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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

イチョウの えいごの なまえは、どうして 「ぎんくご」みたいな つづりなの?

イチョウの英語名 Ginkgo に、読まない「g」が入っているのはなぜか

イチョウの学名 Ginkgo の綴りは、誤記なのか ── ケンペル、長崎の発音、リンネ

分野:自然

イチョウの 木は、英語えいごで 「Ginkgo(ギンクゴ)」と いいます。もとに なった 日本語は 「ぎんきょう」と いわれて います。ところが、ローマ字で かくと、まん中に 「g」が まぎれこんで います。

この 「g」は、むかしの 人の かきまちがいから 生まれた、と よく いわれます。でも、ほんとうに まちがいなのでしょうか。この 記事で、いま 分かって いることと、まだ 分かって いないことが 分かります。

イチョウの英語名は Ginkgo です。もとになった日本語の「ぎんきょう」をローマ字で書けば、ginkyo のはずなのに、世界中で使われる綴りには、読まない「g」が入っています。

この「g」は、江戸時代に長崎を訪れたドイツ人医師の書き間違いだ、とよく紹介されます。しかし、本当に間違いだったのでしょうか。長崎で聞こえた音をそのまま写した、という見方もあり、答えはひとつに決まっていません。何が分かっていて、何が分かっていないのかが分かります。

イチョウの学名の属名 Ginkgo は、日本語の「銀杏(ぎんきょう)」に由来するとされるが、現代のローマ字なら ginkyo と書かれるところに、kgo という綴りが残っている[1][2]。この食いちがいは、17世紀末の長崎でドイツ人医師が聞いた音の写し間違いだ、と説明されることが多い。

だが、書き間違いという説明は仮説のひとつで、決着はついていない。何が確かで、何が説の段階なのか。さらに、その名前が世界の植物学の標準になっていった道すじと、名前の主である木そのものの古さが分かる。

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1. 「ぎんきょう」の どこに 「g」が いるの?

1. 「ぎんきょう」を書いたのに、なぜ ginkgo になったのか

1. kyo であるべき音が kgo と綴られている

イチョウの みを、ぎんなんと いいます。この ぎんなんの かんじを、音で 読むと 「ぎんきょう」に なります。

これを ローマ字で かくと、ふつうは ginkyo に なります。ところが 英語えいごの 名前は Ginkgo です。「k」の あとに 「g」が 入って います。「ぎんくご」と 読みたく なる つづりです。

この つづりは、ドイツ人の 医者 ケンペルが 書いた 本から 広まった、と されて います[1]。ケンペルは、長崎ながさきで イチョウの 名前を 聞いて、本に 書きました。

では、ケンペルは 日本語の 音を、ふだん どう 書く 人だったのでしょう。

イチョウの実を、ぎんなんといいます。この「銀杏」という漢字を音読みすると、現代なら「ぎんきょう」になります[2]。ローマ字で書けば ginkyo のはずです。

ところが、英語名は Ginkgo です。k のあとに、読まれない g が割り込んでいます。英語の辞典は、この綴りがドイツ人医師エンゲルベルト・ケンペルの著書(1712年)に印刷された形に由来し、のちに植物学者リンネが属名として受け継いで定着した、と説明しています[1]。

つまり、世界中の植物の本に載っている Ginkgo は、ケンペルの本の綴りが、そのまま残ったものです。この記事の問いは、そのときに何が起きたのか、です。ケンペルが日本語の音をどう書く人だったのかが、手がかりになります。

銀杏は、現代の音読みでは「ぎんきょう」であり、ヘボン式でいえば ginkyo にあたる[2]。ところが、イチョウ属の属名は Ginkgo と綴られ、k のあとに g が入る。英語の辞典は、この綴りがドイツ人医師エンゲルベルト・ケンペルの著書 Amoenitatum exoticarum(1712年)に印刷された形に由来し、それをリンネが受け継いで属名として定着した、と説明している[1]。

問題は、g が入った経緯だ。ケンペルが日本語の音を通常どう書いていたかが、手がかりになる。

2. ケンペルは、ふだんは 「kyo」を どう 書いたの?

2. ケンペルは「きょ」を、ふだん kjo と書いていた

2. 通常の綴りは kjo ── Ginkjo か Ginkio になるはずだった

ケンペルは、17せいき の おわりごろ、2ねんほど、長崎ながさきの 出島でじまに すんでいた、と されて います[3]。通訳つうやくの いまむらげんえもんが 手つだったと いわれます。

ケンペルは、日本語の 「きょ」の 音を、ふだんは 「kjo」と 書いて いました。「きょう」なら kjo です[2]。

この きまりで 「ぎんきょう」を 書けば、ケンペルの 書き方なら Ginkjo か Ginkio に なるはず、と じてんは せつめいします[4]。ところが、本には Ginkgo と 印刷いんさつされました。

ふだんは kjo と 書く 人なのに、この 木の 名前だけ kgo。ここが、なぞの いちばん おもしろい ところです。

ケンペルは17世紀の終わりごろに約2年間、長崎の出島に滞在したとされます。イチョウの日本語名は、『訓蒙図彙』という本の第2版(1686年)から得たといわれ、通訳の今村源右衛門が助けたと伝えられています[3]。

ここで注目したいのは、ケンペルの綴りのくせです。ケンペルは日本語の「きょ」を、ふだんは kjo のように書いていました。ところが、イチョウの名前だけは kgo と書いており、その綴りが今も残っているといわれます[2]。

ケンペルの方式で「ぎんきょう」を書けば、Ginkjo か Ginkio になるはずでした。辞典や百科事典は、そうならずに Ginkgo と印刷された点が不思議だと説明しています[4]。

どこで y(j)の場所が g に入れかわったのでしょうか。これまでに出ている説は、ひとつではありません。

ケンペルの長崎滞在は17世紀末の約2年間とされる[3]。イチョウの日本語名の情報は、絵入りの百科事典『訓蒙図彙』第2版(1686年)の巻18から得たとされ、通訳の今村源右衛門(いまむらげんえもん)の協力があったと伝えられる。

手がかりは、ケンペルの綴りの規則性にある。ケンペルは日本語の「きょ」を通常 kjo のように書いたが、この語に限って kgo と書き、その綴りが今も残っているとされる[2]。この方式をそのまま当てはめれば、ginkyo にあたる音は Ginkjo か Ginkio と書かれるはずだった。辞典・百科事典は、そうならなかった点にこの綴りの不思議さを見ている[4]。

では、規則からはずれた g は、どこから来たのか。これには複数の説がある。

3. 「g」を 入れたのは、だれ? ── 3つの かんがえ

3. 「g」を入れたのは誰か ── 3つの説と、成り立たない話

3. g の由来をめぐる3つの説と、成立しにくい説明

どうして 「g」に なったのか、学者たちの かんがえは わかれて います[5]。

ひとつめは、ケンペル 自身の かきまちがい です。

ふたつめは、通訳つうやくの いまむらげんえもんが、長崎ながさきの ことばで 言った 音を、ケンペルが 聞いた とおりに 書いた、と いう かんがえです。

みっつめは、本を 印刷いんさつする とき、はんこのような 文字を ならべる 人が、「y」を 「g」に 入れかえて しまった、と いう かんがえです[5]。

どれが ほんとうか、いまも きまって いません。

ほかに、こんな はなしも 聞きます。「ケンペルが ginkyo と 書いた 紙が しわで g に 見えた」と いう はなしです。でも、ginkyo のような ローマ字の 書き方は、ケンペルより あとの 人が つくった もの です[6]。だから この はなしは、なりたたないと いわれます。

g になった理由には、少なくとも3つの説があり、決着はついていません[5]。

ひとつは、ケンペル自身の書き間違いです。ふたつ目は、通訳の今村源右衛門が長崎方言で発音した音を、ケンペルが聞いたとおりに書いた、という説です。3つ目は、活字を組む作業のときに y が g に入れかわった、という説です。この3つ目は、ムールという研究者の議論で、別の研究者ミラーの文章で紹介されています[5]。孫引きなので、ここでは一説として読みます。

ほかに、よく聞く話があります。ケンペルが書いた ginkyo の文字が、紙のしわのせいで g に見えた、という話です。しかし、ginkyo のようなヘボン式のローマ字は、ジェームス・ヘボン(1815〜1911)が考えたもので、ケンペルよりずっと後の発明です。この話は成り立たない、と指摘されています[6]。ただし、個人サイトの指摘なので、補助的な情報として扱います。

では、「書き間違い」という言い方は、そもそも正しいのでしょうか。

g が現れた理由として、資料には3つの説が見える。第一は、ケンペル自身の書き間違い。第二は、通訳の今村源右衛門が長崎方言で発音した音をケンペルが聞き取った、という説。第三は、組版の過程で y が g に置きかわった、という説である。第三は、A. C. ムールの議論として、後の研究者ミラー(1967年)が紹介したもので、「綴りの読み方」と「植字の誤り」という二重の間違いから生まれたと述べる。ただし、ここで読んだのは孫引きなので、仮説のひとつとして紹介するにとどめる[5]。

一方、成立しにくい説明もある。ケンペルが ginkyo と書いたものが紙のしわで g に読まれた、という話は、ヘボン式ローマ字が考案されたのが、ジェームス・ヘボン(1815〜1911)の時代、つまりケンペルよりも後である点で矛盾する[6]。北ドイツ出身のケンペルが、柔らかい g の音を当てたという説もあるが、これらは個人サイトで紹介されたもので、補助的な情報にとどまる。

3つの説は、「ケンペルのミス」「聞いた音のとおり」「印刷所のミス」と、責任の所在がまったく異なる。ここから、それぞれの見方の違いが、そのまま「間違い」という言葉の重さの違いになることが分かる。

4. 「かきまちがい」じゃ なかったのかも しれないの?

4. 「書き間違い」ではなく、聞こえたとおりに書いた可能性

4. 誤記か、忠実な書き取りか ── 2015年の論文が示す方向

「ケンペルが まちがえた」と いう はなしは、とても ひろまって います。でも、まちがいでは なかった、と いう 見方も あります。

2015年に 出た ろんぶんは、ケンペルが、いまむらげんえもんの 長崎ながさきの ことばを、できるだけ そのまま 書きとろうと した、と いう 方向の ことを のべて いる、と つたえられて います[7]。くわしい ところまでは、分かって いません。

もし そうなら、「g」は ケンペルの 耳に 聞こえた 音を、ただしく 書いた もの かも しれません。

ことばの 音は、時代や 土地で かわります。いまの 「ぎんきょう」と、むかしの 長崎ながさきの 言い方が 同じとは かぎりません。

だから、「かきまちがい」と かんたんに きめつけるのは、まだ はやい のです。

2015年に発表された論文は、ケンペルが、今村源右衛門の後期中世の長崎方言の発音を、できるだけ忠実に書き取ろうとした、という方向の主張をしていると紹介されています[7]。この論文の本文は読めていないので、要約から分かる範囲にとどめます。

もしそうなら、g は書き間違いではなく、当時の長崎で聞こえた音を、ケンペルなりに写した結果かもしれません。現代の「ぎんきょう」と、江戸時代の長崎の発音が同じだったとは限らないからです。

こうして見ると、「書き間違いから生まれた」という説明は、人気のある仮説のひとつです。聞こえた音を写したのなら、どこまでが「間違い」なのかは、簡単には決められません。

決着がつかないまま、この綴りは世界の植物の本に残りました。それはどんな道すじだったのでしょうか。

誤記説に対し、ケンペルは長崎で聞いた音を忠実に写そうとしたのだ、という方向の見方もある。2015年の Taxon 誌の論文は、ケンペルが今村源右衛門の後期中世の長崎方言の発音を忠実に書き取ろうとした、という趣旨の主張をしていると、検索結果の要約から読める[7]。本文は読めていないので、論文がどこまで言い切っているかは分からず、ここでは「という見方もある」にとどめる。

この見方に立つと、g は誤記ではなく、当時の長崎の発音の反映ということになる。現代の「ぎんきょう」と17世紀の長崎の発音が同じとは限らないからだ。

さらに、「誤記」という判断には、前提がいる。書き手が従うべき正しい綴りがあり、そこからはずれた、という前提だ。g が「間違い」かどうかは、どの基準を当てはめるかによって変わる。この点は研究者の間でも見方が分かれる。ケンペル自身の誤記とみる説明がある一方、2015年の Taxon 論文は、長崎方言の発音を忠実に写した可能性を論じている。どちらの場合でも、通常の kjo ではなく kgo と印刷され、その綴りが今に残っていることは動かない。

では、この綴りは、どのようにして世界の標準の名前になったのか。

5. この 名前は、どうやって 世界に ひろまったの?

5. 長崎の音が、世界共通の学名になるまで

5. 属名 Ginkgo の定着と、種小名 biloba

ケンペルの 本が 出たのは、1712ねんです[1]。そこに のった Ginkgo の つづりを、学者の リンネが 受けついで、木の 名前に しました。

リンネは 1771ねんに、この 木を 学問の 名前で あらわしました[4]。「Ginkgo biloba」です。

「biloba(ビロバ)」は、ラテン語で、「2つに さけた」と いう いみです。イチョウの 葉は、まん中が へこんで 2つに 分かれる ものが あります。そこから きた 名前です[4]。

ヨーロッパには、1730年代までに たねが とどき、オランダの ユトレヒトで 育てられた、と いわれます[6]。そこから 木が ふえて、ひろまりました。

つまり、長崎ながさきで 聞いた 音が、本に なって、学者の 名前に なって、世界じゅうの 人が 使う ことばに なったのです。

ケンペルの本が出たのは1712年です。そこに印刷された Ginkgo の綴りを、リンネが受け継いで属名にしました[1]。リンネは1771年にこの種を記載し、種小名を biloba と名づけました[4]。biloba は、葉が2つに分かれる形を表すラテン語です[4]。

つまり、学名 Ginkgo biloba の前半は長崎で聞いた名前、後半は葉の形をあらわす言葉です。日本の音と、ラテン語の言葉が、ひとつの名前の中に並んでいます。

木そのものも、旅をしました。ヨーロッパには1730年代までに種が届き、オランダのユトレヒトで育てられたといわれます[6]。これは個人サイトの記述なので、「といわれる」の形で紹介します。

こうして、ケンペルの綴りは、リンネ以降の植物学でも使い続けられました。

では、そんな名前を背負ったイチョウという木は、どれくらい古い木なのでしょうか。

リンネは1771年にこの種を記載し、種小名 biloba を与えた。biloba は、葉が2つに分かれる形を表すラテン語である[4]。つまり学名 Ginkgo biloba は、前半が長崎で聞き書きされた日本語由来の語、後半が葉の形をあらわすラテン語という、二つの言語の組みあわせになっている。

Ginkgo の綴りがリンネに受け継がれ、属名として定着した経緯は、辞典の説明による[1]。ただし、リンネがなぜケンペルの綴りをそのまま採用したのかという採用の事情や、掲載書名については、一次資料で確かめられていないので、ここでは扱わない。

木のほうも、ヨーロッパへ運ばれた。種子は1730年代までにオランダへ届き、ユトレヒトで木が育てられて、接ぎ木などで広まったといわれる[6]。アメリカへは1784年とされる。ただしこれらは個人サイトの記述で、確実な年代としては扱わない。

こうして、17世紀末の長崎で書き留められた音が、植物学の名前として定着した。では、その名前を負う木は、どれほどの時間を生きてきたのか。

6. 名前の 木は、どれくらい ふるい の?

6. 名前の主の木は、約1.9億年前から続く仲間の生き残り

6. 約1.9億年の系統と、1896年の精子の発見

名前の 話から、木の 話に うつります。イチョウの なかまは、すごく ふるい 生きものです。

アメリカの 大学が 出して いる 化石の しらべでは、Ginkgo の なかまは、いまから およそ 1.9おく年前の ジュラという 時代の はじめまで さかのぼれる、と されて います[8]。

いまは、イチョウ 1しゅるいだけが 生きのこって います。中国で たえずに のこった、と かんがえられて います[8]。

この 木には、日本人の 学者も かかわって います。1896年に、東京の 大学の 助手 平瀬作五郎ひらせさくごろうが、イチョウの 花粉かふんの 中で 動く 精子せいしを 発見はっけんしました[9]。

この 発見は、海外にも 伝つたわりました。日本の 植物学が 世界に 知られた、はじまりの ひとつです[9]。

名前の話から、木そのものの話に移りましょう。カリフォルニア大学バークレー校の古生物学の資料は、Ginkgo 属の系統が、ジュラ紀前期の約1.9億年前までさかのぼると説明しています。現在は、イチョウ1種だけが生き残っており、中国で絶滅を免れたとされます[8]。イチョウの仲間の最古の化石は、さらに古いペルム紀にさかのぼるといわれますが、ここでは約1.9億年を目安にします。

この木には、日本の研究者の大きな発見も結びついています。1896年、東京帝国大学の助手だった平瀬作五郎が、イチョウの花粉の中で動く精子を発見しました[9]。この発見は、日本の植物学の初期の成果として海外にも伝わり、のちに帝国学士院恩賜賞を受けました。受賞年は資料により1911年とも1912年とも書かれています[9]。

長崎で聞いた音が名前になり、その木から、日本の研究者が精子を発見しました。この木の名前を調べると、いくつもの時代と土地が重なって見えてきます。

名前の主である木は、どれほど古いのか。カリフォルニア大学バークレー校の古生物学の資料によれば、Ginkgo 属の系統はジュラ紀前期、約1.9億年前までさかのぼる。現在は1種のイチョウだけが残り、中国で絶滅を免れて近代まで生き延びたとされる[8]。イチョウ類(Ginkgoales)全体の最古とされる化石はそれよりも古いペルム紀にあり、「2億年」という言い方は目安にすぎない。属と目を区別すれば、「約1.9億年」と書くほうが正確だ。

この木は、日本の植物学史にも名を刻んでいる。1896年、東京帝国大学理学部植物学教室の助手だった平瀬作五郎が、イチョウの花粉の中で動く精子を見つけた[9]。日本の植物学の初期の成果として、海外にも知られた。のちに帝国学士院恩賜賞が授与されたが、その年は資料により1911年と1912年に分かれている[9]。

こうして見ると、Ginkgo という名前には、17世紀末の長崎の発音、リンネの命名、1.9億年の系統、そして日本の研究者の発見が、順に重なっている。綴りの g が書き間違いかどうかは決着していないが、その「ずれ」を手がかりに調べると、木と人の関わりの広さが見えてくる。

7. イチョウの 葉と 名前を、じぶんで たしかめて みよう

7. 葉の形と綴りで、名前の旅を確かめる

7. 手元で確かめられること、読める資料

おうちの 人と、近くの イチョウの 並木なみきに 行って、葉を ひろって みましょう。足もとの 車や 自てん車に 気を つけて ください。

葉を よく 見ると、まん中が へこんで、2つに 分かれて いる ものが あります。これが 「biloba(2つに さけた)」の もとに なった 形です。

家に かえったら、紙に 「ぎんきょう」を ローマ字で 書いて みます。つぎに、Ginkgo と ならべて、どこが ちがうか 見て みましょう。「g」は、どの 文字の ところに 入って いるでしょう。

「g」が まちがいか、聞こえた とおりか。あなたなら、どう かんがえますか。

近くにイチョウの並木があれば、家の人と葉を拾ってみましょう。道路や自転車に注意してください。葉の中央がへこんで2つに分かれたものを探すと、biloba(2つに裂けた)という名前の由来が、自分の目で確かめられます。

次に、紙に「ぎんきょう」をローマ字で書いて、Ginkgo と並べます。k のあとに g が入っている位置を確かめると、ケンペルの綴りのずれが、目で見えてきます。ケンペルは、日本語の「きょ」を ふだん kjo と書いていました。この書き方なら「ぎんきょう」は Ginkjo か Ginkio になるはずでした。

そのうえで、g を入れたのは書き間違いか、聞こえた音か、印刷のときの入れかわりか、自分の考えをひとつ選び、理由を書いてみましょう。決着がついていない問いなので、答えはひとつではありません。

手元で確かめられることは2つある。第一に、イチョウの葉の形だ。中央が切れこんで2つに分かれた葉を探すと、biloba が表す形を実物で確認できる。第二に、「ぎんきょう」をヘボン式で書いた ginkyo と、Ginkgo を並べて、どの位置で何が入れかわっているかを見ることだ。

さらに踏みこむなら、Wolfgang Michel による研究ノート(九州大学の機関リポジトリ)や、2015年の Taxon 誌の論文(Nagata, DuVal & Crane)が、この問題を扱っている。本稿では、その本文までは読めておらず、検索の要約と辞典類の説明に頼っている。原典で読み比べれば、g の由来が誤記か聞き書きかについて、論文がどこまで主張しているかを自分で確かめられる。

平瀬作五郎の精子の発見については、東京大学理学部の「理学るく」が読みやすい。名前の旅と木の歴史は、別の切り口からも調べられる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

綴りの由来は辞典・百科事典・研究者の紹介にもとづく。g が入った理由には複数の説があり、決着していない。

  1. Wiktionary「Ginkgo」 https://en.wiktionary.org/wiki/Ginkgo (Ginkgo の綴りの由来、1712年の著書)
  2. japanesegardens.jp「Ginkgo biloba」 https://japanesegardens.jp/ginkgo-biloba-%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6-%E9%8A%80%E6%9D%8F/ (ケンペルの kjo と kgo、銀杏の読み)
  3. Wolfgang Michel, On Engelbert Kaempfer's 'Ginkgo' (九州大学リポジトリ) https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/2898/Ginkgo_biloba2_revised_2011.pdf (ケンペルの長崎滞在、情報源。本文は未読で検索要約による)
  4. Wikipedia「Ginkgo biloba」 https://en.wikipedia.org/wiki/Ginkgo_biloba (Ginkjo・Ginkio との比較、リンネの記載、biloba の意味)
  5. LanguageHat「ginkgo biloba」 https://languagehat.com/ginkgo-biloba/ (g になった理由の諸説、ムール説の紹介)
  6. imaginatorium.org「Part 2 of the ginkgo pages」 https://imaginatorium.org/sano/ginkgo2.htm (ヘボン式の成立年、ヨーロッパへの伝来。個人サイトなので補助的)
  7. Nagata, DuVal & Crane (2015) Taxon 64(1):131-136 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.12705/641.25 (長崎方言の忠実な書き取りという見方。本文は未読で検索要約による)
  8. UCMP Berkeley「Ginkgoales: Fossil Record」 https://ucmp.berkeley.edu/seedplants/ginkgoales/ginkgofr.html (Ginkgo 属の系統の古さ)
  9. 東京大学理学部「理学るく」 https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/rigakuru/feature/GzVMRLy5/ (平瀬作五郎の精子の発見)

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