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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ひとは どうやって ものを おぼえて いるの? 海馬かいばと ねむりと おもいだす れんしゅう

覚えたことを忘れても、手は上達した:人はどうやってものを覚え、どうすれば残りやすいのか

新しい出来事を覚えられなくなった患者H.M.の手は、なぜ上達したのか:海馬・睡眠・想起から見る記憶の定着

分野:からだ

あたらしい できごとを おぼえられなく なった ひとが いました。ところが、かがみを みながら ほしを なぞる れんしゅうだけは、ひに ひに じょうずに なって いったのです。

この ふしぎな はなしから、ひとが ものを おぼえる しくみの なかみが わかります。おぼえるときの かぎは、のうの 海馬かいば、ねむり、そして おもいだす れんしゅうです。

ある男性は、手術のあと、新しい出来事を長く覚えておけなくなりました。それなのに、鏡に映った星の形をなぞる練習では、日をまたぐごとに手が上達していきました。本人は、練習したことを覚えていないのにです。

覚える、とは脳の中で何が起きることなのでしょうか。この記事では、脳の海馬かいばが新しい記憶を作ること、眠りの間に記憶が固まっていくこと、思い出す練習が記憶を強めることについて、研究で何が分かっているかを見ていきます。

1953年に手術を受けた男性H.M.は、新しい出来事を長く保てなくなった。一方で、鏡に映った星をなぞる課題では、日を重ねるごとに成績が上がった。練習したこと自体は覚えていなかった。

記憶は単一の仕組みではないのか。この記事では、海馬が新しい記憶の形成に関わること、睡眠中の神経活動が定着を支えるとする研究、想起(思い出すこと)が記憶を強めるとする実験について、確かなことと限界を分けて読み取れる。

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1. おぼえて いないのに、てが じょうずに なる?

1. 練習を覚えていないのに、手が上達していた人

1. H.M.の症例:海馬を失っても、手の技能は育った

1953ねん、ヘンリーさんという おとこの ひとが、おもい びょうきの ちりょうの ために 手術しゅじゅつを うけました。のうの ひだりと みぎの おくの ほうに ある、海馬かいばという ぶぶんを ふくむ ところを とる 手術しゅじゅつでした。

それから、あたらしい できごとを ながく おぼえて おけなく なりました。ごはんを たべても、すこし たつと たべた ことを わすれて しまいます。

でも、ふしぎな ことが ありました。かがみに うつった ほしの かたちを なぞる れんしゅうを すると、ひを かさねる ごとに はやく、じょうずに なったのです。れんしゅうした こと そのものは おぼえて いないのに。

ここから、おぼえる しくみが 1つでは ないと わかりました。あたらしい できごとを おぼえるのは 海馬かいばの やくめで、からだで おぼえる ことは、べつの ところが うけもって いたのです。

1953年、ヘンリー・モレゾンさん(研究では「H.M.」と呼ばれます)は、重いてんかんの治療のため、脳の左右の内側にある海馬かいばなどを取る手術を受けました[1]。発作は治療されましたが、手術のあと、新しい出来事を長く覚えておくことができなくなりました。

この症例を調べたスコヴィルとミルナーは、1957年の論文で、両側の海馬かいばの損傷が、最近の出来事の記憶を失わせると報告しました[1]。新しい記憶を作るには海馬が欠かせない、という考えの出発点になった報告です。

ところが、研究が進むと意外なことが見つかりました。鏡に映った星の形を、鏡を見ながらなぞる課題を何日かくり返すと、H.M.さんは回を重ねるごとに上手になったのです。練習したこと自体は覚えていませんでした[2]。

体で覚える記憶(手続き記憶と呼ばれます)は、海馬とは別の仕組みで保たれていたことになります。「覚える」と一口にいっても、出来事を覚えることと、体が上手になることは、脳の中では別の道を通っているようです。

では、新しく作られた記憶は、その後どうなるのでしょうか。

1953年、ヘンリー・モレゾン(H.M.)は、重症のてんかんの治療のため、脳の両側の側頭葉内側(海馬かいばを含む)を切除された。切除範囲は資料で表現がやや異なるが、両側の海馬を含む内側部分だったことは共通している。術後、新しい出来事を長期にわたって保持できなくなった[1]。

スコヴィルとミルナーは1957年の論文「両側海馬損傷後の最近記憶の喪失」で、この損傷が近い過去の記憶の喪失につながると報告した。海馬が新しい記憶の形成に関わるという理解は、ここから広がった[1]。

ここで重要なのは、すべての記憶が失われたわけではない点である。ミルナーらの1968年の報告によれば、鏡に映った星をなぞる課題で、H.M.は日をまたいで試行を重ねるごとに速く、正確になった。しかも、以前に練習したこと自体は覚えていなかった[2]。

この結果は、出来事の記憶(海馬に依存する)と、手続き記憶(技能の獲得。海馬とは別の仕組みで保たれる)が分けて考えられることを示す。なお、H.M.は2008年に82歳で亡くなり、亡くなった後、本人の脳は研究に役立てられた[2]。

ただし、この症例は一人の人についての観察であり、そこから記憶のすべてが説明できるわけではない。では、海馬で作られた記憶は、そのあとどう残るのか。

2. ねている あいだに、おぼえた ことは どうなるの?

2. マウスの海馬で、眠っている間に一部の細胞が再び活動した

2. 睡眠中の再活動:マウスの海馬で、ごく少数の新生ニューロンが記憶の定着を支える

おぼえた ことは、すぐに しっかり のこる わけでは ありません。ねむって いる あいだに、すこしずつ しっかりして いく と かんがえられて います。

2025ねんに、つくば大学の ひとたちが、マウスで しらべた けっかを はっぴょうしました。マウスの 海馬かいばでは、あたらしく うまれた のうの さいぼうの うち、ごく すこしだけが、ねむっている ときに もういちど はたらいて いたのです。

その はたらきを とめると、マウスは おぼえた ことを おもいだしにくく なったと いいます。

ただし、これは マウスの じっけんです。ひとでも おなじだと、まだ いいきれません。

覚えた直後の記憶は、まだ壊れやすい状態にあるとされます。それが残りやすくなる時間として注目されているのが、眠りです。

2025年8月5日、筑波大学の坂口昌徳准教授らの研究チームは、マウスの実験結果を科学雑誌 Nature Communications に発表しました。大人の海馬では新しい神経細胞(新生ニューロン)が生まれ続けますが、そのうちのごく少数が、レム睡眠の間に再び活動し、記憶の定着を支えていた、というものです[3]。

さらに筑波大学の発表によると、この再び活動する細胞の働きを人為的に止めると、マウスは学習した内容を思い出しにくくなりました。活動は海馬のシータ波というリズムに合わせて起きていた、と紹介されています[4]。

注意したいのは、これがマウスでの結果だということです。ふつうの人が眠っている間にまったく同じことが起きている、とはまだいえません。それでも、「眠っている間に、昼の経験をもう一度なぞる細胞がある」という場面は、眠りと記憶の関係を考えるきっかけになります。

では、定着した記憶は、そのあとずっと残るのでしょうか。

H.M.の症例が示したのは、記憶の形成に海馬が必要だということだった。では、形成された直後の記憶は、どのような過程で保持されるのか。近年の研究は、睡眠をその候補に挙げている。

筑波大学の坂口昌徳准教授らは2025年8月5日、マウスを使った研究を Nature Communications に発表した。成体の海馬では新生ニューロンが生まれ続けるが、そのうちごく少数がレム睡眠中に再び活動し、記憶の定着を支えるという結果である。報道紹介では個数が「3個」とされ、大学発表の要約では平均2.4個と表されており、出典で表現が異なるため、ここでは「ごく少数」とする[3]。

この研究では、再活動するニューロンの活動を人為的に止めると、マウスは学習した記憶を思い出しにくくなった。また、活動は海馬のシータ波と呼ばれるリズムに合わせて起きていた。ただし、これは大学発表の検索要約にもとづく記述であり、原論文の詳細は扱わない[4]。

活動を止めると思い出しにくくなる、という実験は、単なる相関ではなく、その細胞が定着に関わるという因果の方向に近づく設計である。それでも対象はマウスで、人間の睡眠中の記憶固定について、今回扱った資料には人での実験の数字はない。人にも同じ仕組みがあると書くことはできない。

こうして作られ、固まった記憶でも、人は時間とともに忘れる。忘れ方には、どんな形があるのか。

3. おぼえた ことは、どれくらいで わすれるの?

3. 約130年前の実験は、本当に忘れ方の形を測れたのか

3. エビングハウスの忘却曲線を、2015年の再実験はどこまで再現したか

1885ねん、エビングハウスという ひとが、いみの ない ことばの ならびを おぼえて、じかんが たつと どれだけ わすれるかを しらべました。じぶんで なんども くりかえした じっけんです。

わすれた かどうかは、「もういちど おぼえるのに、どれだけ じかんが へったか」で くらべました。

130ねんほど あとの 2015ねんに、ほかの ひとが おなじ じっけんを くりかえしました。やはり、はじめの うちに はやく わすれて、そのあとは ゆっくり わすれて いく かたちに なりました。

ただし、おぼえ なおす ときは、むかしの きおくが すこし のこって いるので、はじめて おぼえる ときより らくに なります。ぜんぶ きえて いる わけでは ありません。

1885年、ドイツのエビングハウスは、意味のない音節(無意味つづり)を自分で覚え、時間がたってから覚え直すときにどれだけ時間が減るか(節約率)で、忘れ方を調べました。節約率は「覚えていた割合」そのものではなく、覚え直しでどれだけ楽になったかを表す数字です[5]。

この実験は、約130年後の2015年に、マーレとドロスによってくり返されました。被験者は1名ですが、節約率は20分後に0.472、1日後に0.317、31日後に0.041でした。研究者は、忘却曲線は再現できたと結論しました[5]。

この数字を見やすくすると、20分後には覚え直しの時間が約47%減り、1日後には約32%、1か月後には約4%の短縮になる、という意味です。最初の1日で大きく落ち、そのあとはゆるやかに下がる形でした。

ただし、数字がエビングハウスと同じになったわけではなく、曲線の形が似ていた、ということです。24時間の点から少し上向く可能性も示されていました[5]。「1時間で半分忘れる」といった言い方は俗説の数字なので、鵜呑みにしないほうがよさそうです。

忘れ方に形があるなら、忘れにくくする方法はあるのでしょうか。

覚えたことは時間とともに薄れる。ではどのように薄れるのか。エビングハウスは1885年、自分自身を被験者にして、意味のない音節を覚え、時間をおいて覚え直すときにどれだけ時間が節約されるかを測った。節約率とは、2度目の学習で節約された時間の相対量であり、「記憶に残った割合」そのものではない[5]。

2015年にマーレとドロスは、約130年ぶりにこの実験を再現した。被験者は1名(著者の一人)であり、一般化には限界がある。節約率は20分後0.472、1日後0.317、31日後0.041で、著者らは忘却曲線は再現できたと結論した。数値がエビングハウス本人の値と一致したのではなく、曲線の形が似ているという意味である。24時間の点から少し上向く可能性も示された[5]。

節約率を、時間の減少として読み替えると、20分後で約47%、1日後で約32%、31日後で約4%の節約になる。最初の1日で大きく下がり、その後はゆるやかに下がる形が読み取れる。ただし、これは無意味な音節を覚えた結果である。意味のある内容や、くり返し使う知識は、同じ曲線には沿わない可能性が高い。

また、新しい情報が最初に置かれる短期の保持にも限界がある。ミラーは1956年に約7個のまとまり(チャンク)を目安としたが、コーワンは2001年に、復唱やまとめ直しができない条件では、平均約4チャンクが中心的な限界だと論じた。4は固定値ではなく、条件や数え方で変わる[6]。

では、忘れやすいこの性質を前提に、どう覚えれば残りやすいのか。

4. よみなおすのと、おもいだすのと、どっちが のこるの?

4. この実験では、思い出す練習のほうが1週間後に残った

4. テスト効果:読み直しと想起テストの1週間後の成績を比べる

ぶんしょうを よんだあとに、なんども よみなおす グループと、ほんを とじて おもいだして みる れんしゅうを くりかえす グループに わけた じっけんが あります。

すぐの テストでは、よみなおした ほうが よく できました。でも、2にちご、1しゅうかん ご には、おもいだした ほうが たくさん おぼえて いました。

1しゅうかんごの せいせきは、およそ 6わりと 4わりで、おもいだした ほうが 1.5ばいほど でした。かず は おおまかな めやすです。

おもいだす ことは、おぼえた ことを つかう れんしゅうです。つかうたびに、きおくは つよく なると かんがえられて います。

2006年、ローディガーとカーピッケは、文章を読んだあとの学習法を比べた実験を発表しました。くり返し読み直すグループより、本を閉じて思い出すテストをくり返したグループのほうが、2日後と1週間後の成績が大きく上回りました[7]。

1週間後の成績は、思い出しテストのグループが約6割、読み直しのグループが約4割とされます。約1.5倍の差です。ただし、2つのグループは、学習やテストの回数、読んだ回数がちがう練習どうしを比べたものです。ただし、数字は紹介された値を丸めたものです[7]。

意外なのは、直後のテストでは読み直しのほうが良かった点です。「たった今は覚えた気がする」のと、「あとで思い出せる」のは別のことでした。

思い出す作業は、頭の中の道をもう一度通ることだと考えられます。通るたびに道が太くなって、あとで探しやすくなる、というたとえです。ただし、これは分かりやすくした説明で、脳の中で実際に起きていることを正確に写したものではありません。

H.M.さんの手の記憶も、くり返すことで上達しました。出来事の記憶も、体の記憶も、「使うほど強まる」点は似ているのかもしれません。

忘却を前提にすると、学習法の問題は、どうすれば忘れにくくできるかに移る。ローディガーとカーピッケは2006年、文章を読んだあとに「読み直しをくり返す」群と「思い出して書く」テストをくり返す群を比べた。遅延テスト(2日後・1週間後)では、先にテストを受けた群が、読み直した群を大きく上回った[7]。

1週間後の成績は、テスト群が約61%、読み直し群が約40%と報告されている。ただし、この数字は解説から読み取った値で、原論文の表では照合していないため、約6割と約4割と丸めて扱う。差は約1.5倍である。ただし比べたのは反復テスト群と反復学習群で、学習とテストの回数や、文章を読んだ回数が異なる練習どうしである[7]。

注目すべきは、直後のテストでは読み直し群のほうが成績が良かった点である。読み直しは「今は分かった」という感覚を強めるが、時間がたった後の成績とは必ずしも結びつかない。想起は、それ自体が記憶を強める学習になっていると解釈される。

この結果から、睡眠と想起は役割が異なると整理できる。先ほどのマウスの研究では、レム睡眠中に再び活動する新生ニューロンが、記憶の定着を支えていた。想起は、すでにある記憶を引き出す練習で、あとから取り出しやすくする。ただし、実験は大学生の文章学習が中心で、技能や長期の学習にそのまま当てはまるとは限らない。

ここまでの話を、自分の手と記憶で確かめてみることはできるのか。

5. うちに ある ものだけで、ためして みよう

5. 鏡と紙だけでできる、2つの小さな実験

5. 家にあるもので確かめる:鏡の星と、想起の比較

かがみを みながら ほしを なぞる

かみに ほしの かたちを かき、かがみで うつして みながら、えんぴつで ふちを なぞります。まっすぐに みずに、かがみの なかだけ みて なぞるのが ポイントです。みっか つづけて、じかんや はみだしを くらべて みましょう。

おもいだして みる

きょう おぼえた ことを、ねる まえに かみに かいて みます。つぎの あさ、ノートを みない で もういちど かいて みましょう。

鏡で星をなぞる

紙に星を描き、鏡に映った像だけを見ながら、鉛筆でふちをなぞります。手元は見ません。3日続けて、かかった時間とはみ出した回数を書き、変わっていくかを見ます。H.M.さんの手の記憶は、こういう練習で育ちました。

覚えたことを、本を閉じて書き出す

10個ほどの言葉を読み、半分は読み直し、半分は紙を伏せて書き出します。翌日、どちらがよく残っているか確かめてみましょう。結果は一人分の目安で、実験ほど正確ではありません。

鏡の星をなぞる課題を再現する

紙に星形を描き、鏡に映った像だけを見ながら、鉛筆で星形の縁をなぞる。手元は直接見ない。3日続けて、所要時間とはみ出しの回数を記録すると、手続き記憶の獲得過程を自分の手で観察できる。

想起と読み直しを比べる

10語程度の言葉を2グループに分け、一方は読み直し、他方は紙を伏せて書き出す。翌日と1週間後に再テストする。1人の結果では誤差が大きく、比較にはならないが、実験の組み立てを体験する価値はある。出典[1]から[7]のうち、Murre と Dros の論文(PLoS ONE)は無料で読める。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。

  1. Wikipedia: Henry Molaison. https://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Molaison (H.M.の症例と1957年の論文)
  2. Simply Psychology: Henry Molaison. https://www.simplypsychology.org/henry-molaison-patient-hm.html (鏡のなぞり課題と手続き記憶)
  3. ナゾロジー(筑波大学の研究紹介). https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/184447 (睡眠中の新生ニューロンの再活動)
  4. 筑波大学 プレスリリース(2025年8月). https://www.tsukuba.ac.jp/journal/pdf/p20250819143000.pdf (活動を止める実験の概要)
  5. Murre & Dros (2015), PLoS ONE. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4492928/ (忘却曲線の再現実験)
  6. Cowan (2001), Behavioral and Brain Sciences. https://www.cambridge.org/core/product/44023F1147D4A1D44BDC0AD226838496 (短期の保持の限界)
  7. Roediger & Karpicke (2006), Psychological Science(WUSTL profile). https://profiles.wustl.edu/en/publications/test-enhanced-learning-taking-memory-tests-improves-long-term-ret/ (思い出すテストの効果)

なおした ところ

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