1. 脳の 細胞は、どれくらい いるの?
1. 脳の細胞は、神経細胞だけではない
1. 細胞の数 ── 「グリアは10倍」という説はどう見直されたか
おとなの 男の人の 脳を しらべた 研究では、神経細胞が へいきんで およそ 860億個 ありました。では、それ以外の 細胞は、どれくらい いるでしょうか。
同じ 研究で、それ以外は およそ 850億個でした[1]。神経細胞と ほとんど 同じ 数です。この なかには、グリア細胞が たくさん ふくまれます。
ひとむかし まえの 本には、「グリア細胞は 神経細胞の 10倍」と 書いて ある ことが ありました。でも、あとから 数えなおして みると、10倍では なく、ほぼ 1倍くらいだと 考える 研究が 出ました[2]。
グリア細胞は、なんと いう 名前を つけられて、なにを して いると 思われて きたのでしょうか。
成人男性の脳を調べた研究では、神経細胞の数は平均でおよそ860億個でした。同じ研究で、神経細胞以外の細胞は約850億個でした[1]。ほぼ同じ数です。この「神経細胞以外」には血管の細胞なども入るので、全部がグリアというわけではありません。ただ、大きな部分はグリア細胞です。
かつては「グリア細胞は神経細胞の10倍もある」とよく書かれていました。しかし、細胞を数える方法が新しくなり、過去のデータも見直された結果、全体ではおよそ1対1に近いという見方が有力になっています[2]。数え方によって、数字が大きく動いたのです。
数が神経細胞と同じくらいあるなら、グリアは何をしているのでしょうか。まず、その名前の由来をたどります。
成人男性の脳の平均で、神経細胞はおよそ860億個、神経細胞以外の細胞はおよそ850億個と報告された[1]。後者には血管の細胞なども含まれるため、すべてがグリアというわけではないが、その大部分はグリア細胞である。
グリアが神経細胞の10倍存在するという説明は、約50年にわたって広まっていた。von Bartheld らは150年分の細胞数の研究を見直し、等方性フラクショネーターという新しい手法の結果と、元の組織学的データの再検討から、脳全体ではグリアと神経細胞の比は1対1に近く、グリアの数は約400億〜1300億個の範囲に収まると結論した[2]。
ただし、比は部位によって異なる。ヒトの脊髄を調べた報告では、グリア対神経細胞の比は5.6〜7.1だった(ヒト1例の測定)[3]。「グリアが多い」「同数」のどちらが正しいかは、どの部位を、どの方法で数えたかによる。
数が同数なら、グリアは何をしているのか。まず名前の由来を確認する。
2. 「のり」と いう 名前の わけ
2. 「のり」と名づけられた細胞
2. 名前の由来 ── 脇役とみなされた150年
グリアは、「のり」や「にかわ」という 意味の 言葉から できた 名前だと いわれます[4]。脳の なかで、神経細胞と 神経細胞の すきまを うめて、くっつけて いるように 見えたからです。
150ねんいじょう まえ、ドイツの ウィルヒョウと いう 医者が、脳の なかに この 細胞が ある ことを 書いたと いわれます[4]。そのころは、電気の 信号を 出す 神経細胞が 注目され、グリアは ささえる だけの 細胞だと 思われました。でも、じつは たくさんの 仕事を して いました。
3. 電気の 通り道を つつむ 細胞
3. 神経の線をおおう細胞 ── オリゴデンドロサイト
3. 髄鞘をつくる細胞 ── オリゴデンドロサイト
神経細胞には、長く のびた 糸のような ぶぶんが あり、電気の 信号が そこを 通ります。この 糸に、脂の おおいが まかれて いる ところが あります。髄鞘と いいます。
脳や せきずいで この おおいを つくるのが、オリゴデンドロサイトと いう グリア細胞です[5]。おおいが あると、信号が はやく 伝わると いわれます[4]。電線の ビニールのような はたらきです。
この おおいを つくる 細胞は、哺乳類の 脳では、とても たいせつです[5]。それだけでなく、神経の 糸が 長い あいだ 元気で いられるよう、ささえる はたらきも あると 考えられて います[5]。
神経細胞は、細長い「軸索」という部分で電気信号を送ります。その軸索の外側に、脂質を多く含む膜が巻きついた部分があり、これを髄鞘(ミエリン)と呼びます。脳や脊髄で髄鞘をつくるのが、オリゴデンドロサイトというグリア細胞です[5]。
髄鞘は電線のビニールのように働き、信号の伝わる速さを上げるとされています[4]。ナーヴ(Nave)の総説によると、髄鞘をつくるグリアは脊椎動物の進化の中で比較的あとに現れ、哺乳類の脳の白質のつくりを支えています。さらに、髄鞘そのものとは別に、軸索を長く保つ働きもあるといわれます[5]。
つまり、「のり」と思われていた細胞の中に、神経の信号の通り道をつくる細胞がいたのです。
中枢神経系で髄鞘を形成するのはオリゴデンドロサイトである[5]。髄鞘は軸索を巻く脂質に富む絶縁層で、跳躍伝導によって信号の伝わる速度を高めるとされる[4]。
Nave (2010) は、髄鞘をつくるグリアが脊椎動物の進化では比較的遅れて現れたこと、軸索とグリアのあいだにシグナルのやりとりがあること、グリアは髄鞘の有無とは別に、軸索を長期にわたって維持する役割も持ちうることを整理している[5]。同じ総説は、髄鞘の異常がいくつかの神経疾患と関連づけられていることにも触れている。ただし、どの疾患でどの程度かは、個別の研究を見る必要がある。
グリアは「つなぎ」ではなく、信号の伝え方そのものに関わる細胞でもある。
4. ほしの かたちを した 細胞
4. 星形の細胞 ── アストロサイト
4. シナプスと血管のあいだに立つ細胞 ── アストロサイト
顕微鏡で 見ると、ほしの かたちに 見える グリア細胞が あります。アストロサイトです。「アストロ」は「ほし」と いう 意味です。
この 細胞は、脳の 血管と 神経細胞の あいだに います。血管から 栄養を 神経細胞へ とどけたり、いらなくなった ものを かたづけたりする ことに かかわる、と いわれます[4]。
また、神経細胞どうしが 信号を わたす ところの ちかくにも います。そこで、信号の やりとりを ささえたり、調節したり するかも しれない、という 研究が あります[6]。
マウスの 実験では、アストロサイトが 脳の なかの いらない たんぱく質を 流す みちに かかわって いる ことが わかりました[7]。マウスの 脳の そうじの しくみの ひとつかも しれませんが、人で どこまで はたらくかは、まだ 研究が つづいて います。
アストロサイトは、細胞から何本も枝が伸びた、星のような形をしています。脳の血管のまわりと、神経細胞どうしが信号を受け渡す接合部(シナプス)のまわりに広がっています。血管から神経細胞へ栄養を届ける手伝い、余分な物質の回収などに関わるとされます[4]。
もう一つ注目されているのが、シナプスとの関係です。アストロサイトはシナプスの活動に反応し、逆に信号の伝わり方を調節しているという「三者間シナプス」の考え方があります[6]。アストロサイトを単なる支え役でなく、情報処理にも加わる細胞と見る立場です。
2012年には、マウスの実験で、脳の血管のまわりを髄液が流れ、不要なたんぱく質を運び出す通り道が報告されました。アストロサイトの膜にある水の通り道(アクアポリン4)をなくしたマウスでは、物質の排出が約70%減りました[7]。
アストロサイトは、星状の形をした細胞で、血管のまわりやシナプスのまわりに広がり、神経細胞への栄養の受け渡しなどに関わるとされる[4]。
Perea ら (2009) は、アストロサイトがシナプス活動に反応し、逆に伝達を調節するという「三者間シナプス」の考え方を整理した。ニューロンとグリアのネットワークから脳機能が生まれる、という主張である[6]。これは有力な考え方だが、アストロサイトがヒトの脳で情報処理にどこまで関与するかについては、研究者の間で議論が続いている。
Iliff ら (2012) は、マウスの生体2光子イメージングで、脳脊髄液が動脈周囲の空間から脳組織に入り、静脈周囲の経路で出ていくことを示した。アストロサイトの水チャネル・アクアポリン4を欠くマウスでは、脳脊髄液の流入が遅れ、間質の溶質の排出が約70%減った。アミロイドβも同じ経路で運ばれた[7]。この経路が人でどの程度働くか、どう評価するかは、以後も議論が続いている。
5. そうじと ととのえを する 細胞
5. 掃除と刈り込みをする細胞 ── ミクログリア
5. 免疫細胞が神経回路を刈り込む ── ミクログリア
もうひとつ、ミクログリアと いう 小さな グリア細胞が います。脳の なかの「そうじ屋さん」で、こわれた ものや ごみを 食べて かたづけると いわれます[4]。ばい菌などから 脳を まもる、免疫の はたらきも します。
驚くのは、元気な 脳でも はたらいて いる ことです。赤ちゃんの ときの 脳には、神経細胞の つながりが たくさん あります。マウスの 研究で、ミクログリアが その つながりの 一部を 食べて、数を ととのえて いる ことが 見つかりました[8][9]。
のびすぎた えだを ととのえる 庭師さんに、すこし にた はたらきです。もちろん、ほんとうの 細胞は 庭師さんでは ありません。
ミクログリアは、脳にいる小型のグリア細胞で、脳にもともといる免疫細胞だと説明されます[9]。壊れたものを片づける働きも知られています[8]。
2011年と2012年に、健康な幼いマウスの脳で、ミクログリアが神経細胞どうしのつながり(シナプス)の一部を取りこみ、数を整理していることが報告されました[8][9]。これを「刈り込み」といいます。刈り込みは神経活動に左右されることも、網膜から視床への経路で示されました[9]。
この働きが弱いマウスでは、神経のつながり方に長く続く違いが見られました[9]。ミクログリアは、掃除係であると同時に、脳の回路の形を整える庭師のような役目も持つようです。
ミクログリアは中枢神経系に常在する免疫系の細胞で[9]、組織を監視し、傷害の後始末にも関わることが知られている[8]。
Paolicelli ら (2011) は、マウスの発達期に、ミクログリアがシナプス成分を取りこみ、刈り込みに大きく関わることを示した[8]。Schafer ら (2012) は、網膜から視床への経路(網膜外側膝状体系)で、刈り込みが神経活動に依存すること、ミクログリアが補体系(CR3/C3)を使ってシナプス前の入力を取りこむこと、この経路を壊すとシナプスの接続に持続的な欠損が残ることを報告した[9]。
ミクログリアは病気や損傷のときに働くだけでなく、正常な発達の中で回路の形をつくる役目を持つ。ただし、これらはマウスでの結果であり、ヒトの脳で同じことがどの程度起きているかは、別の研究が必要になる。
6. まだ わかって いない こと
6. まだ決着していないこと
6. 議論が続いていること
グリア細胞の研究は、まだ とちゅうです。アストロサイトが 考える ことに どこまで かかわるのか、人の 脳でも マウスと 同じなのか、など、研究者の あいだでも 意見が わかれる ところが あります。
いえるのは、「グリアは ただの のり」という 見方は、もう そのまま では 通じない、という ことです。脳は、神経細胞だけでなく、いろいろな 細胞の チームで はたらいて いるようです。
グリア細胞の研究は、いまも進行中です。たとえば、アストロサイトが情報処理にどこまで関わるのかは、研究者の間でも見方が分かれています。ここで紹介した多くの結果はマウスの実験によるもので、ヒトの脳でどの程度同じことが起きているかは、これから確かめられていくことです。
数の話も同じです。「10倍」という数字が見直されたように、グリアについては、新しい方法で数え直して、古い常識が変わることがありました[2]。
ただ、「グリアは脇役のにかわにすぎない」という見方は、いまの研究とは合いません。神経細胞が信号を送り、グリアが髄鞘をつくったり、シナプスの働きに関わったり、つながりを整えたりしながら、脳は働いている、という見方が広まっています[6]。
7. じぶんでも しらべて みよう
7. 自分でも調べてみたくなったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
おうちの 人と いっしょに、図書館の 図鑑で、アストロサイトの 絵を さがして みましょう。ほんとうに ほしの ような かたちを して いるでしょうか。
また、グリア細胞の 本を 読んで、「神経細胞の 10倍」と 書いて あったら、いつの 本か、どんな 研究を もとに して いるか、見て みてください。古い 数字が のこって いるかも しれません。
図書館の図鑑や解説書で、アストロサイトやオリゴデンドロサイトの絵を探してみましょう。同じ「グリア」でも、形がかなり違います。
グリア細胞について書かれた本や記事で、「神経細胞の10倍」という数字を見かけたら、いつ書かれたものか、出典があるかを確かめてみてください。古い数字が使い続けられているかもしれません。出典の論文[2]は英語ですが、要旨だけでも「何を数え直したのか」が読み取れます。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:Azevedo ら、von Bartheld ら、Nave、Perea ら、Iliff ら、Paolicelli ら、Schafer らは学術誌の論文または総説で、要旨(アブストラクト)を読んで書いており、本文までは確かめていません。ウィルヒョウと名前の由来、各細胞の基本的な働きの説明は、百科事典サイトによる二次資料です。
- Azevedo et al. (2009) “Equal numbers of neuronal and nonneuronal cells make the human brain an isometrically scaled-up primate brain” J Comp Neurol 513: 532–541。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19226510/ (神経細胞と神経細胞以外の細胞の数。要旨による)
- von Bartheld, C.S., Bahney, J., Herculano-Houzel, S. (2016) “The search for true numbers of neurons and glial cells in the human brain: A review of 150 years of cell counting” J Comp Neurol 524: 3865–3895。 https://doi.org/10.1002/cne.24040 (「10倍」の見直しと、約1対1の比。要旨による)
- Bahney, J., von Bartheld, C.S. (2018) “The Cellular Composition and Glia-Neuron Ratio in the Spinal Cord of a Human and a Nonhuman Primate” Anat Rec 301: 697–710。 https://doi.org/10.1002/ar.23728 (脊髄での比。ヒト1例、要旨による)
- Wikipedia, “Glia”。 https://en.wikipedia.org/wiki/Glia (名前の由来、ウィルヒョウ、各細胞の基本的な働き。二次資料)
- Perea, G., Navarrete, M., Araque, A. (2009) “Tripartite synapses: astrocytes process and control synaptic information” Trends Neurosci 32: 421–431。 https://doi.org/10.1016/j.tins.2009.05.001 (アストロサイトとシナプス。要旨による)
- Iliff, J.J. et al. (2012) “A paravascular pathway facilitates CSF flow through the brain parenchyma and the clearance of interstitial solutes, including amyloid β” Sci Transl Med 4: 147ra111。 https://doi.org/10.1126/scitranslmed.3003748 (マウスでの排出経路と約70%の数字。要旨による)
- Paolicelli, R.C. et al. (2011) “Synaptic pruning by microglia is necessary for normal brain development” Science 333: 1456–1458。 https://doi.org/10.1126/science.1202529 (マウスでの刈り込み。要旨による)
- Schafer, D.P. et al. (2012) “Microglia sculpt postnatal neural circuits in an activity and complement-dependent manner” Neuron 74: 691–705。 https://doi.org/10.1016/j.neuron.2012.03.026 (網膜から視床への経路での刈り込みと補体。要旨による)
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