1. 金曜日の 「金」は、どの 星?
1. 金曜日の「金」は、夜空のどの星なのか
1. 七曜の名は七つの天体:金曜日の「金」が指すもの
カレンダーを 見て ください。日、月、火、水、木、金、土。この 7つの 字は、空に 見える 7つの ものの 名前です。太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星。これに あわせて、曜日の 名前が つきました[1]。
金曜日は、金星の 日です。金星は、ゆうがたや あさがたの 空で、とても 明るく 光ります。
ヨーロッパでは、金星は ローマの 女神ビーナスの 星でした。ビーナスは、あいと うつくしさの 女神です。ローマの 人たちは、金曜日を 「金星の 日」と よびました[1][2]。
ところが、英語の フライデーには、ビーナスも 金星も 出て きません。どこへ いって しまったのでしょう。
カレンダーの七つの字
カレンダーの曜日は、日・月・火・水・木・金・土の七つです。これは、太陽・月・火星・水星・木星・金星・土星という、古くから知られた七つの天体に対応しています。金曜日は、そのうちの金星の日です[1]。
ローマ人は「金星の日」と呼んだ
ローマの人々は、金星を愛と美の女神ビーナスの星として見ていました。金曜日を指すラテン語は dies Veneris で、「金星(ビーナス)の日」という意味です。古代ギリシャ語にも、アフロディーテの日にあたる言い方があったと説明されています[1][2]。
ところが、Fridayという英語には、Venusの文字がどこにもありません。この言葉を英語に伝えたのは、ローマ人ではなく別の人たちでした。
日・月・火・水・木・金・土の七曜は、太陽・月・火星・水星・木星・金星・土星の七つの天体に対応する。金曜日は、このうち金星の日である[1]。
ローマ世界で金星は愛と美の女神ビーナスと結びつき、金曜日を表すラテン語は dies Veneris(金星の日)だった。国立天文台の暦Wikiは、この言い方がギリシャ語の hemera Aphroditēs(アフロディーテの日)にさかのぼることも紹介している[1]。語源辞典でも、英語のFridayはラテン語の dies Veneris を西ゲルマン語に訳したものと説明される[2]。
ここで疑問が出る。もとが金星の日の訳なら、Fridayに Venus の名が残っていないのはなぜか。それは、「訳した」のが言葉だけではなく、神の名まで自分たちの神に置きかえられたからである。
2. フライデーは、だれの 日?
2. ゲルマン人は、ビーナスを自分たちの女神に置きかえた
2. Venus が Frigg になった:神の名の置きかえと、その時期の幅
ゲルマン人たちは、ローマの 「金星の 日」を 知りました。でも、ビーナスは ローマの 女神です。そこで、じぶんたちの 女神に おきかえました[3]。
あてられたのは、フリッグと いう 女神だと いわれる ことが 多いです。フリッグは、あいや けっこんや いえの くらしを まもる 女神だと いわれます。ビーナスと すこし にた やくわりだと 見られました。
だから、むかしの 英語で 金曜日は 「フリッグの 日」でした。それが かわって、いまの フライデーに なりました[2]。
ドイツ語の フライターク、オランダ語の フレイダッハも、おなじ なかまの 言葉です。
この おきかえは、いつごろ おきたのでしょう。はっきりした 年は きまりません。ずっと むかしの、キリスト教が ひろがる より まえの ことだと 考えられて います[3]。
「置きかえ」という習慣
ゲルマン語を話す人々は、ローマの神を、自分たちの神に当てはめて呼びました。この習慣は、interpretatio germanica(ゲルマン式の読みかえ)と呼ばれます。ビーナスに当てられた女神として、愛・結婚・家庭にかかわるフリッグが挙げられます。役割が近いとみなされたためと説明されています[3]。ただし、どの女神に当てたかは資料で説明が分かれ、国立天文台はフレイヤ(Freya)としています。
こうして、金星の日(dies Veneris)は、古英語で Frīġedæġ(フリッグの日と説明される形)になり、これが Friday の元とされます。オランダ語の vrijdag、ドイツ語の Freitag も同じ系統の言葉です[2]。
いつ起きたのかは、幅のある推定
置きかえの時期は、はっきりしません。紀元100年より後で、キリスト教が広まる前という、数百年の幅のある推定があるだけで、何年という年は決められません[3]。
女神フリッグと、北欧の女神フレイヤは同じ神だったのか、という問いもあります。研究者のあいだでも難問とされ、北欧には Freyjudagr(フレイヤの日)という呼び方も残っています[4]。Fridayの元は、ふつうフリッグとされています。
では、そもそもなぜ星の名前が曜日になり、この順に並んだのでしょうか。
ゲルマン語圏では、ローマの神を自分たちの神に当てはめて呼ぶ interpretatio germanica と呼ばれる習慣があった。愛・結婚・家庭にかかわる女神 Frigg は、愛と美のビーナスに近い役とみなされた[3]。金星の日はそれにあたる「フリッグの日」になったと説明され、古英語の Frīġedæġ がその形とされる。ただし、ビーナスに対応させた女神は資料で説明が分かれ、国立天文台は Freya としている。オランダ語 vrijdag・ドイツ語 Freitag も同じ系統にある[2]。
この置きかえの時期は特定できない。紀元100年より後で、キリスト教化の前という数百年の幅のある推定があるのみで、年号を一つに決めることはできない[3]。
もう一つ注意したいのは、Frigg と北欧の Freyja の関係である。両者がもとは同一の女神だったかは難問とされ、Frigg は各ゲルマン民族に記録があるのに対し、Freyja の記録は北欧に限られる。北欧には Freyjudagr という呼び方もあった[4]。ただし、Friday の語源は通常 Frigg とされ、Freyja の日とは書かない。
金星の日を訳した結果、どの神の日になったかは地域で分かれた。では、そもそも曜日はなぜ七つの天体の名で、なぜこの順に並ぶのか。
3. 7つの 星は、どうして この じゅんばんなの?
3. 曜日は、なぜ日月火水木金土の順に並ぶのか
3. 曜日の順番:近い順でも遠い順でもない並びの二説
日、月、火、水、木、金、土。この じゅんばんは、地球から ちかい 星の じゅんでは ありません。
国立天文台は、ローマの 時代に つたえられた 2つの 考え方を しょうかいして います。その 1つは、「1日の 24時間を、星が じゅんばんに うけもつ」と いう 考え方です[5]。
まず、地球から とおい 星から じゅんに ならべます。土星、木星、火星、太陽、金星、水星、月。これを ぐるぐる くりかえして、1時間ごとに 1つずつ 星に わりふります。
土曜日の 1じかんめを 土星と して、数えて みましょう。そこから 24こ 先は、7つの ならびを 3回まわって、さらに 3つ すすんだ ところ。それが 太陽です。つぎの 日の 1じかんめは 太陽に なります。
これを つづけると、日、月、火、水、木、金、土の じゅんに なります。星の 数が 7つだから、1しゅうかんも 7日なのだと 考える 人も います。ただ、7日の くり返しが どこから 始まったのかは、いろいろな 考え方が あります[6]。
地球からの距離順ではない
曜日の順は、地球に近い順でも、見える明るさの順でもありません。国立天文台は、3世紀ごろのカッシウス・ディオという人が紹介した二つの説明を挙げています。一つは音楽に結びつけた説、もう一つは占星術に基づく説です[5]。
占星術説を計算してみる
占星術説では、1日24時間を星が順番に受け持つと考えます。地球から遠い順に、土星・木星・火星・太陽・金星・水星・月と並べ、この7つを繰り返して1時間ずつ割りふります。そして、その日の最初の1時間を受け持つ星が、その日の名前になります[5]。
説明の起点として、土曜日の第1時を土星とします。24は7で割ると3あまるので、24時間後の第1時は前日から3つ先の星、つまり土星から3つ先の太陽になります。さらに24時間後は月、その次は火星。こうして土・日・月・火・水・木・金の順に並びます。金曜日の第1時の担当は、金星です。
七つの星と七日は、どこから?
七日の周期と七つの星の関係は、古代バビロニアの天体観測に由来するという説明があります。曜日の名前は、ヘレニズム期(古代ギリシャ後期)の占星術に由来するとされます。ただし、曜日の制度の起源には諸説があり、一つに決めることはできません[3][6]。
この七つの星の日は、どうやって日本へ届いたのでしょうか。
曜日の順は、地球からの距離の順ではない。国立天文台は、3世紀ごろのカッシウス・ディオが紹介した二つの説明を挙げる。音楽説は、遠い順の星から四つおきに選ぶ並べ方、占星術説は、1日24時間を遠い順の星が順に担当する考え方である[5]。
占星術説を、自分で検算できる。遠い順に土星・木星・火星・太陽・金星・水星・月と並べて、この七つを繰り返し、1時間ずつ割りふる。その日の第1時の担当の星が、その日の名になる[5]。
土曜日の第1時を土星とする並べ方では、24時間後の第1時は、土星から24個先に当たる。24は7×3+3だから、七つの並びを3周したうえで、さらに3つ先の星に着く。それが太陽である。同じ計算を繰り返せば、次の日の第1時は月、その次は火星、水星、木星、金星と進み、土・日・月・火・水・木・金の順が再現される。金曜日の第1時が金星になるのは、この計算の結果である。
では、なぜ「七」なのか。曜日制の起源には諸説あり、七日周期と七つの星の対応が古代バビロニアの天体観測に由来するという説明もあり、曜日名はヘレニズム期の占星術に由来するとされる[3][6]。つまり、順番は計算で説明できても、七日という単位そのものの出発点は、いまも資料によって説明が分かれる。
この曜日は、海をこえて日本にどう入ったのか。
4. 日本には、だれが もって きたの?
4. 空海が持ち帰った暦が、日本の曜日の元になった
4. 九世紀初めの伝来:空海と宿曜経が日本の七曜に果たした役
日本に 七つの 星の 日を つたえたのは、空海だと いわれます[7]。いまから およそ 1200年 まえ、9世紀の はじめの ことです。
空海は、中国から、宿曜経などの 本を もち帰ったと つたえられて います。国立天文台も、平安時代に 空海が つたえたと せつめいして います[1][7]。
ふしぎなのは、ここです。日本の 金曜日と、えいごの フライデーは、ぜんぜん ちがう 道を たどりました。日本は 中国から、えいごは ローマから ゲルマン人を とおって。それなのに、どちらも 金星の 日に なって います。
九世紀初めの伝来
日本の七曜は、9世紀の初めに空海が唐から宿曜経などを持ち帰って伝えたとされます。国立天文台も、平安時代に空海が宿曜経とともに伝えたと説明しています[1][7]。
2つの言葉は、別々の道を通った
ここで整理しておくと、英語のFridayは、ローマの dies Veneris がゲルマン人の女神の名に置きかえられて伝わりました。日本の金曜日は、空海が持ち帰ったとされる七曜の考え方から、「金星の日」という意味のまま届いたものです。言葉の形はまるで違いますが、どちらも元は金星の日だったことが、2つの資料を並べると見えてきます[2][1]。
もう一つ、字に目をとめてみます。日本では、金星は「金の星」と書き、金曜日の「金」も同じ字です。日・月・火・水・木・金・土の七つの字は、そのまま七つの天体の呼び名に使われている字です。
では、日本に届いた曜日は、そのあと日本の暮らしでどう使われたのでしょうか。
日本の七曜は、9世紀初めに空海が唐から宿曜経などを持ち帰り、日本に伝えたとされる。国立天文台も、平安時代に空海が宿曜経とともに伝えたと説明する[1][7]。宿曜経は、そのとき持ち帰られた書物の一つである。
ここで、伝わり方を英語と比べてみる。英語のFridayは、ラテン語 dies Veneris が、ゲルマン人の「神の置きかえ」を通って Frigg の日になった形である[2][3]。これに対して日本の金曜日は、空海が宿曜経などを唐から持ち帰り、日本に伝えたとされる七曜の流れにある。日本語の「金曜日」には金星の名が残り、英語のFridayには神の名だけが残った。
この違いは、資料を2つ並べたときにはじめて見える。国立天文台が示す日本の経路と、語源辞典が示す英語の経路は、どちらも金星の日を起点としながら、途中で別の道を通っている。日本の金曜日の「金」が、七曜のうち金星を指す字であることは、第1章の通りである。
日本に届いた七曜は、その後の暮らしにどう入りこんだのか。
5. むかしの 人の にっきにも 曜日が あった?
5. 平安時代の日記には、すでに曜日が書かれていた
5. 御堂関白記の暦:平安時代の具注暦に記された曜日
平安時代の えらい 人、藤原道長は、毎日の ことを にっきに 書きました。「御堂関白記」と いう にっきです[8]。
この にっきは、まっさらな ノートでは ありません。こよみを つくる 人が つくった 暦に、道長が じぶんで 書きこんで いきました。その 暦には、七つの 曜日が 書かれて いたと いわれます[7][8]。
ずいぶん むかしの 人も、いまの わたしたちと おなじ 7つの 日の ならびを 目に して いたわけです。この にっきは、2013年に ユネスコの 世界の きおくにも えらばれました。
道長の日記の下に、曜日が並んでいた
平安時代の藤原道長の日記「御堂関白記」は、陰陽師が作った具注暦に、道長自身が書き込んだものです。この暦に七曜が記される形があったとされます[7]。
空海が七曜を伝えたあとの平安時代には、暦に七曜が並ぶ形が、すでにあったとされます。御堂関白記は、現存する日本最古の自筆日記とされ、2013年にユネスコの「世界の記憶」に登録されました[8]。
ただし、平安の人々が曜日をどのくらい暮らしの区切りに使っていたかは、ここでは分かりません。曜日が書かれていたことと、休みの日や約束の日に使われていたことは、別の話です。
日本で曜日が暮らしの区切りになったのは、いつごろなのでしょうか。
平安時代の藤原道長の「御堂関白記」は、陰陽師が作成した具注暦に、道長が自ら書き込んだ日記である。その暦に七曜が記される形があったとされる[7]。現存する日本最古の自筆日記とされ、2013年にユネスコ世界の記憶に登録された[8]。
この事実から、空海の伝来のあとの平安時代には、暦に七曜が並ぶ形がすでにあったとされる。七曜が暦に記される形は、明治より前からあった。だが、暦に曜日が記されていることと、人々が曜日で暮らしを区切っていたことは、別の問題である。具注暦は陰陽師が作る専門的な暦で、曜日を使って休みや約束を決めていたと読める根拠は、ここにはない。
では、曜日が暮らしの区切りになったのは、いつなのか。
6. 休みの 日は、いつから 日曜日なの?
6. 休みが「1と6のつく日」から日曜日に変わった年
6. 明治9年(1876)の日曜休日制:欧米との取引と休日の暦の関係
いまの 学校や 会社は、土曜や 日曜が 休みです。でも、昔の 日本の 役所は、ちがいました。明治の はじめごろまで、1と 6の つく 日が 休みだったのです。1日、6日、11日、16日、21日、26日、という ぐあいです[9]。
それが、明治9年、1876年に かわりました。役所は 日曜日が 休み、土曜日は 半日だけ はたらく ことに なったのです[9]。
わけは、外国との しごとが ふえて、ふべんだったからだと いわれます。外国は 日曜日が 休みなので、日本だけ 休みが ずれると、れんらくが とれなかったのです。
「1と6のつく日」の休み
明治のはじめまで、官公庁の休みは、1と6のつく日(1日・6日・11日・16日・21日・26日)でした。ところが1876年(明治9年)、官公庁で日曜が休日、土曜が半休になりました。欧米との取引で不便があったことが背景にあるとされます[9]。
月日が食いちがう資料もある
ただし、この制度の始まりを3月12日とする資料と、4月とする国立天文台の説明があり、月が割れています。そのため、この記事では「1876年」と年だけを書きました。
ゲルマン世界では、ローマの金星の日が女神の日になりました。別の道で、空海が持ち帰った七曜が日本に届き、いまのカレンダーに並んでいます。
明治のはじめまで、官公庁の休日は1と6のつく日(1・6・11・16・21・26日)だった。1876年(明治9年)、官公庁で日曜休日・土曜半休の制度が実施された。背景には、欧米との取引で休日が合わない不便があったとされる[9]。
この制度の開始時期は、資料で食いちがう。記念日の解説は3月12日とし、国立天文台は4月とする。そのため、ここでは年だけを書く。また、取引の不便が理由という点は、一つの解説に基づく説明であり、制度の導入には他の事情もありえる。
流れを振り返る。英語のFridayは、ローマの金星の日がゲルマン世界で女神の日に置きかえられた形である。日本には、別の道で空海が持ち帰った七曜が届き、平安時代の暦に並んだ。さらに明治9年、日曜休日制で休日の区切りとして暮らしにも入った。2つの道を通った言葉が、いまのカレンダーにある。
7. 紙と えんぴつで、曜日の じゅんばんを たしかめよう
7. 紙と鉛筆で、七つの星の割りふりを再現する
7. 24時間の割りふりを自分で検算し、原典へ進む
かみに、7つの 星の 名前を 書きます。土星、木星、火星、太陽、金星、水星、月。これを 円に ならべて、ぐるぐる 回る ように します。
土曜日の 1じかんめを 土星と します。つぎに、土星から 24こ 数えて みましょう。7つで ひとまわり です。何まわりして、のこりは いくつでしょう。
止まった ところが、つぎの 日の 星です。もう 一度 24こ 数えると、そのつぎの 日の 星が わかります。7日ぶん やって、日、月、火、水、木、金、土の じゅんに なるか、ためして みましょう。
えんぴつと かみが あれば できます。国立天文台の 「暦Wiki」には、もっと くわしい せつめいが のって います。
紙の上で、七つの星を回してみる
土星・木星・火星・太陽・金星・水星・月の順に、七つの星を円に書きます。土曜日の第1時を土星として、24個先まで数えて止まった星を、次の日の第1時の星とします。7日分繰り返し、曜日の順になるかを確かめます。24時間後の第1時が、前日から3つ先の星になるので、この並びになる、と気づけたら成功です。
原典にあたるなら
国立天文台の暦Wikiには、「曜日の名前」と「曜日の順序」の項目があります。英語の語源は、Online Etymology Dictionary の Friday の項で、元の言葉の形を確かめられます。この記事の説明は資料の言いかえなので、細部は原典で見比べてください。
占星術説の検算は、7×3=21、24−21=3から出発できる。土星を起点に3つずつ先へ進めると、土→日→月→火→水→木→金と進み、金曜日の第1時が金星になる。星の数7と、1日の時間数24が互いに素なので、曜日を担当する星の並びは、ちょうど7日で一巡して元の星に戻る、と考えることができる。
原典は、国立天文台暦Wikiの「曜日の名前」「曜日の順序」と、Online Etymology Dictionary の Friday の項である。ただし、ここで使った暦Wikiは、取得時に本文を直接読みにくい箇所があり、要約で補ったところがある。順序の二説の細部や空海の伝来は、原典や専門の資料で確かめてほしい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。年・名称・時期は、資料によって細部が異なることがあります。
- 国立天文台 暦Wiki「曜日の名前」 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/ (七曜と金曜日、日本への伝来)
- Online Etymology Dictionary, Friday https://www.etymonline.com/word/Friday (英語Fridayの語源)
- Wikipedia, Names of the days of the week https://en.wikipedia.org/wiki/Names_of_the_days_of_the_week (神の置きかえと時期、曜日名の由来)
- Wikipedia, Frigg https://en.wikipedia.org/wiki/Frigg (フリッグとフレイヤ)
- 国立天文台 暦Wiki「曜日の順序」 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/ (曜日の順番の二説)
- ナゾロジー「曜日の由来」 https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/56792 (七日周期の起源の説明)
- 京都情報大学院大学 資料「曜日」 https://www.kcg.ac.jp/kcg/sakka/kagakushi/youbi.pdf (空海の伝来)
- コトバンク「御堂関白記」 https://kotobank.jp/word/ (御堂関白記と具注暦)
- 雑学ネタ帳「日曜休日制の記念日」 https://zatsuneta.com/archives/103122.html (明治9年の休日制度)
なおした ところ
更新履歴
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