に北海道大学が世界で初めて成功したが、その後20年以上、ふ化した仔魚(レプトセファルス)を育てられなかった。最大の課題は餌で、サメの卵をよく食べることが分かり、2002年春に人工ふ化のシラスウナギが誕生した[6]。

人工ふ化個体は養殖環境ではほとんどが雄になるため、卵を採る母親候補にはシラスの時期に特別な餌を与えて雌化する必要があった[6]。2010年3月末、人工ふ化ウナギを親にして次世代を得る完全養殖が世界で初めて実現した[6]。

ただし同じ資料は、実際の養殖に役立てるにはシラスウナギの大量生産技術の開発が必要だと述べる。完全養殖の成功は商業化と同義ではない。市場流通の現状や量産化の時期は、今回の資料では確認できていない。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

おうちの 人と、スーパーや お店で うなぎを 見つけたら、パックの ひょうじを 見て みましょう。「養殖ようしょく」と 書いて あるか、どこの 国や 県の ものか、さがして みます。

本や ホームページで しらべるなら、すいさんちょうの 「ウナギに かんする 情報じょうほう」が、日本語で 読めます。

今日できること:うなぎのパックや店のメニューの表示を見て、産地や「養殖」の文字を探してみます。表示を見つけたら、そのうなぎがどこかの池で育ったのだと思うと、身近な食べものの背景が少し見えてきます。

公式情報:水産庁の「ウナギに関する情報」や、水産研究・教育機構の資料は、日本語で読めます。数字は年ごとに更新されるので、日付を確かめてください。

統計は毎年更新される。資源の現況は「国際漁業資源の現況」[1]、管理の枠組みは水産庁の「ウナギに関する情報」[8]、産卵場探索と完全養殖の研究は水産総合研究センターの成果発表会の資料[6]に、日本語で書かれている。

養殖の歴史は業界団体の資料[2][3]が読みやすい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:水産庁・水産研究・教育機構・愛知県水産試験場などの公的資料と、業界団体の資料を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. 令和7年度国際漁業資源の現況 83 ニホンウナギ(水産庁・水産研究・教育機構)。https://kokushi.fra.go.jp/R07/R07_83S_ELJ.pdf (種苗の依存、シラスウナギ採捕量の推移、池入れ上限について)
  2. 日本養鰻漁業協同組合連合会「ウナギ養殖の歴史」。https://www.unagi-nichimanren.or.jp/history.html (1879年の養殖の始まりについて)
  3. 日本養鰻漁業協同組合連合会「国産ウナギについて」。https://www.unagi-nichimanren.or.jp/domestic.html (育つまでの期間、加温ハウス、水温について)
  4. 養鰻場.com「養殖技術の歴史と未来」。https://yomanjo.com/facility/technology/ (深川の池、地下水、ろ過による水質管理について)
  5. 愛知県水産試験場「あいちのウナギの話」。https://www.pref.aichi.jp/soshiki/suisanshiken/0000085723.html (30℃付近で育ちがよいこと、ハウスでの加温について)
  6. 水産総合研究センター 第8回成果発表会(2010)。https://www.fra.go.jp/home/kenkyushokai/book/files/seika_abs/220529.pdf (産卵場所、親ウナギの捕獲、人工ふ化と完全養殖について)
  7. 水産庁・農林水産技術会議事務局「ウナギをめぐる状況と対策について」(2016)。https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/pdf/meguru.pdf (減少の要因、IUCN掲載、供給量について)
  8. 水産庁「ウナギに関する情報」。https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/unagi.html (許可制と池入れ量管理について)

なおした ところ

更新履歴

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