1. おなじ さかなが、20cmと 80cmで ちがう なまえ?
1. 同じ魚なのに、大きさで別の名前になるのはなぜか
1. ブリの呼び名 ── 関東・関西・九州で大きさの目安がちがう
さかなやさんに、ワカシ、イナダ、ワラサ、ブリが ならんで いたら、ぜんぶ ちがう さかなに 見えますよね。でも、かんとうでは、ぜんぶ おなじ ブリの なかまです。おおきく なる じゅんに、ワカシ、イナダ、ワラサ、ブリと よびます[1]。
かんさいでは、ツバス、ハマチ、メジロ、ブリです。きゅうしゅうでは、ワカナゴ、ヤズ、コブリ、ブリと いう よびかたが あります[2]。
おおきさの めやすは、20cm、40cm、60cm、80cmです。ただ、これは「れい」です。なんcmで かならず かわる、と いう きまりでは ありません。
どうして こんなに こまかく わけたのでしょう。
魚屋さんの店先に、ワカシ、イナダ、ワラサ、ブリが並んでいたら、別々の魚に見えるかもしれません。でも関東では、これは全部ブリで、成長するにつれて呼び名が変わります[1]。成長に応じて名前が変わる魚は「出世魚」と呼ばれます。
関西ではツバス、ハマチ、メジロ、ブリ、九州ではワカナゴ、ヤズ、コブリ、ブリと呼ぶ例があります。水産研究機関の講演の表では、体の大きさの目安は20cm、40cm、60cm、80cmで、これは「例」とされています[2]。
つまり、境目は地域や人によって少しずつ動きます。何cmで必ず名前が変わる、という決まりがあるわけではありません。では、なぜこれほど細かく呼び分けたのでしょうか。
2. なまえが おおいのは、あじが ちがうから?
2. 名前が多い理由は、味や食感のちがいにあるのか
2. 名前の多さの背景 ── 脂の量と季節、寒ブリが珍重される理由
おおきさで、あじが ちがうからだと いう みかたが あります。ブリは、おおきい ほど、また ふゆほど、あぶらが おおく なります[2]。
ちばけんの せつめいでは、なつに 出まわる イナダは、あぶらが すくなめで、さっぱりした あじです。ふゆの「かんブリ」は、いちばん あぶらが のって います[1]。
さしみで たべたい ひとも、にものに したい ひとも います。あじの ちがいが わかる ひとほど、なまえで えらびたく なるのかも しれません。
水産研究機関は、名前の多さは、成長につれて変わる味や食感の違いを細かく見分けてきた日本の食文化を反映している、と述べています[2]。これは唯一の理由というより、ひとつの見方です。
ブリは、大きくなるほど、また冬ほど脂が多くなるのが一般的です[2]。千葉県の説明では、夏に出回るイナダは脂ののりが劣るかわりにさっぱりしていて、冬の「寒ブリ」はもっとも脂がのった時期にあたります[1]。
寒ブリが珍重される理由も、脂にあります。同じ12月に獲れたブリでも、佐渡のブリは対馬のブリより脂が多い傾向がある、と報告されています[2]。名前と味と季節が、結びついているのです。
水産総合研究センターの講演要旨は、ブリの名前の多さを、成長に伴って変わる味や食感の違いを細かく認識してきた日本の食文化の反映と述べている[2]。「反映している」という見方であり、名前が多い唯一の理由と断定する資料ではない。
根拠となる事実は脂質である。ブリは大きいほど、また冬ほど一般に脂質含量が高い。千葉県も、夏のイナダは脂ののりが劣るがさっぱりしており、冬の寒ブリが最も脂がのった時期にあたると説明する[1]。
では、寒ブリはどこの冬でもよいのか。同要旨では、佐渡で獲れたブリは対馬のブリより脂質が高い傾向があり、日本海中部の寒ブリが珍重される理由は明らかだと述べる[2]。大きさ・季節・漁場による味の違いも、名前を使い分ける理由の一つだったのかもしれない。
こうした呼び分けは、売り場にいまも残る。たとえば「ハマチ」である。
3. スーパーの ハマチは、なぜ ようしょくの ブリ?
3. 養殖のブリが「ハマチ」と呼ばれるのはなぜか
3. 養殖ブリの「ハマチ」 ── 出荷サイズと呼び名の関係、モジャコの利用
おみせでは、ようしょくの ブリを「ハマチ」と よぶ ことが おおいです。ハマチは、かんさいの よびかたで、ちゅうくらいの おおきさの ブリです[2]。
ブリの ようしょくは、1928ねんに かがわけんで はじまりました[2]。ようしょくの ちゅうしんが にしにほんで、だす ときの おおきさが ちょうど ハマチの おおきさだったので、ハマチが ようしょくブリの よびなに なったようです。
ようしょくの たねに つかうのは、うみで とれる ちいさな ブリの こどもです。これを モジャコと いいます[2]。
お店で「ハマチ」と書かれた養殖のブリを見たことがあるかもしれません。ハマチは、もともと関西での、中くらいの大きさのブリの呼び名です。
水産研究機関によると、ブリの養殖は1928年(昭和3年)に香川県で始まりました[2]。養殖の中心が西日本で、出荷サイズが関西の「ハマチ」にあたる大きさだったため、養殖ブリの代名詞になったようだ、と説明されています。「ようだ」という推定なので、ハマチは必ず養殖、とは言えません。
養殖のタネには、天然のモジャコを使います。モジャコは2〜5月ごろ生まれたブリの稚魚で、体長2cmほどになると流れ藻のまわりにつき、海流に乗って日本の沿岸に着きます[2]。小さいうちに獲るのは資源を長く使うという面で望ましくない、と研究所は述べています。
この話から、名前は魚の大きさだけでなく、売り方や育て方でも使われ方が変わることが見えます。地域のくらしでは、名前はもっと別の役目も持っていました。
養殖ブリを「ハマチ」と呼ぶことが多いのはなぜか。同要旨は、養殖の中心が西日本で、出荷サイズが関西の呼び名の「ハマチ」サイズだったため、代名詞として定着したようだと説明する[2]。推定を含む表現で、ハマチ=養殖と言い切る根拠にはならない。
ブリの養殖は1928年に香川県で始まった。種苗には天然のモジャコを使う。モジャコは2〜5月生まれの稚魚で、体長2cm程度で流れ藻につき、海流で沿岸に運ばれる。沿岸で約2年を過ごし、3歳以上になると産卵のため南へ戻る[2]。
このため、養殖の出発点は天然の小型魚の漁獲に依存する。同要旨は、小型魚のうちに獲るのは資源の持続利用の面で望ましくないとしている。名前の地域差が売り場の言葉に残るだけでなく、育て方の課題とも結びついているわけである。
一方、地域のくらしでは、成長名はもっと別の役割を持った。
4. おいわいの ときに よろこばれる なまえ
4. 北陸では、大きさで変わる名前が縁起物になる
4. 能登のブリ ── 成長名が縁起物として喜ばれる背景
ほくりくの のとでは、ブリを コゾクラ、フクラギ、ガンドと よびます。おおきさで なまえが かわる さかなです。くれの おいわいや おくりものに つかわれ、えんぎが いいと よろこばれます[3]。
むかしの ぶしや がくしゃは、げんぷくや しゅっせの たびに なまえを あらためたと いわれます。なまえが かわる さかなが、それに にて いると 見られたのです[4]。
はつふゆの かみなりを「ぶりおこし」と いいます。このころから、ていちあみの りょうが ほんかくに なります[3]。
北陸の能登では、ブリは「コゾクラ」「フクラギ」「ガンド」と大きさで名前を変える出世魚で、年末の祝いごとや贈り物に使われ、縁起物として喜ばれます[3]。初冬の雷を「ぶりおこし」と呼び、そのころから定置網漁が本格的になる、とも紹介されています。
「出世魚」という呼び名は、江戸時代の武士や学者が、元服や出世のたびに名前を改めた習わしになぞらえたものとされます[4]。成長して名前が変わる魚を、人の節目に重ねて、縁起をかつぎ、祝いの席で喜んだのです。
名前を変えながら成長する魚は、食べるためだけでなく、願いをこめる相手でもありました。では、この「名前の階段」が、ふだん使う言葉にまで入りこんだ例はあるのでしょうか。
5. スズキにも おなじ「なまえの かいだん」が ある
5. スズキも、大きくなるほど名前が変わる
5. スズキの呼び名 ── 関東・関西・中部の差
スズキも、おなじです。かんとうでは、25cmぐらいの 1さいの スズキを セイゴ、35cmぐらいの 2、3さいを フッコ、60cmの 4さいいじょうを スズキと よびます[8]。
かんさいでは、セイゴ、ハネ、スズキです。ちゅうぶでは、セイゴ、マダカ、スズキと いう よびかたです。
つぎは、もっと たくさん なまえが ある さかなの はなしです。
スズキも、成長によって名前が変わる魚です。関東では、約25cmの1歳魚をセイゴ、約35cmの2〜3歳魚をフッコ、60cm(4歳魚以上)をスズキと呼びます[8]。
関西ではセイゴ、ハネ、スズキ、中部ではセイゴ、マダカ、スズキと、途中の名前が地域で変わります。ブリと同じく、最初と最後は同じで、途中だけ変わるところがおもしろい点です。
名前の階段が、もっと長い魚もいます。ボラです。
スズキは、関東では約25cmの1歳魚をセイゴ、約35cmの2〜3歳魚をフッコ、60cm(4歳魚以上)をスズキと呼ぶ。関西ではセイゴ・ハネ・スズキ、中部ではセイゴ・マダカ・スズキとなる[8]。
ブリと同様に、最初(セイゴ・ワカシ類)と最後(スズキ・ブリ)が共通で、中間段階の名前だけが地域で入れ替わる点が共通する。なお大きさ・年齢の数値は辞典の記述であり、ブリの表([2])と同じく目安である。
名前の段階がさらに多い例として、ボラを見る。
6. ボラの なまえには「ゲンプク」も ある
6. ボラの幼魚には「ゲンプク」という名前がある
6. ボラの呼び名 ── 成長段階ごとの名前が多い理由
ボラの なまえは、とても たくさん あります。じてんでは、ちいさい ものから、ハク、ゲンプク、キララゴ、オボコ、イナッコ、スバシリ、イナ、ボラと あり、いちばん おおきい ものを トドと よびます[5]。
ゲンプクは、ボラの こどもの なまえの ひとつです。にんげんの「げんぷく」と おなじ ひびきが おもしろいですね。ただ、ことばが つながって いるかは、わかって いません。
ボラは、いろいろな おおきさの ときに たべられて きました。かわの しりょうでは、イナッコの おなかに みそを つめて やく りょうりが あったと あります[6]。
世界大百科事典によると、ボラは全長2〜3cmのハク・ゲンプク・キララゴ、3〜18cmのオボコ・イナッコ・スバシリ、18〜30cmのイナ、30cm以上のボラ、特に大きいものをトドと呼びます[5]。幼魚の呼び名に「ゲンプク」があるのが、おもしろいところです。
ただし、辞典ごとに大きさの区分は少しちがいます。「ゲンプク」が人の元服と語源でつながっているかは、資料では分からないので、呼び名にゲンプクがある、というところまでにしておきます。
国土交通省の河川の解説資料には、成長の各段階に名前があるのは、各時期にボラが利用されてきたからだ、とあります。たとえばイナッコ(オボコ)のおなかに味噌を詰めて焼く郷土料理や、ボラやトドのカラスミなどです[6]。
では、いちばん大きい「トド」は、人の暮らしにどう残ったのでしょうか。
ボラは、世界大百科事典(コトバンク)で、ハク・ゲンプク・キララゴ(全長2〜3cm)、オボコ・イナッコ・スバシリ(3〜18cm)、イナ(18〜30cm)、ボラ(30cm以上)、特に大きいものがトドとされる[5]。幼魚の名に「ゲンプク」があるが、元服との語源上の関係は確認できる資料がなく、ここでは呼び名の事実のみを記す。
なお、別の辞典ではイナを約25cm、2〜4年魚を30〜50cmとするなど、サイズ区分は一定でない。関東ではオボコ→イナッコ→スバシリ→イナ→ボラ→トド、関西ではハク→オボコ→スバシリ→イナ→ボラ→トドという河川資料もある[6]。
同資料は、成長段階ごとに名前があることを、ボラが各段階で利用されてきた表れとする。イナッコの味噌詰め焼きの郷土料理、刺身・洗い、ボラやトドのカラスミなどがその例である。
では、利用の多さは、言葉にどう残ったのか。最終段階の「トド」に注目する。
7. 「とどのつまり」と「いなせ」は、ボラから?
7. 「とどのつまり」と「いなせ」は、ボラの名前から来たのか
7. 日常語になった成長名 ── 「とどのつまり」と「いなせ」の語源説
「とどのつまり」は、「けっきょく」「しまいに」と いう いみです。ボラの いちばん おおきい なまえ「トド」が、ことばの もとだと いわれます[7]。ボラは、おおきく なっても、さいごは トドで おわる、と いう わけです。ほかの せつも あります。
「いなせ」と いう ことばも あります。かっこいい わかものを いう ことばです。えどじだいに、うおがしで はたらく いきな わかものが、イナの せなかのように ひらたく つぶした かみがたを ゆいました。そこから きたと いわれます[5]。
さかなの なまえが、わたしたちの ふだんの ことばに のこって いるなんて、おもしろいですね。
「とどのつまり」は、結局、しまいに、という意味の言葉です。ボラの最終段階の呼び名「トド」が語源とされています。語源には他の説もあります[7]。いくつもの名前を経て、最後に「トド」に行き着くことから、というのが有力な説明です。
「いなせ」は、粋で勢いのある若者を表す形容詞です。江戸時代、魚河岸の粋で俠気のある若者が結った「鯔背髷(いなせまげ)」という髪形に由来するとされます。イナの背のように平たくつぶした形の髪形です[5]。
つまり、ボラの成長名のうち「トド」は結末を表す言葉に、「イナ」はかっこいい若者を表す言葉に、日常の中へ入りこんだといわれます。魚の名前が細かく分かれていたから、こうした言葉も生まれたのかもしれません。
副詞「とどのつまり」(結局・しまいに)は、ボラの最終段階の名「トド」が語源とされる。ただし語源には他説があり、有力説として扱うのが妥当である[7]。
形容詞「いなせ」は、イナの背のように平たくつぶした髪形「鯔背髷」を、江戸時代に魚河岸の粋で侠気ある若者が結ったことに由来するとされる[5]。どちらも辞典の説明であり、成長名の「トド」「イナ」が日常語の語源になったという説明である点は共通する。
ここで注目できるのは、語源の確かさではなく、魚の名前の細かさである。成長段階ごとに名前がつくほど、ボラが日常的に見られ、利用されていたことが、名前が比喩として借りられた背景にあるのかもしれない。ただし、この因果は資料が直接述べているわけではなく、読み手の推測である。
自分でも しらべて みたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
今日できること
おうちの ひとと、さかなうりばに いって、さかなの なまえの ふだを 見て みましょう。おなじ ブリの なかまでも、ワカシ、イナダ、ハマチなど、なまえが ちがう ものが あるかも しれません。
出かけてできること
さかなやさんに、「この なまえは、おおきさで かわりますか」と、きいて みましょう。ちいきの ことばが きけるかも しれません。
こうしきの じょうほう
ちばけんの「さかなの ページ」に、ブリの せつめいが のって います。
今日できること
家の人と魚売り場に行き、魚の名前札を見てみてください。同じブリの仲間でも、ワカシ、イナダ、ハマチなど別の名前が並んでいるかもしれません。大きさや値段をメモして比べてみます。
出かけてできること
魚屋さんに「この名前は大きさで変わりますか」と聞いてみてください。地元だけの呼び名が聞けるかもしれません。
公式情報
千葉県の「魚のページ」にブリの解説があります。水産研究機関の成果発表会の講演要旨集もあります。
今日できること
魚売り場で、ブリの仲間の名前札と大きさ・産地を記録し、[2]の目安と照らして、地域のちがいを確かめてみる。
資料を読むなら
- 水産総合研究センター 第11回成果発表会 講演要旨集(ブリの名前の変化の例と脂質のデータ)
- 千葉県「魚のページ」ブリ
- コトバンク「ボラ」「トド」(世界大百科事典・デジタル大辞泉)
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の参照番号は、下の出典の番号です。辞典の語源は説の一つとして扱っています。
- 千葉県「魚のページ ブリ」 https://www.pref.chiba.lg.jp/suisan/sakana/sakana-variety/buri.html (ブリの成長名、夏のイナダと寒ブリの説明)
- 水産総合研究センター 第11回成果発表会 講演要旨集(飯田貴次) https://fra.repo.nii.ac.jp/record/2010254/files/fra_s_11_2013_H25.pdf (名前の目安表・脂質・ハマチ・養殖・モジャコ)
- 農林水産省 北陸農政局「和食 能登」 https://www.maff.go.jp/hokuriku/food/attach/pdf/wasyoku-49.pdf (能登のブリの呼び名と縁起物)
- コトバンク「出世魚」 https://kotobank.jp/word/出世魚 (出世魚という呼び名の由来)
- コトバンク「ボラ」(改訂新版 世界大百科事典) https://kotobank.jp/word/%E3%81%BC%E3%82%89-1416871 (ボラの成長名、いなせの由来)
- 国土交通省 関東地方整備局 利根川下流域の資料(ボラ) https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000941121.pdf (ボラの地域別の呼び名と利用)
- コトバンク「トド」(世界大百科事典・デジタル大辞泉) https://kotobank.jp/word/%E3%83%88%E3%83%89-105442 (とどのつまりの語源説)
- コトバンク「スズキ」(日本大百科全書・世界大百科事典) https://kotobank.jp/word/スズキ (スズキの成長名)
なおした ところ
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