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枕草子まくらのそうしと源氏物語げんじものがたりは、どこが ちがう 本なの?

『枕草子』と『源氏物語』は、同じ時代の宮中で書かれたのに、どこがちがうのか

『枕草子』(1001年頃)と『源氏物語』(1008年頃)は、同じ平安の宮中で書かれながら、見方のどこがちがうのか

分野:歴史・文化

いまの かき氷こおりに にた 食べものが、千年いじょう まえの 本に のって いると 考えられて います。その 本が、枕草子まくらのそうしです。

おなじ ころ、おなじ 平安時代へいあんじだいの みやこで、もう 一つ、ゆうめいな 本が 書かれました。源氏物語げんじものがたりです。2つの 本は、どこが ちがうのでしょう。この ページを 読むと、枕草子まくらのそうしは 目の まえの ものを きりとった 本、源氏物語げんじものがたりは みじかい 話を かさねた ながい 物語だと いう ちがいが わかります。

いまの「かき氷」に似た食べ物が、千年以上前の本に出てくると考えられています。『枕草子』の「削り氷」です[3]。同じころの宮中では、もう一冊、『源氏物語』という長い物語も書かれていました。

二つの本は、同じ平安の宮中にいた女性が書いたのに、どこがちがうのでしょうか。この記事を読むと、『枕草子』は目の前のものを切り取った随筆、『源氏物語』は短い話を重ねて育った長編物語で、見る時間の長さがちがうことが分かります。

『枕草子』の「あてなるもの」の章段には、削った氷に甘い味をつけて食べる場面があり、文献史上最古のかき氷の記述と考えられている[3]。この本を書いた清少納言と、『源氏物語』を書いた紫式部は、同じ一条天皇の時代に、それぞれ別の中宮に仕えた女房である。それでも読後の手ざわりは大きく異なる。

この記事を読むと、『枕草子』が随筆として場面と感想を切り取る形を、『源氏物語』が短い話を積み重ねて長編化した形を選んでいたこと、その形のちがいが「見方」のちがいとして読めること、そして本文が一つではない『源氏物語』を読むときの注意点が分かる。

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1. 千年まえの 本に、かき氷こおりが 出てくるの?

1. 千年以上前の本に、かき氷のもとが出てくる

1. 『枕草子』の削り氷は、何を書き留めた一節なのか

枕草子まくらのそうしの 中に、「あてなるもの」と いう 話が あります。あてなるものとは、上品で うつくしい もの、と いう いみです。

その 中に、削り氷けずりひが 出て きます。けずった 氷に あまい ものを かけて、あたらしい うつわに 入れた ようすです[3]。いまの かき氷に にた ものだと、考えられて います。

みなさんが 夏に 食べる かき氷と、つながって いると 思うと、ふしぎですね。

ここで 大切なのは、この 話が とても みじかい ことです。ひとつの ものを 見て、「上品だなあ」と かいて、もう つぎへ いきます。

『枕草子』の四十段「あてなるもの」には、「削り氷にあまづら入れて、新しきかなまりに入れたる」という一節があります[3]。削った氷に甘い味をつけて、新しい器に入れたものを、上品なものの例として挙げているのです。この「削り氷」は、文献史上最古のかき氷の記述と考えられています。

注目したいのは、この一節の短さです。作者は氷を食べた経緯や、その後どうなったかを語りません。「上品なもの」という題に合うものを、一つ切り取って置いています。

この「切り取る」書き方こそ、『枕草子』の見方の核です。では、この本はどういう本で、誰が書いたのでしょうか。

『枕草子』四十段の「あてなるもの」には、「削り氷にあまづら入れて、新しきかなまりに入れたる」というくだりがある[3]。削った氷に甘い味をつけて新しい器に盛った姿を、上品なものの一例として挙げたもので、観光協会の解説は、これを文献史上最古のかき氷の記述と考えられていると紹介する。ただしこれは一つの解説であり、最古かどうかを断定するだけの比較は、この記事では扱わない。

本文の側で注目すべきは、この一節の短さである。氷をどう手に入れたのか、誰が食べたのか、その後どうなったのかは語られず、「上品なもの」という題に合う一つが切り取られて置かれている。つまり、この一節は、出来事を語るためではなく、ものに宿る「上品さ」を言い当てるために書かれている。

では、この「切り取る」書き方は、『枕草子』全体の特徴なのか。そして『源氏物語』は、同じ宮中で、どうちがう形を選んだのか。次の章では、まず『枕草子』の形から見る。

2. 枕草子まくらのそうしは、どんな 本なの?

2. 『枕草子』は、仕えた宮中の日々から何を切り取ったのか

2. 『枕草子』は随筆という形で、何を切り取ったのか

枕草子まくらのそうしを 書いたのは、清少納言せいしょうなごんです。一条天皇いちじょうてんのうの きさきの 定子ていしに つかえた、女房にょうぼうと いう 仕事の 人でした。紫式部むらさきしきぶは、その あとに ちがう きさきに つかえました[2]。書かれたのは、およそ 1001年ごろだと されて います。

この 本は、随筆ずいひつと いう 形です。随筆ずいひつとは、見た ことや 思った ことを、自由に 書いた ものです。いろいろな ものについて 思った ことや、その ときの 日記の ような 話が ならんで います[2]。

お出かけの 話も あります。奈良ならの 長谷寺はせでらに おまいりした ときは、川の 音が こわくて、長い 階だんで ずいぶん つかれた、と 書かれて います[3]。

見た ものと、そのときの 気持ちが、くっついて いるのです。

『枕草子』の作者は清少納言です。一条天皇の中宮・定子に仕える女房として暮らし、その生活を背景に、さまざまな事物についての思いや日記のような記事を書き留めました[2]。成立は長保3年(1001年)頃とされています[2]。国文学研究資料館は、この本が随筆という文学の形を確立したと説明します[2]。

随筆は、筋のある物語とちがい、見たこと・思ったことを、決まった順序なしに書き並べる形です。『枕草子』では、「上品なもの」のようにお題を立てて挙げる章段もあれば、宮仕えの日々をつづった日記のような章段もあります。

宮中の外へ向かう文章もあります。奈良の長谷寺へお参りした場面では、川の音のおそろしさや、長い階段を上るつらさに触れながら、早く仏さまの前に着きたいと思う気持ちが書かれています[3]。猿沢池に伝わる采女の話も取り上げられています。目にした場所と、そのときの気持ちが、短い文章の中で結びついているのです。

ここまでで、『枕草子』の見方は見えてきました。目の前の事物に反応して、その場の思いを書き留めていく見方です。では、同じ宮中で書かれた『源氏物語』は、どう違うのでしょうか。

作者の清少納言は、一条天皇の中宮定子に仕える女房であり、『枕草子』はその宮仕えの生活を背景に、さまざまな事物についての思念と日記的な記事を筆録したものである。国文学研究資料館は、この本を、随筆という文学形式を確立した点で特筆される作品と位置づける[2]。成立は長保3年(1001年)頃とされる[2]。

注意したいのは、随筆の形が、記録に近い文章と感想を同じ本の中に置ける点である。「あてなるもの」のように題を立てて物を挙げる章段もあれば、定子に仕える日々を日記のように書いた章段もある[2]。話題の順序そのものに、筋としての因果は求められていない。

それでいて、書かれる内容には書き手の身体の感覚が濃く出る。奈良の長谷寺へ参詣した場面では、川の音のおそろしさや、長い階段を上るときの疲れにふれながら、一刻も早く仏の前に着きたいと思う気持ちが書き込まれている[3]。猿沢池の采女の伝説にも触れ、奈良の風景や地名が綴られている[3]。都以外の場所への関心も、短い文章の中で、その場の感情と一緒に置かれているわけである。

したがって『枕草子』の見方は、「見た瞬間の反応を、その場の言葉で書き留める」ものと言える。では、同じ宮中で書かれた『源氏物語』は、同じ「見る」という行為を、どのように別の形へ組み立てたのか。

3. 源氏物語げんじものがたりは、どう つくられた 本なの?

3. 『源氏物語』は短い話を重ねて、どんな長編になったのか

3. 『源氏物語』は、短い話を積み重ねてどんな長編になったのか

源氏物語げんじものがたりを 書いたのは、紫式部むらさきしきぶです。書かれたのは、1008年ごろだと されて います[1]。枕草子まくらのそうしの 7年ほど あとに なります。

この 本は、ぜんぶで 54の まきが ある、とても 長い 物語ものがたりです。はじめは、うつくしい 光源氏ひかるげんじの 話です。おわりの ほうは、光源氏ひかるげんじの 子の 薫かおるが 中心に なります[1]。

びっくりするのは、はじめから この 長さを きめて いたのでは ない、と 考えられて いる ことです。みじかい お話を ひとつずつ かさねて いくうちに、だんだん 長い 物語に なって いった ところも ある、と 言われて います[4]。

ただし、どの まきから 書いたのかは、はっきり しません。

『源氏物語』の作者は紫式部で、成立は寛弘5年(1008年)頃とされます[1]。『枕草子』より7年ほど後のことです。全54巻の長編で、第一部と第二部は光源氏、第三部は光源氏の子の薫が中心人物です[1]。

この長さは、最初から決まっていたのでしょうか。東京大学の解説は、はじめから全体の構想があったわけではなく、短い話を積み重ねるうちに、だんだん長編を目指していった面も捨てきれないとみています[4]。あくまで一つの見方ですが、短く書いたものが長い物語に育ったと考えると、『枕草子』の「切り取る」書き方との距離が、少し近く見えてきます。

ただし、どの巻が先に書かれ、どの巻が後から足されたのかは、完全には分かっていません。

では、短い話をつなげた先で、紫式部は何を描いたのでしょうか。

『源氏物語』は紫式部の作で、成立は寛弘5年(1008年)頃とされる[1]。『枕草子』の長保3年(1001年)頃から約7年後である。全54巻の長編で、三部に分けて考えられ、第一部と第二部は光源氏、第三部は光源氏の子の薫を中心人物とする[1]。

では、この長さは最初から設計されていたのか。東京大学の解説は、はじめから長編の全体構想があったとは言い切れず、短編的な話を積み重ねながら、次第に長編化を目指していった側面も捨てきれないとする[4]。これは仮説的な見方であり、どの巻が先に書かれ、どの巻が後で足されたかという順序は、完全には解明されていない。

それでも、この見方を仮に採ると、『枕草子』と『源氏物語』の距離は、思ったより近づく。章段ごとに完結する短い文章を並べた『枕草子』に対し、『源氏物語』も、一つ一つは短い話として始まり得た。ちがうのは、そこから先で、話を時間の流れに沿って重ね、親から子への世代にまで広げる選択をしたことである。この選択が、人の心の変わり方を長い時間で描くことを可能にした。次の章では、その描かれ方を見る。

4. 長い 物語だと、なにが 書けるの?

4. 長い物語では、人の気持ちをどう描けるのか

4. 長い時間を描く物語では、「あはれ」はどう表されるのか

みじかい 話では、そのときの 気もちを 書きやすいです。長い 物語では、人の 気もちが 年を おうごとに かわる ようすも、書く ことが できます。

むかしの 人は、人が 生きる ことの はかなさに、心を ふるわせました。それを「もののあはれ」と よびます[7]。ことばに するのは むずかしい かんじで、のちの 時代に、この ことばで せつ明されるように なりました[7]。

「あはれ」と いう ことば自体は、ずっと むかしの 本にも 出て きます。その かんじを たくさん あつめた 本が 源氏物語げんじものがたりだと、せつめい されて います[7]。

みじかい 話を ひとつずつ ならべる 本と、長い 時間を かけて 人の 心を たどる 本。見る 長さが ちがうのです。

『源氏物語』は、恋や人の死など、人が生きることのはかなさを描き、それが「もののあはれ」として感じられたとされています[7]。言葉で表すのが難しい感覚で、後の時代に「もののあはれ」という言葉で説明されるようになりました[7]。

「あはれ」という語は『古事記』『日本書紀』『万葉集』の時代から見られ、その感覚を集大成したのが『源氏物語』だと説明されています[7]。数日で終わる出来事ではなく、親から子へ、年月を重ねる中でしか見えない心の動きを、長い物語は扱えます。

ここで、二つの本の見方のちがいをまとめましょう。『枕草子』は、いま目の前にあるものが心に触れた瞬間を、短く言い当てる見方でした。『源氏物語』は、人の心が時間とともに変わる様子を、長い物語として追う見方です。どちらが上ということはなく、見ている時間の長さがちがう、ということです。

この二つの本は、後の世でどのように読み継がれていったのでしょうか。

『源氏物語』の「もののあはれ」は、恋や人の死など、人が生きることのはかなさや無常観を感じ取る態度とされる[7]。言葉にして表すのが難しい感覚で、後の時代に「もののあはれ」という言葉で説明されるようになったという[7]。一方、「あはれ」という語自体は『古事記』『日本書紀』『万葉集』の時代から見られ、その感覚を集大成したのが『源氏物語』だと説明される[7]。

ここで形と見方が結びつく。恋や死のはかなさは、一場面を切り取るだけでは、変化として見えにくい。親から子へ三部にまたがる長編であれば、人の心が年月とともにどう移るかを、読者に体験させられる。『源氏物語』の長さは、この見方に必要な時間を作る仕組みだったと読める。これは長編という形が持つ性質からの推論であり、紫式部の意図を直接示す資料があるわけではない。

対して『枕草子』は、出来事の因果を追わなくてよい随筆だからこそ、削り氷の「上品さ」や長谷寺の階段の疲れのように、一瞬の感覚をそのまま置ける。二つの本は優劣ではなく、見る時間の長さと、それに合う形が対応している。

なお、両作者が互いの作品をどう評価し、どう影響し合ったかを直接示す証拠は乏しく、二人の関係を作品のちがいから説明することは避けたい。

5. 千年のあいだ、どうやって 読まれて きたの?

5. 『源氏物語』は、千年のあいだにどう読み継がれたか

5. 『源氏物語』の本文は一つではない:写本と読み継がれ方

むかしは 本を、人が 手で 書きうつして ふやして いました。これを 写本しゃほんと いいます。

源氏物語げんじものがたりは、和歌わかを よむ ときの 大切な 知しきとして、平安時代の おわりごろから 大事に されました。かまくらじだいの はじめには、せつめいを 書く 人も 出て きました[6]。

書きうつす うちに、本の 中身が すこしずつ ちがって いきました。それで、本の なかまが いくつかに わけられます[5]。

いま わたしたちが 読む 本は、その うちの 一つの なかまに ちかい ものが 多いと 言われます。

印刷技術のない時代、本は手で書き写して広められました。『源氏物語』は、平安時代の終わり頃から、和歌を詠むときの基本的な教養として重んじられ、古典として扱われるようになりました[6]。鎌倉時代の初めには、いろいろな系統の本文が存在しており、それらを比べて定本を作ろうとする動きや、注釈も生まれました[6]。

東京大学の解説によると、本文は大きく青表紙本、河内本、別本の三系統に分けられることが多く、現存する写本・版本の大半は、藤原定家が整えた本の系統とみられる青表紙本に属するとされています[5]。写本によって、本文や巻の構成に差が見られます。

こうした事情から、研究者の中には、現代の価値観をそのまま持ち込まず、当時の表現のきまりに従って丁寧に読むことが大切だと説く人もいます[8]。千年のあいだ、読者が本文を比べ、悩みながら読んできた本なのです。

『源氏物語』は、平安時代の終わり頃から、和歌をよむ際の基本的な教養として重視され、古典として扱われるようになった。鎌倉時代の初めには、すでにさまざまな系統の本文が存在しており、それらを校合して定本を作ること、そして注釈が生まれた[6]。

では、本文はどう分かれているのか。東京大学の解説は、大きく青表紙本(鎌倉時代の藤原定家が整えた本の系統と見られ、現存する写本・版本の大半が属する)、河内本(源光行・親行父子による校訂本の系統)、別本(どちらにも属さない本の総称で、一つの系統をなすものではない)の三系統に分けられることが多いと整理する[5]。写本によって、本文だけでなく巻の構成にも差が見られる。そのため、「『源氏物語』のこの一文」と言うとき、どの系統の本文を指すのかが、研究では問題になりうる。

この事情は、読み方にも影響する。國學院大學の解説は、現代の価値観を表現世界にそのまま持ち込むことには慎重であるべきで、『源氏物語』の「読み」は緻密に織り込まれた表現の秩序に従うべきだ、という立場を紹介している[8]。これは一人の研究者の立場だが、本文が一つに定まらないこと、そして千年前の言葉の決まりを踏まえて読む必要があることを合わせると、「見方のちがい」を言うときも、現代の感覚で決めつけずに、本文に戻って確かめる姿勢が要る。

この記事で述べた『枕草子』と『源氏物語』のちがいも、国文学研究資料館や東京大学などの解説、および本文の一部を手がかりにした整理である。本文の細部までは、原典に当たって確かめてほしい。

6. きみも、きりとる 本と つなげる 本を 書いて みよう

6. 一日を「切り取る」書き方と「つなげる」書き方で書いてみる

6. 同じ一日を、二つの形で書き分けてみる

おうちで、ノートと えんぴつを 用意して、やって みましょう。

まず、「きょう 見て よかった もの」を 一つ 見つけて、1ぎょうで 書きます。枕草子まくらのそうしの ように、そこだけを きりとります。

つぎに、おなじ 日の「朝・ひる・夜」を、じゅんばんに 3つ 書いて、つなげます。源氏物語げんじものがたりの ように、気もちが かわって いく ようすが 見えます。

2つを くらべると、おなじ 日でも、見え方が ちがう ことに 気づきます。

家にあるノートと鉛筆で、同じ一日を二つの形で書いてみましょう。

一つ目は、「今日見て心に残ったもの」を一つ選び、一文で言い当てる書き方です。理由や前後の出来事は書きません。『枕草子』の「あてなるもの」のように、そこだけを切り取ります。

二つ目は、同じ日の朝・昼・夜を、順番に三場面で書いて、気持ちの変わり方がつながるようにする書き方です。『源氏物語』が長い時間を描いたやり方を、小さくまねることになります。

書き比べると、同じ一日でも、何が見えるかが変わると気づくはずです。そのうえで原典に興味が出たら、国文学研究資料館や国立国会図書館などの公開資料を探してみるとよいでしょう。

家にあるノートと筆記具で、同じ一日を二つの形で書き分けてみる。

一つ目は、今日心に残ったものを一つ選び、一文で言い当てる書き方である。理由も前後の出来事も書かない。『枕草子』の「あてなるもの」の形に近づける。二つ目は、同じ日の朝・昼・夜を三場面で書き、気持ちの変わり方が因果でつながるようにする書き方である。『源氏物語』が時間を使って描いたことを、小さな規模で試す。

両方を書いたあと、どちらの文章のほうが「その日の何」を表せたかを比べるとよい。切り取る形は一瞬の鮮やかさを、つなげる形は変化を、それぞれ残しやすいことが実感できる。

さらに調べるなら、残された疑問が手がかりになる。『源氏物語』の長編化の過程や、『枕草子』の章段の配列が作者の意図か後世の編集か、という点は、研究者の間でも見解が分かれる、あるいは完全には解明されていない問題である。原典の影印や翻刻を公開している機関の資料から探してみるとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典は、本文中の番号と対応しています。いずれも公開されている解説・資料です。

  1. 国文学研究資料館「源氏物語」書物で見る日本古典文学史 https://world.nijl.ac.jp/etenji/bungakushi/contents/detail/detail02-02_010.html (巻数・作者・成立年代)
  2. 国文学研究資料館「枕草子」書物で見る日本古典文学史 https://world.nijl.ac.jp/etenji/bungakushi/contents/detail/detail02-02_008.html (作者・成立年代・随筆の形)
  3. 祈りの回廊「清少納言、『枕草子』で奈良を語る」 https://inori.nara-kankou.or.jp/inori/special/50seishonagon/ (削り氷・長谷寺・猿沢池の記述)
  4. UTokyo BiblioPlaza「源氏物語再考」 https://www.u-tokyo.ac.jp/biblioplaza/ja/D_00061.html (長編化の見方)
  5. 東京大学附属図書館「東京大学総合図書館所蔵『源氏物語』について」 https://www.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/library/general/genji-handbook (本文の三系統)
  6. 国立国会図書館開館60周年記念貴重書展「伊勢物語・源氏物語 2」 https://www.ndl.go.jp/exhibit60/copy1/1ise_2.html (教養としての受容と注釈)
  7. nippon.com「『もののあわれ』という感覚」 https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c14021/ (あはれ・もののあはれ)
  8. 國學院大學「『文学をおもしろくなくする方法』で朝顔の姫君の歌を読み解く?」 https://www.kokugakuin.ac.jp/article/390684 (読み方の立場)

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